緑谷くん×オリ主の話が読みたくなったので自給自足。

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緑谷くん×オリ主が読みたくなったので自給自足。
書いている内に色物になったけど、きっと恋愛です。



消毒の匂いがする少女

 

「あァ?教室で駄弁ろうと思ってたのにまだ誰か残ってたか。……チッ、クソデクかよ」

 

 

 四月の中旬。ある少女が忘れ物を取りに教室の近くまで歩いたところ、教室の中からそのような声が聞こえてきた。

 

 少女は何事だと思い駆け足で教室の前まで近寄った。教室を見ると、どうやら扉は開いていたようで彼女はそっと室内を覗き込むことにした。

 

 少女は目を()らす。

 

 中を見てみるとそこにはトゲトゲとした薄い金髪の少年とその友人二人、そして席に座る緑がかった癖毛の少年の姿が見えた。

 見覚えのある彼らの顔は、少女のクラスメイトであった。

 

 彼女は何が起きているのか気になり様子を見てみることにした。

 

 じっと彼らを見ていると、薄い金髪の少年──爆豪(ばくごう)勝己(かつき)は一瞬だけ苦虫を嚙み潰したような表情を見せると、癖毛の少年に侮蔑(ぶべつ)の混じった視線を向けた。

 

 少女はつられて癖毛の少年の方に目を向ける。彼は勝己の声が聞こえなかったのか、自席でノートに筆を走らせていた。

 少女の位置からは何を書いているのか見えなかったが、とても楽しげな表情をしていた。

 

 

 一体何を書いているのだろう。少女はそう考えながら少年を見ていると、勝己は側に居た友人二人に目配せをして、彼の座る席まで近づき口を開いた。

 

 それはとても嫌らしい笑顔を浮かべての台詞(せりふ)だった。

 

 

「やあ。陰気臭そうな顔をして、一体何を書いているんだいナードくん」

 

 

 それは少女の元まで聞こえるよく澄んだ声だった。

 しかし、同時にその声は何処か粘りのようなものも感じられ、少し不気味なモノでもあった。勝己は少年の肩にポンと手を置く。

 

 わざと叮嚀(ていねい)な言葉遣いをして他人を馬鹿にする。何度か彼が同じような仕草で人を笑い立てる姿を見たことがあった。

 

 (はた)から見て気持の良い光景ではなかったが、勝己の側に居た友達二人は愉快に思ったのだろう。彼らはニヤニヤと笑い合っていた。

 

 

(──改めて見るとかなり嫌な光景だな)

 

 

 少女はふたたび癖毛の少年に意識を向けた。

 勝己の眼前に座る緑髪(りよくはつ)の彼は、名前を緑谷出久と言った。一見して気の弱そうな見た目をした少年である。

 

『気の弱そうな』

 

 その認識は(あなが)ち間違っておらず、少なくとも目立つ性格はしていなかった。

 

 

 彼とは過去に同じクラスになったことはなく、中学三年になって初めて同クラスになった。そのため親交は全くと言って良いほど存在しない。

 目立つ性格でもなければ、過去に親しかったこともない。四月のこの時期において、普通だったら少女は彼の名前を覚えていなかっただろう。

 

 しかし、少女の頭にはすぐに彼の名前が浮かんだ。

 

 

 一体それは何故なのか、少女は(みづか)らに問う。すると考える間もなく少女の頭には一つの答えが出た。その理由は彼、緑谷出久の学校での立ち位置を考えれば明白であった。

 

 単刀直入に言うと、それはこのクラス──いや、この学校唯一の個性を持たない少年。それが彼、緑谷出久であったからだ。

 

 

(……無個性の置かれる立場かあ)

 

 

 少女は心の中でそう呟く。

 個性。いまさら解説など要らないと思うが、改めて説明をするなら異能力のようなモノだ。

 

