クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第85話 『精霊王降臨』

『ご尊顔を拝したその瞬間、私は己のあやまちに気づかされたのです。

 私は例のアナスタシア王の時代からこのあたりにおりますけれど、その時の国の居心地の悪さというのか、聖女陛下万歳隊とかいう、いつのまにかできた組織が、精霊信仰だの、夜神信仰でさえも、そういうものを感じさせる言動、物品などを見れば、すぐに取り押さえ、持ち主をめちゃくちゃに袋叩きにし、いいことをしたような顔をして去っていき、しかも衛兵もこれをとがめないのです。

 その当時の私は敬虔とはいかないまでも昼神教徒でしたが、それでも聖女陛下万歳隊にいつ目をつけられ、袋叩きにされるか、そればかりおびえて暮らしておりました。

 精霊王猊下(げいか)はあざやかな手並みで我らをそのような状況から救ってくださったのです。

 思えば大公国救援といい、祖国救済といい、精霊王猊下はこれまでいくつも不可能と思われたことを、精霊眼によって未来を見通し、やってきたではありませんか。

 食糧難、困窮、そのようなものはたしかに雪のごとく我らの暮らす屋根に重くのしかかり住まいをきしませましたけれど、それもこれも、いつか精霊王猊下がお救いくださると、わかっているべきだったのです。

 あのお顔と、あのお声を実際に耳目にするまで、私はそのことをすっかり忘れ、あまつさえ精霊王猊下を魔術塔に差し出し、屈辱を味わわせようなどと、愚かなことまで主張しておりました。

 この精霊痕(せいれいこん)に誓って、私は生涯、精霊の忠実なしもべです。二度と、かの王を裏切るようなまねはいたしません』

 

 王城あたりがスタンピード由来の被害に遭った時にケガを負った者に私が治療をほどこしたのですけれど、私の神官魔術は相変わらず未熟ですし、ケガ人も多く一人にあまり長く時間をかけてもいられませんでしたから、傷痕が残ってしまったのです。

 その痕のことを『精霊痕』などと述べているようなのでした。

 

 私はどれほど羞恥と煩悶に悩まされ、顔を赤くし奥歯を砕けそうなほどに噛み締めるはめになるとわかっていても、自分について記したものは、残らず目にしないと気がすまないのです。

 

 不可能とはわかっておりますけれど、私は私が世間にどう映っているのかを完全に知りたいという欲望を止められません。

 

 本当は嫌なのです。見たくも聞きたくもないのです。それを気にしないでいられたらどれほど幸福な人生だろうとそう思うのです。

 けれど、見ないでは気がすまない。見たところでなにかが理解できたり、気持ちがちょっとでも救われたりということがないのは理解しているのですけれど、それでも、気になって気になって、確認漏れがあると思うと夜も眠れない……

 

『評判』

 

 私の悩みの大部分はどうにも、この『人が自分をどう見ているのか気になる』という、おそらく人間が誰しも持ち、しかし多くの人がきちんと制御できている衝動にあるのではないかと、そういう気さえするのでした。

 

 また別の記録にも、この時のことが書かれています。

 

『参集せよ、と精霊王はおっしゃった。

 その声は、争い、わめき、昼夜神の庭のごとき痛苦にさいなまれ、己を失っていた人々の耳に不思議ととどき、魔物さえも、その爪牙をふるうことを一瞬止めた。

 人々が見つめる先で精霊王が片手をあげれば、あれほど分厚かった雪雲が切り裂かれ、かの王の背後から雪の領域に久々の陽光がとどいた。

 人々は涙しひざまずいた。魔物でさえも、精霊王にはむかったことを恥じるようにうなだれ、己が肉で飢えをしのいでほしいと言い残し、みな死に絶えた』

 

 まさかこの記述を信じる者はいないと思いますが、魔物というのは人語を理解しませんし、人を見るやいなや襲いかかってくるので、私を発見した魔物は当然、私にも襲いかかってきました。

 

 これらの記述から事実を抜き出すと、このような話になります。

 

 まず、私の救援要請を、オデットが城で並んでいた兵たちに伝えに行きました。

 オデットの隠形術(おんぎょうじゅつ)は魔物さえもあざむくようで(というより、冒険者としての活躍のほとんどは、魔物相手の隠形術なので当たり前なのですが)、伝令は問題なく兵たちにとどきました。

 

『どうしていいかわからなくて、待つしかできない』という状況をストレスに感じるのはどうにも私だけの性質ではないようですから、待機していた兵たちは『精霊王の命令』に従って、突撃を開始しました。

 

 突撃、なのです。

 

 普通、隊列を組んだ軍隊というのは、まず遠距離射撃で牽制をします。

 

