白野宮さんはわからない   作:萬屋久兵衛

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第3話

 

「黒江さあ、ちょっと話があんだけど」

 

「はい」

 

 学食で昼食を取っていた僕のもとに紅谷さんがやってきた。その表情が険しかったので僕は思わず居住いを正す。

 

「あ、ここ座っていいよ」

 

 僕の正面に座っていた黄金井は紅谷さんに席を譲るとお盆を持ってさっさと逃げていった。まったく友達甲斐のないやつである。まあ僕も同じ状況になったら同じことをするけれど。

 

「……それで話って?」

 

 席に座った紅谷さんに僕はおそるおそる話しかけた。

 

「そんなの決まってんじゃん。あの翠山のことよ」

 

 ジロリと睨むような一瞥をくれる紅谷さんに僕は首をすくめる。

 

「翠山君がどうかしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないっての! あいつ、白亜にことあるごとに連絡してきやがって……!」

 

「そうなんだ」

 

 今はじめて聞きましたという体で相槌を打つが、実はだいたいの状況は把握している僕である。

 何しろ白野宮さんは翠山君とのやり取りでわからないことがあるとすぐに僕に連絡を寄越してくるからだ。

 相手の表情が伺える対面での会話と違い、ラインでの文字のやり取りは文脈から相手の感情を読み取らなければならないので意図がわかりづらいのだろう。

 翠山君は白野宮さんにいろいろと聞いたり感想を求めているつもりだろうが、半ばぐらいは実質僕と話しているようなものである。可哀想に。

 そんな裏の事情などお首にも出さず、僕は苛立たし気な紅谷さんを刺激しないよう努めて穏やかに話しかける。

 

「まあ、友達なんだから気軽に連絡をしてくるのは仕方ないんじゃないかな」

 

 僕にはそんなマメに連絡するなんてとてもじゃないが真似できないけれど。

 

「それが問題なのよ!」

 

 紅谷さんが苛立たし気に舌を打つ。白野宮に過保護な紅谷さんとしては彼女に近づく男の陰に気が気でないのだろう。

 

「もし翠山が白亜と友達になって連絡を取り合ってるなんて話が流れたら他のやつらも……!」

 

「ちょっ! 声が大きいよ」

 

 慌てて紅谷さんにを嗜めてから辺りを確認するが、こちらに聞き耳を立てている人はいなさそうだ。

 危ない危ない。こんな話がうっかり他所に漏れたらそれこそ白野宮さんの友達志望者がわんさか湧いてきてしまう。

 気まずそうに口を噤む紅谷さんに僕は推論を述べる。

 

「翠山君の目的は白野宮さんと仲良くなって告白を受け入れてもらいやすくすることだよ。わざわざそんな手段を吹聴してライバルを増やすことはしないと思う」

 

 まあ翠山君のライバルになれそうなやつがこの学校にどれだけいるかとも思うけれど。

 

「それに、紅谷さんだって僕と白野宮さんの説明を聞いて納得してたじゃないか」

 

 翠山君と屋上でお友達になった後、僕と白野宮さんは体育祭実行委員会終わりの紅谷さんにことの経緯を説明している。

 友達になることすら拒否するのは話が漏れ出たときに外聞が悪いから仕方がなかったと言い訳しつつ頭を下げた僕(とついでに白野宮さん)に対し、予想通り不機嫌になりつつも紅谷さんは了解したのである。

 

「そりゃあ事後承諾じゃ他に言いようがないからね」

 

 そんな憎まれ口を叩きながらも、紅谷さんがそれ以上追求してくることはなかった。

 やれやれ、なんとか矛を納めてくれたらしい。

 密かにホッとする僕に、しかし紅谷さんは別の追求をし始めた。

 

「翠山のやつもうざったいけど、あたしからすればあんただって警戒してるんだからね」

 

「僕ぅ?いやいや……」

 

 思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、紅谷さんが厳しい目で僕を見ていることに気がついて口を噤む。

 

「そもそもあんた、いつの間に白亜に近づいたのさ。白亜が付き添いを頼むなんて」

 

「ううん……そう言われても偶然としか。保健室に付き添ってもらったときに頼まれたってだけだし」

 

