怠惰に生きたいだけのヴィランが全てを蹂躙する物語 作:名無し
「個性:
個性を発動すると手の中に500円硬貨が現れた。
今日も俺の個性は絶好調だ。
親指と人差し指で摘み、眼の前にかざしてしげしげと観察する。
「どうしたの?」
公園のベンチで隣りに座ってる而今が尋ねてきた。
「別に? やっぱ場所が変わると硬貨も変わるのかなぁって」
「どこでも一緒でしょ? さっさと仕舞いなさい」
「そりゃまあどこでも一緒なんだろうけどさ? なんかこう気分的に違う感じがするんだよな」
と言いつつ、500円硬貨を財布に仕舞う。
ここは大阪府南部の小さな公園だ。
春の日差しが大変心地よい。
500円硬貨を財布からスられたことに気づいてないおばさんが俺たちの目の前を通って、西側の出口に抜けていく。どうやらこの公園は地元民が駅へのショートカットとして利用しているようだ。
ベンチに背中を預け、真っ青な空を仰ぎ見る。
ウンコの形をした雲がゆっくりと流れていく。
「見ろよ而今。空をウンコが流れていくぞ」
後頭部を叩かれた。痛い。
「平和だなぁ……」
「そうね、あなたが勝ち取ったのよ」
「うん、知ってる。俺一人じゃなくて二人でだけどな。でも頑張った甲斐があったよ」
総勢で万に近い数の脱走が発生したヴィラン犯罪者も、たしか最後の一人が先週捕まったとニュースで流れていた。
……そりゃまあ1000人を超えるホークスやエンデヴァーが日本中を飛び回ってたんだ。逃げられるわけ無いわな。
というわけで今日本にいるのは俺のようなチンケな小悪党ヴィランくらいだ。
「はぁ────」
二人きりののんびりとした贅沢な時間。
太陽が天頂に向かってゆっくりと移動していく。
「──来たわ」
「あいよ」
正面を向いたまま目だけを動かして公園の西門に向ける。
派手な格好をしたねーちゃんが歩いてきてた。黒髪を金髪に染め、ヘソ出しルックだ。
胸はかなり大きい。
尻も大きい。
而今とは大違いだ。
後頭部を叩かれた。
痛い。
「何すんだよ、酷いじゃないか」
「いいから集中する」
「……あいよ」
派手な女を
「個性:ワンコインピッカー」
小さく呟き、手の中のものを確認する。何もない。
手を振って手の中にあるはずのものを捨てる。
「終わったよ」
「お疲れ様」
派手な女が俺の眼の前を通り過ぎていく。
デカい尻が左右に揺れている。
頭を屈めて而今の手のひらを躱す。
「で、次はどこだ?」
「明日は九州よ。大分県ね」
「遠いなぁ」
「文句言わない。来週は海外よ。インドだからね」
「マジかよ……」
「生まれてからだとドロだって嫌でしょ?」
もちろんだ。
俺は殺人鬼じゃない。
誰が好き好んで人殺しなどするものか。
だけどな。
「そうだけどさ。でもそんなの現地のヒーローに任せればいいじゃん?」
「ダメよ。生まれたその子は4歳で個性に目覚めてすぐ暴走して、地球の自転を個性で止めちゃうのよ」
「……マジかよ。いや、止めるってどういう意味?」
「文字通りよ。地球の自転が突然停止するの。慣性はそのままだから、建物はもちろん、人や動物、山なんかもいきなり停止した地球のせいで、自転方向に時速1500kmで吹き飛ぶのよ。生き残れる人間はほとんどいないわ」
而今が両手を広げ肩を竦めてみせる。
「……いくらなんでも人類の危機多すぎだろ、ここのところ週間ペースじゃないか」
「混ざり合い複雑さを増し、世代を降る度に強力で制御できない個性が生まれてくるのよ。そして人格も個性に引きずられるの」
而今が言っているのは要するに個性終末論だ。
俺は本は読んだことないがろくでもない体感で履修済みだ。
「それはまあ分かってるんだけどさ」
