そんな彼女と同じ大学に通う主人公は...淡い恋心を抱いていた。
土曜日の夜も更けた頃、日曜日が目前に迫っている深夜の繫華街
今夜は大学のサークルの飲み会に参加していた。
「次は何処に行こうか?」
「うーん...いつものカラオケで良くない?」
お店は閉店間際だが一次会が終わったばかりだ。まあ、開始時間が遅かったので仕方ないだろう。
サークルの先輩たちは二次会の段取りについて話し合っており、会話の流れからどうやらカラオケになりそうだ。
ちなみに、僕たちのサークルは製菓研究会。...一応それっぽい活動も行っているけれど、大学公認の部活ではないので、そこまで活動的なサークルではない。どちらかというとお菓子を囲んでおしゃべりしたり、女子は流行りのスイーツに関して語り合っていることの方が多い。
また、男女比でいえば4:6で女子の方が多いので、男子の中には女子目当てで在席しているチャラ男もいる。...悔しいことにイケメンばかりだ。
...ちなみに、女子目的という点であれば...実は僕も例外ではない。残念ながらイケメンではないけれど。
「ごめんなさい。私は帰るわね」
なかなか断りづらい二次会に対し、はっきりと不参加の意思をはっきりと示した女子学生。
見目麗しい彼女の名前は"絢瀬絵里"。
伝説のスクールアイドル"μ's"の歌姫であったあの絢瀬絵里だ。...僕は絢瀬さんが現役の頃からのファンであり、彼女目当てでこのサークルに参加したのだ。
ちなみに、今日は白いセーターに水色のコートに紺色のスキニージーンズといった格好で、髪型はいつものポニーテールだ。
「え~絵里ちゃんもカラオケ行こうよ~」
残念そうな声を漏らしたのは腹が立つほどイケメンな3年生の先輩だ。...同性と話す分にはいい人なのだが、異性が絡むとロクなことがないという噂がある。
「やめなさいってば。絵里は早くセーターを洗いたいのよ」
「うっ...」
絢瀬さんの同級生である友人がフォローに入った。...なぜか絢瀬さんの方がダメージを受けていたけれど。
...そういえば、絢瀬さんが来てすぐに怒られてたっけ。今日は焼肉なのにどうしてそんな恰好で来たのよ、と。
「そ、そういう事だから...ごめんなさい」
...そして、不器用な彼女は案の定焼肉のタレを零していた。
「まあ...それなら仕方ないか。じゃあ、どうする?タクシー呼ぶ?」
イケメン先輩が絢瀬さんに尋ねた。
...異性関係でよくない噂があるとはいえ、基本的には気配りも出来る良い男なのだ。
「いえ、まだ終電まで時間があるので。駅まで歩きますので大丈夫ですよ」
...絢瀬さんが二次会に行かないのなら僕も帰ろうかな。
「そう?それなら―――」
「あ、僕も駅の方に行くから...絢瀬さん、よければ一緒に帰らない?」
...よし。僕が先手を打てた。
「ええ。一緒に帰りましょう」
そう言って僕に微笑みかけてくれた。
「うん」
何とも言えない優越感。他のメンバーからの視線を背中に感じるようだ。
まあ...彼女とは特に何か関係があるわけでは無いけれど。彼女とのつながりは、ただの同い年でただの同学部ということだけ。
とはいえ、あの絢瀬絵里に個体認識されているだけで"可能性"はあるはずだ。
「それじゃあ、また月曜日に」
「ばいばーい」
絢瀬さんがサークルのメンバーに別れを告げ、僕もそれに続いて集団を抜け出した。
「ふぅ...まだまだ夜は寒いわね~」
「そうだね」
繁華街から少し離れた通り道。車道を走る車はタクシーが多い。
「ねえ、月曜日の講義のことなんだけど―――」
「ああ、それはね―――」
何気ない日常会話だが、ころころと変化する絢瀬さんの表情から目が離せない。
...可愛い。真面目で賢く、スタイル抜群かつ目が覚めるような美人なのに、どこか抜けているところがある。そんな彼女が可愛くて仕方ない。
「ねえ、聞いてる?」
「え?」
気が付けば絢瀬さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「聞いてなかったわね...駅、着いたわよ?」