 実際はそれ以前から交流があるのだけれど、それはあえては言わない。話ぶりから察するに白野宮さんも僕と連絡を取り合っていることを紅谷さんには伝えていないようであるし。

 僕の答えに紅谷さんは納得しない。

 

「そんな物のついでみたいなノリでそんなこと頼むわけないでしょ」

 

 物のついでみたいなノリでそんなことを頼むのが白野宮さんなんだよなあ。

 

「あのときは紅谷さん達が誰も空いてなかったって聞いたから、白野宮さんも仕方がなかったんじゃないかな」

 

 痛いところを突かれたと言わんばかりに紅谷さんが顔を顰める。

 

「確かにそうなんだけどさ」

 

 言いたいことは今度こそ打ち止めらしくそれ以上のお小言が出てくることはなかった。その代わりに憂い顔で語り始める。

 

「白亜は純粋なのよ。昔っから人を疑うことをしないし、世の男が自分のことをいかに汚らわしい目で見られているかなんて考えちゃいないの。ひとりで放っておいたらどんな酷い目にあうか……。だから誰かが……あたしがちゃんと見ててやらないと駄目なんだ」

 

 紅谷さんの独白には、掛け値無しに白野宮さんを、親友を案ずる重苦しさがあった。

 ──だからこそ、僕は思わず吹き出してしまう。

 できる限り我慢しようと頑張ったのだが逆にそれがいけなかったらしい。おまけに気管に何か入ったらしく、笑いながら咳き込むハメになった。

 

「ちょっ……ごめ……! わ、悪気はないんだ……!」

 

 紅谷さんの顔が鬼の形相に変わったのを見て、僕は慌てて暴れる喉から言葉をひねり出す。

 

「今の笑いのどこに悪気がないんだよおい」

 

「違っごほっ! げほっ……、……ふう。いや、どちらにしろ怒らないでほしいんだけれど」

 

 なんとかしゃべれるまでに回復した僕は前置きをしてから訳を話す。

 

「その……。紅谷さんが白野宮さんのお母さんみたいだなと思ったらつい」

 

「ばっ──!」

 

 紅谷さんは頬を朱に染めて声を上げるが、言葉が上手く出ないのか口をぱくぱくと開けたり閉めたりしている。

 怒ったり苛立ったりしているところが目立っていたので怖い人だと思っていたのだけれど、こういうリアクションをすると年相応に可愛い人だなと心の中で思う。

 照れ隠しで殺されてしまうかもしれないから口には出せないけれども。

 

「馬鹿じゃないの!? そんなんじゃないし! ああもう! 話して損した!」

 

 紅谷さんは乱暴に席を立つと僕をびしりと指さした。

 

「とにかく! 白亜に手を出したらただじゃすまないから!」

 

 顔に赤みを残したまま叫ばれても怖くはなかったが、僕は素直に頷いた。

 それを見て紅谷さんは鼻を鳴らすとまた不機嫌そうな表情で学食から去っていった。

 なんとか紅谷さんの襲来を凌いだことに僕はホッと息を吐いた。

 まさか翠山君だけでなくそこいらにいるモブな僕まで警戒されているとは思わなかったが、ある意味紅谷さんの判断は正しいかもしれない。

 しかしやってしまったな。

 上手く誤魔化せたから良かったが、明らかに笑いどころではなかったところで吹き出してしまった。

 またやらかさないように気をつけなければ。

 己の行いを内省し気を引き締めつつも、僕の頬は先ほどのやり取りを思い出してつい緩んでしまう。

 だって仕方がないじゃないか。

 あれほど白野宮さんに過保護でべったりな、昔からの幼馴染である紅谷さんがまさか白野宮の本質をまるで理解していないとは思わなかったのだ。

 そんな節穴さんなところも面白いし、仮にあのシリアスな語りが白野宮さんの本質を隠すために敢えて行った演技だとしたらそれはそれで面白い。

 まあそういう風にはとても見えなかったけれど。

 どちらにしろ実に興味深く考察し甲斐のある展開だ。面倒事はごめんであるが、こういう僕の創作の肥やしになりそうな話ならどんどん転がり込んできてほしい。

 

    *

 

「玄野、ちょっと良いかな?」

 

