ただ歩いている時、どこかで思ったことがある。向かい来るあの男性は、あの少年は、あの婦人は、もしかしたら違う世界線の
そんな環境なら俺は彼らになっていたんじゃないか。
定まらぬ思考の揺れが俺の位置を不明瞭にする。人間の思考が俺の中に流れ込みまるで元から人間だったかのような気分だ。
いや、僕は何を言っている?
♢
瞼を開けば手の平に小さな違和感が一つ。ああそうだった、達磨を置かないといけないんだ。
僕の父さんと母さんはこの小さな村で雑貨店を営んでいる。僕の仕事は店の外からでも見栄え良く商品を陳列すること。置いたばかりの木彫りの小さな達磨が机の上で揺れている。
僕は皆が好きだ。僕のためにお金を稼いでくれる父さんも、お金の計算の仕方を教えてくれる母さんも、よくお菓子をくれる近所のおばさんも、面白い昔話をしてくれるこの村の村長も。
皆僕の大切な人たちだ。
質素ながらも幸せだと感じる一方、不安もそれなりに感じている。都市部では外国の文化や製品が大量に流入しているらしく、様々なものが大暴落しているそうだ。消費者の立場では得に感じるが、逆なら大変なんだろうなと容易に想像がつく。突然、明日への生活を心配しなくてはならなくなる気分とはいったいどのようなものなんだろう。あることは知っていたが自分との距離が近づくことでより実感が強くなる。
現在の幸福と未来への不安。これらはたぶん、今僕が幸福であることを示している。今不幸なら、今どうにもならない事態に襲われていたならきっとこの思考にはなっていないだろうし現在の幸福は未来の幸福に、未来の不安は明日への不安へと形を変えていただろう。だからまだ僕は大丈夫なんだと冷静な部分がつぶやく。実際、それは正しかった。
♢
「俺が二十歳ンときはなあ、い……っぱい物の怪がいたんだぜ?」
「へー」
現在僕は暇つぶしに村長の昔話を聞いていた。40歳後半の村長は村長なだけあって様々な経験を積んでいる。刀の作り方やおいしい飲食店の探し方、女性の落とし方といった興味が沸く内容からゴミのような情報まで話してくれる村長は時折僕の好奇心を満たしてくれる。今回は前者のようだ。娯楽の少ない質素な生活に村長の蘊蓄はそこそこに面白い娯楽だ。
僕の常識じゃ妖怪なんてレア生物、年に一匹いるかどうかなのだが当時は一歩外に出歩けばすぐ見つかる程度には蔓延っていたらしい。そんな環境でまともに生きていけるのか?と疑問に思い聞いてみれば当時は陰陽師やら霊媒師やら胡散臭い役職があったらしく矢面に立って戦う彼らがいたおかげでご近所が死んだ、なんて話を聞くことは意外と少なかったらしい。しかし最近妖怪の勢力が何が原因か、衰退し始めそれと共にそれらの職業自体もなくなっていったそうだ。
「なんか言い訳染みてるなあ」
「んだとおガキぃ」
凄まれた僕は殴られる前にさっさと村長の家を飛び出し寄り道を止めて本当の用事に戻る。このまま忘れて帰ってしまえば今日の夕飯は虚空になってしまうため責任は重大だ。
懐疑的な態度を取りはしたものの、たぶん村長が言っていることは本当なのだろう。おつかいを頼まれた僕はジャガイモトマト人参といった今日の夕飯はカレーだよとネタバレをしてくる野菜達をかごに入れつつ村の一角のある景色を眺める。そこには数十人の作業着を着た男たちが崩れた家屋を引っ張り出しシャベルを振り回して地面を舗装し様々なものをどこかへ運んでいた。
ただの取り壊し作業、ではない。特徴的なのは寂れた家屋の様相だ。壁には拳で貫いたようなクレーター、屋根は無理やり千切られたかのような歪な欠損、上から潰されたかのような家全体の崩落。人為的とはとても見えない人為的な破壊痕がその一帯に広がっていた。
