桜、薫る   作:オチはパイルドライバー


原作:BanG Dream!
タグ:オリ主 瀬田薫 春のバンドリ祭
春は終わりでも、始まりでもある。

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桜、薫る

 春――出会い、別れ、新しき区切りの始まり。小学生だった子どもが中学生に、中学生だった少年少女が高校生に、高校生だった青年たちが大学生に――そして学生を卒業した若者らは、会社員となって社会の歯車と化す。夢を叶えて憧れのステージに立つものは、やはり一握りでしかない。

 柔らかな青空の下、早咲きの桜が彼彼女らの門出を祝う。楽しげに談笑する学生たちの群衆をくぐり抜け、独りが足早に校門へと向かう。

「もう帰ってしまうのかい?」

 校門の傍に立っていた長身の少女が彼に声をかける。「君のバンドメンバーは?」少年とは違う制服を身にまとう彼女は、優しく問う。しかし彼はどうでもいいと苛立たしげに吐き捨てて、少女の傍らを通り抜けていく。

 すぐには彼の後を追わずに留まる少女。紅玉(こうぎょく)の瞳には恐らく少年が属していたであろうバンド仲間たちが、それぞれらしい笑顔で未来や過去について語り合っている様子が映る。少年がいないことをさして気にも留めてなさそうな彼彼女らを見て、先程の少年の態度に納得し少女も立ち去った。

 

 帰宅した少年は自室にこもって感情を私物にぶつける。机の上にあった写真立ては壊し、本棚に収納されていたボロボロの音楽雑誌はゴミ箱に放られ、あろうことか大切にしていたギターさえも壊す始末。瞬く間に彼の居場所であった四畳半は荒れていく。

 やがて狭い世界で暴れ回ることに疲れた少年は、カーペットの上に座り込んでベッドの横枠にもたれかかる。泣くことも笑うこともできないまま呆然と宙を眺めていた。割れた窓ガラスからは、まだ温かさを感じない風が部屋に入っていく。

「おや、随分と派手な模様替えをしたみたいだね」

 声がした方に目を向ければ、先程校門の前で会った少女――瀬田薫がノックもせずに扉を開けていた。「私としては、君が荒廃した世界の王には似つかわしくないと思っているのだが」仰々しい口調を振りまきながら、周囲を見回す紅い眼差しは憂いと優しさが込められている。

 少年は不機嫌そうに言う――帰れ、と。けれど彼女はどこ吹く風と言わんばかりに受け流し、ネックの取れたギターを目にする。「君がバンドメンバーと何があったかは知らないけど」演技ぶった語調から一転して、素直に悲しげな声音で話し始め「君が音楽をやめることに至ったということは分かる」壊れたギターを手に取って、彼の隣に腰を下ろす。

 遠慮がちに座った薫にまだ苛立ちを収まらない眼光を向ける少年。だから、何だよ。相変わらず刺々しい語気ではあるが、心なしか声は震えていた。

「私は君に音楽をやめて欲しくない」

 春風が運んできた桜の花びらを紫の頭上に乗せながら、彼女は真っ直ぐに答える。「君は私のヒーローなんだ」穏和な語勢で話し続け「君の音楽は、幼い頃からの私の応援歌だったんだ」少しだけ白皙(はくせき)に朱を差しながら語っていく。「だからもう一度ギターを手に取って欲しい」紅玉の双眸(そうぼう)が未だに気持ちの整理がつかない少年を映す。

 実直な眼差しから逃げて、少年は顔を膝に埋める。俺はもう変われない、ずっと独りぼっちのまんまだ。ぽつりと零した呟きは、明確に震えていた。

「怖ければ、私が一緒にいよう」

 彼の手をそっと優しく握る薫。「大丈夫、私は君を一人にしない」どこまでも真っ直ぐに彼の全てを見つめる。「君さえ良ければ、私のバンドに入らないか?」直後、別にいいと穏やかな勧誘は断られてしまい、少しだけ残念そうに笑う。

 ようやく顔を上げる少年は優しげな紅い瞳と向き合い、もう一度曲を聴いてくれと頼む。薫は何の迷いもなく首肯して、彼の歌に耳を傾ける。何度も聴いたことのある曲、二人だけしか知らない荒れた世界――それでも桜の香りが部屋に運ばれて、また春が始まった。


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