「あ...」
本当だ。彼女の話と、彼女自身に夢中になっているうちに、どうやら目的地である駅に到着していたらしい。
「それじゃあ...その、私は...えーっと...か、買い物!買い物をして帰るから...じゃあ、また月曜日にね!」
「あ、う、うん」
そう言って絢瀬さんは駅のロータリーの方へと歩いて行った。
「...」
パタパタと駆ける彼女の後姿から...僕は目を離せなかった。
「...帰ろう」
ようやく体が動かせるようになったのは、彼女がコンビニの自動ドアをくぐりぬけた頃だった。
―――――――――――――――――――――――――――――
日曜日。特に何の予定も無かったので、僕は原付バイクに乗って郊外のショッピングモールを目指していた。
「寒っ...」
季節は春。歩きであれば春の陽気を堪能できるのだろうが、残念ながら原付バイクでは寒いだけだ。
「...」
そんな僕を横目に走り抜ける乗用車たち。暖かそうな彼らが少し羨ましい。...僕も一応免許は持っているので運転はできる。AT限定だけど。
「はぁ...」
こんなことなら半キャップヘルメットじゃなくて顔にシールドが着けれるタイプのヘルメットにすればよかった。そうすれば少しはマシになるかもしれない。
そのようなことを脳内で愚痴っていたところ、ようやく目的地のショッピングモールに到着した。
僕が通う大学は比較的郊外に建っているので、必然的に借りるアパートも田舎の方になる。
中には都市部に近いアパートを借りて車やバイクで通学している生徒もいるけれど、僕は大学までの通いやすさを優先した。
故に休日に遊ぶ場所といえば郊外のショッピングモールが最寄りとなるわけだ。
「混んでるな~」
さすが日曜日。家族連れやカップルの客が多い。
とはいえ、僕のように一人で来ている人も少なくはない。
「映画でも観ようかな」
映画館は...ちょっと遠いな。まあ、時間は有るから良いか。
僕はエスカレーターに乗って最上階を目指した。
.............................
「ふぅ...」
適当に選んだ上映中のカーアクション映画を鑑賞したのだが...中々面白かった。
カースタントも派手で迫力があるのだが、何よりその車のカスタムもカッコ良かった。楽曲も良く、ストーリーも分かりやすい内容なのでストレスなく鑑賞で来た。
聞けば10作ほど制作されているシリーズとのことだ。過去作も観てみようかな。
「...ん?」
エスカレーターを下っている最中、吹き抜けとなっている廊下から1階の通路が見えた。
その時、よく目立つ金髪の女性が見えた気がしたのだ。
「まさか...」
絢瀬さんだろうか?
一瞬だったので確信は無いけれど、彼女の髪色はよく目立つ。
「...」
...1階に降りよう。
あわよくば...今日一日を一緒に過ごせるかもしれない。
僕の心は踊り始めた。...しかし、今日は日曜日。お昼時を目の前にしたショッピングモールは混雑の極みだ。
エスカレーターは歩けるほどのスペースは空いておらず、先ほどは歩こうとして子供にぶつかってしまった程だ。
...あの子連れの両親もあそこまで怒らなくても良いのに。
「...着いた...!」
大人しくエスカレーターに揺られること数分。ようやく1階に到着した。
もう既に金髪の女性は見失っている。
「確か...」
しかし、歩いて行った方向は覚えている。この向きだと...西方向だ。その方向には食品売り場と駐車場入り口しかなかったはず。
「...」
少し速足で通路を歩き、キョロキョロとあたりを見渡す。
...居ない。
そのまま周囲を回しながら食品売り場を歩く。
...居ない。
直ぐ隣のパン屋さんは....
...居ない。
何処にも居ない。
...既に店内を出ているのだろうか?
そうなれば...あとは駐車場だ。一縷の望みを懸けて僕は屋外駐車場へと向かった。
「...」
キョロキョロと見渡す。
...居た!
