イコール・ドラゴン・ウェポン───千年前のシュレイド王国で生まれた存在。禁忌の研究の果てに誕生し、ミラボレアスの襲来と共に永い眠りについた兵器がいた。

その兵器の名はオメガ。イコール・ドラゴン・ウェポン計画最終段階『Ω計画』の被験者である。


オメガを千年の眠りから目覚めさせたのはシュレイド城におけるミラボレアスと新大陸調査団の青い星との激突。

これは現代に目覚めたイコール・ドラゴン・ウェポン オメガの織りなす物語。

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久々にモンハンやって熱が入ったので見切り発車。
ノリと勢いと聞きかじった情報(独自解釈(笑))で発進!
ファンタジー要素増し増しでお送りいたします。


竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)現代に目覚める

 

 

ハンターズギルド上層部は頭を抱えていた。

 

焚書された存在の古龍アルバトリオンの調査報告書を新大陸調査団が持ってきた事然り。

おとぎ話の存在であったミラボレアスが現れる兆候が発見されたかと思えば、それが討伐された事然り。

 

 

──否。否、否。

それらは喜ばしい事だ。国のお偉い方との折衝は必要になるが、今後の世界のためになる事だ。

 

しかし、これはどうだ。これの出現は、今後の世界の福音になるのか、あるいは破滅の喇叭となるのか。

すでにアレを捕えるためにギルドナイト6名が犠牲になっている。貴重な戦力を削がれたとなればため息も出ようというもの。

 

 

報告書に再び目を通す。信じがたい事実がそこには羅列されていた。

 

 

ヒトの形を保ちながら任意で身体形状を変化させる点、対象の発言と歴史的遺物の整合性。etc…etc……以上の事柄から、対象は本人の名乗った通り竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)であると認めざるを得ない。

 

 

イコール・ドラゴン・ウェポン───、文献曰く竜の死体を継ぎ接ぎしてつくられた生体兵器。今からおよそ千年前に栄華を誇ったシュレイド王国によって発明、開発されたもの。

そしてシュレイド王国の滅亡と共に放棄され忘却の彼方に消えたはずの、歴史の汚点。

 

 

かつてはどうだったか知らないが、少なくとも現代倫理において竜の死体を継ぎ接ぎして兵器を生み出すなど冒涜的にもほどがあり、もしどこかの誰かがそんな事をしていたら各国やハンターズギルドからの批判と懲罰は免れ得ないものだ。

 

ましてそれがヒトに竜の因子を組み込んだ存在など、露見すれば世界が荒れる。

 

 

迷い悩んだ末、ハンターズギルドが下した結論は逃げだった。

 

対象 : 竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)オメガを新大陸調査団の一員として新大陸へ送る。

 

 

 

臭いものには蓋をせよ。ハンターズギルドの選択は件のイコール・ドラゴン・ウェポンの存在を秘匿する事にした。始末するという案も出たがドンドルマを治める重役の猛反対に遭って破棄。しかしギルドナイトを相手取って優勢なほどの猛者を遊ばせておくのももったいなく、であるなら各国の目の届かない新大陸調査団に預けてしまおうという結論に至った。

 

 

 

そうして竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)計画最終段階『Ω計画』の被験者にして成功例たるオメガは新大陸に渡る事になった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「──青い星……」

 

 

呟きは断末魔にかき消される。

国と新大陸調査団の力を合わせた黒龍ミラボレアス討伐戦の最終幕。

 

ひとりのハンターがミラボレアスのブレスを回避してその首筋に剣を突き刺した。

尾を引く燐光は彗星のように、そのハンターを青い星の如く飾り立てる。

 

ミラボレアスを討伐した一同は揃って雄叫びをあげる。

 

 

その様子を遠くから観察していた存在は、2人────。

 

 

ひとりは竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)計画最終段階『Ω計画』の被験者にして成功例たるオメガ。

もうひとりは竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)計画最終段階『Ω計画』の被験者にして失敗作たるアルファ。

 

 

共にシュレイド城で戦う青い星とミラボレアス、その激突に共鳴して千年の古より現代に覚醒したものたちである。

 

 

とは言っても2人は仲良く観戦していたわけではなく、アルファはオメガに己の存在を悟られぬようさらに遠くから戦いの様子を見守っていた。

 

 

黒龍討伐の興奮も冷めやらぬ間に、観戦していた2人は夜の森に姿を消す。

胸に湧いた感情──その名前すら知らないままに。

 

 

 

☆★

 

 

 

殺す。喰らう。殺す。喰らう。殺す。喰らう。殺す、喰らう。殺す、喰らう。殺す、喰らう。殺す喰らう。殺す喰らう。殺す喰らう。殺す喰らう。殺す喰らう殺す喰らう殺す喰らう殺す喰らう。

 

繰り返し、繰り返し、繰り返す。繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 

 

 

そうして、どれだけの時が経っただろうか。2人の男が現れた。

 

 

「なんだ、コイツは……!? 人…なのか?」

 

 

「またぞろ密猟者かと思っていたが……どうやら違うらしい」

 

 

2人の男はハンターズギルドに派遣されたギルドナイトであった。2人への密命は各地で異常な死に方をしているモンスターの調査及び問題の解決。

モンスターに特殊な個体が現れたか、古龍によって生存圏を脅かされたモンスターの異常行動によるものか、あるいはハンターズギルドを仲介しない密猟者による狩りが横行しているのか。

そのあたりだと目をつけて調査に乗り出したギルドナイト2人は、下手人を発見した。

 

モンスターを捕食する、ほとんど裸の男。返り血を浴びたのか全身は真っ赤に染まっており、一房、血を浴びていない銀髪が陽光を反射した。

 

 

「正気には見えんな。……武器や防具もない、生け捕りにして話はそれからだ」

 

 

「了解。対象の捕獲に移る」

 

 

そうしてギルドナイトの2人は裸の男──目覚めたイコール・ドラゴン・ウェポン オメガに襲いかかった。

 

 

「会敵、ヒト種。敵意を確認。当機の損耗率7%、余剰リソース32%。迎撃を開始する」

 

 

 

ギルドナイトとは、表向きはギルド専属のハンターだが、その実態は対ハンター用のハンターである。もちろん表向きの仕事をする事も多々あるが、ギルドを介さず勝手に狩りを行う密猟者などを粛清する暗殺者だ。

その実力は一般のハンターからは飛び抜けており、また指揮能力やリーダーシップも求められるため数も少ない。

 

 

 

戦闘開始────30分後、地に伏していたのはギルドナイトの2人だった。銃撃と剣撃によりすでに息絶えている。

 

 

「損耗率48%、余剰リソース12%。迎撃完了。………機能復旧作業へ移行する」

 

 

そんな実力者たちではあったが、イコール・ドラゴン・ウェポンを相手にしては分が悪かった。相手が丸腰だと油断していた事もある。しかしやはり想定外だったのはオメガの強さだった。繁栄を極めた王国の叡智の結晶が相手となれば然もあらん事だ。

 

 

オメガは2人の死体を打ち捨てたまま、元の作業に戻った。

現世に覚醒したオメガであったが、およそ千年眠っていたためかひどく体力を消耗しており、それを補給する必要があった。

イコール・ドラゴン・ウェポン最終型であるオメガには捕食機能が実装されている。経口接種した対象の身体的情報を取り込み再現する事に加え、余剰リソースとして体内に溜め込む事で、非常時にはそのエネルギーを放出して体内に記録されたモンスターの機能を再現できる。また捕食により身体的損耗を回復させる事も可能だ。

 

復活したオメガはそのためにモンスターを殺しては捕食していた。ギルドに目をつけられるのも当然であり、現にギルドナイトが派遣された。

返り討ちにしたオメガであったが、ギルドナイトを殺すほどの猛者にハンターズギルドも本腰を入れて対応を行う事となる。

 

 

 

 

それから数日後、オメガは古龍と対峙していた。鋼龍クシャルダオラ。暴風を纏う漆黒の古龍だ。

 

 

「損耗率5%、余剰リソース77%。対象、鋼龍。狩りを実行する」

 

 

オメガはまず左手をガトリングガンに変形させる。

 

オメガ──イコール・ドラゴン・ウェポン最終型である彼は基本兵装として両手を武器に変形させる事が可能だった。剣、盾、槍、槌…銃火器もそのひとつだ。

 

オメガはそれをクシャルダオラに向かって乱発したが、クシャルダオラの纏う暴風に阻まれてダメージは与えられない。

 

 

「遠距離武器は無効か。大砲ならばいけるか?…しかし」

 

 

迷いは一瞬。クシャルダオラの纏う暴風を貫通できる可能性がある大砲を顕現させようかと考えるが、すぐにその思考を切り捨てる。

相手は現代において生態を把握しきれていない古龍種に分類される強敵。余剰リソースを無駄撃ちする可能性がある限りはやめておくべきだという判断だった。

 

 

オメガは両腕を鋭利な刃物に変形させる。次いで、

 

 

「火竜翼、展開」

 

 

余剰リソースを使って自らに組み込まれたリオレウスの因子を解放した。オメガの背中から翼が突き出した。そこに更に全身にリオレウスの鱗を現出させて鎧とする。

 

クシャルダオラが吼えた。戦闘が始まる。

 

 

 

オメガとクシャルダオラの戦いは空中戦の様相を呈した。暴風を纏う鉄壁のクシャルダオラと言えど直に剣撃を叩き込めばダメージは避けられず、しかし風を操ってオメガに手傷を負わせていく。

 

クシャルダオラがやがて息切れする。いつの間にかその身に纏っていた暴風も消え失せ、今なら銃火器も通るだろう。

ほとんど互角の勝負を繰り広げていたオメガは一息に決めてしまうべきか、と腕を大砲に変形させるかそのまま剣で戦うかと思考したその刹那。

 

クシャルダオラの翼がはためいて、吹き荒ぶ風にオメガは体勢を崩してしまう。

 

 

「むっ───しまっ」

 

 

クシャルダオラの口腔に圧縮された風がチラつく。着弾点に嵐を巻き起こす颶風の弾丸だ。あれを受ければ致命傷は避けられない。しかしこの体勢から回避する手段は今のオメガにはなく────

 

 

それが放たれる瞬間、彼方から発射された徹甲弾がクシャルダオラの顔面を穿った。口内に圧縮されていた颶風が暴発してクシャルダオラは地面に叩きつけられる。

 

 

「好機…!」

 

 

素早く体勢を立て直したオメガはクシャルダオラに剣での連撃を叩き込み、それがトドメとなり戦闘は終わる。

 

 

いつもならこのまま捕食するのだが、自分を助けてくれた存在がいる事を知り、徹甲弾が飛んできた方向を見やった。

 

500メートルほど先の樹木を足場に、腕を狙撃銃に変えた男が立っていた。己と同じ銀髪、変形した腕。

もしや、と思ったオメガは彼に向かって走り出すが、目標地点にオメガが到着した頃には手助けしてくれた男は立ち去った後だった。

 

オメガは知る由もない事だが、彼の名はアルファ。青い星とミラボレアスの激突に共鳴して目覚めたオメガと同時期に覚醒した、イコール・ドラゴン・ウェポン計画最終段階『Ω計画』の最初の被験者であった男。オメガの兄である。

 

 

 

☆★

 

 

モンスターを殺して捕食する。繰り返す。

 

そうしてオメガは強くなっていく。傷を癒やしリソースを蓄える。

イコール・ドラゴン・ウェポン最終型であるオメガは古代の叡智の結晶だ。最初期のイコール・ドラゴン・ウェポンは竜の死体を継ぎ接ぎした不細工な出来だったが、研究を経る毎に洗練されていき、やがては人に竜の因子を組み込む事に成功した。それに加え、この『Ω計画』の被験者は捕食したモンスターの身体機能を自己の肉体に顕現させる事が可能だ。しかもオメガには限界がない。際限なくモンスターの因子を取り込み、その機能をほぼノータイムで再現できる。

 

しかし目覚めたばかりのオメガにはその機能を発揮するだけのリソースがなく、そのため狩りに貪欲であった。

 

 

故にギルドナイトの派遣は当然だった。

 

 

クシャルダオラとの激闘の傷が癒えてしばらく経った頃、再びオメガの前にギルドナイトが現れた。しかも今度は総数10人。

 

 

「損耗率2%、余剰リソース83%。敵意を確認、迎撃を開始する」

 

 

敗北は必然だった。

 

 

しかしギルドナイト4人を殺害し、その脅威度を充分に見せつけて───、オメガはハンターズギルドに連行された。

 

 

 

オメガが目覚めてより初めて、理性的な会話ができる相手。それがハンターズギルドの調査員であった。理知的な会話は存外にオメガを楽しませ、オメガは自身の来歴や知っている事について全てを吐き出した。

 

 

取り調べや身体調査に付き合う事1ヶ月。オメガは新大陸と呼ばれる場所に派遣される事となった。ていの良い厄介払いであった。

 

 

 

☆★

 

 

長い船旅の後、オメガは新大陸に足を踏み入れた。

総司令や大団長と呼ばれる男たちと話をした翌日、オメガは狩りに出る事になる。

 

調査拠点アステラをぶらついていたハンターに、オメガを伴った大団長が話しかけた。

 

 

「おーいミリオ!お前さん、今日はひとりで狩りの予定だったよな?こいつを連れてってやってくれねえか!」

 

 

ラージャンとも揶揄われるその巨体、その大きな掌でばしんと背中を叩いてオメガをミリオと呼ばれたハンターの前に差し出す。

 

 

「え、大団長?…別にいいっすけど。この人って…例の?」

 

 

「おう、現大陸から渡ってきた新米だ。……あんまり大きな声で話すんじゃないぞ?」

 

 

デカい声なのはアンタだ、と言いたげなミリオだったが大団長の口ぶりからオメガが噂に聞くイコール・ドラゴン・ウェポンである事を確信したようだった。

 

 

「青い星は今セリエナだしな。お前が適任だろう。それじゃあ頼んだぞ《女王殺し》!」

 

 

後押しする大団長にミリオは「わかりましたよ」と了解して、オメガの身柄はミリオに預けられる事となった。

 

 

豪快な男がその場を去り、オメガとミリオの間に沈黙が生じた。気まずく思ったのか、ミリオは上階を指して言った。

 

 

「とりあえずメシ食う?」

 

 

 

オメガのリソースはモンスターを捕食する事が最も効率の良い回復方法だが、普通の食物であっても得られるものだ。なによりモンスターより遙かに美味な調理された食物は自己感の薄いオメガの数少ない趣味になりそうだった。

 

 

「よし、じゃあ腹も膨れたし……一狩り行くか」

 

 

「ああ、同行する。狩猟対象は?」

 

 

