死ネタあるのでご注意を。
モカが死んだ。
モカは、もう二度と、戻ってこない。
こんなことになる前に、ちゃんと、「好き」って伝えておけば良かった。なんて、今更後悔しても遅いけど。
あたしは、中3で重い病気にかかった。医者からは、「もう治る余地はない」と言われていたが、奇跡的に完治してしまったのだ。
そしてあたしには、全く必要と感じないオプションを手に入れてしまった。それは、
不老不死
だった。
あたしの体は15歳のまま、時が止まった。不老不死ってことは、全く老いないってことだし、それに加えて死ねないってこと。1番恐ろしかったのは、その『死ねない』っていうのが、外傷的なものであってもだ。1度あたしは、トラックに轢かれたことがあった。でも、麻酔をかけられて手術するまで、鮮明に記憶が残っていた。しかも、手術後3時間で目を覚まし、傷が5日で治るという驚異的な回復力を見せた。これには医者もかなり驚いていた。
こんな体になってしまい、Afterglowのみんなはもちろん驚いた。
「蘭、もしかして無敵の体を手に入れたのか!?すげーじゃん!!」
巴はそう言って、励ましてくれた。
「らーん、大丈夫だよ〜。きっとなんとかなるって〜」
モカはそう笑って、いつも通りにしてくれた。
「蘭ちゃんはもう、歳をとらないの?私たちと一緒に大人になったり、おばあちゃんになったりできないの……?」
つぐみはそう呟いて、俯いた。
「みんな、そんな顔しないの!ほら、笑顔笑顔!」
ひまりはそう叫んで、明るくしようとした。
それがほとんど全部、あたしに対する気遣いで、なんだか気持ち悪くなって、あたしは酷いことをみんなに言ってしまった。
「あたしは、みんなとは違う!みんなみたいに、一緒に成長できない!みんなと一緒に、同じことで笑いあえない!みんなみたいに、なれないの!そんなに気遣うなら、もう放っておいてよ!!もう、話しかけないで!!」
言った後に、気づいた。みんなの悲しそうな顔。もう、戻れない。みんな黙りこくっている時、巴が言った。
「……ごめん、蘭の気持ち、なんにも分かってなかった。蘭は、苦しいんだよな。蘭が1番つらいよな。本当に、悪い」
続いて、ひまりが言った。
「蘭、ごめんね。蘭に、元気になってほしかったんだ。」
そして、つぐみも言った。
「私も、少し取り乱しちゃった。嫌なこと言ってごめんね」
最後に、モカが言った。
「なんとかなるって、本当は思ってないよ。あたし達にできることは、何があっても、ずーっと一緒にいるだけ。蘭が歳をとらなくても、蘭は蘭。忘れないでね〜」
モカは、謝らなかった。別にあたしは、謝られたいわけじゃない。だからこそ、モカの言葉が胸に刺さった。『あたしは、あたし』。それでいいんだ。
そんなことが起きてから、もう5年が経つ。20歳になっても、Afterglowは健在だった。みんなは少しずつ顔つきも大人っぽくなっているのに対し、あたしは変わらなかった。少しでも大人っぽく見せたくて、髪を伸ばしている。それくらいだ。
「蘭、髪の毛伸びたね〜。モカちゃんと同じくらい〜」
「モカも髪の毛伸ばしてるんだ。なんで?」
「切りに行くのがちょっとめんどくさ〜い」
「……モカらしいや」
「あ、蘭とモカ、またイチャイチャしてるー!!」
「っ!ひまり!そんなことないから!」
「え〜、蘭、否定しちゃうの〜?」
「モカまで!」
あたしは結構普通にやれていた。みんなと大学も通ってるし、音楽も続けている。
でも1つ、なにか引っ掛かる部分があった。モカのことだ。モカは何も変わっていないように見えるが、何かが違う。その『何か』は分からないけど、でも、何かが違う。
「モカ、なんかあった?」
「ん〜?なんにもないよ、蘭」