三年ほど前だろうか。夜布団の中で寝ていた僕は唐突に母に起こされ理由を聞く暇もなく村から避難した。僕はその時何が起きていたか知らなかったが、妖怪が現れたという話をのちに聞き、この光景を見て妖怪ってお伽の存在ではなかったのかと子供ながらに恐怖と共に認識したのを覚えている。
その時、何人も死んだ。何十人も死んだ。避難したと思っていた知人は家に潰されて息絶えていたし果物を買う度飴玉をくれた八百屋のおばあちゃんは燃えた家に取り残されその家から出た遺品からでしか特定できない程に焼かれていた。今も当時の情景は脳の隅にこびりついている。
『妖怪は俺達人間に襲い掛かってくるが…食うため、ってのは本質じゃない。
奴らは人間の"恐怖"を餌に存在を担保し、強固にする。より恐れられるものはより強く、忘れ去られにくい。
俺らは何かに恐怖し続ける限り奴らと対面し続けなければならないんだ』
ならばきっと僕たちは妖怪と共に生き続けなければならないのだろう。人間から恐怖は消えないのだから。その結論は今も何故だか心の片隅で座り続けている。それは僕たちに害を為し続ける妖怪と互いに和解し交流して安全に矛を収める、なんてことは不可能だという証明だから。これからも人間は妖怪と争い続けなければならない。それはきっと悲しくて、嫌なことだ。僕とは無関係だと思っていた妖怪に沸々と憎しみを持ち始めてきていたから。その憎しみをぶつけることでしか僕の大切は守れないから。
過去に飛んでいた思考はようやく今に追いつき僕はおつかいの途中だったことを思い出す。早くいかなければと僕は終わりを知らない日常へと駆け出した。
♢
燃えている。
僕の家が、ではない。僕の家を含めたこの村全てがだ。
日常が終わるのはいつだって突然だ。夜寝ていた僕の耳を通して脳に突如突き刺さる様々な声。
悲鳴、叫び声、呼び声、断末魔、絶叫、嗚咽、嘆き声、うめき声、慟哭、恐鳴。
誰かの叫びが聞こえてくる。あるいは僕の口から発せられたものだったのかもしれない。誰かの声に叩き起こされた僕は扉を開けて外を見る。いつも見ていた家が、道が、空が、人々が炎に包まれていく。日常が非常識に燃やされる。炎は夜の闇を赤く染め、火の粉が雪のように空を舞う。熱風が頬を打ち、焦げた木や肉の匂いが鼻をつく。
父と母が僕を抱えて必死に叫びながら瓦礫を掻き分け道を作って村の外へ目指す。誰かの叫び声も断末魔も全て無視して自分たちが助かるよう必死に走る。
けれど途中で気づく。これは叫び声ではなく、怒号だ。
「村長を守れ!敵を殺せ!もはや奴らは同じ村民ではない!!」
「村長の殺害を企てる賊に容赦はいらねえぞ!」
家を燃やし人を殺す彼らは妖怪ではない。村長の家で時折見た武士たちだった。そんな彼らが戦う相手もまた人間。剣が振り下ろされ発生する風切り音、槍が肉を貫く鈍い音、血しぶきが飛び散る様子が目の前に広がる。どうして殺し合いをしているのかはわからない。けれどこの場にいれば僕たちまでも巻き込まれる可能性があるのは明白だった。
僕の体は担がれた状態でその場からどんどん遠ざかっていく。何もできずに何が起きたかすらわからず距離は離れていく。
僕の大切が破壊されていく様子をただ眺める事しかできなかった。
♢
「…そうか。俺に関する封書や指示書は無かったか」
疎開とは争いから逃れるために地方へ移ることを言うはずだが、僕は発展している近くの街で過ごし、争いの沈下と共に田舎の村へと帰る。