ミリオは短く「リオレウスだ」と言った。オメガは脳内で情報を照合する。リオレウス──古のシュレイド風に表すと火竜だ。かの竜とは現大陸で幾度も戦い、捕食してきた。

 

 

「了解した。では行こう」

 

 

 

 

リオレウスの狩りは順調に進んだ。

金と銀の双剣を操るミリオは思った以上に手練れで、オメガを導くように狩りを進めていく。

 

 

「そういや、名前聞いてなかったな。俺はヴァーミリオン。みんなからはミリオって呼ばれてる。お前は?」

 

 

「オメガだ」

 

 

「かっけえ名前だな、俺には劣るが。……オメガ、おそらくリオレウスは寝ている。そこを捕獲するつもりだが、異論あるか?」

 

 

ハンターズギルドにより定められた“狩猟”とは対象を“討伐”するか“捕獲”するかを目的としている。判断は現場のハンターに任せられているらしくミリオは今回リオレウスを捕獲するつもりのようだった。

 

 

「異論はない。しかし専用のアイテムが必要だと聞き及んでいる。当機にはリオレウスを捕獲する機能はない」

 

 

「大丈夫、俺が落とし穴と捕獲玉を持ってる」

 

 

どうやらミリオは事前からリオレウスを捕獲するつもりだったらしく、準備を整えていた。ならばオメガは尚更異論なく、その後リオレウスは無事に捕獲された。

 

 

 

「……ふう、クエスト完了だな。しっかしオメガ…武器や防具を持ってないかと思ったら、まさか手が変形するとは。なんか翼とかも生やしてたし。イコール・ドラゴン・ウェポンって話は本当だったみたいだな」

 

 

オメガの存在は新大陸調査団の間では公然の秘密となっている。どこにでも口の軽い者はおり、現大陸で暴れ回った経緯から警戒の意味合いもあるようだった。

 

 

「食事中に当機のスペックについては開示したはず。……信じられないのも無理はないが、背中を預ける相手として不足だったか?」

 

 

「いいや。俺の相方は少し前の狩りで負傷したきりだし、ひとりの狩りはつまらんからな。話し相手がいて楽しいし頼もしいよ」

 

 

 

捕獲したリオレウスを調査団に引き渡す間、オメガとミリオは語らっていた。そんな中、陽の光を遮る影が上空を走った。

 

途端にミリオは臨戦体制に移る。倣ってオメガも盾とブレードを両手に顕現させた。

 

直後、巨体が降ってくる。それをオメガは盾で防ぎミリオは回避した。

 

 

襲撃者の正体を確認する。全身を棘で覆い額からはねじれた角が2本。雄々しい翼を兼ね備えたそれは───

 

 

「──ネルギガンテ!くそったれ、マジかよ!?」

 

 

滅尽龍の二つ名で呼ばれる古龍だ。悪態をついたミリオだったが、素早く閃光弾を打つとネルギガンテの目を眩ませる。

 

 

「撤退だ、逃げるぞオメガ…っておい!」

 

 

ミリオが言い切るより早くオメガはネルギガンテに切りかかっていた。両手をブレードに変化させて滅多斬りにする。しかしこれだけでネルギガンテが沈黙するはずもなく、滅尽龍は咆哮すると太い腕を振るってオメガに襲いかかった。

 

バックステップを踏んでミリオの元まで退いたオメガはネルギガンテから視線を離さずに言う。

 

 

「当機の損耗率16%、余剰リソース72%。戦闘続行可能だ」

 

 

それだけ言い切って、オメガは再びネルギガンテに踊りかかる。

一度は撤退を選択したミリオだったが、同行者がこうも聞かん坊では是非もなし。

 

「ああ、もうっ!この馬鹿!」

 

 

そう言いつつもミリオは双剣を抜いた。

 

 

 

ネルギガンテとの戦闘は熾烈を極めた。

 

 

強靭な四肢、いくら断っても生えてくる棘。当たれば一突きで絶命に至る太い角。すべてが脅威だ。

しかしオメガは現大陸において様々なモンスターを捕食し、多種多様な機能を得ている。加えて数多のモンスターと戦った経験値もすでに平均的なハンターをゆうに超えている。

 

 

「はああっ!」

 

 

大剣に変化した右腕をネルギガンテの横っ腹に叩きつける。いい所に入ったのかネルギガンテはダウンする。

 

 

「チャ〜ンス!」

 

 

この好機にミリオも口角を上げてネルギガンテに突っ込む。双剣の乱舞がネルギガンテの顔面に刻み込まれた。オメガは翼を広げて空高く飛ぶと腕にランスを顕現、落下の勢いでネルギガンテの腹に風穴を開けんと構える。

 

 

しかし、オメガのランスがヒットする前にネルギガンテはダウンから復帰した。このまま突撃すべきか回避に移るべきか、一瞬の逡巡がオメガに生じた。そんな迷いを見てとったのかネルギガンテは棘がびっしり生えた翼で空中のオメガを打ち据えた。

 

 

「オメガ!」

 

 

ミリオの声が聞こえた。視界が明滅する。意識が暗転しかけた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

背中を地面に強かに打ちつけて、まだ意識がはっきりしない。吹き飛ばされて地面に転がっているのだけがわかる。

横になった視界ではミリオが懸命にネルギガンテを引き付けている様子が見えた。

ミリオはネルギガンテの頭部に取り付くとスリンガー弾を全弾発射、ネルギガンテは岩壁に頭から突っ込んで再びダウンした。

その隙にミリオは何やら粉塵を撒いた。オメガは少し楽になる。横目でオメガを見ていたミリオは更に粉煙を巻いてオメガの体力を回復させてやった。

 

全身に力が戻ってくる。足腰に力が戻り、オメガなんとか立ち上がったのとネルギガンテが立ち上がったのは同時だった。

 

ミリオはオメガの元に走って来て「大丈夫か?」と尋ねた。

 

 

「当機の損耗率は75%、余剰リソースは──」

 

 

「そういうのいいから!まだ戦えるのかって聞いてんの!」

 

 

ミリオの勢いに鼻白む思いをする。視線の先でネルギガンテが吼えた。見れば全身血だらけで満身創痍なのがわかった。

 

 

「当機はまだ、戦える」

 

 

であるなら、この狩りに最後まで付き合わせてもらうしかない。

 

 

「ならヨシ。クライマックスだぜ…オメガ。気合い入れてけよ!」

 

 

「了解だミリオ。当機の全てをあの龍に叩き込む」

 

 

戦闘再開。

巨大な腕を躱し、飛来する棘を避け、着実にダメージを与えていく。それを続けていくとネルギガンテが怯んで隙を見せる。

 

 

「任せろ!」

 

 

ミリオはそう言うと再びネルギガンテの頭部に取り付くとスリンガー弾をゼロ距離発射し、ネルギガンテは再度岩壁に頭から突っ込んだ。棘の巨体がダウンする。

 

 

「やれ!オメガ!」

 

 

「了解、今度こそ貫く」

 

 

オメガは背中のリオレウスの翼を羽ばたかせると上昇して腕をランスに変化させる。落下の勢いでその土手っ腹に風穴を開ける。

しかしやはりネルギガンテの復帰が一瞬早く、先ほどのシーンがやり直されるかと思われたが。

 

 

「それはもう覚えた」

 

 

オメガは翼を広げて滞空。迎撃に放たれていたネルギガンテの翼を見事に躱す。そうすると見えるのはガラ空きの横顔だ。

 

 

今度こそオメガのランスはネルギガンテにヒットした。ねじれた大角を根本から砕いてその頭蓋に致命傷を与える。ネルギガンテは絶命した。

 

 

 

「ふう〜〜〜っ。討伐完了…だな」

 

 

力が抜けたのかミリオはその場にどかっと座り込んだ。オメガは翼を仕舞い込むと動かなくなったネルギガンテを見つめた。

 

 

「ミリオ、剥ぎ取り…とやらはいいのか?」

 

 

「あー、いいや。オメガ、お前に俺の分もやる。捕食して体力回復するんだったろ?」

 

 

「そうだが……いいのか?これはミリオの権利だろう」

 

 

「別にいいさ。そいつの素材は欲しいわけでもないし。ならミリオに譲って強くなってもらったほうがお得だ」

 

 

ミリオはひらひらと手を振ってこれ以上の議論をするつもりがない事を示した。オメガは「感謝する」と言ってネルギガンテにかぶりつく──前にミリオはそのままの体勢で言った。

 

 

「その前にひとつ。オメガ…迷えば敗れるぞ。それだけ覚えとけ。…あ、あと緊急時には俺の判断に従うこと」

 

 

「それではふたつだが?」

 

 

「ふたつだ。このふたつを本日の教訓として……食ってヨシ」

 

 

ミリオからの扱いに眉をひそめつつ、オメガは今度こそネルギガンテの捕食を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

それを遠くから見る人影があった。

 

 

「今回は手助けはいらなかったようだな」

 

 

アルファである。現大陸で目覚めた彼もまた、オメガに先んじて単独で新大陸に来ていた。

 

 

「滅尽龍……あれをやれるほどに成長したか。それに調査団の連中と行動を共にしているようだし、これなら安心だな」

 

 

それだけ言うとアルファはオメガから視線を切った。アルファとオメガはイコール・ドラゴン・ウェポン『Ω計画』の被験者の先輩後輩の間柄であり、兄弟であったが今はまだ再会すべきではない。

 

アルファの歩みは止まらない。世界の根幹を揺るがし得る目的を達成するその時まで。

 

 

☆★

 

 

 

リオレウスとネルギガンテの狩猟から数ヶ月が経った。

 

オメガは変わらずミリオと行動を共にしており、新大陸での生活にも慣れて来た頃だ。今日はミリオの相方だという男が狩りに復帰できるほどに回復したという事でアステラで合流する事になっていた。

オメガを連れ立ったミリオは集会所へ入る。こちらを振り向く男がひとり、ミリオの姿を認めると笑顔で手を挙げた。

 

 

「おー、アル。もう大丈夫なんだよな?」

 

「ああ、悪いな…待たせた」

 

 

「いいのよ」とミリオは軽く言い返し、オメガを紹介した。

 

 

「こいつがオメガだ。話は聞いてんな?」

 

 

「イコール・ドラゴン・ウェポンの男だな。しかも相当強いとか」

 

 

「オメガだ、よろしく頼む」

 

 

「アルカード。よろしく」

 

 

2人は握手をした。ミリオはそれを見て満足そうに頷いた。

 

 

「アル──アルカードは狩猟笛使いでな。狩場では頼りになるやつだよ。ミラボレアス戦で負傷してたんだけど今日で復帰だ」

 

 

見るとアルカードは確かに背中にハンマーにも似た狩猟笛を担いでいた。黒曜のツヤめきと火色の輝きが美しい武器だ。

しかしオメガの興味を引いたのは後半の部分だった。

 

 

「ミラボレアスと戦ったのか?」

 

 

「ああ。ミリオからは聞いてなかったか? もう半年も前かな、現大陸のシュレイドって場所で戦って、今まで休んでたのはその時の負傷の影響」

 

 

アルカードの言葉にミリオを振り返る。ここ数ヶ月は一緒だったのにミラボレアスと戦ったなんてのは初耳だった。

 

 

「えー、だって聞かれなかったし。……聞きたかった?」

 

 

「当機はミラボレアスに多大な興味を持っている。知っている情報があれば教えてほしい」

 

 

「わかったわかった。……んじゃメシでも食いながら話すか」

 

 

そうしてオメガたちは食事を狩り前の摂りながら話をする事になった。

とは言ってもミリオやアルカードの知るミラボレアスの情報はあまり多くなかった。実際に戦い、狩ったと言えどもやり合ったのは一回きりであのブレスがどうだったとか威力がおかしいとか、見た目がどうとかという話だけ。

あとはおとぎ話の黒龍伝説を語り聞かせてくれただけだ。

 

 

「何いくつもり?」

 

 

食事を終えたところでアルカードが切り出す。何のモンスターを狩るかという相談だった。ミリオは特に悩みもせずに腕組みをして答えた。

 

 

「クシャとか?」

 

 

クシャルダオラはどうかとミリオは告げる。現大陸での記憶が甦りオメガは少し苦い顔になった。

相方の復帰戦相手に古龍を選ぶとはミリオも豪胆な者のようだ。

 

 

「復帰直後なんだけど?」

 

 

「はっはー。まあいけるだろ。オメガもいるしな」

 

 

「当機の損耗率は0%、余剰リソースは90%だ。鋼龍が相手でも遅れは取らないと考えるが……アルカードも万全でない事を考慮すればやめておいた方が無難だろう」

 

 

「仕方ねーな」とミリオはまったく気にした様子もなく引き下がり、ややあった後にブラキディオスを狩猟する事になった。

 

 

☆★

 

 

アルカードの復帰から1ヶ月が経過した。3人での狩りは順調に進み、ミリオもまた新たな機能をいくつか獲得していた。アルカードの狩猟笛使いとしての力量は素人のオメガから見ても大したもので、そのサポートで狩りも以前よりはるかに楽にこなせるようになっていた。

 

本日の狩猟対象であるディノバルドも誰ひとり欠けることなく終わり、3人で焚き火を囲んでこんがり肉を食べていた時、アルカードがおもむろに切り出した。

 

 

「そういえばさ、オメガのその一人称…当機っていうやつ、どうなんだ?」

 

 

「どう、とは?」

 

 

「いやさ、なんか打ち解けられてない気がする。ミリオは気にならなかった?」

 

 

ミリオはアルカードの話題に目をぱちくりさせつつも、あまり気にした様子もなくこんがり肉を食べながら答える。

 

 

「んー、あんまり。そういうのもありかなって」

 

 

「でもさ、オメガはイコール・ドラゴン・ウェポンだろ。機械だから一人称当機って……なんか嫌じゃない?」

 

 

「おー、なるほど。確かにそうかも」

 

 

話題の中心であるオメガを差し置いてアルカードとミリオは2人で盛り上がっている。ミリオは食べ終わった肉の骨を放ると、オメガに視線を向ける。

 

 

「オメガはどうなん?イコール・ドラゴン・ウェポン──人造のものであるという自覚から自分の事を当機なんて言ってる…その解釈は合ってる?」

 

 

ミリオからの問いにふと考える。オメガには記憶がない。千年前、ミラボレアスによって滅びたシュレイド王国の遺産である事は知っている。目覚めてより、“竜を斃す”という使命感と共にリソースを蓄えるためにモンスターを殺し回っていたが、それは憎悪やその類の感情に寄るものではなくオメガには自らの望みがなかった。

それは無意識のうちにオメガに自らを機械と思わせる要因になっていたのかもしれない。

 

 

「概ね間違いない。当機はイコール・ドラゴン・ウェポン……人の身でありながら竜の力を振るうヒトならざる者、機械だ」

 

 

「それはここ何ヶ月か俺とかミリオと一緒に狩りをしてても変わらんのか?」

 

