ハリー・ポッター二次創作です。
ハリー他、原作の登場人物の描写はありますがストーリーはオリキャラ同士で進行します。

ホグワーツ新二年生のハンスはレイブンクロー寮生。新一年生の中に気になる少女を見つけてどこかで見たことがあると気づくものの、どこで見たか思い出せない。
組み分けの儀式を通して、記憶を探り彼女の素性を知る。果たして少女の知己を得ることができるか……仄かな恋愛要素ありの短編。どうぞご賞味あれ。

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~ハンスの場合~

 

 また一年が始まる。

 

 キングズクロス駅からホグワーツへの特別列車に乗って、ワクワクするような汽車の旅を満喫していた時は、別に特別なことが起きるような予感は全くなかった。

 家とは違う安心感のある、しかも最高に楽しい学舎へ粛々と戻って、また去年と同じような一年を過ごすのだと思っていた。

 車内では時折、僕より小さい子どもの姿を見かけた。新一年生だ。真新しい制服に身を包んで、何処か落ち着かなさげに汽車のコンパートメントに収まる彼ら彼女らの姿は奇妙に愛らしく、去年の自分の姿を彷彿とさせる。

 

(一年生かな)

 

 物慣れない様子を見ると、これから驚くようなことが待ち受けているのだぞと教えてやりたくなる。組み分け帽子、寮生活、そして魔法のある日々。授業や課題や試験は大変だが、家にいて親の言うなりに過ごしていた日々とは違う。

 妙に先輩ぶった気分のまま汽車は進み、そのまま汽車を降りて馬のない馬車に乗り込み、何となく揺られて気づく頃には古巣へ帰り着いていた。

 おかえり、自由。

 僕の心のあるべき場所。

 高い塔の天辺(てっぺん)にある寮室の、さらに天辺にある自分の部屋の窓からチラチラと灯りのゆらめくホグワーツを見下ろすと、なんとも言えない感慨が心をギュッと締め付ける。

 

 また一年、頑張ろう。

 

 決意を新たにしていると、階下の談話室の方から騒がしい声が聞こえてきた。誰かが階段を駆け上る音がして、バタンと扉が開き、懐かしい顔がひょいとそこから覗いた。

 

「おいハンス!聞いたか? ポッターだぞ!」

 

 顔を出したのは我が親友、ウィルだ。

 やんちゃな顔つきで僕よりこぶしひとつ分、背が低い。大抵の同い年の男子よりも低いので気にしているかと思いきや、本人いわく、そこが一番のチャームポイントだそうだ。そんなのより僕は、負けん気の強いはちみつ色の瞳がとても気に入っているのだが、それは本人には内緒だ。

 ともあれ、ウィルがそそっかしくて、前置き抜きで要点のみから入るくせは休暇前からちっとも変わっていなった。もっとも、三ヶ月やそこいらで性格が変わってしまったらその方が怖い。それは彼にとってよほどのことが起きたであろう証拠に他ならないから。

 僕は窓から体を離し、興奮して詰め寄ってくるウィルへと向き直った。

 

「久しぶりウィル。……変わらないね」

「ハンス!! ポッターだぞ!? 組み分け見なきゃ! 先に行ってる」

 

 言いたいことだけ言ってウィルは階段を駆け降りて行った。

 彼の出て行った方を見ながら、僕はひとつため息をついた。

 

(……ウィル。相変わらず)

 

 名前を言ってはいけないあの人と、ハリー・ポッターとの関わりは魔法界に属する者なら誰でも知っている。ポッターと僕の歳が近いのも、親戚連中にくどいほど言われたので知ってはいたが、とうとう同じホグワーツで学ぶことになろうとは。

 ふと、興味が湧いた。

 これまでポッターとは何の関わりもなかったが、一体どんな子どもなのだろう。先に駆け降りて行ったウィルの後を追って、大広間へと足を向けた。

 

 

   ◇◆ ◎ ◆◇

 

 

