顔のいい姉の弟に生まれたので姉を曇らせたい 作:じゃがありこ
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雨が降り出した。空が泣いている。大粒の涙を流しそれ以外の音を消し去って悲しみにくれるように。目の前全てを埋めるほどの雨は街から喧騒を奪った。
真音は、ピシャリ、ピシャリと雨の中を歩く。水溜りを震わせる。いくつもの波紋を広げて雑多な街を歩きながら瞳を隠す。
前髪からしきりに雫が溢れ絶え間なく、頬を伝う。
「——真音?」
雨の先には寧々が立っていた。傘を持ち、驚きと心配そうな顔でこちらを見ている。
「………寧々」
取り繕うことができず、真音は低い声のまま笑みも見せず憔悴した顔を寧々に見せる。寧々は息を呑んで真音の手を引き自分の傘の中に入れ道の端による。
「真音、何が―――」
真音の尋常ではない様子に動揺する寧々だったが、真音の言葉が遮った。
「………楽器、触りたい」
真音の視線の先には行きつけのスタジオがある。受付と仲が良く、楽器自体をいくつか預けたままのスタジオだ。
「………」
なし崩し的にスタジオに入った二人を見て、受付は動揺する。しかし、事情を聴かないで部屋に通した。
「………ごめん、話したくない」
それは明確な拒絶。今まで明確な拒絶をせず、時には厳しく時には甘やかしてきた寧々に対する否定。おそらく昔の寧々であれば耐えられなかった、臆病では踏み込めない状況。
真音はピックを握りしめた。その手が弦に向かって、振り下ろされる。
夕映えを受けて朱に染まった川の水を掬い取って指の間からこぼれ落ちるに任せる、そんな心地よく冷たい寂しげな音。
やがて、真音の歌声がマイクに吐きかけられる。ほんのワンフレーズで感情が持っていかれる。誰もがうまいと感じる歌。
「クソ」
しかしそこ止まりとも言える。関心させることはできるだろう。熱狂を呼び、集中させることもできるだろう。しかし、心の底から笑顔にすることも、泣いているものを救うことも出来はしない。
ただただ、技術的に優れすぎているだけの歌声。
『あなたの歌は軽すぎるわ』
わかっている。そんなの、しってるんだ。
コードの変わり目に激情を弦をつまびいて吐露する。昔と同じように憧憬と衝動をそのまま音符に叩きつける。真音は分かっている。どれだけ、他人の技術を模倣しても、どれだけ優れた演奏を行っても自分すらも見失っている彼には、唯一無二の音は奏でられない。
時間や関係さえ飛び越えて、心をつないで共振させる。誰かの心を揺らす。そんなことは、自分ではできないとわかっている。それでも これにすがりついていたいのだ。
最後のサビを歌え終え、やがて静けさが帰ってくる。他の全ての楽器の響きが空気に吸い込まれてしまったのを感じてから、真音はギターの弦から手を離し、最後のフレーズを口ずさんだ。
そしてやっと、寧々を正面から見る。
寧々は「なんで泣きそうな顔で笑うの!」そう詰め寄りたかった。だけど、それでは意味がないこともわかっている。
真音は自分を何度も助けてくれたが、逆を今の自分ではできないのだと知っていた。それでも零れた。
「……っ、そんな顔をするくらいなら泣いてよ……………わたしの前で泣いてよ!」
それでも寧々は言った。目を見開き真音は顔を上げた。
「前に言ったでしょ!類も!司もえむも!真音の笑顔のためにできることしたいって!」
「…」
「今の私には、なんとかすることはできないかもしれないけど……っでも、真音が悲しい時は一緒に悲しませてよ!」
込み上げる涙を見て真音は暖かさと同時にゾクゾクとした悍ましい感覚を感じていた。奏に感じているようなあの感覚を。
「それぐらい……させてよ……!」
真音は無言で楽器をかき鳴らす。答えを持ち合わせていなかったから。雑念を振り払うために。
しばらくして、声が聞こえた。
美しい人魚姫の歌声である。普段は歌わないジャンルではあるが、寧々の技術は素晴らしいと言える。
寧々は踏み込まない。踏み込めない。だから、だからこそ、寄り添った。
プロにはまだ届かないが、何よりも彼とは違い本来あるべき本物がある。歌詞から、声から、指先から、様々な情景を想起させる、現実と切り離す歌声。