 

続くアルカードの問いに再び思考が渦巻いた。

ミリオやアルカードと共に狩猟をした思い出。助け合いモンスターを狩った時の達成感。振り返ればそこには“楽しかった”という記憶。

 

 

「当機は…………」

 

 

「断言しない時点でお前はもう機械じゃなくて人間だろ」

 

 

2本目のこんがり肉に手をかけつつミリオは言った。

 

 

「真面目な話の最中に肉食うのやめん?」

 

 

アルカードはミリオにジト目を向けているが、オメガの胸中にはこれまで封印していた感情が溢れ出していた。

 

 

「ははっ」

 

 

笑い声が出た。ミリオとアルカードのコントのようなやり取りを、面白いと思った。

オメガが笑ったのを見てミリオもアルカードも柔らかい笑みを浮かべる。どうやらこの2人ははじめからこの帰結を目指していたようだ。

 

 

「じゃあ“当機”はやめだな。どうするオメガ?」

 

 

アルカードの言葉に、とは言われても…と悩む。

 

 

「一般的に男の一人称は“俺”だな。時点で“僕”とか。他には“私”、“自分”、“拙者”、“俺様”」

 

 

「それ後半ふざけてるだろ」

 

 

オメガの言葉にやはりアルカードはツッコミを入れた。

 

 

「では、“俺”で。当機はこれより一人称を俺に変更する」

 

 

「はっ」とミリオが大きく笑った。アルカードも肩を竦める。

 

 

「言葉遣いはおいおいだな。もっと人間らしく喋るようになれよオメガ」

 

 

「努力する、アルカード」

 

 

こうしてオメガは人間性を獲得していく。こうして夜は更けていく。運命の時は未だ遠く。

 

 

☆★

 

 

 

草原を走っている。街中を走っている。少年と共に走っている。

 

 

暮らしが豊かになった。

 

 

草原を走っている。街中を走っている。少年はいなくなっている。

 

 

走る。走る。走る。次は、俺の番だ。

 

 

 

 

 

夢から醒める。船から降りて前線拠点に立ち入った。

 

 

 

「ここがセリエナか」

 

 

オメガは前線拠点セリエナを訪れていた。新大陸から船で渡った寒冷地である。

 

 

「来るのは初めてだったか。俺も久々だが…」

 

 

「こっちは寒いから防寒には気を使った方がいい」

 

 

ミリオとアルカードも一緒だ。2人と同じく防寒着に身を包むオメガだったが、余剰リソースを使って体温は一定に保てている。2人には「心配無用だ」とだけ告げておいた。

 

 

「さて、早速調査班リーダーと合流すっか」

 

 

調査班リーダーと呼ばれる男は新大陸調査団の総司令の孫に当たる、新大陸生まれ新大陸育ちという異色の経歴の持ち主だ。

今回はその調査班リーダー、もといセリエナの人間と情報をすり合わせするためにオメガたちがアステラから派遣された形となる。

 

 

 

 

「ふむ、これがモンスターの被害分布か……みんな、何かわかる事はあるか?」

 

 

セリエナの屯所で机を囲み話し合う。メンバーはアステラから派遣されたオメガら3人に加え、調査班リーダー、フィールドマスター、大団長、青い星、青い星の相棒たる受付嬢だ。

 

 

「ずいぶんと手広くやってるみたいだね。こっちにも同じような被害は出てるよ」

 

 

とフィールドマスターがセリエナ側の地図を指し示す。

メンバーが話し合っているのはモンスターの被害についてだ。モンスターの被害と一口に言っても、それはハンターが狩ったものでもなければモンスター同士の縄張り争いによるものでもない。

 

鋭利な刃物や銃弾の痕、独特の捕食の痕跡から一時期オメガが疑われたが、アリバイがあった事で容疑は晴れた。

つまりこれは。

 

 

「オメガではないイコール・ドラゴン・ウェポン……やはりこちらにも顔を出していたか」

 

 

アルカードが言った。イコール・ドラゴン・ウェポンは古代の遺物。歴史に埋もれた存在であり、これまでは伝説とされていた。それがオメガに続いて2人目まで現れた事は埒外の出来事だったが、オメガの証言もあり今では信じるしかない。

 

その後、被害分布の照らし合わせや目撃情報などを話し合ったが調査に進展はなくその場は解散となった。

 

 

 

オメガらがアステラに帰る支度をしている中、急報がもたらされる。古龍二体が現れたという情報だ。緊急クエストという事でオメガとミリオ、アルカードが討伐に加わる事になった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ相棒、気をつけていってきてくださいね!」

 

 

青い星はこくりと頷くと、フィールドに向き直る。キャンプでの事である。

 

 

「討伐対象の古龍はテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの二体だ。どうする?」

 

 

炎王龍テオ・テスカトル

炎妃龍ナナ・テスカトリ

 

それが今回の討伐対象だ。古龍では珍しく雌雄がはっきりしている種族でその異名の通り炎を操る存在だ。

 

 

「合流されると厄介だな。分かれて狩るか。青い星もそれでいいか?」

 

 

ミリオの意見は直裁で、青い星も賛成のようで首肯した。

 

 

「よし、じゃあ俺とアルでテオを担当する。青い星とオメガでナナを頼む」

 

 

3人が返事をして、二手に別れて行動する事になった。

やや探索してからナナ・テスカトリを発見した。交戦に移る。

 

 

狩りは順調に進んだ。青い星と呼ばれるハンターは強かった。様々な機能を誇るオメガよりも。卓越した双剣使いであるミリオよりも。各種援護をこなすアルカードよりも。安定して、強かった。

 

前にミリオに聞いた事がある。

 

 

──“「青い星?あいつはおかしいよ。……片手剣使ってると思ったらランス構えてるし、次に会った時とかはボウガン担いでたりするしな。普通のハンターはこれと決めた武器の腕を生涯かけて磨いていく。そうする中で自分だけのスタイルが確立されて狩り技…みたいなもんが身につく。だけどあいつはあらゆる武器種を使う。しかも固有の技を持たず初心者ハンターでさえできるアクションだけでこれまでの強敵を屠ってきた。……アン・イシュワルダ、ムフェト・ジーヴァ、アルバトリオン、ミラボレアス。どれも頭おかしい能力もった古龍さ。でもあいつはそれをただの人、ただのハンターとして狩ってみせた。人智を超えた何かをもってたほうがまだ納得できる。あいつはただの人の身でありながら伝説を打ち倒す。……おかしいだろ?」”

 

 

 

 

もう少しで倒せる──そんな時に上空を影が遮った。見るとテオ・テスカトルが移動している。

 

 

 

「ごめーーーん!逃しちゃった!青い星、ちょっと来て!アルと交代で!」

 

 

斜面をダッシュしながら駆けてくるミリオとアルカード。どうやらあちらも佳境だったようで、上空のテオ・テスカトリから零れた血が大地を濡らす。

 

 

青い星は太刀で痛烈な一撃をナナ・テスカトリをダウンさせるとオメガを見る。オメガは「任せろ!」と言ってアルカードと合流する。入れ替わりで青い星がミリオについて行く。

 

 

青い星がおらずとも炎妃龍との戦いは順調だった。アルカードのサポートは万全で、オメガの攻撃は充分にナナ・テスカトリにダメージを与える。

ナナ・テスカトリは全身傷だらけで足も引きずっており、狩りの終焉がすぐそこにまで迫って来ているのを感じる。

 

 

「たたみかけ───」

 

 

両腕をブレードに変形させ、ナナ・テスカトリに肉薄する。その瞬間、ナナ・テスカトリはこれまで見せた事のないモーションに入った。恐るべき炎がナナ・テスカトリの眼前に凝縮される。

 

 

 

「まずい…!離れろオメガ!」

 

 

 

───ヘルフレア。

ナナ・テスカトリの象徴とも言える、ハンター必倒の熱波───必殺技である。

 

 

アルカードはすでに退避していた。慌ててオメガも翼を生やすと距離を取るが───間に合わない。ヘルフレアの射程距離からオメガが逃れる前に、それは放たれた。

 

 

やられる───身を灼く熱に死を幻視する。しかし訪れるはずの死は、黒輝の翼によって遠ざけられた。

 

 

ヘルフレアからオメガを守るように、ひとつの影が割って入った。深い黒い輝きの翼はクシャルダオラのもので、その翼から放たれた風圧はナナ・テスカトリのヘルフレアを防ぎ切った。

 

 

 

「──まったく世話が焼けるな、我が弟よ!」

 

 

アルファであった。オメガにとってはイコール・ドラゴン・ウェポンとしての先達。そして新大陸のモンスターを無秩序に狩っていたハンターならぬ狩人である。

 

 

 

「弟……?」

 

 

「さあやるぞオメガ!最後の一押しだ!」

 

 

 

アルファはオメガの疑問を無視して着地したナナ・テスカトリに向き直る。アルファは右腕にクシャルダオラの頭を変形させると暴風のブレスを放った。

 

着弾点に竜巻が吹き荒れて炎妃龍の炎を散らす。ナナ・テスカトリの体勢が崩れた。

 

 

「お膳立てはしたぞ!」

 

 

「やれオメガ!」

 

 

次いで狩猟笛の旋律によりオメガの身体能力が上昇する。アルファとアルカードの援護によって道は開かれた。

 

 

「これで決める!」

 

 

オメガの右腕が体よりはるかに大きな剣に変化する。ディノバルドの尾剣だ。荒々しい大剣がナナ・テスカトリの脳天をかち割った。

 

 

狩りが終わった。

 

 

☆★

 

 

その後、アルファはおとなしく調査団に身柄を預けた。モンスターの無差別殺害についてはルールを知らなかったとして不問にされ、今後は調査団の一員として活動する事になった。

 

 

「んで、お前も記憶ねーのかよ…アルファ?」

 

 

「ぜぇーんぜんないね。現大陸で目覚めてからこっちの記憶しかない。まあ自分がイコール・ドラゴン・ウェポンでどんな性能なのか、ってのはわかるけど」

 

 

アルファが調査団に合流して暫くして。アルファはやはりオメガと同じくミリオの預かりとなった。何度か狩りを共にし実力もわかってきたところだ。

そんな折、ミリオがアルファに尋ねた。記憶の有無についてだ。それはつまり千年前の真実について。

 

しかしやはり答えは否であった。これについてはオメガも同じであり、シュレイド城付近で目覚めて以降の記憶しか有さず、千年前のシュレイドでどうやって自分が生み出されたのかもわからない。

 

 

「……そうかよ。…よし、腹も膨れたし一狩りいくか」

 

 

不服そうだが納得した様子を見せたミリオに続いて立ち上がる。4人で揃って狩場に赴く。

 

 

キャンプへの道中、先頭を歩くアルカードに話しかける。

 

 

「ひとついいか」

 

 

「いいよ」とアルカード。後ろのミリオに声が聞こえていない事を確認する。どうやらあちらはアルファと談笑しているようだ。

 

 

「ミリオの渾名……《女王殺し》だったか?あれはどういう意味なんだ?本人に聞いてもはぐらかされてしまってな」

 

 

「あー、あれね。……《女王殺し》ってのはある古龍にトドメを刺したのが由来だよ」

 

 

「ある古龍……これまでに俺たちが狩った古龍とは違うのか?」

 

 

「ちょっと特別だな。元は一期団の人たちが見つけたんだけど当時はその古龍を調査する余裕がなかったらしくて。俺やミリオの五期団が新大陸に来て何度も調査をしてようやく討伐した古龍だった」

 

 

「大物だったようだな。なんという名前だ?」

 

 

「マム・タロト。ミリオ…あいつはその古龍を倒して《女王殺し》って呼ばれるようになったんだ」

 

 

「マム・タロト……」口の中でつぶやく。新大陸に来てから調査報告書などに目を通したから覚えていたが、爛輝龍とも呼ばれる大型の古龍らしい。討伐の報告もあったが、ミリオがそれに関与していたとは。

 

 

「まあミリオは、俺だけの力じゃない…って言うけどあの時の第一功は間違いなくあいつだよ。青い星もいたが、あの時だけはあいつが上回ってた」

 

 

「あの青い星を上回る功績か、それはすごいな。……共に戦っていて頼もしいとは思っていたが、ミリオがまさかそこまでのハンターだったとは」

 

 

 

オメガが新大陸に来てもう半年も経っただろうか。ミリオやアルカードと一緒に狩りをしているが、2人は固い信頼で結ばれているのがわかる。

ミリオが後顧の憂いなくモンスターに臨めるのもアルカードの援護あってこそなのだと思った。それをアルカードに伝えると、彼は照れくさそうに笑った。

 

 

と、先頭集団でそんな会話が繰り広げられていた頃、後方のミリオとアルファは笑顔で牽制し合っていた。表情だけは笑顔であるためオメガからは談笑しているようにも見えただろう。

 

 

「アルファ……お前さ、やっぱり記憶ないって嘘じゃね?」

 

 

「ねーって言ってるだろ。何を根拠にそんな事言ってんだ?」

 

 

軽い口調で返すアルファに「それだよ」とミリオは指摘する。

 

 

「その砕けた態度といい、柔軟なイコール・ドラゴン・ウェポンとしての戦い方といい………それはアルファ、お前がそれを獲得できるだけの時間があったって事じゃないのか?」

 

 

アルファの人間性はオメガのそれより人間臭く、傍目にはヒトにしか見えない。普通に話していても少し胡散臭いが頼もしい野郎だという印象だろう。しかしひとたび狩猟となればオメガに勝る動きでモンスターを狩ってしまう。

 

アルファ曰く、自分は失敗作でオメガより性能で劣るらしい。それなのにオメガ以上の戦果を出すのは、性能差を覆すだけの経験があるからではないか、という疑義だった。

 

 

「なるほどな、ある程度根拠はあるわけね。……だけど誤解。俺の人格はミリオを真似たものだ、その方がオメガの信頼も得やすいだろうしな。それに俺の戦闘経験だが…たぶんある。しかし記憶は失われてる。だけど体が覚えてるってとこだろう」

 

 

「ふーむ……そうか」

 

 

腑に落ちないが、今は先述の通りの根拠しかない。ミリオの目から見てアルファは悪人ではないし、本当に記憶喪失かもしれない。本人が話す時まで待とうと思い引き下がる。

 

 

そうこうしている内にベースキャンプに到着した。本日の狩猟対象はオドガロンだ。正直な話、オドガロンを相手にするには戦力過多な面子であった。

 

 

 

そういう油断があった。隙を突かれたオメガはオドガロンの攻撃をもらってしまい裂傷状態に陥ってしまう。その直後にアルファの銃撃でオドガロンの討伐は完了したが、オメガの腹部からはどくどくと赤い血がこぼれている。

 

 

