人類初の総力戦が終わる頃。
一人の兵士が恋をした。



※カクヨム、ハーメルン、なろうのマルチ投稿だよ。
※フィクションだよ。実在の人物、団体、事件とは関係ないよ。
※でも現実はもっとひどいよ。

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西部戦線異状なし。されど、恋路あり。

 戦場で、恋をした。

 

 冬も明け初めの、肌寒い春の日の時だった。

 

 南の山脈から、北の大海へと。泥の滴る塹壕が延々と続く、灰色の荒野。屍が丘を成す西の戦場で。俺は、敵の兵士に一目惚れをした。

 

 赤茶色の軍馬に乗った、美しい少女だ。白銀の髪をなびかせて、蒼い瞳が輝いていた。

 

 そして、どこまでも強く、苛烈な兵士だった。

 

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「で、お前は敵の少女兵に惚れたと」

「なんだよ。何かおかしいか。というか仮にも上官だぞ。せめて敬語は使え」

 

 揺れるトラックの中で、ニタニタと嫌な笑みを浮かべているのは俺の戦友。グンター・オッペンハイム。同じ訓練学校を卒業した、いわゆる同期というやつだ。

 

 だが、出世は俺の方が早かった。俺は分隊長、グンターは分隊員。とはいえ、長い間一緒だったせいか敬語というものを一向に覚えない。今は再編制されて新兵ばかりだからいいものの、慣れてきたら俺が部下から舐められてしまう。

 

「おかしいだろ、何もかも。恋をしたのは百歩譲って分かるぜ、そんでどうせ振られるのもな」

「一言余計だ」

 

 そう言って睨み付けると、グンターは両手を上げる。

 

「でも事実だろ? お前今まで何人告白して、何人と付き合ったよ」

「......十人と、ゼロ」

「だろォ?」

 

 荒く溜息をついて、さっさと話しを戻せとしっしと手を振る。言動はウザいことこの上ないが、戦場ではこういう奴が一人居ると気がまぎれるのだ。

 

「あぁ分かった分かった。話を戻すよ。お前は幼馴染、友達、友達の友達、カフェの店員と見境なく告ってきた。もう何が来ても驚かないと思ってたけどよ、まさか敵の兵士に恋するとは思わなかったぜ!!」

 

 心底嬉しそうに茶化すグンターは、どっと笑い声を一息上げて話を続ける。

 

「そんで、お前はどうするんだ?」

「どうするって......どうもできねぇだろ」

「いやいやいや、手はあるだろうよ。お前が倒して捕虜にすればいい」

「バカ言うな」

 

 バカげた提案だ。捕虜など狙って出来るものではない。俺らの軍が使っているのは7.92mmライフル弾の、無駄に威力の高いボルトアクションライフル。手足に当たっても致命傷。余程運が良く無けりゃ必ず死ぬ。

 

 叶わぬ想いを抱きながらも適当にくっちゃべっていると、トラックが急停止した。倒れそうになるのを堪え、ずれた鉄帽を被り直す。何事かと辺りを見渡せば、奥の車列から伝令兵が走ってきた。

 

「総員降車!! 戦闘用意!!」

「敵は?」

 

 部下に指示を下すためには敵の情報が要る。

 

「騎兵です!! 小隊規模の騎兵が車列右側から!!」

「よし、聞いたな!! 機関銃を引っ張り出せ!!」

「「「了解!!」」」

 

 ぞろぞろと指揮下の分隊員が降車。他の車列からも兵士が飛び降りては戦闘配置に着いて行く。

 

 敵は騎兵小隊一個のみ。こちらは歩兵小隊二つ。新兵も多いが、数の優位がある。初の実戦としては上々だろう。

 

「機関銃、いつでも撃てます!!」

「合図を待て、惹き付けてだ!! 訓練通りやれば難しいことは無い!!」

 

 小銃と機関銃が車列右の丘を睨む。丘と言えど、僅かに盛り上がっただけの平野。視界は通らないが、敵の巻き上げる土煙は良く見える。

 

