新生-ヤマト隊 【その涙、度し難し。それでも仲間であるが故】   作:カヴァス2001世

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三章

05

 他の事を全てルナマリアに任せて、シンはアスランの元へ向かう。格納庫に戻ると、先より幾分落ち着きを取り戻していたようで、行き交う整備士の数も大分少なくなっているのが見て取れた。ふと、視線を感じて遠くを見やると恨めしそうな顔をしたヴィーノがシンを見ていた。パイロットの立会整備をすっぽかしてしていた事を思い出す。シンは申し訳無さそうな顔を作ってヴィーノに軽く頭を下げる。それを見たヴィーノが微かに微笑んで手を振った見せた。

 それを尻目にアスランを探す。途中で聞いた話しによると、ここ格納庫でジャスティスの整備をしているとの事で、少し探すと特徴的な一本角の機体が見つかる。無重力をそちらに飛べば、機体の足元に近づいたところでアスランが声を掛けてきた。

 

「シンか。どうした」

 

 アスランは手元の端末を操作し何事か作業をしている様で、ちらとこちらを確認すると、また作業に戻った。

 

「少し、お願いがあって、ありまして、来ました」

「やめろ気持ち悪い。普通でいい」

「ああ、そうかよ」

 

 お前な、と言って端末の上で指を走らせているアスランが、呆れた表情を見せた。

 

「もう少し大人の対応はできないのか? お前そんなんじゃ部下を持ったって誰も付いてこないぞ」

「あんただってまともに部下を使えてなかっただろ!」

「それはお前の跳ねっ返りが! ――いい、用があって来たんだろう?」

「そう、でした」

 

 シンは大いにやり辛さを感じながら、アスランへ用を告げる。

 

「隊長と話したいんです」

「キラと?」

 

 端末からシンへ、アスランは訝しげな目線を向けた。そうしてまるで子供に向けて言い聞かせる様に言った。

 

「フリーダムは戻ってないんだ。通信なんてできるわけないだろ?」

 

 その言い様にかちんと来た頭をなんとか宥めすかす。

 

「積んでるんでしょ、量子通信器。風の噂で聞きましたよ。シュラと戦ったとき、アスハ代表に機体を預けて不意を付いたって。Nジャマーが散布されていた戦場で地球からのゼロ遅延通信なんて、他の方法では無理だ」

 

 量子もつれ現象を利用した、理論上ゼロ遅延、盗聴不可の通信手段。量子もつれ関係にある特定二点間のみの通信にはなるが、電波通信と比して格段に優れた通信手法であった。アスランはその手段をジャスティスが持っていることをあっさりと肯定する。

 

「そうだな」

「んで、アスハ代表とあんたの機体で通信できるなら、アスハ代表と姉弟でコンパスの最大戦力でもある隊長のフリーダムとも回線が通ってる、違います?」

 

 はぁ、とため息を付いたアスランが今度は身体ごとこちらを向いた。伺う様に辺りを見回すと、会話が聞こえる範囲に誰もいないこと慎重に確認して告げる。

 

「そうだったとして、それでどうしたいんだお前。なんでフリーダムが戻ってないのか、分かっているのか」

「分かってます。総裁がアコードだって全世界に知れてしまったからでしょ。だから隊長は総裁を連れて宙域から離脱した。今頃は無線封鎖して慣性飛行中なんでしょうね。行き先は一旦オーブだ」

 

「それが分かってるなら、わざわざ通信なんてできる訳ないって事も分からないか。記録に残ればあの二人の生存と、下手をすれば居場所が知れる」

「あんたとメイリンはアスハ代表の私設部隊みたいなもんでしょ。あんたとメイリンと、アスハ代表が黙認すれば問題にはならない」

 

 アスランは再度、深い溜息をつく。

 

「せめて事情を言ったらどうだ。俺も、何も頭ごなしに否定している訳じゃない」

 

 シンを穏やかに見る目に、少し躊躇いどうやって説明すれば分かってもらえるのかと悩んだ。裏切り者の隊規違反者であるアグネスに、残念ながら同情の余地ある事情というものが存在しない事に頭が痛む。キラとラクスの身を優先するだろう彼が、アグネスの件についてと言って納得するだろうか。しかし、それでも。

 