腹部を押さえるオメガの背中にアルファの手が添えられた。

 

 

「落ち着け、狩りは終わりだ。俺たちの自己修復機能ならこの程度の傷はすぐに塞がる。焦らず癒やせ」

 

 

「ああ……」

 

 

「大丈夫か?」とミリオとアルカードが駆けつけてくる頃にはすでにオメガの傷は塞がっていた。

 

 

「大事ない。すまないな、油断した」

 

 

「いやー、俺もちょっとミスったわ。悪い」

 

 

ミリオはそう言うが、彼にミスはなかったように思える。なおも心配するアルカードに「大丈夫だ」と重ねて言っておく。

 

 

「それとアルファも。助かった」

 

 

「いいって事よ。弟を助けるのは兄の役目だ」

 

 

アルファはこのようにオメガの兄貴面をする。自慢げに胸を張るアルファだがオメガからの視線は冷たい。

 

 

「俺はお前の弟ではない」

 

 

「そんな事言うなって。俺とオメガはイコール・ドラゴン・ウェポン最終計画『Ω計画』の先輩後輩…これってつまり兄弟だろ!」

 

 

「事実を湾曲するなアルファ」

 

 

アルファの言い分は単純で、イコール・ドラゴン・ウェポンとしての生誕が早いか遅いかでオメガを弟扱いしているのだ。

オメガはため息をつきつつ立ち上がり、再びアルファに礼を言う。

 

 

「だが助かったのは本当だ。ありがとうアルファ。……それに、癪だがお前の戦い方は参考になる」

 

 

「いいって事よ」とやはりアルファは鼻高々な様子だ。

本人は記憶喪失を語っているが、その身に染みついた戦闘技能や身体機能の扱い方はオメガ以上で、共に狩りをする上でオメガの糧になっていた。

 

 

 

そうして狩りをする日々を過ごし、さらに半年が経った。

 

 

 

☆★

 

 

走っている。草原を。街中を。少年と共に走っている。

 

 

「おせーぞ、オメガ!」

 

 

先行く少年の足は自分より幾段か早い。背丈も一回り違う。

 

 

「まってよ、────」

 

 

自分は少年の名を呼んだ気がするが、ノイズがかかったようにして聞こえなかった。

 

振り返る、少年の顔がわからない。靄がかかったようにして見えなかった。

 

 

少年が自分に水を差し出す。

 

 

「ありがとう、────」

 

 

「いいって事よ、俺はお兄ちゃんだからな!」

 

 

少年が誰か、わからない────?

 

 

 

 

 

 

 

「レーシェン?」

 

 

討伐対象の名前を聞かされて首を傾げたのはオメガとアルファ。顔をしかめたのはミリオとアルカードだった。

目的が狩猟ではなく討伐である事から、

 

「古龍…か?」

 

そうあたりをつけたが、ミリオが「いや」と否定した。

 

 

「モンスター…というより魔物だな。俺も詳しい話は知らないけど、異世界から来た木を操る化物らしい」

 

 

「「異世界?」」とオメガとアルファの声が重なる。

 

 

「こことはまったくの別世界。そこの魔物が門を開いてこっちの世界に来てるとか」

 

 

アルカードが補足するが、まったく想像がつかない。

「異世界……門……」と復唱してアルファは考え込んでいる様子だった。

 

 

「確か前は……ゲラルトとかいうその異世界のハンター…じゃねえな。なんだっけ?」

 

 

「ウィッチャー」

 

 

「そう、ウィッチャーっていう…まあ専門家が退治したんだよな?」

 

 

「そうだな」

 

 

ミリオはアルカードに確認しながら説明していたが、どうやらアルカードの方が情報を持っているようなので、説明役を譲った。

 

 

「ウィッチャーは自分の世界に戻ったが、その後もちょくちょくこちらの世界にレーシェンは現れてる。その度に青い星が討伐してたけど…」

 

 

「その頼れる青い星も今はセリエナ、か」

 

 

「そゆこと」とオメガの理解をミリオが肯定する。

つまりは青い星が動けないから、オメガたちにお鉢が回ってきたという事だろう。

 

 

青い星が残した情報を確認し、レーシェンの弱点などを調べてから狩場へと移動した。

 

密林で件のレーシェンと会敵する。

樹木を操り範囲攻撃を繰り返すレーシェンに、その範囲の外から銃撃を浴びせる。

 

「怯んだ!」

 

オメガが言うより速くミリオとアルカードはレーシェンに飛びかかり攻撃を当てていく。

 

ジャグラスを呼び出して正気を奪って操る能力を見せるが、4人の連携プレーで窮地も乗り越えた。

 

 

 

レーシェンを追い詰める。

見た事のない攻撃方法だったが事前情報のおかげで大ダメージを食らう事もない。オメガの成長もあり、狩りは順調だった。

 

 

レーシェンがエネルギーを溜めた。

 

「お、お……お!?」

 

 

1番近くで剣撃を浴びせていたミリオが、自分を見向きもせずモーションに入った事に戸惑うが、すぐさまその場から離脱を始める。

 

 

「大技、来るぞ!」

 

 

アルカードの忠告。青い星が残したレポートにあったレーシェンの奥の手だろう。

皆が安全圏に飛び退いた次の瞬間、全方位に木の根が伸びる。そのどれもがモンスターの鱗すら貫く超級の攻撃力だ。

 

ギリギリだったミリオは緊急回避の姿勢から立ち上がりながら「ひえー」なんてこぼしている。

 

 

「だがこれも追い詰められている証拠だ!もう一押し!」

 

 

しかし、アルファの言う通り、この攻撃ももはや悪足掻きに過ぎない。その言葉に奮起しつつ、さらに攻撃を加えていく。

 

 

やがてレーシェンに大きな隙ができた。思ったより対象の体力が多かった事もあり、全員が疲弊している。

 

 

「決めろ、オメガ!」

 

 

ダウンにも満たない隙。本来なら大きいのを一、二発入れるのが限度のそれに、オメガだけが否を唱えられる。

イコール・ドラゴン・ウェポン完成形であるオメガだけの特権。

 

 

「頭部変化──炎妃龍」

 

 

オメガは瞬時に自身の頭部をナナ・テスカトリのそれに変化させると、その秘奥たるヘルフレアを放った。

 

 

 

狩りが終わる。

ほとんど消し炭になったレーシェンの死体の周りに集合して、それぞれ息を漏らす。

「強敵だったな」と言うミリオの意見に全員が首肯した。

 

焼け残った部位を見てアルファがオメガに向けて言った。

 

 

「こいつ、もらっていいか?」

 

 

「構わないが……」

 

 

レーシェンが異世界の魔物と言えど、その死体を捕食すれば機能を獲得できるだろう。しかし、ほとんどが炭化しているレーシェンのまともに残ってる部位を食らったとして機能獲得できるのは1人分くらいのものだった。

 

アルファはオメガに感謝を告げて残されたレーシェンの部位を捕食した。事後「機能を獲得した」と言うアルファの目はどこか昏い希望を宿しているように見えた。

 

 

 

☆★

 

 

モンスターを狩る。討伐する。捕獲する。

そんな生活にも慣れた頃だった。このままここで生きていけたら、なんて考え始めた頃だった。

 

 

オメガとアルファ監視が解除される事になった。それに伴いミリオとアルカードとの同行も必須ではなくなった。

オメガとアルファの素行は良好であり、ハンターとしての実力も認められた事実からそういった運びになったのだ。

 

2人の動向を報告するミリオやアルカードはどうやら良い所ばかり挙げていたらしい。そこは嬉しい限りだが、1年以上行動を共にしたミリオやアルカードと別れる事になるのに寂しさを覚えていた。

 

 

「別にいいんじゃない? オメガもアルファも単独行動するのが許されたってだけで俺たちと一緒に狩りをするなって話でもないんだし」

 

 

あっけらかんとミリオは言い放った。確かに総司令からの伝達ではミリオとアルカードの同行を禁じるものはなかった。それでも覚えた寂寥感をまるきり否定された気分になる。

 

「ははは」と笑いつつミリオは立ち上がる。続く言葉はいつも通りの。

 

 

「腹も膨れたし、一狩りいくか!」

 

 

 

 

 

 

本日の狩猟対象はネロミェールだった。

 

ここ最近は古龍に分類されるモンスターばかりを狩っている。というのもアルファの希望によるものだ。

 

今回のネロミェールも今まで何度も狩ってきた、言わば勝手知ったる相手だ。

 

 

「そっち行ったぞ!」

 

 

追い詰めたネロミェールの最後の反撃。アルカードの忠告を耳に入れつつ、その突進を左手にディアブロスの頭を顕現させて盾として防ぐ。続いてブラキディオスの拳を右手に現出させてガラ空きだったネロミェールのアゴをカチ上げた。体勢の崩れたネロミェールに付着した粘菌が爆発し、さらに大きく揺らぐ。

 

 

「アルファ!」

 

 

「おうよ!」と返事をするとアルファは両腕を大地と接続し───直後、ネロミェールの足元から木の根が突出してその身を貫いた。

 

 

討伐完了。狩猟終了だ。ミリオとアルカードは素材を剥ぎ取り、オメガとアルファは捕食する。ちなみにオメガとアルファに許された捕食はギルドの定めた剥ぎ取り回数と同等に値する範囲だ。

 

 

「損耗率28%、余剰リソース172%……、アルファは?」

 

 

「こちらは損耗率20%、余剰リソースは119%。こいつの討伐も慣れたもんだな」

 

 

オメガとアルファの会話を笑顔で聞きつつ、ミリオとアルカードは帰還の支度をしている。

 

 

「近頃はレーシェンの機能を多用しているな。お気に入りか?」

 

 

「まあな。練度も上げておきたい」

 

 

レーシェンの討伐──もとい、レーシェンの機能獲得後、アルファはその力を多用していた。木の根を操りモンスターを洗脳する権能は汎用性に長けてはいたが、あまりの使いっぷりに固執している感すら覚えた。

 

「帰るぞー」とミリオの間の抜けた声が聞こえて、一同は狩場を後にした。

 

 

 

アステラへの道すがら「これって聞いていいのかわからんが」と前置きしてアルカードが尋ねてきた。

 

 

「アルファはさ、自分の事をイコール・ドラゴン・ウェポンの失敗作って言うけどオメガとどこが違う?傍目には同等の性能に見えるんだけど」

 

 

失礼な事を聞いている自覚があるのか、言葉尻にしっかりとフォローを入れるあたりアルカードはミリオより人間ができている。

最近はそんな事を思う程度にはオメガも人間性を獲得してきていた。

 

アルカードの質問にはアルファが答えた。

 

 

「そうだな……いくつかある。まずはエネルギーの効率。これはオメガの方がだいたい120%くらい優れている。モンスターの機能を扱うのに必要とする…俺たち風に言うと余剰リソースだな。これの燃費がオメガの方が良い」

 

 

「なるほど」とアルカードとミリオ。確かに先の戦闘後も余剰リソースの残量はオメガが優っていた。狩りの際はオメガの方が多くモンスターの力を使っていたのにも関わらずだ。

 

 

「次にモンスターの機能顕現の際にかかる時間。俺は少しタイムラグがあるがオメガにはそれがない。ほとんどノータイムでモンスターの機能を身体に顕現できる。これが2点目」

 

 

「こっちからはそう変わらんように見えるけどな」とアルカードは返すが、アルファは、

 

 

「先読みしてるんだよ。中々神経使うんだぞ?」

 

 

そう言って苦労をしているように笑った。

 

 

「最後に……これが1番でかいんだが、ストックしておけるモンスターの機能の数。俺は最大5つだが、オメガは無制限だ。そうだな?」

 

 

アルファのカミングアウトに驚きつつも「そうだ」と肯定しておく。

 

 

「じゃあアルファ。今のお前は何のモンスターの機能をストックしてる?」

 

 

次の質問はミリオからだ。アルファは一瞬険しい表情になったがすぐに答えてみせる。

 

 

「レーシェン、クシャルダオラ、テオ・テスカトル、キリン、ネルギガンテだ」

 

 

「そうか」とミリオは尋ねておいて淡白に返事をした。

 

 

「オメガのストックは……挙げたら切りがなさそうだ」

 

 

「俺はこの新大陸のほぼすべてのモンスターの機能を獲得しているつもりだ。……レーシェンだけはアルファにとられたがな」

 

 

アルカードの言葉に冗談混じりに答えてみせる。「そりゃないぜ」とアルファは肩をすくめた。

 

 

「ひとまず以上の3点が、俺が失敗作とされた理由だ」

 

 

話題の終わりに近づき、アステラももう目の前だった。

 

 

☆★

 

 

ミラボレアスの出現が確認された。今はシュレイド城でおとなしくしているようだが、いつ動き始めてもおかしくない。現大陸の将軍から要請を受けた調査団はハンターを派遣してミラボレアスの討伐する事を決定した。

 

 

「ミラボレアス……」

 

 

感慨深そうに、あるいは恨めしそうにアルファが呟く。

そんなアルファを見てミリオが言った。

 

「確か……アルファとオメガがこの時代で目覚めたきっかけだったな」

 

 

そのへんの話はかいつまんでミリオやアルカードには話していた。

オメガとアルファはシュレイド城に襲来したミラボレアスと青い星の戦いにあてられて覚醒したのだ。千年の眠りから目覚めた契機となったモンスター。因縁を感じずにはいられない。

 

 

「千年前のミラボレアスと、前に討伐された個体は同じだと思うか?」

 

 

「いや──」

 

 

答えかけて、ハッとしてアルファはミリオを睨んだ。同じようにミリオも目を細める。今この2人に何が起こったのかオメガはわからない。

 

 

「性格悪いぞ、やめとけミリオ」

 

 

しかしアルカードは2人のやり取りで交わされた意味を理解しているようで、ミリオに諫言した。

 

 

「そだな。悪かったアルファ。……知るはずのない事を聞いて」

 

 

アルファはその謝罪に舌打ちして視線を逸らす。そうしてやっとオメガも理解が追いついた。

ミリオはアルファの記憶喪失を疑っているフシがある。だから、本当に記憶喪失なら知っているはずのない事を聞いたのだ。これは誘導尋問だった。

 

 

「ともかく、出発は明日だ。青い星がアステラに戻り次第合流。現大陸に向かう手筈になってる」

 

 

アルカードによる予定の確認を最後の会話とし、その日は解散となった。

 

 

 

翌日、青い星がアステラに戻り、調査団は精鋭揃いのハンターを現大陸に送るべく船を準備する。もちろんオメガら4人もそこに含まれている。

 

 

いざ出発、という段階に至ってもたらされる急報。

 

 

「幽境の谷にアルバトリオンが出現しました!」

 

 

煌黒龍アルバトリオン。黒龍ミラボレアスと同じく禁忌に指定される恐るべきモンスターであり、全属性を操ると言われる古龍だ。

 

