二〇歳の誕生日が目前に控えた今、上条は自分が未だ童貞である事実に焦りを覚え始める。
このままでは三〇歳童貞の魔法使いまで一直線だと嘆く。
そんな彼に、突然のモテ期が訪れて──⁉︎
とあるシリーズ二〇周年つまり上条当麻誕生から二〇年!
おめでとうございます!!!!
0
世界の危機やら世界の終わりやらに立ち向かい、危うい出席日数と戦い、留年の前に享年で語られるレベルの事態を乗り越え、なんとか高校を無事卒業して大学に入学できた上条であるが(
即ち、
「
1
発端は冬休み明けのとある授業。
同じ大学に進学していた青髪ピアスと横の席に座り、最前列で猥談していた時の話(授業をしている教授はキレていい)。
『やっぱさー、理想の初めてってのは近所のキレイで優しいお姉さんが──』
『なんやカミやん、アンタまだそんな
『────は?』
『いやあ、ボクもあったなぁ……そんな青い時代が』
『いや、待て。違うだろ、青髪ピアス。お前はだって二次元にどっぷり浸かって女子からもドン引きされて、そんな話なんか欠片も関わりがない人間だろ⁉︎』
『ごめんな、カミやん。ボクは来たで
『─────』
チリンチリン、と青髪の耳に付けられた鈴のようなピアスが揺れる。
本来、彼はこのようなピアスは持っていなかったはずだ。好みが違うし、そもそもの話それは女物のようだった。……つまり、
酒の匂いを漂わせる青髪ピアスは(しかも缶ビールとかじゃなくて高そうなワイン系)、憐憫と同情を込めて上条の肩を叩く。
『カミやんもはよこっち側来れるとええね』
上条だって高校生の時から思い描いていた。
それがどうしてこうなった。
あの青髪ピアスでさえ童貞を捨てたというのに、上条はまだこんな領域にいる(ちなみに
このままでは
「い、いや、まだだ! まだ時間はある‼︎」
そうだ、時間はある。
冬休みも終えたばかりの一月下旬。余裕はある。
そもそも不良大学生・上条当麻には授業がいくつ入ってようが関係がないのだ。
「探すんだ、何としてでも! 俺の童貞を貰ってくれる優しいお姉さんを‼︎」
そこで無意識のうちに同年代の少女を除外して自分の理想を妥協しない所が、彼が童貞たる所以であった。
2
第五学区。
大学や短大などが多く立ち並び、大学生メインの全体的に落ち着いた雰囲気のある区域。
高校生時代はその大人びた雰囲気に気圧されていたのだが、大学生になって日常的に歩くようになればなんて事はない。
馬鹿騒ぎする輩は相変わらずいるし(というか上条はその一人)、飲み会などアルコールが関わってくる以上騒ぎ方は高校生の比ではない。単にそれが外からは見えにくくなっているだけなのだ。
そんな街で、上条当麻は立ち尽くしていた。
(………………ナンパってどうすればいいの???)