 紅谷さん襲来の翌日。

 今日も今日とて学食でカレーを食べていると、今度は翠山君が声をかけてきた。お盆にからあげ定食を載せていて相席の構えである。

 僕の正面にいる黄金井は目ん玉をひん剥いて視線を僕と翠山君の間に行き来させた後、目の前の熱々ラーメンをもの凄い勢いで啜り始めた。

 熱さに咽せながらもラーメンを啜り続ける黄金井の奇行に僕と翠山君が唖然としつつも見守る中、無事にラーメンを食べ切った黄金井は席を立った。

 

「ご、ごゆっぐり……」

 

 お盆を持ってよろよろと力ない足取りで去っていく黄金井を見送りつつ、翠山君は苦笑した。

 

「……なんか気を遣わせたかな?」

 

「向こうが勝手に気を遣っただけだし、気にしないで良いんじゃないかな」

 

 どうせ人のことを見捨ててあっさりと逃げ出すようなやつだし。

 

「それなら失礼して」

 

 先ほどまで黄金井の座っていた僕の正面の席に腰を降ろすと、きちんと手を合わせていただきますを言ってから食べ始めた。

 翠山君の定食はよく見るとご飯が大盛りになっていている。体型はどちらかというと細身に見えるのだが、運動部らしい食事量である。

 

「最近白野宮さんはどう?」

 

 からあげを上手そうに頬張っていた翠山君が唐突にそんなことを聞いてきた。

 ちょうどスプーンでカレーを取り上げたところだった僕は、とりあえずカレーを口の中に入れてゆっくりと咀嚼しながらふんわりとした翠山君の質問にどう答えるかを考えた。

 

「……白野宮さんは特に変わった様子はないけれど、白野宮さんの友達の紅谷さんはいつも以上にご機嫌斜めだね。実は昨日も若葉……君のことで責められたところなんだ」

 

「例の白野宮さんの幼なじみの子か。ちょっとばかし白野宮さんに近づいただけでそんな感じだと、先が思いやられるな」

 

 カレーを飲み込んでから僕がそう答えると、翠山君は苦笑しつつ肩を竦めた。

 

「それにしたって玄野を責めるのは筋が違うと思うけどな。白野宮さんに提案をしたのは俺だし、それを呑んだのは白野宮さんだってのに」

 

「白野宮さんはピュアだから誰かが見ててやらないとすぐに悪い男に捕まっちゃうんだって」

 

「ははっ。つまり俺みたいなやつか。……まあ、屋上で話した様子とか連絡を取り合ってる感じだと否定はできないかもな」

 

 僕がおどけて言うと、翠山君はちょっと笑ってから意味深なことを言い始めた。

 

「……どういうこと?」

 

 僕が内心の興味を押し隠して問うと、翠山君は白米を頬張りながら視線を宙空に彷徨わせる。

 

「なんていうかな。普通は人と会話をしてるとその人の為人(ひととなり)がなんとなくつかめるものだろ? こいつは表面上良いやつだけれど裏では何かやってるなとか、こいつは普段無口で物静かだけどだれかと一緒にいたいタイプだなとか」

 

 何それすごい。

 翠山君はあたかも当たり前であるかのようにそんなことを語るが、少なくとも僕にはできない芸当だ。

 というか誰もがそんな短時間で他人のことをそこまで推し量れるなら世の中もっと優しく出来ているはずである。

 

「それでいくと白野宮さんはよくわからないんだよな。どうにも手応えがない……。あんまりこういうことは言いたくないんだけど、人と会話をしているって言うよりAIとチャットをしてるような感じになってくるんだよな。時々(とぼ)けたような返信があったりとかそれでいて急に人間味のあることを口にしたりとか」

 

「へ、へえ……」

 

 僕は表向き困惑した風の表情を装って相槌を打って見せるが、内心ではおやおやと驚いていた。

 長年連れ添ってきた紅谷さんよりも、数日連絡を取り合っていただけの翠山君の方がよほど白野宮さんの本質を理解しているらしい。

 これはむしろ、昔からの付き合いだからこそ白野宮さんがこういう人間だという固定観念ができてしまって欠陥に気がつけないと見るべきか。僕や翠山君のように事前情報ほぼ無し紅谷さんの介入無しでこそ気がつけたということなのかもしれない。

 

