もしもひょんなことから時間を逆行出来たなら
そんな妄想のお話
このお話は、ギルデロイ・ロックハートが未来を知る機会があれば一体どのように二度目の人生を送るのかを書き起こした物語です。
いい感じの出だしですね、現代の忙しい魔法使いのためには最初の文章から物語の方向性をきっちりと示しておくことが大事なのです。
一話だからとすべてを読んでもらえると思うのはナンセンス!
読者はつまらないと感じたらその時点で本を閉じてしまいます。
そうさせないために、きちんと冒頭で私が主役の胸躍る冒険活劇だとアピールしなければね。
私の名はギルデロイ・ロックハート。
自分で言うのもなんですが、魔法界で知らぬ人はいない有名人です。
勲3等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして”週刊魔女”5回連続のチャーミングスマイル賞を受賞。
そして、愛しき母校ホグワーツ魔法学校で闇の魔術の防衛術の教師として赴任することが決まりました!
ここからの私の物語は皆さんご存じですよね?
私の輝かしい冒険活劇はすべて忘却術で功績を他者から奪い取ったものです。
その化けの皮は英雄ハリーポッターに暴かれてしまい、得意の忘却術はその友達、ロン・ウィズリーから奪い取った折れた杖を使ったがために逆噴射。
自分自身の記憶を忘却してしまったわけですね、レイブンクローの誇るべき叡智を皮肉にも自分自身で忘却してしまうとは、このギルデロイ一生の不覚でした。
おっと、私は確かに他の魔法の腕はからっきしですが、忘却術にかけては魔法事故リセット部隊で働く現役の忘却術士よりもずっと得意なんですよ。
あの時は折れた杖なんか使うもんだから呪文の威力自体をコントロールできずに失敗したのです。
その証拠に御覧なさい、私の記憶を完全にバラバラにしたでしょう?
普通は自分の決めた記憶を消して、前後を違和感なく繋ぎ合わせるんです。
そうしないとマグルの人たちは魔法使いを見るたびに記憶障害に陥って病院送りになってしまいますね。
私自身で私の有能さを証明したと言っても過言ではないのですよ。
なぜ未来のことを知ってるのかって?
ははっ、よろしいお答えしましょう!
私も自分自身に起きた不思議な出来事に少々混乱してましてね、こうやって頭の中で小説のように自問自答して物事を整理しているのですよ。
いわば、人気作家の職業病ですね。
私の頭の中は常に新たなる作品への構想でいっぱいなのです。
それはホグワーツへの赴任が決まり、授業で使うピクシーを業者に依頼した後のことです。
中々サービスの行き届いた業者でね、一匹だけサービスでピクシーを見本として私の元に送ってくれたんです。
檻に入れられたピクシーというのは中々うるさいもので、いや、本当にうるさいんですよ。
普通の魔法使いならここで、声を出せなくするシレンシオや、失神呪文のステューピファイなどでピクシーを静かにする場面なのでしょうが私はどちらも自信がなくてね。
えぇ、そうです、試してもいませんとも、どうせ失敗するのですから無駄というものです。
なので私は一番得意な呪文で物事の解決を図りました。
そうです、忘却術をピクシーに食らわせてなぜ自分が檻の中で不満で怒っているのかを忘れさせたのです!
見事に成功を収め、ピクシーを黙らせることに成功しました。
あんなに暴れていたのが噓のよう、好奇心いっぱいに部屋の中を目をぐるぐるさせながらつぶさに観察する様はかわいらしいもんです。
自慢の鋭い牙を使うのも忘れ、檻の隙間から小さな手を必死に伸ばしながら、身の回りの物を触ろうとします。
しかし、これで油断したのがいけなかった。
久しぶりに消した記憶を呼び出す反対呪文を試そうと、フィニートを唱えようとしました。
皆さん誤解しがちなので訂正させて頂くと、忘却術で消した記憶はきちんと取り戻せるのですよ。
無論、消された記憶を適切に把握した術の詠唱者が、確かな技量を持っていればの話ですが……。
えぇ、その通り!