 数十秒が経ち、遂に敵騎兵の先頭が丘を越えた。

 

「猪突猛進。ただの的だな」

 

 それにしても、やはりあの国の騎兵は不気味極まりない。濃緑色のコートに、目深に被ったフード。首の無い鷲の紋章が描かれた騎兵帽。顔は見えず、さながら亡霊。

 

「距離五〇〇......まだだぞ、もっと惹き付けるんだ」

 

 眼を眇め、騎兵隊の動きを睨んでいると、唐突に左右に散開し始めた。俺達に向かって一直線だったのが、俺達を避けるように、均等に距離を保って横に広がっていく。

 

「う、撃ちますか?!」

「まだだ!! この距離じゃ撃っても当たらんぞ!!」

 

 今にも引き金を引きそうな新兵を怒鳴り付ける。気迫に押され、新兵たちの表情が僅かに硬くなる。

 

 冷や汗が流れ、息の詰まる時間が流れていく。

 

 そして、スコープの反射光が煌めいた。

 

「──ッ?! 伏せろ!!」

 

 叫ぶと同時に伏せて、頭上スレスレを風切り音を立てて弾丸が通り過ぎる。数舜遅れて、騎兵銃の乾いた発砲音が平野に響く。

 

「クソッ、狙撃猟騎兵か!!」

 

 失念していた。騎兵小隊一個、目深に被ったフード、発砲直前まで獲物を見せない徹底ぶり。

 

 処刑人。それが奴らの名前。天地を切り裂くような砲爆撃より、大地を喰い進む鉄の軍馬よりも恐れる存在。

 

 俺達歩兵の天敵だ。

 

「おい! 機関銃!! 生きてるか!?」

 

 返事は無し。状態を確認しようにも、頭を上げた瞬間撃ち抜かれかねない。

 

「他の奴らは?! 生きてたら返事をしろ!!」

「グンター、生きてるぜ!!」

「こっちも何とか!!」

「自分も大丈夫です!!」

 

 初撃を生き残ったのは俺を含めて四名。憎たらしいことにグンターも生きているらしい。だが、九人の分隊の内既に五人やられてしまった。それも一瞬で。

 

 相も変わらず、あの騎兵隊には化け物しか居ない。

 

「狙撃銃はあるか?!」

「無い!! 向こうのトラックの奴が持ってたはずだ!!」

 

 グンターが指差す先は二台先、四台目のトラック。

 

「機関銃は!!」

「ダメです!!」

「あッー!! 畜生!!」

 

 ついつい荒い砂利道を拳で叩く。鋭い小石が手に刺さり、怒り任せの行動を後悔する。

 

 この調子だと他の分隊も粗方やられているだろう。軍馬の蹄の音が、四方八方から、どんどんと近付いてくる。包囲して止めを刺す腹積もりか。

 

「仕方ねぇ......持ち場を維持、そこで待機してろ!!」

「は? 何する気だ!!」

「狙撃銃だ!! アイアンサイトじゃ億に一もねぇからな!!」

 

 そう言って地面を這ってトラックへと向かう。

 

 どれだけ地面を這ったか分からないが、最前線の泥濘に比べれば楽過ぎる。狙撃銃をどうにか手に取って、ドアミラー越しに奴らの動向を伺う。

 

 狙うは茶色の軍馬を操る兵士。左右に走り回る隊列から離れ、奥で一人周囲を見渡しており、恐らくは隊長。

 

 弾が入っていることをしっかりと確認し、ボルトを押し込む。ガチャリ、と心地のいい音が鳴る。スコープの倍率を勘で合わせて、僅かに開いたままのドアから銃口を敵に向ける。

 

「よし、やるぞ......やってやる......」

 

 息を止め、震える銃身を硬く抱く。

 

 じっくりと周囲を見渡していた標的は、何に気が付いたか勢いよくこちらを振り向き、スコープの反射光が煌めいた。

 

「クソッ!!」

 

