タルコフから逃げた男。マンションから逃げれなかった男。 作:
原作:アライさんマンション
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戦闘どころか怪異の描写も碌にない取材形式の語り部系低コスト小説です。
税関跡地近辺にある社員寮でSCAVの集団を狩り終え、物資を漁っていたところ、不意に聞こえた足音を警戒し、そこにあるはずのないエレベーターへ身を隠してしまう。
そのエレベーターは、ある厄介なマンションに通じていた。
そして三年後。
かつて銃を担いで戦場を渡り歩いた男は、奇妙な街のコンビニでレジを打っている。
【録音開始】
(電子音)
……ああ、録音するんだったな。
ちょっと待ってな。……水が一本と、煙草が一カートン、これで全部かい?
(レジの操作音)
……はい、毎度あり。
ああ、店長から話は聞いてるよ。取材だったな。別に構わねぇが、客が来たらそっちを優先させてもらうぜ。何せ、こっちは給料貰って働いてる身なんでね。
……おう、店長。お疲れ様です。
ええ、例の取材の人ですよ。今ちょうど始めたところで。……ああ、忙しくなったら切り上げますよ。
……じゃ、そういう訳だ。
何から聞きたいんだ? あのマンションの話?
……俺がどこから来たか、ねぇ。
物好きだな、お前さんも。
まぁ、一カートンも貰っちまったしな。こんなオッサンの昔話で良けりゃ付き合うぜ。
……俺は元西側のPMCでな。
……PMC?
Private Military Company、民間軍事会社だよ。
何だ、聞いたことねぇのか。要するに、軍人崩れが銃を持って仕事を請け負う会社だ。
勿論、仕事の内容はピンからキリまである。施設警備や要人警護みたいな真っ当な仕事もあれば、表沙汰に出来ねぇ仕事もある。
軍隊とは違って国が面倒を見てくれる訳じゃねぇから、金を払う奴が居なけりゃ仕事も無いし、仕事が無けりゃ食っていけねぇ。
まぁ、軍隊だって国が給料を払ってるんだから、そう変わらねぇと言われりゃそれまでだがな。
あ? あぁ大した来歴はねぇよ。元々は特殊部隊出身でもなけりゃ、入隊前から紛争に関わってた訳でもない。
俺の居た旧共産圏の欧州小国ってのは、就職先なんて碌に無い。
欧州連合内を移動してくる移民に仕事は取られる……ってのが、当時の俺らの口癖でな。
まぁ、実際には移民がどうこう以前に、碌な産業も無い国だったんだが。
幾らお優しい欧州連合の加盟国でも、自国の軍隊まで「
で、酒場で一緒にクダ巻いてたハイスクール時代の連中と、仕事に困って軍隊に入った訳さ。
除隊後は軍人時代のツテで紹介された旧共産圏向けのPMCに入って、そこから様々なPMC企業を転々としてな。
最後に所属してたのが、USEC。United Securityって西側企業のPMCでな。
TerraGroupっていう
……警備って聞くと聞こえは良いだろ?
実際にやらされてたのは、表に出せない研究施設の証拠隠滅だの、要人暗殺だの、逃亡者や裏切り者の始末だの……映画に出てくる悪役みてぇな、過激な警備任務さ。
まったく、よくもまぁあんな仕事に警備なんて名前を付けたもんだ。
軍務時代にNATO諸国の連中とも多少のコネがあったし、敵さん側のロシア語も堪能だったんで、そういう特徴を買われて何とか下っ端の枠に滑り込めたんだ。
上は北極海から下は南アフリカまで、あちこち仕事しに行ったぜ。
……何だ、その顔は。
ああ、そうか。そりゃ驚くよな。
昔はこんな話、酒場で酔っ払ってても口が裂けたって言えなかったんだぜ。
言おうものなら、翌日には川底か森の中だ。
……いや、冗談じゃなくてな。
(しばらく沈黙)
……まぁ、今更そんな連中が迎えに来るとも思えねぇし、仮に来たところで俺を見付けられるとも思えねぇ。
お前さんだって、TerraGroupなんて会社は知らねぇんだろ?
……そうだろうな。
なら、別に隠す必要もねぇか。
で、俺達が投入されてたのが、ロシア北西部のノルヴィンスク経済特区にあるタルコフ市って場所だ。
……何?
