3・11の津波で死んだ、お姉ちゃんの片方だけの赤い長靴を抱いて、おばあちゃんは泣いてばかり。
 7年目のけじめをつけようと、家族みんなで岩手に行くことに。
 長靴でお姉ちゃんのお墓を作ろうと、夜こっそり抜け出した僕に、一人の女の子が声をかけてきた。

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赤い長靴と空色ランドセル 赤い靴⑥(優しい幽霊・5800字)

ぼくがお父さんと買ってきた空色のランドセルを見たおばあちゃんは、突然泣き出した。

 

小さな仏壇のまえで、片一方の赤いゴム長靴を抱えて、まぶたが腫れ上がって開かなくなるまで泣き続けた。

ぼくには、男の子は泣くんじゃないって言うのに。

ぼくは、おばあちゃんがあんなに泣いたのを初めて見た。

 

「六年分がまんしてたんだ。許してやろうよ、タッくん」

とお父さんが言った。

 

長靴は死んだお姉ちゃんの靴で、中に“いわいはるか”とマジックで大きく書いてある。お姉ちゃんの物はこれ一つしかない。

それ以外はすべて3・11の震災のツナミに持ってかれた。

町も、家も、アルバムもみんな無くなった。

 

以来おばあちゃんとぼくは、お父さんの仕事先の東京で暮らしている。

ぼくはその時まだ赤ちゃんで、その時の事は何もおぼえてない。

 

写真は、たまたまお父さんが財布に入れてた、赤ちゃんのお姉ちゃんを抱っこした、若くて綺麗なお母さんのが、一枚だけ。

だから、ぼくのお母さんは写真の女の人で(ホントはもっと太ってたらしい)お姉ちゃんは、僕の中で赤ちゃんのままだ。

 

でもあの時お姉ちゃんは、ぼくと同じかぞえで七歳だったんだ。

 

 

おじいちゃんが早くに死んで、おばあちゃんは、女手ひとつでお父さんを育てた。

でも本当は、女の子が欲しかったんだって。

 

だから、初孫のお姉ちゃんが生まれて、すごく喜んで女の子色の赤ばっかり着せたんだ。でも、お姉ちゃんは、それが嫌だったみたい。

 

だから、おばあちゃんと、ランドセルの事でケンカをした。

お姉ちゃんは、赤いランドセルじゃなくて、ぼくと同じ空色を欲しがったんだ。

 

「おばあちゃん、赤ばっか選ぶんだもん。

それに、何でもマジックで名前書くからカッコ悪いから、ヤダ」

 

お母さんも、「はるかの好きなのを選ばせてあげて」と言ったので、おばあちゃんは怒って、お母さんを、ものすごく怒鳴ったらしい。

いつもそんなだから、優しい気の小さいお母さんは、ストレスで食べ過ぎて太っちゃったんだって。

 

「おばあちゃんのバカ!大キライ」

お姉ちゃんはそう言って、お母さんと二人でランドセルを買いに、車でお店に向かった。

 

スネたおばあちゃんが、家でぼくとお留守番をしてたとき、地震が起きた。

 

午後二時四十六分。お祖父ちゃんの位牌とぼくを抱いて、高台に逃げたおばあちゃんと、単身赴任で東京にいたお父さんは、無事だった。

 

でも、ランドセルを買いに行ったお母さんとお姉ちゃんは、車ごと波に連れてかれて、今も見つからない。

 

 

お姉ちゃんの靴は、ガレキの中に片一方だけあったのを、知り合いの消防団の人が拾って持って来てくれた。マジックの名前のおかげだ。

 

おばあちゃんがどうしても嫌だと言うから、二人のお葬式はしてない。

だからお墓もない。お姉ちゃんの長靴がお墓の代わりなんだ。

 

「みんなで岩手に行かないか?もう六年だ。区切りつけんとな」

お父さんが言った。

 

 

 

 

二○一七年二月十一日。ぼくは、ランドセルを背負って、おばあちゃんと一緒に飛行機に乗って、東京から岩手県にむかった。お父さんは一日遅れで来る事になってる。

 

三月十一日に来たかったけど、どうしてもうまく休みが取れなかったので、一ヶ月早くしたそうだ。

ほとけ様の事は、なんでも早めにするから、六年めなのに七回忌っていうらしい。

 

 

夜は、お父さんの友達の家に、泊めてもらう事になった。お姉ちゃんの長靴を拾ってくれたおじさんの家だ。娘さんが、お父さんと同じ会社の人なんだって。

 

新しいその家は、丘の上にぽつんと一軒だけ立っていた。

「みんなツナミの後帰ってこない」

おじさんはさみしそうにいった。

 

おばあちゃんと、お家のあった所へお花を持って行った。

平らな白い雪の中に、家の形に石がポツリポツリと残ってるだけだった。

 

「何にもないね」

ぼくが言うと、長靴を抱いておばあちゃんは、また泣いた。

 

 

 

 

その夜、おばあちゃんと星を見た。満月がきれいだった。

 

東京でもおばあちゃんは、いつも夜空を見上げていたけど、星はあんまり見えなかった。町の灯りが強すぎたからだ。

今日は満月が明るくて、星は少し負けてるらしいけど、ぼくが今まで見た中で、一番きれいだった。まわりに明かりがなくて真っ暗だからだ。

 

 

大ぐまのあしを きたに

五つのばした ところ

子熊のひたいの うえは

そらのめぐりの めあて

 

北斗七星を指しておばあちゃんが歌う。“星めぐりの歌”。

おばあちゃんが、子供の頃歌った、宮沢賢治という人の歌だ。

 