少し遠いが金髪の女性が見える。
...しかし、遠いのでよくわからないけれど...あんな髪色だったかな。
それに...服装も少し派手だ。ショートパンツに真っ白なコートに黒いショートブーツ...所謂ギャル系ファッションだ。多分、絢瀬さんが着ても似合うだろうけれど...あまり着ているイメージが無い。
「絢瀬さん!」
大声で彼女を呼ぶ。
...しかし、彼女は振り返らない。聞こえていないようだ。
「...っ」
彼女に目掛けて駆けだした。...周囲を確認する余裕すら無い。
そして―――
「絢瀬さ―――」
そう呼びかけた瞬間、"彼女"が振り返った。
「誰?」
それは...絢瀬さんとは似ても似つかない女だった。
「あ...」
人違いだ。
「何か用?」
明らかに警戒している様子だ。
「あ...いえ...その...」
威圧感のあるその声に、僕は何も言えなくなってしまった。
「キモ...」
吐き捨てるようにそう言うと、その女は黒いセダンに乗って走り去ってしまった。
...うるさい車だ。どうせ国産の中古セダンだろう。
「はぁ...」
...無駄な時間だった。
そう思い、ため息交じりに駐輪場の方へ歩き出した...その時だった。
「...!!」
背後から走ってきた深みのある美しいメタリックレッドのステーションワゴン。
あのエンブレムは...広島のメーカーの車だ。
問題は...助手席の女性に見覚えがあるという事。
「絢瀬さん...!」
美しい金髪。透き通るような白い肌。目が覚めるような美貌に愛らしい笑顔。..間違いない。あれは絢瀬絵里だ。
「っ...!」
思わず駆けだしていた。
...しかし、車には追い付けない。
「そうだ...!」
原付だ。原付なら追い付ける。
僕は踵を返して駐輪場へと駆け戻った。
「やっぱり―――」
―――見間違えではなかったのだ。
しかし...運転していたのは誰だろう?
彼女の両親はロシア在住だと聞いた。それに、二人姉妹の姉なので兄妹の線も薄い。
ということは―――
「っ...!」
違う。きっと違う。
僕は思考を振り払い、メットインからヘルメットを取り出した。
そして、顎紐を締めずにヘルメットを被り、原付に跨った。
「くそっ...掛かれよ...!」
こんな時に限ってエンジンが掛からない。
ようやく始動したエンジン。急いで駐車場の方へと走る。
あたりを見渡しながら駐車場内を走り抜け、ようやくステーションワゴンが見えた。
しかし、既に車道へと合流する直前であり、追い付けたのは幹線道路を走り始めた頃だった。
「あ...!」
さらに悪いことに、ステーションワゴンは高速道路の方面へとウインカーランプを点滅させている。
そして―――
「あー...」
曲がってしまった。
...その際、見えてしまった。
助手席でほほ笑む絢瀬さんの姿と、同じく楽しげな様子の若い男の姿が。
―――――――――――――――――――――――――――――
月曜日。講義までまだ時間があるのだが、何となく...早めに大学に来てしまった。
「...」
ぼんやりと掲示板を眺める。...休講の連絡は無いな。
「今日は...」
そうだ。絢瀬さんと同じ講義だ。
しかし、思い出してしまうのは日曜日の出来事。
...あれはきっと親戚か何かだ。そうに違いない。...そう思わなければ...
「...っ...」
考えていても仕方ない。
気分転換にタバコでも吸おう。
そう思い立ち、僕は喫煙所へと向かった。
ちなみに、喫煙所は学生駐車場の近くに設置してある。...法改正のせいで喫煙所は随分端の方へと追いやられてしまった。
「ふぅ...」
1本のタバコに火をつけた。
...煙を吸うと少し気が落ち着く。
そのままぼんやりと駐車場を眺めていると、講義を受ける為に通学してきた学生たちの車が何台も入ってきた。
「...?」
その中で1台、少し目立つ車が進入してきた。
他の学生の車は古い中古車であったり軽自動車ばかりなのだが、その一台はかなり新しい...おそらく新車に近い年式のステーションワゴンだった。
鮮やかなメタリックレッドの...大きなステーションワゴンだ。
「...!!」
"助手席"から降りてきた彼女。
それは...まぎれもなく"彼女"であった。
「それじゃあ...また後で。...え?ふふふっ...ありがとう♡」
蕩けるような笑顔で車内の人物に話しかける絢瀬さん。
白いセーターに水色のコート...上は土曜日の夜と同じ服装だ。しかし、下は真新しいフレアスカートに代わっている。それに...いつもより少し大きなカバンだ。
「絢瀬...さん...」
低く唸るような排気音を響かせて、赤いステーションワゴンは走り去っていく。
「...え?」
小さな声で呟いたつもりだが、耳の良い絢瀬さんには聞こえていたようだ。
「あっ...お、おはよう。早いのね」
少し離れたところで絢瀬さんは僕に問いかけてきた。
「あ、う、うん。まあね...」
ちなみに、彼女と同じ講義は1時限目なので午前9時から始まる。そして、現在の時刻は午前8時を回った頃。
つまり...同居している家族以外に送ってもらったということは...
