PERSONA3×Blue Archive~Re:Tales Of Our Youth Days 作:花極四季
P5XでもP3と本格コラボ始まったし、勢いがとにかく凄い。ワイもこの勢いに乗れればいいなぁ。
「ミヤコさん、貴方の信念を貫く姿勢は尊いものです。自らを削ってでも哲学に殉じるその在り方は、主への信仰に身を捧げるシスターフッドの教義に通ずるものがあります。故に、シスターフッドの長としてその在り方を否定することは出来ません」
「では――」
「ですが、今の私はシスターフッドの長ではありません。I.F.I.C.の第一部隊メンバーのひとりであり、無気力症やシャドウといった異常が跋扈する現状を憂ういち生徒として、この場に臨んでいます」
故に、ミヤコの言い分を今のサクラコは否定できる、と。
詭弁だ。聞く人が聞けば幾らでも揚げ足取りのできる、稚拙な理屈。
それでも、今この場においてそれに反論する者は誰もいない。
彼女が発する厳かな雰囲気が、それを許さない。
「なので、言わせてもらいます。貴方の行為はただの悪癖です」
「――ッ゙!」
自身の抱いていた信念を悪癖と貶され、ミヤコの表情に露骨な敵意が浮かぶ。
しかし、サクラコはそれを意に介さない。
ともすれば仲間割れに発展しかねない展開。
それでも口を挟めない。そのような余地を、サクラコは与えない。
「私達はチームで行動しています。今後のキヴォトスを左右しかねないほどの重要な作戦であるのは前提として、それ以上にシャドウとの戦いは文字通り命がけです。明確に死者が出たという報告こそありませんが、影時間による肉体の弱体化を鑑みれば、決して楽観視できない推論です」
一歩、サクラコが進む。
一歩、ミヤコは後退する。
「そのような境遇において、今一度自身の行動を顧みてください。事前に打ち合わせすることなくひとり吶喊した結果、あわや孤立する事態に陥るところでした。貴方の行動に引っ張られる形で私達も対応しましたが、これは貴方が嫌う不確定要素を誘発させる行動に他なりません。それだけではなく、少数精鋭による部隊編成は個々の連携が重要視され、僅かな綻びが及ぼす影響も相応のものになります。仮にもSRTに入学を認められた実力者である貴方が、その事実に気付いていないはずがない」
淡々と、ミヤコを覆っていた霧を払うように、彼女の中に燻っていた疑念をつまびらかにしていく。
「ミヤコさん、貴方は前後不覚に陥っています。自分の中にある理想と現実の差異に苦しみ、その果てがあの凶行であると私は見ています。それこそ、貴方の正義を見失うほどに」
「私の正義は、見失ってなど――!」
「SRT特殊学園は、連邦生徒会長の権限・命令を以って、あらゆる自治区への介入を可能としており、同じ治安維持の側面を持つヴァルキューレでは成し得ない越権行為すら可能とする、言うなれば連邦生徒会が掲げる正義を執行する機関です。そこに思惑は多々あれど、根底にあるのはキヴォトスの平和実現であると私は信じています。ですが、貴方の行動はその理念に準じているとはとても言い難い。正しさばかりを追い求めるあまり、周囲が見えていない。――いえ、違いますね。貴方は、自らの意思で目を閉じているだけ。理想とのギャップを直視したくないあまり、自ら殻を作り閉じこもっている」
「ち、が――」
ミヤコとサクラコの付き合いは、恐らくサンクトゥムタワーでの会合が初だろう。
そこから今に至るまで、二人が交流を果たしたかのような距離感の変化は見られない。
にも拘わらず、サクラコは露骨に他者と距離を取っているミヤコの心を内を易々と暴いていく。
ミヤコの動揺が、サクラコの言葉が真実であると証明している。
一を聞いて十を知る、なんて言葉では言い表せないほどの理解力、或いは共感力。
これがシスターフッドの長、歌住サクラコの説教。
――否、説教などの表現は生温い。これは、心の切開だ。
「貴方の歪みは、貴方の望む理想の正義に固執するあまり、それを脅かすすべてを無意識に拒絶しているところ。不確定要素への忌避もそれに起因するもので、それを非合理性を隠れ蓑に誤魔化しているだけです。私達を信用していないから援護を求めずに吶喊し、何より――貴方自身すら信用していないから、後付とはいえ歴とした貴方の力であるペルソナすら忌避している。違いますか?」