 大広間は既に大勢の寮生でごった返していた。

 これから新入生の組み分けがあって、新学期の挨拶があって、それらがすべて終わるまで、食事はおあずけだ。

 レイブンクロー寮のテーブルをざっと見渡す。前の方に目当ての顔を見つけて、ホッとした気分でそちらへ向かった。既にテーブルに着いているウィルの隣へ何食わぬ顔で滑り込む。ウィルもまたホッとした顔で、笑顔を返して寄越す。

 

「遅いぞ。席取りさせやがって」

「ごめん。一年生はまだ?」

「まだ。珍しいな、他人に興味のなさそうなお前が。さすがにポッターは気になるのか?」

「ん」

 

 生返事で入口の扉の方を見る。大広間にいる大勢の生徒たちも、心なしか入口を気にしている者が多いようだ。

 

(それもそうか)

 

 名前を言ってはいけないあの人は既に伝説の一部だ。とすれば、ハリー・ポッターだって伝説の一部に違いない。今までおとぎ話の中の登場人物のように思ってきた人が、急に目の前に現れるのだから気になって当然だろう。

 

 組み分けが始まるまでの間は退屈でやる事もない。

 周りの生徒たちは休暇中の話題で盛り上がっている。どこへ行ったとか、何をしたとか。

 僕も、休暇は母親の実家で過ごした。年に一回、親戚と顔を合わせる数少ない機会だ。純血の母親も、純血の祖母も、一族の結束を重んじる。くだらない習慣だと思いつつ、ホグワーツへ帰ってくると、見慣れた顔が周囲にあることの安心感は身に染みて分かる。誰が一族なのか知るためだと考えれば、顔合わせにも意味はあるのだろう。

 魔法界は狭く、閉鎖された世界だ。

 そこには複雑に絡まり合った血の罠が潜んでいる。一族の中で結束し、助け合い、その罠を乗り越えていかねばならない。いささかステレオタイプではあるが、母親の言うことに異論はなかった。

 休暇中に顔を合わせた面々を思い出していると、ふと、その中に同じ年代の女子がいたことを思い出した。

 

(そういえば……)

 

 確か、今日これから組み分けを受ける新入生の中に、ひとつ年下の従姉妹(いとこ)がいたような覚えがある。名家の末裔(まつえい)らしく、矜持(きょうじ)の高い、いささか気の強い子だ。一族の常で、彼女はスリザリンだろうなと考えていると、ウィルが横からそっと袖を引っ張った。

 

「始まるよ」

 

 大広間の壮麗な扉が開き、新入生たちがおっかなびっくり入ってくるのが見えた。

 マクゴナガル先生を先導に、小さい一年生が一列に並んで進んで来る。その頭上をロウソクはゆらゆら飛び回り、天井のあるはずの場所には夜空が見え、星がまたたき、何とも言えない幻想的な雰囲気だ。僕は自分が初めて大広間の天井を見た時のことを思い出した。あれから一年が経っている。だが、言い換えればまだ一年しか経っていない。

 ふいに入口近くの生徒がざわめき、それは次第に部屋全体に広がって行った。

 

(ポッターだ)

(どの子?メガネの子?)

(普通だよね)

(傷見える?傷)

(…………)

 

 ヒソヒソ声に釣られてそちらを見ると、いかにも大人しそうな少年である。額に稲妻型の傷があるはずだが、前髪に隠れて見えない。

 丸メガネをかけ、ローブはま新しく、赤毛の少年と連れ立って歩いている。その姿に特別なところはまるでない。普通の少年だった。

 わずかに失望感を覚えながら彼の背中を見送ってから、僕は少しだけ反省した。彼には僕に失望される理由なんてないはずだ。勝手に伝説化して勝手に失望されることに、彼はすでにうんざりしているだろう。

 

 一年生の列は続き、しばらく見送った後に見覚えのある顔がふたつ通り過ぎた。

 先に通り過ぎたのはドラコだ。一族の集まりで数回、両親に連れられて顔を合わせたことがある。ドラコは本家から見た更に上位の主家筋に当たるので、僕とすれ違ってもわざわざ声をかけたりはしない。ただ、顔見知りではあるので、通り過ぎざま親指を立て、ニヤッと笑って笑みを交わした。彼とはそれだけで十分だった。