そりゃあ聞いたこともない地方だろうよ。エレベーターの向こうの話だ。こっちの世界とは色々違うしな。
兎も角、俺達はそのタルコフ市の主要施設に投入されてた。
相手はBEARとか呼ばれる、ロシア政府側の傭兵組織だ。
こっちの雇い主の不正を暴こうとする連中でな。俺達はそいつらの邪魔をするのが仕事になった。
連中にも元特殊部隊や腕の立つ奴が大勢居てな。ロシア製の銃を担いで、同じロシア語を話してても、味方とは限らねぇ。
まぁ、俺達だって似たようなもんさ。
どっちも金を貰って殺し合ってる連中だからな。
だが、ウチの雇い主はやり過ぎた。
一私企業の不正を巡ってPMC同士が代理で戦って、それが「契約戦争」だなんて呼ばれるほどには事が大きくなり過ぎた。
最後にはロシア政府の正規軍まで出張って来やがってな。
国連軍、UNTARの作戦部隊まで介入してきて、ロシア軍と睨み合いになる始末だ。
一体TerraGroupのお偉いさんがどんな魔法を使ったのかは知らねぇが、ロシア領内でロシア兵と西側諸国の兵士が撃ち合うんだから、笑えねぇ話さ。
……ま、笑えなかったのは俺らも同じなんだがな。
衝突が落ち着いてくると、タルコフ市全域が封鎖区域に指定された。
隔離壁に近づく奴は問答無用で撃ち殺される。一般人ですら外へ逃げようとしても撃たれるし、下手に軍へ接触したところで無事に保護される保証もない。
それ以来、入ることも出ることも叶わなくなった。
所謂「現代の地獄」って奴さ。
残ったのは、居残りでクソ命令を押し付けられた俺達みたいな元凶と、情勢に疎い不運な現地の奴らと、態々入ってくる物好きくらいだ。
お偉いさんの始めた戦争なのに、閉じ込められたのは末端の兵隊や住民ばかり。
そんな連中に、外で睨み合ってる両軍から余った武器が適当な理由を付けて横流しされればどうなると思う?
さっきお前さんがレジに通した、その水ボトル一本を巡って殺し合いが始まるって訳だ。
……人間、慣れるもんでな。
俺達みたいなのが集う、地獄の掃き溜めみてぇなブラックマーケットが出来上がってよ。
そいつを仕切ってる気前のいいクソオヤジから仕事を貰って、糊口を凌ぐ毎日さ。
組織から逃げた先で恨みを買った同業の傭兵連中や、現地のごろつき共の掃除だ。
勿論、見返りは金や物資だ。
金さえ出せば、封鎖区域じゃ色んな仕事が舞い込んでくる。
……ああ、昔と大して変わらねぇって?
その通りだな。
結局、俺も銃を持って飯を食う以外の生き方を知らなかったってことさ。
で、そんな生活をしながらも、いつか封鎖が解けるか、どこかに抜け道が見付かるんじゃないかと脱出の機会を窺ってた。
……窺ってた、筈なんだがなぁ。
金目の物を漁って、装備を整えて、また仕事を請け負って……。
いつの間にか脱出より目先の稼ぎを優先するようになっちまった。
紛争中の金欲しさに脱出しそびれた阿呆だよ、俺は。
(自動ドアの開閉音)
……いらっしゃいませー。
……おっと、悪いな。ちょいと待ってな。
(数分間、レジの操作音と接客の声)
……はい、ありがとうございましたー。
……ふぅ。
ああ、どこまで話したっけな。
……そうそう。タルコフの話だった。
で、あの日は確か……税関跡地にある社員寮に来てたんだ。
三階建ての古ぼけた建物でな。TerraGroup系列の連中も利用してた辺りの寮だ。
そこのごろつき連中の掃除を頼まれてよ。
奴ら、SCAVって呼ばれる現地の武装したスカベンジャー共だ。
元は住民だったり犯罪者だったり、まあ色々さ。封鎖された街で生き延びるために武器を持って、略奪やら殺しやらやってる連中だな。
そいつらの集団を狩り終えて、溜め込んであった潤沢な物資を漁ってた。
どうせ持ち主はもう要らねぇんだし、残していったって他の奴らに持っていかれるだけだからな。
……で、だ。
漁ってる最中に不意に足音が聞こえたんだ。
相手が何人居るかも分からねぇし、狭い廊下で正面から撃ち合うのも馬鹿らしい。
咄嗟に周囲を見渡して、身を隠せそうな窪みを見付けて飛び込んだ。
そこなら相手の足音を聞きながら、迎え撃つにも都合が良さそうだったんでな。
……エレベーターだった。
そう、あのマンションのエレベーターだ。
……あそこにあったんだよ。
確かに、あった。
(しばらく沈黙)
……いや、お前さんからすりゃ何を言ってるのか分からねぇだろうな。
俺だって分からねぇよ。
今思い返せば、たった三階しかない社員寮にエレベーターがあること自体おかしい。
ましてや、連邦軍が
気付いて然るべきだった。
だが、あの時の俺は連続の戦闘と不意の接敵で緊張しきっててな。
頭が馬鹿になってたんだろうよ。
……で、乗り込んだ途端、エレベーターが勝手に動き出しやがった。
止めようとしたが止まらねぇ。
扉が開いたと思ったら、見たこともない場所に居る。
当然戻ろうとしたさ。エレベーターなんだから、上か下に行けば帰れると思うだろ?