確信を突かれたのであろう。
とうとう、ミヤコは言葉を紡ぐことすらなく俯くばかりとなる。
「貴方の考え自体は決して間違いではありません。命懸けの環境に身を置く都合上、明確に戦力となるかどうかも不確かな即席メンバーに命を預けることに抵抗を覚えるのは無理からぬことでしょう。ですが、貴方のそれは些か過剰が過ぎる。リスクとリターンを天秤に掛けること自体を拒絶し、必要のない負担さえ背負う羽目に陥っている。それどころか、私達にもその負債を背負わせる結果となり、最悪共倒れにもなりかねませんでした。貴方は――」
そこで突如、サクラコの説教は止まる。
何事かと彼女の様子を伺うと、明らかに動揺している。
どこか青ざめた顔色に、冷や汗らしきものが吹き出し、あわあわとどこか忙しなく両手が虚空を掴む。
続いてミヤコへと視線を向け、瞠目する。
俯いた姿はそのままに、両の拳を力強く握り締めた影響か身体は震え、地面に向けた視線の先には、透明な斑点が点在している。
それが意味するところは、つまり――
「――うっ、ぐっ、うぅうっ」
――泣いている。声を殺し、必死に感情を抑え込んでいる。
表情こそ見えないが、あの鉄面皮が見る影もなく崩れていることは想像に難くない。
「ち、ちが、私、そんなつもりは……」
サクラコが動揺で言葉を濁らせる。
何かに取り憑かれたかのように粛々と行われた説教、その果ての末路がこれだ。
正気を取り戻した彼女の眼前には、自身の説教によって涙を流す少女が一人。
今まで傍観者だったシロコとキリノが慌ててミヤコの傍に寄り、慰めるように背中を擦る。
ならばと、こちらは混乱しているサクラコに寄り添うべく行動する。
「あ、結城さん、私、またやってしまい……」
「また?」
気にかかる言い回しをしたサクラコに疑問を呈すると、ぽつぽつと経緯を語り始める。
「……シスターフッドは常日頃、悩みを抱える生徒の悩みを聞き届けるべく、協会の門戸を開いています。それ故に、色々な苦悩や懺悔に触れる機会も多く、同時にそれを解消するためにはどうすれば良いかにもある程度精通するようになりました」
「その経験を活かしてミヤコを諌めようとした結果、やりすぎたと」
怯えた小動物のような表情をしたサクラコは小さく頷く。
「確かに私達の役割として、告白を聞き届ける以外にも、その内容への助言をすることはあります。ですが、ここまで極端な干渉は相手の人格と感性を否定することになり、明らかな越権行為となります。それでも、そうせざるを得ない重篤な精神状態の人も昨今は少なくありません」
「もしかして、それって――」
「はい。無気力症に罹患した生徒です」
無気力症。言葉でこそ良く耳にしているが、幸運なことに周囲にはん明確にそういった症状が出ている人とは遭遇していない。
だがそれ故に、キヴォトスが銃社会であるという事実に実感が乏しい
のと同様に、世間の常識を正しく共有できないでいる。
「容態に個人差はありますが、軽微なら倦怠感や軽度の精神不安程度ですが、重篤な患者は言語機能を失い日常生活すら困難な廃人同然にまで至る生徒と、数多くの症例に救護騎士団と連携して、いわゆるカウンセラーのような立場で対応してきました」
なるほど確かに、言われてみれば精神的なケアという点では共通する部分もある。
だが、類似点があるとはいえ門外漢であることに変わりはない。特に病気への対応ともなれば、安易に人を増やせば良いという話でもない。
それでもシスターフッドがカウンセラー的役割を任されているのは、彼女達への信頼によるものか、或いはそれほど状況が逼迫しているからか。
「個人差があると先に申した通り、救護騎士団のベッドは廃人となった生徒で徐々に埋まりつつあります。現状その段階にまで至った人々を救う手立ては見つかっておらず、生命維持を補助するのが関の山です。だからこそ、その状況に至る前に何としてでも精神を復調させる必要がある、それが現状できる最善であるとミネ団長とも認識を伴にしています」
ここまでサクラコの話を聞いて、朧げながらに全貌が見えてくる。
もし推測通りだとするなら――なんて貧乏籤だろうか、と思わずにはいられない、
