クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第60話 砂の領域式の結婚パレード

 魔術塔の用件は言わずもがな、『砂と魔術の国という、魔術塔支配力の高かった国家が、寝て起きたらいきなり精霊信仰をかかげる国になっていたんだが、どういうことだ』というものでした。

 

 どういうことなのか。

 

 私に言われても、困るのです。

 

 私だって、なにがどうなってこうなっているのか、ちっとも把握していないのです。

 

 冷静に問題を整理しようとすればするほど混乱が深まるばかりで、たとえ私が世界一の明晰な頭脳の持ち主であっても、あまりに因果がつながらないのに混乱し、言葉に窮すると、そう思うのですけれど……

 

 しかしこの当時は『すべての物事にははっきりした因果関係があり、それは誠意を尽くして状況を整理し、知恵を尽くして整合性を分析したならば、きっと理に適うように説明できる』と、思っていました。

 

 この当時はまだ二十代半ばぐらいだったので、世間的にはもうすっかり大人なのですけれど、精神的な成熟や人生経験といったものと無縁だった私は、『説明のつかない、人の気まぐれみたいなものが折り重なって、歴史というのはできている』というような境地には達していなかったのでした。

 

 魔術塔からの質問を私に伝えに来た人物は、例の胸元の開きすぎた服を来た、色のにおい立つような、『好色な王』向けの交渉官でありました。

 私は人に対して内心をあらわにすることはほとんどなく、自分の本心といえるものが人に看破されないよう、表情や声音はもちろん、息づかいにまでおびえて普段の暮らしをしているぐらいなのですが、この時は『またこの人なのか』と、あからさまに嫌な顔をしてしまった気がします。

 

 魔術塔の『ちょっと胸の谷間でも見せながらお願いすれば、あの好色な王は色良い答えを出すに違いない』というあからさまな思惑の見えた人選に辟易していた私は、それでも彼女たちの質問に答えようと奮闘したのです。

 

 しかし因果関係は私もよくわかりませんし、いろいろなことが起こりすぎて私は疲れていました。そのうえ、またこの、狙いのあからさまな、人の品性や理性を小馬鹿にするような人選ですから、私はすっかりいらだって、投げやりな対応になってしまったように思います。

 

「つまり、因果関係については、お答えいただけないと?」

 

「答えられないわけではない」

 

「しかし、我らの質問に『わからない』『いつのまにか』ばかり返されるご様子ですから、とてもお答えいただく意思があるとは……」

 

 そうとしか答えられないのだから、そうとしか答えられないのです。

 

 相手があまりにこちらに寄り添う気配がなく、柔らかく落ち着いた色気ある声音の向こうにこちらを見下す響きを隠そうともしないものですから、私はとうとう不機嫌のあまり、こんなことを述べてしまいました。

 

「すべて、精霊の導きだ」

 

 精霊の導きという言葉自体は魔術塔信者も昼神教信者も使うもので、それはだいたい、よくない出来事が不可抗力的に連続して起こった時、『ああ、いつのまにか精霊の導きに誘われていたようだ!』と、現状を嘆くように述べる言葉なのでした。

 

 しかし精霊王が魔術塔の使者に対してこの表現を使う意味を私はよく理解しておらず、とにかく面倒くさかったし、私にとってはまさしく『よくない出来事が不可抗力的に連続して起こった』と言えるので、このように吐き捨ててしまったのでした。

 

「かの国は精霊に惑わされたと、そういうことでしょうか」

 

 いらだちは人を容易に浅慮にします。

 もしかしたら狙って放たれた挑発かもしれないとのちに思うのですけれど、この時の私は、おそらく魔術塔の思惑のまま、こう述べてしまったのでした。

 

「違う。今まで魔術塔に惑わされていたのだ」

 

 この言葉の背景にはもちろん、こんな直近のやりとりのみではなく、『開墾地私財法』にかこつけて我が国の土地を切り取られている当時の状況や、魔術塔の思惑にのせられてまんまと祖国に誘い出されたことなどの、うらみつらみがこもっていました。

 

 組織やそこに属する人に『消えてほしい』などと願うほどの強さがない私にとって、この発言は、精一杯の意趣返しだったように思います。

 

 しかし精霊王がこのタイミングでこの発言をするのは、あまりにもまずいことでした。

 

「夜神は人を惑わすものであると、そうおっしゃるのですか」

 

 あ、まずい、と思ったのですけれど、周囲には妻もおりましたし、兵をたばねる将軍のような人(当時の我が国はほとんどが冒険者義勇兵で構成されておりますし、進軍の際に兵力としてついてくるのも民ですので、軍隊そのものは将軍というものを置くのが恥ずかしくなる規模でして、将軍はいなかったのです)もおりました。

 

 ここで退いては彼らの不興をかうだろうなというのが頭によぎり、私はそれでもどうにか決定的な敵対を避けようと、このように発言しました。

 

「神が人を惑わしているのではない。そなたらが人を惑わしているのだ」

 

 振り返ればこれは、この時に浮かんでいた発言の中でも、最悪のものでした。

 夜神を悪だと言っているのではなくって、もう少しあなたたちの態度のほうを気にすべきなんじゃないかという意味合いだったのですが、どう考えても、そのようには受け取られなかったのです。

 

「その言葉、賢者がどう思われるか、ご理解しておいででしょうか?」

 

 賢者というのは魔術塔の最高決定機関に属する者へ与えられる称号なのでした。

 七賢人などとも呼ばれ、魔術塔が大きな動きをする時には、この七人のうち最低四人が賛成しないといけないという決まりがあったかと思います。

 