 次に通り過ぎたのは、ひとつ年下の従姉妹だ。

 

「ハンスにいさん」

「ダフネか」

 

 新品のローブに身を包んだ小柄な魔女がそこにいた。

 

「入学おめでとう。ふうん……可愛らしいじゃないか」

「ばか!」

 

 数週間前には顔を合わせた同士の気安さで笑いかけると、ダフネはふいに真面目な顔になって、後ろの列の方へ顎をしゃくった。

 

「にいさん気をつけて。やっかいな子がいるわ」

「やっかい?」

 

 長話をする余裕はなかったのか、ダフネはそれだけ言うと遅れかけていた列に追いつくよう小走りで進んでいってしまった。

 

(どういうことだ?)

 

 僕は首を傾げた。

 ダフネの言うことに心当たりはない。通り過ぎた二人以外に面識のある一年生はいないし、ポッター以上に話題性のある子もいないだろう。

 どことなく釈然としない思いでそのまま一年生の列を眺めていると、列の後ろの方で光り輝くような銀髪が目に留まった。細く柔らかい銀の糸のような髪。もともと色素が薄いのか、瞳の色も透けるような銀だ。磨き抜かれた宝石みたいな美貌を認めて、周囲の上級生たちがどよめいている。見られている当の本人は、周囲を気にすることなく凛と前を見つめていた。どことなく、周囲の空気までピリッと張り詰めるような感じ。たしかにトラブルメーカーになりそうな美少女ではある、のだが。

 

(美人だ)

(……誰?)

(どこの家の子だろうね)

 

 周囲でひそやかに噂が飛ぶ。

 

(ふうん)

 

 僕はじっと銀色の少女を見た。……確かにすごい美少女だ。

 だが、やっかいと言うにはちょっと違和感がある。ダフネ自身が可愛らしい少女であるし、ちょっときれいな子がいたからといってそこまで問題視するだろうか。

 元から面識があったならともかく、初対面のはずだし、同じ寮になるとは限らないし……。彼女がやっかいな子という言葉を使ったからにはもっと面倒な何かを感じる。

 考えながら一年生の列を眺めていた僕は、ふと違和感を覚えた。

 銀色の少女のすぐ前に、小さい金色のふわふわがぴょこぴょこ揺れているのが見える。輝くような銀の髪との対比でそれはいっそう奇妙な感じに映った。

 

(なんだ?あの金色のモフモフは)

 

 列に並んでいるからには一年生なのだろうが、とにかく小さい。背丈は銀髪の少女より頭ひとつ分くらい低くて、周囲の上級生の人波にすっぽりと埋もれてしまっている。

 

(なんで子どもが?)

 

 場違いにも一人だけ幼い子どもが紛れ込んだような、そんな感じだった。

 だが、眺めているうちに気づいた。ちゃんと、ホグワーツの制服を着ている。

 

(一年生……なのか)

 

 これから大きくなっても着られるように、制服は少し大きめに作られているようだ。借り着のようなサイズの合わない制服。極端に小さい身長。だが髪は見事な金髪で、やわらかそうにふわふわと揺れている。

 みんな銀髪の美少女に見とれて気づかない。視界に入らないから、気にも留めていないのかもしれない。

 思わずまじまじと少女を見つめた。(そう、それは少女だった!)