 この世界に住む人の多くが持つモノで、世代が進むにつれてその割合は増えていく。今や全国を探しても、個性を持たない新生児など存在しないのではないか。そう思うほど異能力は世界に定着していた。

 

 人口の何割かは未だに無個性だと聞くが、それも老人が多くを占めているためだ。年齢別の統計を見れば明らかに個性を持つ者の割合は増えている。

 

 

──そんな社会の中で珍しくも無個性として生まれた少年。それが緑谷出久であった。

 

 

 自分が同じ立場なら。少女はそう考えて身震いをした。

 人は自身とは違う特徴を持つものを排斥し団結し合うと言う。誰もが異能力を持つ個性社会、その中で個性を持たぬモノが居ればどうなるのだろうか。それは火を見るより明らかだ。

 

 集団から見下され、排斥され、イジメられる。そんな光景を簡単に幻視できた。

 

 少女としても個性を持たないという一点のみで彼のことを下に見ている節があった。意識的か無意識的かは兎も角として、社会の常識的にそのような空気があるのは確かである。

 

 

 積極的に排斥を行うことはないが、制止のために動くこともない。これが少女のスタンスであった。

 少女は他のクラスメイトと同じく、いわゆる傍観者であったのだ。

 

 

(まったく、嫌になる)

 

 

 その言葉は何に対する言葉なのか。少年の現状か。はたまた声を上げない自身に対してか。それは少女にも分からなかった。

 

 

 彼女は扉の付近にしゃがみ込み、引き続き教室の様子を覗き見る。

 

 周りの音が聞こえないほど集中してノートに何かを書いていた彼であったが、流石に肩に手を置かれては周囲の様子に気付いてしまう。

 

 どうやら彼はノートの世界から現実に意識を引き戻されたようだ。

 

 

 出久は驚いた様子で顔を上げて、勝己の姿を認めた。慌てたように周囲を見渡す。

 

 彼の視線の先を追うと、教室の前方に掛けられた時計に行き着いた。

 時間を確認したかったようである。掛け時計は、ホームルームが終わって二十分ほど過ぎた時間を指していた。

 

 

 彼は今の時間を確認し終えると、勝己が彼に何を伝えようとしていたのか遅まきながら察したようである。

 

 『何でまだ教室に残っているのか』という帰宅の催促である。出久はビクビクしながらも、机の上に広げられていたノートをサササッと鞄の中に詰め込む。

 

 忘れ物がないかと、机の中に手を突っ込んで何度か確認をしたのちに出久は椅子から立ち上がった。

 

 

「──や、えっと、その。……よ、用事を思い出したから帰らないと……」

 

 

 彼はそう言うと、「そ、それじゃあ」と呟いて教室を去ろうとする。出久の少し震えた声は頼りなく聞こえた。勝己とその友達二人は顔を見合わせたあと口々に話し出す。

 

 

「『帰らないと……』だってな。催促したみたいで悪いね、ナード君」

「ハハハ、アイツまともに話せないのかよ。──つうか質問に答えろよ、ノートに何書いてやがったんだ?」

「そんなんヒーローオタだからヒーローの絵でも描いてたんだろ。お絵かき帳だって」

 

 

 台詞は勝己、友達二人の順である。総じて他人を(あざけ)る表情を浮かべている。

 出久は三人に対して何か言いたげに一瞬だけ顔が強張らせるも、直ぐに勢いを失わせる。ただ、だらりと下がった手の握り拳を強くするだけに留まった。

 

 そして彼は急ぐようにして教室の外に出ようとする。教室の外、少女のしゃがみ込んでいる扉の方向である。

 

 

(──ってアレ?このまま私が此処に居るのって不味くない?)