 そうしてこちらの遠距離戦力、ようするに魔術兵を狙って敵が攻めてきますから、これに破られないように歩兵が肉の壁となり、魔術兵を守ります。

 

 この時にじっと突っ立っていると敵がわの魔術兵なり遠距離兵力にやられるので、歩兵はとにかく前に出て、歩兵同士で乱戦になるように相手に噛み合うのが常です。

 突進力というのも馬鹿にならない威力を生み出しますから、そういう意味でも、前に進んでしまったほうが、生存率が上がるというデータもあるようでした。

 

 つまり『突撃』というのは、状況解決のためにとりうる行動ではなく、状況解決の戦力たる魔術兵、当時の我が国ですと導器(どうき)兵を守るために行う、『つなぎの行動』ということになります。

 

 しかし、突撃なのでした。

 

「だって、『巻き込むから魔術を放てない』っていうんだったら、『もう全員で駆け抜けるしかないのでは?』って言うしかないじゃないか」

 

 どうにもこれはオデットの入れ知恵のようです。

 たしかに『魔術を放てば人を巻き込む。しかし向こうがわに精霊王がいる。これを救援しなければならない我々はどうすれば』という問いかけがあったなら、それはまあ、『突撃』しかないのかもしれません。

 しかしなんていうか、その、命とか、惜しくはないのでしょうか。

 

 きっと職業意識とか使命感とか、あるいは『精霊王』への忠義などもあったのだとは思うのですが、私はそういうものがよくわからないので、彼らの命をかえりみない行動は、理屈で説明をつけて飲み込むしかありません。

 

 おそらくこのままではジリ貧だと、そういうことも、思ったのでしょう。

 とにかく精霊王国兵は、導器兵までふくめて、突撃を開始しました。

 

 いきなり鎧と槍と導器で武装した集団がいっせいに走り出すと、さすがに民も魔物もそちらを見ます。

 しかもこの時、兵たちは「精霊王のために!」という叫びまであげていたものですから、大変目立ちました。

 

 すると魔物と噛み合っていたクーデターの人たちはぎょっとして逃げますし、魔物のほうは逆に人に対して戦意があり、生存本能もそれに次いであるらしいので、『叫びながら向かってきた集団』に敵意を向けました。

 

 すると、民や冒険者たちと、魔物の集団とが、分離したのです。

 

 魔術兵が攻撃できる環境が整ったのを、冷静な指揮官が見極めたのでしょう(あるいは、冷静な者だからこそ、この状況での陣頭指揮に選ばれたのだとも思います)、魔術兵の突進を停止させ、いっせいに魔術を放たせました。

 

 あとはもう、型通りの戦闘です。

 

 もちろんここにいた魔物たちは、スタンピードであふれだした魔物全体の二割ぐらいですけれど、武装した国軍であれば対処は可能でしたから、特に番狂わせもなく、蹴散らされました。

 

 もちろんスタンピードの脅威についてはこの程度ですっかり綺麗に片付かないので、だからこそ冒険者組合は世界各地でダンジョン活性化を見張っているのですけれど……

 

 ともあれ魔物が蹴散らされたあとには、兵たちと、クーデターの人たちと、それからオデットと私が残されました。

 

 人々は当然のように私を見ておりますから、私はここで、なにかを言わねばならないのだなと思うのですけれど、じゃあなにを言えばいいのかが、ぜんぜん浮かばないのです。

 

 そもそも王城を人々が囲んでいるという状態のところに駆けつけたのだって、なにか具体的な案があったわけではないのです。

 そこにスタンピードが起きていたので、ちょっと考えていたことももう無駄になったように思えて、私はすっかり困り果てました。

 

 そんな時、オデットがなにものかを私の目の前に転がしたのです。

 

 魔術封じの首輪をつけさせられ、手足を縛られたその女性に、私は見覚えがありました。

 

 それは二回ほど魔術塔からの遣いとして私の前に来た交渉官(こうしょうかん)であり、さすがに寒すぎるのか今は厚着でしたけれど、たいていは、胸の谷間が派手に見える服装をして、色香のある声で『好色な王』を誘惑にかかる、例の魔術塔神官だったのです。

 

 なぜ彼女がこんなところにいるのかを私が問う前に、オデットが口を開きました。

 

「これが扇動者だよ」

 

 民を裏から動かしていた、らしいのです。

 

 そりゃあもちろん、民が具体的な行動を起こすためには、なんらかの『そそのかし』が必要であるというのは、私はわかっているべきでした。

 かつてアナスタシアの国が滅んだ時のように、人々が行動するには『正しいと思えること』と『間違っていると思える敵』と、『敵を倒すために代表してくれる人』、それから『正しさを自分たちに保証してくれる人』がいります。

 

 いかに生活が困窮しようが、圧政や監視に不満を持とうが、それは『敵』が明確になるだけであり、この『敵』に向かうための信念、代表者、正義などは、誰かが与えてやらねばならないのです。