 半ば反射的に引き金を引いた。

 

 トラックのサイドミラーが撃ち割られ、スコープ越しに美しく咲く鮮血が映る。

 

 そして、フードが捲られ、白銀の髪が(なび)く。煌めきそうな程に美しい白銀は鮮血に穢され、赤く濁る。蒼い瞳が、ギラギラと光を持って睨んでいた。

 

 俺は、惚れた少女を撃ち抜いてしまったのだ。

 

 <<>>

 

 次の日、分隊の半数を失った俺の部隊は再び再編制され、西の地獄の戦場へと再び戻ることとなった。

 

「はぁ......今日もこれっぽっちか」

 

 飯時の時間。手元にあるのは、手の平に収まる程度の代用パンと、半分だけの缶スープ。そして冷ややかな蒸かしたジャガイモ。

 

 ジャガイモの粉を混ぜて作った代用パンから麦の香りは失われ、固めた粉を食っているような食感が舌を襲う。吐き出す訳にもいかず、酸味が異様に強い缶スープで流し込む。

 

 腐臭の漂う塹壕で食欲など湧かず、蒸かしたジャガイモの半分はそこら辺を這い回るネズミにくれてやった。

 

「同期のグンターも死んだ。分隊は昨日の防衛戦で壊滅。残ったのは俺一人」

 

 自然と乾いた笑いが漏れる。こんなクソッたれな状況だというのに、口角は上がり笑みが浮かぶ。

 

 地獄過ぎて笑わずにはいられない。

 

「ハッ、俺達の負けだな」

 

 集合の笛が鳴る。もう時間らしい。

 

 小綺麗な格好の司令官様によると、これから敵に対し総攻撃を行うとのこと。守るばかりで、いつになったら敵に攻め込むんだと愚痴っていた兵士達は歓喜の声を上げる。

 

 皇帝の名の下に云々かんぬん。ご大層な美辞麗句を並べ、司令官様は兵士達の士気を上げていった。総攻撃とは死にに行くようなものだ。だからこそ、死の恐怖を抑えつけるほどの戦いへの高揚、勝利への期待、愛国心を芽生えさせる。

 

 そうして、屍の道を作りて、その上を歩く。それが軍隊。これが戦争。

 

 最後に、皇帝万歳、帝国万歳、勝利万歳と唱えて、俺達は配置へと戻る。

 

 泥に濡れた小銃を整備して、弾を込めて。鉄帽を被り直し、最後に煙草を一服吹かす。

 

 そして、敵の陣地で味方の砲撃が吹き荒れた。榴弾の炸裂音が絶えることなく鳴り響き、グツグツと大地を揺らしていく。鼓膜を打ち破らんとする衝撃波が全身をすり抜け内腑を揺する。

 

 数分にも及ぶ熾烈な猛砲撃が鳴りを潜め始めると共に、指揮官が拳銃を構えて笛を鳴らした。

 

 総攻撃──突撃が始まった。

 

 数百数千の兵士達が塹壕から身を乗り出し、味方の機関銃が火を吹き散らす。最初に塹壕から出た兵士は、敵の射撃を全身に受けて前へと倒れ込んでいく。その後ろを、続々と兵士が進んでいく。

 

 息絶えた戦友を足で踏み付け、肉の盾に成し。足を撃たれて泥水の中へと頭を突っ込んで、溺死して。味方の援護射撃の流れ弾を運悪く四肢に受けて、倒れて泣き叫ぶ少年兵。

 

 突撃の最先鋒で数十人が死んだ。少し進んで、また数十人。

 

 俺は最先鋒は避けて、少し遅れて塹壕から身を乗り出す。可能な限り姿勢を低くし、味方の砲撃で空いた穴に飛び込んで行く。

 

 それを繰り返した何度目かの穴に飛び込むと、幼げな顔の先客が居た。先客は小銃を足元に置いて、呆けた顔で死に続ける戦友たちを眺めている。

 