別に上条はコミュニケーション能力がない訳じゃない。
むしろ、英語も喋れないのにイギリスからロシアまで身振り手振りで横断したのだから、コミュニケーション能力はめちゃくちゃ高い方だろう。
しかし、違うのだ。
そこら辺のおっさんに気安く話しかけるのと、キレイなお姉さんにナンパするのは必要な度胸や能力が全く異なる。
(いや、行くしかない! ホラっ、アソコにいる犬のお散歩をしている白衣姿のお姉さんとか! ゴールデンレトリバー飼ってるんですかー、可愛いですねーって‼︎)
「あ、あのー」
「──アレ、何やってんのアンタ? 大学ってこっちの方だっけ?」
びくん‼︎ と驚きで跳ね上がる。
その上条に反応してゴールデンレトリバーもまた飛び上がり、首輪についた鈴がチリンチリンと揺れまくる。
ナンパを妨害した下手人は軽く手を上げて、上条の背中を叩いた。
「…………なんだ
「な、何よその顔! 私で悪かったわね‼︎」
学園都市第三位の
現在は高校三年生だったか。上条の母校の制服を着た少女だった。
身長も容貌も(そして胸のサイズも)四年前とほとんど変化していない少女だが、高校に進学してその姿は見違えた。
髪を伸ばしているのもあるが、単純に常盤台中学の厳しい校則から逃れられたお陰で、メイクやらファッションやらで煌びやかになったのだ。
「で、何やってんの?」
「…………、」
冬なのにダラダラと汗を流す。
漢・上条当麻、年下の女の子に童貞を捨てようとしていましたなんてセクハラ発言はできない。
……のだが、
「どーせ変な事でも考えてたんでしょう……?」
「ギクッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「ほら、当たり。
「待て待て待て待て‼︎」
この少女との付き合いも四年を超える。
もはや誤魔化す事などできない。
加えて、この四年間で御坂美琴の能力も成長しているのだ。
「ま、何でもいいけど。この辺りはあの子達が働いているんだから邪魔しないでよね」
「あの子達?」
「
「へー、アイツらもお洒落なトコで働いてんのな」
「………………それで、さ」
もじもじ、くねくね、と。
御坂美琴は奇妙に揺れ出した。
「……アンタ、もうちょっとで誕生日よね」
「そうだけど……人の誕生日よく覚えてんなあ」
「たまたまよ! ぐーぜん! 頭の隅っこにほんのちょびっとだけ残ってただけ‼︎」
「うわあ⁉︎ 電撃を放つなっ⁉︎」
ミクロレベルの電気の扱いが可能になっても、感情が昂れば電気を放出する癖は変わらない。
こんな所があるから、上条にとって彼女は年下の子供のままなのだ。
「それでその……あの子達が働いてる店の割引券を貰って。誕生日の人がいると更に安くなるらしいから、一緒に出かけない?」
御坂美琴が差し出したのは見るからに高そうなバーの割引券だった。
夜景が綺麗で、プロポーズには最適! なんて割引券には書かれてある。
大学生になったとは言え、安いチェーン店の居酒屋にしか行かない貧乏学生・上条当麻には気が引ける雰囲気の店だ。揶揄い気味に遠慮する。
「こんなトコ男女で行ったらデートじゃねえか。やっと
「デ、デデデデデデデっ、デデート……ッ⁉︎」
御坂美琴の顔が真っ赤に染まっていく。
言葉選びを失敗した。一秒後の爆発に備え、右手をかざす。
そして────
「……デートじゃ、悪い?」
上条当麻は、固まった。
「……………………え」
「じゃ、じゃあ! そういう訳だから‼︎ アンタの誕生日の夜七時に第七学区駅前広場で集合ね‼︎」
「え、ちょっ、まッ⁉︎」
御坂美琴は上条の左手に割引券を押し付け、早足で駆け出す。体内の電気信号を操って強化された身体能力による健脚には追いつけない。
上条は呆然とその後ろ姿を見つめ、くしゃくしゃになった割引券を握りしめて呟いた。