 私の発言が本当にまずいもので、大失敗をしたと思ったのはこの時でしたが、もうあとに退けないし、なにやら勝手に押しかけてきた人たちが無礼を働いて勝手に問題を大きくしたような気持ちでしたから、『もう、どうとでもしてくれ』という気持ちで、「好きに思えばよい」とだけ述べ、お帰り願いました。

 

 この言動は『精霊王』として正しかったようで、そばに仕えていたシンシアなどはいたく感動して『もし精霊王があのように対応してくれなかったら、自分がうっかり魔術塔の使者を殺していたかも』などと、こわいことをぼろっと漏らしたりもしていました。

 

 私の目からしてもかなり無礼でしたが、やはりシンシアからしても『精霊王』に向けるには無礼な態度に映ったらしく、私は先の魔術塔とのやりとりの『まずい』という気持ちも忘れ、シンシアの『お兄様』として解釈違いの行動をとらなかったことに、安堵の息をついたのです。

 

 その後魔術塔の使者はアスィーラのほうへも行ったようですが、アスィーラは門前払いしたそうです。

 私もそうすればよかったかもしれないと思いましたが、きっとその選択肢を思いついても、小心ゆえに選べなかっただろうなと思い、この当時のやりとりは、『避け得ぬこと』と私は認識しています。

 

 余計なストレスをかけられてなにもかもが嫌になってきましたが、もう結婚式の予定は決まっていますので、『ちょっと疲れたから、やめよう』と言うわけにもいかず、とても進まない気持ちで衣装合わせなどし、予定に備えることになりました。

 

 約束通り前半は我が国の様式なのですが、相変わらず食料事情も金銭事情もなにも解決しておらず、解決の糸口も見えない状態でしたので、『精霊式の結婚式はさほど派手でなく、金も使わない』というような雰囲気を出して、なんとか清貧そうに行うことになったのです。

 

 これはセッティングをしたルクレツィアが、公爵の家で生まれて本当によいものに触れていたおかげか、センスがよかったので、どうにかアスィーラの感動を呼ぶことができました。

 

 そうして後半、アスィーラの故郷である『砂の領域』方式での式が始まります。

 いわゆる精霊式の誓い……相手の頭に水をかけるアレも、この時に行われる予定でした。

 

 しかしそれ以外になにが起こるか知らなかったのです。

 

 それは、式の前半を雪の領域式にするのと交換条件として言われたことで、ようするにアスィーラは『お互いにどのような式を行うか詮索しないようにしよう』と提案したらしいのでした。

 

 たぶん彼女のことだから、ただ単純にサプライズとしてそう提案しただけなのだとも思いますけれど……いえ、どうでしょう。アスィーラは狡猾な政治家の計算高さと、幼い少女のようないたずら心をあわせ持つ人ですから、真相はわかりません。

 とにかくこのサプライズが、私の故郷の滅びの原因となるのです。

 

「我が国で王族が結婚する時には、長い距離を駄獣に乗って歩き回る。その距離はさまざまだが、共通しているのは、『互いの生まれ故郷に寄る』ということだ」

 

 規模の大きさに変な声が漏れましたが、その時の私の中にあったのは、あまりに豪華な式へのおどろきだけであり、その式がもたらすこと、その式が行われるとはどういうことかまで、考えが及んではいなかったのです。

 

 つまり、それは。

 

「お前の故郷は我が国だが、両親の住まう場所は別にあるはずだ。さあ、駄獣に乗り、みなで祝いの歌を歌いながら、そこまで行くぞ」

 

 巨大な獣に乗り、歌いながら、みんなで、私の両親のもとまで行く。

 ここで言う『みんな』はこの結婚式に参列している人たち全員であり、ようするにそれは、両国の軍隊なのです。

 

 つまり、軍隊を連れて歌いながら、精霊国との関係が気まずく、『砂と魔術の国』に攻め入られそうだという噂になっていた、私の生まれ故郷の国へと行く。

 

 それはもう、侵攻なのでした。

 

 止めねばならなかったのです。

 

 事前の約束では、互いの示した結婚式の様式には文句を言わずに従う旨もあったかと思いますが、その約束を反故にしてでも、止めねばならなかったのです。

 

 こここそが、私が王として『断固』たる態度をもって決断し、行動せねばならない場所だったのです。

 

 ですが、できませんでした。

 

 ここまでやって今さらアスィーラとその臣民の機嫌を損ねることがおそろしく、また、結婚式を投げ出すような提案をした場合にどのような報復をされるのかにおびえ、私はなにも言わず、彼女たちの提供する様式での結婚をすることを、消極的に承諾したのです。

 

 もちろん『これは結婚式だから侵攻の意図はない』と先触れを出すなどの小技は試みましたけれど、それが通じるはずがないのは、こうして私がこの記録を(したた)めている時代には、すべての人にとっての常識だと思います。

 

『雪と砂の共同戦線』による私の祖国の滅亡は、このように決定されたのです。

 

 繰り返しますが、この記録に認めるものはすべて真実で、私は一つも嘘を書かないつもりでいます。

 ですから、こんなくだらなく、ありえなく、簡単に故郷の滅びの第一歩を踏み出してしまったことも、脚色なく書かなければなりません。

 

 我が祖国の滅びの原因は、精霊信仰にひざまずかなかったことではなく、国王崩御の混乱を狙って聖霊王が国をとろうとしたわけでもなく、ましてや祖国の民が精霊王をいただくことを望んだわけでも、ないのです。

 

 結婚式の、ついで。

 

 これが私の祖国が永遠に地図から消え失せた原因なのでした。

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