 

 

 そこで少女はハタと今の状況が不味いことに気が付いた。見ると、彼は前をよく見ない状態で扉の前まで既に駆けている。凄いスピードだ。

 対して少女はしゃがんだ状態で教室の中を覗き込んでおり、直ぐに動ける状態ではない。

 

 

 少女は咄嗟(とつさ)に、のけぞるようにして後ろに下がろうとした。教室から離れようとする。しかしそれは悪手であった。

 先程のままの状態であれば、彼が少女の姿に気付き避けることが出来たかも知れない。しかし、完全に姿が見えない状態にあっては緑谷少年とて避けることは叶わない。

 

 一瞬の出来事であったため、少女は声を上げることも出来なかった。

 

 少女の瞳に出久の顔が映る。それはとても驚いた表情であった。

 

 

(やっ、ち、ちょっと待っ──)

「えっ、あ、アブナ──」

 

 

 直後、ゴツンと大きな音が鳴った。

 少女の足に(つまづ)き転び、出久の頭と少女の頭が激突したのである。

 

 少女を見ると、声を上げることなく右手を額に持っていっていた。頭を庇おうとしたのだろうか。しかし、頭を激突させた後となっては手遅れである。

 

 

 少女の意識は急速に朦朧としていく。

 

 全ての感覚が薄れていくようだった。何たることだろうか。少女は目を回して廊下に力なく仰向けで倒れ込むことになった。

 出久と少女の石頭対決は出久の勝利であった。

 

 

「え、き、気絶してる!!ど、どうしたら──」

 

 

 沈みゆく意識の中で、少女は出久の焦る声だけが聞こえていた。

 

 

 

◆◇

 

 

『僕のヒーローアカデミア』

 

 

 それはアニメ化もされた人気漫画作品のタイトルである。

 異能力が存在する世界で、主人公のミドリヤイズクが最高のヒーローになるまでの物語──だと少女は聞いたことがあった。

 

 聞いたことがあった。

 

 それは誰から聞いた話であったのか。無論即答できる。昔、弟から聞いた話であった。

 志望大学に入るために悲しき勉強マシーンになっていたころに、弟が面白い漫画があると喋っていたことを覚えている。

 

 

 此処である疑問が浮かぶ。

 

 中学生である筈の少女が大学受験の話を、一人っ子な筈の少女が弟の話をしている。これは一体どういうことなのか。

 答えを言うと、それはすなわち、頭を打ち付けた弾みに前世のような何かを思い出してしまったのである。

 

 何とも奇天烈(きてれつ)な話だろうか。しかしながら、少女の頭の中には鮮明に別世界の記憶が浮かび上がっていたのだ。

 

 

──『ヒロアカ』という物語の話は、前世において存在した弟から伝えられた話であった。

 

 

 此処で重要なのが伝えられた話という点だ。すなわち少女はヒロアカを読んでいなかった。

 

 

 加えて、前世の少女に関して重要な事柄がある。

 それは勉強マシーンだったことを抜きにしても、彼女が漫画と言えば新聞紙からしか摂取したことがない稀有(けう)な人間であったことだ。

 

 恐らく、彼女が一番読んでいた漫画は朝の新聞に連載されていた『コ◯ちゃん』と『の◯ちゃん』であろう。

 

 

 

 そんな彼女が、弟から聞かされた漫画の話をよく覚えているだろうか。答えは否である。話半分程度にしか聞いていなかった。

 

 

 そのため、少女は『ヒロアカ』については概要ぐらいしか知らなかったのだ。

 

 ユウエイ高校なるヒーロー養成学校に入るミドリヤイズクの艱難辛苦(かんなんしんく)の物語。それを知っているだけでも僥倖というものだった。

 

 

 そして、そのぐらいの認識しかしていなかった漫画が、彼女の頭に直ぐ思い浮かぶ筈もなく──。

 

 

 

(──何で昔の私は漫画を全然読んでないんだよ。面白いだろ、漫画!!ワン◯ースとか読んでみたかったよ!!)