 

そのアルバトリオンが出現したとあれば、討伐に赴くのは必然。存在するだけで周囲に被害を及ぼす相手なのだから、全勢力をもって当たるべき───なのだが、間の悪い事に現大陸にミラボレアスも現れていて調査団はどちらを優先させるべきか判断に苦しんだ。

 

 

「………青い星」

 

 

そんな中、ミリオは青い星を見た。言葉こそ出なかったが、視線を交わすだけで充分に意思疎通ができている。青い星はこくりと頷く。

 

 

「俺はこっちでアルバトリオンを狩る。アルも一緒に頼むぞ。オメガとアルファはどうする?」

 

 

「わかった」と即答するアルカードを尻目に、オメガは悩んだ。新大陸はオメガが目覚めてより最も長い時間を過ごした故郷とも言える場所だ。そこを壊滅させるかもしれない相手ならば狩っておきたい。しかしミラボレアスもまた自身が目覚めるきっかけとなった古龍であり、記憶はないがおそらくはオメガの故国であろうシュレイド王国を滅ぼした仇。

 

 

「俺もこちらに残る」

 

 

オメガが悩んでいる間にアルファは答えを出していた。オメガの回答を待つミリオに先んじて船を降りた。

 

 

「では、俺も………」

 

 

それに倣い、オメガも新大陸でアルバトリオンと対峙する事を決めたが。

 

 

「いやオメガ、お前はシュレイド城へ行け。ミラボレアス…因縁の相手だ。こっちのアルバトリオンとかいう古龍は俺たちに任せておけ」

 

 

アルファがそう言ってオメガを送り出そうとしてくる。そんな言葉をかけられては、さらに悩むというもの。

しかし、行きたいというオメガの心情を察したのかミリオは自信たっぷりに笑って見せた。

 

 

「大丈夫だって。俺も2回アルバトリオンを狩ってる。アルもだ。頼みの綱の青い星はいないけど、代わりにアルファがいる。……オメガ、お前は本当はどっちに行きたい?」

 

 

「俺は………、俺は、ミラボレアスと会いたい。やつと会わなければいけない。そう思う」

 

 

「なら答えは出てるだろ」とミリオは背中を向けて船から降りる。間も無く船は出航し、やがて現大陸についた。

 

 

 

 

 

ミラボレアスはシュレイド城で静かに佇んでいた。その様子はさながら誰かを待っているようである。

 

 

「あれがミラボレアスか……」

 

 

かつてこの場で青い星と戦っている姿を見たが、あれは遠目からだった。

近くで見ると、なるほど人々が無想するドラゴンそのものの姿だ。

 

 

「不安?」

 

 

隣でオメガの肩を叩いたのは陽気な男。この男もかつてのミラボレアス討伐の立役者のひとりらしい。

 

 

陽気な男は「大丈夫ッスよ」とミラボレアスを見下ろした。高台に築いた簡易ベースキャンプではハンターたちが俄かに浮き足立っている。無理もない。一度は倒したモンスターとは言え、その脅威は全モンスターの中でも随一だ。しかも僅か1年ばかりで再び現れたとなれば未来に不安を抱くのも当然である。

 

 

「行こう!」

 

 

陽気な男がベースキャンプから飛び立つ。翼竜を利用してミラボレアスの近くに降り立った。青い星もオメガも続く。

 

ミラボレアスが立ち上がる。翼を広げる。咆哮が大地に木霊した。

 

黒龍討伐戦開始。

 

 

 

ミラボレアスの逸話はいくつも聞いていた。それを討伐した記録も穴ができるほどに何度も見た。

 

強い。強い。強い。

 

放たれるブレスが。振るわれる爪が。薙ぎ払われる尻尾が。そのどれもが必殺の威力だ。

 

だが。

 

 

「こんなものか!ミラボレアス!!」

 

 

金獅子両腕顕現───

 

 

飛び上がり、却火を吐こうとするミラボレアスに鉄槌を叩き込む。煌毛に包まれた剛腕はすでに取り込んだ古龍のエネルギーでオリジナルを超えた力を発揮していた。

 

地に叩きつけられたミラボレアスは昏倒しているのか身動きが取れていない。そこにダメ押しの、

 

 

「滅尽龍棘生成───!」

 

 

ネルギガンテの棘をつくり出しラージャンの腕力でミラボレアスの五体に打ち込み、地面に黒龍を縫い止める楔とする。

 

 

ミラボレアスは立ちあがろうにも打ち込まれた棘のせいで立ち上がれない。青い星や他のハンターが連撃を浴びせていく。

 

 

「冰龍剣、生成───」

 

 

イヴェルカーナの尾を剣として顕現させる。

 

 

「これで───終わりだ!」

 

 

ミラボレアスを貫く、氷の剣。

 

伝説の黒龍は断末魔をあげて倒れ伏した。討伐完了。

 

 

ハンターたちは雄叫びをあげたりガッツポーズをとったりで各々喜びを表現している。

そんな中、オメガと青い星だけが怪訝な表情をしていた。

 

 

かつて一夜にして大国シュレイドを滅ぼしたとされる黒龍ミラボレアス。確かに強敵だったが───この程度なのか?

 

どうやら青い星も同じ感想を抱いているようだ。一年前、この地で対峙した黒龍より、この個体が弱かった──それだけの話かもしれない。しかし妙な胸騒ぎがした。

 

ともあれ、これで現大陸に現れた脅威の排除は完了だ。オメガは疑念を置いてミラボレアスを捕食した。

 

ミラボレアスの機能を獲得する、同時にその機能の詳細がオメガの脳裏を駆け巡る───、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

──「滅ビノ刻、来タレリ」

 

 

 

 

 

世界はバランスを求めている。

 

いつの時代もヒトは霊長の王として君臨する。

 

牙も爪も持たぬヒトがいつもモンスターに勝利する。

 

人は繁栄を謳歌する。人は栄華を極める。

 

均衡はいつも崩される。天秤はいつも一方に傾く。

 

正さなければ。正さなければ。正さなければ。

 

 

──────ミラボレアス。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

今のはなんだ、と割れそうに痛む頭で考える。そんなオメガに畳み掛けるように映像が流し込まれた。

 

 

人と竜の入り混じる大戦。人が竜を殺し、竜が人を殺し、偽竜が竜を殺す。

やがて襲いくる竜もいなくなったかと思えば、空を覆い尽くす黒龍の群れ。人は抗い、何度も何度も、何体も何体も黒龍を撃退し討伐するが、終わりはなかった。

そうして、栄華を誇った国は滅びる。

 

 

 

 

「相棒、急報です!皆さんも聞いてください!」

 

 

 

明滅する意識を現実に引き戻したのは青い星の相棒たる受付嬢の言葉だった。いつの間にか翼竜を使って狩場まで降りてきている。

 

 

「まず一点、幽境の谷に現れたアルバトリオンは新大陸に残ったハンターの手で討伐されました」

 

 

おおっ、と沸き立つハンターたち。オメガも内心で安堵する。アルファたちがやってくれたようだ。

 

 

「そしてもう一点。そのアルバトリオン討伐直後の幽境の谷にミラボレアスが出現したようです」

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

草原を走る、顔の見えない兄と共に。街中を走る、名前のわからない兄と共に。

 

 

「俺、なんか…適正?ってがあるんだってさー」

 

 

兄がいなくなった。

草原を走る。街中を走る。もうあの頃の楽しさはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

肩を揺さぶられて目が覚める。どうやら眠っていたようだ。起こしてくれたのは青い星の相棒だった。

 

 

「新大陸につきましたよ」

 

 

 

シュレイド城でのミラボレアス討伐後、新大陸にミラボレアスが現れたという急報を受けて調査団は新大陸に蜻蛉返りしていた。

狩りでの傷も癒えないままアステラに足を踏み入れる。アルファたちと合流した。

 

 

「アルバトリオンは討伐できた。辛うじてだっだが。それで俺やミリオが剥ぎ取りをしてアルファが捕食していた時に突然ミラボレアスが現れたんだ」

 

 

アルカードが当時の状況を端的に説明した。

隣でミリオがうんうんと頷いている。

 

 

「さすがにアルバトリオンを討伐した直後にミラボレアスの相手をできるわけがないわけで、俺たちは撤退した」

 

 

「アルファの説得には苦労したけどな」

 

 

ミリオの補足にアルファはぷいと目線を逸らす。聞けばアルファは満身創痍ながらミラボレアスに挑みかかったと言うではないか。それを何とか諌めてアルバトリオン討伐組は無事に拠点に戻れたらしい。

 

 

「ミラボレアスは今はまだ幽境の谷でおとなしくしてるそうだ」

 

 

そう言ってアルカードは締めた。脳内で状況を整理していたオメガの耳朶を打ったのは続くミリオの言葉だった。

 

 

「んでアルファ、お前…言う事ねえのか」

 

 

それは疑問系ではなく促しであった。しかしアルファは「ない」と短く断ずる。

 

 

「ないわけねーだろ。お前のミラボレアスへの態度……あれには明らかに憎しみがあった。それは記憶が戻ってるからだろう?状況が状況だし、話してくれないとさすがにまずいぞ」

 

 

アルファの記憶については本人から語るまで待つスタンスだったミリオだが、今の異常事態においてはそんな事は言っていられない。

 

 

「………ミラボレアスは敵だ。それだけで充分だろ」

 

 

押し黙ったアルファの回答は拒絶だった。シンプルでありながら情報の開示を拒否している。これには普段穏健なアルカードも厳しい視線を向ける。それに後押しされるようにしてオメガもアルファに記憶に眠っていた情報を促す事にした。

 

 

「アルファ……、俺にはかつての記憶がない。朧げながら誰かと一緒にどこかを走っていた…それだけの益体のない記憶しかない。当時のシュレイド王国を滅ぼせるだけの力をミラボレアス一体がもっていたはずがない。それがやつを狩った感想だ」

 

 

ミラボレアスを討伐したオメガは、その力を栄華を誇った当時のシュレイド王国を滅ぼせるだけのものではないと評した。

冷静に考えればそうだ。千年前当時の技術力は今と隔絶しており、オメガの性能に近しいイコール・ドラゴン・ウェポンもいた事だろう。そんな国家が一匹の黒龍を相手に遅れを取るなんてのは考えられなかった。

 

 

「だからこう思う。千年前…シュレイド王国を滅ぼしたのミラボレアスではないんじゃないか?」

 

 

オメガの疑問をアルファは切り捨てる。

 

 

「いや、シュレイド王国を滅ぼしたのは間違いなく“ミラボレアス”だ」

 

 

 

その発言は、すでにアルファがかつての記憶を取り戻している証左だ。観念したようにアルファは息を吐いて続けた。

 

 

「……確かに俺の記憶は戻っている。そして千年前───ミラボレアスと戦った記憶もある」

 

 

その場のほぼ全員がアルファから出た事実に驚愕の意を示す。

 

 

「ミラボレアスは強かったよ。これまで狩ってきたどんなモンスターよりも。だけど竜との大戦で国力を疲弊していたとは言えシュレイドは超大国……たった一体の古龍に負けるはずがなかった」

 

 

アルファの言葉はオメガの感覚を肯定していた。ミラボレアスは強いが、単独で国家を滅ぼせるほどの存在ではない。しかも相手は矮小な国家ではなく大陸の覇者シュレイドだ。一夜にして滅亡させたなんてのは眉唾が過ぎるというもの。

 

 

「だが───ミラボレアス一体を倒した所で何も終わらなかった。……いやむしろあれは始まりに過ぎなかった」

 

 

「始まり…?」

 

 

おうむ返しのアルカードに「ああ」とアルファは答える。

 

 

 

「終わりの始まり。滅亡へのカウントダウンの、始まり」

 

 

 

アルファは語った。

 

千年前、シュレイド王国は他国を征服し大陸を制覇し、まさしく地上の王となっていた。イコール・ドラゴン・ウェポンなどの兵器産業も進んだ人間はモンスターを駆逐していき、やがて人の世が訪れる事を誰もが信じて疑わなかった。

しかし、そこに竜が群れを組んで人を襲った。本来ありえぬ種が手を結び、一斉に人間に敵対したのだ。だが人もただでやられるわけもなく技術の粋をもって対抗した。後の世に“竜大戦”と呼ばれる戦いであった。

やがて人も竜も大きく数を減らして竜大戦は幕を閉じる。大戦により人類の生存圏も狭まり、また人の数も減ったが、ヒトという種は諦めず再興した。

シュレイド王国もかつての隆盛を取り戻すべく科学に力を入れる。そんな時だった。ミラボレアスがシュレイド城に襲来したのは。

ミラボレアスはその圧倒的な火力で城下を焼き払い人々の命を奪った。生半可な兵器も通じず絶望的な相手だったが、なんとか討伐した。突然に現れた厄災とその終焉にほっとしたのも束の間、またミラボレアスが出現した。人類は総力を結集してミラボレアスを討伐する。間も無くミラボレアスが現れる。討伐する。現れる。討伐する。現れる。討伐する。その繰り返し。度重なるミラボレアスの襲撃によって国力を疲弊させたシュレイド王国は、やがて現れた空を覆い尽くすほどの黒龍の群れによって滅ぼされた。

 

 

 

話を聞いた皆が絶句していた。古の黒龍ミラボレアス。シュレイド王国を一夜にして滅ぼしたとされる伝説の存在。それが空を覆うほどの群れとなって襲いかかって来たなど、俄かに信じられる話ではない。

 

 

「……ありえる、のか?それは…」

 

 

頭を抱えながらアルカードが呟いた。問いかけにも、独り言のようにも思えるそれにアルファが律儀に答える。

 

 

「事実だ。歴史だ。……いかにミラボレアスが強かろうと、たった一体の古龍に滅ぼされるほどシュレイドはやわな国ではなかった。しかし、あの強度の龍が何度も何体も現れれば話は別だ」

 

 

オメガもミラボレアスと戦い、そして勝った。感想としてはミラボレアスは確かに強大な存在だが、たった一体で国家を殲滅できるほどの力はない。

それにミラボレアスを捕食した際に見た幻視もアルファの話と整合性がとれているように思えた。

 

 

「ミラボレアスはただの古龍じゃないんだな?」

 

 

眉根を寄せながら、今度はミリオが尋ねる。

それは話を聞いた全員が思っていた事だ。ただでさえ徒党を組む事が少ない古龍。その中でも別格であるミラボレアスが複数体現れて、同じ目的を掲げて動くなど。

 

 

「……それについてはひとつの仮説が立てられていた。突拍子のない話にはなるが」

 

 

前置きしてアルファは続ける。

 

 

「ミラボレアスは現象だ。世界を滅ぼすための世界の機構。増え過ぎた人類と減り過ぎたモンスターの天秤を元に戻すバランサー」

 

 

 

意味がわからない。アルファの言葉は常軌を逸している。

 

 

「待て、待て、待て。それじゃまるで……」

 

 

「神、だな。……正しくはその使徒か」

 

 

ミリオの言葉を継ぐようにアルファは言う。

 

 

「ミラボレアスの多数同時出現と群として動き。もちろん根拠はそれだけじゃない。ミラボレアスは現れる際、空間に孔を開けてそこから出てくる。見た事は?」

 

 

アルファの視線がメンバーを見渡した。全員が首を横に振る。

 

 

「……そうか。ともかくその孔は千年前に観測された。だが、そこまでだ。孔の向こうはあらゆる機材をもってして観測不可。その孔を潜ろうにもすぐに消えてしまう。……手詰まりだった」

 

 

 

「……だから千年前のシュレイド人はミラボレアスを現象だと言ったのか。ただ一個の生命ではなく、世界のバランス──人とモンスターの均衡を取るために発生した災いだと」

 

 

つまりはそういう事だろう。オメガの推測は的を射ていたようでアルファは首肯した。

 

 

「だが、どうして“今”なんだ?」

 

 

続く疑問はアルカードから。その意味はどうしてこのタイミングでミラボレアスが現れたのか。

 

 

「……まず、前にシュレイド城に現れた個体はおそらく小手調べってとこだろう。あるいは千年前から生き残っていたか。どちらにせよ大した意味はないはずだ。あのミラボレアスはハンターが生身で倒した。科学でも兵器でもなく。だから判定としてはシロ───、だが今回のは違う。現大陸と新大陸にそれぞれ一体ずつ……これは本格的にミラボレアスが今の人類を滅ぼすか否かの判断をしていると思う」

 

 

「判断……。ミラボレアスのそれって何が基準なんだ?」

 

 

ミラボレアスは何をもって人類の数を減らしにかかるのか。アルカードの疑問点はそこだった。千年前はシュレイド王国の繁栄によってモンスターが絶滅の危機に瀕したから。では今回は?