「何をしてる?!」

「っいや、いえ、その──」

「銃を取れ!! 味方に続け!!」

 

 無理やり身体に比して大きく見える小銃を握らせ、鉄帽の上から頭を殴って前へと進ませる。俺も同時に穴から這い出て、次の隠れ家を探し泥濘を這い回る。

 

 ジグザグに穴へと潜りながら走っていると、敵の塹壕を目の前にして、遂に敵の砲撃が降り始めた。衝撃波によろける身体を制し、耳鳴りの止まないまま突き進む。

 

 俺はつくづく運がいい。ここまで来て、未だ負傷ゼロだ。

 

 見慣れない銃を携える兵士の後を追い、遂に敵の塹壕へと飛び込んだ。ボルトアクションライフルの力強い射撃音と、機関銃染みた軽い射撃音がそこかしこに響き渡る。

 

 そして、猛る火炎放射の唸り声に、籠る熱。炎に巻かれて、悲鳴が上がる。敵兵の、人の断末魔が合唱のように耳を刺す。だが、痛みに悶える叫びももはや聞き慣れた戦場の音楽だ。

 

 目の前の味方に集中している敵兵の横っ腹を撃ち抜き、脛を蹴って地面に殴り倒す。俺の存在に気が付いて振り返る兵士の胸に、銃剣を突き入れ切り裂いて。それでも銃を構えようとする敵兵を銃床で嬲り殺す。

 

 また一人、敵兵の胸に銃剣を突き立てる。力なく(くずお)れる敵兵の身体を蹴って、銃剣を引き抜く。その時に血が飛んで、顔が汚れるのも慣れたものだ。

 

 硝煙と血の匂いが塹壕に満ちる。乾いた唇を舐めると、鉄の味がする。

 

「よくもっ!!」

「ッチ、まだ居やがったか」

 

 小銃を投げ捨ててシャベルで殴り掛かってくる敵兵の腕を銃床で殴る。僅かにバキッと音がして、敵の顔が苦痛に歪む。そのまま腹に蹴りを一発入れて、よろけた隙に7.92mmライフル弾を腹に叩き込んだ。

 

 腹を抑え、血を吹いて。怯えた表情を見せる敵兵に銃床を振り下ろす。

 

「クソ......大人しく死んでろよ!!」

 

 鉄帽越しに幾度も振り下ろしていると、流石に動かなくなり、鉄帽から血がたらたらと垂れる。

 

「くそっ、クソッ!! 殺しづらいだろうがっ」

 

 動かなくなった敵兵の身体を見下ろし、荒く叫ぶ。戦闘中に敵兵の顔なんて見たくないのだ。俺を憎む顔など、命乞いをする顔など、ましてや怯えた顔なんて。

 

 同じ人間を殺しているなどと、思いたくないというのに。

 

「はぁ......この辺はもういねぇか」

 

 とはいえ、そんなことばかり考えていたらやっていけない。状況も落ち着いて、気を取り直す。辺りを見回せば、潰走している敵兵を味方の兵士が狩りたてていた。

 

 逃げる兵士の背中に鉛玉をたらふく撃ち込み、弾が尽きたのか死体から剥ぎ取った鉄帽で、何度も何度も動かない敵兵士を殴りつけている者。石ころを手に取って振り下ろし頭蓋を割り、シャベルを喉元に突き立てる者。

 

 泥水に塗れて、血生臭い殴り合いを繰り広げる者も居た。

 

「死ね!! 死ね!! 死ね!!」

 

 なんて叫びながらアーミーナイフを何度も突き刺し立てる者も。

 

 這い逃げようとする敵兵の首根っこを掴み、ピッケルを後頭部に突き立てる味方兵士。その後ろから、敵兵士がナイフで味方兵士の首を切り裂き、味方の鉛玉に頭をぶち抜かれる。

 

 片腕を失くした兵士が、うろうろと彷徨っている。

 

 腕と、足と、身体と、布の付いた肉片が泥沼の大地に散乱していた。

 