 

 

 他の漫画作品で一杯になっていた。

 

 前世を思い出して直ぐに伝聞でしか知らない漫画作品を思い出せるなら、それは何処か頭のネジが吹き飛んでいる。

 寧ろ、漫画作品を直ぐに思い浮かべているだけ惜しいものだ。

 

 そして彼女が直ぐに漫画を思い浮かべたのも、別世界における少女の余りの勉強漬けの生活に、反対の娯楽方面に注目がいったに過ぎないものだ。

 

 

(ドラ◯もんは?あの頃は全然興味がなかったけど、今じゃあ俄然(がぜん)気になって仕方がないんだけど??)

 

 

 

 新聞で読んだことのある作品や、ちらりと見たアニメ映像。それだけでも異世界の作品の面白さが分かってしまい悔しさが増したのだ。

 別世界の記憶を思い出した事実よりも、少女としては重要な出来事だった。

 

 果たして、転生直後の感想としてはどうなのだろうか。

 

 まあ、国民的漫画作品を読む機会を永遠に失った。そう思えば彼女の動顚(どうてん)具合も致し方ないだろう。

 こちらの世界での少女は、少しオタオタしかったのだ。

 

 

 彼女が『ヒロアカ』とこの世界との共通点に気付くのはもう少し後になる。そのため、少しだけ時間を飛ばすことにする。

 

 

 

──彼女がこの世界の違和感に気付いたのは、現実時間に換算して一時間ほど経ったころだった。

 

 

 それは、永遠に読めなくなった漫画を一作品づつ惜しんでいた所のことである。

 

 

 最初に引っ掛った言葉はミドリヤイズクであった。読めなかった漫画のなかに、そのような名前のキャラクターが居たことを思い出したのだ。

 

 ミドリヤイズク。

 

 とても聞き覚えのある名前で、少女は一瞬だけ思考を止めた。それもその筈、それは少女のクラスメイトである無個性の少年の名前と一致していたのだ。

 

 偶然の一致だろうか。頭の中で警笛(けいてき)が鳴り響く。嫌な予感がしながらも、彼女は件の作品『ヒロアカ』について知っていることを頭の中に並べていった。

 

 

(……個性、学園モノ、ユウエイ高校、プロヒーロー。……あとアシドン)

 

 

 最後のアシドンは、確か弟の好みに刺さったキャラクターとして教えられたものだ。フィギュアを見せびらかされた覚えがある。

 色んな性的嗜好があるんだなと、少女は当時思ったそうな。

 

 現時点では判断のしようがないアシドンのことは置いといて、彼女はこの世界と作品とを比較していく。すると、この世界と『ヒロアカ』と世界との共通点が続々と浮かび上がってきたのだ。

 

 漫画の世界に転生した。そのような仮説が頭の中を駆け巡った。

 

 

 見事にこの世界と一致している。これは偶然の一致では済まされないほどこの世界のことを表していた。

 

 漫画転生。

 

 一度そう思ってしまうとその仮説以上に納得のいく説は思い付かず、数分経ったのち、ついに少女は漫画作品に転生したのだと確信することになった。

 

 

 転生前の自分であれば創作物における転生の知識など知らなかっただろう。しかし、今の彼女はどっぷりとオタク文化に浸かっていたのだ。

 

 前世でどうだったのかは知らないが、今世では転生など常識中の常識である。メジャーではないが、漫画世界に転生する話も多く揃っていた。

 また、物語の典型というのもそれなりに把握しており、朧気な知識でも物語のあらましは推測出来た。

 

 そのテンプレートの知識が少女の現状に対する理解を促進させたのだろう。

 

 

(ってあれ?──此処って緑谷くんがヒーローになる世界なんだよね)

 

 

 突如として少女の頭に浮かぶのはそのような疑問。無個性の緑谷くんがどうやってヒーローになるのか、雄英高校の受験はどう突破するのか。

 少女の頭に様々な疑問が出るが、その直後に思い浮かんだある言葉の前には、それは瑣末(さまつ)な問題であった。

 

 

(私、緑谷くんへのイジメを無視してない?)

