ハーメルン初投稿です。友人に誘われバンドリの二次創作を初めて書きました。Pixivのほうにも投稿しています。
冬の厳しい寒さも日々やわらぎ、陽の暖かさが心地よい。春を知らせる桃色の便りは南から北上し、東京にも届いていた。未だ満開とは言えないものの、どこを見渡しても灰色に染まり無機質にさえ感じられた街を鮮麗に彩っていた。
そんな春の陽気を感じながら一人の女性が商店街を歩いている。やがて白いレンガの落ち着いた雰囲気を感じる珈琲店が見えると、彼女の足は迷いなくその店へと向かった。
カラン、とベルが鳴るのと同時に扉が開く。姿を見せたのは青緑色の長髪をたなびかせ背筋はピンと伸び、見るものに凛々しい印象を感じさせる女性だった
「いらっしゃいませ…あっ、紗夜さんこんにちは!」
「こんにちは、つぐみさん」
つぐみはいつものように挨拶をしようとして入り口に顔を向け、やってきたのが紗夜だと気づく思わずこぼれるような笑顔を浮かべる。
「もうすぐ上がれると思うので先に部屋で待っててもらってもいいですか?」
「わかりました。それでは失礼しますね」
つぐみと言葉を交わした紗夜は席に着くことなくまっすぐと店の奥のほうへと向かい、カウンターで珈琲を入れていたつぐみの父親に軽く挨拶をし、併設されている住居部へ入る。
そのまま階段を上り、目的の部屋まで迷うことなく歩いて行った。
先ほどの店内の様子と時間帯を考えればつぐみはそう待たずともやってくるだろう。紗夜はいつでも紗夜が使えるようにとつぐみが用意したクッションを手に取り座り、鞄の中から読みかけの本を取り出し読み始めた。
紗夜がつぐみと付き合い始めて数か月。『羽沢さん』から『つぐみさん』へと呼び方が変わったころから紗夜は店のほうではなくつぐみの部屋で過ごすことが多くなっていた。つぐみの幼馴染たちや友人は店のほうで過ごすことのほうが多かったが、紗夜だけは違う。
そのことは二人の関係が特別なものであることの証明になっていた。
紗夜が扉の開く音で本の世界から引き戻されたのは部屋を訪れてから30分ほど過ぎたころだった。
「すみません、少し遅くなっちゃいました」
そういって部屋に入ってきたつぐみの手にはお盆に乗った二つのカップがあった。
「いえ、私は大丈夫ですよ。つぐみさんもお疲れさまでした」
「はい、ありがとうございます」
つぐみは机にカップを置き、紗夜の隣に座る。紗夜には珈琲、つぐみは自分にカフェオレを持ってきていた。
紗夜はつぐみが持ってきたカップに入っている珈琲に口をつける。珈琲の苦みの中に確かに感じる香ばしい風味は、まだどこか物語の世界を旅していた紗夜をより一層強く現実世界へと引き戻した。
「やはり羽沢珈琲店の珈琲が一番美味しく思います」
「紗夜さんにそう言ってもらえるとうれしいです。きっとお父さんも喜ぶと思います」
そういってつぐみもカフェオレに口をつける。通常より濃く入れた珈琲の強く感じられる苦みも牛乳を加えることで珈琲の苦手なつぐみでも楽しめるまろやかな優しい味わいになっている。
「うん、おいしい」
「つぐみさんが飲んでいるのはカフェオレですか?」
「はい、お店で出すのよりも少しミルク多めにしてもらってます」
「そちらも美味しそうですね」
「美味しいですよ。もしよければ、一口飲んでみますか?」
「いいのですか?ありがとうございます」
紗夜はつぐみからカップを受け取り、口をつける。
「あっ…」
「どうされましたか?」
「あ、い、いえ、紗夜さんが口をつけたところと私が飲んだところが一緒だったなと思って…」
一瞬つぐみが何を言ったのか理解できなかったが、言葉の意味を理解すると紗夜は思わず口角が上がるのを感じた。
「間接キス、しちゃいましたね」
「そ、そうですね…」
既に普通のキスすら経験があるというのに間接キスで顔赤く染めてしまうつぐみの初心な姿が紗夜の心をくすぐる。
紗夜は持っていたカップを机に置きつぐみの頬へ手を添え、恥じらうように下を向いた顔を優しく自らの顔のほうへ向けさせる。