それが何度やっても戻れない。
どころか、扉の開く先がそれぞれ全く別の世界なんだ。
少なくとも、そうとしか思えない景色が広がっていた。
……何度も階を変えたぜ。
だが、どこにもあの社員寮は無かった。
……ああ。
俺も最初は夢か何かだと思ったよ。
薬のやり過ぎか、幻覚か、拷問か……敵の仕掛けた何かかもしれないってな。
だが、弾は減るし、腹は減るし、疲れりゃ眠くなる。
エレベーターの中で一眠りしても、目が覚めたらやっぱり同じ場所に居る。
夢じゃねぇなら、現実だと思うしかないだろ。
……いやな。
お前さんには、さっきまで随分と訳の分からねぇ土地や組織の話をしただろ?
けど、俺にとっちゃ
あそこは確かに地獄だったが、それでも理屈は通る。
銃を撃てば弾が出る。撃たれりゃ死ぬ。腹が減ったら食わなきゃならねぇし、銃弾が尽きりゃ逃げるしかない。
相手が人間なら、どんな手を使うにせよ人間の出来ることしかやってこねぇ。
……ところが、あのエレベーターの先じゃ、そんな当たり前が通用しねぇんだ。
幾つかの階には、怪物とかヤバそうなのが居てな。
扉が開いた途端に、どう見ても人間じゃねぇ何かがこっちを見てたり、廊下の先に明らかにおかしなモノが立ってたり……。
そういう階は、開けては閉じるの繰り返しだった。
……撃たなかったのかって?
最初から戦うつもりなんか無かったよ。
そりゃ銃は持ってたし、弾も多少はあったさ。
だが、相手が何なのかも分からねぇのに、貴重な弾を使ってどうする?
第一、撃って死ぬ相手なのかも分からねぇ。
ああいうのは、戦うより逃げる方が良い。
……逃げられるなら、の話だが。
不思議なもんで、何度か階を移動してる内に妙に冷静になってきた。
悪夢に出てくるような怪物が居ても、エレベーターの中までは入ってこない。
少なくとも、俺が遭遇した奴らはな。
中に居る限りは安全だって思えるようになると、随分と気が楽になった。
……後から聞いた話じゃ、エレベーターの中にまで押し入ってくる怪異も居るってんだから、単に運が良かっただけなんだろうが。
とりあえず、まともそうな景色の階を選んで探索もしてみた。
だが、ロシア語どころか英語すら無い。
まともな物資も無けりゃ、一見生活感がある場所でも、本物の人間が居た痕跡なんて血溜まりの中に残された遺品くらいだ。
その遺体を見付けた時、ようやく一度頭が冷えたよ。
……ああ、これは駄目だってな。
こんな職業をしてりゃ、死体の損壊具合から大体何が起きたかは分かる。
だが、あれはどう見ても人間技じゃなかった。
持てるだけの遺品を回収して、エレベーターに戻った。
操作盤を調べたら、意味不明な記号のボタンやら、ボリュームみたいなつまみやら、見たこともねぇ仕掛けが付いてやがる。
壁には英語の落書きまでびっしり書き記されててな。
読めるものもあったが……どうにも嫌な気分になる内容ばかりだった。
……あれを書いた奴らは、少なくとも俺より先にここへ来たんだろう。
で、わざわざあんなものを残す必要があったってことだ。
……まったく、馬鹿げた話さ。
敵の居場所も、武器も、人数も分からねぇ。
そもそも何が敵なのかすら分からねぇんだからな。
(遠くから呼び掛ける声)
……ん?