 

 

 すなわち一番はこの問題だ。本当に不味い爆弾である。

 自身が原作に居るのか分からなければ、折寺(おるでら)中学がどう扱われているのかも分からない。しかしながら、此処はヒーローモノの漫画である。

 

 人を(いぢ)めるという分かり易い悪を、ヒーロー漫画は果たしてそのままにしているだろうか。

 

 

 直接報復を受けるかどうかは分からないが、何かしらの(むく)いはあると考えるのが妥当だろう。少年がヒーローとして華々しく活躍する一方で、彼を馬鹿にした同級生たちが歯ぎしりをする。

 

 

 カタルシスを感じる展開で、それは少女(ごの)みの話であった。しかし、自身がそれを受ける立場だとすれば話は変わってくる。

 

 

 

 『ヒロアカ』がどのジャンルの作品に含まれるのかは知らないが、どちらにせよ少女が非常に危うい立ち位置に居るのは間違いなかった。

 

 

 

 今は四月中旬ごろ。少女が出久と同じクラスになったのは中学三年になった今年が初めてである。しかし、それにも関わらず少女が彼への揶揄(からかい)を見過ごした回数はもうすぐ二桁になる。

 

 

(え、もう手遅れじゃない?)

 

 

 冷静な言葉が口から漏れ出た。

 

 

 ターゲットを自分に移されたくないから傍観者に徹する。実に人間らしい行動である。しかし、出久から見れば自身は馬鹿にしてくるその他大勢の一人でしかないのだ。

 

 自分が出久であったならと考える。そう考えると、彼女は『助けてくれなかった周囲も同罪だ』として恨みを募らせていたに違いなかった。

 

 

 少女は少し心が狭かった。原作主人公との大きな違いはそこである。

 性根は間違いなく腐っているだろう。

 

 

 

 そんな少女であるが、出久へのイジメを黙認することで自身に害が及ぶかも知れないと分かれば、どのような行動を取るだろうか。

 

 

 

 少女の中では彼──緑谷出久は、この世界の主人公であり、オールマイトを超えるトップヒーローになることが既に確定していた。

 

 そして、その陰で彼へのイジメを黙認していた少女は断罪され、(ろく)でもない姿を見せている姿も同時に幻視した。

 

 

 

(──ど、どうにかして、すり寄らなきゃ)

 

 

 彼女は切実だった。

 

 痛いことが嫌いだとか言っている場合ではない。彼は無個性ではあるものの、それを乗り越えてトップヒーローになるのだと言う。

 

 (にはか)には信じ難いが、前世の記憶はそう嘯いた。ならば、それは疑う必要もなかった。

 

 それにプロヒーローの中にだって、戦闘面では役に立たない個性を持つものは居るのだ。頭脳とフィジカルを頼りに戦うことが出来るのは既に示されている。

 

 

 少女の頭の中は、彼がどのようなヒーローになるのかということで一杯であった。彼にすり寄ることは、彼女の中では既に確定した未来であった。

 彼女は心の中で強く念じた。

 

 

(媚を売って、(へつら)って、破滅の未来を回避しよう!)

 

 

 ここまで酷い宣言を、よく堂々と言えたものである。

 

 

◆◇

 

 

 

(……酒見(さかみ)精香(せいか)。個性は確か身体から消毒液を出せること)

 

 

 時は変わって現実世界。

 

 緑色をした癖毛の少年、緑谷出久はベッドで横たわる少女を見て、そう心中に呟いた。

 

 

 エタノールだか、酒精(しゆせい)だか、消毒液だか。それは出久の目の前で眠る少女の個性登録名であった。彼はどういう訳か、必死に彼女の個性を思い出そうとしていた。

 

 消毒液という個性。

 

 世界中でパンデミックが起これば別であろうが、日常生活を送る上で多少便利と言えるぐらいの個性。別に無くても困らない個性である。

 

 