「そ、それじゃあ...私、講義室に行くわね」
そう言って絢瀬さんは立ち去ろうとした。
...僕も行こう。
「あ、僕も行くよ。一緒に行こう」
「え?あ...そ、そう。でも、まだ時間もあるしゆっくりしても良いんじゃない?」
彼女は僕の手を指さしている。
...そういえばタバコに火をつけたばかりだ。
「いや、大丈夫だよ」
少し勿体無い気がしたけれど、まだまだ長いタバコのをそのまま灰皿に捨て、彼女の方へと駆け寄った。
「っ...!」
何故か少し距離をとる絢瀬さん。
...どうしたのだろうか?
「絢瀬さん?」
よく見ると顔が少し赤い。
...ひょっとして、タバコの臭いが嫌だったのかな?
「な、何でもないわ。行きましょう?」
そのまま少し距離をとって歩き出した。
「...」
大学生にとってはまだまだ朝早い時間帯。広いキャンパスは閑散としている。
「...」
そんな静寂の中、絢瀬さんのヒールの音だけがコツコツと響いている。
「あ、あの...絢瀬さん...?」
沈黙に耐え切れず、絢瀬さんに尋ねた。
「何かしら?」
小首をかしげている絢瀬さん。
そういえば...焼肉のたれを盛大に零していたはずなのに、白いセーターは綺麗になっている。洗濯したのだろうか?
「そのセーター...土曜日に着てたよね?」
「え、ええ」
何故か動揺している。
「あ、いや...その、シミ...綺麗に落ちてるね」
「そ、そうね。あの後直ぐに手洗いで洗えば綺麗に落ちたのよ」
なるほど...だから早く帰宅する必要があったのか。
「でも、よく乾いたね?結構厚い生地じゃない?」
「セーターは乾いたわ。でも、ジーンズは乾かなかったからこのスカートを買ったの」
「え?」
買った?どうしてジーンズが穿けないからといってスカートを買う必要があるのだろうか?
「え?あっ...そ、その...他の着替えも汚しちゃったから他に着るものが無かったのよ」
「着替え?...どこかに泊まりだったの?」
まさか...
「そ、そう!友達!友達の家にお泊りだったの」
「そ、そうなんだ...」
友達...そうだ。きっと...あれは友達のお兄さんなんだ。
そう思えば少し安心...できる気がする。
「...」
ちらりと彼女を見た。
髪型はいつものポニーテールではなく、髪を解いて下している。...少し大人っぽい。
「...?」
ふいに絢瀬さんが髪をかき上げた瞬間、首筋に何か赤い痕が見えた気がする。
...虫刺されだろうか?
「絢瀬さ―――」
「ひゃっ!?」
それを指摘しようとしたその瞬間、絢瀬さんが可愛らしい悲鳴を上げて立ち止まってしまった。
「ど、どうしたの?」
「な、なんでもないっ...!」
顔を真っ赤にしてお腹のあたりを抑えている。
...明らかにただ事ではない。
「ほ、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だから!...ごめんなさい、先に行ってて」
気にはなるのだが、彼女がそう言うのだから仕方ない。
「う、うん...」
僕は絢瀬さんをその場に残して講義室に向かったのであった。
...ちなみ、彼女が講義室に到着したのは、講義が始まるギリギリの時間であった。
―――――――――――――――――――――――――――――
あれから数日、絢瀬さんとはあの講義以来会っていない。
...というのも、ほかに履修している講義の中で、絢瀬さんと同じ講義は大人数のものが多いのだ。同じ時間に講義を受けているのだろうが、話す機会が無かったというのが本当のところだ。
「いらっしゃいませー...」
今はコンビニのアルバイト中だ。
朝や昼間はそれなりに忙しいのだが、今は20時なので客も少なく、実はそれなりに楽だ。
外は暗く、駐車場に車が入ってくればすぐに分かる。
「ありがとうございましたー」
そして今、最後の客が出て行った。
徒歩で訪れる客も居ないわけでは無いが、殆どの場合は車かバイクだ。
「...」
さて、商品の補充でもしようか。
バックヤードに向かう為にレジを出ようとしたその時、駐車場に車が入ってきた。
...直ぐに買い物が終わるかもしれない。品出しはもう一人のアルバイトに任せて商品整理をしよう。
「...」
入ってきたのは若い男だった。
スーツ姿に革靴という、見るからに仕事帰りといった風貌だ。
購入するのは...弁当や飲み物だろうか?