なくなっていた。僕の家も、友人の家も、畑も、林も、全てなくなっていた。まるで最初からそうであったかのように村のいたるところは土がむき出しの更地になり僕や皆の記録を全て燃やし尽くしていた。
争いの種は村長とその対抗馬との諍いだったらしい。その対抗馬さんはもう亡くなっているため村長から話を聞くしかないが、その村長によれば相手は村長の地位を狙って実力行使に出ようとしていたため、自身も武士を募り先制攻撃を仕掛けたとのことだ。
そんなことはどうでもいい。
「村長」
そうだ。村長、あんたが僕の大切な人たちを、記憶を、思い出を壊すなら僕は人間でさえも憎まなくちゃならなくなる。妖怪に村を襲われた時、僕の大切な思い出が破壊され、ご近所が殺されたあの日を今でも思い出す。その時は妖怪を恨んで、憎んで、彼らさえ厭うていれば僕は精神の均衡を保てていたんだ。なら今回はどうすればいい?あんた個人を憎めばいいのかそれとも、人間を憎まなければならないのか。
「…お前か」
「村長」
僕は近づき村長を殴った。今しか殴れないかと思っておもいっきし拳を振りかぶってかさついている頬に打ち付けた。初めて人を殴った僕の拳は痛みを訴えたがそれでもまた殴ろうと僕は振りかぶる。
振りかぶって、やめた。こんなことをするために村長に話しかけたわけじゃない。殴るのなんてそれこそ妖怪にでもやらせておけばいい。僕がするべきは口での対話だ。
「村長」
三度つぶやいてみるが何を言えばいいかわからなくなる。「何故?」その一言で僕の今の心情を伝えられるほど日本語は万能ではない。心情全てをぶつける文章を探そうとするが残念なことに僕の語彙では足りなかった。
「…俺は、甘かった」
ぶつける暇もなく、いや無言だからこそぶつけた僕の心情を汲み取り村長は語り出す。その姿は僕が憎もうとする相手にしては酷く小さかった。
「40過ぎても我欲が抑えられない俺はそれを自覚している。だからこそ欲を客観視して本能のストッパーを心に飼っているつもりだった」
僕の拳でえぐった頬から血が流れるが僕も村長も気にせず話に集中する。どちらが気にするにせよそれは侮辱になると思ったから。
「奴の言葉を、丸ごと信じていたわけじゃなかった。それなのに俺は」
『俺はアンタに散々脅されてこき使われてきたけど、そろそろ詰まんなくなってきたからアンタがご執心なライバルに鞍替えするよ』『あんたは自分のライバルばかり俺に調査させてるけど、一番俺に視られているのは自分自身だってこと、ちゃんとわかってる?』
『忠告するよ。これからあんたはそのライバルに全てを奪われる』
『貴方…私以外に愛人がいるって…本当なの…?』
「自分でもどこかおかしいと思っていたはずなのに、俺はその
「妻にそれを言われた瞬間、全てを察したと思っちまった。俺の弱みを握って土台から崩しに来たと思っちまった。奴を使って、今までの事を全てやり返されると思っちまった」
「だから俺は、この地位を追われる前に、証拠を、ライバルを、奴を…」
「あの覚りを、殺さなくてはと、思っちまったんだ」
♢
拳はまだ痛んでいる。その拳を握りながら僕は家を訪ねた。
僕がもっと小さい時、父さん母さんと共に暖かくして寝た布団は煤すら残らず燃えていた。
僕が小指を良くぶつけていたタンスもその中に入っていたお気に入りの服も原型すら残っていない。
僕の家は家じゃなくなっていた。石造りの壁と、一つの椅子と一つの机。それだけだった。
渦巻く思考を纏めようと椅子に腰かける。ため息を一つ付いて感情でしかない思考を文章にして言葉にする。
正直言って僕は安心していた。