「………………マジ?」
3
呆然と、上条当麻は立ち尽くす。
上条当麻は鈍感であり、恋愛に疎い人間であった。それこそ、分かりやすく好意を示されてもそれに気付かないくらいには。
それでも、今のは流石に気づく。
(…………もしかして、御坂って俺の事を好きなのか⁉︎)
同時に、ある意味では童貞を捨てるチャンスであると気がつく。
(いや、でも、コーコーセーに手を出す大学生ってのはヤバいだろ……)
「おい、人間。不審者丸出しで何をしている? 通報されたいのか?」
「っ⁉︎」
本日二度目。
背後から突然に肩を叩かれて飛び上がる。
振り向くと、そこにいたのは眼帯を付けた金髪の少女だった。
「オティヌス! 帰ってきてたのか!」
「つい先程な」
『魔神』オティヌス。
上条としては一五センチの妖精サイズの方が馴染みがあるのだが、彼女が元の大きさを取り戻してもう三年以上になる。
しかし、肉体を取り戻した事で労役の義務を課され、『魔神』の知恵を活かした相談役として世界中を駆け回るはめになっているのだからどちらの方が良かったのかは結論が出ない。
「しかしお前にこのオシャレエリアは似合わんな。何が目的だ?」
「…………これには深い事情がありまして、」
「──童貞を捨てに来たか?」
「何で分かるんだよ⁉︎」
呆れたような目でオティヌスは笑う。
「忘れたのか? お前は私の『理解者』だが、私もまたお前の『理解者』。考えている事など手に取るように分かる」
「そんなっ、まさか……‼︎」
「……お前、そんな風に私をめちゃくちゃにしたいのか」
「ちょっと待った! それは俺の何を読み取ったんだ⁉︎」
自分の性癖が異常だと思いたくない上条は叫ぶ(異常性癖の担当は青髪ピアスと土御門元春だと考えている)。
「お前が何を遠回りしているかは知らんが、頼めば童貞を捨てさせてくれるヤツがいるだろう」
「え、誰? 小萌先生?」
「……………………………………………………」
「無言でチョークスリーパー⁉︎ お前のその露出で絞め技なんてダメだって‼︎」
恩師を土下座で頼めばワンチャンありそうな枠に放り込んでいる馬鹿に神罰が下る。
オティヌスは背後から上条の首を絞める。背中に当たる胸の感触や鼻腔に広がるブドウのような香水の匂いなどを意識する事もできず、上条は死にそうになりながら必死に首を絞める腕をタップした。
そんな上条の様子に気がつく素振りもなく、オティヌスは背後から囁く。
「私がお前の童貞を捨ててやる」
その、意味を理解して。
上条当麻の思考がオーバーフローする。
「…………え」
「何なら今からラ○ホに向かうか」
「え⁉︎⁉︎⁉︎」
しかし、そこでオティヌスに激震が走る。
上条当麻からは見えない角度で、自身の股に手を当てた。
「(マズイ、連日連闘で下の処理ができていない……‼︎)」
オンナノコはいつもキレイでいい匂いがすると思っている童貞少年・上条当麻には分からない領域の話であった。
オンナノコの準備には時間がかかるのだ!
「……急な用事が入った。今すぐは無理だな」
「そ、その前に首を、解放、してくれ……」
「もうすぐお前の誕生日だろう。その夜七時に迎えに来い。覚悟しておけ」
「────────」
ぽいっ、とオティヌスは上条を放り出してどこかへと向かう。
路上に残されたのは、意識を失った不審者一名だった。
4
「た、助かった……」
「一体何をやってるのよ、あなた。酔い潰れているのかと思って見捨てようか迷ったわよぉ?」
「あ、ありがとう……
学園都市第五位の
彼女の名を呼ぶ事が奇跡じゃない
四年前とほとんど変化していない御坂美琴の一方で、食蜂操祈は身長も容貌も(そして胸のサイズも)成長していた。
明らかに未成年とは思えない色気を醸し出す(上条は