 個性持ちと無個性で上下関係があるように、個性持ちの中でも上下関係が存在する。

 

 それで彼女の個性は如何(いか)ほどなのかと言うと、強弱で言えば最底辺ではないが下から数えた方が早いぐらいであった。

 

 工夫をすれば使えないこともないが、工夫をするぐらいなら他の個性を使えば良い。そんな評価を受ける個性だ。

 

 彼がどうして眠る少女を目の前にして考え込んでいるのか。相手を見てみるとそれは、出久が頭をぶつけて気絶させてしまった少女であった。

 

 つまりは前世を思い出した件の少女、それが彼女であった。

 

 

 出久は、ベッドの横に置かれていた椅子に座って少女の顔を眺める。

 

 

(クラス替えをしたばかりだから、まだ顔と名前が一致してないな……)

 

 

 彼はそんなことを考える。

 眠っている彼女からすれば、朗報とも言える言葉であった。きっと少女──精香がその言葉を聞いていれば小躍(こおど)りをして喜んだであろう。

 

 

 そんな彼であるか、何故彼女の個性を覚えていたのだろうか。

 それは、惰性(だせい)ながらもヒーローになりたいと思っていた彼は、個性の研究の一環としてクラスメイト全員の名前と個性を覚えていたからだ。

 

 実に勤勉なことである。

 

 

 しかしながら、そこに顔や性格などの情報は加えられていなかったのだ。

 ぶつかった(おり)に飛び出た教科書類から名前は直ぐに判明したが、彼女に関する情報は名前と暗記していた個性ぐらいであった。

 

 

 まだ四月で良かったと少女は喜ぶべきだろう。

 

 

 何はともあれ、出久は少女の顔を確認することにした。

 

 

(……髪は色が抜けていて黄色とか白とかに近い。これは個性の影響かな?顔は童顔に近い感じはするけど、ちょっと釣り眼っぽい?目を閉じてるから分からないけど)

 

 

 出久はじっと少女の顔を覚えようとする。

 

 辺りを見てみると保健医の姿はなく、彼一人が少女を見ていることになる。どうして彼は保健室に残って少女の姿を見ているのか。

 

 それは、自身の不手際で気絶させてしまったため、責任を感じて残っていたためである。保健医は少し席を外しているだけだ。

 そして、彼女の顔を覚えようとしているのはすることがなくなり手持ち無沙汰になったからだ。

 

 

 今の時間を見ると、彼女が気絶をしてから一時間ほど経っている。それは手持ち無沙汰になる訳だ。

 

 

 ともあれ、彼は少女の顔と名前を一致させようとした。彼が少女の顔を覚えた後にイジメを黙認すれば、出久からの評価は下落することになっていただろう。前世の記憶を思い出せていなければ、不味い状況になっていたに違いない。

 悪運だけは強い少女である。

 

 

 

「それにしても何で酒見さん、教室の前でしゃがみ込んでいたんだろう」

 

 

 出久の頭に思い浮かぶのはそのような疑問。精香が何故あのような所でしゃがみ込んでいたのかである。

 何か落とし物を拾っていた様子もなし。ならばどういう理由だろうか。

 

 そこまで考えると出久の頭には一つの推測が浮かんだ。

 

 

(何か忘れ物をして教室まで戻ったところで、かっちゃん達と僕とのやり取りを見つけた、とか?)