これから僕は、人間を憎みながら生きていかなければならないんじゃないかと、怖かったからだ。あからさまな全員の敵である妖怪だけを恨んで僕の思考、生活圏から排除すればよかったこれまでと違い人間を憎み続け、社会から外れ、自らすらも恨む。けれど僕の大切が傷つけられるよりはよっぽどいい。そんな思考になってしまいそうで、僕は怖かった。
そして今回の件ではっきりとわかった。人類は妖怪とは分かり合えない。曖昧な意識だったそれは今回でより強固になった。僕らの恐怖や恐れる心を求める妖怪は確実に僕らの敵で、絶対に分かり合えない。…それは悲しいことだが。
ふと机の上を見れば僕が陳列した達磨があった。小さく木彫りのその達磨は意外なことにまだ燃え尽きず残っていたらしい。痛む拳を広げ手の平で包んでみれば硬く冷たい。作ったばかりだから思い出なんて何もない。
けれどそれでいいじゃないか。これまでを割り切りこれからを生きる。その象徴としてこれからこの達磨に思い出をつけていけばいい。悲しい事ではないと自分に言い聞かせる。
走馬灯のように今日までの出来事が流れていく。
現在の幸福と未来への不安。村長の昔話。おつかい。村の復興。またも妖怪による村の崩壊。痛む拳。そして今。それらが走馬灯のように僕の脳内を流れて…
『よければ聞かせてくんない?』
『おっちゃん、うどん3つ!』
…なんだこの記憶は。
(どっかでやばい奴
『さとり姉ちゃん、少し昔みたいに戻ったね』
誰なんだこの人は。僕のこれまでの記憶が流れ終え、これからを考えようとする暇もなくまるで自分のことのように誰かの記憶が流れてくる。それが、止まらない。
(そして今日も飯はなし。ひもじいなあ…)
『半分…どうぞ…』
『おっちゃん、どうやって屋台を開いたんだ?俺もなんかの店出してみたいんだ』
誰かの記憶が、僕の、いや俺の脳内と結合されていき、段々と違和感が消えていく。
(やっぱり妖怪の理想郷を作るんだったら人間をもっと殺した方がいいんだよなあ)
ああ、そうだ。俺は。
「言動の割には案外平和主義者ですのね、貴方」
妄想や記憶ではない確かな音につられて意識が浮上していく。
「
………。
なるほどね。ここに至るまで何が何だかまったくわからなかったけど、ようやく事態に頭が追い付いたよ。こいつ、俺の覚り側の精神と人間側の精神の境界を人間側がでかくなるように動かしたな?
「いいやまったく。酷い気分だよ」
まるで他人の人生を一回体感し終えたような気分の僕は一度伸びをし首をまわしてガチャガチャと音を立てる。
改めて周りを見渡し状況を確認してみれば畳張りの部屋と襖で囲われた部屋にちゃぶ台を挟んで俺とその女はいた。
「まさか昔の悪癖に足を掬われるとはね。人間の精神が少しあるだけでここまで酷い事になるとは思わなかったよ」
さとり姉ちゃんは未だに勘違いしているけど*1あのまま大衆の中に放置されていたとしてもたぶん俺は妖怪の敵にはなっていないだろう。せいぜい今より精神が人間に似るだけだ。まあ今回は少しでも人間の部分があったからこそこのキモい妖怪に付け入れられたわけだが。
「私も随分と嫌われたものね。悲しいわ」
「どちらかと言えば自分の妄想癖に嫌気がさしてるけどね。出来の悪い妄想の世界を他でもない自分が見なくちゃいけないとかどんな罰ゲームだよ」
「いえいえそうでもないですわ。貴方が荒らしに荒らしたあの村のその後は私の調べも加味したものですから」
じゃあなにか、こいつも俺の妄想を一緒に見てたってこと?恥ずかしっ。
「何が目的で俺の精神を弄って妄想空間に突っ込んだのかと思ったら、お前も見てたのかよキモ妖怪」
「酷い呼び方。八雲紫と呼んでくださいまし」