「つか、何だその格好。コスプレ?」
「ただの挨拶周りだわぁ。日本を裏から牛耳る『料亭の主様』なんかにはこういった服装の方がウケがいいのよ。私の接待力ってヤツぅ?」
「???」
「『
チリンチリン、と食蜂操祈の動きに合わせて
正月から約一ヶ月は過ぎたにも
「それで? あなたは何をしているのかしらぁ? 大学もバイト先も、この辺りじゃないでしょう?」
「いやぁ、それは……」
「黙ってちゃ分からないゾ☆」
「リモコンを構えるな‼︎ 近い近い近い⁉︎」
そう言いつつ、上条には余裕があった。
魔術サイド特有の馬鹿みたいな露出をかましているオティヌスとは違い、食蜂操祈は手と首から上以外を布で覆った和装スタイル。端的に言えば露出が少ない。
そんな年下に安心していた上条だったが、食蜂操祈は耳元に近づいて小声で囁いた。
「(着物の下には何も着けないのが常識って知ってるかしら?)」
「……………………………………………………、」
ダラダラと上条当麻に冷や汗が流れる。
冗談じゃない。あと数センチ腕を動かせば触れてしまう布一枚の先に、女子高生の胸があるなんて状況に耐えられない。
汗でシャツはぐっしょりと濡れる。
しかし、食蜂操祈はその数センチの間すらを詰める。あと三センチ、あと二センチ、あと一センチ。
顔を染めることもなく、やがて少女の胸が上条の腕に──
「待った! これ幻覚だな⁉︎」
「あらバレた☆」
リモコンによる精神的な幻覚ではない。微粒な水分子で光を屈折させて生み出した、光学的な幻覚である。
『
「でも、私の
今度こそ、上条当麻の手が止まる。
幻覚でも何でもない。
「あ。あばっ⁉︎」
「このまま行くところまで行きたいのが本心だけどぉ、この後って時間が空いてないのよねぇ」
だから、と。
食蜂操祈は自身の
「続きはあなたの誕生日に、ねぇ?」
チリンチリン、と。
固まる上条当麻の置き去りにして、風鈴が風になびいて揺れた。
5
その後も、様々な女の子が上条に会いに来た。
それは例えば、究極のゲテモノメイド服を着て全ての借りを返しに来た
それは例えば、医療系の道に進んだらしく(なぜか)ナースの格好をしている
それは例えば、それぞれのバイト先の衣装で押し掛けてきた一万人近い
それは例えば、神裂に対抗して新たなメイド服を自作した天草式の
それは例えば、リクルートスーツを着たオトナ大学生・
それは例えば、高校生ほどまで成長して女王様として完成した(胸は大きくなっていない)レイヴィニア=バードウェイであったり。
それは例えば、豊満な肉体をだらしなく上条に押し付けてなだれかかるアンナ=シュプレンゲルであったり。
それは例えば、女子高校生の制服を着て上条を先生と慕うアリス=アナザーバイブルであったり。
それは例えば、上条当麻が思い描く理想のお姉さんに一番近い露出魔女お姉さん・アラディアであったり。
それは例えば、コロンゾンの肉体で第二の人生(第三?)を謳歌しているアレイスター=クロウリーであったり。
誰も彼もが上条当麻への好意を匂わせ、なんらかのアプローチを仕掛け、誕生日のデートに誘う。
ここまでくれば鈍感世界一の上条当麻だって気づく。
(上条さんにもようやくモテ期が……ッ⁉︎)
モテ期。
人生に一度は訪れるとされる幸せ。
もしや
ルンルン気分でスキップをして下宿先のアパートへ帰宅する。
幸せの絶頂期。もう誰に邪魔される事もない。上条は童貞を捨てる相手を選べるレベルの人間になったのだ。
チリンチリン、と見慣れないドアベルを鳴らしながら玄関に入る。恐らく、同居人が購入したものだろう。
リビングのドアを開けると、ワインのような匂いが香る。キッチンの奥から聞こえるガチャガチャとした音と合わせると、料理酒か何かだろうか。
(……アイツ、また食べ物を漁ってるのか……?)