「必死だった、それは間違いありません。ですが、気持ちばかりが逸るあまり、シスターフッドの領分を超えた一方的な言葉で無理やり叩き起こすような行為を幾度と繰り返してしまい、いつしか緊急を要する精神状態の人を前にすると、あのようなことに……」
そこまで言い終え、後悔するように両手で顔を覆うサクラコ。
説教時の得も言われぬ圧は鳴りを潜め、今の彼女はまるで萎びた花のよう。
嫌な予想が当たってしまった。とはいえ、こればかりは致し方ない部分も大いにあるのではなかろうか。
実際、ミヤコの行動に対するサクラコの言い分に間違ったところがあるようには聞こえなかった。
彼女の暴走が、彼女自身に留まらず部隊全体の危機を誘発する危険行為であることは疑いようはなく、仮にもリーダーである立場としてそれを許容することなどできるはずもない。
そして本来、憎まれ役として表に出るのは自分でなければならなかったのに、サクラコがその役を担う羽目となり、結果彼女達は傷ついている。
これを情けないと思えないほど、自尊心を捨ててはいないつもりだ。
「……確かにサクラコの言葉は、結果的にミヤコの心を傷つけたかもしれない」
「……」
「でも少なくとも、サクラコのやり方で救われている人はいる。貴方の言葉で廃人寸前だった精神を復調させ、シスターフッドに入信するまでの行動力を発揮し、今も慕ってくれている。それ程までに、貴方の言葉がその人の心に強く響いた。それは、決して卑下して良い功績ではないよ」
「――!!」
両手で覆われていたサクラコの顔が再び姿を現す。
捨てられた子犬を彷彿とさせる弱々しさ、しかしその瞳に宿る光は決して失われてなどいない。
「周囲からどのような目で見られようとも、貴方はやり方を変えることはなかった。すべてはたとえ自分が傷ついても誰かを救いたいという、無償の愛によるもの。決して誰にでもできることじゃない、凄いことだ」
人間は社会の中で生きる以上、人間関係の構築は避けては通れない命題だ。
自分を捨ててまで他者に尽くせる人間なんて稀で、そのほとんどが周囲に迎合して立場を磐石にすることに努めるものだ。
どちらが正しいとか、そういう善悪の問題ではない。何せ自分の人生がかかっているのだから、単純に秤にかけられるものではない。
誰かのために善を成せば必ず相応の報いが来るーーそれが当然であれば、人は誰かを助けることに頓着はなくなるだろう。それこそ、息をするように行えるようになるだろうから。
情けは人のためならず、なんて言葉はあるがーーこれは「そうあれかし」という願望を象ったものでしかなく、それ自体に強制力など欠片もない。
誰だって我が身が一番可愛い。自分の幸福を度外視してまで他者を優先するなんて、行きつくところまでいけば狂人の所業だ。理解されないことも往々にしてあることだろう。
そして、そんな異端を見るような周囲の目に耐えられなくなり、人の意思はひとつ埋没する。
社会は異端を許容しない。人間は「変化」より「安定」を求めるが故に。
特別になりたいという願望を抱きつつも、その能力や才能を持たない人はその理想を内に閉じ込める。
しかしそれは納得による結果ではなく、現実と折り合いをつけただけの妥協でしかない。
だからこそ、程度の差こそあれ人は才能のある存在を許容できない。
自分自身が日陰に生きるしかできなかったからこそ、日向で伸び伸びとしている存在が許せない。
そういった妥協があらゆる方向へと向けられた結果、人間社会は綺麗な横一列を望むようになった。まるで、それが人類の総意と言わんばかりに。
サクラコのような自分より他者を優先する優しさは、それが人道的に素晴らしいことであったとしても、社会にとっては異端だ。
人間は、理解できないものほど恐れ、遠ざける。
そういう性格・個性だと納得して受け入れるより、あり得ないものを見る目で見てしまう。
それが社会で生きる処世術であり、最も楽な道。それを否定はできない。
――だからサクラコの善意が報われないのも仕方ない、などと言えるわけがない。
「――ねぇ、ミヤコ」
突如話しかけられたことで、ミヤコは露骨に肩を跳ねさせる。
泣き声こそ収まっているが、精神的復調をしたようには見えない。
だからこそ、と言うべきか。彼女の心の鎧が緩まっている今だからこそ、聞けることもある。
