壊れた世界で艦娘と   作:@秋風

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第四十一話 印象

 俺は今、久々に緊張というモノを味わっている。

 場所は九条警備府の応接室。そこに、既に演習のために出向いてきていた柳森警備府一同が集っていた。柳森提督がテーブルを挟んだ向かい掛けのソファーに座り、そのうしろに艦娘の少女が四人、並んで立っている。

 対してこちらは九条提督がソファーに、後ろには俺と赤城のみが立っている。他の三人は演習準備の雑事に取り掛かってくれているそうだ。

 予定では柳森提督たちが到着するのはもう少し後の筈だったので、準備が前倒しになって結構バタついてしまった。

 

「どうにも急かしたようで悪いね」

「構わん。遅刻されるよりはよっぽど良い」

 

 柳森提督のどこか陽気な態度に、九条提督が冷めた様子で返答を返している。柳森提督は、肩口まで伸ばされた髪先が癖毛のように巻かれており、すらっとした体躯と猫のようなつり目がちな瞳が何処か運動部のマネージャーを思わせる容姿をしていた。特別美人というわけではないが、化粧っ気もない素の状態で堂々としているあたり、肝っ玉の強い印象を窺わせる。

 

「ここに来るのも慣れたものだけど、まさか男の、しかもこんな若い子がいるなんてお姉さん吃驚しちゃった。叢雲の言ってた事は本当だったんだね。てっきりストレスと疲労で幻覚が見え始めたのかと疑っちゃったよ」

「…………」

 

 話題に上げられた叢雲はむすっと口を引き結んで直立姿勢で目を瞑っている。

 

「藤原警備府の阿形誠二です。現在は実地訓練として九条警備府にお世話になっています。雑用係も兼ねているので、皆さんも何かあったら遠慮なく言ってください」

 

 話の間が出来たタイミングで自己紹介をすることに。

 仰々しい肩書があったりもするが、身の丈にあっていなさすぎるので此処は無難に雑用係という認識で押し通す事にした。あまり変な勘繰りをされても困るのでね。

 

「ん~、それじゃあ普通の男には絶対耐えられないチキチキセクハラゲームでどこまで阿形クンが耐えられるか試してみても――」

「言っておくが、彼は先生の秘蔵っ子だ。プライベートにおける当人同士のやり取りに口を出すつもりはないが、万が一彼に何かあったら沙汰は藤原警備府に一任する事になるからそのつもりで」

「――というのは冗談として、ほら、貴方達も自己紹介しときなさい」

 

 うねうねと伸びて来ていた柳森提督の腕が、九条提督の言ですっと元の位置に戻るあたり、藤原提督と彼女たちのパワーバランスが窺える。

 

 柳森提督の言葉に促されて、ソファーの後ろに立っていた四人が俺の方に身体を向けてくる。

 

「翔鶴です」

「扶桑よ」

「北上だよー」

「叢雲よ」

 

 四者四様だが、初対面ではない叢雲以外の視線の温度感が全く読めない。出来得るならば今後も見据えて良好な関係を築きたいものだが、この世界において俺が主導で動くのは些か危ないというのはこれまでの経緯で学んだところだ。焦る必要はない。

 

「演習開始時刻は一時間後の午後二時を予定している。それまで各々準備を整えておくように」

「演習前に一度、艤装の点検をしておきたいのですが」

「うむ、諸々込みで室内演習場を解放しよう。阿形、案内してやってくれ」

「はい。どうぞ、こちらです」

 

 九条提督に促されて、四人を部屋の出口へと誘導する。こういう細かいところでも役に立っていかないとね。

 

「……あっ」

「っとと、大丈夫ですか」

 

 案内しようと部屋から出ようとしたところで、おさげが良く似合う少女……北上だったか、が出口の溝に足を取られて転倒しかけたので、慌てて肩越しから体重を支える形で事故を防ぐことに成功する。

 

「…………」

「…………」

 

 ……なんか、見られている。ジト目というのだろうか、それとも元来こういった瞳の持ち主なのか、表情からはその感情が読み取れず、対応が難しい。なんとなくさっきの柳森提督のセクハラという言葉が脳裏に思い浮かぶが、この状況でそれを咎められるのは俺の良心が苦しいぞ。

 

