ごめん、センパイ。財布ないわ。

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このチケット? ファンの女からだけど。

「なぁ、彩センパイ。一緒にスイーツ食いに行かない?」

 

「え?」

 

 丸山彩は、人生初の経験に困惑していた。彼女の目の前にいて彼女に話しかけたのは自分達アイドルバンドPastel*Palettesと同時期に同じ事務所でデビューしたモデルの江西ツキヤという中学三年生の少年。

 短く切り揃えられた黒髪と精悍さの中にまだ幼さを感じる顔つきが売りのモデルで、時折特集を組まれているのを彩は雑誌で見たことがある。

 しかしそんな顔つきに反して彼の目つきは鋭く、まるで怖いオーディションの審査員に相対したような感覚を覚えさせて。それが先程の顔つきと合わさり、どこかアンバランスでミステリアスな少年というのが彩のツキヤに対する印象だった。

 そんなツキヤは、そんな彩の印象を保ったままとあるチケットを差し出し、彩に向けてそう口にした。

 

「ど、どうしたの? ツキヤくん。そんな急に」

 

「あぁ、実はスイーツバイキングの割引チケットを貰ってさ。彩センパイってスイーツ好きそうだし、どうかなって」

 

 そう言うツキヤの手に握られたチケットを彩が見ると、そこには少し前に開店したばかりの人気スイーツバイキングのお店の名前が刻まれていた。主なターゲット層が女子学生ということもあり、SNSでバズっていたのを見て彩も行ってみたいと思っていたのも彼女の記憶に新しいことであった。

 

「え、そこSNSでも有名なお店だよね。あれ? でもそれってつまり……」

 

(これってつまりデートってこと!? ど、どうしよう。こういうの想像したことあったけど、ツキヤくんとまだそんなに仲良くないし。それに今はパスパレを全力でやりたいけど……あのお店は行ってみたいな。うーん、どう返せばいいんだろう)

 

 彩はアイドルとして活動を始める時にこの道を全力で駆け抜けることを心に誓い、恋愛やそういった話からは遠ざかっていたが、それでもやはり思春期の少女としては同じ事務所の人気男性モデルとお出かけして食事をするというのは多少なりとも心が踊ってしまうもので、しかもその行き先が自分の気になる店であれば尚更のこと。けれど先程の信条との狭間で揺らめいていると、彩はふと気になることを思い出した。

 

「ねぇ、ツキヤくん。千聖ちゃんとは行かないの?」

 

「え、あぁ……千聖ね」

 

 彩が思い出したのは自身のグループの一人、白鷺千聖の存在だった。彩の記憶が正しければ二人は年齢こそ違えど子役時代の同期で、今でも二人でよく話しているのを見たことがあった。なので千聖とツキヤで行くことはないのかと思い質問すれば、ツキヤの顔は少し気まずげに目を逸らしてこう言った。

 

「千聖と行くと、めちゃくちゃ食う量管理されるから……。あんまり行きたくない」

 

「あーーー……」

 

 正直ちょっと分かる。ツキヤの言葉を聞いた彩の最初の感想はこれだった。

 彩自身もアイドルとして体型が大事なのは理解していても、好きなものや甘いものを沢山食べるというものには抗い難い魅力があり、それでもしっかり我慢はするのだが、千聖の前で何か食べるのはどうしても緊張してしまう。そうして彩が思い出すのは暫く前の朝のレッスン後の昼食の時の千聖の微笑みを浮かべた言葉。

 

 ──彩ちゃん、最近ちょっと食べすぎじゃない? トレーニングメニュー、変えてみない?