 

 その役割をして精霊王を追い落とそうと工作していたのが、どうにもこの交渉官のようなのでした。

 

 初めて会った時と変わらない妖艶な美貌を持つ女性は、雪の上に縛られて転がされながら、私を見上げて、笑っていました。

 

 私はその顔を見て『この人は本当に、嫌なことばかり運んでくるなあ』と思い、それが顔に出てしまったのを覚えています。

 

 すると、彼女は、笑うのです。

 

 とろけるようなその笑いに私は背筋を寒くしてますます彼女におびえますと、やはり彼女はどんどん笑顔になり、白い息を長く吐き出し、寒さではなく恍惚のあまりといった風情に震えるのでした。

 

「精霊王、わたくしを覚えておいでですか?」

 

 覚えていますが、なんだか彼女とは話したくなかったので、私は顔をしかめます。

 しかし、顔をしかめるということが、どうにも彼女を興奮させるようで、本当に始末におえず、困り果ててしまいました。

 

「そのお顔を拝見できたなら、努力のかいがございます」

 

 言っていることがわからなさすぎて恐怖し、この恐怖を理解することでどうにかしたいと思った私は、このあとみなに彼女の言動の意味をたずねました。

 すると宰相から『被虐願望』という概念が提出されたのです。

 

 なんでも、彼女は私に嫌悪され、邪険にされ、冷たくされ、恐怖されることで興奮し、その味を覚えてしまったがために、そうされるためにはなんだってするようになったのではないかと、そういうことらしいのです。

 

 宰相はあらゆることに造詣が深いのですけれど、まさかこういう趣味趣向の深奥にまでその知識が及んでいるというのは、さすがにおどろいてしまったのをよく覚えています。

 

「首を刎ねようか?」

 

 オデットが自然にたずねてきますので、私はやはり、『それは、いけない』と思いました。

 

 魔術塔の信者なのですから魔術知識もあるでしょうし、魔封じの首輪をつけたところでなにかしらの抜け道を知っている可能性もあり、牢に入れておくというのも気持ちが悪かったのですけれど、それでも、私は、私の判断によって人命を失わせる罪を背負いたくなかったのです。

 

 周囲の人はもう、状況の展開についていけないようで、私の判断を待ったきりでしたし、これ以上ほかになにかが起こって判断を先延ばしにすることもできなさそうでしたので、私はこう述べなければなりませんでした。

 

「彼女は魔術塔に返そう」

 

 人命を失わせる決断はしたくないし、かといって城の牢にもおいておきたくないので、そのような意見になりました。

 

 こうしてクーデター、正確にはその未遂はなんとなく終わりまして、その数日後に雪の領域の天候も快復に向かいました。

 

 その時のことがあいだの日数など無視されて、『精霊王が王城についたとたんに雲に切れ目が入った』などと脚色されているわけでした。

 

 また、今回スタンピード第一波によって大量に出た魔物の死骸は、その肉を食料として炊き出しに使われることになったのです。

 

 もちろん魔物は食べる部位が少なく、味もよろしくなく、さらにこれは『狩猟』なので、農耕とは比べ物にならないほど安定しませんし、そもそも魔物は強いので、供給量が費やすリスクに見合いません。

 こうして地上に出てきてくれないと、ダンジョン内は狭いもので軍隊を並べてこの時のような綺麗な殲滅もできませんから、これを『食料』として頼るのは、かなり無理があります。

 

 しかし一時だけ、寒さと空腹をしのぐには、使えました。

 

 ほんの一時の休息なのです。

 

 スタンピードが国軍が出てそのまま解決といくような性質のものであれば、冒険者組合は全世界に根を張れるほど重用されてはいません。

 彼らが『軍隊』ではなく『日雇い労働者としてのフリーランスの冒険者』を世話しているのも、スタンピード被害の本当のおそろしさに原因があります。

 

 また、異常降雪はおさまり始めてきたとはいえ、やはりまだ食糧難は続いておりますし、クーデターを扇動した魔術塔交渉官を魔術塔に引き渡すための準備だっていろいろあり、国がここまで弱っていると昼夜神殿の動向も気になります。

 

 つまり問題はまだまだ山積みなのです。

 

 一つ一つ、手をつけていくしかありませんでした。

 

 その問題解決の最初の端緒となったのが海の領域に残してきたシンシアと、そのシンシアとの連絡要員として残っていた精霊王捜索隊の持った情報だったというのは、精霊のみちびきか、神の罰か。

 こういう偶然をすべて『計算づくでした』と述べてしまえるぐらいの面の皮がほしいと願わない日はないのですけれど、どうにも私はまだまだ、さらす恥がつきることはなく、その恥に悶える日は終わらないようでした。

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