高校生になったら何をするか。恋愛なり勉学に励むなり、それは人それぞれ。俺の場合は将来のことを見据えてのバイト。社会経験をしつつ金を稼ぐいい機会。
選んだ場所は最近できたらしいRINGというライブハウス。近くにあったCIRCLEの系列というかなんというかそんな感じで、同年代の高校生は多く利用している。そんなバイト先を選んだモノの、生憎演奏はからっきし。楽器関係で出来ることと言えば弦の張り替え程度。手先が器用なのが役に立った。
初週。カフェテリアでの接客対応、タッチパネル操作を覚えた。自分で言うのもなんだが、人の顔と名前を覚えるのは得意な方じゃない。バイト先の店長とポピパの先輩方二人、加えて同い年の椎名立希。こいつは愛想が悪い。あとはほぼ毎日来る赤いインナーに革ジャンを羽織った少し厳つい少女。ギターかベースのケースを背負って椎名に話しかけていることが多い。
二週目。高校の授業も本格的になる中、仕事量が増えた。慣れないことへのフラストレーションと体の節々を痛める疲れ。惰眠を謳歌して全て体外は流していく。ふと思い返せば今週もあの革ジャン少女は毎日来ていた。
三週目。業務内容にある程度慣れてきたつもり。だがミスを連発。慣れた頃が1番危ないということわざの意味がよくわかった。なんだかんだ棘のある言い方をしながらもフォローしてくれた椎名を少し見直した。
四週目。ほぼ一ヶ月たったが先週のミスが尾を引いて動きが固くなる。周りの人からはよくやっていると言われているが、耳に入ってきても疑うばかり。疑心暗鬼で少し気が滅入ってきた。
五週目。バイト帰りに椎名とよく話していた革ジャン少女に呼び止められた。見た目と絡んでる相手が相手だから少し身構えたが、見ず知らずの俺を気にかけてくれていたらしい。話を聞いてみると俺がコーヒーをこぼしたのは彼女で、俺が顔を覚えていなかったのを伝えると声が小さくなり、ほんの少し残念そうにしていた。
六週目。カフェでの接客業務中、椎名が揉めていた。白髪ギタリストが荒い音を掻き鳴らす中、負けず劣らずの大声でバンドだなんだと騒いでいる。流石に止めに入ろうとしたら革ジャン少女に呼び止められる。注文された珈琲を提供する頃には騒ぎは収まっていた。戻ってきた椎名も落ち着いたようで少し腑に落ちたようで、今までで一番穏やかな表情だった。でも相も変わらず俺に対する当たりは強い。
七週目。無意識のうちに革ジャン少女を目で追うようになっていた。椎名からは訝しまれてはいるが、気の合う話し相手程度。あいつが思ってるほど深い関係では無い。それに、革ジャン少女が俺の名前を一方的に知っているだけで、俺は彼女の名前を知らない。そんなことを話していると革ジャン少女が話しかけてきた。指を怪我しているから俺に弦の張替えをお願いしたい、椎名から得意なのは聞いた、とのことだった。椎名の目もあるから手短に終わらせた。直後、彼女のバンドのライブの盛り上がりは凄まじかったらしい。
八週目。また革ジャン少女に呼び止められた。先日のお礼ということで休日勤務の今日、終業後に拉致る宣言。着替えてライブハウスを出ると捕まった。近くのカフェでカプチーノとケーキの奢り。革ジャン少女曰く、この店のカプチーノより俺が淹れるカプチーノの方が飲みやすいらしい。話している時、俺は革ジャン少女のことを名前で呼ばず、革ジャン少女は俺を名前で呼ぶ。それが少し気になったから、俺から彼女の名前を聞いてみた。数字の八に八幡浜の幡、海に鈴で八幡海鈴。名前の漢字から事細かに説明し、以後お見知り置きを、と付け加える彼女。八週間という長いようで短い時間をかけて、俺が顔と名前を覚えた数少ない人物の一人になった。
人一人の顔と名前覚えるのに八週間もかけるな。作者も人の事言えないけど