サムライガールの幼馴染みは王様を目指す 作:ボルメテウスさん
## 七章 地図の上に五本の指が乗る
あんなが並べた術式の破片が光った。
淡い。さっきまでは消えていた光が、六個の欠片を並べ直した途端に灯る。まるで元の位置へ戻ったから再び繋がったみたいに。光は破片の表面を走り、細い線となって空へ浮かぶ。
「これ、見て」
あんなが地面に置いていた町の略図へ指を伸ばす。ライトの光で描いた雑な地図だ。だが破片から伸びた光の線が、その地図の上へ正確に重なっていく。
一本じゃない。三本。四本。五本。
「地脈の流れを可視化してる。術式が壊れても、刻まれた経路は残ってるんだよ」
光の線が町の地下を走る水路みたいに地図を横切る。北から。西から。南東から。全部が一点へ向かって収束している。
「ここだね」
あんなの指が地図の一点を叩いた。町外れ。神社の裏山の北側。
俺はその位置を見て、眉が動いた。
「あそこ」
「太郎、心当たりが」
まほが聞いてきた。俺の顔を見てから、すぐに他の全員へ目を向ける。全員に同じ質問をするつもりだ。一人だけに答えを求めない。前回の約束通りだ。
「ある。絶花、覚えてるか。裏山の北側に古い坑道があった」
絶花が少し考えてから頷く。
「ありました。鉄の柵で封鎖されてたやつですよね。子供の頃、太郎が中に入ろうとして」
「お前が止めたんだよ」
「止めました。崩れそうでしたから」
「崩れてなかった」
「崩れてました。天井から石が落ちてました」
「落ちてただけだ。道は通れた」
「通れません。太郎が三歩入って石が頭に落ちて泣きそうに」
「泣いてない」
「泣きそうでした」
まほが咳払いを一つした。二人の会話を切るためじゃない。次へ進むための合図だ。
「その坑道、地下へ続いていますか」
「続いてたはずだ。封鎖される前は鉱山として使われてたって聞いたことがある。奥へ行くほど下へ降りていく構造だと」
「太郎の話と地図が一致します」
あんなが地図の上の光の線をなぞる。
「術式がやってるのは地脈の力を一か所へ運ぶこと。町の地下を走ってる複数の地脈を、この坑道の奥へ集めてる。送水管みたいなもんだよ。複数の川を一本のパイプにねじ込んでる」
「何のために集めるんですか」
ソラが聞いた。素直な質問だ。
「そこまでは破片からは読めない。ただ、集める力が異常に強い。地脈一本分じゃ足りなくて、周辺の地脈まで引っ張ってきてる」
俺は地図の光の線を見た。五本の線が一箇所へ集まっている。まるで指が全部一点を指しているみたいだ。
「まほ。妖気は」
「聞く前に、全員の報告を聞きます」
まほが言った。俺の問いを遮ってから、ソラへ目を向けた。
「ソラ。あなたが感じているものを教えてください」
ソラは少し姿勢を正した。膝を抱えていた手を解き、地面へ掌を置く。
「地下から妖気が残っています。薄いです。でも途切れていません。山を降りてからずっと感じてました」
「途切れていないということは、発生源がまだ動いている」
「はい。それに、妖気の質が二種類あります。一つはさっきの魔獣と同じ。もう一つは……違います。もっと静かで、でも強いです」
「妖怪の妖気か」
「たぶん。わたしは詳しくはありませんが、魔獣の野獣っぽい感じとは違います。誰かがそこにいる気配です」
失踪した妖怪。あんなが拾った布切れ。祠の裏に残された爪痕。
俺は繋げた。妖怪が地下へ連れ込まれたんじゃないか。生きていれば妖気が残る。死んでいれば消える。ソラが途切れていないと言ったなら、まだ生存している可能性がある。
「生存者がいるかもしれない」
俺が言うと、まほは一度頷いた。すぐに結論を出さない。
「絶花。その坑道へ入る経路を覚えていますか」
「大まかには。でも最後に行ったのは五年以上前です。道が変わってる可能性は高いです」
「構いません。大まかでいいです。太郎と二人で覚えている範囲を補完してください」
「わかりました」
まほは地図を見下ろした。光の線が五本、一点へ集まっている。彼女の手が地図の上へ伸びる。
指先が地図に触れる直前、止まった。
一秒。二秒。
まほの手は地図の上に置かれなかった。代わりに、彼女は手を引いて膝の上に戻した。