「それで玄野に聞きたいんだけどさ」

 

 僕が考察を捗らせていると、いつの間にか唐揚げ定食を平らげていた翠山君がお盆を脇に退け、机の上で組んだ手にあごを乗せ僕をじっと見つめてきた。イケメンはこういう姿がいちいち様になる。

 

「白野宮さんは玄野と頻繁に連絡を取りあってるみたいじゃないか。何なら最近は幼なじみの紅谷さんよりも連絡を取る頻度が多いとか」

 

 そんなプライベートな情報が出てくることに、僕は驚くよりも呆れてしまった。

 

「そんな情報どうやって仕入れたのさ」

 

「白野宮さんに聞いたら普通に教えてくれたよ」

 

 白野宮さん……いや、彼女がそういう人物というのは理解していたけれども。

 紅谷さんに気取られる前に僕と連絡を取りあっていることを口外しないように言い含めた方が良いだろうか。……まあ今さらか。

 

「その上玄野と白野宮さんが連絡を取るときは白野宮さんの方から連絡を取る方が多いんだって? 俺とはこっちからしか連絡しないのに。何か白野宮さんの関心を惹くコツみたいなものがあったりするのか?」

 

 それは僕に言われても困る。

 白野宮さんが僕に連絡を寄越してくるのはあくまで僕が都合の良い相手だからであるし、何なら翠山君が白野宮さんに連絡を取れば取るほど白野宮さんから僕に連絡がくるというマッチポンプなのだから。

 あえて翠山君の問いに答えるならば、こちらからいくら連絡を取りあっても白野宮さんの好感度は一切上がらないし、何なら上げるべき好感度の上限値はゼロなので諦めた方が良いということだろう。彼にはとてもそんなことは言えないけれど。

 代わりに僕は適当な回答をひねり出した。

 

「白野宮さんも僕も読書好きだからね。おすすめの本を教え合ったりとかもするし、それでやり取りするのが多いのかも」

 

 無論、白野宮さんがわからないことへの質問や相談を除けばの話であるが。

 

「読書か……。最近は部活ばかりであまり本は読んでないな」

 

「おすすめの本とか今読んでる本のことを聞いてみれば良いんじゃないかな。白野宮さんはそれなりに読書家みたいだから、ある程度話ははずむと思うよ」

 

「そうか。ありがとう玄野。助かったよ」

 

 翠山君は僕の助言に笑みを浮かべて礼を言った。この助言が白野宮さん攻略には何ら寄与しないのをわかっているだけに些か心苦しい。

 僕は気まずい話を変える意味も込めて、翠山君に話を振った。

 

「ところで、若葉君は白野宮さんのどこが好きなの?」

 

 翠山君は僕の唐突かつ不躾な質問に目を丸くした。

 

「どうしたんだ、急に」

 

「いやね。僕が白野宮さんに告白した人の話を聞き囓った限り皆白野宮さんの見た目とか優しさを理由に挙げる人が多いみたいなんだけれど、翠山君はどうなのかなって」

 

「そうだなあ」

 

 翠山君は白野宮さんへの好意をはぐらかすことも否定することもなく考え始めた。

 

「白野宮さんがちょっとそこらじゃお目にかかれないぐらい可愛いのも、嫌う人がほとんどいないぐらいには性格が良いのも理由のひとつではあるよ。後、おっぱい大きいし」

 

 急に下卑だことを言って親しみを持たせてくるのは止めてほしい。

 

「そういうのも一因ではあるんだけど、俺が白野宮さんが気になり始めたのはあの目を見てからだな」

 

「目?」

 

「そう、目」

 

「いやまあ、確かにぱっちりしてて良いとは思うけれど……」

 

 僕は翠山君の言葉に首をかしげた。すべてにおいて完璧とも言える白野宮さんの造形であるが、その眼はあえて推すほどのイメージを僕は持たなかった。

 

「ああ、玄野はあの瞳をしっかりと見たことがないんだな。あれは何て言うか……すごいよ。あれを見たら白野宮さんに熱を上げるやつがわんさか出て来るのにも納得だ」

 

「はあ……」

 

 まったくピンとこない僕を見て翠山君は苦笑した。

 

「まあそんなわけで、俺も他の男子と同じく白野宮さんに夢中なのさ。……今のところ向こうにその気はなさそうだけど」

 

