アイの声で気が狂った硝太、遂にミヤコにバレる
こんなはずじゃないそう思って眠り──
撮影を終え、苺プロの建物から出たMEMちょは大きなため息を1つつく。
ルビーの急激なブレイクを起点として今現在B小町には数多くの問題が残る。みんなの弟とすら呼ばれた硝太のメンタリティの変化、有馬の劣等感。アイドルであると同時に仲良しグループでもあったB小町の関係はカメラを外してしまうとかなり冷え込んでいる。
「ああ、いけないいけない。幸せが」
ため息をつくと幸せが逃げる。そんな話を子供の頃はよく聞いた。実際がどうであれ元気で馬鹿っぽい、がパブリックイメージであるMEMちょがため息をつく姿なんて誰も見たくないだろう。今はSNSの発展もあり、誰もが監視カメラを持って行動しているような世界だ。外で軽薄にため息をこぼすことはできない。
改めて自制を強く心に決めて帰ろうとすると、建物の壁に有馬がもたれかかっているのを見つける。その視線は呆然と空を見上げているが何かをすることはなく無気力さを感じる。
「あれ、かなちゃん?どうしたの?」
先に帰っていたはずの有馬がこんな所でぼうっとしているのはらしくないので声をかける。すると有馬はMEMちょが来たことに気づくと壁を軽く蹴って姿勢を治す。どうやらMEMちょを待っていたようだ。考えてみれば夜道に女の子一人は危ない、それも売り出し中のアイドルなんて形だけでも護衛をつけなければ何が来るかわかったものではない。もちろん二人は最低限の変装をしているし、二人になったところで大した影響もないがまだ心理的にマシだとする考えも理解できる。
「別に」
「嘘、なんかあったんでしょ?アクたんのこと?硝ちゃんのこと?」
ぶっきらぼうに言い捨てて一足先に帰ろうとする有馬に駆け足で追いついたMEMちょは横に並ぶ。
芸歴で見れば圧倒的な有馬だが、実際の年齢で考えればMEMちょの方が年上。年長者として導くのもMEMちょの義務のようなものである。
最近の有馬の落ち込みはMEMちょもよく分かっている。ルビーが売れて、それにつられてB小町も人気になったが新規ファンがほとんどルビー目当てのおかげで自分の立ち位置が一気にB小町のメンバーからルビーのバックダンサーへと変わっていく。立ち位置を、立場を奪われていく、そんな気配。
MEMちょが思うに。有馬は幼少期から色んなものを得すぎた。子役として色んな大人に『有馬かな』として愛され、人気を得て、それに相応しい実力も得た。一世を風靡した、という程でもないが当時の子役の女の子といえば「有馬かな」が最も人気があったと思う。だが芸能界は良くも悪くも「使い捨て」が多い。新しい風を取り込める、といえば聞こえはいいが実際は大御所がふんぞり返って若い活力を持った力を100均のライターのように使って少しでも効きが悪くなればなんの迷いもなくゴミ箱へと捨てる。当時の有馬が子役の自分を「使い捨て」ではないと判断するのは無理があったと言える。実際何が原因で「使い捨て」にされたのかは分からないがこうして過去の人気は嘘のように落ちぶれた。一度得てしまった功績を失うのは、最初から得られないのと比べたら苦しさも痛みも倍以上だ。何せ可能性は確かにあったのだから。「自分の才能不足だ」、「運がなかった」といった言い訳も使えない。有馬は得すぎて、失いすぎた。その喪失感への恐れがきっと今にある。
MEMちょはその大半を想像することしか出来ない。完全には理解できないので分かった気にはならず、ちゃんと自分とは切り離して、「有馬かな」を1人の女の子としてみる。出来るのはそんなことぐらい。
「…ちょっと思い出したのよ。ルビーが昔『甘えてない時の硝太は怖い』って言ってたのを」
MEMちょの優しさが染みたのか、有馬は歩きながらゆっくりと口を開く。思い出されるのはまだMEMちょがB小町に入る前、ルビーが甘えてくる硝太をかわしながら何気なく言った言葉。
──「硝太は甘えん坊じゃないと危ないし怖いから」
何気ない言葉だったので一言一句覚えていた訳ではなく、今でも朧気ながらその言葉の意味を有馬はやっと理解できた。
当然ながら硝太も高校生。どれだけ甘えたい甘えん坊とはいえ、甘えてはならない時の分別ぐらいは出来る。そして甘えてはならないと自分を律する時、あの子の判断や思考はごく普通の人間を超えた壊滅的なものへと変わる。