 そして、敵の陣地を突破した俺達は更に先へ、先へと進んだ。肉の峠を歩み、どこまでも続く泥沼を進む。足はふやけ、手はかぶれ、髪は泥に塗れて固まった。細々と残る傷に蛆が湧き、その蛆を代用パンで挟んで食べた。

 

 進み続け、遂に進軍が終わる。敵の新たな防衛陣地に阻まれ、僅かの休息が訪れる。

 

 撤退しきれなかった敵兵らを大量に捕虜として迎えたせいで、補給が滞っていて、今日も配給された食糧は小さい代用パンと三分の一しか入ってない缶スープ。国際法を尊重するのもいいが、それは今の戦況じゃ邪道だ。

 

 限界に近い状況で、軍隊は病に侵される。それは、捕虜に対する無差別な暴力。攻勢は成功し、いくら士気は高くとも、食糧が無ければ人間は荒れ荒ぶ。

 

「おい! 捕虜が呑気に俺達の分のパンなんか食ってんじゃねぇ!!」

「誰が食わせてやってると思ってんだ?! いいから言うことを聞け!!」

 

 満身創痍の捕虜たちに、味方兵士は殴り、蹴り、食糧を取り上げて。若い女性兵士は髪を掴まれて、林か森の奥へと連れていかれた。戻ってきた者は居なかった。

 

 それもこれも彼らが、俺達の忌避するユーリア人であることに起因する。俺達は、国家の素知らぬ所でユーリア人に対して激しい弾圧と迫害を行ってきた。今回の戦争も、その延長線上にあると言えよう。

 

 俺が恋した少女も、恐らくはユーリア人。下衆が言うところの、迫害対象だ。だがそんなのはもうどうでもいい。7.92mmライフル弾の直撃を受けたのだ。生きているはずがない。

 

 なんて諦めて、俺は捕虜をいたぶる味方兵士を咎めるでも無く眺めている。そうしてまた一人、白銀の女性兵士が腕を掴まれて連行されていく。

 

 毛先が朱く滲んだ白銀の長髪で、蒼い瞳の少女──。

 

「っ?! 生きてたのか?!」

 

 少女は左の脇腹を抑えている。俺が狙撃銃で撃ち抜いた場所と全く同じ。顔も、最初に見た時と寸分違わぬ美しさ。間違いない。俺が恋をして、自らの手で撃ち殺したと思っていた少女だ。

 

 俺は咄嗟に林の中へと消えていく兵士共の後を追った。人数は二人。念のため、バレないよう間隔を置いて、身を隠しながら。

 

 数分ほど進んだ先、鬱蒼とした森のど真ん中。辺りは朝霧に包まれ、見通しは悪い。兵士共は少女を地面に放り投げると、慣れた動作で肩を蹴った。

 

 躊躇が無い。あの手の暴力に慣れている類いか。兵士共が口を開く。耳を澄まさずとも、森に広く反響して声は良く通る。

 

「俺は知ってるぜ、てめぇ狙撃猟騎兵の隊長様だろ」

「捕虜に対する虐待は国際法違反だぞ」

 

 襲われる寸前という状況なのにも関わらず、少女は冷静に言い放つ。

 

「うるせぇ!! ユーリア人に国際法が適用されるわけねぇだろうが!!」

 

 勢いに任せて叫び、脇腹を蹴る。

 

「ぁがっ?!」

 

 銃創に響いたのか、うわづった声を短く上げてうずくまる。

 

 流石にこれ以上はマズイ。そう判断して、どう助けるかも考えないまま俺は声を上げた。

 

「何をしている!!」

 

 二人の兵士が武器に手を携え、勢いよく振り返る。視界を蝕む朝霧を前へと進むと、次第に兵士共の顔が安堵へと変わる。味方と分かったのか、今度は笑顔を向けて喋り出した。

 

「なんだよ、驚かせるなよ。んだ、混ざりに来たのか?」

「俺らの後でならコイツ使ってもいいぜ」

 

