深淵を覗く時は深淵に覗かれている。
私が帝丹高校に来てから少し経った。最初は車椅子という物珍しさから私の介助をしてくれる者も居たがそれが日常となると多くのクラスメイトはそれとなく私の近くを離れている。
生来の性格によるものもあるだろうが、物珍しさが薄れたさきにはやはり面倒が勝るようで、私にはその面倒を上回るような人間的魅力も無かった。
故にやんわりと私が介助を断ったらこれ幸いと人の波は去っていった。結果静かになってありがたいのだが、一方でやはり不便な時は多い。介助人を雇おうにも親から半ば見捨てられてる私の手元にある金銭は、彼らの良心より保護責任による最低限の程度。
無い袖は振れない。金銭を手に入れる手段はこの身体故に乏しくアルバイト等も容易ではない。
……悪夢の姫の力を用いた殺し屋稼業等も考えたがこれは最終手段。殺害こそこの力なら足はつかないしarkも稼げて一石二鳥ではある。しかし強盗的な金銭の獲得は強盗行為によりリスクが跳ね上がるし、殺し屋は私にフロントになる伝手も無ければ、結局はその部分がアシになる。
足は動かないのにアシがつくとはなんとも皮肉である。arkと金銭面により私の生活は真綿で頸を締められるように追い詰められていく。
……はぁとため息をつく。現状を悲観した所で、嘆くだけでは何も得られないことは悪夢の世界の前に思い知っていた。私は世界に愛されていない。いつも最悪だ。そもそも私が最悪な事は疑いようもない。
そんな最悪の私に未だに構い続ける毛利さんは、やはりとてもお人好しなのだろう。
冬野さんが良ければと私に気をかけてくれる。悪意的に見れば私を引き合いに優越感に浸りたいのだろうとも捉えられるが、毛利さんや鈴木さんと遊んでいると逆にそのようにしか考えられない自分が少々惨めに感じる。
そのような事を公園で考えていると車椅子の足元にサッカーボールが転がってくる。遠くから子供たちが取ってくださいと手を振る。足元のボールに手を伸ばしてとるが私の投げる力では子供たちには届かないだろう。
子供たちの中では大柄な子が投げてくれといった感じのジェスチャーをするので困った顔をしながらボールを投げる。車椅子上であることと私の脆弱な腕で投げられたボールはへなへなとした球筋で転がっていく。ボールを受け取るために子供たちは近づいてくる。
「姉ちゃんだらしねーぞ」
「その言い方は良くないですよ元太君。お姉さんは車椅子に乗っているんですから」
「ごめんねお姉さん」
「そうだな。ごめん姉ちゃん」
子供たちは子供らしく私の周りでやいのやいのしている。車椅子が珍しいんだろう。このころの子供たちは好奇心が旺盛で珍しいものに興味があるのは当然である。うっとおしいような、微笑ましいようなそんな気持ちでいるとやや離れたところから子供が一人近づいてくる。
「おいお前ら迷惑かけてんじゃねえ。ごめんなさい冬野お姉さん」
「江戸川君?」
「お姉さんの知り合いなんですかコナン君」
……後から来た少年が江戸川君であることに少し驚く。眼鏡をはずしていたから印象が違った事もそうだがどうせ子供たちだろうと気にしていなかったから近づいてきた濃密な大量の死の運命に面食らう。そしてそのことに引っかかる。
どうして江戸川君は後から来たのだろう。
江戸川君の性格を正しく把握しているわけではないが初めて会ったときは私と蘭さん達の話をどこからか聞き、連続昏倒事件の話をしてきたのだ。彼の配慮がやや欠けている点は子供であることから大目に見るとして、好奇心の強さからしたらこの子たちが来てから一呼吸おいてからくることに違和感を抱く。
江戸川君はこの世界の姫《贄》だ。私は彼を警戒しているし彼も私を警戒しているのだろうか?だとしたら合点は行く。今はあからさまに私に警戒の色を示している。そのうえで私の正体を探ろうという意志を感じる。
そういえばもう一人子供はいた気がする。奥の方に一人、女の子がいるのが見えた。
「冬野お姉さんは蘭姉ちゃんの学校に転校してきた人でこの前一度ポアロであったんだ。だよね、冬野お姉さん」
「ええ。そうですね。ところでもう一人お友達がいませんか?仲間外れはかわいそうですよ」
「そうだね。哀ちゃんもお姉さんとお話ししよう」
私の言葉に江戸川君の警戒が明らかに跳ね上がる。なるほど、江戸川君が遅くなった理由は彼女なんだなと確信する。そして私は無邪気そうな女の子が手招きする女の子に目を向ける。
その眼には見覚えがある。悪夢の世界で幾度も見てきた化け物に恐れるような、恐怖の瞳。その瞳が眼鏡のレンズ越しにさらに大きく映っていた。
……私を恐れる?悪夢の姫ヴェルギリエならともかく車椅子の少女冬野かなたを何も知らない子供が恐れる?あの子には何が見えているのだろう?それこそarkでも見えているのだろうか。ぎこちなく、恐る恐る近づいてくる『哀ちゃん』に微笑む。
