長い間執筆できませんでしたが、こつこつと書き進めていた分を投稿します。
完結まで何とか書き切りたいです。
待っていてくださっている人が今もいるんだと知りました。
本当に、本当にありがとうございます。
北方の海域の端に小さな島があった。
植物が自生し、規模は小さいが様々な実をつける木々が無数に生えた森もある無人島。
その中央には一見すれば大木の一部かと思える偽装を施した地下通路の入り口があった。
その扉の奥からガタガタと音が聞こえたかと思うと突然、扉が吹き飛んで林の中へと落ちていった。
それと同時に白い影が通路の奥から飛び出してくる。
「はぁ……ハァ…ッ!!」
荒い呼吸と滝の様な汗。巻き上がった砂が肌に付着した不快感。それらを全て振り切って少女は起き上がる。
ちらりと今飛び出してきた通路を振り返る。
少女の首から下げた白金色の指輪が陽の光を反射してキラリと光った。
「ハァ……くゥッ……ゴメン、ごめンね……離島チゃん!」
少女ーーー北方棲姫は滲む視界を振り払う様に海へと向かって駆け出した。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇約30分前◇◇◇
それは小さな違和感から始まった。
「……ん?」
海底近くにある秘密基地。それが北方棲姫と離島棲鬼の住む場所。
その出撃ドックで荷物を整理していた北方棲姫が何かに気づいたかのように天井を見上げた。
「ドウカシタノ?」
隣で不要になったガラクタ等のゴミを集めていた離島棲鬼が不思議そうに首をかしげる。
深海棲艦である2人の住む基地は海の中に建造されたからか、彼女の声は良く響いた。
「………」
数秒天井を見上げていた北方棲姫がぎゅっと両手を胸元で握りしめる。その手は小さく震えていた。
疑問に首をかしげる離島棲鬼に北方棲姫はふるふると首を横に振った。自分の行動を理解していないかのように。
「……なンだか、スゴク……怖い。なんダろう……何かが……来ル?」
「ナニガ―――」
その言葉に離島棲鬼が疑問を返す前に、基地の警備装置が一斉に鳴り出した。
ジリジリと警報音が鳴り響き、赤いランプが点灯する。
「……っ!?」
「警報!?コレハ、イッタイ―――」
同時に離島棲鬼に急激なプレッシャーが掛かった。
まるで透明で巨大なものに押しつぶされそうな感覚に思わず片膝をつく。
こんな感覚は深海棲艦としても、以前の〝彼女達〟だった頃からも感じたことのない感覚だった。
何か、とてつもないものが近くに来ている。そんな感覚だった。
「ナンダ、コノ感覚ハ……ッ!?」
「離島ちゃン、早くこコかラ逃げ―――」
―――ドゴン
北方棲姫が離島棲鬼の手を引き、走り出そうとした瞬間、突如として天井が歪に変形した。
何か凄まじい力が加わった様に、分厚い筈の天井はメキメキと音を立てて破壊されていく。
呆然としていたのは僅か1秒たらず。その直後に、2人は全力でドックから撤退していた。
何か、得体のしれないモノがこの上にいるのだと、そう悟らせるには1秒という時間すら十分な時間だった。
「……トニカク走ッテ!!止マラナイデ!!」
廊下を全力で駆けながら、僅かに振り向いた北方棲姫は見た。
海水が流れ込む天井を突き破って現れたのは―――
―――顔だ。
とにかく巨大な顔に見えるソレは、何の冗談か無数の深海棲艦だけでできていた。
「―――っ!?」
息を呑む。
あまりの悍ましさに吐き気がする。
レ級、タ級、ヌ級、ヲ級、その他大小様々な深海棲艦達で作られた巨大な顔。
部品となった深海棲艦達に反応はない。どれも意思のない空虚な瞳をしている。
でも、アレらはまだ確かに動いている。
―――違う。部品にされながら生かされている。
憎悪や怨念などで構成されている深海棲艦を生きていると定義してよいか、という疑問はこの際重要ではない。
あの深海棲艦の一体ごとに意識は残っている。
意識が残ったまま、ただ何者かの手足として無理やり組み合わされ、無残にもただのパーツとして使い潰されている。
「―――は――ァ―――うっプ」
こみ上げる吐き気を抑えるように口に手を当てて、しかし止まることなく北方棲姫は足を動かし続けた。
もう、後ろは振り返らない。振り返れない。
あんなモノは1秒だって視界に入れたくなかった。
「ソノ先、左ニ曲ッテ!!」
離島棲鬼の声にハッとした北方棲姫は言われたとおりに通路を左に曲がる。
後からやってきた離島棲鬼が壁にある緊急用の隔壁開閉のボタンを叩いた。
隔壁が降りていくが、はたしてそんなものであの巨大なナニかを止められるのだろうか。