私ほどの腕前になれば消えた記憶など一発で元通り。
そもそも記憶は消えてなどいないのです、多くの魔法使いたちは言葉としては記憶を消去したと言いますが、私に言わせれば多くの魔法使いが間違って認識しています。
記憶を消すのではなく、思い出させなくするのです。
記憶という宝はきちんと箱の中にしまってあるのに、鍵を失くしてしまったがために中身を取り出せなくなる。
皆さんも鍵の管理はしっかりしなくてはいけませんよ、魔法使いは鍵の開け閉めも全部魔法に頼ってしまうのでそのあたりに無頓着でいけません。
話がそれてしまいましたね、ついつい自分の知見を他者に伝えようとするあまり話が長くなるのが私のチャーミングな癖なのです、ご了承ください。
さて、ピクシーの記憶をフィニートで呼び覚まそうとした時です。
ついピクシーに杖の先端を掴まれて呪文が暴発してしましてね、記憶を呼び起こす呪文を記憶を忘却していない私自身にかけてしまったのです。
すると、なんということでしょう!
私は忘れていた記憶を思い出すかのように、未来の自身に起こる出来事を思い出したかではありませんか。
魔法界には預言者と呼ばれる人たちがいます、もしかしたら未来を予言するというのはこんな風に忘れていた未来を思い出すようにして天啓を受けるのかもしれませんね。
私があまりの出来事に呆然としている時間はほんの数分だったでしょう。
しかし、その数分間にまるで人生を凝縮したかのような出来事が私の頭の中に流れ込んできました。
人生は泡沫の夢なんて小説が確か中国にありましたね。
蝶が見ているのが夢か、私が見ているのが夢なのか。
しかし、私はあの夢がこれから起こる現実だと思うことにしました。
預言者としての才能が隠れていたとは思いませんが、ある意味特別に愛された私にふさわしい天啓なのでしょう!
さしあたっては今後の身の振り方です。
すでにホグワーツへの返事は出してしまっていますし、ここで姿を隠しては私のキャリアに傷がつきます。
思えば組み分け帽子は私をレイブンクローかスリザリンで悩んでいました。
ここは母校に凱旋するついでに初心を思い出して、スリザリンの狡猾さを見習うことにしましょう!
最近の私はあまりにも順調に英雄として成功を収めすぎました。
ここは今一文筆家として第一歩を踏み出したあの時のことを思い出さねば。
えっ、思い出したところでどうなるかって?
ははっ、確かに私は他者の功績を横取りしたペテン師です。
しかし、今一度皆さんも忘れている大事なことを思い出してみてください。
私は、英雄と呼ばれるような行為をした魔法使いから手柄を横取りできているのですよ、それも7人もね。
今度はハリーに注意しながら、彼を上手に導きましょう。
なるべく彼のお友達はもちろん、周りにも注意を配らなくてはなりません。
とりあえず、ファーストコンタクトであるダイアゴン横丁でのサイン会から少し演出をしなければいけませんね。
しっかりとした物語を作るには、プロットが必要ですからね。
普段活字に触れる機会がない読者のためにわかりやすく言うならば、舞台における脚本でしょうか。
ちなみに活字入門としても私の本はおすすめですよ、どの本を読んでも面白さは保証しますが、最初に読むなら『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』がいいですね。
あれは私が英雄としての階段を駆け上がる最初の……。
「なんだってこんなに本屋が混んでるんだ、もしかして今年からホグワーツの新入生が10倍にでも増えたのかな?」
フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の中は人でごった返したように混んでいた。
教科書を買いに来たロンはその人の多さにうんざりした様子で言った。
「僕も魔法薬の鍋で角ナメクジを茹でる時は大き目な鍋を使ってあげようかな、こんなに押しつぶされたら失敗して当然だよ」
「たしかに、僕たちが今まで上手にできなかったのは鍋のせいだったんだね」
「馬鹿なこと言ってないで早いとこ教科書を買ってきたら? 今年の教科書はロックハート様のためになる自伝小説で、教科書嫌いな二人もきっと勉強が楽しくなるわよ」
ハーマイオニーが一言勉強の楽しさを解くが、二人は今の今まで教科書が楽しいと思ったことなど一度もない。
魔法を使うのは楽しいのだが、勉強として教科書を読むなど年頃の子供たちには煩わしいだけ。
二人は早いとこ買い物を終わらせて、アイスクリームの屋台で一服しようと考えている。
「なんでこんなに混んでるんだろう……。あっ、もしかしてあれが原因かな?」
