鵠別供花の突撃!隣の祓魔隊【海上自衛隊】
そんな文字列を見つけ、あなたはディスプレイを覗き込みました。
Twitterで……今ではXと呼ばれるSNSでネットサーフィンしていた時、ふと目に留まった動画。投稿者の欄に記載されている“
なんでもオカルト話からゲームまでありとあらゆるオタク話が大好きな女の子であると。
なんでも環境庁神祇部境界対策課……穢土汚染の除去を担当する部署の、非公式かつ非公認バーチャルアイドルなのだと。
なんでもタクティカル祓魔師――宗教事業者のうち国家機関のチャプレンに類する者たちのことを紹介して回る、一応個人勢の配信者なのだと。
切り抜きでしか見た事のない動画の記憶を呼び覚ませば、やけにうるさい萌え声の少女がミリタリーから何から様々な話題の中で「やってやろうじゃねえかこの野郎!! 次は裏富士禁域行ってくるよ!」と叫ぶ様子が思い起こされます。
実際に裏富士禁域――日本で最も大きな禁域として名高いそこに向かったのかどうかは定かではありません。しかしあなたの目を、とある絵師をママとしたそのバーチャルアバターの健康的な肩口ががしりと掴みました。
一般的にバーチャルアイドル、Vtuberとも呼ばれる彼女らの求心力の八割以上は、その人柄や会話の面白さもさることながら神絵師が丹精と魂を込めて描いたそのアバターにあるとされます。
特にこの元絵を描いた者は、元来乳の大きく健康的な太ももをお持ちなキャラを書きがちな絵師です。その例にたがわず、鵠別供花もまた最新の流行に沿った幼く愛らしい顔立ちと小さく薄い身体付き、それらに反比例するような健康的な豊満さを見せつけていました。
そのようなバーチャルアイドルは基本的にゲーム配信ばかりするという傾向にあります。しかし、あなたの記憶にある鵠別供花という配信者はどうも様々な心霊スポットや有名無名を問わない宗教事業者へのリア凸を行いがちな者であるようで。
……それにしても、自衛隊?
投稿した時期は202■年。ちょうど、世界を騒がせる感冒性の感染症が流行った時のもの。今でこそ下火になりつつある時期ですが、同時に当時は今より世界情勢への危機感が薄かった時期とも言えます。
赤い服を着た芸人が自衛隊に潜入する番組が人気になったのも、自衛隊についてテレビで紹介される機会が増えたのも、この投稿日よりも少しだけ後の話。
あなたは興味本位で――もしくは見知った名前であるということから、その動画のURLを開きます。
まず初めにパッと画面に写ったのは、プレビューにあたる少女と護衛艦の画像。「海上自衛隊に潜入!」と可愛らしい文字で描かれたタイトル画像がすぐさま消え、数秒のローディングとほんの6秒程度の広告の後、もう一度ローディングを挟んでから動画が始まります。
一度撮ったものを編集した後なのでしょう。動画の長さは■分と短く、ゆっくりと左へと動いていくシークエンスバーの後ろで、真っ黒な闇だけが映ります。
すわ故障か釣り動画かと疑ったあなたの耳に、暗闇の中で何か羽虫が飛んでいるような音がイヤホンの奥から響いてきました。
「やっほー! 全国のモシュさんたち、こんべつーっ!!」
威勢の良いハキハキとした声が、羽虫のような音の後ろから聞こえます。きっと編集した時に付け加えたものなのでしょうそれを聞き流していると、動画の中のシークバーでおよそ10秒ぐらいでしょうか。画面が徐々に明るくなっていくのが、液晶の中の動画からでもよくわかりました。
暗がりから徐々に明るく。まるでトンネルを抜けるかのように光を使いつつ。最後にパッと一瞬だけ白く画面を輝かせた後、反射的に目を細めたあなたの目の前へまるで空から空撮しているかのような港の――埠頭の映像が流れてきました。
真ん中にあるのは灰色に塗装された軍艦。平たい甲板に、その他3隻が停泊した埠頭。
埠頭の真ん中に止まった恐らく官用のものであろうバンと、至る所を走り回る黒いセーラー服の男たち。
カメラの高さはおよそ30mほどでしょうか。高層ビルから見下ろすくらいの高さより、まるでドローンから撮っているかの如くゆっくりと舐めるように動画が流れていくことでしょう。
そこでふと、思い出したかのように供花の声が響きます。