「隣ノ島ヘノ出口ヲ使ウワ。トニカク急イデ!!」
確実にあの化け物との距離は離れている筈なのに、走る2人の背筋に走る悪寒は少しも消えてはくれなかった。
走りながら目に入る隔壁を全て下ろしていく。
あの巨体だなのだから移動は遅い筈という希望に縋ってただ走った。
―――走って
―――走って
―――ただ走り続けて。
本来なら数分と掛からずに到着する筈の扉が、まるで数時間の距離に感じた。
海底通路の扉が見えた瞬間、止まっていた時が動いたかのように疲労が押し寄せてくる。
安堵の気持ちに止まりそうになる足に鞭を打つように動かし続けた。
「見えタ、あそコを抜ケれバ―――」
北方棲姫が声をあげたその瞬間。
ズルリと、背筋を撫でる悪寒に身体が固まる。
―――ミ ツ ケ タ
あ、と声が漏れる。
隣を走っていた離島棲鬼に腕を掴まれる。
体が後ろに引っ張られて、バランスを崩す。
ゆっくりと動く視界を突然、黒い塊が横切っていく。
離島棲鬼に止められていなければ、北方棲姫の頭が通ったであろうその場所を。
「―――」
呆然と、目の前の物体に釘付けになる。
深海棲艦を寄せ集めた顔の、口にあたるであろう場所。
通路の壁を突き破り、目の前に現れた巨大な横顔。
ああ、そうかと納得する。
怪物に常識は通用しない。
隔壁を下ろした通路を律儀に突破してくると思っていたことを後悔した。
この怪物は最短距離で基地の壁を破壊して追いついてきたのだ。
顔に組み込まれた残骸たちの目が、ぎょろりと一斉にこちらを向く。
「ぁ…ア……ッ」
その悍ましい様に、無残な様に、動けなくなった。
生物としての純粋な恐怖。
この世にあってはならない。
見てはいけない。
理解してはならない。
その横顔に、離島棲鬼が砲弾を撃ち込んだ。
「離島ちゃン!?」
「……フザケナイデ」
恐怖に青褪めた顔で、艤装を展開した離島棲鬼が声を搾り出す。
手足は震えている。
標準も定まらないであろう震えは、敵が巨体であるが故にデメリットにはなり得なかった。
それでも、この化け物を倒せるイメージが浮かばない。
「オ前ミタイナ化ケ物ニ、食ワセテヤル物ハナイ!!」
続けて放たれた砲弾を避けるように、巨大な顔は自らがあけた壁の向こうへと消えていった。
「走ッテ!!」
離島棲鬼の声に北方棲姫はハッとする。
暗闇の広がる壁の穴に砲弾を続けて撃ち込む離島棲鬼。
その横をすり抜けて扉まで走った。
扉を開いた北方棲姫は通路の先に何も無いことを確認すると、振り返る。
「離島チゃん、早くコっちニ―――」
離島棲鬼を呼ぶために振り返った北方棲姫。
しかし、その視界に映ったのは―――
ぐちゃり。
「………ァ」
今、まさに展開した艤装ごと左腕を食い千切られた離島棲鬼の姿だった。
スローモーションになる視界。
激痛に歪む離島棲鬼の顔。
噴き出す鮮血と、あの悍ましい化け物の姿。
「―――りと」
思わず名前を呼ぼうとして。
離島棲鬼と視線が合う。
強い意思の籠った視線。
―――行ケ!!
時間にして僅か1秒にも満たないその視線の交わりだけで、北方棲姫は出口へと体を反転させた。
迷いはあった。
本当なら今すぐにでも離島棲鬼に加勢したい。
でも、彼女の意思を無駄にしたくなかった。
ソレだけで北方棲姫の体は動いていた。
涙で視界が滲んだ。
無事でいてくれと願った。
助けれない自分を罵倒した。
何故こんなことに、と悲観した。
「……けて」
それでも足は止めなかった。
「……助けテ」
背後で海底基地が崩壊する音がした。
「……助けテ、金剛!!」
体当たりするかの様に地上に繋がる扉を開く。
衝撃で扉は壊れ、林の中へ吹き飛んでいく。
バランスを崩して転がる体が砂浜の砂を巻き上げる。
迷っている時間はなかった。
「ハァ……くゥッ……ゴメン、ごめンね……離島チゃん!」
血の滲むような後悔の言葉を溢して、北方棲姫は海へと走った。
水面に浮かび、すぐに移動を開始する。
艤装は展開しない。
北方棲姫は基地型の深海棲艦だ。艤装を身に着ければ防御は増すが動きが鈍る。
あの怪物に有効打がない以上、逃げることに全力を尽くす。
目指すのは金剛がいる岩川鎮守府だ。
北方棲姫は一瞬だけ基地の出入口に視線を向け、溢れ出す不安を振り切るように南に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「……行ッタカシラ」
体に突き刺さった小さな瓦礫を抜きながら離島棲鬼は呟いた。
全身は傷だらけ。
左腕は無く、内臓も痛めたようで全身から力が抜けていくようだった。
ボロボロになった壁に背を預けて座る彼女の目の前には異形の怪物。
