クズとヤンデレの建国記   作:稲荷竜

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第88話 女領主エリザベート

 エリザベートが十二歳になったころ、ねだられて領地をやった覚えがあります。

 

 とはいえこれは私が特別義妹(続柄で言えばエリザベートはルクレツィアの妹にあたりますので私にとって義妹になりますが、年齢差を考えると、どうにもあの子を妹と呼ぶのはみょうな感じがしてしまいます)に甘いということではありませんでした。

 

 当時の精霊王国には『東方大移動で国を出て行った貴族が治めていた土地』がいくつも主なきまま放置されていたのです。

 

 これらは国の直轄領、すなわち精霊王の土地ということでどうにか管理しておりましたが、私が祖国を滅ぼしたあたりで離れた貴族の数はあまりにも多く、同時に手放された土地も多かったものですから、常に管理者は求められていたのです。

 

 エリザベートというのは昔ながらの家庭教師方式で育てた優秀な子だったので、大公国王とも相談のうえ、『主なき土地』の一つを任せてみようと、そういうことになったのでした。

 

 この十二歳の女領主は大公国王にも歓迎されて誕生したわけですが、唯一、彼女が領主となることに反対した者がおりました。

 

 アルバートです。

 

 以前に記した通り、本来であれば王となるべきアルバートに、急遽対抗としてあてがわれた第二王子がエリザベートなのでした。

 そんなふうに王位継承問題を発生させた祖国王はすでにお隠れになっていますけれど、二人のあいだにはまだ因縁めいたものでもあるのかと、私は胸の詰まる思いでいました。

 ところがアルバートが『領主エリザベート』の誕生を祝わないのは、それとはまったく関係ない理由だったのです。

 

「あの子は優秀で愛想もいい。おじとしてはかわいいとも思う。だけれど、領主にしてはならないと思うのです。はっきりしたことは言えません。ただ、あの子の瞳というか、雰囲気というか、国を乱す元凶であったあの子の母やその一族に似たものを感じて、どうにも胸騒ぎがします」

 

 祖国王が晩年乱れ、王宮内でさんざんなふるまいをし、人を信じられなくなり、アルバートを王にする証書を神殿に発行させず、それどころか生まれたばかりだったエリザベートを推して国を割ったのには、エリザベートの母の一族の影響があるという話でした。

 

 その一族はまさしく『傾国の一族』であり、晩年の誰も信用しなかった祖国王に唯一信頼をおかれ、吹き込むことそのままに政策をさせ、国の実権を握っていたと言われていました。

 

 その一族の悪辣さについては、あの気高いルクレツィアが『この一族は処刑してしまうべきだ』とはっきり述べたことだけでも、充分に証明できるでしょう。

 

 その一族はもう半ば幽閉のようになっていますし、エリザベートもまだ赤ん坊のころに引き離されましたから、影響というほどのものは、ないと思われるのですけれど……

 

 しかしアルバートの言うことに、私も『たしかに』とうなずけるところがあったのです。

 

 エリザベートというのは礼儀正しく愛想もよく、年齢相応の天真爛漫さを感じさせる少女で、スノウホワイトともよく遊んでくれています。

 しかし、私は彼女を信頼できないのです。

 スノウホワイトや子シンシア、シュジャーといった、裏になにもない無垢な子供たちの仲間のようでいて、しかしエリザベートと相対する時の私は、まるで大人相手にするように無意識の緊張を強いられるのです。

 

 顔と本音が一致しない感じ、というのか。

 世の中のかたちに合わせて己の意思をフィッティングしている感じ、本心と態度や言動のあいだにある微細な隙間、私がそこに悪意を見出すに足る溝みたいなものを、たしかにエリザベートの笑顔や言葉に感じるのです。

 

 もちろん私はありとあらゆる人に対してこのようにおびえていますし、その多くはきっと妄想にすぎないとは思うのですけれど、それでもアルバートに言われて『たしかにな』と思ってしまうところもありましたから、多少の警戒をしようという気持ちになりました。

 

 そこで頼ったのはルクレツィアです。

 

 もっとも、ルクレツィアがエリザベートのことを気に入っているのも知っているので、まさか『ちょっと怪しい気配があるから見ていてくれ』などとは言えません。

 

 そこで私はルクレツィアにエリザベートの領地経営の補佐を依頼したのです。

 

 彼女は公爵令嬢の四女ですから、そのあたりの教育も受けています。

 実践経験というのはないはずですけれど、精霊王の側近として似たようなことはしてきたわけですから、貴族教育の教師として国家に二人といない人材であることはたしかなのでした。