「ヤマト隊の、アグネスって奴、知ってます?」

「少し、な。地球でキラを撃った。そのままファウンデーション側に寝返ったと聞いたが?」

「そいつ、今この船に乗ってるんです。ルナと俺で回収して、そのまま収容しました。あいつ自身にも色々問題はあるし、裏切ってるし、銃も向けてきたけど、俺としてはなんとか便宜を図ってやりたいと思ってます。でも、ヤマト隊の隊長で、実際撃たれてるキラさんの意向は、どうしても聞かなきゃいけないんですよ。隊長が軽い処分でいいって言ってくれないと、上もあいつを許しようがない」

 

「実際、キラも愛想が尽きてそうだけどな、そいつに」

「それは――」

 

 それは最も懸念すべきことではあった。もしキラがアグネスはプラントへ、と言うのであれば、シンとしては否とは言えない。それが妥当でもある。

 意外にも、行き詰まった話を進めたのはアスランだった。

 

「しかし、まぁ、キラもできればシンと話しておきたいとは言っていたからな」

「え? 隊長が?」

「ああ。フリーダムが宙域を離脱する前に、少し話した。キラのフリーダムごとラクスと隠遁する意向は、俺を通してコンパス側に伝わっているんだ。ジャスティスはオーブ所属の機体になっているからな。コンパスの記録を漁られても二人を行方は分からない様になっている」

 

 そうだったのか。通りで、とシン自身には何の連絡もなかった経緯を理解する。

 

「来い」

 

 そう言うとアスランはジャスティスのコックピットへと飛んだ。

 

「全く、俺は伝書鳩じゃないんだぞ、キラ。いいように使いやがって、全く」

「何愚痴ってるんですか。隊長が誰かに頼るようになったのはあんたの大立ち回りの結果でしょうが」

 

 ふっ、と笑ってそうだな、と言ったアスランはジャスティスのコックピットへと滑り込むと、APUを起こしセーフモードでジャスティスを起動する。いくつか操作を行うと、

 

「いいぞ、シン」

「はい」

 

 シンはアスランに促される形でジャスティスのコックピットに入った。正面のモニターに呼び出し中を意味する文言が表示されているのを見やる。上部の搭乗口を見て、一応、と言いかけると、ああ、閉めてくれ、という言葉が返る。デスティニーと同じ位置に備えられている開閉ボタンを押すと、滑らかな機械音と共にハッチが閉鎖され、コックピット内は僅かな空調の音が満たすのみとなった。

 乗りなれないシートに居心地の悪さを感じつつ、緊張のまま暫く待つ。すると、僅かな電子音、VOICE ONLYの表示と共に通信が始まった。

 

「アスラン? どうしたの?」

 

 通信越しにどたどたと騒がしい背景音と、何故か息が上がっているキラの声が帰ってきた。激戦を乗り越え、数刻ぶりに聞くキラの健在を示す声に感極まって、思わず声が上ずる。

 

「隊長!」

「え、シン? え?」

 

 あら、というラクスの声も漏れ聞こえる中、シンは感情を整理するのにしばしの時間を要した。

 

 

06

 すみません、少し、と断り自分を落ち着かようと努めるシンが元の調子を取り戻すまで、キラは温かく沈黙した。やがてシンから、すみませんもう大丈夫です、と言うと、いいよと返った。

 

「隊長、あの後どうしたのかなって。一応、このまま雲隠れするって事は聞いてたんですけど。一旦大丈夫そうで安心しました」

「そっか。ごめんね、できればシンには色々お願いしたくて、話したかったんだけど。都合がつかなくて」

「いえ、事情は分かってますから。それより、お願い、ですか?」

「うん、アスランに伝言をお願いしてたんだけどね。こういうことは、できれば直接話したくて」

 

 キラの先程までの乱れた声も落ち着いた様で常の柔らかい声が届く。

 

「でもまずは、シンの要件から聞こうかな。何かあったの? 一応、あの後は何事もなかったとは聞いてるけど」

「はい、その」

 

 シンはキラの反応が予想できずに、恐る恐る切り出す。

 

「アグネスの事で、相談したくて」

 

 ああ、とキラの少し低くなった声が返る。

 

――アグネス! お前ってやつは、なんで隊長にくらいお行儀よくしてられなかったんだ! 直属の上官に!