「他に、気づいたことがあれば教えてください。全員の分を聞いてから動きます」
俺はその動作を見た。地図の上から手を退けた動作を。
前なら、まほは一人で地図を指差し一人で結論を出していただろう。今は違う。地図の上に五人が指を置ける余地を残している。
口には出さない。出すとまほがまた壁を作るからだ。だが、変わった。ほんの少しだが。
「異常はない。行くぞ」
* * *
神社を出て裏山の北側へ回る。
夜の山道は暗い。携帯ライト二つとソラのルーンの微光だけが足元を照らしている。木々の間から月が見える。だが枝が密で地面まで光が届かない。
歩きながら、変わったものを見た。
地面の亀裂だ。
さっき境内で見たものと同じ。指一本分の幅で、真っ直ぐに走っている。だが境内から離れるほど亀裂の数が増えている。一本じゃない。二本。三本。並行して走っているものもあれば、枝分かれして方向を変えるものもある。
「これ全部地脈の流れが無理やり曲げられた跡です」
まほが歩きながら地面へ手をかざす。
「地面が悲鳴を上げてるみたいなもんだね」
あんなが言った。軽い口調だが、足元の亀裂を見る目は笑っていない。
草木も変わっていた。
境内では草が枯れていた。だが裏山へ入ると、枯れ方が違う。根本から死んでいるのではない。途中まで育って、そこから急に色が変わっている。緑から茶色へ。境目がはっきりしている。地脈の力が抜けた場所だけが枯れている。
「この辺、昔はfernが生えてたんです」
絶花が足を止めた。枯れた葉っぱを拾う。
「fern?」
「シダです。太郎が滑って転んだやつ」
「あそこは苔が生えてて滑りやすかっただけだ」
「シダの根元が苔になってたんです。太郎が踏んで滑った」
「滑ってない」
「石段を二段滑りました」
「一段だ」
「二段です。私が数えました」
まほがまた咳払いをした。今度は少し早い。
「この先、坑道の入り口はどのくらいですか」
「あと五分くらいだ。裏山を越えて北側へ出れば——」
俺は言葉を止めた。
前方に、鉄の柵が見えた。
錆びている。古い。だが立っている。俺と絶花が子供の頃に見たものと同じ柵だ。
柵の向こうに、闇がある。地面が穴のように開いている。坑道の入り口だ。
だが、何かが違う。
「太郎」
絶花の声が低くなった。彼女も気づいた。
柵が歪んでいる。内側から押されたみたいに。鉄の棒が二本、外へ向いて曲がっている。錆びた鉄が折れた跡は新しい。赤錆の上に、銀色の金属断面が光っている。
「最近壊されたな」
俺が柵に近づく。手を伸ばして曲がった棒に触れる。冷たい。
「太郎触らないで」
まほが声を上げた。だが遅い。指先が鉄に触れた瞬間、微かな振動が指から腕へ伝わった。
脈だ。
地面の下から、ゆっくりとした脈が伝わってくる。心臓みたいに。吸って吐いて。まほが神社で感じたのと同じだ。
「地下で何かが動いてる」
俺は手を離した。
まほが前に出る。一人で。だが三歩で止まる。振り返る。全員の顔を見る。
「入れません。まだ」
「なんで」
「封鎖されています。物理的にではなく、術式的に。入り口に結界が張られています。見えませんが、私には感じます」
まほが入り口の前へ片手をかざす。指先が止まる。見えない壁に触れたみたいに。
「強力です。無理に破れば地下へ衝撃が伝わります。中にいる可能性のある妖怪を危険に晒す」
「じゃあどうする」
「方法を考えます。全員で」
まほが振り返った。俺を見て、絶花を見て、あんなを見て、ソラを見る。
「太郎。絶花。この坑道の内部構造で覚えていることを教えてください。あんなは術式の結界を分析できるか。ソラは地下の妖気、もう一度確認してください」
四つの方角へ、四つの問いが飛んだ。
俺は坑道の入り口を見た。曲がった鉄柵。その奥に広がる闇。微かな振動。五本の地脈が集まる場所。
中に何があるかはわからない。だが、ここまで来たら戻るわけにはいかない。
「坑道は入ってすぐ広い。十メートルくらいの空間があって、そこから三本の通路が分かれてた。真ん中が一番太くて、奥へ行くほど下へ降りる」
「左と右は」
「細い。俺は左しか入ってない。三歩で石が落ちてきて諦めた」