 

「わかった。大公国との連絡役には、リリーをおいておく」

 

 昔からルクレツィアの信頼あつかったこの侍女は、ルクレツィアの立場が上がるにつれてだんだんと秘書の役割をこなすようになっていき、今ではルクレツィアからいくつかの問題についての裁量権さえあたえられているようでした。

 

 私はリリーが無言の中で発する圧力みたいなものがどうにも苦手で、この十三、四歳ぐらいにしか見えない古参のメイドとの会話はかなり息詰まる思いなのですけれど、断る口実もなく、リリーを連絡役と認めざるをえませんでした。

 

「ちょうどいいから、スノウホワイトも連れて行こう。女王を目指すかどうかはわからないが、選択肢は多いほうがいいだろう。そのためには、教育をしっかりせねばならないし、教育は実践できたほうがいい」

 

 最近のスノウホワイトは、私よりもルクレツィアやエリザベートのほうに懐いている様子で、私としては寂しいのですけれど、本人がそれで幸せなら邪魔するわけにもいかず、この申し出も承諾しなければなりませんでした。

 

 こうしてルクレツィアを監督役にして、エリザベートはスノウホワイトとともに領地経営をしてみることとなったのです。

 

 私はといえばこの問題をルクレツィアに投げたことですっかり安心してしまい、もうエリザベートのことはルクレツィアがどうにかしてくれるだろうと信じきって、そのことは忘れてほかの問題に取り組む精神状態となりました。

 

 このころもっとも私を悩ませていたのは学校教育の開始であり、これは宰相の案で『平民も貴族と同じ教育を受けさせたい』というので難航しており、私は精霊王としていろいろな場所に顔を出さねばならなかったのです。

 さらにアスィーラからも『ちょうどいいから砂と雪の領域をへだてる気候変動線をまたぐように建てて、両精霊国のエリートを育てる機関にしよう』などと言うものですから(もちろん、なにもちょうどよくありません)、もともとあった校舎を再利用する計画とは別に学校新設までせねばならず、やはり資金問題がまた私の両肩にのしかかってきたところなのでした。

 

 さらに一年ほどが経って精霊王生誕祭(私の生まれた日は国民の祝日となっており、この日に合わせて盛大に祭りが催されるのです)の終わったある日、オデットから聞きたくない話が上がってきました。

 

「エリザベートの領地のことを気にしてただろう?」

 

 そういえばアルバートに忠告されたあと、オデットにも『エリザベートの領地の情報をそれとなく探って、なにかの兆候が見えたら教えてほしい』と依頼していたことを思い出したのです。

 

 すっかり忘れていた私はどうにか忘れていないふうを取り繕わざるを得ませんでした。

 

 オデットが私のごまかしに気づいたのかどうか、ちょっと意味深な間があってから、話が始まったように記憶しています。

 

「どうにも、領民のあいだで反精霊信仰の気風があるらしいんだ」

 

 ふだんのオデットであれば『らしいんだ』などという不確かな情報は私に報告しないのですが、この時は『なにかの兆候が見えたら教えてほしい』と依頼していたものですから、不確かでもとりあえずあげてきたようなのです。

 

 しかし私は習慣的にオデットからの発言に『推測』やら『暫定』やらが混じっていない前提で聞いてしまいますので、『らしいんだ』は『そういう推測ができる情報が少しばかりある』という意味ではなく、なんら意味のない、『それはそうなんだけれど』の『だけれど』みたいなものとして聞いてしまったのです。

 

 エリザベートの領地で反精霊信仰の気風がある。

 それがオデットから私にまでのぼってきたのだから、これはよほど悪いことの先触れに違いない。

 

 いてもたってもいられなくなった私は、エリザエベートの領地を訪問することを決めました。

 

 精霊王が領地の視察をするというのは、言わずもがな大事件なのです。

 

 本当にもう、王としての自覚、一つの宗教の最高神官としての自覚は、いつになったら私に芽生えるのでしょうか。

 

 しかもこの当時の行動は、すべてが『のちに』大変な事態を引き起こすことばかりで、私は後年になってなんら身に覚えのない事件に巻き込まれ、『どうして自分が』とさんざん煩悶したあげく、さらにあとに『もしかして、原因はあれか』と思いいたることになるのです。

 

 王の行動というのはこのように強烈なメッセージを長く発信し続けるものなのですが、リアルタイムで事態の重大さに気づけない私は毎度毎度似たような煩悶を味わわされて、そのたびにひどく疲弊し、すっかり参ってしまうのでした。

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