 

 シンは自身のミネルバ時代のアスランへの対応を棚に上げて思った。

 

「彼女については、コノエ艦長に任せていいかなと思うけど。流石にね。シンもルナマリアも困ると思う。彼女がコンパスに残る様な形とかは」

「それは、まぁはい。でも」

「でも?」

 

 唇を少し舐めてから、切り出した。

 

「でも、俺としてはなんとかしてやりたいとも思っていて。同期なんですよあいつ。事情も一応聞いて、正直、男絡みだったんで、その、同情とかは全くできなかったんですけど」

 

 困ったお方ですわ、とラクスが隣で呟いたようで、キラもそうだねと返しているが聞こえる。

 

「シンはどうしたいの」

 

 キラは静かに問いかけた。

 

「減刑、をその、コノエ艦長に掛け合いたいと思っています」

「なら、コンパスで処理したいんだね。プラントには返さない?」

 

 はい、とシンは肯定した。

 

「そっか。うん、そっか。ラクス?」

 

 暫く間があり、

 

「キラとアスカ大尉に、いえ、アスカ大尉のこれからにとって必要であるなら」

「わかった」

 

 沙汰を待った。

 

「シンにお願いしたい事があるって言ったよね?」

「え、はい」

 

 予想外の角度から切り出され、返答が少し遅れた。

 その後キラから切り出された言葉は予想できて然るべきもので、しかしシン自身は全く予想だにしなかった指令だった。そして、その内容について片方は承知できても、もう片方については即答できない。今の自分に、相応しいだろうか? シンの中に迷いが渦巻いた。

 最後にキラが言う。

 

「シンは、できるだけの力を持っていると思う。ならできることやってほしい。僕は、シンになら任せられると思ってる」

 

 その言葉になんとかはい、とだけ返して通信を切った。

 

 

07

 キラは通信が切れたモニターを暫く眺め、やがてふぅ、と息を吐いた。

 隣に浮かんでいる一糸纏わぬ姿のラクスが微笑みながら、よかったのですか?とキラに訪ねた。

 

「迷いはあるみたいだね。それも、仕方のないことだけれど」

「無理強いする形にならなけば良いのですが。元を正せば、私の」

 

 その言葉に微笑み返しながら、

 

「シンは絶対にそんな風には考えないよ。――昔、思いだけでも、強さだけでも、って言ってくれたこと、覚えてる?」

 

 はい、とラクスは返した。

 

「あの言葉が僕にきっかけを与えてくれた。踏み出して、戦うという決意の。シンはね、オーブの、あの慰霊碑で僕の手を取ってくれたときから。僕と同じ思いで戦ってくれた。僕は気づかなかったけど、多分戦場で僕自身も、僕たちの思いも、守ってくれてたんだ。だから――」

「彼に今。強さが必要なら。君がしてくれたように、僕も」

 

 その言葉に頷いて見せたラクスが、

 

「少し、彼が羨ましいですわ。ずっと、キラの隣で戦ってこれたのですから」

「でも、これからは。ラクス。僕の一番近くで、一緒に」

「はい、ずっと隣に」

 

 絡み合う二人を抱いて、深淵の宇宙をフリーダムは飛んだ。

 

08

 這々の体でジャスティスから出たシンを、アスランが出迎える。

 

「上手くいったのか?」

「その、一応は」

「そうか」

 

 アスランは素っ気なく、頑張れよとだけ言うと、また機体の整備に戻った。

 時間を確認する。ルナマリアと約束していた刻限が迫っていた。裏で諸々の根回しを済ませたルナマリアと、アグネス、アレクセイが艦長室で待っている筈だ。略式の軍事法廷がそこにある。機体を蹴って飛んだ。

 シンの胸中に不安と、キラから寄せられた期待に応えんとする昂りと、この状況を生み出した諸悪の根源への苛立ちがないまぜになって、それでも行かねばならぬから。

 思考の波を断ち切って、シンは考えるのを止めた。

 

 

09

 再び訪れることとなった艦長室の、扉横の端末を操作する。間もなく入室を促すアレクセイの声が聞こえた。開いた扉の先に、シンの予想した面々がいた。ルナマリアはやってくれた。根回しは完璧で、後はシン次第だった。