 視線に気づいたのか、ふいに金色の頭がひょこっと動き、彼女はこちらを見た。瞬間、僕はするどい光に射抜かれたような気がして、思わず身をすくめた。

 

 こちらに向けられた少女の瞳は緑。────圧倒的な緑の魔力に僕は翻弄(ほんろう)された。

 エメラルドよりももっと透き通るような鮮やかな緑が僕を撃ち抜く。一年生と僕との間には数人の人垣があるはずだが、一瞬にしてその距離を飛び越え、少女の真横に立っているような感じがした。

 少女は顔立ちは平凡だ。隣に立つ銀色の美少女と比べるべくもない。だが、瞳の力は圧倒的だった。爽やかな5月の風が吹き抜け、新緑が揺れ、風にそよぐ草の葉の揺れる音さえ聞こえるような気がした。

 

(知っている)

 

 ふいに心の底から湧き上がって来た記憶に僕は驚いた。

 この色は見たことがある。

 だが、どこで?どこだったろうか。少女の面影を探して、記憶がめまぐるしく入れ替わる。

 家ではない。僕の家は純血にしては下級の系列なので、屋敷しもべもいないような普通の家だ。メイドが一人いるが、通いで夜になると帰ってしまう。あとは家族だけだから家ではない。

 かといって、当然ホグワーツでもない。入学前の子どもを校内で見かけるはずはない。だとすると兄弟姉妹がいるか、キングズクロス駅で見かけたか、それとも教科書を買いに行ったダイアゴン横丁か────だが、そのいずれでもない気がした。

 

「ハンス?」

 

 あまりに僕がじっとしていたからだろう。

 隣にいたウィルが僕のローブをそっと引っ張った。僕ははっと我に返った。

 

 緑の魔力はもう切れていた。少女はとうの昔に前を向き、一年生の列とともに前へ進んでいた。

 

「あ、ああ……」

 

 僕は柄にもなく赤面した。一年生に見とれて我を忘れるとは!

 

「どうした、ハンス?」

「いや、一年生に知り合いが。ちょっとね」

「うん」

 

 幸い、ウィルはあまり気に留めていない様子だった。僕は居住まいを直すと、ふたたび一年生の列を眺めた。

 みな初々しい。先頭の方ではもう組み分けが始まっている。おっかなびっくり古ぼけた椅子に座って、組み分け帽子を載せてもらうのをひたすら待つ新入生たち。見るともなく彼ら全体を眺めながら、僕の目は知らず知らずのうちに、さっきの少女を探していた。

 

 

   ◇◆ ◎ ◆◇

 

 

「グリフィンドール!」

 

 組み分け帽子のひときわ大きな声がして、お隣のグリフィンドールのテーブルがわっと沸いた。ポッターだ、ポッターを獲ったぞと誇らしげに口にするグリフィンドール生たち。それを冷ややかな目で眺めるレイブンクロー生たちは、どこか残念な雰囲気を漂わせている。

 

(ポッターに来て欲しかったのかな)

 

 僕にとってポッターはどうでもいい。彼がどこの寮でも話題になるだろうし彼自身は大変だろうが、伝説の人と一緒の寮にならなかったからといって特に問題はない。却ってうるさく両親にいろいろ聞かれないから、ありがたいくらいだった。

 

「グリフィンドールかあ……」

「なんだ、ウィル、来て欲しかったの?」

「そりゃそうさぁ。だってポッターだよ?」

 

 どうやらウィルはポッターに来て欲しかったようだ。

 

「有名人は大変だな」

「なんだよそれ」

「いや」

 

 子どもっぽくふくれっ面をするウィルを見て、思わず笑みがこぼれる。

 

「ハンスは残念じゃないの?」

「……とくには」

 

 負け惜しみではない。本当にポッターはどうでもいい。そんなことより、僕にはさっきの少女のほうが気にかかっていた。一年生の列は前の方へ行ってしまったので、背の低い少女は埋もれてしまってまったく姿が見えない。

 列の隙間から見えないかな、とチラチラ前の方をうかがう僕。ウィルも一年生は気にかかるようで、一緒になって前の方をじっと眺めていた。

 

「そういえば、すごい可愛い子いたよな?」

「あ、うん。銀色の子?」

「そう!」

 

 にこやかに大きくうなずくウィル。

 ちゃっかり可愛い子はチェックしているあたり、抜け目がない。

 

「あの子はどこの寮になるのかなぁ……レイブンクローに来てくれないかな」

「だといいな」

 

 そうか、あの小さい子もレイブンクローにくる可能性があるのか、と、気になり始めた途端、僕はまたしても顔が赤くなるのを止めれなくなった。

 

