クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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本編主人公からの誰にも発見されなかった遺言です


初代精霊王からの遺言

 気付けば『誰かのための文章を書き残す』ということを、人生で一度もしていなかったように思います。

 

 もちろん、私は王でした。為政者でありました。『精霊王』などと、この身にあまるような、おそろしい、あるいはおぞましい名前で呼ばれてしまったこともありましたから、人のために書類に文字を書くことはありました。

 

 けれどこのように私的な記録を、焼き捨てる前提ではなく、残す前提で書くことは、これが初めてのように思われるのです。

 

 これはこの時代を生きた私が最後に子孫へと残す罪の告白であり、次代、そのまた次代、あるいはさらにその先の次代に向けて、あるいはあなたたちが苦労し、苦しみ、死に絶えるのは、すべて私の責任かもしれないと、そういうことを認める文章なのです。

 

 ああ、誰にも恨まれたくはない。

 自分の罪など書き残したくはない。

 

 この手記は私の死後の人たちへ向けるものであり、その時代に当然、私は生きておりません。

 けれど私は、死後にさえも、安らぎを信じることができないのです。

 

 うまく死後の世界の門番をだまくらかして永遠の安寧を得ることができたとして、未来に私への怨嗟の声があがれば、それを聞きつけた死後の世界の衛兵みたいなものが、たちどころに槍の穂先をつきつけながら私を取り囲み、どこかおそろしい場所に引っ立てるような、そういう不安を捨て去ることができそうにもないのでした。

 

 それでも、これだけは告白せねばならないと、紙が破けるほどの力を込めながら、一字一字、いちいち気合いを込めて書き記しています。

 

 私にもいよいよ死がその柔らかく冷たい手を伸ばしてきており、明日にも、いえ、今日にも、あるいはペンを持って文字を認めている今この時さえ、不意にぎゅっと首をつかまれる可能性を危惧せねばなりません。

 

 そうなる前に、私が四つの種族から持ちかけられた、四つの提案と、それを断った事実、そして断った理由について、書き残しておきます。

 

 まず、雪の領域に住まう竜人から、このような申し出がありました。

 

「朝日にきらめく霊峰よりも輝かしき者よ。もしもそなたが望むなら、我らの強さをそなたに捧げよう。これより生まれるすべての人間に、竜人のごとき頑強さを与えよう」

 

 それは魔術的な儀式、人類全体に影響を及ぼす禁呪のようでした。

 さすがの私も、この答えが人々の行く末を決めてしまうものであると理解し、これに、いつものごとき勘違いではなく、きちんと考えた上で答えを返さねばならないと悩みました。

 

 悩んだ結果、このように返しました。

 

「人はそのように頑強でなくてもよい」

「ほう、何故」

「弱い方が、他者の痛みを気遣えるからだ」

 

 これは言ったあとで『竜人は他者の痛みを気遣えない種族である』という意味にとられるかなと思い、たいそう、焦りました。

 そのような意図はないのです。

 

 生まれつき頑強である彼女らは、頑強であるべき心みたいなものが備わっていると、私は考えております。

 しかし人間がある日頑強さを得ても、心は頑強になった体に合わせることができないと、そう考えたのです。

 だから、私は彼女の申し出を断りました。

 

 この先、『頑強でないこと』によって人に不幸が降り注ぐならば、それは私のせいということになります。

 しかしそういった理由で出る不幸は、人が頑強になった先に起こる不幸よりもずいぶん少ないと、私は考えたのです。

 

 竜人は満足するようにうなずき、こう述べました。

 

「脆弱なる生命よ、しなやかたれ。我らの爪牙は、貴殿らを外からの敵より守り続けるだろう。そなたらが隣人である限りにおいて」

 

 どうにも私の返答は正解だったようで、安堵しました。

 しかし、あるいはどちらを答えても、このようにする手筈だったのかも……私はこの年齢になってなお、『選ばなかった選択肢の先』に、よりよい未来があったような強迫観念を捨てられないでいるのでした。

 

 次に私のもとにおとずれたのはエルフであり、彼女らもまた、このような問いかけをしてきました。

 

「いかなる汚泥にも、いかなる毒にも、その美しさを隠せぬ者よ。もしもあなたが望むならば、人にあらゆる生物の声を聞く耳を授けましょう」

「いらない」

 

 その返答はほとんど反射的なものだったと、後悔しています。

 けれど、間違いだとは、こうして振り返っても思わないのです。

 

「なぜ、いらぬのでしょうか?」

「『声』は『真意』ではない。聞こえたところで、本当の気持ちなど、わからない。そのようなものに意味などない」

 

 むしろ、人類以外の生き物の声が聞こえてしまうなどと、おそろしく、おぞましいことにしか思えなかったのです。

 エルフがそのような声を聞くことができるというのを知りませんでしたが、やはりあとから思い返すと、それは彼女たちの能力の一つを『意味などない』と断じてしまったような気がいして、今さら悶え、もっと別な表現でやり直したいという、猛烈な後悔にさいなまれるのです。

 

 けれど、この決断自体に後悔はありません。

 エルフもまた満足そうにうなずき、こう述べました。

 

「耳を閉ざす者よ、心に向ける目を育みなさい。我らに自然の声を代弁させぬ世界を、その尊き配慮によって作り上げられますよう」

 

 ここまで来るともう、予想してしまうというのか、次には人魚が私のもとへ訪れ、やはり似たような問いかけをしてくるのです。

 

「水面の上に浮かぶきらめきよりなおまばゆき者よ。あなたが望むのなら、人にしぶとさを与えましょう。どのような環境でも、たとえ水の中でも、息苦しさを感じぬ力を」

「やめた方がいい」

 