つぐみも自分が今から何をされるのかを察し、ぎゅっと目を閉じる。
─あぁ、なんてかわいらしいのでしょう。
いたいけなつぐみの行動一つ一つが紗夜のつぐみへの想いを膨れ上がらせる。
二人の顔の距離はゆっくりと近づき、やがてそっと触れ合い、離れる。そしてどちらからともなく再び触れ合う。
何度繰り返しただろうか。キスに夢中になっていた紗夜の肩がトントン、と優しくたたかれた。いつの間にか二人の間にできていた限界の合図だ。
紗夜は名残惜しくもありながら、一度元の距離へと離れる。
「すみません、思わず夢中になってしまいました…」
「い、いえ、私も紗夜さんとこういうことをするのは…その…嫌い、じゃないですし…」
つぐみの声は最後に向かうにつれ徐々に尻すぼみに消えていった。それでも紗夜の耳にはしっかりと届いていたようで慈しむかのような穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。同じ気持ちでとてもうれしいです」
紗夜があまりにも優しく愛おしそうに見つめてくるため、つぐみは先ほどまでの触れ合いを思い出してしまう。
それからつぐみが自らの高鳴った心臓と春の暖かさすら通り越し夏の暑さを感じさせるかのような顔の紅潮を抑えるのには多少の時間を必要とした。
紗夜もつぐみも共通の趣味が読書やお菓子作りということもあって自然とどちらかの部屋で過ごすことが多くなった。最近読んだおすすめの本や互いに読んだ本の感想を話したり、外で待ち合わせをして材料を買いに行き、お菓子作りをしたりなどして時を過ごしていた。
もちろん特に予定もなくただ他愛のない話に華を咲かせることもあり、そのような日は今日のような触れ合いに発展することもあった。
はじめは紗夜の部屋で、ということもあったが日菜に何度か乱入されそうになったあたりで、今日のような触れ合いはつぐみの部屋で行うのが暗黙の了解となっていた。
「落ち着きましたか?」
「はい、何とか…」
つぐみはふぅ、と一息つきテーブルの上に置かれたカフェオレを飲む。最初に口をつけたときは舌に熱さを感じたがいつのまにか飲みやすいぐらいに冷めていた。
「本当に無理させていませんでしたか?」
今日の自分は少々性急すぎた自覚があるのだろうか。紗夜は重ねてつぐみに尋ねた。
「本当に大丈夫ですよ。私、こうやって紗夜さんと触れ合っていると、紗夜さんが愛してくれているんだなって実感できてうれしいんです。私も紗夜さんが好きだって気持ちが溢れて、止まらなくなって…。それでいつもギブアップしちゃうだけなんです…」
「っ…本当に貴女っていう人は…」
─今の私を過去の私が見たらなんて言うでしょうね。
日菜に対して劣等感を抱き、ただひたすらギターの技術だけを追い求めていた過去の鋭利な刃物のような紗夜の姿からは、現在のつぐみに向ける甘い姿は想像もつかないだろう。 それほどまでに今の紗夜はつぐみが愛おしくたまらない。この感情には限界なんてないと思えてしまうほど、どこまでもつぐみに対する愛おしさが膨れ上がっていく。
「今日はもうキスまではしないですが…」
そういって紗夜はつぐみの肩に手を置き、そっと自分のほうへとつぐみを引き寄せた。
「これぐらいは構わないでしょうか?」
「はい…。こうしているの好きです…」
つぐみは紗夜の肩に頭を乗せる。肩と頭、腕と腕、触れ合っている部分から互いの体温が伝わる。窓からは優しい陽ざしが差し込み二人をそっと照らす。
紗夜が来るまでは店の手伝いをし、ついさっき紗夜と熱い触れ合いを交わしたつぐみが船をこぎ始めるのも時間の問題だった
「つぐみさん?」
「…はい、なんですか…?」
「もしかして眠いですか?」
「そう、かもしれません…」
紗夜としてはつぐみが仮眠をとることを止めるつもりはない。むしろ眠たいのなら寝てほしい。しかし今の体勢のままでは起きたときに首を痛めているかもしれない。