ああ、先輩。お疲れ様です。
……え、飲料の補充?
ああ、そっちの棚ならさっき確認しましたよ。奥にもう一ケースあります。
……はい。了解しました。じゃあ、こっちのレジは俺が見ときますよ。
……ええ、任せてください。
(足音が遠ざかる)
……悪いな。
何の話だったっけ?
……ああ、マンションでの生活か。
そうそう。
エレベーターを何度も行き来してる内に、今度は別の問題が出てきた。
腹が減ってきたんだ。
そもそも、あの日は依頼中だったからな。
臭いを抑えるために、暫く人間らしい食事をしてなかった。
だから、食う時は場所を選ぶし、煙草だってそうそう吸えねぇ。
それが、あの訳の分からねぇ怪物共は兎も角、SCAVのクソ共や同業の連中に襲われる心配が無いと分かってくると、身体が勝手なことを言い始めやがった。
まともな飯が食いたい。
度数の高い蒸留酒を腹に入れたい。
長らく吸ってなかった煙草の、あの喉に来るきつい味が恋しい。
自分でも呆れたよ。
どこに居るかも分からねぇってのに、身体の方は随分と呑気なもんだ。
で、適当な階の一室に臨時の拠点を構えてな。
取り敢えず、食料や水を探しながら何日か過ごした。
……その間に三回も来やがった。
人じゃねぇ何かが、知り合いの振りをして扉を開けろってな。
吸血鬼じゃあるまいし、招き入れられるのを待ってんのかねぇ。
最初の時は流石に肝が冷えた。
睡眠中に叩き起こされて、エレベーターの外じゃ初めてまともに遭遇した怪異だったんでな。
扉越しに無駄弾を撃ち込んじまったよ。
……結果?
さっぱりだ。
少なくとも、あれで仕留めたとは思えねぇ。
ただ、向こうも無理に入ってくる様子は無かった。
だから、二回目からは放っておいた。
……慣れってのは怖いもんだ。
昔なら、夜中に扉を叩く奴が居りゃ銃を構えて待ち伏せしたもんだが、こっちじゃ扉を開けなきゃ済む話なんだからな。
そんなことを繰り返してる内に、元の世界に残してきた物資のことも、段々どうでもよくなってきた。
どうせ家主の居なくなった隠れ家なんざ、目敏いSCAV共に荒らされて何も残ってねぇだろう。
そもそも、戻り方も分からねぇんだしな。
だから、こっちでやってくしかねぇって割り切った。
……いや、そう思ったんだよ。
少なくとも、あの頃はな。
(缶を置く音)
……ん?
ああ、ここまでの話じゃ何日もかかってそうに聞こえるかもしれねぇが、実際にはそんな大層なことはしてねぇ。
食い物を探して、寝られる場所を確保して、危なそうな場所には近寄らない。
そういうことの繰り返しさ。
で、幸いなことに、エレベーターで辿り着ける一階らしき場所にエントランスがあった。
そこから外へ出てみると、あの意味不明な怪異とは打って変わって、ある程度豊かな国にありそうな郊外の住宅街だったんだ。
……驚いたぜ。
建物はまともだし、道路もある。店もあれば、歩いてる奴らも居る。
話し声まで聞こえてくる。
しかも、日本語だった。
……ああ、日本語なら分かるぜ。
こう見えても俺は、まぁまぁのジャパンレトロアニメオタクでな。
原語版で観られるくらいには日本語も勉強してたんだ。
……家族にも言えない秘密だったがな。
だから、街の連中が日本語を話してるってのは直ぐに分かった。
だが、どう見ても日本じゃねぇ。
……いや、正確に言えば、日本アニメに出てくる日本人街って感じだったな。
俺の知ってる現実の日本には、ケモミミ少女なんて居ねぇからな。
……ああ、さっきの先輩もそうだよ。
アライグマみたいな耳と尻尾があるだろ?