 ふうん。

 正直僕にはよくわからないが、白野宮さんが多くの男子を魅了し、その一部を暴走とも言える行動に走らせているのは事実だ。

 人物評に一家言があるらしい翠山君がこういうぐらいであるから、白野宮さんの謎の魅力の源泉はその瞳にあるのかもしれない。

 

「それじゃ、情報サンキューな。この礼はどこかで」

 

「ああ、それなら」

 

 翠山君がお盆を持って席を立ったので、僕はとっさに彼を呼び止めた。

 

「どうした?」

 

 ただ単に翠山君に貸しを作ったままだとこちらが何も言わずともそのうち返済のためにおしかけて来そうな気がしたので呼び止めたのだが、特に返済してもらえそうなネタがない。

 こじつけでも良いから何かないかと頑張って考えた僕は答えをひねり出した。

 

「礼なんていらないから、若葉君からは僕がどういう人間に見えるか教えてよ。ちょっと興味があってさ」

 

 翠山君が本当に他人のことを理解しているのかというのも興味あるし、客観的に自分がどう見られているかというのも気になってそんなことを頼んでみる。

 

「なるほどね。困ったな。ちょっと本人には言い辛い」

 

「まあまあ、別に何言われても気にしないし、お礼だと思ってさ」

 

 僕が強引に頼み込むと、翠山君は肩を竦めた。

 

「そういうことなら……。玄野は人の話を親身に聞いてくれるし、弁が立つタイプだな。友達は少なそうだが、コミュ力が高いから本人にその気があればもっと交友関係を広げられるだろう。それをしないのは趣味とか自分の都合を優先したいと考えているからだろうな。読書が趣味って話だし、優先順位は高そうだ」

 

 ふむふむなるほど。だいたい合ってる、気がする。

 

「──後は性格の問題だな。表向きは友好的に見えて内面ではたいして相手に興味がない、もしくは見下(みくだ)してる」

 

「……」

 

 辛辣な批評に流石の僕も笑顔が引きつってしまった。

 そんな僕を見て翠山君は再び肩を竦める。

 

「何を言われても気にしないんだろう? それにこれはあくまで俺の推測だ。玄野がそういうやつだって決めつけて取る態度を考えてるわけじゃないよ。それじゃあまた。今度一緒に遊ぼうぜ」

 

 翠山君はそれだけ言って爽やかな笑みと共に去って行った。

 ……いやはや参った。

 翠山君の人物評はだいたい合ってる何てものではなく、ほぼ正鵠を射ていた。

 イケメンで頭脳明晰、運動神経抜群な上に性格も良い。その上ここまで他人のことを理解できるのならばもう最強としか言いようがない。

 白野宮さんと翠山君のスペックのカップルが誕生しようものなら向かうところ敵無しだ。誰が何の理由で敵になるのかは知らないけれど。

 しかし悲しいことに、そんな最強カップルが誕生する可能性は露ほどにもあり得ないのである。

 

    *

 

「黒江君。相席して良いかな?」

 

 紅谷さん襲来の翌日の翠山君襲撃のさらに翌日。

 学食でひとり大盛りの唐揚げカレーを食べる僕の元に白野宮さんがやって来た。後ろには紅谷さんを筆頭にお供達(ともだち)が揃っている。

 咄嗟に周囲を見渡すが、あいにくと本日は大盛り無料デー。学食はやたらと混雑していてグループが座れそうな席は僕の座るテーブルしかなかった。

 

「……どうぞ」

 

 幸運なことにテーブルをひとりで占有していた僕だったが、幸運は長くは続かないらしい。

 白野宮さんが当然のように僕の正面に座ったのを見て不機嫌そうだった紅谷さんの表情は一層険しくなり、無言で僕の隣に座った。まるで白野宮さんにちょっかいをかけたらタダじゃ置かないと言わんばかりで僕の額からはじんわりと冷や汗が出てくる。

 

「……白野宮さん達、今日も学食なんだね」

 

「ほら、今日は大盛り無料だから」

 

