しかしながらその結末は、大きな史実との差異を生じさせます。
その結末は……必ずしも不幸とはいえないものでした。
それからしばらく。何十年もして。
ある軍病院で、ずっと眠っていた患者が目を覚ましていた。
とっくに老人になっているその患者は、奇跡的に目を覚ましたと言っても良い。なにしろ、階段から落ちて後頭部を強打、更に顔面から床に落ちたのだから。運ばれて来たときには、死ぬまで植物状態だろうと言われていた。
看護師の間では、どうやら将軍閣下だったらしいという話が流れていたが。どうも訳ありだということで。
ただ看護だけがなされた。
時代が変わって、今は穏やかそのものの世界である。軍縮が進んで、マンパワーが戻った社会も円滑に動くようになっていた。
ずっと眠っている老人が、昔は閣下だったことなど、看護師達にはどうでもいいし。それには何の意味もない。
若くして閣下になったらしいが、それには黒い噂がついて回っていたし。
それに、この年齢、この体の状態では、軍役復帰など無意味。
見舞いに来る人間もおらず。
完全に世間から見放されたのが、明らかだった。
そんな患者は、目を覚ましてからまず鏡を見せられ。
そして、完全に骨と皮だけになり、年老いた自分を見て絶叫していた。
「て、帝国領侵攻作戦はどうなった! 私の作戦が実行されれば、史上最高の快挙になるのだ!」
「はあ、同盟と帝国では既に不可侵条約が結ばれて、今は平和な時代が到来していますが」
「な……」
帝国領侵攻作戦とは何だと聞かれて、老人。
フォーク「元」准将は絶句。
くわしく後の話を聞きたがったが、看護師は暇ではない。ましてや、こういう病院では特にだ。
まともに動けない体になっているフォークは金切り声を上げたが、ベッドから下りる事もできなかった。
当たり前だ。
何十年もベッドで何もしていなかったのだから。医療ロボットによって床ずれなどは防ぐようにされていたが、それだけ。
呆れた話で、家族も一切見舞いには来なかった。
だから、将軍閣下だったというのは大嘘だったのではないか。そう看護師は噂していたし。
フォークも、しばらくは事実が受け入れられないようだった。
やがて医師が来て、診察を始める。
フォークは、完全に茫然自失としていたが。
やがて、狂騒的に叫んだ。
「や、ヤン=ウェンリーはどうした!」
「ああ、英雄ヤン=ウェンリー元帥ですか。 帝国との総力戦を引き分けに終わらせて、歴史的な和平を実現した後、孫達に囲まれて大往生したと聞いていますよ。 帝国もラインハルト帝の下で改革が進んで、今では貴族制度も解体され、農奴も解放され、立憲君主制になって過ごしやすくなっているとか」
「奴が元帥だと!?」
「奴とは穏やかではないですね。 あの方は同盟の誇りです。 誰もが敬愛して止まない歴史上の偉人ですよ。 そのような言葉は、大声で言わない方が良いでしょうね」
医師が明らかに不機嫌になったのを理解したのか。
既にもう満足に体が動かないことを理解したフォークは、ひっと小さく声を漏らして。以降明らかに同情が消えて事務的になった医師の前で、哀れに萎縮するしかなかった。
やがて、車いすで外に出して貰う。
文字通り、もう何もできない。
それが分かっているからの処置だった。
フォークは震える手で貰った情報端末を操作し、あの後何が起きたかを一つずつ見ていく。帝国領侵攻作戦は、大規模侵攻にはならず。無謀に突撃してきた大貴族達の艦隊を鎧柚一触に粉砕した後、さっさと逃亡。
同盟は「歴史的大勝利」をおさめた一方、経済的に大打撃を受け、しばらくは戦争どころではなくなった。
帝国はというと、その直後に皇帝が死去。
跡継ぎの男子がいないこともあり血みどろの内部闘争が予想されたが。しかしながらその外戚たるブラウンシュバイクとリッテンハイムがともに死んでいたこともある。内乱は一切発生せず、ごく自然に公爵になっていたローエングラム「公」が実権を掌握。幼い皇帝を傀儡とし、辣腕を振るって改革を実施。
貴族を大粛正して富の不公正を是正し、農奴を解放し、更には憲法まで作って国を生まれ変わらせた。
そして二年後に皇帝に即位したが、それを歓迎しないものは帝国にいなかったという。
同盟はその後トリューニヒトが議長になったものの、何故か翌年には事故死。この事故死の経緯はよく分かっていない。
ともかく事故死した事もあり、その後をジョアン=レベロ議員が引き継ぎ。帝国への平和攻勢を開始。以降粘り強く、しつこく攻勢を仕掛けてくる皇帝ラインハルトとの交渉を続けた。
ラインハルトは同盟に何度も侵攻作戦を立てた。だが同盟は総司令官ビュコック元帥と、参謀長ヤンの手腕によってその悉くを防いだ。
そして六度目の総力戦でついに腹心キルヒアイスの諌言を受けて、ラインハルトは同盟領への侵攻を断念。
その時には四十になっていた皇帝ラインハルトも、既に子がいて思うところがあったのだろう。
歴史的な会合で、ヤンと握手する姿が写真に納められている。
それらを見て、フォークは震えるしかなかった。
馬鹿な。
歴史の全ては、私の手に収まるはずだったのだ。
あの作戦さえ実行していれば、こんな事にはならなかった。
全てヤンが。
あいつが悪いんだ。
そう考えたフォークは、絶叫して、暴れようとしたが。老いた体は、それすら許してくれなかった。
看護師が、あわてて医師を呼びに行く。
すぐに救命処置を始めたが。奇跡的に蘇った何十年も前に将軍閣下だった人物は、ついにもう目を覚ますことがなかった。
極度の昂奮による心臓発作。
それが死因だった。
下手をすると同盟を滅ぼす最大要因にもなりかねなかった人物であるなど、既に誰も病院で知っている者はおらず。
その言動は、ただの可哀想な拗らせ老人。
そう皆が思っていたから。
僅かに目を覚ますことが出来ただけでも幸せだっただろう。
そう、皆が噂した。
そして、ささやかな葬儀が行われた。
一応遺族を調べて声を掛けたが、来た者は誰もおらず。仕方が無いと言う事で、病院内で静かに葬儀が行われた。
最後に錯乱した患者も、すぐに火葬され。
きちんと墓に葬られた。
墓標にはこう書かれた。
不幸な事故によって、ずっと眠り続けた将軍閣下。
奇跡的に目を覚ました後、病魔に倒れる。
その言葉だけを見ると、ただ可哀想なだけの人物にも思えて。
誰も目もくれなかった墓標だが。
それでも、少なくとも怒りを向ける者はいないのだった。
(終)
フォーク准将のいきなりの脱落による、自由惑星同盟瓦解を回避した先の歴史は、そうならなかった場合と大きく変わっていました。
それが良いものか悪いものかはまた見る人次第だと思われます。
ともかく、一つの時代が、こうして終わったのです。