ああいうのは、俺の世界じゃフィクションの中の存在だったんだ。
……何だ、そんなに変な顔することねぇだろ。
俺からすりゃ、こっちの連中の方が余程おかしいんだぜ。
(小さく笑う声)
……今でも時々思うよ。
ここはホラー小説なんかに出てくる、物語の中に迷い込む怪異の類いなんじゃないかってな。
あるいは、考えたくもねぇが、一昔前のSF小説みたいに、俺の居た世界の方がフィクションだったのかもしれねぇ。
お前さん達からすりゃ、こっちが当たり前なんだろ?
なら、俺にとっての当たり前が本物だったなんて、どうやって証明すりゃいいんだろうな。
……まぁ、そんなこと考えても仕方ねぇか。
兎も角、紛争も無けりゃ、ケモミミ少女以外の化け物も外には居ない、平和そうな世界だった。
だから銃を隠して、話の通じる人間に頭を下げて、色々と教えてもらった。
……で、紆余曲折あって今に至るって訳だ。
この店の店長が、俺みたいな身元の知れねぇ奴にも理解のある人でな。
見た目は普通の人間なんだが、俺の居た世界じゃ聞いたこともない名前のコンビニを経営してる。
そこで雇ってもらって、アライグマみたいなケモミミ少女の先輩に仕事を教わって、今じゃこうしてレジを打ってるって訳さ。
……日本人の街に馴染めるかって?
馬鹿言っちゃいけねぇ。
極めたジャパンレトロアニメオタクは、日本人より日本の空気を読めるんだぜ?
……いや、冗談だよ、冗談。
最初の頃は、何をするにも恐る恐るだったさ。
どうやって身分を説明すりゃいいのかも分からねぇし、下手に怪しまれて警察に突き出されたら面倒だ。
だからといって闇雲に人目を避けるのも、逆に怪しいだろ?
それで、一か八か堂々と働くことにした。
人手が足りない時間帯には出来るだけシフトを入れて、頼まれた仕事はきちんとやる。
遅刻はしないし、店の物に勝手に手を付けたりもしねぇ。
……当たり前だって?
そりゃそうだ。
こっちじゃ働くだけで命の危険もなく飯が食える。
それだけでも、前職に比べりゃ随分と贅沢な話さ。
どうやら俺の勤務態度は店にも客にも悪くなかったらしくてな。
夜勤手当とは別に、店長から手渡しでボーナスを貰ったこともある。
廃棄弁当の持ち帰りも許してくれてな。
……まぁ、正直なところ、最初にあの弁当を貰った時が一番驚いたかもしれねぇ。
タルコフじゃ、まだ食える物を捨てるなんて考えられなかったからな。
(自動ドアの開閉音)
……いらっしゃいませー。
(レジの操作音)
……はい、ありがとうございました。またお越しくださいませー。
……おっと。
店長、すみません、ちょっとだけレジお願いします。
……ええ、補充は後で俺がやります。
(足音、扉の開閉音)
……ふぅ。
ああ、悪いな。ちょいと休憩させてもらおう。
……煙草?