 何でまたこんなところにいるんだという思いを込めて問う僕に対しにこやかにそうのたまう白野宮さんのおうどんは、確かに普通よりも量が多い。

 表情と言動からあたかも白野宮さんが大盛り無料に喜んで飛びつく食いしん坊さんのように見えるが、白野宮さんに限ってはあり得ないだろう。

 いやしかし、白野宮さんが冗談を言うとは思えないしなあ。

 

「シロちゃんは良いよね~。どれだけ食べても脂肪は特定の部分にしか付かないんだから」

 

「ちょ、ちょっと止めなよ(かえで)ちゃん。男の子の前でそんな……」

 

 揶揄うような口調で言いつつ横から白野宮さんのお乳を突っつくお調子者な山吹(やまぶき)さんを、最近むっつりなことが判明した明坂さんが慌てて窘める。当の本人である白野宮さんは相変わらず笑みを浮かべていてまったく気にした様子もなくちゅるちゅるとうどんを啜り始めている。

 一番怒りそうな紅谷さんはというと無言で僕の足をげしげし蹴っていた。山吹さんの指先に押される度に弾む胸を見ていたのが不満であるらしい。

 

「そういや黒江君は何でおひとり様なの? いつも黄金井君と食べてなかったっけ?」

 

 明坂さんの制止を聞かずに白野宮さんの乳を突っついた山吹さんが唐突に僕に話を振った。

 

「ああ、うん。黄金井は用事があって別行動なんだ」

 

「ふうん」

 

 実際は黄金井が連日襲撃に謎の警戒心を発揮して逃げたのである。今の状況に黄金井が居合わせたら白野宮さんと食事を共にできる機会を逃したことを泣いて悔しがるか、女子に囲まれる居心地の悪さにやっぱり逃げ出すのかは微妙なところだ。

 僕は既に逃げ出したい。

 

「……そうひえはくほへくん」

 

「白亜、食べながらしゃべらないの」

 

「ふぁあい」

 

 うどんを口に詰め込む作業に没頭していた白野宮さんがしゃべり始めると、すかさず紅谷さんから注意が入る。やっぱりお母さんじゃん。

 

「……んぐ。黒江君、この前借りた本なんだけれど」

 

「ああ、あれね。もう読み終わったの?」

 

「うん」

 

「どうだった?」

 

「よくわからなかった」

 

「やっぱり?」

 

「軽っ!? せっかく貸した本の感想がこれで良いの?」

 

 白野宮さんの端的な感想に肩を竦める僕に突っ込みを入れる山吹さん。

 

「まあ、貸した本が本だからねえ」

 

「何を貸したの?」

 

「”殺人の仕来り”って本なんだけれど」

 

「あの……。それって猟奇殺人を扱った犯罪小説じゃなかった……?」

 

 僕の挙げたタイトルに微妙な顔で反応したのは明坂さんだ。

 おとなしそうに見えて遊んでいるタイプなのかと思ったが、やはり読書を嗜む口ではあるらしい。

 

「そうそう。映画化したら原作のグロ描写が改編された上にマイルドになりすぎてて評価がいまいちだったやつ。犯人が殺したやつを魚みたいに掻っ捌いたりするんだけれど、映画はぼやかして見せないとかじゃなくて根本の殺害方法から変えちゃってねえ」

 

「ちょっと! 白亜に何てもの読ませてんのよ!」

 

「ちょっ痛い痛い!?」

 

 僕の説明に紅谷さんが目の色を変えて僕を蹴り始める。座った状態からの蹴りなので言うほどの威力はないが痛いものは痛いのである。

 

「白亜ちゃん、よくそんな怖い小説読めたね……。わたしだったら途中で読むの諦めちゃいそう」

 

「そうかな? 特に怖いとは思わなかったけれど」

 

 明坂さんは掻っ捌かれる人体を想像してしまったのか若干顔を青ざめさせていたが、白野宮さんはけろりとしている。

 しかし、やはりこの手の小説に対しても白野宮さんの反応はこんなものか。

 ”殺人の仕来り”は見る人を選ぶほどグロい殺人描写もさることながら、そんな殺人を繰り返すようになった犯人の心情やそこに至る過去等、猟奇殺人犯の()を丁寧に描写した小説であるのだが白野宮さんにはピンとこなかったらしい。