 一歩踏み出して入室する。艦長室の右壁側にルナマリアが、手前中央にアグネスがそれぞれ直立して控えている。そして最奥の壁際、デスクに腰掛けるアレクセイとその両脇のマリューとムウの姿を確認する。

 振り返ったアグネス、そしてマリューがシンの顔を見ると、少し息を飲んだ様子を見せ、それを尻目にしたり顔で頷くムウが視界に入る。腰掛けてこちらを見るアレクセイの表情は常と変わらず、穏やかな様子を崩さない。

 

――アグネスとラミアス艦長は飲まれてる。何故かは知らないけど都合がいい。もう相手にはならない、こっちのペースだ。おっさんについては分からないけど、敵にはならない。放って置けばいい。

 

 ひらめきの様な刹那の思考、その場の誰が敵で誰が味方か。瞬時に把握し理解する。アレクセイの反応もシンの予想通りで、アレクセイが元教師であったとのことから、その様子についてもらしさが漂って見える。

 

「待っていたよ、大尉」

「すみません、お時間をいただき」

「いや? 一応この裁判の発起人は訴えを起こしたホーク中尉と、裁判を認めたフラガ大佐だからね。君に謝って貰うことは何もない」

「そうでもないでしょう」

 

 シンは冷静にそう返すと、ルナマリアの方へより、数枚の資料を受け取って持ち込んだ二枚に加えた。結局、この裁判の裏でシン達が結託していることなどこの場の誰もが理解している。ルナマリアが訴えを起こし、そのまま原告側で主張する。そして、シンは弁護側へ。資料を受け取ったその足で、左壁側に立つ。そこには腰程の高さの簡素な丸テーブルが鎮座していた。その上に分厚い軍法書が乗っている。誰の仕業か知らないが、随分皮肉がこもった配慮であるとシンは胸中で苦虫を噛んだ。

 正当な手順を無視した裁判。端から厳密な法的解釈で戦うことなどシンにはできない。重要なのは判決の取り方。もし、予想が正しければ。

 アレクセイが声を上げる。

 

「では、最初に確認するが最終的に判決は現在この場にいる佐官以上の階級者の決とする。この場合は、私アレクセイ・コノエ大佐、マリュー・ラミアス大佐、ムウ・ラ・フラガ大佐の三人となる。構わないね、両人」

「分かってます」

 

 反対側の壁に立つルナマリアも、はい、と返事を返した。

 不安げな様子でこちらを見やるアグネスに一瞬目をやり、シンはなんとか柔らかい顔を作って見せた。

 アレクセイが手元のビデオカメラを起動し録画を開始した。

 

「面倒な前置きは省略しよう。では初めてくれ。まずは――」

「はい、私から。先のファウンデーション事変にて、被告アグネス・ギーベンラートはキラ・ヤマト准将を乗機にて発砲、無断で隊を離脱しファンデーション側に合流して行動を共にしました。また、レクイエム攻略作戦にて私、ルナマリア・ホーク中尉と戦闘状況を展開し、作戦遂行に甚大な障害をもたらしました。この行動は明らかに隊規に違反し、また、コンパス内風紀を著しく損なう浅慮な行動であると言わざるを得ません。よって、本法廷にて被告に極刑、もしくは10年以上の懲役刑を求めます」

 

 極刑、という言葉を聞いてアグネスは今更顔を青くした。

 

「よろしい。ではアスカ大尉」

「――被告はアコードの洗脳によって正常な判断能力を一時的に喪失した状態であった事は明らかであります。よって原告側の主張を全面的に退け、本法定に被告の無罪放免を求めます」

 

 シンは事前の打ち合わせの通りに弁護側の主張を述べた。その言葉を最後まで聞いたアレクセイが一つうなずくと、

 

「では審理に入ろう」

 

 では私から、と言ったルナマリアが一歩前へでた。

 

「こちらはミケール大佐捕縛作戦中、被告がヤマト准将の乗機へ発砲した事を示すデータです。明らかにヤマト准将へ向けた害意があったことの証明であり、隊規に照らし、決して看過されるべき行動ではありません」

 

 ルナマリアは資料から一枚、用紙をアレクセイのデスクに差し出した。

 

「異議を申し立てます。憶測に基づいた主張です」

 

 シンが、こちらを、と言ってルナマリアが用意した資料から一枚を取り出すとをアレクセイに差し出した。

 