─ベッドに行ってもらったほうがいいかしら
「つぐみさん、少しベッドで寝ましょうか?」
「…紗夜さんと離れるのは…ちょっと、さみしい、です…」
つぐみがあまりにも可愛いことを言うものだから紗夜は心の中で悶えてしまう。紗夜とてつぐみと離れるのは少し残念だが、つぐみの体のことを思えば致し方ない。
「それはうれしいですが、このままだと首を痛めてしまいますよ」
「うーん…でも…」
眠たいからかつぐみは少し甘えたがりになっているようだった。どうにかできないだろうかと部屋を見渡し、ふと思いつき紗夜は正座を崩し、足を横に流す。
「つぐみさん」
そして自分の太ももをポンポンとたたきながらつぐみに呼びかける。いわゆる膝枕のお誘いだ。
「ありがとうございます…」
具体的な言葉はなくともつぐみには伝わったようで、つぐみは肩から頭を離し、座っていた紗夜の太ももへと頭を乗せた。
「高さは大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です…」
「そうでしたらよかったです」
紗夜はつぐみの柔らかな髪をなで始める。指の流れが止まることなく毛先までなでることができる。
目を閉じれば、触れ合っていることと陽ざしの暖かさ、髪をなでる紗夜の優しいてつき
がより鮮明に感じられる。
気づけばつぐみは寝息を立てていた。
「おやすみなさい、つぐみさん」
つぐみが目を覚ますころには窓から差し込む陽はすっかりオレンジに染まっていた。
「うぅ…あれ、私…」
「おはようございます。ゆっくり寝れましたか?」
つぐみが目を開けると顔を覗き込んでいる紗夜が見えた。
─あれ、何で…?
まだ覚醒しきっていない頭では自分がどんな状況なのか把握できていなかったが、徐々に覚醒していくにつれ、自分の頭の下にある柔らかく温かな枕が一体何なのかを理解できた。
「は、はい、それはもうぐっすりと。それより膝枕してもらってありがとうございます。足しびれていませんか?」
体を起こしながら尋ねる。窓から差し込む陽ざしから考えて短くない時間膝枕をさせていたのは確実だった。
「これぐらい平気ですよ。部活で正座をする機会は多かったので慣れていますし」
「それなら良かったです…。あとせっかく来てもらったのに寝ちゃってすみません…。退屈でしたよね…」
つぐみの寝る前の記憶ではお昼は過ぎていたとはいえまだ陽はまだ高かった。それがすっかり夕暮れになってしまい申し訳なさを感じていた。
「私としてはつぐみさんのかわいらしい寝顔を堪能できたのでうれしかったですよ」
「なっ…そうですか…」
そうは言ってもらうがやはり出向いてもらったというのに寝てしまい、加えて膝枕までさせてしまったことにつぐみは申し訳なさを感じてしまう。
そしてそんなつぐみの気持ちは紗夜にも察せられた。紗夜としては気にすることではないと思うのだが、何かしら埋め合わせをしたほうがつぐみの気持ちとしても良いのだろう。
「私としては本当に気にしなくてもいいのですが、もし気になるようでしたら一つお願いを聞いていただいてもいいでしょうか?」
「はい、もちろんです!何でしょうか?」
「もうすぐ桜も満開になるようですし、二人でお花見に行きませんか?その時につぐみさんの作ったお菓子が食べたいです」
「わかりました!美味しいのたくさん作りますね!」
つぐみの顔に笑顔が戻る。つぐみのかわいらしい寝顔が見れて、そのうえつぐみの手作りおやつ付きのお花見デートの約束を取り付けることができた。
─私ばかりこんなに幸せでいいのかしら
紗夜は少し疑問に思ったが、つぐみの笑顔を見ると自分の考えは間違ていなかったようで安心した。
「はい、楽しみにしています」
「じゃあ、どこに行くか決めませんか?」
「そうですね。これは以前今井さんに聞いた話なんですが…」
そうして二人は友人からの情報やネットで調べた情報をもとに予定を考え始めた。
夕日に照らされた花弁が舞い散る。桜が咲き誇るまで、あと少し。