「聞かせてよ。君がそこまで頑張る理由を」
どれだけサクラコがミヤコの核心を突いていたとしても、彼女自身の口から発せられない限りそれが真実となることはない。
出会って間もない相手に聞かせられる内容でもないかもしれないが、彼女の危うさの根源がそこにあるというなら、そこを暴かない限りいつしか彼女は自壊してしまう。
サクラコが勇み足な手段を取ってしまったのも、それがわかっていたからに他ならない。
サクラコが身を削ってでも献身を果たそうとしたのは、彼女が優しいから以上に、率先して動くべきリーダーである自分が頼れないと思われたからだ。
少なくとも、できるできないに関わらずいの一番に行動を起こすべきだった。それができなかったから、彼女が一身に負担を背負うことになってしまった。
過ぎてしまったことはどうしようもない。だから今度こそ、間違えるわけにはいかない。
ミヤコの返答を静かに待つ。
彼女の迷いが、僅かな挙動から見て取れる。
だが、その迷いは良き兆候でもある。にべもなく断られない程度には、話そうという気持ちがあるということだから。
「わかり、ました」
重苦しい沈黙の場を切り開いたのは、ミヤコの肯定だった。
おもむろに顔を上げたミヤコの顔つきは、見慣れた鉄面皮に戻っていた。
しかし、こちらを真っ直ぐ見つめるフレンチグレーの瞳は充血でウサギのように赤く染まっており、彼女の状態が未だ不安定であることを如実に表していた。
「ですが、その前に。あまりこの場に留まるのはよろしくないでしょうし、どこか落ち着ける場所に行きましょう」
ミヤコはぎこちなさは残りつつも冷静に現状の危うさを語り、移動を推奨する。
同時にこの場にいる全員が、状況を冷静に判断できないでいた事実を突きつけられる。
シッテムの箱を取り出し、アロナに文章で安全そうな場があるかを問いかける。
口頭の方がスムーズだが、そういう状況とも思えないし、何よりアロナの存在を周知させていなかったことに今更ながらに気付いたからだ。
そんな中いきなりタブレットと会話を始めるのは、纏まりつつある空気を歪ませる要因となりかねない。
『え~っと、このまままっすぐ行くと突き当りに敵性反応が一切無い一室があります!……あれ、でも――』
画面に表示された安全地帯の情報を確認し、すぐさまシッテムの箱を懐に戻す。
なにかその後に文章が続いていた気がするが、長々と眺めていてはいつシャドウが現れるかわかったものではない。
諸々の詳細は省きつつ、安全地帯があることを説明。先導する形で目的地まで移動する。
幸い、今に至るまでシャドウと遭遇することはなかった。
偶然にしては出来すぎている気はするが、有難いことこの上なかった。
辿り着いた一室の扉を開けた瞬間一同が足を止め、目の前の光景を前に息を呑む。
部屋の中心には硝子と思わしき透明な仕切りで覆われたスペースがあり、その中にはリング状に展開されたソファが鎮座している。
問題はそこではない。
外壁に目を向けると、道中の部屋同様に天井の一角が抉れ、壁の漆喰が崩落している。
だが、今までにはなかったものがそこにはあった。
壁面に向けて縦横に張り巡らされた巨大なパイプ。まるで時間の侵食を拒絶するように新品同然の光沢を纏ったまま、青白い燐光を放ちながら静かに胎動している。
冷たく、しかし確かな熱量を持つその輝きは、薄暗い影時間の空気を押しのけるように室内へと溢れ出し、見つめているだけで視界が白く滲んだ。
「これ、もしかして――」
「……俄には信じがたいですが」
眼前で呼吸する機械群。そして、パイプを満たすその光の色、その正体は紛れもなく――
「青輝石の光――だよね」
それは紛れもなく、青輝石を動力源としたエネルギー生産設備、その一端だ。
影時間のただ中に、こんなものが――こんなにも無防備に、堂々と稼働している。
そして何より、これだけの光量だ。
周囲に漂う青白い輝きは、外壁の向こうにまで滲み出ているのは明白。シャドウが群がって当然の、格好の目印のはずだった。
なのに、シャドウから放たれる特有の怖気を誘う気配がない。
内部はおろか、外部にすらシャドウの影も形も感じられない。
まるでこの光そのものが結界の役割を果たしているかのように、憚ることなく燦然と輝き続けている。