「シュラとアグネスが地球、ファウンデーション領内で行われたパーティ時、二人で会話をしていたという目撃証言と、ヤマト准佐発砲時のアグネスのバイタルデータになります。ご存知の通りファウンデーションのアコードは洗脳能力を持っている事が明らかであり、このときアグネスは既にシュラの洗脳状態であったことが推測され、被告にヤマト准将への害意があったことは証明されません。また、洗脳状態であったならその時点で被告は責任能力を失っています」

 

 アレクセイはそのシンの異議を、認めるとも認めないとも言わずに、続けなさい、とだけ言ってシンとルナマリアに促した。なるほど、とシンは思う。どれだけ上手く言い訳できるか見せてご覧?と言われているかのようだった。実際、シュラがアグネスに洗脳されていた事を示す証拠などない。正しくこれはデモンストレーションであるとシンは理解している。こういう事ならアグネスを放免できる、と言うコンパス側の都合を付ける作業だった。

 

「では次の証拠を提出します、――こちらはインパルスの戦闘データと音声通信の記録となります。被告本人が確かにギャンシュトロームに搭乗し、インパルスと戦闘行為を展開した事を示します。被告の行為はインパルスの作戦行動に対する深刻な妨害行為であり、看過されるべきではありません」

「異議を申し立てます。その時点の被告は責任能力を喪失しています。――こちらは同じくインパルスの戦闘データを解析したものです。音声データより、明らかにアグネスは錯乱状態にあります。またインパルスのシステムが判定した敵機、ギャンシュトロームの脅威度指標解析の結果は本来の被告の戦闘技能に照らすと明らかに低く見積もられており、洗脳によって本来の戦闘能力すら喪失していることが見て取れます」

 

 シンは、残った最後の二枚の内の一枚、キラからの指令の写しをアレクセイに差し出した。アレクセイはその用紙を一瞥すると少しの驚きを見せる。

 

「最後にこれはヤマト准将から自分へ――ヤマト隊の隊長職を引き継ぐ旨を命ずる指令となります。ラクス総裁の承認もある。本法定開始五分前より、自分はヤマト隊の隊長職を引き継ぎ、以降の任務を全うする所存です。そして、ここからは私見となりますが、アグネス・ギーベンラートの技能は特筆すべきものがあります。我々は彼女に助けられてきた。『月光のワルキューレ』と言われたその才覚が、ヤマト隊において必要であると強く具申します。仮に放免となれば、アグネスの以降の行動には、全て自分が責任を負います」

 

 そこまで言って、シンはアレクセイを見る。ムウが視界の端でウィンクしたのを意図的に無視した。

 暫く交差した視線を切ると、一度、長く目を瞑ったアレクセイは、アグネスを常の飄々としたそれから打って変わった軍人としての表情で見た。虫眼鏡で覗き込む様な視線の圧に、アグネスは僅かに震える。アレクセイがビデオを止めた。

 

「ギーベンラート君。私が思うに、結局は君次第なのだろうな。アスカ大尉とホーク中尉は、君が洗脳されていた言う。そうしてこの場を作り、君を助けるためだけに行動している。こんなこと、彼らのキャリアに損はあっても得はない。結局君はそれで良いのかな? 直属の上官に銃を向け、独断で隊を離れ、今度はホーク中尉を殺しかけた。その責任を既に死んだ男に全部押し付けて、ケツは仲間に拭かせる。それで満足かい?」

 

 アグネスがひく、と喉を引きつらせた。ビデオは止められていた。だからアグネスがどう答えても記録には残らない。アグネスは震える唇から、溢した。

 

「わ、私は、洗脳されていませんでした」

「アグネス……」

 

 ルナマリアが気遣わしげに呟いた。

 

「私は自分の意思で隊長を撃って、隊を離れました。シュラに、自分の意思で付いて行きました。ルナマリアとも、自分の意思で戦いました。こ、殺すつもりでした……!私は!だから!」

 

 アグネスの、既に赤く腫れていた目元から涙が溢れる。

 

「ルナマリア、今更謝っても遅いけど、ごめ、んなさい、本当にごめんなさい……」

 

 涙に声を詰まらせながらそう言って、アグネスは濡れた顔を覆った。艦長室をアグネスの嗚咽が包む。アレクセイが再びビデオを付けた。

 

