クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第31話 第三国侵攻

 すべての物事にはあとから見返せば『そういえば、あれが……』と思う伏線があったように感じられるのですけれど、冷静に考えればそれは結果ありきのこじつけにしかすぎず、後世から歴史的大事件の前兆めいたものを『なぜ、当時の人は気づかなかったのか』と賢者のごとく語る者を見ると、どうしようもない恥ずかしさで、私は穴にこもってうずくまりたくなるのです。

 

 公爵が起こしたこの大事件を振り返って私が『そういえば』と思う前兆もおそらく、そのすべてが『のちに振り返れば伏線に見えるこじつけ』にしかすぎないのでしょう。

 

 それでも私は、やはり、今も当時も、自分の未熟、考えなしをどうしたって気にしてしまい、『もしかしたら、気付くきっかけはそこらじゅうにあったのではないか』と思うことをやめられないのです。

 

 私の結婚式に狙ったようにこの手の大事件が起こるのは、きっと、私の結婚という式典に、多くの人が、普段は国家の安寧を気遣って警戒の目を配ることを欠かさない人ですらも、力を尽くし、治安への備えがおろそかになると、そういう事情があるのでしょう。

 

 思えば私の結婚式はいつでも予定通りに始まったことがなく、その予定が立つのが唐突で、しかも関係者はさっさと式典を開催してしまわねばならないという強迫観念におちいっているように思われます。

 

 それは私が『精霊王』という宗教的に重要な肩書きを持つ新興国の長であり、また、既成事実を作ってやればうまく転がせそうな未熟な王であるから、たくさんの人が『既成事実』のために式典などの準備を急ぎ、そうしてつけこまれると、そういうわけなのかもしれません。

 

 これもやはり『振り返ればそう思われる』というだけで、事実かどうかはわからないのです。

 

 ともあれ、事実だけを語るならば、私とシンシアの結婚式の当日を狙って、公爵は『大公国』の樹立を宣言し、軍をおこしました。

 

 公爵傘下の貴族たちが一斉に蜂起し、国の中央やや北西寄りの領土が切り取られていくのを、私は式典に備えた真っ白な服のまま、『急報』というかたちで聞いていました。

 

 もちろん結婚式どころではありません。

 

 しかし、この結婚式をとりやめるというのも、それはそれで、できないのでした。

 

 急に決まって急いで整えられた式典ではあったのですけれど、そこには多くの要人が招待されていたのです。

 

 のちに思えばそれは、『魔術塔と国の仕切りで、精霊王の第一王妃を正式に決定せしめる式典を行った』という既成事実を作るためなのでした。

 

 国家の内外にその式典を見せつけることで、精霊信仰は夜神信仰の下位にあるものだと示すことができますし、精霊国が属国であることを、結婚した二者がその仲人(なこうど)に長く頭が上がらないのと同じ理由で示すことが、できます。

 

 つまり私の結婚式を魔術塔(夜の神殿)の儀礼にのっとってこの国で行うというのは、政治的にたいそう重要なことだったのです。

 

 すぐ北西に大公国を名乗る国家の軍勢が整列している中、私とシンシアとの結婚式は、つつがなさを装って行われることになりました。

 

 多くの参列客がいましたが、その誰もが気もそぞろで、ちらちらと北西方向を見ているような気がして、なんとも落ち着かない空気の中、私とシンシアはもっとも高い台座で、夜神式の誓いを交わすことになったのです。

 

 しかし当時の私はといえば、記録を(したた)めている今の自分が目を覆いたくなるほどに、呑気なのでした。

 

 正直に申し上げれば、正式な妻として装ったシンシアの姿に、目を奪われていたのです。

 

 もちろん私は精霊国でも三人の妻と合同で結婚式を行ったし、当時だってシンシアの晴れ姿を見てはいました。

 しかし当時は公爵の仕切りとはいえ、私の提案で三人もの正室を持つことになっていたので、その心労はなはだしく、せっかくの花嫁姿を見て、その美しさをじっくり受け止めることのできない精神状態だったのです。

 

 ところが今回はもう、さまざまなものが私の手を離れて勝手に暴れ回っていたうえに、私自身はなにも決断せず流されるままここにいるという自覚なものですから、『もう、なるようになってしまえ』と思い、シンシアの美しさをよく見ることができたのでした。

 

 シンシアは黒い宝玉をあしらった、純白のドレスに身を包んでいました。

 さほど大きくない体つきをあえてぴったりとしたマーメイドドレスに包むことで、彼女の持つ一振りの刃のような冴え冴えとした美しさが際立つようでした。

 

 肌が白く、髪が銀色の彼女がこうして白い衣装をまとうと、右目の黄金の輝きが強調され、見つめると吸い込まれるような感覚を覚えるのです。

 

 薄く紅の引かれた頬、普段はちょっと血色の悪い唇もみずみずしい色合いになっており、常なら無表情のシンシアがほんのわずかに口角を上げるだけで、私は今日この日、彼女とこうして正式の夫婦になるために生まれてきて、これこそが唯一絶対の幸福なのだろうと、錯覚できるほどなのでした。

 

 愛しているというのがどういう気持ちなのか、私はずっと、つかむことができないでいます。

 吟遊詩人のまねごとをしていた時期には、せがまれて愛にまつわる歌を吟じたこともあったのですが、『身を焦がすような想い』だの、『すべてを投げ出してもほしい人』だの、そういう歌詞はいかにもおおげさに感じられて、声が小さくなってしまったものです。

 

 しかし、私はこの時、たしかにシンシアを愛していたのでした。

 

 もしも愛というものを吟じなければならないのなら、それは私にとって『目覚めるような衝撃』になるのでしょう。

 ぼやけてつねに歪んでいた世界が、彼女とその周囲だけ輝かしく見えて、今までにじんでいた意識がはっきりとする心地。

 着飾ったシンシアのほんのわずかな微笑みを見た私は、たしかにそのような感慨を抱いたのです。

 

 愛している。

 

 こう告げたなら私はきっと、永遠にその言葉を守ったことでしょう。

 

 ほんのささいな発言で、たった一歩その方向に踏み出したのなら、ずっとその方向に邁進(まいしん)しなければならないような強迫観念を抱くことがよくあります。

 

 言葉にできていたならば、私はきっと、シンシアを第一王妃としてずっと下におかず愛し、彼女を唯一の正式な妻として、今後の人生を過ごしていたでしょう。

 

 ともすればそれは、私が切望した『誰かをてらいなく信じ、誰かにてらいなく信じられる』という人生だったのかもしれません。

 

 しかし、私がこの席でシンシアに愛を誓うことは、できなかったのです。

 

 結婚式は伝令のもたらした大きな声により、それ以上進められなくなりました。

 

「精霊国、我が国に侵攻を開始した模様!」

 

 私の国が、攻めてきたのです。

 

 おどろきのあまりシンシアを見つめてしまいました。

 

 彼女は滅多に見せないほど困惑をあらわにして、やはり私を見返していたのでした。

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