 

 

「わからん。一定以上の技術水準を持つ事が条件かと思っていたが……。実際、おそらくシュレイド以前の文明もミラボレアスに滅ぼされているはずだ。世界各地には旧文明の遺跡がある事からもそれは明らか。いずれの文明も当時のシュレイドと同程度の技術力を持っていた事は確かなはず」

 

 

しかし、その答えをアルファは持っていない。そもそもが仮説なのだ。いかに根拠があれど確実と言える情報はなかった。

押し黙った会議場でおもむろにミリオが口を開いた。

 

 

「オメガとアルファだろ」

 

 

「どういうことだ、ミリオ」

 

 

名指しされたアルファはミリオを睨み付け、オメガはその意味を問う。

「当てずっぽうだけど」とミリオは言った。

 

 

「ミラボレアスは現行人類がモンスターを滅ぼせると認識した場合に現れる。……とするならかつてのシュレイド王国の秘蹟であるオメガとアルファの存在はモンスターを絶滅させ得る因子となるはずだ。たったの2人では無理だろうが、ミラボレアスからするとそんなのは知った事じゃない。千年前にモンスターを駆逐したイコール・ドラゴン・ウェポンが目覚めて狩りをしている事実はミラボレアスが動き出すのに充分な理由なんじゃないか?」

 

 

ありえるかもしれない、と思ってしまった。自分たちが目覚めた事で今を生きる人々が危険に晒されているかもしれないと思うと目の前が暗くなる。

顔を落としたオメガの肩にアルファの手が乗る。

 

 

「あんまり迂闊な事を言わないでくれよミリオ。別に今はそんな事はどうでもいいだろう?」

 

 

アルファの確認にミリオは口角を上げて「そうだな」と肯定した。

 

 

「今、俺たちが考えるべきはミラボレアスをどうするか。この一点だけ。誰か案ある人ー?」

 

 

 

ほんの少し、場の雰囲気が軽くなる。その後は皆が意見を出し合ったが結局は幽境の谷に現れたミラボレアスを討伐する事で全会一致した。

 

 

幽境の谷に行く最中、オメガはアルファに確認する。

 

 

「本当に手はあるんだな?」

 

 

「ああ。とっておきがな」

 

 

会議の場でアルファは勝算ありと語った。それはミラボレアス単体に対してではなく“ミラボレアスという現象”に対するもの。すなわち世界を滅ぼす機構への対策。

「詳しくは言えないが」と会議場と同じ事をアルファは言う。

 

 

 

「信じるさ、アルファ。お前は千年前にもあの黒龍と戦った先輩だからな」

 

 

 

会議の場でアルファは過去にミラボレアスと戦った経験があるとも語った。どうやら千年の眠りにて獲得していた機能も失われてしまっているらしいが。

 

 

「兄と呼べ、オメガ」

 

 

そんなやり取りを経て、幽境の谷に到着した。

 

 

☆★

 

 

 

ベースキャンプのある高台から幽境の谷のはるか地底を覗き込むと、黒龍の邪眼と目があった気がして身震いする。

 

 

「お、武者震いか?」

 

 

隣ではミリオがいつものように不敵に笑っていて、膨れた腹をぽんと撫でる。

 

 

「さぁて、腹も膨れた事だし?」

 

 

フリだ。雑過ぎるフリだ。しかしこんな時だからこそ、いつも通りを貫こうと思う。傍らを見るとアルファもアルカードも仕方なさそうに肩をすくめている。

 

 

「「「「一狩りいこうぜ!」」」」

 

 

 

4人で声を揃えて、ミラボレアス討伐戦開始だ。

 

 

 

 

幽境の谷の最深部に降り立ってミラボレアスと睨み合う。青い星や他のハンターたちが後詰として待機している──とは言え油断は禁物だ。作戦の要であるアルファも戦線にはいて、彼を守り切らなければ、彼の言う秘策も不発となる。

 

なのでアルファを守護しつつミラボレアスに痛撃を与えていく──そんな暗黙の了解を、アルファ本人がぶち壊していく。

 

 

「煌黒龍頭部顕現───」

 

 

ボコボコと音を立ててアルファの頭がアルバトリオンのそれに変貌していく。同時に充填されていく莫大なエネルギー。ミラボレアスと同じく禁忌に指定されるアルバトリオンの範囲殲滅攻撃。エスカトンジャッジメント。

 

本来は地面に向けて放たれ周辺一帯を壊滅させるブレスが、ミラボレアス一体のみに注がれた。

 

 

ミラボレアスの巨体が揺れる。さしもの黒龍もエスカトンジャッジメントを一身に食らってはただでは済まず、状況を翻すべく却火の構えに移る。

 

だがそれこそアルファの狙い。アルバトリオンのエスカトンジャッジメントとミラボレアスの却火の威力は拮抗していた。しかしアルバトリオンの力を維持すべく支払われるアルファのリソースは急速に失われていく。拮抗は長くは続かない。続かなくて良い。

 

 

「金火竜尾顕現!」

 

 

オメガの宣言と共にその尾骨からリオレイア希少種の尻尾が生える。猛毒を有した棘をサマーソルトでミラボレアスに叩き込む。

怯んだミラボレアスにアルファは残るリソースを注ぎ込んでエスカトンジャッジメントをぶつけた。

 

 

ダウンする黒龍の巨躯にミリオとアルカードが痛烈な攻撃を加えていく。オメガも同じく身体を瞬時に変化させた。

 

 

「滅尽龍両腕顕現!」

 

 

鋭利な爪と棘。剛腕を誇る黒銀の双腕がオメガの肩から伸び、拳による連打がミラボレアスを打ち据える。

 

 

「ここで──」

 

 

「──決める!」

 

 

アルカードがミリオを打ち上げ、空に投げ出されたミリオはそのままミラボレアスに切り込む。空中回転乱舞。頭から尻尾までを一息に切り裂いた。

 

 

しかしそれでもミラボレアスは死なず。立ち上がる威容には意地すら感じさせた。

だが。

 

 

「オメガ!」

 

 

アルファの声に応えるように、ミリオの右腕が今度は大きな剣に変わっていく。

 

 

「斬竜尾剣、顕現!」

 

 

ディノバルドの尾──剣を模したそれが豪快に振るわれる。赤熱の大剣はミラボレアスに深々と突き刺さり────、その巨体は機能を停止した。

 

 

 

 

 

 

 

「討伐完了、だな。……あっけねえ」

 

 

「そう思えるだけの戦力だった、って事だな」

 

 

ミリオとアルカードはそう言いながらがしんと腕をぶつけ合っている。終わったみれば確かに、ミラボレアスから攻撃らしい攻撃は受けていない。代わりに全霊を尽くしたアルファは肩で息をしながら滝のような汗を流していた。

 

「大丈夫か?」と駆け寄るオメガを手で制して呼吸を整えたアルファに、一同の視線が注がれた。

 

 

「それでアルファ…考えとやら、聞かせてもらおうか」

 

 

作戦会議では詳細までは語られなかった対ミラボレアスの秘策。否、ミラボレアスという現象に対する策を。開示せよとミリオは告げる。

 

 

「その前にミラボレアスを捕食させてくれ。さすがに消耗し過ぎた」

 

 

ミリオは考えを巡らせるように片目を閉じたが、アルカードが「わかった」と言い、捕食 / 剥ぎ取りタイムの始まりだ。

 

 

ミラボレアスの捕食。躊躇わずその肉にかぶりつく。しばらく続けるとその能力が自らに溶けていくのを感じた───刹那。訪れる幻視。

 

 

光明と暗黒、その狭間。鎮座する黒き龍。移ろう権能。破壊を齎す力。

 

オメガとアルファの姿。全身に焼きつく使命。

 

 

──「世界ニ均衡ヲ」

 

 

 

 

 

 

「よし、見えた」

 

 

オメガの意識はアルファの声で現実に引き戻された。目眩を振り払うように頭を押さえている間にミリオがせっついた。

 

 

「アルファ、そろそろ考えってやつ聞かせろよ」

 

 

「ああ、それなんだが───」

 

 

大地から突き出す木の根。それはアルファが獲得しているレーシェンの機能。ミリオとアルカードの2人を狙って放たれた槍であった。

 

 

「───それにはまず、お前らが邪魔だ」

 

 

アルカードはそれによりあえなくノックアウト。致命傷にこそならないものの意識を手放している。ミリオは双剣を盾に躱したようで一歩下がった位置でアルファを睨んでいた。

 

 

「お前は避けるよな、ヴァーミリオン」

 

 

アルファは笑った。いつもの愛称ミリオではなくその本名をわざわざ言って、関係の距離感を感じさせる。

 

 

「馬鹿言え。……当たってるわ」

 

 

ちっ、と舌打ちをしつつミリオは脇腹を押さえて膝をついた。どうやら避け切れなかったらしく木の根に脇腹を刺されていた。

 

 

「……お前は俺を信用してなかったもんな?」

 

 

「信用はしてたさ。全幅の信頼とまではいかなかっただけ」

 

 

2人の会話は、どこか遠い。オメガは何が起こっているのかわからない。急速に失われていく現実感を取り戻すために声を出した。

 

 

「なんだこれは…!何をしている、アルファ……説明しろ!」

 

 

アルファは回復薬で応急処置をしているミリオを尻目にオメガに向き直った。

 

 

「本命を前に邪魔者に退場を願っただけだ。オメガ……お前も見たはずだ。世界の底、時空の狭間に座すミラボレアスの本体を」

 

 

それはミリオが先程幻視した光景への言及だった。ミラボレアスの捕食により感じられたこことは異なる次元。光と闇の渦巻く混沌とした場所。

 

 

「ミラボレアスの…本体?」

 

 

「そうだ。俺たちがここで倒したミラボレアスはあくまで分体。お前や青い星がシュレイド城で討伐した個体もそう。すべてはミラボレアス本体が遣わした破壊のための装置に過ぎない。……これはミラボレアス本体にも言える事だがな」

 

 

 

「…わからない。わからないよアルファ。今まで倒してきたミラボレアスが偽物だったとして、どうしてミリオたちを攻撃した!?」

 

 

 

オメガの言葉は悲痛な叫びであった。これまで仲間だと思っていた者が、仲間を裏切る。未だ精神が幼いオメガにはそれは何物にも代え難い苦痛であった。

 

 

「邪魔だからだ。俺たちが世界を変革するのに、こいつらが邪魔だからだ。わかるだろうオメガ……こいつらはどこまでいってもモンスターハンターなんだ」

 

 

モンスターハンター。怪物を狩る者。ミリオとアルカードは確かにハンターだ。良きハンター。モンスターを狩り日々を生きる。生存競争の内にありながらやり過ぎる事もない。

 

 

 

「俺は世界を変える。この馬鹿げた運命を支配する。……そのためにはモンスターハンターが邪魔になる。こいつらは畢竟、大自然の内に在る事を良しとする狂人だ。だから最後の一歩を踏み出せない。だが千年前の人間である俺たちは違う」

 

 

アルファはオメガに手を差し伸べた。

 

 

「オメガ……俺と共に来い。この世の理不尽を正すために、俺たち自身が幸せになるために。…………俺の手を取れ、オメガ」

 

 

「アルファ……?」

 

 

懇願するようなアルファの声にオメガは戸惑う。すでに頭はパンクしそうなのに、そんな目を向けられては混乱する。

 

そんなオメガに追い打ちをかけるようにアルファは続けた。

 

 

 

「……思い出せ。千年前…2人で走った事を。楽しかったあの日々を」

 

 

その言葉で。夢で見た光景の靄が晴れていった。

名前のわからない兄。顔の見えない兄。その正体はアルファだったのだ。

 

 

「俺たちは血の繋がった兄弟だ、オメガ。イコール・ドラゴン・ウェポンの先輩後輩というだけではない。幼い頃には草原を、街を、共に笑いながら駆け巡った兄弟だ!」

 

 

ならばアルファが時折見せた兄貴分のような言葉のそれは、本当に兄としての───

 

 

「俺と来い、オメガ!……また一緒に、子供の時みたいに──」

 

 

伸ばされた手を、掴みたくなる。だけど、その手を掴んでしまったら、もうここには戻ってこれないような気がして。

 

ミリオを振り返ると、彼は意識を失ったアルカードに応急処置を終えた頃で、オメガと目が合った。

 

 

「ミリオ……俺は………」

 

 

どうしたらいい? そんな情けない顔をしていたのだろう。

 

 

「俺から言える事はねえよ。アルファが具体的に何をすんのかもわかんねーし、その言い分もわからん。実際、アルファの言う通りにした方が良いのかもしれん」

 

 

しかしミリオの言葉は突き放すようで、オメガの心は揺れたまま、迷ったままだ。

「だけどな」とミリオはオメガに向き直って言う。

 

 

「俺は、お前が行ったら悲しいよ」

 