「十分だ。では決を取ろうか。ラミアス艦長?」

「……棄権しますわ」

 

 予想通りではあった。そして、

 

「俺は、お嬢ちゃんの放免に投じるぜ。可哀想だろ? 泣いちゃってるしさ」

「ムウ! ふざける場ではないのよ!」

 

 すまん、と言って笑った後、しかし直ぐに顔を引き締め、

 

「でも実際、現場としては腕の立つパイロットてのは貴重なわけでさ。そうそういないでしょ。嬢ちゃん並ってのはさ。今のうちは戦力不足で再編を余儀なくされるわけだが、プラントとの繋がりがこのまま切れれば、難しいでしょう。補充は」

 

 ま、シンが面倒見るって言うしな、と締めくくった。

 アレクセイが口を開く。

 

「では、私は、アグネス・ギーベンラートの有罪に投じることとしましょう」

 

 シンはぎっと奥歯を噛む。

 

「佐官以上の投票が同数となった。従って、本法定では結論を見送ることとする。ギーベンラート君の身柄はプラントへ移送し、そこでプラントの判決を受けたまえ」

 

 はい、とアグネスが間を置かずに答えた。

 その最中に、アレクセイはじっとシンを見やった。

 ああ、とシンは察する。きっと、アレクセイはシンの持つ残り一枚の用紙の中身に大凡検討がついてる。だから、判決に有罪を投じた。アグネスの告白を聞いた彼が小さく、だが確かに頷いて微笑んだのをシンは見逃さなかった。きっと、アレクセイにはもう、アグネスに本来妥当な――重い懲罰を課そうとは考えていない。だからこれは、正しくシンを試そうという意図でアレクセイが作った状況。

 

 ジャスティスの中で聞いた、キラの言葉を思い出す。

 

「シンに、二つ、お願いしたいことがあるんだ」

「二つ、ですか?」

 

「そう、一つは、ヤマト隊のことなんだけど。隊長を、シンに引き継いで欲しいんだ。申し訳ないけど、僕は当分コンパスには戻れない。でも、その間にもきっと、コンパスが戦うべき場所が生まれる」

「わ、かりました。隊長が暫く戻れないって事なら、その間俺が隊と、コンパスを必要とする人たちを守ります」

「ありがとう。じゃ、もう一つ。シンに大佐としてコンパスを、コンパスを必要とする人たちを守って欲しい」

 

 その予想外で、あまりに突然に降り掛かった大きな重責に思わず声が荒がる。

 

「大佐、ですか! 無理ですよ、俺なんかに!」

 

 シンの言葉に、しかしキラは構わず続けた。

 

「僕は、そうは思わない。勿論直ぐに相応しい振る舞いができるとは思っていないよ。でも必要でしょ? 僕に、准将なんていう分不相応な立場が必要であったように。シンにも、守りたいと思ったものを守れる力が」

「俺は、キラさんみたいにはできません。力だけあっても、結局間違った使い方をして、全部台無しにしてしまうんじゃないかって。そう思ったら、怖くて。自分の力を、自分の意思で振るったら、俺は、また……」

「君は、自分の意思で。僕の手を取ったろう?」

 

 その言葉にハッとした。

 

「僕はね。あのとき、一緒に戦うと決めたシンの決意は、シンの意思だって信じてる。シンが自分で、何と戦うべきか決めるときが来て、迷っても、あのときの意思がきっと君を導く。だから――」

「これを指令として使ってもいいし、使わなくてもいい。まだ早いと思うならそれでもいい。いつかはそうなるんだから。だから、最後はシンに、決めてほしいんだ」

「シンは、できるだけの力を持っていると思う。ならできることやってほしい。僕は、シンになら任せられると思ってる」

 

 

 シンはテーブルに残った最後の用紙を手に取る。そこには、キラ・ヤマトの名による大佐昇進への推挙と、プラント評議員、ラクス・クラインの名に依る承認の印が記してある。これを使えば、一パイロットであったときと比して大きな責任を持つことになる。現在コンパス内に将官は存在しない。つまり大佐とは、実質的最高階級者だ。シンへ命令できるものは大きく限られることとなる。その立ち位置はまるで、二年前の、ザフト軍人だった頃の、FAITHだった頃のそれだった。