小銭泥棒の個性を持って生まれた俺は個性の影響を受けてチンケな小悪党に育ってしまった。
真面目に生きようとか、ヒーローになろうとかは欠片も思わない。
個性に人格が引きずられている証拠だ。
きっと凶悪な個性を生まれ持てば世界を揺るがす大悪党に育っていくのだろう。
まあ──生まれればだが。
生まれる前に。
受精して細胞分裂が始まる前に。
排卵した直後に。
さっきの派手な女の卵管を移動中の卵子を俺が小銭泥棒で抜き取って捨てたように。
而今が予知し、俺が女の腹から受精前の卵子を事前に抜き取れば世界を危機に陥れる危険なヴィランは生まれてこない。
まあ理屈ではある。
理屈ではあるんだが……。
「はぁ…………俺の怠惰な生活が…………」
「ちゃんと私が付き合って上げるから苦労は半分よ」
「……まあそうなんだけどさぁ」
神野で俺を庇ってAFOの攻撃を受けて昏睡状態に陥った而今は、1000年先まで未来を視たんだそうだ。
未来余地の夢の中でAFOの敗北がほぼ確定し、不安定でたゆたっていた未来が一気に晴れ上がった。
おかげで1000年先まで見通せたらしい。
貰ったエネルギーで一時的にブーストされただけなので、視えるのは今だけだと気づいた而今はずっと意図的に眠り続け、未来余地で未来を視まくってたらしい。
「どんだけ心配したと思ってんだ、クソ」
「でも眠ってる私の唇に指を這わせるとか、ちょっと拗らせすぎてない?」
「うるせーよ、ばか」
「まあ心配しなくてもインドが終われば、今後数十年は地球破壊レベルの危険なヴィランは現れないわ」
「お!? そうなのか? 全部終わったんだな。じゃあようやく寝て暮らせる日々が!」
ベンチに寝そべっていた俺は体を起こした。
急に元気が湧いてきたぞ。
「だから一ヶ月だけお休みしたら、次はアイルランドに行きましょうね」
「なんでだよ!?」
「120年後に自由に津波を起こせる個性を持ったヴィランが誕生するからよ。放っておけばアフリカ大陸と南米、オーストラリアが全て海に飲み込まれるわ」
「マジかよ。でもそんなの防げないだろ、120年後なんて俺たちいないんだから」
「だからそのヴィランの曾祖母が今アイルランドにいて来月受精しちゃう予定なの。受精前に卵子を抜き取りましょう」
「え? そんなことできるのか?」
子供の代、孫の代……血統を未来余地で?
「できるわよ? 言っておくけど、人類が個性終末論を自力で乗り越えられるようになる1000年先の分まで働くわよ?」
「……マジ?」
なんでそんな先のことまで俺たちが働かなきゃならないんだ?
理不尽すぎるだろ。
「私たちの子孫のためなんだからそれくらい踏ん張りなさいよ」
俺が不満そうな表情をしたら而今が顔を赤らめつつそう言った。
赤い顔をした而今の目を見つめ続けると而今がキョドり始めた。
「……まだ俺なんもしてないけど?」
「……半年後風呂上がりで裸でいた私に襲いかかってくるのよ」
「誰が?」
「
俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。
なるほど。
つまり俺の忍耐力はあと半年で尽きるわけか。
大分頑張ったんだな、俺。
初めて会った時に既に一目惚れをしていた俺は観念することにした。
ふらふらっと横に倒れて而今の太ももに頭を乗せ膝枕を強要する。
空を雲が流れていく。
空が青い。
「まあ……ぎり怠惰で暮らせてるかなぁ……」
うんこの形をした雲を探していると、而今がゆっくりと上半身を被せてきた。
「それに而今もいるし、な」
少し顎を上げる。
──まあ要するに俺は十分幸せだってことだ。
帑鹵と而今の物語はこれで終わりました。
最後までお読み頂きありがとうございました。