 

「……ひっ!?」

 

 瞬間。彩の背後から聞き覚えのある声が聞こえた気がした。それに驚き後ろを振り返るが、そこには誰もおらず、先程までと変わらない休憩スペースの壁で。その事に安堵しながら再びツキヤの方を向けば彼は少し引いた顔で彩を見つめていた。

 

「え、どうしたのセンパイ。ちょっと怖いんだけど」

 

「ご、ごめん……。何か千聖ちゃんから食べすぎじゃない? って言われたような気がして」

 

「あ、わかる。アイツめちゃくちゃ言うよな。マジで怖い」

 

「ちょっとだけね……。でもそう言うってことはツキヤくんも結構食べるの?」

 

「うん。スイーツはめちゃくちゃ食う」

 

「そうなんだ。ってことはやっぱり体型維持とか大変だよね」

 

「まぁまぁ大変といえば大変だよ。……でさ、彩センパイ」

 

「ん? なに?」

 

「俺、スイーツはめちゃくちゃ食う」

 

「……? あ、うん。そう……なんだ……?」

 

「うん」

 

(何で二回言ったんだろう……? 何か言いたいことでもあったのかな?)

 

 ツキヤの謎の復唱。それに呆気にとられながらも彩はツキヤの言葉の真意を探る。バンドメンバー、知り合い、過去の養成所の同期、そして家族。様々な人の言動を思い浮かべながらツキヤの言葉に最も近いものを探していると、彩の頭に一つ思い当たるものがあった。

 

(……あっ、そうだ。昔のあの子みたいなんだ。ふふ、あの子もこんな感じでおねだりしてきたっけ。懐かしいなぁ……。そう考えると、ツキヤくんってちょっと可愛いかも。……うん、せっかくだし行こうかな。元々気になってし)

 

 それは幼い頃の彩の妹との記憶。その時の妹はまだ言葉を上手く伝えることが出来ず、簡単な意思表示の繰り返しで自分のしたいことを伝えていた。それがどこか今のツキヤの言動に重なったような気がして。そうして先程のツキヤの言葉を思い返すせば、怖い印象であったツキヤがどこか可愛げがあるようにも感じ、彩は優しげにツキヤに微笑んで、差し出されたチケットを手に取って彼の誘いに乗ることを告げる。

 

「よし、じゃあツキヤくん。千聖ちゃんには秘密でスイーツ食べちゃおっか」

 

「マジで? いぇーい」

 

「うん。とりあえず何時にする? 来週のこの日なら空いてるけど」

 

「その日でいいよ。俺も予定ないし」

 

「分かった。じゃあ昼過ぎに駅前集合でいい?」

 

「大丈夫。めちゃくちゃ問題ない」

 

(鼻歌まで歌ってる。そんなに楽しみなんだ……)

 

 彩の了承の答えにガッツポーズを掲げて鼻歌を歌い出すツキヤ。そんな姿を見てやっぱり人は見かけによらないというのと、ミステリアスな雰囲気に呑まれて今まであまり話さなかったことを少し後悔しながらそのお礼を伝えようとして、このチケットの出所を聞いてなかったことを思い出した。

 

「あ、そういえばこのチケット誰に貰ったの? 出来るならお礼したいんだけど」

 

「え、あぁ……これ? ファンの女からだけど」

 

「えっ?」

 

「それじゃ、彩センパイ。来週楽しみにしてるから」

 

「ちょっと待ってツキヤくん!? 流石に貰えないよこれ!? ねぇ!」

 

 さらりと告げられたツキヤのその言葉。それに彩が困惑している隙にツキヤは軽く手のひらを振りながらどこかへと歩き始める。それを彩は呼び止めるも、その声は届かずツキヤは何処かへと去ってしまった。

 

「えぇ……どうしよう、これ。ツキヤくんのファンに怒られないよね……? でも行くって言っちゃったし……」

 

 そうして、ツキヤが去った休憩スペースで彩は考える。ツキヤのファンに悪いのであまり乗り気ではなくなったのだが、もう既に約束してしまったことが彩の罪悪感を掻き立てる。そうして暫く考えた末に彩は決めた。

 

(……とりあえず、千聖ちゃんに聞いてみよう。うん)

 

 ──チケットを仕舞い、ツキヤに詳しい千聖に聞くことを。

 

 

「はぁ〜……。結局、きちゃった……」

 

 そして、翌週の休日。彩は待ち合わせ場所の駅にいた。降り注ぐ春の陽気は暖かく彩を照らしてくれるが、彼女の心は重く鈍っていた。あの日からチケットホルダーに仕舞いこんだチケットがあることを確認しながら彩は待ち人について考える。