「さて!! 私は今どこにいるでしょうかーっ!?」
海上自衛隊員なのだろう男たちが走る姿は、空の上から見れば豆粒のようなもの。
辛うじて顔が見えるか見えないかの瀬戸際の高さで数秒留まりつつ、安っぽいSEでカウントダウン。
0と銘打たれた瞬間からドローンのカメラが徐々にズームアップし、目の前の巨大な空母の如き艦艇を外れて画面端近くの小さな護衛艦へと吸い寄せられていきました。
「ここでーす!ここ、ここ!ここでございまーす!!」
そうしてカメラは、一人の少女へ。
後から編集で足したのか、それとも否か、ぴょんぴょんと真っ白い単装砲の近くで飛び跳ねる3Dアバターの姿があなたの目に入ってくることでしょう。
まじか、と思うのも無理はありません。今はちょうど、ドローンによる護衛艦の空撮が問題視され始めた時期。当時であっても、ほんの数年前首相官邸にドローンが落ちて問題になった頃のはず。
そんな微妙なタイミングでドローンを停泊中の護衛艦たちに近づけ、剰え日本で一番大きな護衛艦の一隻を舐めるように撮りまわる動画を公開していたなんて。
困惑するあなたを置いて、タクティカルなインナーに巫女服じみた意匠のアバターは「いえーい!」と言わんばかりに笑顔でピースしながら口を開きます。
「ってことで、やってきました! 海上自衛隊の……えーと、なんだっけ。――そうだ護衛艦■■!」
いやいやいや、「ってことで」ってなんだよ。
あなたの脳内に浮かんだ突っ込みを無視するように、画面の奥の少女は語ります。
「今日は自衛隊特集の第二回ってことで! 海上自衛隊の祓魔科を見ていきます!」
ここでタイトル回収。どんと大きく文字を出し、この動画の主題を明確にしました。
「……あっ、ここでモシュさんたちに謝罪です! 前回の動画は途中で終わっちゃってごめんね! まさかあそこに空挺団の祓魔師がいるって思わなくて……ああ、なんとか逃げられたからセーフ! ”砲兵森”もあんまり追ってこなかったしね!!」
そう言って小さな頭を思い切り下げる供花。しれっと出てきた名前から、第1空挺団という日本有数の特殊部隊にすらも取材したのかと若干恐ろしくもなるでしょう。
……しかし。彼女の口から出た”砲兵森”という言葉に、あなたは聞き覚えがありません。
少なくとも森が勝手に動いてやってくることはないでしょうし、オカルト話にある”砲兵森の幽霊”とも違うでしょう。
文脈からして人名か、あるいはあなたが知らないだけの隠語かなにかなのかもしれない。
あなたはそう結論付けて、ぺらぺらと語り続ける供花のもとに目を落としました。
「なので今日は――バレないように変身してきたよ!」
そう叫ぶやいなや、3Dアバターがくるりとバク転。
あまりに綺麗なフォームで呆気にとられる中、海上自衛隊の制服と思しき青色の迷彩服に漁師祭りのような赤い法被を羽織った衣装で再び、カメラの奥に向かってピースします。
……バレないように?
あなたの脳内に浮かんだ「非公式どころか非合法の犯罪じゃねえの」というツッコミを予測していたのかいなかったのか、動画の中の供花はバーチャルアバターのまま、甲板上をすれ違う自衛隊員に向かって敬礼しました。
年若い自衛隊員は敬礼を返し、「お疲れ様です」と叫んで自分の仕事に戻っていきます。
どうやら3Dアバターのみならず、その配信者本人も迷彩服で身を包んでいる様子。
どう考えてもスパイか犯罪者一歩手前な彼女は、そのまま数人の自衛隊員たちに敬礼しながら狭い艦内へ。
どこからカメラを入れたのか、狭いパイプの隙間や床スレスレの地面まで至るところからカメラを回しつつ、艦内を進んでいくことでしょう。
「さーて、ここが食堂で……今日は金曜日じゃないからカレーの匂いはしないね」
そう言いながら食堂を映し、昼過ぎなのか人の少ない机の群れをカメラに収めます。
動画の奥からは匂いを感じ取ることは出来ませんが、供花の楽し気な声から軍機に隠された軍艦の一端を知ることは出来るでしょう。
「それで……ここらへんに祓魔科の武器庫が…………」
食堂を抜けて狭い通路と急な階段を行ったり来たりしつつ、とある一室の前で供花の3Dアバターのアホ毛が跳ねます。
ここだここだと呟く彼女の声と共にカメラが向き、供花の背中だけを映しながら「カチャリ」と何かの鍵が開く音だけが響く事でしょう。
