紅魔館には、秘密のバーがある。


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小悪魔BAR

 カランコロン、と軽快なドアベルの音が鳴って、メイド長・十六夜咲夜が入ってくる。

 仕事を終えて、ホワイトブリムを外している。銀色の髪が少し乱れていた。

 

「いらっしゃいませ」

 カウンターの向こうで、小悪魔が微笑む。

「別にあなたの店じゃないでしょう」

 咲夜は苦笑しながらも、小悪魔の正面のカウンター席に座った。

 

 紅魔館には、部外者には隠された秘密のバーがあった。

 元々は主のレミリア・スカーレットの思いつきで作られた場所だったが、居住者たちには思いのほか好評で、日々誰かしらは訪れる。

 

 バーには窓が無く、壁に設置されているランプの仄暗い灯りに包まれていた。

 カウンターは一枚板の特注品。その向こう側の壁には、様々な種類のお酒が並べられ、その輝きがバーに華やかさを与えていた。

 ウイスキー、ブランデーにワイン、カクテル用のリキュール。その隣には、ジンやウォッカ、ラム酒。さらには日本酒や焼酎、紹興酒まで、多彩なお酒が揃っている。

 その中には高価なレアボトルや、今では入手困難なオールドボトルも含まれていた。

 

「何か作りましょうか?」

「あら、いいの?」

 小悪魔の言葉に、咲夜は唇に手を当てて思案する。

「じゃあ、ジンベースでキリッと強いものを」

「かしこまりました」

 

 小悪魔はミキシンググラスを手に取る。氷と水を入れ、軽くステアする。そしてストレーナーを被せて、水を切って、ミキシンググラスを冷やす。

 それからジガーカップでジンとベルモットを量って注ぎ込む。

 そして小悪魔は得意げにバースプーンでステアする。

 再びミキシンググラスにストレーナーをかぶせ、カクテルグラスに注ぐ。最後にパールオニオンを飾れば完成だ。

 無駄のない一連の動作は、プロ顔負けのものだった。

 

「どうぞ〜。『ギブソン』です」

「ありがとう」

 置かれたグラスからは、強いアルコールの香りが漂ってくる。

 咲夜はグラスを手に取り、味わうようにゆっくりと飲んだ。ジンの荒々しくシャープな味わいが、乾いた喉を刺激して、体に染み渡る。

「美味しいわ。お店を出せるんじゃない?」

「趣味が昂じただけなんですけどね」

 昨夜の褒め言葉に、小悪魔は照れくさそうに顔を綻ばせる。

 

「それにしても咲夜さんがバーに来るなんて珍しいですよね」

 小悪魔は自分用のカクテルを作りながら、咲夜に訊ねる。

「あなたが利用し過ぎなだけよ」

 咲夜は呆れ気味に応える。

 小悪魔はほとんど毎日バーを利用している。間違いなく利用頻度は1番高い。

 自然とカクテルを作る技術が高くなり、こうして店員のような振る舞いをしている。

 

「仕事が大変だったんですか?」

 すると咲夜は「そうね」と控えめに肯定して、小さく息を吐いた。

「妹様が家出をされたから、お迎えに行ってたのよ」

「あ〜、それは大変でしたねぇ」

 小悪魔は苦笑する。

 妹様とは、フランドール・スカーレットのことだ。最近は癇癪が減り、外に出歩くことも増えたが、世間知らずでトラブルも多い。

 連れ戻すとなったら、一苦労だろう。

 

「そっちはどうなの? たしかパチュリー様が魔導書の解読を始めたとか」

「そうなんですよ! ちょっと聞いてください!」

 小悪魔は身を乗り出して、言葉に熱を込める。

「き、聞くわよ」

 咲夜は気圧されながら、相槌をうった。

「今回、解読している魔導書が難解だということで、小鈴さんを招いたんですよ」

「あぁ、来てたわね」

「いつもは私が解読を手伝っているんですけど、小鈴さんがすぐに解決してしまったんです」

「へぇ、パチュリー様でも手こずる魔導書の解読をねぇ」

 小鈴は人里に住んでいる女の子だ。お嬢様のペットを探している時に協力して貰っているし、宴会でも顔を合わせている。

 パチュリー様とは面識が無いだろうが、お嬢様から話を聞いて頼んだのだろう。

 たしか能力は……。

「『あらゆる文字を読める』のよね?」

「そうなんですよ~」

 小悪魔はカウンターに頭を打ち付けそうなほど項垂れて、嘆く。

 たしかにその能力なら魔導書を解読することも容易いだろう。

 

「それでどうして落ち込んでいるのよ」

「だって私の仕事が奪われたじゃないですか~」

「……あぁ、そういうことね」

 咲夜は、ようやく小悪魔の言動に合点がいった。

 気持ちは分からなくも無いが、それにしても荒れすぎだ。

「別にいいじゃない。あなたの仕事は他にもあるんだし」

「それもいつか小鈴さんに奪われちゃいますよ~。彼女も本が好きだし、意気投合してましたもん。あのパチュリー様が魔法を手ほどきしたんですよ!?」

「……あぁ、そうなの」

 咲夜は白けた目をして、頷いた。

 必要以上に熱く語られると、聞いている方は水をかけられたように冷めてしまう。

 お酒の席での泣き言は興ざめだし、そもそも自分は人を慰めるようなたちではないのだ。

 

 とはいえ、このまま放って帰るのも寝覚めが悪い。

 咲夜はスッと立ち上がり、カウンターの反対側へと回る。そしてシェイカーでお酒を作りながら、語り出す。

「たしかに主への貢献は、私たちの仕事において非常に重要な要素だと思うわ。私たちには主に全身全霊で、奉仕する義務がある。だけど一番重要なのは、忠誠心よ」

 シェイカーからは響く音と共に、お酒と氷が一体となり、精巧に混ざり合う。咲夜は一定のリズムで振り続けた。

「ただ仕事をこなすだけではなく、心から主のために尽くす。どれだけ他の人が主に貢献しようが、そこだけは負けてはいけないわ」 

 咲夜はそう言うと、カクテルグラスにお酒を注いだ。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 小悪魔は、目の前に置かれたグラスを手に取った。

 淡い黄色で爽やかそうな見た目だ。一口飲むと、テキーラの味がガツンとくるが、それをレモンとグレープフルーツジュースの甘みと酸味が包み込んでいて、飲みやすい。

 たしか、これは。

「『コンチータ』ですか?」

「ええ、そうよ」

 どうして、このカクテルなのだろう。たしかにテキーラは好きだけど、リクエストもしていないし。

 小悪魔はしばらくカクテルを楽しんでいたが、ふと頭の中でピンとはじけたような感覚が起こった。

 そうだ。たしか『コンチータ』のカクテル言葉は……。

「『くじけないで』」

 小悪魔はハッとして、咲夜の顔を見る。優しく微笑んだ表情が、正解を物語っていた。

「じゃあ、あまり飲み過ぎないようにね」

 そう言うと、咲夜はウィンクしてバーを後にした。


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