 白野宮さん曰く、小説は感情や心理を言葉で描写してくれるから勉強になるという話だったのでまともではない人物の心理を学んだら何かしら面白い反応が見られるのではないかと期待したのだが……。

 尚、現実の会話やSNSを通したやり取りは小説ほどしっかりと心理描写をしてくれないので大して役に立たないものとする。

 

「なるほどねえ。ベニちゃんがシロちゃんに悪い虫が付いたなんて騒ぐからどんな感じかと思ってたけど、健全なお付き合いじゃん」

 

 今の会話の流れを見てどうしてそうなったのかよくわからないが、山吹さんが急にそんなことを言い始めた。

 

「はあ!? ちょっと何言ってんの!?」

 

 当然紅谷さんが眦を吊り上げて反応する。

 しかし、男子を震え上がらせる紅谷さんのメンチに対して山吹さんはどこ吹く風だ。

 

「ベニちゃんはちょっとシロちゃんに過保護過ぎだって~。人生で一度しかない華の高校生活なんだから、恋のひとつやふたつぐらい経験しておかないと。それに翠山君だってシロちゃん狙いなんでしょ? 翠山君に口説かれたらとりあえず付き合ってみようかなって普通は思うって」

 

「あのねえ!」

 

「普通だったら翠山君と付き合うのかな?」

 

 紅谷さんが熱くなっているのを他所に、白野宮さんは僕に尋ねてきた。

 どうやら普通、という山吹さんの言葉が琴線に引っかかったらしい。

 僕は興味本位からユー試しに付き合っちゃいなヨ! と言ってみたい衝動に駆られたが、隣の紅谷さんが人を殺しそうな目で睨みつけてきて命の危険を感じたので無難な回答をする。

 

「翠山君のことがちょっとでも好きと思えるなら考えても良いんじゃないかな」

 

「じゃあ別にいいかな」

 

 白野宮さんはそれっきり興味をなくして目の前のうどんに集中し始めた。

 ううん、やはりある程度連絡を取りあっている友人判定の相手でも特に興味無しか。

 

「ほら! 白亜もこう言ってんじゃん! 白亜にはそんなのいらないんだって!」

 

「ええ~。もったいないなあ」

 

「……すごいね、白亜ちゃん。あの翠山君に好かれてもまったく気にしないなんて」

 

「おんやあ? その言葉から察するに、ヒナちゃんは翠山君推しなのかね?」

 

 ポツリとつぶやかれた明坂さんの言葉に山吹さんが敏感に反応すると、明坂さんは慌てて弁明し始める。

 

「ち、違うよ!? 確かに翠山君は、その。か、カッコいいし運動もできて頭も良いしすごいなとは思うけれど!」

 

 あまりに露骨すぎる反応なので僕はむしろ翠山君が好きなことをアピールしているのではないかと邪推したのだが、そんな感想を抱いたのは僕だけなようで山吹さんも紅谷さんもオモチャを見つけたような目をしてにまにましている。

 

「……それに、翠山君は白亜ちゃんのことが好きなんでしょ? わたしなんかじゃ相手にもされないよ」

 

 しかし、続けられた言葉にふたりは直ぐに表情を変えることになった。

 

「そっ……!」

 

 咄嗟に山吹さんがフォローを入れようとして言葉に詰まる。明坂さんもけして見てくれが悪いわけではなく、普通であれば男子から密かに人気を集めそうな程度には容姿が整っているように見えるのだが今回は相手が悪すぎた。

 

「……そんなんわからないじゃん? シロちゃんは翠山君に興味無いみたいだし、ヒナちゃんなら翠山君を振り向かせられるって」

 

「……そうかな?」

 

「そうだよ!」

 

「もし緋奈子にその気があるなら狙ってみれば? あたしは応援するよ」

 

「私も!」

 

「ありがとう、ふたりとも」

 

 福神漬けをぽりぽりさせつつ空々しさ満点の会話を聞いていた僕は、何気ない感じで言葉を漏らす。

 

「そういやさっき紅谷さんが言ってた白野宮さんには男なんていらない〜って言葉。考えてみると娘に過保護すぎて男を近付けさせたくないお父さんみたいだよね」

 

「ぶふっ!」

 

 ふたりの応援を引き出して満足気にオムライスを口にしていた明坂さんが吹き出した。そしてケチャップライスが変なところに入ってしまったのか肩を震わせながらも苦しそうに咳き込んでいる。