「諦めてないです。泣いて——」
「絶花」
「はい」
「右はお前が入ったんだよな」
「一歩だけです。暗くて怖くて戻りました」
「じゃあ右は未知か」
「未知です」
まほは頷いた。地図を頭の中で組み直しているのがわかる。
「あんな、結界は」
「ちょっと待って。触らせて」
あんながまほの横へ並び、入り口へ手をかざす。目を閉じる。十秒。二十秒。
「……複雑。三重構造。外側は検知、真ん中は遮断、内側は——わからない。見えない。でも一つ言えるのは、この結界、内側からも外側からも鍵がかかってる」
「両方向」
「うん。中に入れないし、中からも出られない。閉じ込めるための結界だよ」
閉じ込める。
妖怪を閉じ込めるために作られた結界。
俺は鉄柵の隙間から、坑道の闇を見た。暗い。何も見えない。だが、奥から風が吹いてくる。生温かい。土の匂いと、何か別の匂いが混じっている。
「ソラ」
「はい」
「地下の妖気、変わったか」
ソラが入り口の前にしゃがむ。両手を地面へ置く。目を閉じる。青い髪が夜風に揺れる。
「……強くなってます。さっきより。それに、さっき言った二種類の妖気のうち、静かな方が……」
「生きてるか」
「生きてると思います。うすいけど、確かに動いてます」
生存者。いる。
俺は鉄柵の前に立ったまま、坑道の闇を見つめた。中に何があるかはわからない。誰がいるかもわからない。だが、ここまでの痕跡が全部一点へ向かっている。
「今日はここまでだ。中へは入らない」
「太郎」
「八坂に報告する。結界の解析、地脈の収束点、生存者の可能性。全部揃えてから入る」
まほが俺を見た。反論があるかと思った。だが彼女は頷いた。
「同意します。準備不足での突入はしません」
「全員で判断するんだろ」
「はい。全員で」
まほの声は平坦だった。だが、その平坦さの中に、前にはなかったものが一つ混じっている。
確認だった。俺の言葉を確認する音。一人で決めていない。俺の提案を聞いて、判断を保留して、同意した。
小さな変化だ。だが、鉄柵の前の夜風の中で、その小さな変化だけが確かにそこにあった。
鉄柵の奥に見える闇は、ただの暗闇じゃなかった。
目を凝らすと、坑道の入り口の周囲に薄い膜が張っている。見えない壁だ。まほが言った結界。だが目を凝らすと、ただの壁じゃないことがわかる。膜の表面に、線が走っている。神社の地面の下で見たのと同じ紋様だ。
「あんな、破片を出せ」
「はいはい」
あんなが懐から六個の術式破片を取り出す。地面に並べたときと同じように。だが今回は並べない。坑道の入り口へ近づけた。
反応は即座だった。
破片の表面が光る。淡い光が膜の表面の線と共鳴する。ギギギという音が聞こえたわけじゃない。だが歯が浮くような感覚が顎の奥に走った。共鳴している。
「起動した」
まほが声を落とす。
膜の表面の線が光り始める。細い光の筋が坑道の入り口から奥へ伸びていく。壁の中へ。地面の下へ。天井の上へ。網の目のように広がっていく。
光が坑道の内部構造を描き出した。
入り口から十メートルの広間。そこから三本の通路。左、中央、右。中央が一番太い。光の線が最も濃く、最も速く流れている。地脈の本体だ。
「すごい…」
ソラが息を呑む。
光の線が坑道の奥深くへ集まっていく。一箇所に。中央通路の末端。そこに、何かがある。
炉だ。
光の線で描かれた輪郭を見ると、巨大な円形の装置が地下空間の中心に鎮座している。壁から天井へ届くほどの大きさ。表面に無数の術式が刻まれ、光の線が四方から流れ込んでいる。
(ガイアだ)
俺の内側で、ゼロの意識が動いた。
俺と融合しているウルトラマンゼロ。彼の感覚が、俺の目を通して光の線を見ている。
(あの光はガイアの力だ。間違いない)
ゼロの声が念話で届く。俺だけに聞こえる。
(ゾグ戦で撒き散らされたガイアの残存エネルギーが、地脈を通ってあそこへ集められている)
「太郎さん、顔色が悪いです」
「大丈夫だ。ちょっと中身と相談してただけだ」
ソラが心配そうに俺を見る。俺は手を振って先を促した。
「あんな、あの炉の周りに何か見えるか」
あんなは破片を手に持ったまま、光の線を辿る。目を細めて、術式の紋様を追っている。