ああ、貰うよ。折角だからな。
(ライターの着火音)
……そういや、お前さんはあのマンションの取材をしてるんだったな。
こっちに来てから知ったんだが、あのマンションには俺みたいに迷い込んだ奴だけじゃなく、好き好んで怪異に挑む物好きも幾人か居るらしい。
マンション近くのこの店を、そういう連中がよく利用するんだよ。
業務中や喫煙所で話をして、色々と教えてもらったもんさ。
どの階が危ないとか、どういうモノに近付いちゃいけないとか、そういう生き延びる為の貴重な情報だ。
……まぁ、俺の居たタルコフと違って、ここじゃ生きるのに必須な情報をタダで共有し合えるんだ。
知ってりゃ助かるが、知らなきゃ死ぬ。
その辺りは似たようなもんかもしれねぇな。
特に親身になって教えてくれた、青いコートの奴が居てな。
そいつに一度、どう考えても異界と通じてるマンションを国や警察が放っておいていいのかと聞いたことがある。
……そいつの答えが、ここじゃ公的機関は動かない、だとさ。
俺の知ってる日本の警察なら、行方不明者が出るような建物は最低限封鎖くらいすると思ったんだが……。
どうにも、この世界の常識は俺の知ってるものと違うらしい。
ただ、それ以上聞くのは止めといた。
あまり余所者らしい無知を晒すのも考えものだからな。
礼に、自分の財布から缶コーヒーを一本奢ってやったよ。
そいつもまたマンションにアタックするって話だったんで、幸運を祈って別れた。
……因みに、残念ながらあの晩以来、一度も見かけてねぇんだがな。
(煙を吐く音)
……まあ、あそこじゃ珍しい話でもねぇらしい。
俺だって何度か危ない目に遭ってるし、誰がいつ帰ってこなくなってもおかしくない場所なんだろうよ。
……それでも、あそこから離れる訳にはいかねぇんだ。
どの道、戸籍も身元保証も無い不法滞在者の外人には、マンションの外で土地や住まいを借りる術もねぇ。
後から知ったが、俺みたいなマンションからの漂流者に理解のある店長が居る、今のコンビニ以外じゃまともに勤められそうもないしな。
それに何より、元の世界との唯一の手掛かりがあのマンションなんだ。
……離れられると思うか?
(しばらく沈黙)
……ああ、そうだな。
もう三年になる。
三年間だぜ。
毎日こっちで暮らしながら、暇を見付けてはエレベーターに乗り込んで……。
何度も、何度も潜った。
だが、帰り道の糸口ひとつ掴めてねぇ。
……最初の頃は、帰れさえすりゃ何でも良いと思ってたよ。
元の世界に戻って、封鎖区域から脱出して、溜め込んだ金を持って家族のところへ帰る。
それが目標だった。
勿論、今頃向こうじゃ、俺は死んだ扱いだろうがな。
傭兵業なんざ、任務の前に保険へ加入するのが常識だし、俺も会社を渡り歩いてる内に割の良い死亡保険へ入ってた。
……だが、死体の無い戦闘中行方不明、MIAだ。
死亡確認が取れないとかで、保険会社が支払いを渋ってなきゃ良いんだが。
……まったく、どうでも良いことばかり気になりやがる。
(しばらく沈黙)
……家族にゃ、もう六年も会ってねぇ。
いや……向こうで何年経ってるのかも分からねぇんだから、六年とは限らねぇか。
……もし帰れたとしても、家族がまだ同じところに居るのかどうか。
俺のことをどう思ってるのか。
……まぁ、考えたところで仕方ねぇ話だ。
それに、よ。
……いや、何でもねぇ。
(衣擦れの音)
……ああ、そうだ。
さっきのTerraGroupの話、あれな。
俺はあの会社に雇われてた頃、随分と酷い仕事もやった。
敵を殺したこともあるし、敵じゃない奴を撃ったこともある。
……今じゃ何のためだったのかも分からねぇ命令に従ったことだってある。
当時は、金を貰って仕事をしてるんだから仕方ねぇって思ってた。
軍隊でもPMCでも、命令には従うもんだ。
嫌なら辞めりゃいいって言う奴も居るが、仕事を選べる立場の連中ばかりじゃねぇからな。
……で、あの街に閉じ込められてからは、雇い主を恨みながら、結局また銃を持って金を稼いでた訳だ。
……馬鹿みてぇだろ。
(小さく笑う声)
……けど、ここじゃ誰もそんなことを知らねぇ。
USECもTerraGroupも、誰も知らねぇんだ。
店長も先輩も、俺が昔どこで何をやってたかなんざ気にしねぇ。
ちゃんとレジを打って、商品を並べて、客に挨拶してりゃ、それで良いんだよ。
……変な話だよな。
向こうじゃ口に出せなかったことを、今こうして見ず知らずのお前さんに話してる。
……ま、誰も信じやしねぇだろうが。
(短い沈黙)
……帰りたくないのかって?