キッチンを覗く。
そこには純白のエプロン(前に買ったけど結局一度も使われずに収納されていた)を身に纏った少女がいた。
「イン、デックス……?」
変わる街並みと成長する友人、そんな中で彼女だけは記憶の姿のまま変化なくそこにいた。
恋愛のようなドキドキはない。
そこにあるのは、実家のような安心感だった。
そんな、少女が今。
「あ、とうま! おかえり!」
「これ、インデックスが……?」
「うん! とうまのために私が────
6
ちょっと待った。
インデックスは食べる専門だ。
7
不可解な流れを自覚した瞬間、上条当麻の右手がインデックスを操る何かを打ち消した。
パチパチ、と少女が瞬きを繰り返す。
一〇万三〇〇一冊以上の魔道書を記憶した少女すら出し抜いた魔術師、それを初めて認識する。
「あーもう知ってた。知ってましたよ、上条さんに
「とうま?」
「インデックス! どこのどいつだ、お前を操って俺をぬか喜びさせたヤツは‼︎」
大した説明もないのに超速で状況を理解した少女は周囲を見渡して部屋の中を精査する。
上条当麻と共に数々の魔術事件に巻き込まれて来たが故の爆速理解である。
意識の隙を突くような手口の魔術だったが、一度それを自覚すればあとは簡単。インデックスは一つのモノを手に取った。
「今気づいたけど、これ
「これって……
玄関のドアに取り付けられた風鈴のようなドアベル。
上条は見覚えがなかったからインデックスが買ってきた物だと思い込んでいたが、それは彼女すら知らない不審物であった。
「…………、」
しかし、上条当麻は気まずそうに黙る。
インデックスが手に持つ風鈴。
きっと、恐らく、魔術的な何らかの意味があるのだろう。しかし、その見た目は──
(──チ○コにしか見えねえ‼︎)
少女の小さな手が
パンッ‼︎ 上条は思わず自分の頬を叩いた。
「と、とうま⁉︎」
「何でもない。続けてくれ」
「う、うん。この霊装はね、古代ローマ時代によく使われていた鈴の一種で、その名前を『チンチンナブルム』って言うの」
「いや、チ○コじゃねえか‼︎」
思わず少女の手から奪い取って床に投げ捨てる。
見た目もチ○コで、名前もチ○コならそれはもうチ○コそのものである。
「とうま、ふざけないで真剣に聞いて」
「い、いや、でも……」
「『チンチンナブルム』っていうのはチンチンっていう鈴の音を語源にしているの。それで
「…………悪かった」
「あとこの形は勃起した陰茎を模っているんだよ」
「チ○コじゃねえか‼︎」
ちなみにチンチンナブルムを由来とした、ボッキディウム・チンチンナブリフェルムという昆虫もいる。
世界一しょうもない奇跡であった。
「『チンチンナブルム』は魔除けの一種。邪視を遠ざけて、幸運や繁栄を引き寄せるお守り。今回の場合は繁栄、つまりは生殖の機会を引き寄せる効果なんだよ」
「通りで誕生日デートに誘われる訳だ」
「……誕生日は一緒にごはんを食べるっていう約束は?」
「うっ⁉︎」
「魔術師の仕業じゃなかったら、誕生日でーとに行っていたの?」
「…………………………………………そ、そんなことありませんことよ?」
インデックスの冷たい視線が突き刺さる。
そこに嫉妬が含まれている事に、童貞の馬鹿は気付かない。
「そっ、それでこの魔術師は何が目的なんだ? 俺をモテ期にしたってそいつには何の得もないだろ」
「……『チンチンナブルム』は古代ローマの密儀信仰を起源とする霊装。そこで信仰されていたのはミトラス、あるいはディオニューソス。葡萄酒の匂いと紐付けるならディオニューソス?」
「葡萄酒って、ワインの匂いか? そういや、今日はよくその匂いを鼻にしたな……」
「擬似的に葡萄酒で『場』を作っていたんだよ。でも、それに何の意味が……? ディオニューソスの力を引き寄せて、とうまに性交の儀式を行わせて……でも、とうまの右手じゃそれが失敗するはず。…………いや、失敗させる事が目的だとしたら」
「インデックス?」
「ディオニューソスを代表する変身の力。そして、彼の神と同一視されるザグレウスは一度死した後に、最高神ゼウスから宇宙を受け継ぐ存在として再誕した。これは一度失敗を経る事で継承を行ったという神話的事実。それをなぞるなら……」
一分もかからなかった。
たったそれだけで、インデックスは魔術師の目的を言い当てる。
「
8
その魔術師は上条当麻の側にいた。
青髪ピアスと話した時も。
様々な
インデックスが魔術の解説をしていた時も。
ずっと、誰よりもすぐ近くに。
葡萄酒を使ってディオニューソスの簡易神殿を構築し、生殖霊装『チンチンナブルム』を利用して性交の
しかし、
魔術師が利用したのは群集心理だ。
上条当麻や
演技性のトランスを用いて人格を僅かに改変させ、徐々に集団内に性的な行動に積極的になる風潮を形成した。その何となく浮ついた空気が
そうして上条当麻に性交させる事で術式を発動し、
ここでゼウスに当て嵌められているのは上条当麻。そして、ディオニューソスの持つ『変身』という記号を迂回する事で、この魔術は『
その、はずだった。
「よお、魔術師。聞いてるんだろ?