店の奥にある垂れ幕を見ると、新書のサイン会が開かれている。
「私、並んでくるわ!」
ハーマイオニーが一冊の本を手に取り、わくわくしながら列に並ぶ。
「有名な人なの?」
ハリーの疑問にロンがうんざりした様子で答える。
「今度の教科書の作者だよ、今度の先生はきっとママみたいにハマってる魔女だぜ。こんなたくさんの小説を教科書にしようなんて頭がいかれてるとしか思えない。おかげでうちの家庭の小遣い事情は財政破綻しそう」
ロンはうんざりを通り越して、自身の減らされた小遣いを思い出し怒り心頭といった様子だ。
ハリーはロンの家庭が決して裕福ではないと知っていたので、気の毒に思った。
「確かに、7冊も小説を教科書にしちゃうなんて、今年もまともな授業は受けれそうにないね」
思えば去年の闇の魔術に対する防衛術の授業は最悪だった。
教室中を充満するニンニクの臭い、ぼそぼそと聞こえない朗読、おまけに教師の頭には顔が二つもあった。
「おや、もしかして君はホグワーツの生徒さんかな?」
「はい! ロックハートさんの著書は全部読んでます。今年からホグワーツの指定教科書になったことがうれしくて、学校にファンが増えたらきっと友達と感想の交換が出来ると思うと今から学校が楽しみです!」
いつの間にかハーマイオニーの順番が来て、新書『私はマジックだ』にさらさらと書きなれたサインが表紙を滑る。
よほどうれしかったのだろう、ハーマイオニーは頬を紅潮させて本を胸に抱きながらうっとりとしている。
「それはうれしいね、君のようなファンが居てくれると嬉しい限りです。今日はお友達と一緒かい?」
「はい、同じ寮の友達と、あそこで待っててくれます」
憧れの作家に話しかけられたハーマイオニーは嬉しさのあまり、まるで夢の中にいるかのようにふわふわとした心地で答えた。
ハーマイオニーは手を振って合図を送り、ハリーとロンは顔を引きつらせながらぎこちなく手を振る。
「そうか、それじゃあここでサプライズだ。お集りの皆さん、しばし私にご注目を!」
ロックハートが声を張り上げると、店中の人が一斉に彼の方を見た。
ハーマイオニーだけじゃない、店内の魔女たちは本を抱きしめながら、うっとりとした表情でロックハートを見つめている。
「私、ギルデロイ・ロックハートの著書のいくつかがホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の教科書に指定されました。歴史ある母校に認められたことはうれしい限りですが、実はもう一つ私個人としてうれしいことがありました。なんと今年度の闇の魔術に対する防衛術の担当教授職を引き受けることになったのです」
ロックハートが宣言すると、店内は拍手喝采の嵐となった。
ハリーとロンは唖然とし、ハーマイオニーは手を叩いている。
ハリーは、この嵐はロックハートの本が売れるからなのか、それとも有名人が教授職についたことに対するものなのかどちらだろうと考えた。
自身も魔法界では有名らしいが、それは望んで得たものではない。
有名になって得をすることなどほとんどないのに、こうやって騒いでいる人たちを見ると何とも言えない気持ちになる。
宣言からしばらくしてロックハートをしきりに撮っていたカメラマンがハリーの方へと近づいて来た。
そのレンズの向こうの目は、きっと好奇心の塊なのだろう。
何とか逃げ出したいところだが、込み合った店内は逃げ道がない。
「おおっと、ハリーの写真を撮りたい気持ちはわかりますが、彼はあくまでホグワーツの一生徒です。教職に就く身として生徒にカメラを向けられるのは好ましくありませんね」
ロックハートがカメラマンにそう言うと、ハリーはほっと胸をなでおろした。
「でもロックハートさん。魔法界の英雄ハリー・ポッターと冒険家ギルデロイ・ロックハートのツーショット写真はきっと新聞の一面を飾りますよ」
カメラマンも仕事として美味しい絵は撮りたい所なのだろう。
やんわりと説得するようにロックハートに語り掛ける。
「まぁ、確かに有名人の度合いじゃハリーも負けてないよね。そのうちカエルチョコのオマケになりそうだもん」
ロンお得意のジョークで場の空気を和ませようと試みるが、ハリーの顔はげんなりしたままだ。
「君たちが仕事として紙面のことを第一に考えてるはわかりますが、彼は特別な存在ではなく、私が教え導く生徒なんです。彼のバックボーンではなく、私は彼自身と向き合って付き合いたい。私も仕事柄英雄として皆さんに期待されることも多いですが、それは覚悟を決めてるからいいのです。しかし、まだ幼い少年に過度な期待を膨らませるのは如何でしょうか?」
