クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第40話 恫喝と色仕掛け

 私の人生は誰かに恩を受けたなら、それに砂をかけないではいられない流れの中にあるのかもしれません。

 

 とはいえ、私は私なりに、必死にその流れを止めようとあがいたのです。

 

 公爵軍を救い出したあと、精霊国軍は調子に乗り、私の祖国の軍勢を追撃しようと、そういう気風が高まってしまいました。

 

 私は争い全般を苦手としており、それは私自身が誰かと争う場合はもちろんのこと、そばで見るのもだめ、気配でさえもがだめ、というほど、重度の『争い拒絶症』なのでありました。

 

 その私が戦争行為を決意したのは、私自身大恩があり、なおかつ妻の父である公爵を救おうという、それほどの事情があったからなのです。

 

 公爵を救い出すことができた時点で私の覚悟は潰えており、もう、帰って静かに過ごしたいような、そういう気持ちでいたのです。

 

 しかし民というのは制御ままならぬ暴徒でありますから、これの前に立って両腕を広げて、『もう、終わった。帰ろう』などと述べるというほどの勇気は出ませんでした。

 

 しかも悪いことは重なるもので、私のもとへ、望まれぬ来客があったのです。

 

 それは公爵と私の両親の安否を確認した直後、どうしようもなく気の緩む一瞬を狙ったようにおとずれました。

 

 魔術塔です。

 

 私の人生の最初期に甚大な影響を与え、私を精霊王となるしかない道へと導いたのは昼神教なのですが、精霊王となった以降にたびたび接触してきて、私の人生を戻ることが不可能な地点まで追いやったのは、魔術塔であるように思われます。

 

 使者として現れた黒いローブの女性は、胸の谷間をのぞかせるように深く深く礼をして、それから私に向けて微笑みました。

 スリットの大きなスカートも、のぞくふとももも、口元にほくろのある妖艶な笑みも、間違いなく『男』を誘惑する手立てに長けた、この手の交渉ごとの専門家なのだという雰囲気がありました。

 

 しかし私は相手の意図が服装から体型から動作から表情から、なにもかもに一貫して通っているのを見て、ひどく冷めた気持ちになり、この会見を一刻も早く、なにも相手に言質を与えないで終わるにはどうすればいいかを考え始めたのです。

 

 私は自分でなにかを決める能力はありませんが、同じぐらい、誰かの意図に従ってその意のままに操られるのも嫌いなのだと、この魔術塔の交渉官(外交官という呼び名はふさわしくないように思われました)を見た瞬間に理解したのです。

 

 交渉官は甘い声音で私の戦勝を祝い、それからこのまま祖国を攻め滅ぼすならば、魔術塔がバックアップにつくという旨を語りました。

 また、魔術塔から一つ魔術兵部隊を貸し出すので、それを使ってくれとも述べたのです。

 

 私は交渉官の様子の時点でもうこの話し合いに嫌気がさしているものですから、そのこちらにメリットしかない提案がとてもうさんくさく思えてしまい、珍しく、交渉官の言葉を遮るようにして要求を断ってしまいました。

 

 交渉官は断られると思っていなかったのか、おどろき、一瞬だけ微笑みを崩しました。

 

「しかし、精霊王におかれましては、これから先の展望をいかがなさるつもりなのでしょう?」

 

「知らぬ」

 

「知らぬ、とは……兵力や、兵站は、必要かと思われますが。いったいそれをどのように工面なさると……」

 

「そなたらには、かかわりのないことであろう」

 

 この時の私の対応がいつになく冷たかったようで、副官として起用していた少年からは「精霊王も、あのように厳しいお顔をなさるのですね」とおどろかれてしまいました。

 

 そうは言われても、私はあの交渉官のような、女性の色香でもって話し合いを優位に進めようという専門家を、たいそう苦手にしているのでした。

 

