俺の家は貧乏だった。朝早く起きて、自給自足のために畑を耕して、学校に行って、遊んで、霜原家でご飯食べて、お風呂入って、寝る。そんな毎日が当たり前だった。家族とは誰もが見ても普通に仲の良い関係だった。
ある日、学校が終わった後、男友達に呼び出され、山に行った。その友達からは
「お前、あの鬼と仲良くしてんだろ?」
「あの鬼の兄と親友だろ、親友やめちまえ」
「喰われるぞ」
霜原家との関わりを否定する言葉を浴びられた。まだ幼かった感情を制御出来ずにカッとなり、その友達と喧嘩した。
その喧嘩の最中に鬼が現れた。先程まで喧嘩していた相手なのに、自分から囮になって逃がしてあげた。
物心付いた時から重いものを持ち運んでいるからか、鬼に対抗出来る力は僅かにあった。鬼を倒す方法である日輪刀をまだ持たない状態だったので、素手で鬼とやり合っていた。鬼に対して恐怖を抱く気持ちはなかった。だって良い鬼がいれば悪い鬼がいることを知っているから。そして、次の狙いが友達に向かないよう、とにかく守って闘わなきゃ、立ち向かわなきゃと思っていたからだ。
殴ったり蹴ったりして多少は効くが、もう人あらずになってしまった鬼はしぶとく俺を喰おうとするために襲ってくる。
結果、鬼に押されてしまい、喰われそうになっていた。喰われる…と死を覚悟していた時、剣を持った男性が現れ、颯爽に鬼の頸を斬り落とした。
その男性は一層、神の如く輝いているように見えた。そんな姿がカッコよく、憧れを持った。
その男の名は冨岡義勇。
「あの!」
「…………」
「助けてくれてありがとな!」
「…………」
彼は黙ったまま、去ろうとしていた。それでも、まだ敬語を使うのが未熟だった俺は彼に話しかけ続けた。
「お前強いんだな!カッコイイし俺もあんな風になりてぇ!」
「…………」
「お前の弟子になって、強くなりてぇなぁ!」
その俺の言葉が引き金となり、彼は突然怒った。
「無責任な憧れを持って夢に向かうな!」
「…っ!?」
「カッコイイ?あんな風になりたい?笑止千万!口先だけではタダだ!だが、そんな甘い気持ちでは命を落とすことになる!それでもいいのか!?」
その時の俺は分からなかった。あの時、冨岡さんが言っていた言葉の中にはちゃんとした意味があった。
何度も何度も目の前で命を奪われ、大切な人たちの命を奪われたからこそ、そんなこと言えるからだろう。そして、自分が水柱では無いと思っているからこそ、簡易に弟子を取りたくないと思っていたからだろう。
鬼殺隊に入隊した人たちは殆ど家族が殺されたから、大切な人を無くしたから、鬼に対する恨みを持っているからという理由を持っている。でも俺は違った。
「カッコイイだけじゃねぇよ…」
「…………」
「俺に…いや、俺の親友の妹が生まれつき鬼なんだ、生まれた時からずっと人を喰ってない、純粋で優しい子なんだ、勿論人を喰う悪い鬼がいることは分かってる、だからその妹のように優しい鬼がいることをみんなに理解して欲しいんだ!」
すると、目の前にいたはずの冨岡がいつの間にか俺の後ろにいた。彼は「ほざけ」と手を俺の首の方にめがけて、気絶させようとしていた。だが、俺はその手を払い、少し距離を取った。
その距離を取った瞬間、先程の鬼に傷つけられた脇腹から勢いよく出血してしまった。それでも剣を持たぬ俺はすぐに助走をつけながら飛び上がった。脚を勢いよく冨岡の頭に蹴ろうとしたが、受け止められるように払いのけてしまった。だが、その反動を利用するように回転して、急所である鳩尾を狙うように殴った。
まさか殴られるとは思わなかったのか冨岡は条件反射で剣の柄頭で俺を背中に攻撃した。
「う…っ」
まだ幼い体だった俺の力では冨岡にとって蚊と同様の痛みだった。
「ははっ」
今にも意識が飛びそうになっていた俺は笑いながら冨岡の方に見上げた。
「1本…取ってやったぜ」
だが、容赦なく攻撃された雫はくらぁりと意識を失ってしまった。
剣を持つ冨岡は剣を持たず、丸腰な雫を見て、黙っていた。
傷を負っても痛がる様子はなく、剣を持たずに挑んでくる度胸、そして、先程の熱い程真剣な眼差し…。
鬼は悪の存在しか思わなかった冨岡。先程の雫の言葉が1年後に出会う竈門兄妹によって更に信じることになるのは冨岡は知らない。
あの後、冨岡は雫を家まで運んだ。途中で雫の親友である瑠都によって案内してくれた。鬼に襲われたの聞いた雫の両親と瑠都は、もし冨岡が助けてくれなかったら命を落としていたかもしれないという恐怖と生きて帰って来れたという安堵の声が上がっていた。
暫くしてから雫は目を覚ました。
冨岡は目を覚ました雫に鱗滝左近次という老爺の元に修行しろと伝えた。
だが、両親と瑠都は反対した。命を落としそうになっていた雫を鬼の戦いに行かせたくないからだ。それでも雫は「鬼殺隊に入りたい」と言うばかり。
「雫…どうしても鬼殺隊という組織に入りたいのかい?」
「ああ」
「鬼…嫌いになった…」
「なってない」
「じゃあなんで…っ!?」
「…凛音のように善良な鬼がいることをみんなに理解して欲しいから」
これ以上は瑠都は何も言えなくなった。確かに理解して欲しい。でも鬼殺隊に入るために最終選別でいつか命を落とすかもしれない。そしたら凛音が1人になってしまう。兄として放ってはおけなかったのだ。