 逃がすまいと、少女を踏みつけたまま、兵士共は笑顔で言う。気の合う友人と話しているかの如く、悪気も屈託も無い嘲笑で。

 

 嫌な気分だ。穏便に済ませたいが、そうはいかないだろう。多少の流血は覚悟して、オーソドックスなお説教をくれてやることにした。

 

「それは結構だ。それよりも、貴様らに戦時国際法というものを教えてやるべきだと思ってな」

「あ? ッチ、まーた聖人気取り野郎かよ。オイ、そいつ抑えつけとけ」

 

 そう言われた兵士は、少女に再び蹴りを入れて足で強く踏みつける。

 

「さて、お前をどう──」

 

 銃声が一発響き、目の前の兵士が地に伏せる。血が広がって、血だまりが地面に広がっていく。

 

「は?! おい嘘だろ?!」

 

 無意識のうちに排莢、ボルトを押し込み次弾を込める。慌てて小銃を構える兵士に銃口を向け、二発目を撃った。

 

 少女は状況が飲み込めないのか、こちらを見つめたまま動かない。警戒させぬよう少しだけ近付いて、応急処置キットをすぐそばに投げ置く。

 

「そいつで手当てでもして、さっさと逃げろ。この辺は俺らの野営地からもそこそこ離れてるし、見張りの歩哨もだいたいサボってる。お前なら簡単に抜けられるだろ」

 

 少女に背を向けて、最後の煙草を吹かしながら自軍の陣地へと歩みを進めていく。

 

 いつの間にか、撃ってしまっていた。好きな人間が嬲られていて、自分は嬲っている奴らを殺す武器を持っている。見過ごせというのは無理な注文だ。

 

 とはいえ、これで俺も戦争犯罪人。捕虜を救うためとはいえ、同胞殺しは良くて死罪だろう。この国に俺の居る場所は無くなった。後は憲兵に自首でもして、俺の人生は終いだ。

 

「武器を捨てろ、両手を挙げて、ゆっくり振り向け」

 

 唐突に背中からそんな言葉が聞こえて来て、一瞬思考がフリーズしてしまう。

 

「早くしろ」

 

 死の気配を感じて、言葉に従い煙草を咥えたまま小銃を地面へと投げ捨てる。そして両手を挙げて、ゆっくりと振り向いた。

 

「煙草もだ」

 

 少しだけため息を付いて、煙草を吐き捨てる。

 

 揺ぎ無く向けられた7.92mmライフルの銃口。照星越しに、蒼色の綺麗な瞳が睨んでいる。煤けた白銀の髪が風に(なび)き、花婿のヴェールを思い起こさせる。

 

 薄らデカい小銃のせいで、やけに小柄に見えて、死の危機にあるというのに愛らしく見えて仕方がない。

 

「一つ聞きたい。何故助けた」

「それを聞いて、あんたはどうすんだ?」

「いいから答えろ」

 

 肩を竦めて、一呼吸置いて俺は答えた。心の向くままに、せめて後悔しないように。

 

「あんたに惚れたから」

「............真面目に──」

「大真面目だ。ハッキリ言って大好きだ」

「............」

 

 ピクピクと少女の耳がせわしなく跳ねている。頬は僅かに赤みを帯びて、どうやら照れてくれているようだ。少ししてやったりと、嬉しくなって舞い上がって。口角が上がる。

 

「な、なにを笑っている」

「いや、耐性無いんだなって」

 

 蒼色の瞳を右に左にと揺らし、小銃を持ち直して少女は質問を重ねる。

 

「好き、ということなら、敵意は......無いんだな?」

 

 そうか、そうか、などとブツブツと呟きながら銃を下ろしていく。視線は俺を睨んだままだが、たまに左右へとズレている。

 

 信用してもらえたようだが、ちとチョロすぎないだろうか。

 

「で、返答は?」

「はっ?! へ、へんとう?!」

「何をそんなに驚いてやがる。告白されたら何かしら返答すんのが礼儀だろ。それともあんたらの国じゃ文化が違うのか?」

 

