春――出会い、別れ、新しき区切りの始まり。小学生だった子どもが中学生に、中学生だった少年少女が高校生に、高校生だった青年たちが大学生に――そして学生を卒業した若者らは、会社員となって社会の歯車と化す。夢を叶えて憧れのステージに立つものは、やはり一握りでしかない。
柔らかな青空の下、早咲きの桜が彼彼女らの門出を祝う。楽しげに談笑する学生たちの群衆をくぐり抜け、独りが足早に校門へと向かう。
「もう帰ってしまうのかい?」
校門の傍に立っていた長身の少女が彼に声をかける。「君のバンドメンバーは?」少年とは違う制服を身にまとう彼女は、優しく問う。しかし彼はどうでもいいと苛立たしげに吐き捨てて、少女の傍らを通り抜けていく。
すぐには彼の後を追わずに留まる少女。
帰宅した少年は自室にこもって感情を私物にぶつける。机の上にあった写真立ては壊し、本棚に収納されていたボロボロの音楽雑誌はゴミ箱に放られ、あろうことか大切にしていたギターさえも壊す始末。瞬く間に彼の居場所であった四畳半は荒れていく。
やがて狭い世界で暴れ回ることに疲れた少年は、カーペットの上に座り込んでベッドの横枠にもたれかかる。泣くことも笑うこともできないまま呆然と宙を眺めていた。割れた窓ガラスからは、まだ温かさを感じない風が部屋に入っていく。
「おや、随分と派手な模様替えをしたみたいだね」
声がした方に目を向ければ、先程校門の前で会った少女――瀬田薫がノックもせずに扉を開けていた。「私としては、君が荒廃した世界の王には似つかわしくないと思っているのだが」仰々しい口調を振りまきながら、周囲を見回す紅い眼差しは憂いと優しさが込められている。
少年は不機嫌そうに言う――帰れ、と。けれど彼女はどこ吹く風と言わんばかりに受け流し、ネックの取れたギターを目にする。「君がバンドメンバーと何があったかは知らないけど」演技ぶった語調から一転して、素直に悲しげな声音で話し始め「君が音楽をやめることに至ったということは分かる」壊れたギターを手に取って、彼の隣に腰を下ろす。
遠慮がちに座った薫にまだ苛立ちを収まらない眼光を向ける少年。だから、何だよ。相変わらず刺々しい語気ではあるが、心なしか声は震えていた。
「私は君に音楽をやめて欲しくない」
春風が運んできた桜の花びらを紫の頭上に乗せながら、彼女は真っ直ぐに答える。「君は私のヒーローなんだ」穏和な語勢で話し続け「君の音楽は、幼い頃からの私の応援歌だったんだ」少しだけ
実直な眼差しから逃げて、少年は顔を膝に埋める。俺はもう変われない、ずっと独りぼっちのまんまだ。ぽつりと零した呟きは、明確に震えていた。
「怖ければ、私が一緒にいよう」
彼の手をそっと優しく握る薫。「大丈夫、私は君を一人にしない」どこまでも真っ直ぐに彼の全てを見つめる。「君さえ良ければ、私のバンドに入らないか?」直後、別にいいと穏やかな勧誘は断られてしまい、少しだけ残念そうに笑う。
ようやく顔を上げる少年は優しげな紅い瞳と向き合い、もう一度曲を聴いてくれと頼む。薫は何の迷いもなく首肯して、彼の歌に耳を傾ける。何度も聴いたことのある曲、二人だけしか知らない荒れた世界――それでも桜の香りが部屋に運ばれて、また春が始まった。