 

「あっはははは! 確かにそうかも! ベニちゃんはホントそういうとこあるよね!」

 

「ちょっ! そういうのじゃないから! おい黒江!」

 

 腹を抱えて大笑いする山吹さんと咳が止まらない明坂さんに顔を真っ赤にしながら弁明しつつ、僕の足の甲をげしげしと踏みつける紅谷さん。

 当の白野宮さんはそんな周囲をガン無視してうどんに集中していた。

 

「あ~笑った笑った。黒江君、教室だとおとなしいけど意外と面白いじゃん。翠山君の評価がイマイチな今、シロちゃんを任せられるのはやっぱり君しかいないよ」

 

「いや、別に僕はそういうつもりで白野宮さんと仲良くしてるわけじゃないからさ……」

 

「ええ〜嘘だあ。そんなこと言っても、シロちゃんに告白されたら付き合っちゃうでしょ? 自分から告白する勇気がなくてもさ!」

 

「ううん……」

 

 どうやら山吹さんは僕が白野宮さんのことを好きだけれど、振られるのが怖くて告白できないでいるとでも思っているらしい。

 まあ、普通なら少なからず白野宮さんに好意があるはずと考えてもおかしくないのだろうが、何しろ相手は白野宮さん。愛し愛されといった関係は望むべくもない。

 

「だってシロちゃんと付き合ったらこのパーフェクトぼでえを好き放題なんだよ!? 女の私だって告白されたらちょっと考えるってのに!」

 

「なるほど確かに」

 

「おいこら」

 

 山吹さんの主張に僕が思わず同意すると、お隣から底冷えするような低い声が飛んできた。

 心なしかようやく落ち着いたらしい明坂さんの視線も冷たい。

 しかし確かに、白野宮さんと付き合うメリットはあまりないと考えていたが、そういう視点で見ればありということか。

 白野宮さんは恋人なら普通と言い聞かせれば納得して何でもしてくれそうではあるし。

 

「何考え込んでやがるんだ黒江よお?」

 

 僕がつい不埒なことを想像していると紅谷さんの声に殺気が混じり始めたので、僕は慌てて首を振った。

 

「じ、冗談だよ冗談! 付き合えもしないのにそんなこと考えてもしょうがないって!」

 

 妄想だけで殺されてはたまらないと焦る僕を紅谷さんは羽虫を見るような目で見ていたが、やがて興味をなくしたように僕から視線を外して目の前のミートパスタを突つき始めた。

 やれやれまったく酷い話だ。

 僕は仲良し女子の友情(笑)的な雰囲気をぶち壊したいだけだったのに。

 しかしこれはこれで興味深い。

 白野宮さんを好きな翠山君を好きな明坂さんという構図は白野宮を取り巻く人間関係に変化をもたらすファクターとなり得るのではないか。

 せっかくだから何かどろどろした三角関係とかそんな感じになってみせてくれないかな。そんな関係性なんてお構いなしな白野宮さんが混じることでどんな展開が発生するのか是非とも見てみたい。

 

「……黒江君」

 

 人には見せられない妄想に密かに愉悦していた僕に、白野宮さんが声をかけてくる。

 

「何だい?」

 

 僕が機嫌良く応じると、白野宮さんは何故か視線を僕のお腹の辺りに向けながら言った。

 

「その唐揚げ。残すなら私が食べようか?」

 

「……へ?」

 

「駄目だよ白亜」

 

 どうやら白野宮さんの視線は僕の前に置かれたカレー皿の上の唐揚げに向けられていたらしい。いや、この唐揚げは最後のお楽しみに取っておいたやつなんだけれど……。

 唐突な提案に困惑する僕を他所に、紅谷さんが咎めるように白野宮さんを静止する。

 

「あんた手元に食べ物があったら際限なく食べるんだから。そんなことしてたらいい加減太るよ」

 

「だって、食べ物を残すのは良くないって……」

 

「それで食べすぎたせいで体調を崩したりしたら元も子もないでしょうが! 昔食べ過ぎて大変なことになったの忘れたの!?」

 

「あはは! 相変わらずシロちゃんは食いしん坊だねえ」

 

 ええ……?

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