 

 組み分けは進む。

 

 ポッターと一緒に歩いていた赤毛の少年はウィーズリー家の子でグリフィンドールに収まった。ドラコもダフネも当然のようにスリザリンに振り分けられた。

 組み分けとは大抵、血筋で決まるものだ。僕がレイブンクローに振り分けられたのは父の血筋がレイブンクローだったからだ。母の血が強ければスリザリンになっただろうし、どこに振り分けられるか全く分からないのはマグル出身の子くらいだ。

 マクゴナガル先生に一人ずつ名前を呼ばれるたびに、緊張して前へ進む一年生の列もそろそろ終わりに近づいてきた。先生は手元の羊皮紙に目を落とすと、残り少なくなったリストの中の名前をじっと見た。次の子の名前を確認するように見返してから、一年生の列に視線を戻し、おもむろに名前を呼んだ。

 

「スーザン。スーザン・カレン・シオ……ザキ?」

 

 明らかに先生にとって呼びにくい名前だったのだろう。ホグワーツには世界中から入学する資格のある子が集められる。さっきもアジア系の名前の一年生がいて、先生は一瞬読み直すような様子を見せた。珍しい名前は普段耳にすることがない響きを帯びている。どこの国の名前だろう、と思いながら壇上を見ていると、見覚えのある金色のふわふわが進み出て、古ぼけた椅子に腰かけた。

 

(あの子だ!)

 

 僕は目を(みは)った。

 マクゴナガル先生は何と言った?スーザン?スーザン・カレン……何とか?

 せっかく名前が分かったのに聞き取れなかったのが残念でならない。僕はよく見ようとして前のめりになった。

 少女はピンと背筋を伸ばして古ぼけた椅子に座っている。マクゴナガル先生がその頭にそっと帽子を載せた。小さい体に不釣り合いなほど大きい帽子。緑の瞳が驚いたように見開かれる。その視線は、今度は僕を捉えていない。おかげで、彼女の顔立ちがはっきりと見えた。

 

 ────今度こそ、僕は確信した。この顔は知っている。どこかで会ったことがある。

 

(名前はカレンよ)

 

 突然、耳元に優しい女の人の声がした。

 この場にいるはずのない大人の声。記憶の底から語り掛けてくる優しい言葉。視線は少女に釘付けのまま、僕は記憶の中に引きこまれていった。

 

 

   ◇◆ ◎ ◆◇

 

「娘がいるの」

 

 そう語り掛ける女性の顔は、まだ若く、やわらかい線を残していた。

 

「名前はカレンよ。あなたの一つ年下の女の子。仲良くしてあげてね?」

 

 それは数年前の記憶。毎年夏に開かれる一族の集まりでのことだった。お屋敷の中の、みんなが集まっている部屋を抜け出して庭で遊んでいる時、ふいに声を掛けられたのだ。

 僕はどぎまぎして彼女の顔を見ていた。きれいな人だ、と思った。

 ものすごい美人というわけではない。一目見たら目が離せなくなって、記憶に焼き付けられてしまうような、そんな鋭さは微塵(みじん)もない。ただ、そよ風のように優しく、通り過ぎた後にふんわりした印象を残すような、そんな人だった。髪はふわふわした薄い金髪。宝石のようにきらきらした緑の瞳が柔らかく僕の姿を映す。

 

「カレン?」

「そう、カレン。あなたの又従妹(またいとこ)になるのかしら。わたしの母が、あなたのおばあ様の妹に当たるのよ」

「…………」

 

 関係は複雑で、僕にはよく分からなかった。ただ、遠い血のつながりがあることだけはなんとなく分かった。

 

「連れて来てるの?」

「ううん、体が弱いから、今日はお留守番しているわ」

「病気なの?」

「いいえ。もともと弱いの。体質かしらね」

 

 彼女は視線を上げて、遠い空を見上げた。

 

「血の呪い、というのかしら。グリーングラスの血筋が強く出たのかも。なかなか大きくならないのよ」

 

 それで僕は理解した。

 集まりが始まる前、母親と伯母さんたちが話していた覚えがある。今日は招かれざる客が来る、一族の血を引きながら、マグルと結婚した裏切者がいるのだ、と。

 

(子どもが一人いるそうよ)

(体が弱いって。成長が遅くて心配しているみたい)

(おおいやだ。まさか血の呪いではないわよね?)