「まさか本当にあるとは……。それにこの光、何ていうか、凄く安心します」
キリノの呟き通り、この光を浴びてから溜まっていた疲労と緊張が解消されていくのが実感できる。
影時間の中でも機械を動かせるようになり、その光はシャドウを遠ざける結界となり、肉体と精神を癒す効果すらもたらす。
これがすべて青輝石による恩恵だとすれば――その重要度は想定の数倍を優に上回るのは確実。
手土産に持ち帰るにしては、あまりにも予想外の大物すぎて正直判断に困る。
「図らずも目標達成しちゃいましたけど、どうします?」
「これ以上留まる理由はないし、すぐに戻るべきなんだろうけど……敢えてこの場に留まるのもアリかもしれない」
そう答えるとともに、青輝石から溢れる淡い蒼光へと視線を向けた。
その光が持つ効能について、確証のない部分には推測を交えながら説明する。
もしこの輝きが一種の結界として機能しているのだとすれば、無闇に外へ出てシャドウと遭遇する危険を冒すよりも、影時間が終わるまでこの場所に留まる方が賢明だろう。
疲労を癒やす不可思議な作用も含め、この空間には想像以上の恩恵がある。少なくとも現状において、危険を冒してまで離れる理由は見当たらなかった。
「……なるほど、あれだけの疲労が急速に回復したのもこの光の影響と言うなら確かに」
言葉を漏らしたミヤコは、自らの身体を確かめるように肩を回し、指を握り開く。
つい先程まで極限に近い疲弊を抱えていた彼女である。その動作には驚きすら滲んでいた。
誰よりも効果を実感している当人がそう言うのなら、それは気の持ちようなどでは片付けられないだろう。
「シャドウへの結界というのも、これだけ目立つ状況で気配のひとつも感じない辺り、本当にそうなのかもしれませんね」
周囲を見渡しながら呟くキリノの言葉に、その場の誰もが無意識に耳を傾けた。
「もしかして、電気が点いた瞬間シャドウが現れたのは、この光から逃げてきたからだったりして」
何気なく口にしたシロコの推測だったが、
「確かに。シャドウは入口方面からは出現しませんでしたし、状況証拠からしてもシロコさんの推測は割と的を射ているかと」
キリノは真面目な口調で頷く。
思いがけず肯定されたシロコは、僅かに目を見開いた後、どこか得意げに胸を張る。その様子は張り詰めていた空気をわずかに和らげた。
「では、影時間が終わるまではここで待機としましょう。結城さん、先程使っていたタブレットでカヤさんに連絡を取ることは?」
「無理だね。こっちはともかく、受信側が機能していない以上どうしようもない」
「……と言いますか、それって何なんですか? サラッと出てきましたけど。ああいえ、無理に話して欲しいとかそういうのではなく」
「別に守秘義務があるわけじゃないよ。ただ、俺自身よくわかってないというか」
そう零しつつ手元の端末――シッテムの箱へと視線を落とす。
日常を彩る便利な道具と利用しているそれは、未だ多くの謎に包まれた遺物である。
エンジニア部による解析が幾度となく試みられてきたようだが、その内部構造は厚い霧の向こうに隠されたまま。調べれば調べるほど新たなブラックボックスが現れ、核心へ辿り着くことを拒み続けている。
判明していることは決して多くない。
莫大な電力を消費する代わりに強力なバリアを展開できること。そして、自らをスーパーAIと名乗るアロナという存在が内部にいること。
もっとも、そのアロナについては誰にも話していなかった。
機会がなかった、というのも理由の一つだ。
だが、それ以上に――あの少女を他人に説明しようとすると、自分自身何をどう語ればいいのかわからなくなる。
青い空を思わせるショートヘア。幼い体躯に無邪気な笑顔。時に頼もしく、時に掴みどころのない言動。そして、あらゆる常識の外側に存在しているかのような不可解さ。
そんな彼女を、果たしてなんと説明するべきか測りかねている。
『あ、マスター。私のことは説明する必要ありませんよ。この声もマスターにしか聞こえていませんので、素直に全部説明しても信じてもらえないかと』
不意に脳裏へ響いたアロナの声に、思考が寸断される。
反射的に懐からシッテムの箱を取り出せば、画面いっぱいにアロナの顔が映し出されていた。まるで今の反応を面白がるように、どこか得意げな笑みまで浮かべている。