 うわづった声を上げるものだから、段々と面白くなってくる。ここまで耐性が無いとは、さては箱娘だったか、などと邪推してみたりもする。

 

「それは──答えは......その、保留と言うのは」

「ここで保留してどうすんだ。もう二度と会えないかもしれねぇだろ」

 

 不釣り合いなサイズの小銃を抱きかかえたまま、少女は目を泳がせる。

 

 少し待って、ようやっと少女が返答を返してくれた。

 

「つ、着いてこい。貴様は私の捕虜だ。安全は保障する。だから取り敢えず着いてこい!!」

「はいよ」

 

 エースのお墨付きは鶴の一声。これで、あっちの国で俺が酷い目に遭う心配も無く、安心して着いていける。

 

「おい、なぜ横に並ぶ!!」

「捕虜は目の届く所に置いておくべきだろ?」

「わ、私は後ろにも目が付いているから大丈夫だ!!」

「ご冗談を」

 

 少女は少し距離を置けども、横に並んで歩くのは許容してくれたようだった。

 

 この少女については知らないことだらけだが、中々愛嬌のあるやつだ。

 

「いつっ......」

 

 少女のゆったりとした歩調に合わせていると、唐突に左の腹を抑えて近くの木に(もた)れかかる。やはり、俺のぶち抜いた銃創は治り切ってはいないらしい。

 

「応急処置を先にした方が良さそうだな」

「いや、だいじょ──」

「ダメだ。そのうち傷が開いて臓物が垂れ流しになるぞ」

 

 それだけ、俺達の国のライフルは威力が高い。というか、手足に当たっても致命傷になるようなこのバ火力ライフルを腹に受けてなんで生きてるんだか。

 

「ん? 何をしている。おい! やめろ!! 自分で出来るから!!」

「あーはいはい。大人しくしてねーといてーぞー」

「いぎっ──?!」

 

 くぐもった悲鳴が、森の中に響き渡った。

 

 ──数十分後。

 

「貴様の腹も同じようにぶち抜いてやる」

「それだけはやめてくれ。お前と違って俺じゃポックリ逝っちまう」

「なっ?! なんだその私がおかしいみたいな言い方は?!」

「あれ喰らったら普通手足だろうと致命傷だぞ。生きてる方がおかしいぜ」

 

 頭のすく後ろからキャンキャンと吠える声が聞こえる。応急処置とはいえ、術後は安静が絶対。というわけで俺は少女を背負い、少女の指し示す道を進んでいた。

 

「それにしても貴様、自分で撃ち抜いておいて自分で治すとはな。DVの才能があるんじゃないのか?」

「......気付いてたのか」

「私の腹を撃ち抜いたのは貴様が初めてだからな。そういう奴の顔は覚えておくものだろう?」

「うわ、しゅみわりー」

 

 狙撃兵の性というやつか、コイツの趣味が悪いだけか。どっちにせよ、趣味が悪い。

 

 そして、まだ聞いてないことがあったと今更な質問をする。

 

「そういやお前、名前は?」

「......エマ・オトテール。そっちは?」

「オットー・ダールマイアー」

「面白い響きの名前だな」

「そっちは見た目通り可愛らしい名前だな」

 

 少女が押し黙る。どうやら俺の方が一枚上手なようだ。

 

「さ、さっさと進まんか。貴様らの兵士に追い付かれてしまうぞ」

「はいはい」

「はいは一度だと学校で──」

「はいはいはいはい」

 

 そんな雑談をしながら、俺達は森を抜け、塹壕を越え。

 

 草木は枯れ果て、泥濘に満ちる灰色の荒野を、死で出来た無人地帯を。

 

 燃えて、燃えて、命の果て散った無人地帯を歩き続けた。

 

 <<>>

 

 司令部報告。脱走兵一名。兵士二名を射殺し逃亡中。

 

 なれども、追跡の要なしと認む。


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