「……そっか」
あたしは全然気づかなかった。モカが、昔あたしがかかったものと同じ病気にかかっていることを。
ある日のバンド練習の時だった。モカの調子が悪かった。いつもなら普通に弾けるところを、間違えることが多い。
「モカ、なんかあったのか?」
「トモちん、心配してるの〜?昨日ちょっと夜更かししちゃってさ〜。今眠いんだよね〜」
「なんだ、そういうことか。……早めに切り上げるか?」
「え〜、大丈夫だよ〜?」
「モカちゃん、休んだ方がいいんじゃない?なんか、つらそうだよ?」
「……っ!」
モカの顔色が変わった。
「あ、あたし、全然つらくないよ〜?だから、練習、続けよ〜?」
「……モカ?」
「全然、平気……だよ?モカちゃん、絶好調だ、よ……」
「……モカ!!」
モカはそのまま倒れてしまった。
「ひまり、救急車呼んでくれ!蘭、モカの汗が酷い!タオル持ってきてくれ!つぐ、まりなさん呼んでくれ!」
「分かった!」
巴がテキパキと指示してくれる。あたしは、ショックで何も考えられなくて、ただ巴の指示通りに動くしかなかった。
「モカ、つらそう……顔色も悪いし、汗もひかない」
汗を拭いても拭いても、止まらない。つらそうに呼吸をしている。
「モカ、お願いだから、しっかりしてよ……」
そう言って、救急車が来るまでモカの手を握ることしか出来なかった。
モカはそのまま入院した。でも、当の本人は次の日に目覚めて、ケロッとしている。
「モカ、なんでそんなに普通にしてるの?」
「ん〜?ただの貧血だからじゃな〜い?」
モカは貧血で倒れたらしい。でも、万が一のことがあるから入院していると、医者は説明してくれた。
「やまぶきベーカリーのパンが恋しいよ〜。モカちゃんはあの美味しいパンが食べられなくて残念だよ〜」
「はいはい、今度買ってくるから」
モカはいつも通りだった。いつもと変わらない。不自然なほど。
「そういえば、トモちんから聞いたけど、蘭、あたしの手を握ってたんだって〜?」
「えっ、あ、いや、それは……」
「ふふ〜、さてはモカちゃんに惚れたな〜?」
「……っ、そんなことないし」
いつも通りの会話も、終わりが来るなんて思っていなかった。
すぐにモカは退院して、きっとすぐまた元通りになると、信じていた。
それから数週間、未だ退院できていないモカが心配で、あたしは1人で病院へ向かった。
コンコン、とドアをノックし、部屋に入った。
「モカ、いる?」
「あれ〜、蘭じゃ〜ん。どうかしたの〜?」
「いや、ただお見舞いに来ただけ」
モカのいるベッドの横まで来て、傍に置いてあった椅子に座った。
「……ねぇモカ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
モカは少し目を見開いた。
「何が聞きたいの〜?」
あくまでも平然を装うモカに、あたしは単刀直入に聞いた。
「モカ、本当は貧血なんかじゃないでしょ。……なんの病気なの?」
モカはまた驚いた顔をして、そのまま目を逸らした。
「もう、隠せないか〜……」
小さくため息をつくモカは、観念したかのようにポツリと話し始めた。
「あたしね、あの時蘭がかかってた病気になっちゃったんだ」
「……え?」
モカは目を合わせてくれなかった。ただその行動が、残酷にも本当のことなんだと思わせてくる。
「神様ってすごく残酷なことするよね。大人になりたくないだなんて思ってたのに、大人になってからこんな病気にするなんて、酷すぎな〜い?」
モカはパッとこっちを見て、にこっと笑った。
その笑顔を見るのが辛くて、あたしは目を伏せて俯いた。
「蘭が病気になってから、もう5年経つのに、治療薬の開発は全然進んでないんだって。あたしも入院してからずっと治療してるのに、全然良くならないや」