「北上」

「うん、大丈夫。ありがとね」

 

 扶桑と名乗った人物が名前を呼ぶと、北上は一言お礼を述べて、すっと俺の手から離れた。

 それ以上何も追及される様子も無かったので、気を取り直して俺は彼女たちを室内演習場へと案内する事にした。

 

 

 

 

「……よし、どうだ?」

「ええ、ばっちりよ」

 

 叢雲たちを案内した後、俺は加賀達の居る訓練室へと足を運んでいた。というのも、演習前に四人の調子を念入りに見てやってほしいと九条提督から通達があったので、こうして向かい合って座った状態で彼女たちの手を通じて、違和感や変な澱みがないか確認しているところだ。

 

 龍驤、夕立、加賀ときて、最後の一人である赤城が対面に座る。

 ここ数日でコツをつかんだのか、ひたすらに黙って集中しなくても、ある程度会話をしながらでも感覚を走らせる事ができるようになってきており、日々の訓練の成果を感じられるようになってきている。

 

「それで、どうですか。彼女たちの印象は」

「うーん……まだ、なんとも、だな。さっきも会話らしい会話はできなかったしなあ」

 

 仕事中という事もあって無駄な私語は控えたつもりだったが、今思えば会話の一つくらいしても良かったのかもしれない。とはいえ異性四人相手に単独で会話の花を咲かせるような話術なんて知らないのだから、黙っていて正解だったようにも思えるが。

 

「先ほど、部屋の出口では何か?」

 

 流石は赤城、目敏い。

 

「ああ、北上って子が躓きそうになってな、たまたま横にいた俺が支える形になったんだが……まさかそれもマズかったか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

 

 その割には眉間に寄る皺が深いぞ。

 

「赤城は心配してるっぽい」

「心配?」

 

 赤城と繋がる手の平の感覚の集中は切らさないまま、ひょっこりと横からストレッチをしながら顔を覗かせてきた夕立に疑問形の相槌を打つ。体が柔らかいついでに『おいっちにっぽいっ』と妙にリズミカルな語尾を都度提供してくれる夕立は見ていて面白い。

 

「彼女たちは、なんや独特の感性を持っているというか、なんというか、なあ?」

「北上を筆頭にその時のノリと感性で生きているのが柳森警備府の特徴と言えば特徴ね」

 

 横で艤装の点検をしていた龍驤と加賀も、こちらの会話に混ざってくる。

 

「第一印象ではそんな風には見えなかったけどなあ」

「善良な一般人の皮を被るのがすこぶる上手いんですよ、彼女たちは。まあ、私たちはこの容姿ですし、多少の事は澄まして受け流すくらいの事はみんなしているでしょうが」

「叢雲もそうなのか?」

 

 あの子から腹黒さなんて微塵も感じられなかったんだけどな。

 

「叢雲は唯一といって良いストッパー役ね。とはいっても、柳森提督も合わせて大体4対1の割合だから、毎回巻き込まれて割を食ってる不憫な苦労人ポジションね」

「でもあれはあれでむっつりっぽい」

「……友達をあれとか言ったんなや」

 

 散々な言われようだが、その遠慮の無さも二つの警備府の関係性の深さから来る賜物だと考えたら悪い事ではない……ような気がする。

 

「とにかく、ただでさえ何かとひと悶着起こして去っていく台風みたいな人達なのに、今回は阿形さんという特Aクラスの人間(おもちゃ)が居るんですから、私たちも気を引き締めないと」

「ええ」

「せやな」

「了解っぽい!」

「なんか今、読み方おかしくなかったか?」

 

 どことなく腑に落ちない部分もあるが、丁度赤城との感覚共有も終了したところなので意識をそちらに向け直す。細かな光の絡まりこそあるが、四人とも概ね体調は良さそうで、一安心だ。

 

「よし、ひと通り確認したが……身体の調子はどうだ、違和感はないか?」

「はい、万全です。ありがとうございます」

 

 演習前という事で、特に念入りに診たつもりだし、少しでも彼女たちの助けになっていれば良いんだが。

 艤装を展開して、念入りにチェックをする赤城の背に声を掛ける。

 

「演習の内容については俺は詳しく分からんが、頑張れ」

「……阿形さんは、私たちに勝ってほしいですか?」

「そりゃまあ、端くれとはいえ今は俺も九条警備府の一員だしな」

 