 私は冒険者をしていた時代、精霊信仰に傾倒して、神官めいたことをしていました。

 その時にいろいろな人の悩みを聞くことがあり、その解決のために可能な限りで奔走していたのですが……

 そういった時、順列を守らず、自分の悩みの解決を最優先にさせようとする人たちは、二つのパターンに分類できたのです。

『怒鳴る』か『誘惑する』か。この二つです。

 

 私は、悩みを解決してもらおうという立場だというのに、怒鳴り、恫喝し、私を意のままにしようとする者と同じぐらい、安い化粧のにおいをぷんぷんさせ、だらしなく胸元の開いた服を着て谷間を見せつけ、手などとって自分の胸に導こうとする女性を、苦手としていたのでした。

 

 あの交渉官からは、その当時の『悩める者』よりはいくぶんおとなしいですけれど、色香によって私を意のままにしようという意図が感じ取れたのです。

 

 これは私が三人の正室をめとり、諸外国から好色だのなんだの言われているのを真に受けた魔術塔が、『好色な王』を手玉にとるために遣わした必殺の人材だったのかなと思います。

 

 しかし実際の私は、好色から正室を三人もめとったというわけではなく、むしろ小心からそのような状況に陥らざるを得なかっただけなのです。

 過ぎたる色香には引いてしまうのです。

 色香による交渉は私にとって、汚く口角泡を飛ばしながら怒鳴りつけてこちらを意のままにしようとする、無精髭の生えた汚い老人の恫喝と、なんら変わらないのでした。

 

「今出て行った女性は、なんだ?」

 

 ぎょっとしたような顔をしてルクレツィアが本陣の陣幕に入ってきたので、私は語るのも嫌というのを隠すことを忘れ、魔術塔の人選意図もふくめ、愚痴を述べてしまいました。

 

 するとルクレツィアはその場では「大変だったな」と言っただけで終わったのですけれど、翌日になると、陣内にいる魔術塔所属の者をすっかり追い出してしまい、以降は魔術塔排斥派として立場を固めていくことになるのでした。

 

「それで、あなたはどうするべきだと思う?」

 

 進軍か帰還かを問われているのです。

 

 しかし私は決断したくありませんでした。

 それはもちろん、帰りたい。帰って戦などとは無縁に、平穏に暮らしたいに決まっているのです。

 

 しかし戦勝にわく民たちは備蓄の食料まで使って宴会をしてしまっており、どこかで食料を奪わねば、精霊国は暖かい季節を迎えることができそうにありません。

 

 なにより彼らを戦争に駆り出すために演説などしてしまった都合上、今さら『公爵は助けたし、帰ろう』などとも言いにくい。

 それに私は民たちを『どうしようもない、大きな流れ』とみなし始めておりましたから、この流れに逆らって帰還を提案することなど、できなかったのです。

 

 本心では帰りたいけれど、さまざまな問題をかんがみると、帰るのが現実的ではない。

 だから、決定を告げられない。

 

 この時の私の苦境は、以上のようなものだったのです。

 

 あいかわらずあいまいに笑ってうめく私を見て、やはりルクレツィアは「なるほど」となにかを理解しました。

 なにを理解したのかはさっぱりわかりません。その後にルクレツィアが打ち出した方針を聞いても、彼女の思考を追うことはできませんでした。

 

「では、どうだろう、結婚式をしないか?」

 

 私はわけがわからなさすぎて、ぽかんとして、うめきました。

 

 そうして口から出たうめきはルクレツィアのいいように解釈されるので、私たちは大公国あたりの土地で、ほとんど全国民と言える数の義勇兵を引き連れたまま、結婚式を行うことになったのです。

 

 ルクレツィアとは二度目、精霊王としては三度目の結婚式は、このように始まりました。

 それはなにかの効果を狙った策略ではなく……少なくとも私はその意図がまったくわからないし、今もよくわかっていないのですけれど、やはり人の手にかかればこれも、『精霊王の深謀遠慮』として、歴史に記されてしまうのでした。

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