「レジお願いできますか?」
そんなことを考えていると、その男に声をかけられた。
「あ、は、はい。かしこまりました」
どうやら買う物が決まっていたらしい。
慌ててレジに戻ると、台の上には長方形の箱が置かれていた。
LLサイズ12個入...コンドームだ。何故か定期的に売れるので置いてある。
店長曰く、めちゃくちゃ大きいサイズだから外国人のお客さんが買っているのではないか、との談であったが...どうやら購入者はこの人のようだ。
「あ、えっと...1300円です」
「カードでお願いします」
「かしこまりました」
男はクレジットカードのタッチ決済で会計を済ませ、レシートが発行された。
「ありがとうございました」
男は店を後にして、車に乗り込んだ。...しかし、直ぐに発車する気配はない。
「あ...」
そんなことを考えていると、レジに次のお客さんが来ていた。
「あ、い、いらっしゃいま...せ...」
「お疲れ様」
そこに立っていたのは...絢瀬さんだった。
「お、お疲れ。買い物?」
コンビニに来ているのでそれは当たり前なのだが、動揺している僕は思わずそんなことを尋ねていた。
ちなみに、絢瀬さんは時々このコンビニを利用している。僕がシフトに入っているときも何度か会ったことがあるし、これほどの美人なので他の店員の間でも有名だ。
「ふふっ...当たり前じゃない。これ、お願いできる?」
絢瀬さんは暖かいペットボトルの飲料を2本をレジに置いた。1本はココアで、もう1本は緑茶だった。
「う、うん...?」
少し妙な買い物だと思った。
1本ならわかるのだが、もう1本となれば...誰かに買って行くのだろうか?
「えっと...320円です」
「はい、どうぞ」
現金で320円ピッタリだ。
「ちょうどお預かりします」
レジを操作して、レシートを発行した。
「レシートはどうする?」
「いただくわ」
レシートを彼女に手渡した。
「それじゃあ...アルバイト頑張ってね」
「あ、うん。ありがとう」
そう言って絢瀬さんはお店を後にした。
.........そのまま、表に停まっていた赤いステーションワゴンの助手席に乗り込んだのであった。
「え...」
運転席に座っているのは、先ほど特大サイズのコンドームを購入した男。
絢瀬さんはその男と楽しそうに会話している。
そして...ホットの緑茶を手渡していた。
「...」
...違う。きっと僕の勘違いだ。そうに違いない。
僕は、思考を蝕む"1つの考え"を振り払うように仕事に没頭したのであった。
.............................
時刻は日付が変わる頃。
今日のシフトはもうすぐ終わる。
その時、店長が私服姿で来店した。
「ごめん!今日のシフトなんだけど、6時まで入れる?」
正直、面倒ではあるのだが...店長の慌てた様子から無碍に断るのも気が引ける。
「明日は休みなので大丈夫ですけど...何かありました?」
そういえば、交代のはずの同僚がまだ来ていない。
「次のシフトの子が原付で事故っちゃってさぁ...朝の人に早く来てくれるようにお願いしたんだけど、それまでお願いできる?」
そういう事なら仕方ないか...