「見える。炉の周りに…点がある。光点。六つ。いや七つ。等間隔に並んでる」
「光点?」
「炉と地脈を繋ぐ中継点。ここだね」
あんなが光の線の途中を指差す。地脈の流れが、炉へ直接入っているわけじゃない。途中に、六つか七つの点を経由している。
「この点、見覚えがあるよ。神社の祠の下にあった術式と同じ構造。地脈の力を一時蓄積して、炉へ送るための中継器だ」
「中継器に何かいるのか」
「いる。生き物だよ」
あんなの声が一段低くなった。
「魔力反応がある。人間じゃない。妖気だ。微かだけど、確かに動いてる」
俺はあんなの顔を見た。あんなは俺を見ていない。光の線を見ている。
「失踪した妖怪たちが、中継点として使われてる」
「使われてるって」
「地脈と炉の間に置かれてる。妖怪の妖力が導線になってるんだ。地脈の力を炉へ流すための。まるで電線みたいに」
まほが前に出た。坑道の入り口の結界に手をかざしたまま、光の線を辿っている。彼女の猫又としての感覚が、俺たちには見えないものを捉えているはずだ。
「生きていますか」
「生きてる。妖気の流れが一定だ。死んでいれば乱れるか消える。だが整然と流れてる。意識があるかどうかはわからない」
あんなの言葉に、まほの指が結界の上で止まった。
光の線の中に、微かな波が走った。中継点の一つが、震えたみたいに。妖怪が動いたのか。それとも痛みに反応したのか。
「…意識はあるようです」
まほの声が低くなった。いつも通りの平坦さが、ほんの少しだけ削れている。
「反応がありました。微かな恐怖の波。怯えています」
ソラが動いた。
結界へ向かって歩き出す。右手に魔力を集めている。拳が青白く光る。結界を壊すつもりだ。
「ソラ」
まほの手がソラの肩を掴んだ。
強い。指が服に食い込むほど。ソラが足を止める。
「待ってください。中に罠があるかもしれません。人質の位置も確認できていません。ここで結界を壊せば、炉へ衝撃が伝わります」
「でもまほさん、あの子たち怯えてるんです。早く——」
「だから待てと言っています」
まほの声は静かだ。だが、ソラの肩を掴む手が震えていない。震えていないからこそ、その力の強さが伝わる。
「罠と人質の位置を確認するまで入りません。それが全員を生かすための順序です」
ソラが唇を噛んだ。青い瞳が結界の奥を見つめている。だが、拳の光を消した。
「…わかりました」
「ありがとう」
まほは短く言って、ソラの肩から手を離した。離した指先が、一瞬だけ自分の掌を握りしめた。爪が食い込むほどに。だがすぐに手を開き、結界へ向き直る。
俺はその一連の動作を見ていた。まほがソラを止めたのは正しい判断だ。だが、正しい判断以上の何かが、あの手の力に乗っていた。
* * *
「太郎」
あんなが呼んだ。振り返ると、破片の光が変化している。
光の線が、炉の周囲を詳細に描き始めた。炉の表面の術式。パイプのような導管。そして、炉の中心に集まる光の渦。
「これ、見て」
あんなが炉の中心を指差す。
「炉の中に、何かが埋め込まれてる。小さい。手のひらサイズ。あの周りに全ての力が集まってる」
「何だそれは」
「わかるよ。これ、神器の模造品だ」
あんなの声に、笑みがなかった。
「本物の神器じゃない。外部の力を無理やり術者へ定着させるための、粗雑な模造品。神器が宿主の生まれ持った力を増幅するのに対して、これは外部から力を奪って術者へねじ込む。逆方向の仕組みだよ」
「つまり」
「はぐれ魔術師たちが、ガイアの力と地脈を融合させて、人工神器に近い魔術炉を完成させようとしてる。妖怪の妖力を導線にして、地脈の力をガイアの力と混ぜて、炉の中心の模造品へ流し込む。完成すれば、術者はガイアの力を自分のものにできる」
「そんなことが可能なのか」
「本来は不可能だよ。ガイアの力は大地そのものの力だ。人間の体に収まるわけがない。でもこの炉は、力を変質させてる。大地の力を、人間が吸収できる形に加工してる。粗雑で不安定だけど、やればできる。やったら暴走するけどね」
暴走。その言葉が、坑道の冷たい空気の中で重く響いた。
「妖怪たちは」