誘拐犯の要求に人質が答えるわけがなく俺は適当に聞き流した。しっかしあの村、跡形も残らないように色々根回ししたのにめちゃめちゃ跡形残っとるやないか。こいし姉ちゃんとさとり姉ちゃんにバレないよう散々走り回ったのに…泣
「覚えているかしら。私が貴方に接触した理由を」
「俺が妖怪たちのニコニコ空間を創ろうと画策してるのを邪魔しにきたって話でしょ?」
「全然違うわよ」
はてさてなんじゃったかと頭を捻るも村が全然残ってることのがショックでまるで思い出せやしない。八雲さんは困ったように薄く笑った。
「私の目標は消えゆく妖怪や神々の楽園を築く事。貴方も同じ目標を見据えていると私は考察しているけれど、相違はないとみていいわよね?」
「俺は大切なものが守れればなんでもいいけど、まあそうだね」
「貴方と私は、同じモノを見据えている。それは立場によってはライバル、つまりは敵と見做すこともできますわ」
まあそうだろうな。例えば妖怪が安全に健康に暮らすには都合の良い恒久的な
まったりちゃぶ台を跨いで談笑してはいるが俺の目の前にいるこいつ、八雲紫とやらはおそらく相当な強者だ。少なくとも腕っぷしではぼっこぼこにされるだろう。嫌だなあこんなヤバそうな能力持ってる妖怪と敵対するとか。今も一生懸命心ん中視ようとしてるけど何十にもバリアが張ってあるせいかなかなか見通せない。
「じゃあ今から漫画みたいな喧嘩して雌雄決する?俺もアンタも身体能力に関する能力じゃないっぽいし平等でしょ」
「案外乗り気なのは予想外ですが…けれど立場が協力者なら、私たちは仲良くできると思いませんこと?」
「でもそれってお互いの楽園の定義がすり合ってなきゃ成立しなくない?」
そこまで言ってはたと気づく。
「だから俺をあんな目に合わせたのか」
「御名答ですわ」
あの世界での
「それにしても人間に優しいわね、貴方」
「え?」
唐突に身に覚えのない話を投げかけられる。なんの話だかまるで分からず俺は目線で通気を促す。
「妖怪だけの楽園。裏を返せばそれはその楽園さえ出来ればもう人間と妖怪は争う必要がなくなることを意味しますわ。些か人間にとって都合が良すぎるように見えますけど」
「人間に情でも移ったのかしら?」
扇子を広げ口元を隠して俺に問う。剣呑な空気とその目を見て俺は察する。ここが分岐点であると。
話の流れから察するに八雲さんの目指す理想郷とやらは人間にとってかなり厳しいものになる予定なのだろう。
奴隷か、家畜か、実験動物か。どのような扱いかは知らないがまず間違いなく俺の考えるそれよりも人間側の目線でいえば酷いものになるはずだ。ここで俺が下手に人間擁護に回れば協力しようという話は決裂。本当に漫画のようなドンパチした戦闘が起こると想像がつく。
「…俺は」
ならば敢えてここは博打にでてみよう。俺の意見は変えない。あくまで変えるのは八雲さんの心だ。
「ただ歩いている時、どこかで思ったことがあるんだ。向かいから歩いてくるあの人間は違う世界線の俺なんじゃないかって」
これは俺の精神に少し人間が混じっている故の疑問じゃない。ただ純粋に感じた、人間への期待。
「向かいからくるあの男性は、あの少年は、あの婦人は、もし僕が人間の一般家庭に生まれて、貧困家庭に生まれて、虐められて、健康に育って、もし女性で、もし運命の相手とやらがいて。
そんな環境なら俺は彼らになっていたんじゃないかって」
「…人類と分かり合えるとでも思っているの?」
「いいやそれは不可能だね。人類にとって俺ら妖怪は絶対悪。天地がひっくり返るとか、そんな異変が起きてようやく協力できるかも、くらいだろうさ」