『────よく気が付いたね、上条当麻君』
肉体の内側。
上条当麻のすぐ近くでありながら、右手では触れられない場所にその魔術師は宿っていた。
「演技性トランス、俺は覚えなかったけどインデックスは記憶していた。
『…………』
「
サンジェルマン。
四年前に上条当麻が戦った魔術師。
その本質は寄生性質を持つ微生物の群体である。
「けど、なんでお前がこんな事を⁉︎ お前は万人の夢を守りたい、そんな
『その私はどの私かな? この私は一二月二五日に学園都市の子供達に感染し、その身を喰い荒らしたあげく汚濁の底に飛び移って生き延びた変種。君の知るサンジェルマンとも、
「……っ‼︎」
『しかし、君の言う事もまた正しい。私の願いは他者に夢を与える事。私は子供達の体を飛び移り、彼らが心の奥底に共通して抱いている真なる願いを知った』
「真なる、願い……?」
体の奥底。
神経か、脳細胞か、単純な肉声とは違う何かでサンジェルマンは告げた。
『
一瞬、上条は聞き間違えたかと思った。
その言葉を理解して、冗談かと思って。
しかし、思い直す。モテたい、その感情は少なく見積もっても全人類の九割以上が抱く強い感情である。
老いも若きも、男と女も関係なく、ファッションやらダイエットやらの支柱の一つであり、多くの人がその感情に振り回される。
上条当麻だってその一人だった。
『私が上条当麻に成ろうとした訳ではない。これは実験なのだよ。この術式さえ完成すれば、子供達の願いを叶えられる』
洗脳。言い換えれば、それは好かれるために相手の心を変える技術。
変身。言い換えれば、それは好かれるために自分の体を変える技術。
簡単に見た目を変えられて、すぐさま相手は自分を好きになる。
まるで選択肢さえきちんと押せば勝手に好感度の上がる恋愛ゲームのように。
「…………それじゃ、ダメだ」
『何故だ? 君も願っただろう。モテたい、と。恥ずべき事じゃない。それこそが人の性。ならば、私が叶えよう。この稀代の魔術師サンジェルマンが──』
「──
ピタリ、とサンジェルマンの声が止まる。
「相手に好かれたい。でも、そのために相手の心を書き換えたら本末転倒だ。好かれたい相手は、ありのままのその人だったのに」
『…………、』
「上っ面だけ見れば幸せでも、そんなののどこが幸せなんだ? 自分のどこも好きになってもらえないような、そんな恋愛に何の意味があるんだ」
『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
洗脳しても、相手自身が好きになってくれる訳じゃない。
変身しても、自分自身を好きになってくれる訳じゃない。
そんなものに、上条当麻は憧れない。
「思い出せよ、サンジェルマン。アンタは本当は何に成りたかったんだ? 上条当麻なんかじゃない。唯一無二のサンジェルマンとして、何を成し遂げたかったんだ?」
そして。
そして。
そして。
『魔法使いに、なりたかった』
サンジェルマンは。
詐欺に塗れた嘘じゃない、騙る事など許さない真実の願いを語る。
『魔術師なんて世界の裏側で暗躍する存在じゃない。魔術なんて残酷なルールに支配された世界じゃない。現実なんか忘れて子供達が一時の夢を見られるような、そんな魔法使いに成りたかった』
魔法使いサンジェルマン。
詐欺師でも魔術師でもない、唯一無二の『人間』。
『だけど、もう遅い。私は君に取り憑いた。私という存在にはワクチンも特効薬なく、人の脳がなければ思考できない癖に能力者をただ食い潰す事しかできない。今の私にできる事など、後は君を生かすために
「──そんな事もねえよ」
上条当麻はあっさりと言った。