「しず…」
「もし生きて帰って来れたら…」
「…?」
「お前に伝えたいことあるから待ってろ」
雫の強い真剣な眼差しに喉がつっかえたように何も言えなくなった瑠都は黙ったまま頷いた。
冨岡は雫のことを心配している家族や親友の気持ちに汲み取ったのか、尋常小学校を卒業するまで、一緒にいる期間を与えてくれた。
その期間の間、思い出を作るように遊んだり小学校の行事でより楽しく活動したりなどしていた。そんな楽しい楽しい時間がすぎて卒業式となった。
その卒業式の翌日、雫は鱗滝左近次がいる狭霧山に向かった。凛音は最初は雫を引き留めるように嫌がっていたが、雫や瑠都の説得によって寂しそうに泣きながら瑠都と一緒に雫を見送っていた。
狭霧山で鱗滝に修行をつけてもらながら呼吸や技を取得していった。小さい頃から喧嘩することが多々あったため、体力が充分にあり、成長は早かった。勿論、鱗滝から難易度のある内容を与えられまくっていた。
1年後、充分に鍛えられた雫は最終選別を受けた。鱗滝がくれた狐の仮面を付け、まだ使用していた水の呼吸で鬼を倒して行った。そして、7日間、雫はボロボロになりながらも無事生き残った。
1年前、親友との約束を果たすために自分の故郷に帰った。
故郷に帰った時、自分の家の前で座り込んでいた凛音が生きて帰ってきた雫を見て、泣きながら抱きついた。普段と違って大泣きしている凛音に戸惑った雫は凛音を自分の家に入らせた。
泣きながらまとまりのない言葉を聞きながら雫は自分がいない間の出来事を知った。
──親友である瑠都が亡くなった
瑠奈に焼き殺されそうになった時に瑠都に助けられ、それを無茶したから亡くなったという。瑠都を亡くしたのは自分のせいだと凛音は自責するように泣いていた。
「凛音…」
「僕が…鬼だから…っ、お兄ちゃんを…っ!」
「凛音」
泣いている凛音を優しく、抱き締めた。
大好きな兄を亡くした凛音をどう声をかけたらいいか、雫は黙っていると、ふと思い浮かぶのは優しい笑顔を浮かべる瑠都の姿。
瑠都なら…こう言うだろうか……。
「凛音のせいじゃねぇ、凛音が大切な妹だから助けたんだ」
そして、自分がずっとここにいたら瑠都を少しでも助けられたかもしれないという後悔。
「だから凛音も誰も悪くねぇ」
悪いのは自分だ……と雫は自分を責めていた。
凛音が落ち着いた頃、雫は凛音を家まで送っていた。
「……帰りたくないなぁ…」
不安の色を含めた表情で自分の家を見る凛音。そんな凛音に雫は声をかけようと口を開いた途端、急に凛音の家から悲鳴が聞こえた。
「!?」
急いで家に入れば、凛音の父が凛音の母を食べていた。そんな光景に怯えながら部屋の隅で震えながら怯えている瑠奈。
凛音の父は出会った時から鬼だ。今まで人を襲う様子はなかった…。なんでこうなったのかと周りを見れば、瑠都が吐いたのであろうの血があるのを見つける。その血の匂いに当てられた父が凶暴化したと雫は考えた。
自分の妻を食い尽くした凛音の父が瑠奈の方へ向かおうとしているのを気付いた雫は咄嗟にその父を押さえ付けた。雫は最終選別を突破したが、日輪刀は作ってもらってる最中なため、持っていない。でも、支給された鎹烏を呼んで、近くにいる隊員を急遽倒してもらおうとお願いした。
「凛音!瑠奈を連れて逃げろ!!」
「でも雫は…!」
「いいから逃げろ!!」
「う、うん…!」
凛音は瑠奈を連れて逃げて行った。凛音の父が他の人間に襲わないように必死に止めていた雫。暫くしてから隊員が来て、首を斬った。一段落した雫は凛音たちの元へ行こうと探していたが何処にもいなかった。探しても探しても何処にもいなかった。
後日知った話だが、この頃の凛音は無惨に出会い、その無惨の元にいたという…。
だから凛音と出会えないまま時が過ぎ、雫は鬼殺隊として活動した。その途中で水の呼吸から雨の呼吸へと派生し、階級が戌へと昇格していた。だが、下弦に近い強さを持った鬼の毒によって肺にやられて、呼吸が使えなくなってしまったため剣士を辞め、隠になった。
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最終決戦後。
霜原家と掘られている墓には瑠都の好物である豆大福が供えてある。そんな墓の前で手を合わせる雫がいた。そっと目を開ければ、悲しそうに微笑んだ。
「今思えば色々あったな…」
鬼殺隊になって、隠になって、凛音と再会して、凛音と共に仲間と笑い合ったり話したりなどして、無惨と戦って…数え切れないほど体験してきた。
「お前は俺が伝えたいことを伝えないまま逝ってしまったな…なぁ瑠都、今でも見てんなら伝えるぜ」
《お前のことが好きだ、瑠都》
「…………聞こえるわけねぇか…」
ボソリとそう呟けば、よいしょっと声を出しながらその場を去ろうとした時、1滴の水が雫の額に当たる。
見上げれば空は晴れているのに雨が降っていた。稀に見る不思議な現象だ。
「…ははっ、なんだよ、聞いていたのかよ」
姿は見えぬが、雫の額と自分の額を合わせながら嬉しそうに涙を流している瑠都の透けた姿があった。