(それはないでしょうよ。純血でもないくせに)

(なんで急に来ることになったの?)

(さあ?分からないけれど)

(嫌ね)

(ほんとに)

 

 伯母さんたちの棘のある言葉が何となく居心地悪くて、部屋を抜け出した。

 純血であることは大切だが、そうではないからといって汚いもののように言うのは気分が悪かった。

 目の前の人はそんなことは気にもしていない風だ。ぽかぽかする温かい日差しのように、穏やかに佇んでいる。このきれいな人が悪く言われるのはひどいことのように感じて、僕はすなおに疑問をぶつけた。

 

「何で来たの?」

「わたし?」

「悪口言われるの、分かってたでしょ?」

 

 彼女は朗らかに笑った。宝石みたいな緑の瞳がきらきらと揺れる。

 

「そうね。シオザキはマグルだから。日本、という国の人なのよ。地球の反対側に住んでいるの」

「反対?」

「ええ。こっちじゃ地球儀、って勉強しないかしら。プライマリースクールで習わなかった?」

「プライマリ?」

 

 知らない言葉がたくさん出てきた。子どもはみんな、魔法学校から招待状をもらうまで、家にいて母親の手伝いをするものだと思っていた。よく分からなくて首をかしげていると、彼女は安心させるように僕の頭を撫でた。

 

「知らないかもね。わたしもそうだったな。ナーサリーもプライマリーも行かなかった。カレンを育てていて、びっくりすることばっかりよ」

「…………」

「カレンは今、日本の学校に通っているわ。”ショウガッコウ”というの。こちらのプライマリーね」

 

 体が弱いのにもう学校に行っているのか、と僕はびっくりした。学校に行ったら寮に入って、一年に一回しか両親とは会えない。体が弱ければ集団生活は大変だろう。

 

「もう学校?小さいのに」

「あら、日本の学校は家から通うのよ。毎日行って、帰って来るの。調子が悪い日はお休みするわ。だからだいじょうぶ」

「……うん」

 

 知らないことだらけだ。僕はうなずくしかなかった。

 黙ってしまった僕を見て、彼女はまたふんわりと笑った。

 

「今日はね。杖を頂きに来たの。イザベラ伯母さまから来るようにお誘いいただいたから」

「おばあ様から?」

「ええ。『ナタリーの杖をカレンに』って言っていただけたの。遺言があったのね。お母さまの遺品はすべて、グリーングラスに送られたから」

 

 杖を譲られるのは大変なことだ。それは、一族として認めるという意味合いも持つ。おばあ様の妹がいつどこで亡くなったか、僕は知らない。だが、強い魔法使いたちがどんどん死んでいくような、そんな時代があったことは知っている。僕が生まれた頃の話だけれども。

 

「カレンは魔法使いなの?」

「……そうね、多分。知らないうちに魔法を使っていることもあるわ。早いうちに制御する方法を教えなさい、って伯母さまに言われたの。数年たったら、ホグワーツから招待状が来るかも知れない、って。シオザキは反対しているわ。娘は手元で育てたいから、日本から出す気はないみたい。それでも、魔法が暴走するのは困っちゃうからなぁ……」

「…………」

「ホグワーツに入ったら、あなたの後輩ね。正直、あの子に寮生活ができるか不安でたまらない。ね、ハンス、ホグワーツに行ったらカレンを助けてあげてくれない?」

 

 何を言い出すのだ、と僕は目を(みは)った。一学年下だし、女の子だし、同じ寮になるとは限らない。助けるといってもどうすればいいのか。

 僕が困っていると、彼女はしゃがんで僕と目線を合わせた。にっこり微笑む。優しい緑の瞳はいたずらっぽく光っている。同じ学校に入るかも知れない子どもに言ってみただけで、本気ではないし、強制ではないのだ、と感じて僕は少しホッとした。

