クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第74話 次期精霊王継承方法

「シンシアにはお兄様と幸せに過ごしてほしいのです。産まれた時からずっと、お兄様をお兄様と慕い、仲睦まじく過ごし、せっかくそばに素敵なかたがいらっしゃるというのに触れ合えない空白の時間があったということのないよう、幸福に、睦まじく……」

 

 シンシアのこの言葉をよく覚えているのは、その発言にいわく言い難い奇妙な気配を感じたからなのでした。

 

 どうにもたまに、シンシアは子シンシアと自分を混同している様子が見受けられるのです。

 あるいは、混同するためにこそ自分の娘にシンシアという名をつけたのかも……そう思ってしまうと不意に首筋をひやりとした手がなでるようなおそろしさがあり、私はすぐにほかのことを考えて、その問題をすっかり忘れされるように努力をするのです。

 

 しかし思考を避けた先、アスィーラのほうにもまた、似たような気配はありました。

 

「たくさんの約束をして、たくさんの思い出を積み重ねてほしいものだ。大人になった時、不意に自分の人生が誰のものかわからなくなるようなことは、ないといいなと、思う。わらわがシュジャーに望むのは、そういう幸福だけなのだ。王族ではなく、『自分自身』として積み重ねる思い出が、あの子の人生にあればと、それだけ……」

 

 声音も表情も、抑揚や間さえ、ありありと思い出せます。

 

 この当時の彼女たちの発言には、普段見られない、どろどろした情念のようなものがたっぷりとうずまいているのでした。

 それは醜かったり、いびつだったり、あるいは弱々しかったりする、彼女たちが私と接する時には決して見せないような、彼女たちそのものとも言える熱のように感じられたのです。

 

 私は普段の、美しく、私に惜しみなく尽くし、どこか私に気遣うような様子より、むしろ、この時の言葉の奥にあった腐臭のする熱源みたいなものにこそ、共感を覚えられる気がするのです。

 

 もしも彼女たちがこの言葉に裏にあったものを私に惜しみなく公開してくれたのであれば、私は信頼をおけないという病理に苦しむこともなく、その醜く汚いいびつな部分を愛で、彼女たちと真の意味で睦みあえたのでないだろうかと、そう思えてならないのでした。

 

『苦しい』

 

 この言葉を一度でも言ってもらえたなら、彼女たちも私と同様に、この世の常識や人からの視線というものに無理やりあつらえられた金型に無理くり自分を押し込めているのだと、確信できたのです。

 言動の影にたまにのぞく程度ではなく、もっともっと、明確に示してもらえたならば、彼女たちのような完璧な者にさえ人に見せられない醜さやいびつさがあったのだと確信できたら、どんなに……

 

 けれど、それを公開してもらうことは、できそうもありませんでした。

 

 私がこうして紙の上にしか自分の矮小で醜い部分を吐き出せないように、彼女たちもきっと、人前にはその部分をさらせないのです。

 

 私は妻と子らを愛しております。

 

 たぶん、きっと、愛していて、彼女たちのすべてを見せてもらいたいと願っておりますし、それを受け入れることも、できるのではないかと思うのです。

 

 けれど、私が私であるがゆえに、彼女たちはそのすべて、後ろ暗いところ、醜いところを、私には見せてくれないのだろうとも、思います。

 

『どうすればよかったのか?』

 

 私はたびたび、自問するのです。『どうすればよかったのか?』。勇気があればよかったのか。決断できればよかったのか。断固とできればよかったのか。

 もっと単純に、強ければ、どうだろう? 心も体も強く、たとえば冒険者としても成功できる才覚があって、国王としても瑕疵(かし)なく、民に振り回されず、外交も内政もでき、おのずからすべての人が私の意のままに動くような、強い者であれば……

 

 しかし、『強さ』の先に、私の疑問の答えはないような気もするのです。

 

 これももちろん、強くなれない怠惰な性分の私がかかげる言い訳にしかすぎないのかもしれません。

 

 けれど、『強さ』だけがすべての問題を解決するわけではないというのは、事実なのです。

 

 数多の国を滅ぼして精霊国にし、昼夜の神殿を向こうに回しながら精霊信仰を広めた私は、強かったからこのようになったわけではないと、それだけは、自信をもってはっきりと言えます。

 もしも私が強かったなら、私は今、きっと、精霊王ではなく、祖国の公爵令嬢の夫としてここにあるはずなのですから。

 