 

 

揺れていた心は定まり、迷いは晴れた。

どちらの懇願におもねったとか、そういう話ではない。オメガの心にある正しさが定義された。ならばその正しさに従って行動するのみ。

 

 

「ごめんアルファ、その手は取れない。もしかしたら今ここでアルファについていくのが正解なのかもしれない。……だけど、仲間を攻撃するようなやつに正しさなんてないと思うから」

 

 

それはアルファに対する拒絶だった。兄弟でまた幸せになろうと願う兄への拒絶だった。

 

そんな絶対的な宣告を受けてアルファは差し出していた手をひっこめる。

 

 

「それが……お前の選択なんだな、オメガ」

 

 

その顔はやはり悲しそうで。しかし一瞬の内に決意の表情に変わるとアルファは中空に手を翳した。

 

虚空に孔が開く。

 

 

「レーシェンの機能──異世界への門の生成だ。このミラボレアス分体を捕食した今なら、本体のいる次元にアクセスできる」

 

 

説明するアルファに、思考が追いつく。

 

 

「レーシェンを捕食した時からこの状況を計画してたのか!?……その機能を獲得してミラボレアスの本体に接触するために」

 

 

「そうだオメガ。あの時に俺の目的は定まった。……ミラボレアスがこの時代に現れた時の保険みたいなものだったがな」

 

 

「しかし」とアルファは続ける。

 

 

「ミラボレアスは現れた。千年前と同じように。今でこそ数体ばかりの分体を送り込まれただけだが、たちまちの内に地上にはミラボレアスが跋扈する事になるだろう。……すべての文明を消去するためにな。だから、今のうちに対処するしかない。今ならまだ間に合う。全部がリセットされてしまう前に───俺がミラボレアスを征する」

 

 

 

「ミラボレアスを、征する……?」

 

 

 

「話は終わりだ。俺は行く。……オメガがいないのは多少不安だが……なんとかするしかないだろう」

 

 

アルファの顔がより決意で引き締まる。別れの言葉もなくアルファは中空の孔──今やミラボレアス本体のいる次元と繋がった門へと飛び込んだ。

 

 

 

☆★

 

 

オメガたちはベースキャンプに戻り体勢を立て直していた。ミリオやアルカードの傷も治療し、動き回るのに十分なくらい回復した。

 

そして、作戦会議。

 

 

「門は残されている」

 

 

レーシェンの権能のひとつ、異世界へ通ずる門の生成。今回はミラボレアス本体のいる次元へと繋がったそれはアルファが通った後も幽境の谷に残されたままだった。

 

 

「オメガの翻意を期待してるのか……、それとも門を消すのにもリソースを割くのか……うーん、もっと別の可能性もあるな」

 

 

顎に手を当てながらミリオは考えている。

 

 

「罠って可能性は?」

 

 

アルカードの純粋な疑問にはオメガが答える。

 

 

「それはたぶんない。アルファが俺たち──いや俺に罠を仕掛ける事はないはずだ」

 

 

別れの間際の会話によってオメガはアルファの弟である事が判明した。兄であるアルファの願いは、おそらく彼が語った通り。そんなアルファがオメガに対して罠を仕掛けるはずがないというのがオメガの見解だった。

「そこは俺も同じ意見だな」とミリオも同意する。気絶していたアルカードに理解せよというのも難しい話だが、2人の言葉で納得した。

 

 

「門を残したのがわざとにせよ不可抗力にせよ、行かないという選択肢はない」

 

 

断言するオメガ。あの時にアルファの手を取らなかったとは言え、このまま状況を静観するつもりはなかった。

ミラボレアスの分体を捕食した際に見た幻視から、オメガとアルファが世界の均衡を乱す存在としてミラボレアスに認知され、そのため分体が送り出された事はわかっている。

自分のせいで世界がミラボレアスという脅威に晒される……そんな可能性を見て見ぬふりできるほどオメガは悪辣ではない。むしろこの世界を守りたいとすら思っているオメガにとってアルファの残した門は福音でしかなかった。

 

責任感にも似たそれを見抜いたのか、ミリオとアルカードは頷き合った。

 

 

「俺も一緒に行く。オメガをこっちに残らせたのも俺の言葉だろうし……、なんだかんだでアルファの馬鹿もダチだと思ってるからな。連れ戻して元通りのハンターライフを送ろうぜ」

 

 

ミリオの言葉に「クサすぎ」と苦笑しつつアルカードは咳払いした。

 

 

「俺も同じ気持ちだ。正直ミラボレアスやらイコール・ドラゴン・ウェポンやら千年前やら……飲み込めない事が多いけど、オメガやアルファが困ってるかもなら助けないとな」

 

 

ミリオに負けず劣らずクサい台詞を吐いたアルカード。2人の言葉に涙が出そうになるが、ぐっと堪えて遥か眼下に聳える次元の門を見据えた。

 

 

「──なら行こう。世界の底、時空の狭間、次元の果て……ミラボレアスの本体がいる場所へ」

 

 

 

ふたりは頷く。そしてアルカードが背後を見た。

 

 

 

「青い星も。頼む」

 

 

調査団のエースである青い星。今回の事情に深入りするつもりはないらしいが、ひとりのハンターとしてオメガらに同行してくれるようだった。

青い星の頼もしい首肯を見届けて、幽境の谷の最深部にある門へと飛び込んだ。

 

 

☆★

 

 

 

「失敗した。失敗した。俺は、失敗した」

 

 

飛び込んだ先で待っていたのはアルファの慚愧だった。

 

 

「アルファか!どこだ!?」

 

 

「負けた。失敗した。俺の計画は破綻した」

 

 

声は聞こえども姿は見えず。真っ白な空間で足元すらおぼつかない中で周囲を見渡す。ミラボレアスの姿すらなかった。

 

 

「なにがあった!?」

 

 

張り上げる声に、ようやくアルファが応える。

 

 

「ミラボレアスという現象……この次元から現世に数多の分体を送り出すその本体……、俺はそれを手懐けるつもりだった」

 

 

「手懐ける……ミラボレアスを?」

 

 

不可能だ、とでも言いたげにミリオは眉をひそめる。しかしアルファは勝算あってこの次元に来たはずだ。

 

 

「レーシェンの機能──俺が必要としたのは“異世界への門の生成”と……そして、“モンスターの洗脳”だ」

 

 

「まさか…ミラボレアスを洗脳するつもりだったのか!?」

 

 

アルカードはすぐさま答えを導き出した。アルファはレーシェンの持つ機能のひとつ“モンスターの洗脳”をミラボレアスに施して手懐けるつもりだったのだと。アレは本来大型モンスターにも通用しないものだったが、数多のモンスターを捕食して力を溜めた状態ならミラボレアスにも通じるとアルファは考えていたようだ。

 

 

「だが失敗した。俺は負けた。レーシェンの洗脳は効かなかった。……精神干渉に耐性があるのか、もしくは単純に出力不足だったか……もう、どうでもいい……」

 

 

「アルファ…姿を見せろ!」

 

 

諦観を隠さないアルファの言葉に頭に来て声を荒げる。しかし帰ってきたのは驚愕の言葉だった。

 

 

「無理だ。俺はもう死んでいる」

 

 

「死んで……?」

 

 

だったらどうやってオメガたちに声を届けているのか。

 

 

「ここは現世とは違う法則が働いている。あらゆる概念が不確かだ。死という事実さえ断絶にはならない。……俺の肉体はすでに燃え尽きている。現世なら死んでいるが、この次元では意識だけでも生きていられる。俺は今、魂だけの状態でお前たちに話しかけている」

 

 

驚愕と同時に納得があった。確かにこの異空間では不思議な感覚がある。現大陸や新大陸で様々なモンスターと対峙した。シュレイド城では分体とは言えミラボレアスと戦った。そのどれもに当てはまらない肌感。

それをアルファは身をもって体験し、こうして語っているのだ。

 

 

「ひとまず……わかった。いや何も理解できてないけど、飲み込んだ。それでアルファ……現実世界にお前は戻れるのか?」

 

 

疑問と後悔を滲ませつつ、ミリオは自らの目的を明かす。それは先に語った通り、アルファを連れ戻す事だ。

 

 

「ヴァーミリオン……この、お人好しめ。………悪いが不可能だ。俺は今この空間でこそ魂だけで存在できているが、もし現実世界に戻ったら死ぬ。……正しく言うなら、肉体という器もなしに現実世界では存在を許されないんだ」

 

 

ミリオの言葉は予想外だったのか、声だけでも面食らった様子がわかる。しかし現実とは非情なもの。戻れば死ぬと言われては引き下がるしかなく、この答えを想定していたミリオは努めて感情を消して「そうか」と目を伏せた。

 

 

 

「せめて仇は……。アルファ、ミラボレアスはどこだ?」

 

 

次はアルカードが問いかける。ミラボレアスはどこかと。アルファ曰くこの次元はミラボレアス本体のいる空間。それなのにミラボレアスの姿はどこにも見えなかった。

 

 

「何を言っている」

 

 

そんなオメガたちを嘲るように。あるいは自嘲もあったかもしれない、そんなアルファの言葉。

 

 

「───いるぞ」

 

 

その言葉を契機としたのか、眼前にはいつのまにかミラボレアスの巨体があった。

 

 

「な…!」

 

 

これまで様々なモンスターを狩り、注意力も探知力も底上げされたオメガの知覚。それらすべてをフル稼働させていたにも関わらず、まったく気づく事のできなかった気配。

突如飛来したわけでもなく、当然のように、最初からそこにいたかのようにミラボレアスは存在していた。

 

 

「戦闘態勢!」

 

 

ミリオが双剣を抜く。驚愕を抑え込んで皆がそれに続いた。

 

 

 

──「人ヨ、滅ビノ刻ダ」

 

 

 

それはミラボレアスの思念だったのか。頭に響いた声にそれぞれが反応を示す。

 

 

「ふざけるな、何が滅びだ!」

 

 

「何様だか知らねえが、あんまり人をナメんなよ…!」

 

 

アルカードとミリオは当然のように闘志を滾らせる。無言のまま静かにスラッシュアックスを構えた青い星と頷き合う。

 

 

「最後の戦いだ…!皆、力を貸してくれ!」

 

 

オメガの言葉に「「応!」」と声が重なった。戦闘開始。

 

 

 

 

 

幸いと言うべきか、ミラボレアスの強さは分体と変わりなかった。それでも最強の古龍である事は間違いないが、この面子はすでに何度もミラボレアスと対峙し、それを打ち倒してきた猛者。変わり映えしないモーションのミラボレアスに遅れを取る事はなかった。

 

ただひとつ問題があるとすれば───

 

 

「却火!来るぞ!」

 

 

飛翔したミラボレアスが力を溜める。“却火”と呼ばれる必殺のブレスだ。この火炎の威力は鉄すら溶かす異常であり、シュレイド城ではオブジェクト等を使って直撃を回避していた。

しかしここは身を守る術なき異空の次元。盾となりそうなものもなく、その却火に焼かれるしかない─────

 

 

「──黒龍顕現!」

 

 

そんなわけがない。同じく盾となるもののない幽境の谷でもミラボレアスは倒せた。あの時にアルファが見せた対策をオメガも実行した。

 

オメガの肉体がミラボレアスに変化する。これまでの部分変化とは違う全身の入れ替え。オメガはミラボレアスの分体を捕食した事によりその力を十全に扱えるようになっていた。

 

 

ミラボレアスの却火とオメガの却火が拮抗する。吐き出される火炎は余波だけで人を骨まで焼いてしまう。しかし万夫不当のハンターたちはそれだけで怯みはしない。むしろチャンスとばかりにミラボレアスに飛び込んだ。

 

 

アルカードが狩猟笛を豪快に振るってミリオを空中に飛ばす。

 

 

「よそ見すんな、ミラボレアス様よおっ!」

 

 

双剣の回転切りがミラボレアスの左目を縦に切り裂いた。呻くミラボレアスにクラッチクローを巧みに利用して青い星が取り付く。そのままスラッシュアックスで零距離属性解放突きを放った。

 

ミラボレアスは落下し地面に叩きつけられる。

 

オメガは全身の変化を解きつつ腕をハンマーに変えると、落下の勢いを利用してミラボレアスの頭部を強かに打ち据えた。

 

 

立ち上がったミラボレアスだったが、ダメージの色は見て取れた。しかし疲れを感じさせない爪や牙にハンターたちも警戒を引き下げない。

もはや歴戦となったオメガもまた己が権能を十全に扱いミラボレアスを追い詰めていく。

 

オメガ、ミリオ、アルカード、そして青い星。4人は着実にミラボレアスにダメージを与えていく。やがてその角も折れてしまってはミラボレアスも挽回するべく力を振り絞るしかない。

 

飛翔したミラボレアスが再び却火の態勢に入る。

 

 

「オメガ!」

 

 

アルカードの叫びに「待て」と答えた。

 

 

「ここで決める!少し時間を稼いでくれ!」

 

 

ミラボレアスの却火は目に見える隙だ。こちらも大技を放つタメを作れる。そのためにオメガは3人に時間稼ぎを頼んだ。少しでもミラボレアスの却火を遅らせてくれれば、オメガの大技も発動できる。

 

そんな説明がなくとも、時間稼ぎを頼まれた時点で3人は動き出していた。共に過ごした時間が生み出した信頼関係。その事にありがたいと感じつつオメガは最後の技の発動に取り掛かった。

 

 

「──損耗率度外視」

 

 

腕を大砲に変化させる。それはドラゴンの口腔にも似た兵器。

ミリオの双剣が閃くと、ミラボレアスの翼は切り裂かれていた。

 

 

「──全工程省略」

 

 

腕の大砲に力を注ぎ込む。

アルカードの狩猟笛が音をかき鳴らすと同時にミラボレアスを地面に叩き伏せる。

 

 

「──全リソース充填!」

 

 

過剰なほどにリソースを注ぎ込まれた大砲が極光を放つ。

青い星の属性解放突きがミラボレアスをダウンさせた。

 

 

 

「全種解放────」

 

 

彼らは充分以上の働きをしてくれた。だったら今度はオメガがやる番だ。「退避しろ!」と忠告すると、3人はダウンしたミラボレアスの周囲からさっと身を引いた。

それを見届けたオメガは大砲と化した腕から、これまで喰らってきたすべてのモンスターの能力を解放した。

 

 

 

「───混成覇龍砲・Ω!!」

 

 

 

それはミラボレアスに着弾すると、あらゆるモンスターの能力を顕現させた。一瞬の内に解放されるクシャルダオラの暴風。テオ・テスカトルの火炎。キリンの電撃。ネロミェールの雷爆。イヴェルカーナの冰気。ネルギガンテの無尽棘。古龍種だけに絞ってもこれだ。その他のリオレウスなどのモンスターの力も挙げてはきりがなく。そのすべてがミラボレアスに炸裂した。