どう見ても何か犯罪的な行為をしたような彼女は、軽く腕を回しつつドアノブを捻って秘された武器庫の中へともぐりこんでいきます。
暗い部屋。パチリと電気をつけると、中には十数個のロッカーが壁際に並ぶだけの殺風景な倉庫がありました。
恐らくこの中にペグ銃と黒不浄があるのでしょう。一般的な臨検隊と同じような、艦内の武器庫。壁に貼られた人員表。「天」と書かれた紙を天井に張られたどこかの神社の神棚が、その部屋が護衛艦の中でチャプレンたち――“祓魔科”に与えられた、宗教的な部屋である事だけを示します。
ふと。楽し気に鼻歌を歌いながら物色していた供花の後ろから、全く唐突に声が掛けられました。
「おい」
「ひっ!」
供花の怯えた顔のアバターが振り返ると同時、カメラもまた後ろを振り返ります。
そこに立っていたのは、海軍士官のような白い軍服に身を包んだ男。
厳めしい仏頂面で彫りと皺の深い眉間を顕わにしながら、じろりと供花の方を舐めるように――訝しげに見つめました。
「見ない顔だな。官姓名を名乗れ」
なんとか、良い感じの名前はないか。そう考えながら、名簿のようなものを探しているのでしょう。
――そうしてちらりと、壁にかかっている人員表に眼をやって、そこに載っている十数人の名前の中から最も女性らしい名前を選び取りました。
「か……、カシマ! カシマ・イサミと言います! 境界対策課から出向してきました!」
……静寂。
疑いが晴れたのか、晴れていないのか。そもそもこんな犯罪者を応援するのもアレですが、動画のシークバー自体はあと半分ほども残っています。
処刑場の前のような静寂を斬り祓うように、厳めしい顔をした鬼のような軍人がぷっと吹き出しました。
「……ふっ。そうか、
ひとしきり笑った後、一歩近寄った男は供花の肩をぽんと叩きます。
「鹿嶋。お前も中々面白い事をするんだな」
「そ、そうっスかねぇ~……へへへ」
乾いた笑いを浮かべる供花のことなんて知りもしないまま、男は言葉を続けました。
「さて鹿嶋。境界対策課から来たと言うならお前も祓魔科だろう。巡検に付き合ってもらう」
「りょ、了解であります!」
供花のアバターが、肘をピンと伸ばした敬礼をする。あなたはきっと、その敬礼が陸軍のものであって海軍や海上自衛隊では別の敬礼をするべきであるという事を知っているでしょう。
ふっとまた苦笑した男は懐から鍵を出すと、供花を押しのけてロッカーを幾つか開きました。
「まずは
そう言って投げ寄越されたのは、迷彩柄の狩衣。神主が着るものよりも現代的な軍服のように切り詰められ動きやすいものです。
供花がそれを羽織って迷彩服の上から装具を取り付ける間に、迷彩柄の手袋だけをした男はロッカーの奥から短めの刀のようなものを取り出して供花に手渡しました。
「それから緑不浄。正式には00式対異刀……だったか。基本的には境対課の黒不浄と同じ扱いで良い」
「これで終わりだ」
「えっ……形代とか、
供花の質問に、男は毅然として首を振りました。
「ない。巡検である以上は用意する必要がない」
「えっ、それじゃあ注連鋼縄だけあっても意味ないんじゃ」
「隔壁に応じてペグがあらかじめ打ち込まれてある。日々の点検は不可欠だが……基本的には結界の仕上げを行うだけだ」
そこまで理路整然と言い切った後、不安そうな供花を見下ろしながらもう一つ呟きます。
「それと形代は無い。こればかりは本当に無い」
「う、うへ……自衛隊ってどこも形代が自弁なんだ…………その上祓串銃まで……」
はぁ。小さく溜息をつきながら、男は諭すように言いました。
「……鹿嶋。ここは艦内だぞ。陸自や境対課のように祓串を至る所に打ち込んでみろ、跳弾よりなにより先に船が壊れてしまう」
ちらりと、供花が上の天井を――そうして横の壁を見ます。カメラも一緒にそちらを向きます。
上には露出したパイプの群れ、薄い壁の裏側にはきっと、同じような配管が所狭しと並んでいることでしょう。
ローレンツ力を用いて射出し、人を殺すどころか鉄板を軽々と撃ち抜けるほどの殺傷力を誇るコレらが飛び交うと、どうなるか。
「……なるほどぉ」
理解した供花を背にして、男は武器庫から外に出ます。