「ほら、お前ら戻るぞ。冬野お姉さんごめんなさい。またねー」
おびえる哀ちゃんの手を掴むと江戸川君は走って行ってしまう。ほかの子供たちもお姉さんさよならと一声残すと江戸川君を追いかけるように走って行ってしまう。
子供たちを見送ると車椅子を動かす。さて、このフットレストに仕掛けられたものをどうしたものか。壊すのはペインストライクで行えるだろうが、『装具までしている足の不自由な冬野かなた』がフットサポート裏の何かを脈絡もなく壊すのは不自然だ。
罠使いを甘く見てはいけないよと彼らの真上、空というより天井を見る。
「正直私にはその事件の事は分からないわ。その冬野さんが何かをしたっていう確証はないわけだし」
「まあそうだよな。いや俺も冬野さんを疑っているわけじゃないんだけどよ」
公園で元太たちとサッカーをしながら灰原と冬野かなた及び連続昏倒事件について話していた。先日会った冬野かなたの目つきと纏う空気、
『みんなとても残酷で華麗で屈辱的な、とても甘美な夢を見ているのでしょうね』
そして最後に零した言葉が気になる。それは一見無感情なしかし何処かまるで俺を試しているような、期待しているような印象を感じた。挑戦状でもたたきつけられたなら受けて立たないと気に食わねえ。
「おい何やってんだよコナン」
「あ、すいませーん。ボール取ってくださーい」
どうやらちょっと外れたボールを取り損ねてしまったらしい。わりいわりいと元太に謝り振り返る。転がったボールを追いかけようとするとそれを拾い上げた人が目に入る。
セーラー服ではなく見慣れた帝丹高校のブレザー姿だが、黒の長い髪をストレートに伸ばし、文学少女のように眼鏡をかけた車椅子の少女。しかし纏う空気からそれが空似でないことは明らかだ。鋭さはなく重鈍な全てを押しつぶすような、何もかも沈めるようなその空気は奴らとは違う何かを感じさせる。
「冬野⋯⋯かなた」
「な、なんなのあの人」
ボールを取りに行こうとする俺の裾を灰原が掴む。その瞳は組織の奴らに会った時のように恐怖に震えている。無理もない。彼女の持つ空気や瞳はまるで人を人と見ていないような平坦さは灰原には堪えるだろう。
「灰原。あの人は、それに足を見ればあの人一人で俺たちに何かできるわけはねえよ」
「そうだけど、ちょっと」
「とりあえず気になるならコレをかけてろ」
そういって眼鏡を灰原にかけてオレは冬野さんのもとに行く。気休めにしかならないだろうけどとりあえずは灰原にはそれで我慢してもらおう。
冬野さんはオレが近づいてくると少し驚愕した顔をするが江戸川君と表面上は普通に応対してくれる。彼女自身が何かをできるとは考えづらいが万が一も考えられる。それはなさそうでよかった。
少し観察しようとすると冬野さんも俺を観察してくる。それは深淵を覗くと深淵に覗かれるとでもいうようだ。ほの暗い瞳の中に何もかも燃やし尽くすような深紅が一瞬見えたところで、冬野さんは目をそらす。
その視線は灰原に向いていた。チャンスとばかりに彼女の車椅子、足の下に盗聴器を仕込み歩ちゃんに呼ばれ恐る恐る近づいてきた灰原の手を引いて離れる。
「江戸川君、あなた」
「冬野さんが奴らと通じているとは考えづらいが冬野さん自体が何かするのはあの足じゃ無理だ。話している声が聞こえれば何か掴めるかもしれない」
振り返る。灰原の身体から無骨な刃が貫きその血をまき散らして空に連れ去られる。オレに灰原の熱い血がシャワーのように降り注ぐ。
その錨のようなそれでいて錨と違い人を貫くことに特化した槍のような鋭さ、そして貫いた獲物を逃がさないようなフック状に返しまでついている、あまりに悪意に満ちた残虐性の塊のようなそれには歩ちゃんや元太、光彦もぶら下がっており。
彼女は微笑んで手を振っていた。それにおぞましさを感じて、握っていた灰原の手から感じる熱がなくなった感じがして
「っ‼灰原⁉」
「江戸川君。貴方いきなりどうしたのよ」
ぶわっと汗が噴き出す。オレの手は灰原と繋がっていて、元太たちも仲良くボールを持って冬野かなたに手を振っており、
冬野かなたも白昼夢と同じように微笑んで手を振っている。それがとてつもなくおぞましく感じてしまった。なんなんだ一体。何者なんだ、冬野かなたは。
暴いてやるよ。昏倒事件も、お前の事も⋯⋯
スイングアンカー
残虐属性天井罠。振り子のように振られる錨。四方に四つ叉になっており先端は貫くように鋭利であり捉えた獲物が逃げられないように返しまでついてる残虐度高め。原作だと多人数コンボでは使うけど比較的に使いづらかったイメージ。ハンマーやヨーヨーが天井移動系だと使いやす過ぎる
沼のような重鈍な冬野かなたの諦念の最奥にはヴェルギリエの全てを焼き尽くす苛烈さが隠れている。