 そんな俺に、赤城はふっと口元を緩めて、

 

「大丈夫ですよ。今の私たちに負ける要素なんてありませんから」

 

 そう言って、不敵に笑って見せた。

 

 

 

 

「北上、鼻血が……」

「おお」

 

 一方で室内演習場へと案内された柳森警備府一同は、艤装の点検などはそっちのけでなにやら話し込んでいた。

 さらさらと流れる銀髪を揺らす翔鶴から手渡されたポケットティッシュで鼻を嚙みつつ、北上はぽりぽりと頬を掻いている。

 

「いやはや、ヤバかった」

「北上……あなたねえ」

 

 ほわーんと先ほどの余韻に浸るかのように目尻を和ませる北上を前に、叢雲が呆れたように溜め息をこぼした。

 到着前に北上が阿形を見定めるためにアクションを起こす事は事前に話し合いで決まっていたが、まさかいきなり、あんなにがっつり身体的接触まで行くとは思っておらず、かなり肝を冷やした。

 

 叢雲としては阿形の人間性を他のメンバーよりは知っていただけに、彼を試すような行為には否定的だったのだが、いつもの多数決などという数の暴力に屈したことを今更ながらに後悔し始めていた。

 

「躓いたのはフリでしょう? それでどうだったの、彼と接触した感じは」

「私も気になります」

「……めっちゃ良い匂いした」

「くっ! やはりあの時ジャンケンに勝っていればっ……不幸だわ」

「それで、感触は? 吐息は感じました? それからそれから」

「扶桑も翔鶴もストップ。三人とも興奮しすぎ」

 

 話の方向が脱線しがちなところを修正するのも叢雲の仕事の一つである。

 今回は叢雲の事前情報である阿形誠二という男の善性が本当に艦娘である我々にも適応されるのか、という、あくまで彼を見定める一つの試みでしかない。

 そういう意味で言えば、彼が北上を躊躇なく支えたというのは叢雲の報告にあった彼の人間性とも当てはまる部分だと言える。

 

「私はてっきり無視か、支えたとしてもすぐ手を放すと思っていたのだけど」

「嫌悪感とかも感じられなかったですよね」

「あまりに支えられる時間が長かったから思わずお互いに見つめあっちゃって……ここまで鼻血を耐えた私を誉めるべきじゃん?」

 

 無駄に無い胸を張るおさげ軽巡のノリの軽さに叢雲は軽く眩暈を覚えた。

 

「あのね、いつものような軽いノリで阿形さんの心証を悪くするのは勝手だけど、私まで巻き込まないで」

 

 彼女たちが彼に嫌われるのは勝手だが、現状個々人の印象で心証を区別できるほどの関係性を築けていないだけに、柳森警備府所属という括りでまとめて『嫌い』や『変わっている』などのカテゴリに分類されるのだけはなんとしても避けたい。

 下心、というとあまりにも叢雲が不憫だが、方向性としては他の三人と同じような気持ちを吐露している事に気付いていない真面目な叢雲である。

 

「大丈夫、心配しなくても叢雲も立派な柳森警備府の一員よ」

「なんでかしら……慰められている筈なのに、煽られている気しかしないのは」

 

 言外にお前も同類だ、と言われているようで非常に納得がいかない。しかも気遣いと天然が半々で構成されている翔鶴の言葉だけに、どっちとも判断が付かないのが余計厄介だ。

 

「でもこれなら、私たちにもワンチャンあるって事よね。彼氏なんて贅沢は言わずとも、一夜の夢くらいはワンチャン狙える雰囲気よ」

「うおお~、俄然燃えてきた~っ! 今日の演習で良いとこみせて、今夜は酒池肉林祭りだ~っ!」

「これはもう勝ったも同然ですねっ! お手洗い行ってきますっ!」

「なんで貴方たちはそこまで綺麗に負けフラグを立てれるのかしら……」

 

 無論、負ける気などさらさらないが、目の前の三人を見ていると勝てる気も全然しない。

 皺の寄ったこめかみにぎゅっと右手の親指と人差し指を当てながら、どうか彼に格好悪いところだけは見せませんようにと、叢雲は静かに内心で祈った。

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