 

「できる範囲でいいのよ。カレンのことを知ってる子がひとりでもいれば、きっと助けになるからね」

 

 それでも正直、約束するのは不安だった。

 僕が渋っているのを見て、彼女はポーチからカード入れを取り出した。僕の方にそっと差し出す。一番上に写真が入っているのが見える。

 

 ────幼い少女がそこには写し出されていた。

 目の前の女性と同じ、薄い金髪に緑の瞳が僕を見返す。なぜ動かないのだろう、と不思議に思った。写真なら手を振ったり動き回って当たり前なのに。

 

「同じ色だ」

 

 何か言わなければならないような気がして、当たり障りのないことを言った。

 

「ええ、わたしにそっくりだとよく言われるわ。助けるのが難しかったら、気にかけてくれるだけでもいいのよ。名前を呼んで、優しくしてあげて。きっと不安だと思うの」

「……いいよ」

「ありがとう、ハンス」

 

 緑の瞳がにっこりと笑った。

 遠くの方でシャーロッテ、と彼女を呼ぶ声がする。彼女は立ち上がって、振り返った。呼んでいるのは僕の母だった。

 

「────行くわ。ハンス、ありがとう」

 

 彼女はもう一度お礼を言って、踵を返した。

 僕は呆然とそれを見送る。そのまま立ち去るのかと思っていたが、二、三歩足を踏み出したところで、くるりと振り返った。

 

「そう、多分、ハッフルパフよ」

 

 僕はきょとんとする。

 

「わたしがそうだから」

 

 そう言ってきれいに笑った。その笑顔を僕は忘れることができなかった。

 

 

   ◇◆ ◎ ◆◇

 

 

「ハッフルパフ!」

 

 組み分け帽子の大きな声で僕ははっと我に返った。

 控えめな拍手に迎えられて、カレンがハッフルパフのテーブルに着く。

 

(ハッフルパフ……)

 

 僕は猛然と理不尽な怒りがこみあげてくるのを感じた。

 なぜ、僕はレイブンクローなのだ。カレンの隣に座って、いらっしゃい、よく来たね、これからよろしくと声を掛けるのは、なぜ僕ではない?

 

 そこまで考えてから思いなおす。逆だろう。カレンがレイブンクローに来るべきなのでは?

 僕がレイブンクローに組み分けされたのは一年も前のことだ。そこまで(さかのぼ)って否定するのは現実的ではない。なぜだ。なぜカレンはハッフルパフなのだ。

 

(そう、多分、ハッフルパフよ)

 

 カレンのお母さんの鮮やかな笑顔がフラッシュバックする。彼女は正しかった。結局、言ったとおりカレンはハッフルパフに組み分けされてしまった。

 

「ハンス、どうした?」

 

 僕が腐っているのに気づいたのか、ウィルが不思議そうに訊いて来る。

 

「なんでもない」

 

 ぶっきらぼうに答えて残りの一年生を見た。列はもうほとんど残っていない。

 

「グリフィンドール!」

 

 折しも、ウィルの気にしていた銀髪の美少女がグリフィンドールに組み分けされたところだ。ウィルはチッと舌打ちし、僕の方を見た。

 

「ねえハンス、ぼくどうしてグリフィンドールじゃないんだと思う?」

「知るか」

 

 気持ちは分かる。とても分かるが、彼に打ち明ける気はない。

 僕はさっき考えたことを口にした。

 

「むしろあっちがレイブンクローに来るべきだろ」

「そうか! そうだよねえ」

 

 ウィルはすなおに感心している。その様子が可愛くて、僕はちょっと笑ってしまった。だからウィルは好きだ。

 

 