『あ、でも当然ですがマスターの声は皆さんには聞こえるので、今話しかけたらおかしな人を見る目で見られちゃいますよ?』
追い打ちをかけるように告げられた事実に言葉を失う。
今更の情報開示に、正確には今まで説明されていなかっただけなのだろう。しかし次から次へと明かされる事実の奔流に、思考が追いつかない。
そういえば、ユメと共に戦ったあの日もアロナは当たり前のように話しかけていたが、彼女がその声に反応した様子はなかった。
あの時は生き延びることだけで精一杯だった。細かな違和感へ意識を向ける余裕などなかったのも事実である。
今になって振り返れば、気付けるだけの材料は確かに存在していた。
それに気づけなかったことを棚に上げて、アロナに文句を言える筋合いはないだろう。
「……どうしたの? ボーッとして」
「ごめん、ちょっと考え事してた」
気付けばシロコが身を乗り出し、こちらの顔を覗き込んでいた。
表情は変わらず、しかし銀色の瞳が心配そうに揺れている。
アロナとのやり取りに意識を奪われていたことを悟り、意識を切り替える。
『ほら言ったじゃないですか~』
案の定、アロナがしたり顔で茶々を入れてきたが、無視を決め込む。
原因の一端を担っている相手に指摘されるのは釈然としないが、今後はシッテムの箱の扱いにより注意を払う必要があるのは事実。
少なくとも、誰かがいる場でアロナに話しかけるという愚を犯す真似は避けたい。
結局、アロナについては「シッテムの箱に搭載された音声認識AIであり、インカム経由で情報を収集している」という説明で押し通すことにした。
嘘ではないが、真実でもない。
虚実を巧妙に織り交ぜた、最も無難な回答。だが、これ以上に捻出できるものはない。
「そういう重要な情報は事前に共有してもらいたかったですが……過ぎたことはいいです。そもそも、私がどうこう言えた立場でもありませんしね」
ミヤコが自嘲気味に肩を竦める。
その声音には先程までの張り詰めた色が薄れていた。
まだ完全ではないようだが、少なくとも自分を責め続ける状態からは抜け出しつつあるように見える。
そのことに密かに安堵しつつ、ミヤコの言葉に耳を傾ける。
「それよりも、私の話でしたね。待機する都合上、時間は有り余っています。大した話でもありませんが、腰を落ち着かせるぐらいはするべきでしょう」
そう言ったミヤコの視線を追うように、皆の目が部屋の中央へ向けられる。
そこにはテーブルを中心に円を描くようにソファが置かれていた。
青輝石へ接続されたパイプ群を除けば、この部屋で唯一目を引く設備だ。
必要最低限の機能だけを残し、それ以外を徹底して削ぎ落としたような空間。
安らぎのためではなく、ただ人を滞在させるためだけに存在しているような無機質さがあった。
一見して危険を示す兆候も見当たらないと判断し、各々が適当に席へ腰を下ろしていく。
「さて、何から話せば――」
『――パターン確認――ロック解除――室へ――りま――』
ミヤコが語りだした瞬間、突如として響いた機械音声が、その静寂を切り裂く。
言葉はところどころ途切れ、ノイズ混じりで聞き取りづらい。
だが、それが何らかのシステム音声であることだけは理解できた。
――瞬間、足元から重い駆動音が響く。
床面に円形の溝が走ったかと思えば、その縁から淡く発光する膜が立ち上がり、半球状のドームを形成していく。
「っ!」
ミヤコが反射的に立ち上がり脱出を試みるも、その判断より僅かに早く光の膜は完全に閉じていた。
全員がドームの内部へ封じ込められる。
波濤のごとく押し寄せる状況の変化に思考が追い付かないでいる間に、空間そのものが微かに震えた。
胃の奥がふわりと浮く感覚とともに視界がゆっくりと沈み始める。
ドームで切り離された空間ごと、床面が静かに下降している。
周囲の景色が流れるように上へ遠ざかり、古びた壁面は徐々に姿を消していった。
代わりに現れたのは、冷たい鋼鉄の世界。
無数の補強材が走る壁面。
厚く重ねられた隔壁。
年月による劣化すら許さぬような堅牢な構造。
――それはまるで、地下深くに築かれた巨大なシェルターの内部だった。
「これ、まさかエレベータ?」
「まさか、こんな仕掛けがあるとは……」