何時の間にか狩衣を装着した彼は物々しいヘルメットを付けたまま、同じように小太刀くらいのサイズのオリーブドラブ色をした黒不浄――もとい緑不浄を手にしていました。
狭い艦内の廊下に出ると、丁度そこをすれ違った自衛隊員の男が二人に敬礼しました。
「副長、お疲れ様です!」
「巡検だ」
軽く答礼し、わかれます。
「そう緊張するな。艦内残穢濃度と警報機の調子を調べるだけだ」
先ほど副長、と呼ばれていた男は、供花を背にしながら歩きます。途中で数個の警報機を確認しつつ、タコ部屋のような船室や三段ベッドのカーテンを念入りに見渡しました。
そうして一つのフロアを見終えた彼は、甲板へと続く狭い階段を舐めるようにじっと見つめながら、甲板に出ようとした――――刹那。
「ここだな」
ポツリと呟いて、副長は手にしたペグを急な階段の手摺の隙間に差し込みました。
続いてオリーブドラブ色の黒不浄を切っ先だけ突き、ぐるりと抉るようにして引き抜く。
ぎゃっと小さく女の悲鳴が響いたような気がした供花は、3Dアバターで首をひねりながら数段上の副長を仰いで訊ねます。
「……なに?」
「自衛隊でよくある怪談だ。真っ昼間からしても、あまり怖くはないだろう」
「ううん……あっ、いいえ! 聞きたいです!」
そうか。ぽつりと呟いた副長。かん、かん、と半長靴で階段を登りながら、世間話のように語り出しました。
「要は昔痴情のもつれを起こした自衛隊員が居て、そいつに捨てられ自殺した女の霊が艦内に出る……というものだ。船室の三段ベッドの一番下のカーテンを開けて覗き込むだとか、主機室でなにかを叫んでいるとか、こういう階段の隙間から顔やら手を出してくる……だとかな」
「えっと、それだけだと無号級……なのかな。良くても一号級なんじゃ」
反射的に口を挟んだ供花を見下ろしつつ、複雑な視線を湛えた副長は一足先に甲板へと出る。
「……そうだな。境対課にとっては、片手間で祓滅出来る程度のものだろう。なんなら結界さえ張れば……勝手に消滅していてもおかしくはないくらいのものだ」
刃渡りの短い緑不浄を鞘に戻し、最後の出入り口の警報機を確かめた後、青空の広がる甲板へ。
カメラが白く飛び、眩んだように手を翳す供花へ、副長は念仏を唱えるかのように無表情で告げました。
「……だが、護衛艦は常に閉鎖環境。一度の穢れが艦内を脅かせば、隊員200名弱は成すすべもなく死ぬ。……そうなった時この船は――言わば境界兵器のようなものに成り果て、病を積んだ破船が日本を脅かすだろう」
理解できたかと促すように、供花を振り返ります。
供花はなにも言わず。それを見越していたかのように苦笑した副長は、話を変えるように訊ねました。
「ところで鹿嶋」
ぽつりと。供花に投げかけられます。
なにもない海が、変わりのない空が、灰色の甲板に立つ二人の背景として広がったまま。
「……境界対策課の、
突拍子もない質問に困惑しながら、供花は小さく頷きました。
「え……うん、はい。境界船舶処理班の深溝班長のこと……ですよね? 部署が違うからあんまり知らないけど……縁起になった軍艦を従えて世界中を回っているって」
「…………そうか」
安堵したように、或いは別の感情があるかのように呟いた彼を見ながら、そういえばとばかりにポツリと呟きます。
「ところで副長……で良いんですっけ、お名前をうかがっても……」
供花がそう尋ねた瞬間、副長はにやりと――まるでネタバラシをする子供のように口角をあげて、一つ。静かに自らの名を告げました。
「護衛艦■■副長兼同艦
「――――やっべ!」
瞬間、揺れるカメラ。どたどたと大慌てで甲板を走る音に続いて、ばしゃりと海に何か重いものが落水する音だけが響く事でしょう。
続いてカメラマンと思われる小さな――低い視界のソレが海に飛び込んで、水と泡の音を響かせながら動画が終わりました。
暗転した画面の中で、後付けで編集した供花の高い声だけが響きます。
「いやーっ! 結局バレちゃったけど、自衛隊特集第2回でした! よかったらチャンネル登録と高評価をお願いねーっ!!」
……なんなんだ、この動画は。
あなたは、そうして、このおかしな――――或いは怖いもの知らずな動画を閉じる事でしょう。