 FAITHだった頃、迷いながらも、シンは必死に戦った。守りたいと望んだもの、討たなきゃいけないと絶望したもの、その両方に板挟みになって苛まれながら苦しんだ。その末、オーブを焼くために戦い、折れかかった心でルナマリアを殺しかけた。もし、アスランが止めなかったら、シンはルナマリアを間違いなく殺していた。そうして一生癒えない傷に、苦しみ続けたろう。

 今、もう一度。あの頃選べなかった選択を、今度こそ正しく、選び続けられるだろうか。

 知らず、瞳はルナマリアに向いていた。そこに、ルナマリアの意志を見る。包むような、寄り添うような。許すような。ルナマリアの、その表情で。

 シンは自分の意志をもう一度、信じることに決めた。きっと今度こそ、守るために、力を――

 

「まだ、です」

 

 まだとは?、とアレクセイが先を促す。

 罰を受け入れようと殊勝に前を見ていたアグネスが、振り返る。

 

「コノエ艦長は、この場にいる佐官以上の者で決を取ると言いましたよね」

 

 指令書を、アレクセイへ。

 

「俺も、このコンパスの佐官です。だから、俺も投票します――」

「――アグネスは、放免します。これなら、文句ないでしょう」

 

 アレクセイが、ニヤリと笑い差し出された指令書を改める。横から覗き込んだムウが、ひゅう、と口笛をならして

 

「こうなるんじゃないかって思っちゃいたが、大佐とはねぇ。キラの奴、やりやがったな」

 

 同様に覗き込んだマリューが、

 

「キラ君はやっぱりキラ君というか。ここぞと決めたらこうですもの」

 

 状況が飲み込めないアグネスがあたふたと視線を彷徨わせる。ルナマリアも予想以上ではあったのか、息を飲んだ。

 そして、アレクセイだけが、予想通りといった面持ちで場をやり過ごしている。

 

「分かってたんですか、コノエ艦長は」

「まぁこうなるんでしょうとは思っていましたがね、アスカ大尉、失礼、大佐を隊長職の後任にという意向自体は、この場の佐官三名は予めアスラン殿から聞き及んでいましたし」

 

 そうか、とシンは思う。最初にこの艦長室に訪れたタイミングで、既にヤマト隊の隊長になることは決まっていたということ。故に三人は本来下士官に聞かせることのない会話を聞かせて見せた。

 

「で、あれば当然。求められるのは現場レベルでの判断能力と指揮権。准将が准将たる所以を思い返せば、彼がアスカ大佐を大尉のままここに残して後任を任せるとは考え難い。あの人はそういうお方だ」

 

 結局、全てアレクセイの掌の上。アレクセイからすれば、一目瞭然だったのだろう。シンの迷いも、キラの意向も。

 やはり、とシンは思う。アレクセイは苦手な部類であった。きっとそれは、その冴えすぎる洞察と余裕のある立ち居振る舞いが、過去シンを利用したあの男と重なるから。

 

「それでは、決は出ましたな。アグネス・ギーベンラート、本法廷は君を放免とする」

「嘘――」

「これにて閉廷。皆さん、おつかれさまでした」

 

 

10

 ヤマト隊の三人が退室した後の艦長室には、弛緩した空気が流れていた。

 では、とアレクセイが言うと備え付け冷蔵庫から一本のワインとグラス三つを取り出し、テーブルに並べた。

 

「これにて、ファウンデーショ事変の一旦の解決ということで」

 

 微笑みながらマリューが言う。

 

「いいのかしらね。私達だけで」

 

 冗談めかしてアレクセイが答えた。

 

「アスカ大佐もお呼びしましょうか」

「何言ってんの! こっからは大人の時間でしょうが。あいつには、まだまだ仕込んでやらなきゃいけないことが沢山あるんだから。暫くでかい顔はさせないよ~」

「全くですな」

 

 全員でワインを手に取って、

 

「新生、ヤマト隊に」

 

 アレクセイの礼で、静かにグラスを鳴らした。

 歓談の声が響く艦長室の只中で、無造作にデスクの端に追いやられてしまった一枚の報告書。キラとラクスをMIAとして認定し、キラの二枚の指令書を全てなかったことにしてしまう力を持ったその報告書を、三人は一切、もしくは意図して、その後視界には入れなかったのだった。

 

 