誰かが呟く。
その声には驚愕と警戒が等しく滲んでいた。
先程まで見えていた朽ちた施設の面影は、もはやどこにもない。
目の前に広がるのは、防御だけを追求したかのような重厚な構造物。
まるでこの先に待つ何かから身を守るために造られたかのような。
あるいは――この先に存在する何かを、決して外へ出さないために造られたかのような圧迫感が、その無機質な壁面の向こうから静かに滲み出ていた。
それ以上、誰も口を開かなかった。
言葉を交わすことすら憚られるような緊張だけが、密閉された空間に静かに満ちている。
エレベータは低い駆動音を響かせながら降下を続け、やがて微かな衝撃と共に停止した。
到着を告げる音はなく、あるのは機械の息遣いにも似た残響のみ。
全員が無言のまま武器を構える。
指先には自然と力が入り、視線は暗闇の奥を探る。
その瞬間だった。
まるでこちらの到着を待ち受けていたかのように、進行方向の照明がひとつ、またひとつと闇の中に光の道が生まれる。
仲間たちと視線を交わす。
誰も言葉にはしなかったが、その表情には同じ意思が宿っていた。
この先に何が待っていようとも、ここまで来て目を背けるという選択肢は最初から存在しない。
ミヤコが先頭へ出る。
トマホークを僅かに持ち上げながら周囲を確認し、一歩、また一歩と慎重に前進する。
やがて彼女が安全を示すハンドサインを送り、それを合図に全員が後に続いた。
光に導かれるまま通路を進む。
足音だけが乾いた反響となって遠くへ消えていく。
そして、その先に待ち受けていたものを見た瞬間、誰もが思わず息を呑んだ。
巨大な鋼鉄の扉。
――否、扉などという生易しいものではない。
それは門だった。
人の出入りを許可するための設備ではなく、何かを隔絶するためだけに存在する巨大な障壁。
身の丈の何倍もの高さを誇る鋼鉄の壁が、絶対的な威圧感を放ちながら眼前に聳えていた。
無数の補強材に重厚な接合部、そして幾重にも施された封鎖機構。
下手な銃火器では傷一つ付けられないだろうことは明白で、爆薬を用いたとしても破壊できるか怪しい。
その圧倒的な堅牢さを前にすると、門の向こうに存在するものへの想像が否応なく膨らんでいく。
国家機密、超兵器――あるいは災厄そのもの。
そんなものが封印されていると言われても納得できてしまうほど、この区域は徹底して閉ざされていた。
照明は最低限。
視界の届かない暗闇に紛れて、監視カメラや自動機銃が配置されていたとしても何ら不思議ではない。
むしろ存在しない方が不自然に思えるほどだった。
ここが本来の時間軸で機能していたならば、自分たちはとっくに排除されていただろう。
そう考え、改めて理解する。
今こうして生きているのは、自分たちが影時間という異質な環境に紛れ込んでいるからに過ぎないのだと。
「これ、開くんでしょうか」
キリノが恐る恐る門へ手を伸ばす。
だが鋼鉄は沈黙したままだった。
まるで存在そのものを拒絶しているかのように、振動ひとつ返さない。
仮にペルソナ能力を使ったとしても突破できる未来が想像できない。
それに下手に刺激すれば、これまで維持してきた安全圏を自ら手放すことになるかもしれない。
門を開くための手掛かりを探すべく全員で動き出す。
壁面を調べる者。
制御盤らしき設備を探す者。
周辺構造を観察する者。
しかし成果は皆無だった。
当然だろう、これほどの施設が簡単に侵入を許すはずがない。
最悪の場合、情報だけでも持ち帰れれば十分な成果だ。
そう割り切りながら、結城もキリノに倣うかのように門へ手を触れた。
「――え?」
誰かが間の抜けた声を漏らす。
それも無理はなかった。
触れた瞬間、門の表面に刻まれた無数の溝が青白く発光したのだ。
まるで停止していた血流が再び巡り始めたかのように、青輝石の輝きが脈動しながら全体へ広がっていく。
息を吹き返すように、重々しい駆動音が響く。
長い眠りから覚めた巨人の唸り声のような音と共に、門がゆっくりと開いていく。
何故、という疑問が形を成すより早く、門は完全に開き切った。
そして、その奥に眠っていたものを露わにする。
白。
まず最初に脳裏へ浮かんだのは、その一色だった。
壁も、床も、天井も。
あらゆるものが装飾を拒絶したような純白で統一されている。