柔らかい物腰でカメラマンに教師としての考え方を説明するロックハート。
周りの魔女たちも最初の興奮を抑え、同調するように頷いている。
その姿を見て、ハリーはロックハートは先生としての才能もあるのだなと感心した。
実際、ハーマイオニーも尊敬のまなざしでロックハートを見ている。
「しかし! 君たちもそれでは納得出来ないでしょうし、この絵を逃したら後で上司に叱られるのも私の本意ではない。グレンジャーさんとお友達たち、よければ人助けのお手伝いをしてくれませんか?」
手招きをして三人組を呼び寄せると、膝を曲げ同じ視点になりロックハートは小声で語り掛ける。
「すまないが私のサイン会の様子として三人一緒に本にサインをもらうところを撮影させてもらえませんか? ハリーの名前は新聞には載せません。ただホグワーツの生徒たちがサイン会に参加してるという体裁だけカメラに収めさせてもらいたいのです」
ハリーは写真に収められるなどまっぴらごめんだと思ったが、仕事をきちんとしてる人を助けるためだと言われたら良心が痛む。
「ロックハート先生、出来たらあまり目立たないように映りたいんですが……」
この時点でハリーは自分が写真を撮られることを良しとしていた。
人のためというのもあるが、自分の苦労をわかり適切にフォローしてくれたロックハートの印象は悪くない。
きちんと意見を言えば無下にしない大人だろうと思えるくらいには考えた。
「もちろん、君が有名であることで苦労してきただろうことは想像に難くありません。ハーマイオニー、すまないが君がセンターでハリーとお友達は横に並んでくれるかい? これなら生き残った男の子ではなく、友達と肩を並べる一人の魔法使いに見えるだろう」
ロックハートはハリーの不満を汲み取ったようで、快く承諾してくれた。
ハリーはほっと胸をなでおろすと、ハーマイオニーもロンもそれに同調した。
「ハリーのことは一言も書かないようにお願いしますよ、英雄扱いもいけません」
念押しするロックハートに、カメラマンは苦笑しながら頷く。
「それでは、迷惑をかけたお詫びに君たち三人にはこちらをプレゼント!」
そう言ってハリーの手に三枚の紙切れを握らせた。
「これをアイスクリームの屋台にもっていけばアイスと交換できますよ。それでは、次会う時はホグワーツで先生としてお会いしましょう!」
そう言ってアイスクリームの引換券を貰ったハリーたちはロックハートに促され人混みから脱出。
ハリーはアイスと引換券をポケットに入れると、ハーマイオニーはサインが書かれた本を抱きしめながら恍惚の表情を浮かべていた。
「彼素晴らしい人格者だったわね」
「まぁ、悪い人じゃなかったね。少なくても今年の防衛術の授業はひどい目に合わなくて済みそうだよ」
その後、ロンの父親アーサーとマルフォイの父親ルシウスが子供じみた殴り合いの喧嘩を始め、双方ハグリッドの物理的説得により引き離される。
身近な大人たちの醜態は、見事な立ち回りをしたロックハートの株をより上げる結果となり、今年度の防衛術の授業にハリーは期待を膨らませるのだった。
『ギルデロイ・ロックハート』
組み分け帽子にスリザリンとしての素質も見出されたがレイブンクローに組み分けされる。
原作では狡猾さはあまり見せず、間抜けな子悪党として描かれたが今作では狡猾なペテン師としての一面をクローズアップしていく。
『忘却術』
対象の記憶を消す呪文、詠唱はオブリビエイト。
ロックハートを象徴する呪文であり、彼が唯一使いこなせる奥の手。
本来はマグルから魔法界の存在を隠すために使われる呪文。
実は公式設定でも効果の描写がそれぞれ違うみたいで、作者が調べなおして非常に困った部分。おそらく翻訳の違うもあるのかもしれない。
『胡蝶の夢』
蝶が見た夢か、人が見た夢か。
中国の戦国時代の思想家の荘子(荘周)による、夢の中の自分が現実か、現実の方が夢なのかといった説話。
蝶になってひらひらと飛んでいた男はふと目を覚ますのだが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも実は夢でみた蝶こそが本来の自分であって今の自分は蝶が見ている夢なのかと考える。
『今作について』
元々は連載作品として構想を練っていたのですが、他の連載作品を進めないまま手を出すのもいけないと思い、去年の暮れに書いたまま寝かし続けていた作品です。
コンセプトは『主役はロックハート』
しかし、超絶強化や、成り代わりなどではなく、元々のポテンシャルを別方向に生かして再構築してみようと思いました。
プロット完成時に一話だけ書きましたので、短編という形で供養の意味も込めて今回投稿しました。