 これは本当に人間不信から出た言葉なのでした。

 人がどのような状況でも生きていけるようになったならば、どのような場所をも征服しようとするだろうと、私などは思うのです。

 

 人の『あれも、これも』という欲望に限りがないことを、為政者として生きてきた私はよく知っています。

 人の後悔が遅きに失することを、自分の人生を振り返って、身につまされるのです。

 

 ですから人魚の言葉を聞いた私の頭には、『すべての場所を征服せんとし、すべての場所を焼け野原にしたあと、無人の荒野で立ち尽くす最後の一人』という絵が瞬間的に浮かんでしまったのでした。

 

 そのような悲劇は避けねばなりません。

 私にこの決断をさせたのは人間不信でしたが、私の思いは、人を王として治めたことのある者のものであり、もっと言うならば、子を持つ親のものだったのです。

 

 人魚はやはり満足げにうなずき、こう述べます。

 

「不自由なる者よ。あなたたちの欲望の『限り』を我らが保証いたしましょう。自分たちがどれほど進歩しても及ばぬものがあることを忘れぬよう。さもなくば、荒波の洗礼があなたがたを出迎えることになるでしょう」

 

 そして。

 

 やはり、来るのです。

 

 私はもう、人魚が帰った時点で彼女の来訪を予感していましたから、彼女だけは、落ち着いて出迎えることができました。

 

 角を生やし、肌の色をもとの状態に戻した魔族、デボラが、私の枕元に、夢のように立ったのです。

 

「ああ、おいたわしや美しき君。あなたほどのお方であっても、老い、そして死んでいこうとなさっている。であれば、わたくしはあなたにこの契約をご提案いたしましょう。……人を不老不死になさいませんか? 永遠に美しく、死ぬことのない生命に」

「必要ない」

 

 冗談ではありません。

 生きる苦しみが永遠に続くなど、たまったものではないのです。

 

 もちろん、生きたい瞬間というのは、人生のうちに幾度だっておとずれます。

 今まさに死のうとしている人の中には、きっと、不老不死を望む者も、いることでしょう。

 

 しかし、私はやはり、『生きる』というのを罰の一つだとしか思えないのです。

 この残酷な罰は、いずれ死という終わりがあるからこそ耐え抜けるものであり、仮に不老不死なんていうものにされた日には、いつかその苦しさのあまり、人々は総じて狂うことでしょう。

 

 それだけはなんとしても阻止せねばなりません。

 

 ですから、これまでになく強く断ることができました。

 

 デボラは艶然と微笑みます。

 

「短き生を過ごす者よ。であれば、わたくしどもがあなたたちのことを覚えておきましょう。いつか正しき歴史が忘却され、過去にした反省が消え去り、同じ咎を犯すその日、我々が警句を与えることにいたしましょう」

 

 どことなく言葉尻に寂しそうな感じがあったのは、彼女と付き合いがすっかり長くなってしまっただけに、間違いないものと思います。

 いえ、どうなのでしょう。私はこの人生において他者を理解するということを、一度もできたように思えないのです。

 

 やはり、人と人とは、わかりあえない。

 わかりあえない中で、ある程度の弱さによって争いを避けることができます。

 不信の中だからこそ、聞こえないものに必死に目を向けて、理解しようという努力をし、その姿勢が人と人とのあいだに信頼を育むのではないかなと、長く生きた今だからこそ、思うのです。

 生きるのが苦しい雪の中でこそ育まれる技術もありましたし、不老不死なんていうものではないからこそ、人はこんなにも必死に祈り、考え、生きるのではないかと、そう思うのです。

 

 私は彼女たちの申し出を断った瞬間、それが人類のためになるという言い訳をつけました。

 

 しかしこうして考えれば考えるほど、私が彼女たちの申し出を断った理由は、私が、彼女たちにすべてを与えられたような存在より、何ももらっていない、脆弱にして耳が遠く、不自由にして短命なる存在としての『人』を好んでいるという、好みの押し付けだったのではないかと、そう思うようになっていきました。

 

 私は、一生懸命に生きる人々を愛していました。

 

 私はたびたびこの顔を褒められてきましたが、そんなものよりも、ずっとずっと、懸命に生き、努力し、新たなるものを生み出し、そうして苦境を乗り越えていく人の方が美しいと思うのです。

 私はこの情けない心根と、そして枯渇しきった才能から、そういう一生懸命な者になることはできませんでした。

 けれどもし、次にまたこの世に生まれるということがあれば、その時は私も、一生懸命にやっていきたいと、そう感じるのです。

 

 子孫たちへ。

 

 この時に私がしてしまった、いえ、しなかった約束のせいで、苦労することは、きっとあるのでしょう。

 私は人に憎悪されるのを何よりおそれますが、それでも、そういった時には、私を恨んでくれてかまいません。

 

 ですがどうか、この身勝手な決断にも、私なりの考え、信念と言ってしまっていいものがあることは、感じ取ってほしいのです。

 悪いだけのものはなく、良いだけのものもありません。

 どうか私を、悪いところもあり、そして一分ぐらいの理もあった、人間だと認めてください。

 

 そしてその人生の中にあった煩悶、懊悩、葛藤をどうか、少しだけでも認めてもらえたら、これ以上の喜びはありません。

 

 ですから私は、罪をここに認めて、遺します。

 どうか未来、私が精霊王としか呼ばれなくなった時代に、一人でも私のことを人間だと認めてくれる人が出ますように。

 

(署名があったと思しき場所は破れて失われている)




『クズとヤンデレの建国記』はこれで完全完結となります。
ここまでお付き合いくださった方々、本当にありがとうございました!
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