 組み分けが終わったら、注意事項とあいさつのあとは待ちに待った食事だ。おなかはぺこぺこのはずなのに、何だか食べられなくて、僕はチキンの骨をフォークでつついただけで、大好きなトライフルも、糖蜜パイも、一切手を付けずに食事を終えた。カレンがハッフルパフ生と仲良くしているところを見たくなくて、できる限りそっちの方を見ないよう気をつけていたからかも知れない。これからこんな日が続くのだとしたら、ちょっと面白くない。いやかなり面白くない。

 

 食事が終わってそれぞれの寮へ戻る時、僕は一目散に大広間を飛び出した。

 一年生は監督生に続いてそれぞれの寮へ向かう。ハッフルパフの寮室は確か、厨房の方だ。うかつに近づくと水を掛けられると聞いている。できればその前に捕まえたい。

 幸い、早めに大広間を出たので、ぞろぞろと一列に並んで寮室へ向かうハッフルパフ生の移動に間に合った。

 

「ちょっといいかな」

 

 ハッフルパフの監督生に一声掛けて、少し離れた場所へカレンを手招きする。

 

「……?」

 

 緑の視線がふたたび僕に注がれた。何となく嬉しい。こうして見ると、カレンは本当にお母さんに似ている。

 

「お母さんから聞いてない?」

「何をですか」

 

 向かい合っても、カレンは僕に気づく様子はない。まさか、何も聞いていないのか。

 仕方がないので自己紹介から始めることにした。

 

「僕はハンス。レイブンクローの二年生だよ」

「ハンス……あぁ」

 

 思い当たる節があったようだ。僕はホッと胸をなでおろす。

 

「はじめまして。母から聞いています。母の親戚の人がいるって」

「うん」

 

 カレンはあまり社交的な性格ではないようだ。丁寧な物腰だが、無表情でニコリともしない。そんなところはお母さんとは違う。

 

「何か困ったら僕に言って。お母さんから頼まれてるんだ」

「わかりました」

 

 通り過ぎていくハッフルパフの列をチラチラ気にしている。早く列に戻りたそうだ。当たり前かもしれない。一年生がはぐれたら寮室にたどり着くことはできないだろう。

 今日のところは挨拶できたし、これでいい。僕は早々に話を切り上げることにした。

 

「それじゃ」

 

 僕が手を上げると、カレンはぺこりと頭を下げてさっさとハッフルパフの寮生の方へ戻って行ってしまった。

 

(笑ってくれなかった)

 

 彼女のお母さんのやわらかい微笑みが脳裏に浮かぶ。カレンも笑ったら、あんな風にやさしくなるのだろうか。笑顔を見てみたい。僕に向けて笑ってほしい。

 カレンのお母さんが言ったことを思い出す。彼女を助けてあげて、と頼まれたのだ。

 

(守ってあげなきゃ)

 

 決意を新たにハッフルパフの列を見送った。

 大広間を出たところで立ち尽くす僕の姿を見て、通りがかったスリザリンの列からダフネが気がかりそうな視線を向けてくる。やっかいな子、と言ったのはカレンのことだったのだろう。どうせ、ダフネの親からさんざん悪口を吹き込まれてきただろうから。僕はダフネの視線には応えず、そのままカレンの後姿を目で追った。

 

「おーい」

 

 少し遅れて大広間から出てきたウィルが僕を見つけたらしい。

 

「ハンス、どうした? 寮に戻ろう」

「おう」

 

 僕はレイブンクローの寮に向けて歩き出した。

 今年は多分、去年とはまったく違う一年になるだろう。そんな予感がした。

 

 

 

<完>

 




イングランドの学校制について調べたけどかなり面白いです。

幼稚園の年中→ナーサリー
幼稚園の年長→プライマリースクール準備級
小学校1年~5年→プライマリースクール1年~5年
小学校6年生から中学校扱いになって、日本とは1年ずれがあるのですね~

作中のカレンは日本からの転入なので、5年生までで転校して6年生はホグワーツ1年生です!

ハリー・ポッターは初の投稿となります。
カレンを主人公にした本編がまだ控えていますので、機会があったらそちらも書いていきたいと思っています。

読んでいただきありがとうございました。

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