クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第50話 ささやかな幸福

 王都から南東方向に二日も進んだ、国境ほど近い場所に元子爵領は存在しました。

 そこは今、王宮直轄領となっているということでしたが、新しい管理者が来ている様子もなく、どうにも国王陛下崩御(ほうぎょ)から今まで、半ば放置された場所となっているようです。

 

 それでも民は広い土地で麦を育て、それを刈って暮らしています。

 金色の麦畑がばさばさと刈られていくその様子は、なんとも活気にあふれ、王都やその周辺よりよほど生気に満ち溢れているようでした。

 

 私たちが『子爵様に手紙があるのだけれど』と民に言えば、どうやらまだ『子爵様』で通るらしく、民はその館の場所を教えてくれました。

 

「精霊王の両親だというのは、知られていないようだね」

 

 オデットにこっそり耳打ちをされた時、私は安堵の息を漏らしてしまったのです。

 

 それは、ここに来るまでに聞いたさまざまな『噂』が理由なのでした。

 

 祖国は精霊王・大公国連合軍に大敗を喫し、賠償として多くの食料やお金、土地などを差し出すことになりました。

 このたった一回の敗戦による戦争の敗北は、もちろん国王陛下の崩御(ほうぎょ)と重なったゆえの、奇跡のようなものなのですが、奇跡的だけに、精霊王のおそろしさが、あることないこと……というか、ほとんど『ないこと』、国じゅうに広まっているらしいのです。

 

 私の顔も『火傷』ということで包帯でほとんど隠しておりましたけれど、これも、『ああ、先の大戦で精霊王軍に焼かれたのか』と納得され、さして触れられもしないという有様なのでした。

 

 潜伏するには都合がいいのですけれど、噂の中の精霊王軍は『生きたまま人を焼き、その周囲で踊り狂う』だとか、『人の死体をむさぼる』だとか、そういうありもしない風説を流布されているので、私はそういった噂を聞くたび、いわく言い難い気持ちになるのです。

 

 ともあれそんな状況ですから、精霊信仰と精霊国出身の者はたいそう居心地が悪く、かつてアナスタシアが治めていたころの我が国のように『邪教』に対する監視がおのずから強くなり始めているようでした。

 

「あなたのご両親にあいさつをすると思うと、緊張するね」

 

 情勢をかんがみるに、私は『精霊王来訪』を誰にも知られないために、両親の前に顔を出さず、安否だけ確かめて通り過ぎるべきだとは、思っていました。

 

 けれど妻であるオデットを一度ぐらい両親に合わせ、正式のあいさつをさせたい気持ちでしたから、両親への面会を強行しようと、私には珍しく、断固とした決意があったのです。

 

 断固としていたと、この時点では思っていたのです。

 

 ところが私の決意は、すぐに打ち砕かれました。

 

 両親が新しい、そして(つい)住処(すみか)として選んだと思しき場所は、王都郊外の子爵邸から比べればずいぶんこじんまりとした、一階建ての平家でした。

 

 メイドや執事なんかも詰められそうにないその家は、小さな中庭があり、そこで母が好きだった花が育てられているのでしょう、花の名を記したプレートが、黒々とした土に突き立っていたのです。

 

 庭には小さな小屋があり、それはどうにも犬小屋のようで、中から頭だけ出した白い犬が、我々の気配にも気付かず、呑気に寝息を立てておりました。

 

 その(つつ)ましやかで幸福そうな暮らしぶりを前に、私は足を止めてしまったのです。

 

 しかしその時点ではまだ、自分の足を止めた感情の正体を察することができておりませんでしたので、私は当初の予定通りにオデットを伴ったまま、家へと近付いて行ったのですが……

 

 そこで、見てしまいました。

 

 勢いよく家の戸を開けて出てくる、一人の、幼い少女。

 

 シンシアより五つ以上は歳下と思しき、まだほんの子供と言える少女は、生活感のよくある生成りのワンピースを着て、元気いっぱいという様子で誰かの手を引いて家から飛び出してました。

 

 手を引かれた人物は「ちょっと、ちょっと待って」と困ったように、けれど幸せと喜びのにじむ声で少女に制止の声をかけていたのです。

 

 それはまぎれもなく、私の母なのでした。

 

 遠目に見た母は、美しいドレスもなく、艶めいていた髪もどこかほつれて、顔には日々の苦労がにじんでいました。

 

 しかし、幸せそうだったのです。

 

 もはや宝石にたとえられること限りなかった美姫の面影はなく、その姿はどこからどう見ても『村で自慢の、美人のお嬢さん』という様子でしたけれど、貴族の館でたくさんの使用人に囲まれていた時より、『生きている』感じがするのでした。

 

 ああ、私は、あの幸せを壊してはならない。

 

 私はようやく、自分の足が止まった理由を知ったのです。

 

 あの家には幸福がにじんでいるのでした。日々の苦労は貴族であった時より多そうですけれど、それでも、苦労までふくめて、幸福そうなのでした。

 

 私が今さら子のような顔をしてあの家をおとずれたなら、あの人たちのささやかな幸福を壊してしまうように思われたのです。

 私は精霊王として戦争行為も働きましたし、賠償でずいぶん食糧をまきあげ民の暮らしをつらくもしたのでしょう。

 けれど、良心はまだ、あるのです。両親の幸福を願う気持ちは、あるのでした。

 

「オデット、すまないが……」

 

 ここまで言っただけで、オデットは察してうなずき、「行こうか」ときびすを返しました。

 その気遣いはどのような生活の世話より暖かく、私は彼女の背を追ってゆっくり歩きながら、目尻に涙がたまるのをこらえられませんでした。

 

 涙はぬぐうまでもなく、顔を覆う包帯に吸い込まれていきます。

 

 来てよかった。家族の幸せそうな今を見ることができて、本当によかった。

 来なければよかった。私と無関係になったことで、あんなに穏やかで、あんなにささやかで、とても幸せそうな、まさに私が理想とする光景、私がそうなりたいと思う姿を見せられるなら、来なければよかった。

 

 二つの思いが同時に胸によぎり、私はしばらく言葉も出ないありさまでした。

 

 帰り道、私に『子爵様の居場所』を教えてくれた村の若者と出会いましたので、私は彼にいくらかの金銭を渡し、「子爵様がお困りのようであれば、それで助けてやってほしい」と告げました。

 

 まぎれもなく自己満足なのでしょう。

 出会ったばかりの若者がそのお金を着服しないとも限りませんし、そもそも我々は貧乏な国の王と王妃ですから、路銀も少なく、ここで袋一つを渡すほどの余裕は、ないのです。

 

 けれど、私は両親のためになにかをしたかったのです。

 

 それが実際に効果を発揮する働きかけかはわかりませんけれど、私は、自分がここに来たことを決して両親に知られてはならないという思いと同じぐらい、両親の幸せを守る手助けをしたいと、そう思ったのでした。

 

 若者はぎょっとした様子でしたが、私が涙ながらに思いの断片を語ると、えらく神妙な顔でうなずき、役目を引き受けてくれました。

 

 私はその態度に安心し、オデットに「行こう」と告げたのです。

 

 いよいよ、我々は『砂と魔術の国』へ入ります。

 

 ざあざあと風が麦を撫でる音を後ろに、まずは『気候変動線』を目指し、歩いて行きました。

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