 

(千聖ちゃん、ツキヤくんが善悪のタガが外れてるから無理に行かなくてもいいって言ってたけど……ツキヤくんにチケットをあげたファンの人が可哀想だもんね)

 

 思考と共に彩の脳裏に浮かぶのは、今日のことを伝えた時のひどく疲れた顔をした千聖の言葉。仕事で来れないと分かった千聖がいざとなれば自分がツキヤを叱るので無理に彩が行く必要はないとは言っていたが、どうしてもツキヤに送ったファンの人の気持ちを考えると、行くのを止める気に彩はどうしてもなれなかった。そんな気持ちで彩が前を向けば、少し離れた所から変装しているものの見覚えのあるツキヤが緩やかに手を振っているのが見える。

 

「あ、いたいた。彩センパーイ」

 

「う、うん。おはよう、ツキヤくん。今日はよろしくね」

 

「ん、よろろー。とりあえず、行く?」

 

「そうだね、行こっか。……そうだ、その前に一ついい?」

 

「え。……別にいいけど、歩きながらでいい?」

 

「あ、うん。全然いいよ。その……チケットのことなんだけどさ」

 

「え、あぁ……」

 

 集合し、歩き始める直前。彩はツキヤにこの一週間問いたかったことを尋ねる。その問い掛けの切り口にツキヤは軽く頬を掻きながら何処か遠くへと視線を移して口を開こうとする。そんなツキヤの目の前へ彩は移動し、指を立ててツキヤの言葉を制する。

 

「だーめ。そんな言い方をした時は止めさせてって千聖ちゃんから聞いてるから」

 

「あー……なるほどね。……千聖め。面倒なことしやがって

 

「え、何か言った?」

 

「ううん、なんでも。でもさ、彩センパイ。それって悪い? 何が?」

 

「え、どういうこと?」

 

 ツキヤがそう問うた瞬間、突如として変化するツキヤの雰囲気に彩は困惑する。元々鋭い印象を与える瞳はさらに鋭くなり、放たれたツキヤの言葉が強く耳に残り周りの音を掻き消す。そうするうちに目に見える風景すらも白と黒のモノクロームに変化し、その中で彩の目の前に立つツキヤは元々の色を維持したまま彩に続きの言葉を投げ掛ける。

 

「俺はスイーツが好きで、送ってきた女は俺が好き。俺が好きな女が送ってきたスイーツハイキングのチケットをスイーツが好きな俺が使うことになんの問題があるのかな」

 

「それは……そうかもだけど。やっぱり送ってきたファンの人は女の人と行くのは嫌なんじゃないかなって」

 

「そうとも言いきれないんじゃないかな。人の気持ちは千差万別っていうし、今の彩センパイを自分だと思い込んで幸せを感じる人だっているかもしれない」

 

「それは……」

 

「つまり、これはある種のファンサービスとも繋がりうる。そう考えれば、全てが幸せな関係と言えるんじゃない?」

 

 そう言うツキヤの瞳には、芸能界でよく見るような悪意や他者を騙そうとする意思のようなものは見られず、千聖程ではないにしてもそういったものを見てきた分、彩にはツキヤのことが分からなくなっていった。そうして、段々ツキヤの言う言葉が正しさを帯びてきたような気さえして、気がつけば彩の口から言葉が漏れていた。

 

「それは……そうかも?」

 

「まぁ、マジでキレて俺を刺しにくるファンも当然いるだろうから、全てが幸せとは言い難いけど」

 

「えぇー……?」

 

 だがそんな彩の同意をあっさり切り捨てたツキヤは「そんなことはいいからさ、早く行こう」と彩を急かしつつ歩き始める。そんなツキヤを追いかけながら彩は思う。

 

(なんか……釈然としない……!)

 

 そうして春の暖かな陽射しと、ちょっとだけ肌寒い風の中。そんな二人のおかしなお出かけが始まった。




あらすじは次回

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