紅魔館に招かれた本居小鈴とパチュリー・ノーレッジのお話。

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動かない大図書館と判読眼のビブロフィリア

「__といったところですね」

 

 夕暮れの静かな図書館。

 本居小鈴は、朗読し終えた魔道書を閉じて、大きく息を吐いた。目新しい本を読めることは喜ばしいが、子どもへの読み聞かせとはワケが違う。

 なんだかどっと疲れてしまった。

 

「ありがとう。助かったわ」

 正面に座っている魔法使いパチュリ―・ノーレッジが満足そうに笑った。それから小悪魔が運んできた湯気が立っている紅茶を啜る。その間もパチュリーの右手は小鈴の言葉をメモするために、ペンを動かし続けている。

 

「良かったらお菓子でも食べて」

 小鈴の前にも紅茶が差し出され、テーブルの中央にはクッキーが置かれた。

「ふえぇ。ありがとうございます」

 小鈴は背もたれに背中を預けて脱力した。紅魔館に招待され、慣れない雰囲気で畏まっていたが、もう限界だった。

 手を伸ばして、お皿からクッキーを1つ手に取る。口に放るとサクッと小気味のいい音がなり、甘さが口の中に広がった。思わず笑みがこぼれる。

「美味しいです!」

 小鈴がそう言うと、パチュリーの後方で控えていた小悪魔が「ありがとうございます」とにこやかに微笑んだ。

 

「ふぅ。こんなところかしら」

 しばらくするとパチュリーは手を止めて、自分で書いたメモを眺める。

 それから眼鏡を外して、大きく伸びをした。どうやら無事に終わったようだ。

 

「本当に助かったわ。私だけだったら解読だけで数ヶ月かかっていたもの」

「本物の魔法使いさんでも、魔導書を読むのは大変なんですね」

 小鈴は膝に置いてある魔道書をまじまじと見つめる。

「近頃の魔道書は暗号が複雑化してきていて、一筋縄じゃいかないのよ」

「へぇ専門用語ばかりだったから、私にはさっぱり判りませんでしたけれど」

「それでも読めるなんて、便利な能力ね」

「ははっ。そうですね」

 『あらゆる文字を読める程度の能力』があったから、声に出せたものの、意味はさっぱり分からなかった。この能力がいかに驚異的で、非凡なものかが改めて分かった。

 紅魔館に呼び出された時は、何事かと思ったが、まさか魔法使いのお手伝いをすることになるとは。

 それに図書館にまで案内して貰えるなんて、感無量だ。

 魔道書が並べられた本棚が目に入るたびに、小鈴は零れそうになるよだれを抑えた。

 いくつか持って帰ってもバレないだろうか。魔理沙さんはよくやっていると言っていたけれど。

 

「それにしても、どうして暗号なんかにするんですかね?」

「開発した技術が盗まれないように記録して、自分にだけ伝わるようにするの。悪用されたら大変だしね」

「な、なるほど」

「それが巡り巡って、今は私の手元にある。前所有者の意思が伝わるのも古本の魅力でしょ?」

 パチュリーはニヤリと笑いながら、小鈴に目配せをする。

「そうですねぇ……」

 思わずウットリして、同意してしまったが、すぐに易者の事件を思い出した。

 彼の遺した易書を使った占って披露したことで、怨霊として復活を遂げるきっかけを与えてしまった事件だ。あの後、易書はすぐに燃やされてしまったし、霊夢さんにも釘を刺されてしまった。

 下手に手を出したら、同じ轍を踏みかねない。

 

 ……いや、それでも魔法使いの道は捨てがたい。

 魔法を自在に操る想像をしただけで、自然と口角が上がってしまった。

 

「もし魔道書の内容が理解できるようになれば、私も魔法が使えるようになりますかね?」

 小鈴は身を乗り出して訊ねる。

 するとパチュリーが、真剣な表情で語り始めた。

「そうね。だけど知識よりも修行の方が大変よ」

「修行、ですか?」

 意外な言葉に、小鈴は驚いた表情で聞き返す。

「ええ。エネルギーの感知や運用方法は感覚的なものだし、反復練習が必須。それに呪文や道具だって、練習して使いこなせるようにならないと危険だし。集中力や精神力の鍛錬もいるわ。基礎的な浮遊魔術だけでも、何十年かはかかるでしょうね」

「な、何十年って……。魔理沙さんって凄いんですね」

「あの子は天才だから」

 パチュリーは静かにそう言うと、口を窄めて紅茶を啜った。

 

「それでもなぁ……」

 やはり魔法は諦めきれない。小鈴は口を尖らせて、思案する。

 せっかく魔導書を読むことができるのに、それだけではつまらない。

「魔法を使いたい?」

「はい!」

 小鈴の威勢のいい返事に、パチュリーはクスリと微笑む。

「解読を手伝ってくれたお礼よ」

 それから人差し指を立てて口元に当てると、内緒ね、というジャスチャーを見せた。

 

 

 その日の夜、鈴奈庵で店番を終えた小鈴は、読んでいた本に区切りを付けるために栞を挟んだ。

 今日の仕事も無事終了だ。

 仕事といっても、ずっと本を読んでいただけだったけれど。

 

 小鈴は入り口に向かい、のれんを降ろす。それから戸を閉めると、夕暮れが遮断されて、店内が薄暗くなった。

 それを見た途端、小鈴の中で、好奇心が疼いた。

 そして右手を顔の辺りまで持ってきて、勢いよく唱える。

 

「Lumina!」

 

 すると指先から軽やかな光が溢れ出す。

 その淡い光は、指先を離れると、蛍のように浮遊し、部屋全体をやさしく照らした。

 これがパチュリ―から教えてもらった安全で初歩的な魔法だ。魔法を使う種族なら、喋るよりも先にできるらしい。

 ランプ代わりにぴったりだ。それに炎を使わないから、本屋でも安心だ。

 

 小鈴は満足そうに温かみのある光を楽しむと、再び読みかけの本を開いた。

 


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