「炉が完成したら、妖力を奪い尽くされる。中継点として使われたまま回路が閉じれば、妖怪の妖力が全部炉へ流れ込む。生きてはいられないよ」
俺は結界を見た。その奥の闇を見た。七つの光点が、炉の周りで微かに震えている。
あの中に、誰かがいる。怯えている。使われている。生きてはいるが、時間がなければ死ぬ。
「完成までどのくらいだ」
「術式の流れから計算すると——」
あんなが破片の光を辿る。指が光の線を追い、炉の中心で止まる。
「夜明け前。あと四時間くらい」
四時間。
俺は空を見上げた。木々の隙間から星が見える。まだ夜は深い。だが、四時間は長くない。
「太郎」
まほが言った。
「救出と魔術炉の停止を同時に行う必要があります。片方だけでは、もう片方に影響が及びます。妖怪を救出して炉が暴走すれば町が危険だ。炉を止めて妖怪を放置すれば妖力が吸い尽くされる」
「わかってる」
「同時です。同時に行うしかない」
まほの声は静かだった。だが、結界に触れたままの手が、拳の形を作っていた。
俺は坑道の入り口を見た。結界の膜。その奥に広がる光の線。七つの光点。巨大な炉。夜明け前に完成する模造品。
四時間。
やるしかない。
「全員集まれ。作戦を組む」
俺の声が、夜の山に響いた。
裏山の高台へ移動した。
坑道の入り口が見下ろせる位置だ。木の根が剥き出しの地面に座り、あんなが泥で地面へ見取り図を描く。指先で削る速度が速い。記憶が新しいうちに、という顔だ。
「中央通路の奥に魔術炉。炉の周囲に七つの拘束点。妖怪たちはここにいる。地脈を制御する術式は炉と拘束点の間、六箇所に分散して配置されてる」
泥の線が地面に広がる。坑道の入り口。三本の通路。中央の炉。七つの点。六つの術式。
「左と右の通路は細い。でも炉へは繋がってない。迂回用か、逃走用か」
「逃走用だろ。自分たちが逃げるための」
俺が言うと、あんなは頷いて泥の線に×印をつけた。
「中央がメインルート。正面突破するならここしかない。でも結界がある。術式がある。魔獣がいるかもしれない」
地面から振動が伝わる。さっきより強い。脈が速い。心拍で言えば、安静時から小走りくらいに上がっている。
俺は泥の見取り図を見た。敵の配置。地脈の流れ。術式の位置。拘束点。逃走路。
全部、頭に入る。盤面として捉えられる。だが、この盤面には足りないものがある。
土地の記憶だ。
地脈がどこで曲がりどこで分岐するか。坑道の天井が低い場所はどこか。雨が降ったとき水が溜まる箇所はどこか。そういう数字にできない情報が、この作戦には必要だ。
そして、それを把握しているのは俺じゃない。
「まほ」
名前を呼ぶと、彼女は泥の見取り図の向こうから俺を見た。
「現場指揮を任せたい」
まほの目が変わった。拡大したわけじゃない。光が消えた。
「私は指揮官失格です。さっき話した通りです」
「過去の話は聞いた。聞いた上で決めた。お前がこの土地の地脈と妖気の流れを一番把握している。俺の盤面は配置と動きだ。だが地脈の細かい流れまでは読めない。今ここで、現場の判断を任せられるのはお前だ」
「太郎、私は——」
「お前が全部一人でやる話じゃない。仲間の能力を組み合わせる役目だ。それならできるだろ」
まほの口が開く。何か言い返そうとして止める。
一秒。二秒。三秒。
彼女は視線を泥の見取り図へ落とした。弓を膝に置いたまま。指先が泥の線を掠める。触れていない。触れようとして止まっている。
俺は待った。絶花も待った。あんなもソラも待った。四人が黙っている。風が吹かない。振動だけが足の裏から伝わる。
「…わかりました」
短い。だがその前に七秒あった。七秒の間に、まほは何かを置いて何かを拾った。何を置いたかはわからない。何を拾ったかもわからない。だが弓を握る手から、余計な力が抜けた。
「全員の役割を確認します。一方的な命令ではなく、できることを聞かせてください」
顔を上げた。俺を見ていない。全員を見ている。一人ずつ順番に。
「太郎。正面突破。中央通路から炉への侵入経路を確保できますか」
「できる。ゼロの力を使えば結界の物理層は割れる。術式層はあんなに任せる」
「絶花。中央通路の術式解除を太郎と同行して行えますか」