 話を戻しますと、この当時、誰も王位を望んでいないのに、私は困り果ててしまいました。

 誰か一人でも王位への欲求を示したならば、もうその人に全部投げ出してしまおうと、そのぐらいのことを、言葉にせず思っていたのです。

 しかし子を持つ妻の全員が、我が子の幸せを望み、その幸せは王位を継承した先にはないようなことを言う……

 そうなると私が決断せねばならないのですけれど、私にその能力がないというのはもう、幾度繰り返したかわからないほどですから、この当時の私もまた苦しみ、悩み、なにも決められず、逃げ道を求めたのです。

 

 オデット。

 

 子がいないせいか、あるいは平時からの習慣か、ここまでずっと気配を消すように黙り込んでいた彼女に、私は助けを求めました。

 

 宰相か、オデットか。私が助けを求めるのはだいたいこの二者になっているような気がします。

 この二者には平民出身という以外には共通点がないように思われるのですけれど、あるいはその出身のせいか、なんとなく悩みを話しやすい気安さをまとっているように思われるのでした。

 

「あなたが決められないなら、決めなくてもいいんじゃないかな」

 

 そのオデットから出てきたのは突き放すような言葉で、いかにも冷たく感じられたのですけれど、そういえばオデットの物言いはこうしてまずは突き放すように響くのが常なので、私は平静を取り繕うことに成功しました。

 

 彼女の顔をよく観察しながら発言の真意をたずねてみると、彼女はちょっと考えてから、このように補足しました。

 

「具体的な方策を出せってことかな? だったらまた、投票でもしてもらったらいいんじゃない?」

 

 投票。

 それはかつて、私が悩みに悩んで両親へと相談に行くさいに、伴う妻を誰にするか、民に決めてもらった方法でした。

 

 ただ、その方法は意図せぬ大きな権限を民に幻視させ、言葉にしていない幻聴を聞かせ、なにもかもが自分たちの自由になると誤解させることになるのだと私はすでに知っていましたから、ちょっと渋ったのです。

 

 そんな方法に我が子の将来をゆだねるのも無責任に思える、というのも、渋った理由の一つでした。

 

 その時に私はやはり『素晴らしい思いつき』をするのですけれど、これもまた『この当時はそう思っていた』程度のものであり、のちに重大な問題を引き起こすことになります。

 

 この手記を(したた)めている現在も私は継承権について悩んでいると述べましたけれど、その悩みのもっとも大きな原因といえば、この時にしてしまったうかつな発言に他ならないような気さえするのです。

 

「どうせなら、我が子だけを候補にせず、民から広く、次の精霊王を選ばせてはどうだろうか。お前たちは我が子に望む道を選んでほしいと言うし、そのためには精霊王は重いとも語るけれど、もしも、我が子が精霊王を望んだら、その時にはどうすべきか。民の暮らしもあるから、我が子が望んだというだけで与えることはできないけれど、それでも最初から我が子が精霊王になる道を閉ざしてしまうよりは……」

 

 なにかもっと長く、つらつらと、思いついたことを語り続けたような記憶があるのですが、なにぶん考えて用意していた言葉ではなかったもので、言い訳くさすぎて、内容も薄く、記すに忍びないというような、そういう発言なのでした。

 

 しかし私の言葉に妻たちはいたく感動してしまい、『それはいい』ということになって、こうして継承権問題は先送りされ、『継承権のゆずりあい』という名の争いは一瞬だけ表面化して、それで終わったのです。

 

 もっとも、その問題はこうして現在に私の喉元に突きつけられ、初代精霊王としては二代目にいったい誰を推すのか、あるいは誰も推さないのか悩ましく、行動一つ一つに政治的なメッセージが乗ってしまうので我が子の顔を見るのも慎重にならねばならず、私を苦しめています。

 

 この時点では内々だった話は、案の定大公国王に『それで、継承権については……』と食卓で話を振られ、特に代案もなかったものですから正直に『投票で決める』と言うしかなく、そのせいで広まり、もはや『やっぱりやめた』とは言えない状況になってしまっているのです。

 

 どうして過去の私は未来に火種を送らずにいられないのでしょうか?

 

 未来に成長はなく、ただ衰退があるだけなのです。二十代の私はそのころが一番若く、十年もすれば三十、四十と歳を重ねておとろえていくだけなのです。若ければ若いほうが解決能力も体力もあり、それがこの先に増えることは、ないのです。

 

 けれど、若い私は、年老いた私に問題を投げ続けるのです。

 

 継承権問題のほかにも、先送りにしたことを後悔する問題は無数に存在します。

 

 たとえば……苛烈と思われ、おそろしく感じても、私はどこかのタイミングで昼夜の神殿にとどめを刺すべきだったのかもしれません。

 

 ようよう気候変動線北東の海の領域へと目が向く時期がせまり、私はどうしても、あの魔術塔の七賢人から送られた憎たらしい手紙のことを思い出さずにはいられないのでした。

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