 

 

 未来のトップヒーローというだけあって、流石の洞察力である。完全に正しい推測であった。

 あのやり取りの中で教室に入るのは勇気のいることだろう。勝手な想像であるが、出久は少しだけ共感を覚えた。

 

 

 

 と、出久はそのようにして彼女が目を覚ますまで時間を潰していた。

 そしてついにその時は訪れた。保健医が戻ってくる前にその兆候が現れたのだ。少女の目がピクリと動いたのが見えた。

 

 

 

 彼は精香の目が開いていくのを見ると、彼女に声を掛けることにした。

 

 

「……さ、酒見さん。頭は大丈夫そう?いま、保健の先生席を外してるんだけど」

 

 

 出久は寝惚け(まなこ)の少女に対して状況の説明をしようと試みる。一時間ちょっと待っていたのだ。何を伝えるべきかなどとっくに整理を終えていた。

 今ならオールマイトが相手であっても、しどろもどろにならずに会話が出来るだろう。彼はそんな自信さえ持っていた。

 

 

 そんな出久に対して精香の様子はどうだろうか。見ると、死んだような目をしていた。

 『起きたら出久に媚び諂おう!』そのように念じていたものの、目が覚めて最初に顔を合わすとは思っていなかったのである。

 

 寝起きの眠気など一瞬で吹き飛び、急速に瞳からハイライトが失われていく。

 

 

 精香は無駄に洗練(せんれん)された出久の説明を聞き、今の状況を朧げながら把握した。

 

 

 

 出久が教室から出ようとした所で精香の足に躓いて転び、二人の頭がぶつかる。石頭具合では出久の方に分があり、精香は気絶してしまう。

 出久は精香を何とか保健室まで運び込むと、一言謝りたいからとそのまま保健室に残留したと。

 

 

 有り難いのかそうでないのか。精香には直ぐに判断しかねた。もう少し心の準備期間が欲しかったのが本音である。

 

 

 しかし、嬉しい情報もある。それは出久が精香に対して強い恨みを持っていなかったことである。

 出久は心が広かったのだ。少女とは大違いである。彼の眼前でなければ、精香は出久の居る方角に向かって拝み倒していたことだろう。

 

 

 まだ取り返しが付く。これは彼女にとって良い報せであった。少女はホッと一息を吐くと、彼に対して確認作業をすることにした。

 

 

 それは、夢での出来事が本当に現実であるかの確認作業だ。

 

 余りに現実感のある記憶であったが、彼女が打ったのは頭ということもあり、妄想の線はまだ色濃く残る。

 少女はひとまず口を開くことにした。

 

 

「……ねえ、緑谷くんってヒーロー志望なの?」

 

 

 精香としては、無個性がヒーローになるというのは想像すらしたことがなかった。普通はそのようなことは有り得ない。

 しかし、夢の記憶が間違っていなければ、彼は雄英高校のヒーロー科に入学するという。

 

 

 入試の季節はまだ先であるので合否による確認は出来ないが、彼がヒーロー志望であればある程度、前世の記憶は正しかったことになる。

 

 

 少女はそのような意図を持って出久に問い掛ける。出久の表情を見ると、図星といった表情だった。

 

 

「え、なんで……それを知って」

 

 

 出久としては寝耳に水だ。

 気絶から目を覚ました直後にする質問ではない。そして何より出久を驚かせたのは、彼の核心を突く質問であったからだ。彼はギョッとした表情を浮かべる。

 

 そして、そんな彼の反応は精香の予想通りのものだった。それはすなわち彼女の前世の記憶がある程度正しかったことを意味した。

 

 緑谷出久は無個性でもヒーローになるつもりだし、原作においては本当になっていた。

 

 

──(もつと)も、本来の流れとしてはNo.1ヒーローから個性を譲渡、突如として湧いた個性によってヒーローになるのだが、この時点では誰も知る由もない情報であった。

 

 

 だからこそ、精香の朧気な原作知識による発言は通る。苦難はあれど、出久が無個性のままヒーローになることを信じ切っていた。個性が突然生えるなど普通に考えもしなかった。

 

 

 

「……えっと、その。む、無個性でも、ヒーローになれると思うかな」

 

 

 しかし、そんな事情を知らない出久は精香にそのような質問をした。

 彼は躊躇(ためらい)を含んだ表情をしており、その中には、怯えと諦観とそして一縷の希望が入り混じっていた。

 