「できます。天聖で術式の流れを斬れば止まるはずです」
「あんな。結界の三重構造、どの順番で解除できるか」
「外側の検知から順番に剥がすよ。内側の遮断は太郎が物理で割ってくれれば同時に落ちる。内側の第三層は……ソラ、あんたの結界と相殺できると思うんだけどどう?」
「やります。ルーンで対抗結界を展開すれば、第三層の術式を中和できるかもしれません」
「やって。できない場合は太郎に物理的に——」
「割る。わかった」
「ありがとう。次にソラ。妖怪たちの捜索と救出。拘束点は七つ。全て回れますか」
「回ります。結界で道を作って、一人ずつ外します」
「怪我をしている可能性があります。治癒はできますか」
「簡易的なものなら。でも本格的な治療は無理です」
「簡易で構いません。外に出せれば太郎の盤面で全体回復の指示が出せます」
まほの視線が俺に戻る。
「太郎。回復指示、出せますか」
「出せる。王の駒で全員の位置と状態を把握できる。ソラが妖怪を外に出した時点で、回復が必要かどうか判断する」
「では私は全体指揮と遠距離援護。高台から坑道の入り口を見下ろせば中央通路の動きが一部読めます。弓で魔獣の排除と、緊急時の制止ができます」
まほは泥の見取り図の上に指を置いた。今度は触れている。迷いがない。
「ただし、地下へ入れば高台からの視線は届きません。地下での指揮は太郎に戻します」
「わかった。地上はお前、地下は俺。境目は坑道の入り口だ」
「はい。入り口を通過した時点で指揮権が移ります。その際、私の指示が残っていた場合は最優先で従ってください」
「なんでだ」
「私の弓が届く範囲は地上だけです。地下で私の判断が必要になった場合、それは撤退の判断です。撤退だけは太郎の判断より私の判断を優先してください」
撤退。つまり、まほが引けと言ったら引く。それが彼女の判断だ。
「わかった。撤退だけはお前に従う」
「ありがとう」
まほは立ち上がった。弓を持ったまま。右肩の包帯が薄汚れている。だが腕は上がる。弓は構えられる。
「全員。持ち場へ」
* * *
坑道の入り口へ戻る。
夜明けまで三時間半。振動が強くなっている。地面の亀裂から微かな光が漏れ始めた。
結界が目の前にある。見えない膜。あんなが言った三重構造。外側は検知。真ん中は遮断。内側は不明。
「あんな、いけるか」
「うん。破片を当てれば検知層の紋様が浮かぶ。そこから剥がすよ」
あんなが坑道の入り口へ破片を近づける。光が走る。膜の表面に線が浮かび上がる。蛇が絡み合ったような複雑な紋様だ。
「絶花、天聖を」
「はい」
絶花が天聖を抜く。金色の粒子が夜の坑道に浮かぶ。刀身が光の紋様に触れる。
「落花狼藉」
一太刀。横一文字。紋様が割れる。音はしない。だが空気が変わる。膜の一部が透明から透明へ。透明が消えた。
「検知層、落ちた。次は遮断層。太郎、ここを物理で割って」
「ああ」
俺は右腕を上げる。ゼロの力が腕へ集まる。光が溢れる。ウルトラマンゼロの力。本来なら全身が光になって巨大化するところだが、今は腕だけ。変身はしない。する必要がない。
腕を振り下ろす。
結界が割れた。
ガラスが砕けるような音が坑道の闇へ吸い込まれる。遮断層が物理衝撃に耐えきれず、ひびが入って崩れる。
「ソラ今」
「はい!」
ソラが両手を広げる。ルーンが坑道の入り口へ展開される。青白い光が結界の内側を照らす。第三層の術式が光に触れて、ギリリと音を立てる。
「相殺できてる……! もう少しだけ時間を」
「待つ。急ぐな」
まほの声が高台から届く。弓を構えたまま。矢先が坑道の闇を見据えている。
十秒。二十秒。ソラの額に汗が浮かぶ。だが手が揺れない。
第三層が砕けた。
音は今度もしなかった。ただ光が消えただけ。青白い光が術式を飲み込んで、何も残さずに消えた。
坑道の入り口が、開いた。
闇が広がっている。風が吹いてくる。生温かい。土の匂い。そして、微かな妖気。
「入り口確保。これより突入します」
俺が言った。
まほの声が背中に届く。
「全員、生きて戻ってください。これは命令です」
弓を構えたままの声は、震えていなかった。
次回の王は
-
妖怪王
-
機械王
-
怪獣王
-
幻想王