「へぇ、そうなんだ」
「言われてみれば今がそれよね。怖いって思ったのよ、あんな弟に」
「でもさ、人間追い込まれれば何でもするじゃん?硝ちゃんもそうなんだよ、ルビーがああなっちゃってギリギリなんだよ。あの子見た目より弱いから」
追い込まれた時に現れるのがその人間の本質だ、という意見がある。追い込まれた人が隣人を見捨てたり自分本位になるのは現実でもフィクションでもよくある話だ。ホラー作品で怪物に追いかけられた時に誰かの足を引っ張って襲わせてる間に逃げる、というのがわかりやすい代表例だろう。そういった人は卑怯者、卑劣、人間のクズと呼ばれそういう扱いを受ける。だが実際、死にたいと感じながら生きる人間はそういない。死にたいと口では言いながらも恐怖を感じれば身を守ることは不思議では無い。みんな痛いのは嫌だ。
追い詰められれば防御反応として本来は取りたくない、取るはずのない行動を取ることもある。追い詰められた時に出るのがその人間の本性というのはMEMちょは素直に頷けない。ただでさえ脆い子だ追い詰められた時に自分の心を守るために傍から見ればおかしな行動も取るだろう。
怖いものは怖いがその一点だけをつまみ上げて危険な男という気にはなれない。そう考えるMEMちょに対して有馬は俯き、言葉に納得出来ていない様子が感じ取れる。
──良くないな。
少し前までみんな仲良しだったのに。お互いに怖いとか考えず本当の家族のようにアイドルしたり、オフでも一緒に過ごした。人気は今の方が当時の倍以上にあるが、どっちの方が楽しかったかと言われれば有馬とMEMちょは昔を選択する。MEMちょにとってはたとえ人気が無くても、たどり着くことはないと思っていた夢なのだ。毎日が輝いて羽がついたように身体が軽かった。だと言うのにその夢が現実になった途端、重くのしかかるプライドや焦りが輝いていたはずの夢を曇らせていく。
それでも強気で「私は大丈夫だ」と言い続ける。MEMちょに出来るのはそれだけだった。
◇◇◇
その頃、苺プロ。
ミヤコは硝太を力一杯抱きしめ終わると仕事場に戻って溜まっている仕事を片す。硝太がいようといまいと書類仕事の量は変わらない。そもそも苺プロのアイドル部門は最初からミヤコが一人で取り仕切っていると言ってもいい状況だった。アイが亡くなり旧B小町が終わって以降、苺プロのほとんどの社員は退職してしまい、その後新しく入った他の社員にアイドルを育てるノウハウはない。何よりアイドル部門はルビーの為に作ったとはいえ、会社として考えればミヤコのわがままと言ってもいい物。他の社員に仕事を押し付ける理由にはならない。
いくらB小町が人気になって言ってもアイドル業務をしている3人はミヤコが責任をもって1人で対処をする。JIFまでは硝太が軽い書類仕事を手伝ったり、JIF後も税金関係をやらせたりしたが基本的な仕事はミヤコがずっと1人でやっていた。それを変わらず続ければいいだけの話。
「あの、ミヤコさん」
「ごめんなさい、忙しいからアクアと二人でご飯食べといて。後片付けはやっておくから、食べたら学校の用事終わらせといて」
硝太の変化に思うところのあるルビーが話しかけてくるが今のミヤコには時間がない。
ルビーは申し訳なさそうな顔をするものの、引き下がらずに食いつけば硝太の豹変の理由がアイの演技だとバレて余計時間がかかるだけなので素直に下がる。
──ミヤコさんにはバレなかったけど、余計な苦労背負わせちゃう。
今回の件でミヤコは硝太に頼るのをやめて一人でB小町関連の仕事をこなしながらそれ以外の面倒を見るになるのはルビーにとって感情さえ実は都合がいい。硝太が事実上フリーにはなるがミヤコが過保護になるので硝太が危険な目にあうことは考えなくていい、ミヤコが仕事を溜め込むおかげでルビーは壱護との連絡や仕込みをしやすくなる。
もちろんこれはルビーの感情を無視した事実であり、ルビーが今回の件を都合がいいと本気で思っているわけでは無いが動きやすくなるのは事実。
「お母さん忙しい?なんか手伝おうか?」
「ありがとう、でも大丈夫。お母さんはお仕事あるからご飯食べて明日の準備してなさい」