「わかりました。大丈夫ですよ」
...どうせ家に帰っても、先ほどの絢瀬さんの件で余計なことばかり考えてしまうだろう。
それなら...バイトしている方がマシだ。
「ありがとう!本当に助かるよ。コレで帰りに好きなものでも買って行ってよ」
そう言って店長は2000円を手渡してきた。
「え?良いんですか?」
「良いの良いの。オーナーには内緒だよ?」
「ありがとうございます。わかりました」
「こちらこそ。それじゃあ、後はよろしくね」
店長は安心した様子で店を後にしたのであった。
「...」
それから数時間。客は殆ど来ていない。
「...!」
もうそろそろシフトも終わる。そう思っていたその時、徒歩で訪れた客がやってきた。
「絵里、大丈夫か?」
「ふふふっ...誰かさんのせいで大丈夫じゃないわよ」
「...!!」
訪れたのは...絢瀬さんだった。
...それだけではない。彼女の隣には...先ほどコンドームを購入した男が立っていた。
二人ともラフな格好で、ほんのりと髪が濡れている。
「全く...12個使い切っちゃうなんて...」
絢瀬さんは男に抱き着いている...
「それに関しては俺も言いたいことが有るぞ」
フラフラとした足取りの絢瀬さん。そんな彼女を支えるように腰を抱いている男。
何やら彼女の耳元で何か囁いているようだ。
「なっ...!もうっ...♡」
耳まで真っ赤になる絢瀬さん。
一体...何を言われたのだろうか?
そんなことを思っていると、二人がレジに何か持ってきた。
...絢瀬さんは男の方ばかりを見つめており、僕には気が付いていない様子だ。
「これ、お願いします」
「は、はい...あっ」
男の手に持たれていたのは...LLサイズのコンドームだった。
「...せ、1300円です」
この男...数時間前に新品を買ったはずだ。
「カードで」
「か、かしこまりました...」
レジを操作している最中、絢瀬さんにちらりと視線を向けた。
「...?あっ...!」
絢瀬さんもこちらに気が付いたらしい。
「絵里?知り合い?」
男は不思議そうな顔で尋ねている。
「う、うん...大学の友達」
「あー...」
絢瀬さんがそう答えると、男はなんとも気まずそうな表情を浮かべた。
「ごめんな、絵里。やっぱり俺一人で来ればよかったな」
「そんな...私が一緒に行きたいって言ったんだから...気にしなくて良いわよ」
僕を蚊帳の外に、二人の間で話が進んでいた。
「えっと...こういう事なんだ。その...まあ、知ってるかもしれないけど、絵里は有名人だから...見なかったことにしてくれるかな?」
「そ、それは...」
わざわざ言いふらすような事ではない。しかし...
「そうだ...絵里、彼はタバコ吸うのかな?」
「う、うん」
いったい何のつもりだろうか...?
「ねえ、君は何を吸うの?」
「えっと...コレですけど...」
背後からいつもの銘柄を1箱取り出した。
...タバコ1箱を口止め料にするつもりだろうか?
「それじゃあ...2カートンお願いできるかな?」
「え?...は、はい...」
ストック棚から2カートン取り出した。
「い、11,600円です...」
「カードで」
躊躇いなく会計を済ませた男。
「まあ、足りないかもしれないけど...口止め料ということでお願いできるかな?...絵里の為なんだ」
「...わかりました」
喫煙者としては...2カートンというのはかなり嬉しい。
しかし...同時にものすごく複雑な気分だ。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
「じゃ、じゃあ...また―――ひゃっ!?」
突然、悲鳴を上げて立ち止まる絢瀬さん。
「絵里?どうした?」
心配そうな様子で尋ねる男。
...そういえば、つい先日も絢瀬さんは同じように立ち止まったことがあった。
「(た、垂れてきちゃったのよっ...!)」
「あー...」
...垂れてきた。
絢瀬さんは声を潜めていたのだが、この距離なので聞こえてしまう。
「(最後の1回は生だったからね)」
「(こんなところでそんなこと言わないでってば!...もうっ)」
ヒソヒソと話しているが、ほとんど聞こえてしまった。
...12個入りのコンドームが足りずにもう1回...つまりは13回ということだ。
それに...さらに12個入りを購入したという事は―――
「(責任取って...もっと私を愛すること、良いわね?)」
「(そんな大義名分がなくても...)」
男は...絢瀬さんを思い切り抱きしめた。
「...絵里が満足した後もずっと愛するよ」
「もう...っ...♡」
そう言って...甘い口づけを交わして夜の闇に姿を消すのであった......
その後、僕が寝取られモノの作品でなければヌけなくなってしまったのは...言うまでもないだろう。
エリーチカは飲み会の後は彼氏のおうちにお泊りだったみたいですね。
ちなみに垂れてきたのは...言うまでもないですね。