……いや、帰りたいさ。
家族にも会いてぇし、せめて生きてるって知らせてやりてぇ。
……そりゃ、当然だろ。
ただな……。
……いや。
……どうなんだろうな。
(長い沈黙)
……まぁ、今更俺一人がどうこう言ったところで、エレベーターが都合良く元の社員寮に戻ってくれる訳でもねぇ。
現実はそんなに甘くねぇってことだ。
……こっちの世界を現実って呼んで良いのかは、まだ分からねぇがな。
(ライターの音)
……そんな訳で、今もマンションの一室に住んでる。
得体の知れねぇ世界で生きてく将来の不安を、酒と煙草で誤魔化しながらな。
時折思い立ったようにエレベーターへ乗り込んじゃ、危ない目に遭って自室に逃げ帰る。
そんな情けねぇ毎日さ。
……まぁ、それでも。
……ここじゃ、少なくとも明日の飯の心配はしなくて済むからな。
(扉の開閉音)
……おっと、店長。
すみません、休憩長くなっちまいましたね。
……ええ、もう戻ります。
ああ、先輩。お疲れ様です。
……棚の補充、終わったんですか?
早いですねぇ。ありがとうございます。
……ああ、そっちの廃棄分は俺が片付けときますよ。
……はい。お疲れ様です。
(足音、扉の開閉音)
……さて。
随分と長話になっちまったな。
……何だ、その顔は。
何か聞き足りねぇことでもあるのか?
……ああ、別に構わねぇよ。
ただ、あんまり遅くなると店長に申し訳ねぇしな。
……それに、こんなオッサンの昔話を聞いても大して面白くねぇだろ?
……いや、面白かったんなら良いんだが。
(レジの操作音)
……よし。
一カートンで話せる俺の身の上話は、これで終わりだ。
他になんか買ってくかい?
……ああ、お前さんもあのマンションにアタックするのか。
なら、嵩張らねぇし高カロリーのチョコレート系のカロリーバーがお薦めだ。
何せ、あそこじゃまともな食料が見付かるとは限らねぇからな。
それと……意外なところで傘なんかも良いぜ。
……いや、雨除けじゃねぇよ。
エレベーターの扉に挟めば、扉が閉まらねぇようにしてくれるし、腕や脚が折れた時には添木や杖の代わりにも使える。
勿論、何かあった時に手元へ戻って来られる保証はねぇし、扉だっていつまでも開いてるとは限らねぇが。
……なに、銃?
(小さく笑う声)
……止めとけ、止めとけ。
あそこはタルコフじゃねぇんだ。
銃やグレネードをぶち込んでも効かねぇような相手に、棒切れで殴り掛かったところで意味なんざねぇよ。
……いいかい。
戦うなよ。
……間違っても、戦おうなんて考えるな。
生き延びて、帰ってこい。
(短い沈黙)
……ああ、俺は明日も店に居るよ。
何か分かったことがあったら、また聞かせてくれや。
……そうだな。
次は缶コーヒー一本で良いぜ。
(レジの操作音)
……はい、毎度あり。
気を付けてな。
(自動ドアの開閉音)
(遠ざかる足音)
……。
……店長、お疲れ様です。
ああ、すみません。取材、終わりましたよ。
……ええ、大丈夫です。
……あの人?
……さあ、どうでしょうねぇ。
無事に帰ってこられりゃ良いんですがね。
(商品を棚に並べる音)
……ああ、先輩。
その棚はもう補充してありますよ。
……はい。次は飲料の方ですね。
了解しました。
(足音)
(電子音)
【録音終了】
Escape from Tarkovの社員寮を掃除した後、寮の屋上からぼーっとゲーム内の夕日を眺めていた時に『アライさんマンション』がフラッシュバックしてきたので、衝動的に書いたクロスオーバーの三次創作。
怪異とPMCの戦闘を期待された方には申し訳ない。
個人的に『アライさんマンション』は銃火器で怪異を打倒して攻略する場所ではなく、各階に存在する不可解なルールを理解し、生存するために工夫する場所だと考えている。
また、マンション内で銃弾や医療品などの消耗品を安定して補給できるとも思えなかったので、主人公には元PMCとしての経験を活用しつつ、あくまでも生き延びてもらうことにした。
何より、戦争で生き残った男が、全く別の世界へ迷い込み、なぜかコンビニでアルバイトをしながら暮らしている。その生活を本人が何でもないことのように語る話を書きたかった。
戦場からは逃げられた。
けれども、帰るべき場所へ帰れたのかは、本人にも分からない。
そんな語り部系の低コスト短編小説。
本家がチョクチョク続きをお出ししてくれる嬉しみ。