巨大な顔に付いた無数の目が、ギョロリとこちらを向いている。
「本当ニ……訳ガワカラナイワネ。何ナノヨ……オ前…ハ……」
ふと、彼女を見つめていた瞳が一斉に逸らされる。
巨大な顔は既に離島棲鬼に興味を失っていた。
その顔は、既に去っていった小さな影を追いかけていた。
「………ッ」
基地の崩壊が酷くなる。
この化物は最初から離島棲鬼など視界に入っていなかった。
ただ、1人の少女のみをターゲットにしている。
その前に立ち塞がったから、邪魔だったから。ただ、鬱陶しい羽虫をはらっただけ。
「……オイ」
ゆらりと、離島棲鬼は立ち上がる。
体はボロボロだが、その瞳はまだ諦めてはいなかった。
「フザケンジャナイワヨ……」
半壊の艤装を展開する。
無事だった砲塔に砲弾を込める。
「ワタシ丿友達ニ、何ヲスル気ヨ!!」
標準は化け物の顔面、よりやや左。
崩れた壁の先は弾薬庫。
迷わずに砲弾が放たれて、視界がスローになる。
巨大な顔が再び離島棲鬼を視界に捉える。
深海棲艦でできた悍ましい顔が忌々しげに歪む。
なんだ、そんな表情もできるんじゃんと、離島棲鬼は思った。
だから、眩む視界のまま強気に笑ってやった。
「……ハッ、ザマァ……ミ…ロ……」
直後に発生した衝撃と爆風で、離島棲鬼の意識は完全に途絶えたのだった。
◇◇◇◇◇◇
ガラガラと瓦礫が崩れる音がした。
燃える瓦礫の中から1人の影が立ち上がる。
ゆらりと、死人の様な足取りで。
実際、その少女は真っ白な皮膚をしていた。
白い肌に白い服、その中で黒い装飾が彼女の姿を際立たせる。
しかし、本来ならある筈の頭部の部分には何もない。
首から上が何もない。
ゆらり、ゆらりと歩く首無しの体。
その体が徐に足元の塊を拾い上げた。
深海棲艦のイ級だった。
あの大爆発の中で比較的に綺麗に形を保っていたイ級の残骸。
それを無造作に首に押し付ける。
ぐちゃぐちゃと不快な音がする。
消えていたイ級の目に光が灯った。
「……ァ、ァァア…ィ……ぁ、あ、あー、ふぅ」
ノイズの様な雑音から徐々に落ち着いた音に変わる声。
少女の肉体で首から上がイ級という奇天烈な格好になった〝ソレ〟は、燃え上がる海中基地だった残骸を見渡すと溜息をついた。
「あーあ、せっかくの鎧が壊れちゃった」
奇妙な姿の少女は辺りに散らばる残骸たちを横目に歩き出した。
海中基地の中は既に滅茶苦茶になっており、天井や壁からは海水が流れ込み始めていた。
何もしなくてもあと数分もしたら基地そのものが負荷に耐えられずに崩壊し、海の藻屑となるだろう。
「………」
ふと、自分が立つ部屋の外の通路に目を向ける。
先程の爆発で吹き飛ばされ、ぐったりと横たわる離島棲鬼の姿が目に入った。
完全に気を失っている離島棲鬼は左腕が千切れ、無数の瓦礫が身体に刺さった状態で正に死に体だった。
普段から色素の薄い顔からは更に血の気が引いている。
だが、まだかろうじて生きている。
少女が離島棲鬼の首元に手を伸ばす。
ああ、これで復讐ができる
「………ふん」
しかし、手が首に触れる直前に少女は興味を亡くしたかのように踵を返した。
今の少女にとって、目標になるのは2人だけ。
それ以外の存在には興味がなかった。
どうせ、海底基地の崩落と同時に消え去る命だ。
それより、早く目標を追いかけなければならない。それが少女の使命であり、こんな姿になっている原因でもあるのだから。
「……あぁ、でも…ワタシは、なんでこんな事になったんだっけ?」
頭部のイ級の口がガチガチと鳴る。
何か忘れていると、少女は思った。
身を焦がすような何かが胸の中にあったのに、それは何処に置いてきたのだろう。
思い出そうとしても記憶はなく、ただ目標を破壊しろという衝動だけが頭を支配する。
もう、自分の頭なんて無いはずなのに。
「あぁ……あァ…アぁ……痛かった…ナァ……なにが?」
そっとイ級となった頭部に触れる。
そこを亡くしたのはいつだったか。
なんで亡くしたんだったか。
とてつもない衝撃と痛みだったような気がする。
こいつに吹き飛ばされた筈の頭が疼く
ちらりと少女は再び離島棲鬼の方を見る。
そう、この離島棲鬼が関わっていたんじゃなかったか。
そうだ、復讐したかったはずなのに
何かを思い出そうとしても、少女には何の感情も浮かんでこなかった。
「まぁ、いいか……どうでもいいこと、だったんでしょ」
ふらふらと少女は部屋を出ていった。
使命を全うするために。
残されたのは瀕死の離島棲鬼だけ。
それから僅か数分後、海底基地はひっそりと海の底で完全に崩壊した。
海面ではいつもと変わらない波が揺れているだけだった。