 原作では、飛び立つオールマイトに摑まり空を駆けてまで悩んだ切実な問題である。

 

 

 それに対して少女の返答は決まっていた。

 

 

「なれるでしょ。別に無個性初のプロヒーローになれば良いんじゃないの?」

「──ッ」

 

 

 出久は彼女の即答に驚きを見せた。

 少女としては、伝え聞くヒロアカ知識からプロヒーローになるものだと事前に知っていたため、そう答えただけだ。

 

 そこに出久への信頼はない。

 

 

 

 事前情報がなければ絶対に違う反応をしていただろう。

 どちらの情報も知るものが居れば、出久に『騙されるんじゃない!』と忠告を入れたに違いない。

 

 

 彼は聞き間違いじゃないかと、目を左右に搖らして狼狽(うろた)えていると、少女は追撃を入れるように言葉を繫げる。

 

 

「──あっ、でももうちょっと筋肉あった方が良いのかも?」

 

 

 

 例えば頭を使って戦うタイプのヒーローでも、多少の筋肉量は必要だろう。

 

 精香はそう考えて言葉を放つ。今のひょろひょろとした状態ではとてもじゃないが敵と戦えないように思う。

 

 

 彼が雄英高校の入試をどのようにして通過したのか気になるが、少なくともチラリと見た漫画の画像では、もう少し筋肉量があったように感じる。

 

 ということは、何らかの切掛(きつかけ)によって一念発起し身体を鍛えて雄英高校に入学したという流れだろう。

 

 

 そして雄英高校で様々なトラブルに見舞われながらも成長し、最高のヒーローになるということだ。ならば、今の時点では頼りない感じでも将来的には立派になるのだろう、と。

 

 とても少年漫画っぽいと、少女は自分の考えを褒め称える。

 流れ自体は何も間違っていない。唯一間違いがあるとすれば、彼が個性を貰い受けることを知らないだけだろう。

 

 

 そんな訳で彼女は右のような発言をしたのだが、その言葉を聞いて出久はまたしても感動していた。

 

 

 現実的に何が足りていないのか指摘をしてくれている。それはすなわち、適当にヒーローになれると思うと発言をしたのではなく、真摯(しんし)に考えてくれているのだと捉えたからだ。

 

 

 間違ってはいない。間違ってはいないのだけれど、少女の考えを知っていれば何とも釈然としない話だった。

 

 

「まあ、緑谷くんなら無個性でもヒーローに──って緑谷くん!?何で泣いて……。え、アレ私なんか地雷踏んじゃった?ザマァされちゃう?」

 

 

 それでも、彼女の言葉に出久は救われたと感じてしまったのである。この変化が今後の展開にどのような違いを生み出すのかはまだ誰にも分からない。

 

 





緑谷出久
 少女に絆されてしまった憐れな被害者。
 無個性でもヒーローになるという意思を固めたため、原作のようにオールマイトに摑まって空の旅に出ることはない。そのためオールマイトはヘドロのペットボトルを落とすことがなく、結果としてヘドロ事件は発生しないことになる(大胆な原作ブレイク)。

 OFAを受け継ぐ機会が得られなくなるので、原作がめちゃめちゃになる。


酒見精香
 個性酒精(エタノール)(仮)の少女。今のところ個性が死に設定になっている。痛いことが嫌いで性格も善良とは言えない。追い詰められると保身に走るタイプ。
 この世界が創作世界であることに気付いたが、余りにも断片的な知識に変な勘違いをする。悲しき勉強マシーンだった頃の記憶を思い出したため学力が上がり、雄英の普通科に行こうかと迷っている。

 画力を上げて『サザ◯さん』をこの世に顕現させようと目論んでいる。


アシドン
 ピンク色の肌をした雄英高校での主人公のクラスメイト。アシッド(酸)を使うためアシドンという名前らしい。少女はアシドンが本名だと思っている。


緑谷くん成分が枯渇したときに続きを書きます。

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