 

 

これにはミラボレアスもたまらず絶叫する。それは断末魔だったかもしれない───否。ミラボレアスは未だ絶命には至っていなかった。

 

すべてのモンスターの力を発揮したとしてなお死に至らぬ強靭をミラボレアスは持っていた。しかしそれでももはや虫の息。ダウン状態から復帰しようとするミラボレアスに追撃しようと腕を変化させようとしてオメガは膝をついた。目眩を覚える。貧血に似た感覚を味わった。

 

本来であれば充分な時間をかけて放つべき“混成覇龍砲・Ω”を自身の損耗を無視して全ての工程を破棄して行なったのだ。しかも全てのリソースを注ぎ込んで。戦う力は残っていない。

 

 

だが、それすらを無視してオメガは自身の腕を銃に変化させた。これならば膝をついていても攻撃できる。そう思い銃身をもう一方の腕で支えつつミラボレアスに照準を合わせる。

 

 

しかし、その銃から弾丸が発射される事はなかった。

 

 

「───やめろ!殺すな!」

 

 

魂だけになったアルファの声がミラボレアスの討伐を中断するよう叫んだからだ。

 

 

しかし、3人のハンターは止まらなかった。

ミリオが、アルカードが、青い星が、それぞれの渾身をミラボレアスに叩き込んだ。すでに瀕死だったミラボレアス本体はそれで本当に死を迎えた。

 

 

 

☆★

 

 

「やめろと言った。聞こえなかったとは言うなよ」

 

 

もはや肉体もなく、魂だけの存在となったアルファは声は不機嫌だった。宿敵であるミラボレアスを討伐したにも関わらず。

 

 

「やめろと言われてもな……」

 

 

アルカードは唸りつつミリオに助け舟を求める。

 

 

「やめてどうなる?ミラボレアスは死にかけだった。俺たちは───……ッ」

 

 

ミリオは言いかけて、ハッとしてやめる。しかし青い星がそのセリフを引き継いだ。

 

 

 

「モンスターハンターだ」

 

 

 

初めて声を聞いた気がする、なんて場違いな感想と共に納得した。それはきっと幽境の谷でアルファの言葉を聞いたミリオも同じだったろう。

 

 

「……そうか、こういう意味だったか。アルファ……俺たちなら──モンスターハンターならミラボレアスを討伐してしまう。だからお前は俺やアルを攻撃したんだな?」

 

 

「そうだ」とアルファの冷たい肯定。

 

 

「どういうこと?」

 

 

問うアルカードにミリオが答えた。

 

 

「たぶん、このミラボレアスは倒してしまってはいけなかったんだと思う。詳しくはわからんけど……世界の均衡云々とかいう龍だしな」

 

 

ミリオの曖昧な説明は半分正解で半分不正解だ。

 

 

「そこからは俺が話そう。ミラボレアス本体を捕食した今、憶測混じりのアルファより俺の方が詳しい」

 

 

そこでミラボレアス本体を捕食したオメガが会話に割って入る。

 

 

 

「まず、ミリオの推測通りミラボレアスは倒してはならなかった存在だ。……正確に言うなら、倒してもどうしようもない存在」

 

 

「?」と首を傾げるハンター3人。アルファだけは息を飲むような雰囲気があった。

 

 

「ミラボレアスの分体を考えるとわかりやすい。分体はこの次元にいるミラボレアス本体が世界の──人とモンスターのバランスを取るために送り出したものだ。だからいくら撃退してもミラボレアス本体には意味がなく、またいくらでも現実世界に分体を送り込める」

 

 

「ちょっと待って。その話をするって事は……」

 

「……まさか、だけど」

 

 

アルカードもミリオも勘付いたようで焦った表情を見せる。

 

 

「ミラボレアス本体もまた何者かが創り出した存在。世界の均衡を司る龍としての役割を与えられただけの駒に過ぎない……というわけだな」

 

 

説明を引き継いだのはアルファだった。「殺すな」という発言からアルファはここまで正確に推測できていたようだった。

苦い顔をするミリオとアルカード。どうやらオメガの言葉の真意がわかったらしい。

 

 

「つまりこのミラボレアス本体も、またいつかこの次元に現れるって事だ。そうしたらまた現世には分体が送り込まれて人の文明はリセットされる」

 

 

 

「おいおいおいおい、どうにもなんねぇじゃねえかそれ!どうすんだよ!?」

 

 

珍しく焦った様子のミリオ。

 

 

「俺たちはミラボレアスの本体を倒した。でもそれはたぶん意味がない所じゃなくて、もっと事態が悪くなるんじゃないか?…ミラボレアス本体を倒せるって世界に証明しちまったんだからよ」

 

 

「確かにそれはあり得るかもな。ミラボレアスを生み出したなにかにそんな意志があるなら、今度はミラボレアス以上の化物が世界の均衡を守護する使者になるかもだ」

 

 

平然と答えるオメガに「軽いな…」とアルカードがその態度を酷評した。

 

 

 

「だから俺はミラボレアスを洗脳したかったんだ。倒してはいけないなら、倒さず支配する事でミラボレアスという現象を終わらせたかった……」

 

 

諦観と哀愁を漂わせながらアルファが言った。確かに今にして思えば、それが唯一の正解だったのかもしれない。

 

 

「だけどそれももう無理な話だ。IFを語っても状況は好転しない」

 

 

しかしレーシェンの力はアルファだけが獲得したもの。そのアルファももう死んでいて、ミラボレアスを洗脳する可能性は閉ざされていた。

 

 

 

「……大丈夫だ」

 

 

押し黙った皆に笑顔を向けて言い放つオメガ。

ミラボレアス本体を捕食して、世界の真実がわかって。この決意ができた。

 

 

 

「俺がミラボレアスになる」

 

 

 

その宣言に皆の思考に空白が生じた。一瞬早く理解したアルファが焦りを滲ませた声を挙げる。

 

 

「待て。それはダメだオメガ………、お前は幸せになるべきなんだ。それが……お前だけが犠牲になるなんて……」

 

 

やはり兄は優しかった。肉体があったなら珍しい涙が見れただろうと思った。

 

 

「犠牲とかなんとか、こっちにもわかるように言って?」

 

 

ミリオの催促に応えるように、オメガは説明する。

 

 

 

「この次元は、世界の均衡を維持するミラボレアスのための空間。だからここにはミラボレアスがいなくてはならない。この空間にミラボレアスがいなくなれば世界はきっとまたミラボレアスを生み出すだろう。そうなれば元の木阿弥……人の文明が一定以上になると分体が派遣されて栄えた人類はリセットされる……その繰り返しだ」

 

 

わかるように、丁寧に。

 

 

「そうならないためには、ミラボレアスには世界に分体を派遣するという仕事をサボってもらうしかない。だけどミラボレアスは働き者だから必ず増え過ぎた人類を減らすために分体を現世に送り込む。…………だから俺がミラボレアスになる。ミラボレアスになって、この次元に留まる。そうすれば世界もこの次元にミラボレアスがいると誤認して、新たなミラボレアスの誕生も防げる」

 

 

オメガがミラボレアスになる。

そうすると世界はこの次元にミラボレアスがいると錯覚して、新しいミラボレアスを発生させない。

直接世界の均衡を守るミラボレアスがオメガなら、人が栄えたところで分体を送り込まないから、文明がリセットされる事もない。

 

すべてが上手く収まる方法だ。

 

 

「ダメだろ、それは」

 

 

話を聞いたミリオは断言した。

「どうして?」とオメガは問う。単純に意味を聞きたいんじゃない。そう思うミリオの心を伝えてほしいのだ。この先の千年万年をミラボレアスとして生きるために、振り返る思い出がほしいのだ。

 

 

「俺、言ったよな。お前がいったら悲しいって、言ったよなオメガ。…なあ、もっとなんか……方法ねえのかよ……?」

 

 

何が最善なんてわからない。これはきっとオメガの独善だ。だけど迷いはない。ミリオの最初の忠告は今でもオメガの胸にあった。

 

 

「悪い、ミリオ。でもその言葉だけで充分だ。………もうミリオの指示には従えない。…最初の狩り、覚えてないか?」

 

 

「ネルギガンテの、乱入……」

 

 

「そう。まだ未熟で突っ走った俺をミリオが助けてくれた。そして金言を与えてくれた。迷えば破れる。俺の判断に従え。…ひとつと言ってふたつだったから少し笑ったが」

 

 

「馬鹿野郎……」

 

 

2人でした狩りの思い出話をするオメガの決意は固く、ミリオはそう言って拳を握り締めるしかなかった。

 

 

「アルカードも、今までありがとう。狩猟笛でのサポート…頼もしく思ってた」

 

 

「……本当にダメなのか?本当に他の手段はないのか?…俺もまだ、オメガと話したい事はいっぱいある」

 

 

本当にありがたい。イコール・ドラゴン・ウェポンとして現代に目覚めて、ただの兵器だったオメガは人間性を取り戻した。その最初がアルカードに一人称を変えろと迫られた時だったと、今なら思う。

 

 

「ごめんな、アルカード。でももう世界がどうなるかわからないんだ。俺がここに残るのが一番丸く収まるんだよ」

 

 

「……でも、まだ………!またこの空間に来て、その度にミラボレアスを倒せば…!」

 

 

「無理だよ。いつかはミリオもアルカードも、青い星だって死ぬ。いつの時代でも優秀なハンターが揃うとは限らない。そんな対症療法じゃ人はいつかミラボレアスに滅ぼされる」

 

 

「くそ……っ」

 

 

あるいは妙案だったかもしれないアルカードの言葉を切り捨てる。最後に「ありがとう」と伝えて。

アルファに、兄に語りかける。

 

 

 

「俺の選択……アルファはどう思う?」

 

 

「悪いな、最悪だ。やめろオメガ。お兄ちゃん命令だ」

 

 

「馬鹿か。そんな事でやめるわけがないだろ」

 

 

アルファは軽々にやめろと言う。この中で一番アルファがミラボレアスの怖さを知っているだろうに。

 

 

「千年前のシュレイドのように世界が焼き尽くされても良いって言うつもりか?」

 

 

「弟が永劫孤独に囚われるよりマシだ。……オメガ、お前は幸せに生きて幸せに死ぬべきなんだ。なんならハンターとして狩りの最中にうっかり死んでもいい。だけどこれだけはダメだ」

 

 

オメガの幸福。それは幼い時分にアルファと共に草原を、街を駆け抜けた記憶。現代に至ってはミリオたちと共に狩猟をした思い出。

 

 

「俺はもう幸せだよ……アルファ。みんなと出会って、一緒に狩りをして、一緒に笑って………その思い出があればきっと、生きていられる」

 

 

「嘘を言うな!お前はもっと……もっと…………っ」

 

 

 

アルファの言葉は途切れる。オメガの決意の程を感じ取ったのだ。

 

 

「でもアルファは残ってくれよ?さすがに喋り相手はほしい」

 

 

しかし一瞬で表情を転じたオメガにアルファの声はくぐもった様子で「当然だ」と答えた。

 

 

 

 

 

そして、別れの時。

 

 

「それじゃあみんな、現実世界に戻す。座標は幽境の谷にしとくよ」

 

 

「わかった」と小さく答えるミリオ。泣いたせいか声がガラガラだ。

そんなミリオに苦笑しつつ、オメガはミラボレアスに変身した。それにより現世への門も好きに開く事ができる。

 

黒龍オメガが手を翳すと宙空に孔が穿たれる。それこそが現実に繋がるゲート。ミラボレアス本体はこうやって分体を現実世界に送り込んでいたわけだ。

 

 

まず青い星がゲートに飛び込んだ。最後にオメガを見て頷く彼の瞳には希望の光が宿っていて、青い星と呼ばれるのも納得の人間性だった。共に狩りをしたのは数回だが、胸を張って言える。共に過ごした時間は宝だと。

 

 

「……今までありがとうな、オメガ。俺、お前の事……絶対忘れないよ」

 

 

「こちらこそアルカード。今まで世話になった」

 

 

次はアルカードが門に向かう。

 

 

「最後くらい笑ってねーとな」

 

 

ニッと笑うとアルカードは門に飛び込む。「じゃあな!」と元気に手を振って。

 

 

最後はミリオだ。オメガが残る事に未だ納得していないようだが、それしか手がないのもわかっているようで。そんな風に理解している自分に腹を立てている様子だった、が。

 

「そうだな、笑ってねーと」

 

アルカードの言葉に触れて思い直す。別れの時に笑うのは、笑顔を覚えておいてほしいから。

 

 

「そんじゃあ、オメガ……」

 

 

にんまりと、笑って。ミリオは拳を差し出した。

 

 

「また機会があれば、一狩り行こうぜ」

 

 

 

「──ッ!ははっ。そうだなミリオ。またいつか」

 

 

その拳にミラボレアスの大きな手をちょんと当たる。ミリオは一層笑うと、門の向こうに消えていった。

 

 

 

 

空間の孔が閉じる。

 

 

 

 

「立派になったな」

 

 

 

そうして初めてアルファが声をかけてきた。

 

 

 

「アルカードの言う通りさ、最後くらいは笑わないと。……不安にさせたくなかった。今でも迷って、悩んで、逃げ出したくなるのを必死に我慢して。…そんなのは悟られたくない」

 

 

「やっぱり馬鹿だな、オメガ。今からでも現実に戻っていいんだぞ。ミラボレアスの権能なら造作もないだろう」

 

 

 

「それはダメだ。これは俺の役目だ。嫌で嫌で仕方なくても、俺だけができる事なんだ。大切な友達を守るために、俺がやるべき事で──俺がやりたい事なんだ」

 

 

 

「……オメガがそう言うんなら、俺はもう何も言えないな。…まあ雑談相手くらいにはなってやるよ。きっとこの先、いやになるほど時間はあるだろうからな」

 

 

 

 

「ありがとうアルファ」

 

 

 

アルファとの会話をそこで区切ったオメガは閉じて消えた空間の孔を見上げて、届かない言葉を紡ぐ。

 

 

 

「ありがとう、ミリオ。

ありがとう、アルカード。

ありがとう、青い星。

ありがとう、新大陸。

ありがとう──これまで出会ってきたすべて」

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

数百年後、世界からモンスターが駆逐された。

 

 

人の時代の到来である。

 

これによってハンターという職業も消えた。

 

 

モンスターとそれを狩るハンター。その存在すら忘却の彼方に消えていくほどの時が流れる。

 

 

流れていく。過ぎていく。

 

 

しかし、たったひとつだけ失われない伝説があった。

 

 

 

伝説に曰く“世界の裏側には優しい龍がいて、今も人を見守っている”のだと。

 

 

 

 

 

 

THE END

 

 

 

 


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