どんどん声が震えていく。ハッとして顔を上げると、モカは涙を浮かべていた。
「蘭、あたし、このまま死んじゃうのかな。まだやりたいこと、いっぱいあるのに。蘭と、みんなと、行きたいところもたくさんあるのに。あたし、死にたくないよ」
「モカ……」
何か言おうとした時、モカはあたしに抱きついてきて、声を出して泣き始めた。
あたしも涙が止まらなかった。何も言えない。泣いているせいでもあるけれど、何て声をかければいいのか分からなかった。
そしてその日の夜、モカは息を引き取った。
モカが死んだ。
モカは、もう二度と、戻ってこない。
あたしは失ってから初めて、モカが好きだって気づいた。
失うとわかっているものを、人は美しいと思うらしい。あたしは、その意味が分かった。
美しいと思うのは、初めて自分の気持ちに気づくから。だから、失う時に初めて自分の気持ちを理解する人が多いから、失うとわかっているものを、美しいと思う。
葬儀のあと、あたしたち4人はモカの両親に呼び出された。
「これ……モカから、あなたたちにって。今まで仲良くしてくれてありがとう」
手渡されたのは、手紙だった。
よく見知った、モカの字で『蘭へ』と書かれていて。
3人にも、『ひーちゃんへ』『トモちんへ』『つぐへ』と書かれている手紙を渡していた。
あたしたちはその場で封を切って、手紙を読んだ。
『らーん、今、すーっごく悲しいでしょ?あたしも、すーっごく悲しい。だって、蘭のこと、すっごく大切だったし、もっと守ってあげたかった。蘭は、いつも頑張ってて、いつもAfterglowをまとめてくれてたけど、蘭は蘭なりに、たくさん迷って、たくさん悩んでたよね。……知ってるよ。ずっと一緒にいたんだもん。人生の半分以上、一緒にいたんだよ?そう考えたら、すごいよね〜。初めて会ったあの日から、蘭はあたしの特別だった。2人で見た夕焼け、すごく綺麗だったね。あたしは、蘭のこと、大好きだったよ。いや、今でも大好きだよ。でも、恋って言うには、ちょっと遠回りしすぎちゃったみたい。ありがとう、蘭。ずっと一緒にいてくれて。毎日あたしのことを想っていて、なんて言わないよ。ただ、たった1日でもいいから、寂しいって、少しだけ思って欲しいな〜……なんてね。
あたしは、蘭の傍にいられて、幸せでした。』
そんなに長い文章ではなかった。でも、モカの言いたいことは全部伝わった。モカは、あたしに、幸せになって欲しいんだ。だから、ずっと想ってて、なんて言わないんだと思う。
涙が、止まらなかった。他の3人も、手紙の内容は分からないけど、すごく泣いていた。
あたしたちは、周りの目も気にせず、大泣きしていた。
やっと泣き止んだ時には、夕焼けが空一面に広がっていた。
「……モカちゃんからの、プレゼントみたいだね」
「ああ、確かにな」
「今までで見た中で、1番綺麗かも〜」
「そうだね。……ありがとう、モカ」
それから、数百年が経った。Afterglowのみんなは、もういなくなってしまったけれど、あたしは生きている。あたしの記憶で、生き続けている。
この数百年で、世界は大きく変わった。そして、あたし以外の人類は、きっと存在してないだろう。あたしだけ不老不死だから、なにをしても死なない。
ほとんどのものが枯れ果て、灰になった世界で、あたしは首にかかっているロケットペンダントを見る。モカとあたしのツーショット写真が入っている。夕焼けが広がっていく。
あたしは今から、地球最後の告白をする。
今更だよね。でも、これで終わりなんだ。もうすぐモカのところに行くから。遅くなってごめん。
「モカ、あたしはモカのこと、好きだったよ」