「…はい」
ミヤコの抱擁で一先ず平静に戻った硝太が自分が先程までどうなっていたのかを知らないようで、何も考えていない顔でミヤコに甘えに行きながら仕事を催促させる、がミヤコは硝太の頭を軽く撫でると硝太の言葉を軽くかわす。言葉は優しいがそこにはもう心配かけないという強い意志を感じられる。
硝太もルビーと同じように思うところはあるが素直に下がり、言われた通りにする。ルビーの手を引っ張ってリビングまで連れていくとそこには4人分の食事が置いてあった。事前にミヤコが作ったのだろう。作りたてのためまだ温かく、湯気が出ている。
「兄さん呼んでくるね」
硝太はアクアを呼びにアクアの部屋へと歩く。ルビーはミヤコの分をラップで包むと、手持ち無沙汰となり、自分の椅子に腰掛ける。
『良かったね、弟がチョロチョロしなくなって』
一人で何もする気も起きずぼーっと天井を眺める。するとどこからともなく声が聞こえてくる。聞きなれた声にルビーは振り向くことすらない。耳を閉じて聞こえないように装う。
『ママのフリをすれば弟は君の手足も同然、すごく便利な武器じゃない』
だがいくら耳を閉じても、仮に鼓膜を破いたとしても変わらない。それは耳で聞いている声ではなくただの幻聴でしかないのだから。ルビーはそれを知りながら耳を閉じて聞こえないふりをする。
聞くだけで頭が痛くなるような声と内容。硝太を道具と割り切った考えはどこから出てしまうのかルビーは考えたくもない。
『このままママの声で言えばいいじゃん「ママを殺したやつもせんせを弄んだやつもみんなまとめて殺してって」』
「──やめて」
完全に無視するつもりだったのに、口から苦しい声が漏れる。
アイを殺したやつは高千穂で硝太が戦ったと言っていた。あの時の硝太が元気だったので既に手を下したのだろう。そしてそいつが関係していると思われるのが雨宮吾郎の死体を操った何者か。
あの日から硝太が戦いだのなんだの言っている姿を見たことは無い。ここ一年隠し事ばかりしてる子なので実は隠れてやっているのかもしれないが硝太が撮影まで来て警戒しているのでまだ完全には終わってないのだろう。
そんな硝太をアイの声で操ってしまえば、自分の手は汚さずに完璧に事を成せる。ミヤコに手札がバレていないのなら今から使っても遅くは無い。──だがこれは当然ながら硝太の心が持たなくなる。心を閉ざしてそれこそ記憶喪失して再会した直後のようになるだろう。だが、それでもやれるという確信がルビーにはある。どんな苦しいことがあっても、痛い目に会うと分かっていたとしても、硝太は一度『コレ』と決めたら相当な頑固者。何がなんでもやり通す。
それを知っている
『じゃあどうするの?せんせもいない、ママもいない。みーんな私のせいで不幸になったのに、弟可愛がって善人のフリ?』
「違う──!」
アイドルだけをやり続けようというルビーに
声を上げてハッとした時にはもう遅い。アクアを呼んできた硝太が一足先に二階から降りて顔を見せていた。先程までのやり取りは完全に見られて、聞かれていた。硝太の青い目がルビーと
「…姉さん?誰と話してるの?」
「あ、いや。大丈夫。なんでもないよ」
「…」
硝太は
だから硝太は
「悪い、遅れた」
「兄さん遅いー」
「ミヤコさんは?」
「後で食べるって」
程なくしてアクアもやってきて食卓につく。何も変わりない、いつもの──いや、いつもより少し明るくなった兄。あかねちゃんという可愛くて気配りのできる彼女もいて、毎日幸せそうな兄。『幸せ』。みんなの幸せは私の幸せ。みんなが幸せなら私も幸せな顔をする。
「…どうしたルビー?」
「ううん、なんでもないよー」
「そんじゃ、いただきます」
態度が気に食わないのか、何か不思議に思ったのかアクアが聞いてくるが笑顔で流す。追求しないアクアは食事を始める。
ただ、硝太の青い瞳の視線はルビーからしばらく外れなかった。
MEMちょとか言う推しの子きっての癒し枠。
僕もうこの子にこれ以上のポジション与えたくねぇよ…
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色々やった結果硝太よりミヤコさんのメンタルが先に死にそう…