眩しいほど明るいはずなのに、温度は感じられない。
そこはまるで無菌室だった。
あるいは神を祀るためだけに作られた祭壇。
部屋の中心には一本の巨大な構造物が立っている。
柱。そう呼ぶべきなのだろう。
しかし、その姿はあまりにも異質だった。
先程までの施設が放っていた無機質さですら霞むほどに。
明るい空間であるにもかかわらず、不気味さばかりが先に胸へ忍び寄ってくる。
「これが、あんな厳重な門の先にあったもの?」
「ん、お宝ザクザクだと思ってたのに、残念」
「元より何かを保管していて、それらはすべて持ち出されただけの可能性はあります。にしては人の通った痕跡は見当たりませんが……」
「めぼしいものといえば、あの柱ぐらいでしょうか。ただの柱にしては機械的に見えますが」
誰もが戸惑っていた。
極限まで高まっていた警戒心。
その先に待っていたのは戦場でも宝物庫でもなく、意味の分からない白い空間だったからだ。
張り詰めた糸を行き場なく持て余しているような感覚。
そんな中、不意にアロナの声が響く。
『マスター、あの柱から奇妙な反応があります。生体反応のような、そうでないような……』
そんな胡乱な言動に眉をひそめる。
スーパーAIを自称しながらも、人間味がありすぎるが故に判然としないアロナの発言は、時折信用していいのか判断に困る。
――だが、彼女は言った。生体反応、と。
流石にその単語だけは聞き流せなかった。
改めて柱を見る。
いや、近くで見ればそれは柱というより、何かを収容するための容器にも見える。
人間が一人、収まる程度の大きさ。
そこまで考えた瞬間、胸の奥で得体の知れない予感が蠢いた。
「……どちらにせよ、あれを調べない選択肢はないね。行こう」
全員が静かに頷く。
先程までの重苦しい緊張は薄れていたが、その代わりに別種の好奇心と警戒が芽生えていた。
慎重に歩み寄る。
白い床を踏む足音だけが響く。
そして間近まで接近した時、それは柱ではなく、棺であることに気付いた。
巨大な機械仕掛けの棺。
その中央には文字列が刻まれていた。
目を細め、それを心の内で読み上げる。
「"AL-1S"……。何かの型番でしょうか」
「そうかもしれません。ですが、そうなるとこの棺は一体……?」
答える者はいなかった。
ただ、純白の部屋だけが沈黙を守り続けていた。
「――ッ、下がって!」
ミヤコの鋭い警告が響く。
だが、その声が最後まで発せられるよりも早く、全員の身体は反射的に動いていた。
危険を察知した本能が理性を追い越す。
床を蹴り、距離を取る。
直後、静寂に包まれていた空間へ不意に異音が走る。
まるで長い眠りの果てに吐き出された吐息のような音だった。
棺の内部から圧縮された空気が放出される。
白い蒸気が隙間から溢れ出し、室内へゆっくりと広がっていく。
次いで重い駆動音が響いた。
機械仕掛けの外装が振動し、正面装甲が上方へとスライドを始める。
封印が解かれる。
そんな表現がこれほど似合う光景もなかった。
白煙がゆっくりと流れ出る。
棺の内部を覆い隠していた靄が薄れ、輪郭が浮かび上がる。
そして、その全貌が明らかになった瞬間、その場にいた全員の思考が、一様に停止した。
「女――の子?」
誰が漏らした言葉だったか。
棺の中に横たわっていたのは、怪物でも兵器でもなかった。
ましてや、この施設の厳重な封鎖に見合うような恐るべき何かでもない。
雪を削り出して形作ったかのように白い肌。
閉じられた瞼。
微かな呼吸すら感じられない静かな寝顔。
そして、その身体を覆い隠すように広がる漆黒の長髪。
床へ零れ落ちるほどの長さを持つ髪は、まるで夜そのものを紡いで作られたかのようだった。
一糸纏わぬその姿は本来なら目を逸らすべきもののはずだった。
だが誰一人として、そこに情欲や羞恥を抱くことはなかった。
あまりにも現実離れしていたからだ。
人形。彫像。あるいは童話の中で語られる眠り姫。
そう表現した方がまだ納得できる。
純白の棺の中で眠る少女は、生きた人間というよりも、この施設そのものが長い年月をかけて守り続けてきた秘宝のように見えた。
静寂が落ちる。
誰も動かない。
誰も声を出せない。
ただ、その異様な美しさだけが、白い空間を支配していた。