クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

58 / 115
第58話 砂と魔術の国との講和

「そう言えば我々は昔から精霊信仰をしていたな。あれは、二人だけの秘密だった。いつか精霊信仰を普通のものにしようと、そう誓い合って、お前はわらわとの誓いを果たすため、行動を続けていた……わらわは、嬉しく思うぞ」

 

 新しく用意されたカバーストーリーは、そのようなものでした。

 

 なぜアスィーラがこんなにもカバーストーリーを作り込んでまで『私と幼いころからの付き合いだった』としたがるのかはわかりませんが、しかしちょっと考えてみれば、やはり『どこの誰とも知らない、異国の男』を夫とするわけにはいかないという、社会への配慮みたいなものだったのでしょう。

 

 アスィーラは私からすれば相当なやり手で、その扱いは神に対するがごとくであり、すべてのわがままが簡単に通る雰囲気の中にいるように思えるのですが、それでもやはり、彼女なりに臣民への配慮はしているようなのでした。

 

 そういった細かい配慮が彼女をほぼ神格化し、誰も文句を言わず、それどころか喜んで彼女に従う、半ば独裁国家のようなものを維持しているのだとすれば、同じ王という立場にある者として、見習わなければならないのでしょう。

 

 しかし私はやっぱり怠惰なものですから、このアスィーラの細かい気配りに対する感想は『すごいな』だけで、見習おうとか、自分もそうあるべきだとか、そういう思いにいたったのは、もっとずっとあとのことなのでした。

 

 さて、アスィーラと私とのあいだで話はつきましたが、戦うつもりで気候変動線を挟んで顔を突き合わせている軍隊が今もそこにおりましたから、これらに納得できるよう、『我らは争わない』と示さねばなりません。

 

 それにはやはり、私が全軍のあいだに立って、今回の顛末を告げるしかないのでしょうが……

 

 気が、重い。

 

 これを告げるには、『さらわれたというのは勘違いであったこと』『ここに集った精霊国の兵力はすべてアスィーラに献上されること』『すなわち魔術の国のアスィーラを精霊王より上に置くと、精霊信仰の民に言わねばならないこと』……

 

 なにより『四人目の妻をめとること』を、全員に向けて宣言しなければならないのです。

 

 気が重いに決まっているのです。

 私はまた、目の前に差し迫った問題におびえるあまり、その先にさらなる重圧と苦労を増やし、そうして己のせいで増えた問題に苦しめられているのです。

 

「アスィーラ、どうにか、精霊信仰をしてもらうわけには、いかないだろうか」

 

 この発言はやはり、アスィーラが敬虔な夜神教の信徒であったならばこの場で首を落とされてもしかたがないぐらい、うかつなものでした。

 

 しかしアスィーラの反応は、『首をかしげる』というものだったのです。

 

 その『なにを言っているのかわからない』という顔に、私も鏡のように首をかしげてしまい、二国の首脳が戦争終結のための条件整備をしているはずの神輿(みこし)の内部に、奇妙に弛緩した空気が流れました。

 

 しばらくして、アスィーラが疑問の言語化を終えました。

 

「わらわは、最初から精霊信仰者だが……たしかに魔術の国であり、夜神の影響力が強いゆえに、魔術塔信仰のふりをしていたが、幼い日に誓い合った通り、我らは精霊を信じる者であろう」

 

「しかしそれは、世間向けの……」

 

「精霊王、思い出は、嘘をつかんのだ。我らは幼いころに誓い合った。我らは最初から精霊信仰だった。そうだな?」

 

 これがアスィーラの気遣いであると理解するまでしばしの時間を必要としたのは、本当に情けないことなのでした。

 

 彼女は私の面子を立たせるために、最初から精霊信仰者なのだという、無理を通してくれようとしているのです。

 