もう目の前で死にゆくサンジェルマンを見捨てる事など彼にはできない。
「サンジェルマンウイルスは厳密に言えば、体液の中に潜む微生物。だったら、ミクロレベルの液体操作が可能な能力者に別の場所へ移して貰えばいい」
例えば、食蜂操祈。
彼女の『
「人の脳を使う必要なんかない。思考能力を別に用意する必要はあるけど、アンタと他の機材に電気を介して回線を繋げれば誰かを犠牲にする必要もなくアンタは生きられる」
例えば、御坂美琴。
彼女の『
「魔術的な知識が必要ならそれも用意する。『
だから、と。
少年は魔法使いに手を伸ばした。
「アンタも夢を諦めるな。そのためなら、どんなクソったれな幻想だろうが砕いてやる」
9
「ちなみに何で俺に成り代わる術式を開発したんだ?」
『だって君ってば気に入った女は老いも若きも丸ごと掻っ攫って草の根一本を残さないと言われているあの上条当麻だろう?』
「………………へ?」
『一万人以上の女の子を魅了するその立場と手腕、誰だって君のようにモテたいと思っているものさ。唯一の想定外は君がすぐさま性交しなかった事だが……私の魔術に不手際があったのか、それとも私の存在に気づいていたのかい?』
「………………………………………………その」
『…………まさか、
「…………………………………………………………………………………………………………………………、」
『そうか……初めから私の儀式は失敗していたという訳か。あれだけの女の子に囲まれていながら一人も手を出していないとは、君の童貞力を見誤った』
「うるせえこの変態魔法使いが! こうなったら第二ラウンド突入じゃボケェーっ‼︎」
10
誕生日当日。
誕生日パーティは上条当麻とインデックス(とスフィンクス)だけで開催された。
会場は下宿先、食卓に並ぶ料理は上条当麻の手作りという慎ましやかなものだった。
(あー、結局二〇歳になっても童貞のままか……)
そう言えば、青髪ピアスが経験したという話は本当だったのだろうか。
風鈴のピアスと口から香ったワインの匂い。もしかしたら彼は操られてそう言っていただけかもしれないし、そういう雰囲気に流されて実際に経験したのかもしれない。
真相は定かではないが、自身の心の安寧のために触れないでおこうと心に決める。
「……インデックス、美味しいか」
「うん! 今日はお腹いっぱいになるまで食べるんだよ!」
「それは俺のセリフじゃ……まあいいか」
童貞を捨てようとしていたら目の前の光景はなかった。
そう思えば、案外こちらの方が良かったと上条は思う。
「よーし、上条さん手作りケーキも持ってきてやる」
「ほんと⁉︎ とうまはいつの間にそんな神の御業を身に付けたの⁉︎」
「バイト先でちょっとな。今度ラテアートも書いてやるよ」
席を立ち上がり、隠していたケーキを台所へ撮りに行く。
まさかにその瞬間の事だった。
「なにデートをシカトして他のオンナと遊んでんだテメェ──‼︎」
もうなんか『窓のないビル』くらいなら簡単に吹き飛ばせそうな威力の
御坂美琴は怒るとかのレベルじゃないくらにキレていた。キレッキレだった。
「えー⁉︎ サンジェルマンに操られてたから記憶にないとかそんなんじゃないのかッ⁉︎」
「……今回ばかりは私も容赦しないから覚悟しろ人間」
「死になさい、愚鈍」
上条当麻は気付くべきだった。
魔法使いサンジェルマンが利用したのは群衆心理。集団に流される、なんとなくの雰囲気に流されるといった人間の心。
つまり、
「え? え……?」
そんな事は思いもよらない童貞は、余計な一言を口走る。
「もしかして全員正気であんな事言ってたのか???」
直後。
顔を真っ赤にした一万人を超える実力者達が、馬鹿をとっちめるために殺到した。