11

 部屋を出た瞬間、アグネスはペタリとその場に座り込んだ。

 大丈夫?といってルナマリアが手を差し伸べると、アグネスその手をゆっくりと取って、より掛かりながら立ち上がる。彼女はそのままルナマリアに肩を借りながら、歩きだす。ルナマリアがシンを見やる。

 

「お疲れ様、シン」

「ルナも、お疲れ様。アグネスも、その、なんとかなって良かったな本当」

「正直、完全にプラントへ送り返されると思ってたわ。それが当然だって思うし」

「おっさんも言ってた通り、人手不足だからさ。アグネスにはまた働いてもらわないと」

「そんな甘いこと言ってないで、命令しておいたら? ちゃーんと俺に従えよって。隊長殿?」

「んもう」

 

 ルナマリアが口を尖らせて言う。

 シンの顔に笑みが溢れた。

 キラは暫く戻らない。その穴は埋め難いけれど。きっと今、少し前の三人よりも格段に強く結び付いて、戦って行くことができると感じる。

 

 

――いつかまた、一緒に戦える日が来るまで。ここは俺が守ります

 

 決意を新たに踏み出す。

 今度こそ間違えないようにと。

 隣に並ぶ仲間たちを見ながら。

 




SEED FREEDOMおもろかったすね!!!
SEEDらしい作風ではなかったと思いますが、あれくらい無条件のハピエンの方が20年ぶりということなら嬉しいものです。長く待った結果に種や種死みたいなラストで締められても困る困る。

当時ギリギリ小学生になっていたかな?という位の子供だった僕ですが、シンが好きでしてね!
戦争でつらい目にあった子供が、もう失わないために強さを手に入れ戦いに身を投じる。
素晴らしい主人公だったわけですが、そのラストには、テレビの前でポカンとしてしまったのを覚えています。
まだ難しい事はなにも分からなかった時分でしたので、僕の大好きな主人公が負けちゃったよ???と素直に思ったわけです。
はい、極めて素直でした。
まぁストフリかっこいいしいいか、みたいな。
そういう事も思っていました。

以下作成中に僕が思っていたことも載せてみます。
共感いただける部分も多いかもしれない。

・アグネスの人間性に同情する余地がなさすぎて困る。どう頑張ったってこいつを許そうとするシンの内面が描きにくい。アグネスの過去は捏造しちゃおうかとも迷いました。親からプレッシャーを受け続けて歪んでしまった、とかね。コイツを助けるっていうのが一番無理筋でした

・#2の冒頭から数千文字のあたりは退屈な話になってしまった。原作終了後の政治的考察とかいります?興味ないですよね。僕は興味無いです。削って話を作れるなら削りたい部分でした。

・シンルナのセックスシーンに特に意味はないのですが、書いてて楽しかったです。しかし、シンは原作時点で童貞だったのでしょうか?という疑問はいまでも拭えません。どう考えても童貞があんな風に女性に応えられるとは思えないし。童貞説を推す方は、シンは性的に天才だったと思っておいてください。僕は童貞じゃなかったんだろうなと思うことにしました。

・#3、ドラグーンが、確か量子通信での端末操作でしたね。ってことはジャスティスも量子通信で遠隔操縦、なんでしょうねぇ。種、種死の小説を漁れば、種世界の量子通信の仕組みが設定されてるかも?知ってる人がいたら教えてください。

・#3のキラとシンが会話するシーンと、裁判中キラから准佐に昇進せられた事を明かすシーンは僕が一番書きたかった部分でした。シンを信じて託すキラと、キラからの信頼に応えて一歩を踏み出していくシン、個人的一番エモいシーンです。原作の2人、いい位置に収まりましたねぇ。好きです。

・#3裁判シーンで佐官以上、って言ってますけどアーサーぇぇ。でもいります?アーサー。アーサーファンの方、ごめんなさい!僕は好きです!

・新生-ヤマト隊のタイトル回収では、実は新生というのはキラが抜けてシンが隊長になる、という意味でのオチでした。新生した部隊の第2部、も書いてみたいですねぇ。アグネスが心気一点してめちゃくちゃ頑張って、役に立とうとして、でもシンに遠く及ばずに泣いちゃって切れ散らかすシーンが書きたいものです。


お付き合いいただきありがとうございました。
感謝です。
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