コーラスの高まりで、寧々がこちらに向き直った。
そして、まるで口づけのようにマイクに顔を寄せてきてハーモニーを真音の声に絡める。寧々の歌声に支えられ、手を引かれながら、道が開かれたような錯覚を覚えつつ暖かな時間を過ごす。
理由は分からないが、涙で歌声が埋もれそうになる。今だけはずっと歌っていたかった。
後から来る羞恥心とその瞬間に訪れる羞恥心。どちらがいいのだろう。
真音は、あの雨の日のことを思い出すたびに、顔が熱くなった。土砂降りの雨の中、知り合うには見つかりっこない道だったはずなのに。
何故、よりにもよって寧々に見つかったのだろう。何で素を見せたのだろう。何で、彼女に触れて歌った時あんなことを――――
「ァァアアァァァァァァァァァァァァ」
穴があったら入りたい衝動に駆られる。
思い出すたびに、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてくる。なんであんな感情を抱いたのか。しかも、寧々の前で。彼女はきっと、自分の尋常じゃない様子に気づいていたに違いない。
呆れ顔でこちらを見ている少女に真音は吐露する。
「黒歴史ってあるだろ?」
「急に何?」
伽藍洞のセカイにて、ミクの膝を枕にした真音は腕で顔を隠しながら続ける。
「人間生きてればうわーやちゃったみたいなこと結構出てくると思うけど、今回のは5本の指に入る黒歴史だ。まさか寧々の前であんなに感情的になるなんて………」
次からどんな顔をして会えばいいのだろうか。
結局あの寧々と歌い終わった後、無言に耐え切れず真音は帰宅した。青龍院から謝罪の電話が入っていたが取る気にもならず、スマホを放り投げた。奏は真音のことを心配していたが、取り繕うことはなく無視してシャワーに入り眠りについた。朝になって速攻でセカイに入りミクに相談を始めたのだ。
「よかったと思う」
ミクが真音を見下ろしながら言う。
「何がだよ?」
「今の真音は顔色がいい。少し変わったと思う」
何も変わったつもりはない。しかし、ミクは変わったと言う。不思議な存在だなと改めて思う。そう言えばミクは曇るのだろうか?感情があるように見えるけど。
「………俺、新曲の仕事受けることにした」
それはReLightの柊から頼まれていた新曲制作の仕事だ。受けようと思った理由は二つ。一つはちょっとした気まぐれ。もう一つは、自分が素で苦悩することを確信しているから。作曲、作詞の仕事で苦悩して姉に縋りついたらどんな顔をするのだろうと想像して楽しくなってしまったのだ。
真音がミクにこれを話したのは少しだけ試したくなったから。
「ずっと断ってた作詞作曲?」
「ああ、だけど、やっぱりやるべきだと感じた。俺は彼の息子だからね。作るよ」
ミクは相変わらず真音のことを無表情に見つめている。まるで人形だ。本当に中身が入っているのだろうか。
真音がミクのスカートを捲る。
「うん、中身はあるな」
スカートの中身は見えなければ芸術だと誰かが言った。それはチラリズムと呼ばれる思想であり、ふとした瞬間に、ほんの少しだけ見えることで、官能的な魅力を感じたり、さりげなく見えることで風情があるという考え方だ。
しかし、見えてしまったとしても想像の余地がある。ミクが腕を振りかぶっているが、そう、この後どうなるかという想像の余地が―――
平手打ちの衝撃音がセカイに轟いた。
《突然のDM失礼いたします。
以前ご依頼いたしました柊です。
この度、私がプロディースしているアイドルユニットReLightの新曲制作にあたり、YM様の生み出す音楽の世界観に強く惹かれ、ぜひYM様に作詞作曲をご依頼したくご連絡差し上げました。
これは双方にとって益のある提案だと確信しています。私たちが目指す楽曲の方向性を押し付けるつもりはありません。ReLightを見て、私と話し決めていただきたいと思います。3度目の連絡で恐縮ですがご検討ください。
柊》
真音君バナーの一つ目は終わりです。
次は掲示板の反応をやります。
カウンセリングで落ち着きましたが、真音君の問題はなにも解決してないんですよね。