 そこにはやはり、『気候変動線を挟んだまったく気象条件の違う土地を攻めるデメリット』と『このまま目の前の軍を蹴散らすメリット』とを(はかり)にかけた計算もあったのかもしれません。

 

 私を夫にしておくこともふくめて、理知的な為政者としてのアスィーラが『利がある』と判断した結果にすぎないのでしょう。

 

 しかし、それでも、私は彼女の気遣いがありがたく、そして、その気遣いに気づけなかった自分のにぶさが恥ずかしく、消えいるような声で「ありがとう」と述べるしかできなかったのです。

 

「顔を見た瞬間に、思い出したのだ。我らは前世からのつながりがあり、そして幼い日をともに過ごした。そうでなければ説明がつかぬ。いや、そうなのだ。我らは幼馴染……こうしていると、お前と過ごした幼い日のことが、次々に思い起こされる。ようやく結婚するという誓いを果たせたこと、嬉しく思うぞ」

 

 アスィーラは頭の回転が早いせいか、私から見るとたまに暴走しているようにも見えます。

 

 しかし、それだけに、もう万事彼女の言う通りにしていればうまくいくのではないかという思いもあり、私は間違っていたらたしなめてくれるだろうという甘えもあって、このような提案をしました。

 

「どうだろう、あなたの国も、精霊国を名乗ってはみないか?」

 

 それはまったくの思いつきであり、私の思いつきはたびたび大惨事を巻き起こすのですけれど、思いついた瞬間には、この上もなく素晴らしいことのように思われて、私はそのアイデアを誇ってさえいるのでした。

 

 しかもこの当時、私に提案されたアスィーラは「それはいいな」と大変楽しそうにしていたもので、この頭のいい理知的な女王であるアスィーラに認められたことで、私はいよいよ、自分が素晴らしいことを思いついたのだと確信し、しばらく疑いもしなかったのです。

 

「では、そちらが気候変動線区分による『雪の領域』であり、こちらが『砂の領域』であるから、我らは『砂の精霊国』と名乗ろう」

 

 世界は気候変動線によって四つに分けられており、東西、そして南北を横断・縦断するその線の交点こそが『世界の中心』であると言われています。

 

 その交点から見て北西にあるのが私の故郷である『雪の領域』であり、アスィーラの国は『砂の領域』に存在しました。

 

 最終的……この手記を(したた)める時までに精霊国は全部で四つに増えるのですが、これはもう、精霊国というものが私の想像をはるかに超えて大きくなってしまった現在、妻がたくさんいるのと合わせて、『継承権』というかたちになり、私の頭を毎日悩ませています。

 

 しかしこの当時はまさか精霊国が北東、南東、北西、南西に一つずつできあがるなんていうことは想像もしておりませんでしたし、そもそも将来のことなんか考える余裕もなかったので、私は喜んで「では、あなたは砂の精霊国の女王だ」と、そういうことにしたのでした。

 

 さて、やはりこのあとに全兵に向けて今決まったことなど告示せねばなりませんから、我々は早急に原稿を用意し、兵たちにわかりやすく、そして納得させられるような演説をしなければなりません。

 

 しかし私は民というものがあまり長い言葉を理解してくれるとは思っていませんでしたので、その難易度の高さにうちひしがれ、先ほどまでアスィーラに思いつきを誉められたことを誇っていたというのに、再び地の底まで気持ちが落ちてしまい、また死にたい気分が上っ面を覆ったのでした。

 

 どうすれば簡単に、私とアスィーラが講和したことを、すべての民……ここに集う兵たちに伝えられるのか?

 

 もはやここから先は、『精霊王』を知る人ならば『ああ、精霊王はそういうことをする』というような、『いつものこと』になどしたくはなかったけれど、『いつものこと』になってしまった儀式をするしかないのです。

 

 つまり、結婚式です。

 

 私の三度目の精霊式結婚式は、こうしてアスィーラと精霊国との講和を示すため、気候変動線を挟んで行われることになったのでした。 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。