「けど、
一番闘争が発生しやすい状況とは一方的に搾取されているときではなく、戦争が起こった時だ。
だから僕は悲しかったんだ。妖怪と手を取り合うという方向で大切なモノを奪われないようにする、という選択ができないことに。
「けど俺は思うんだ。人類とは分かり合えずとも人間とならわかり合えるんじゃないかって」
「事実上の良き隣人としてなら人間と手を取り合えるんじゃないかってな」
これは俺だからこそ言える発言だ。そして俺の妄想を共に見ていたであろう八雲さんもこれは反論できない。
「そして八雲さん、アンタの理想郷の全体像も大体わかってきたよ。人間を数百人誘拐して家畜化、恐怖発生器として利用するって話なんだろうけど、それじゃあ理想郷は絶対できない。自滅覚悟で人間達が反抗してきて終了さ」
「だから八雲紫、アンタの取れる択は二つ。ちょっと計画を歪ませて俺の手を借りるか、俺を殺して一人で理想に終わる理想郷を建設するかだ」
ここでもし、八雲さんが後者を選ぶなら俺はすぐさま自害するつもりだ。おそらく八雲さんが俺に近づいてきたのは目指す場所が同じだからってだけじゃない。まだすべてを視ていないから本当に博打ではあるが俺を何かに利用するために近づいてきた…ような気がする。だから本気で考えろ俺はマルマイン俺はマルマイン俺はマルマイン…
「…これは一本取られたわね」
未来からの毒電波を受信していた俺を他所に八雲さんはたっぷり無言を貫き、ついに観念する。
扇子を閉じて降参の意を示すように苦笑を浮かべながら手を差し出してきた。
「貴方に従うわ。これからよろしく頼みますわ、古明地てんと君」
その絹ように白く、食パンのように柔らかい手を前に俺はもちろんとばかりに手を取った。
「俺からもよろしく八雲さん。けど俺ほとんど計画とかは考えてないから従うのは止めてくれよな」
ええ…?と今度は本当に呆れたような視線をもらいつつ、俺らは無事協力関係となった。いやーめでたしめでたし。
♢
「ふう」
「来客はお帰りになられたのですか、紫様」
既に彼の覚りはマヨヒガから伝えていないはずの帰り道を通って帰路についていた。久しぶりに紫は肩に重さを感じ己の式神のしっぽにだらしなく寄りかかる。想定とはかなり違ったがそれでも紫は満足した結果を得られたと感じていた。人間に関する扱いも渋々譲歩したとはいえこの紫をして「確かに」と思わせる説得力があったので問題ないといっていいだろう。
「藍ー今日は疲れちゃったからご飯とお風呂と洗濯任せてもいいかしら」
「それは家事全部というのですよ、紫様」
呆れつつも拒絶を見せない己の式に感謝しつつ、自身は疲れを早急に取るために式のしっぽを堪能する。藍はその様子に物珍しさを感じていた。
「彼の覚りは強い方のようには見えませんでしたが」
「…そうね、強いわけではないのよ。力だけで言うならそこらの雑魚妖怪にも劣るくらいかしら」
式神の疑問は至極当然のものだった。距離はあったとはいえその雰囲気はその辺の人間と大差ないもの。
しかし紫は知っている。彼の覚りの人の部分を通してその異質さを感じていた。
(『その
評するとすれば所謂「意識を操る程度の能力」といったところか。
背筋が凍る。何十にも心に重ねた結界を軽々突破し私の心を一部読み取っていたのは、まだいい。
しかしその意識に干渉する能力は妖怪の精神を歪めうる力があった。
「怖いわよ。てんと君は」
深淵を覗く者は、から始まる文章を紫は思い出していた。
第一話の入り、村の内戦経緯以外は天才だと思ってる
逆にそのあたり適当に作りすぎて今が苦しすぎる