「あの日の夜、高台の上で、怖くて寒くて、心細くて。

ツナミに呑まれて、何もかもなくなってしまって、これから先、どうなるんだろうって。

 

でも、空を見上げたら、子供の時に見た降るような星空……。

なんてきれいなんだろうって思った。

 

こんなに悲しいのになんで星はこんなにきれいなんだろう。

人はこんなにちっぽけで、天はこんなに大きくて。

見てたら、だんだん気持ちが優しくなって。

 

ひとつひとつの星が、がんばれーって言ってる気がして。

そうしたら、これ歌ってたの。

あの日の事で、思い出すのは星がきれいだったってことだけ。

 

本当はおばあちゃん、東京の生活、つらいんだ。岩手と違いすぎるんだもの。

言葉ちがうし、知ってる人いないし、東京じゃ、星なんて見えない。

帰っても何にもないのわかってても、それでも帰りたくて。

いつもイライラして、タッくんに怒ってばっかで本当にごめんね。

 

みんな“もう六年”って言うけど、おばあちゃんには“まだ六年”なんだよ。

あの時、はるかと、ケンカなんかするんじゃなかった。

お姉ちゃん、一度も夢に出てこないんだ。おばあちゃんの事怒ってるんだねえ」

 

 

初めて聞く、おばあちゃんのツナミの話だった。

 

おばあちゃんは、決して、みんなが死んだと言わない。

膝の上の片っぽだけの長靴を抱えこむ。

おばあちゃんの声以外、しんと静かでぼくの吐く息が白い。

声まで凍っちゃいそうだった。

 

だから、ぼくのナイショの決心もますます固くなっていた。

 

「ほら、二人とも家に入りな。今夜は小正月の満月だからな、外出ちゃ行かんよ。

雪女が出るからな」

おじさんが迎えに来てそう言った。

 

「雪女って何?」

初めて聞く名前に、ぼくがそう聞くと、おじさんは教えてくれた。

 

「雪女はな、小正月の満月になると、雪ん子と一緒に月から降りて来て遊ぶんだと。

昔っから十五夜の晩は雪女が出るから、遊んでないで早く帰れって言うのさ。

悪さをするとは聞かんけど、雪女は子供が好きだそうだから、あっちの世界に連れてかれるかもしれんよ。さあさあ家に入れ、あったかい鍋作ったから」

 

 

悪さしないなら、平気だよね……ぼくの決心は強く固まった。

 

夜遅く、みんなが寝たのを確かめて、ぼくはランドセルを背負って外に出た。

 

ランドセルの中には、お姉ちゃんの赤い長靴と、100円均一で買ったスコップが入っている。

雪が固く凍って乗っても沈まないので、ぼくは滑りやすい道を歩かず、雪の上を真っ直ぐに、昼間行った家の跡地へと走った。

 

昼間の花は、凍って霜の花になってた。ぼくはスコップで穴を掘り出した。

雪も、その下の土も思ってたよりずっと固くて、汗だくになって掘ったのに、半分も掘らないうちに、スコップが折れてしまった。

 

「バカ!」

ぼくは、折れたスコップをたたきつけて、座りこんだ。

涙と鼻水がとまらず、ホッペに張り付く。体がどんどん冷えていった。

 

「なにやってんの?」

突然声をかけられて、びっくりして振り向くと、赤いヤッケを着た、ぼくと同い年ぐらいの、女の子が立っていた。

 

「きみだれ?」

 

「アタシ、近所に住んでるの。長靴無くしちゃって、探してるんだ。

でも、見つかんなくて。ねえ、手に持ってるその長靴、ちょっと貸してよ。

アタシの家に着いたら返すから。すぐそこなんだ」

 

見ると、女の子は長靴を片方しかはいてなかった。寒そうにケンケンしてる。

 

「すぐ返してよ」

ぼくは、しぶしぶ靴をかした。

 

「サンキュー、こっちだよ」

女の子はサッサと雪の上を歩き出し、ぼくは後をついて行った。

 

お月さまが真上にきて、昼みたいになんでも見えた。

あとはサクサクって足音だけが聞こえる。

 

「ね、なんで穴掘ってたの? 宝物でも埋まってた?」

 

「ちがうよ、お墓掘ってたんだ」

 

「なんのお墓?埋めるような物なかったけど」

 

「その長靴、死んだお姉ちゃんのなんだ。お姉ちゃんのお墓作ってたんだ」

 

「もしかして、3・11の震災?」

 

「うん。でも、おばあちゃんは、死んだって絶対言わない。

お葬式もしないで、その長靴見て泣いてばっかりなんだ。

おばあちゃんは、ぼくよりお姉ちゃんの方が好きだから。

死んだのがぼくならきっとあんなに泣かないよ。」

 

「えー? 何でそう思うの」

 

「だってそうだから。ぼくは、おばあちゃんの嫌いなお母さん似なんだ。

“男のくせに、泣き虫で、あの女ソックリだ”って。

お姉ちゃんは、おばあちゃん似で、強かったんだって。

ぼく、ずーっとお姉ちゃんがうらやましかった。

 

だからお父さんから『お姉ちゃんが、空色のランドセル選んだ』って聞いて、ぼくも同じの欲しくて、ねだって買ってもらった。

 

そうしたらおばあちゃん、泣いちゃって、あんなに泣くなんて思わなかったんだ。

 

それで、お父さんが、“けじめをつけよう”って言いだした。

岩手に行って、お葬式して、お墓立てようって。

きっとお墓があれば、あきらめて、おばあちゃん泣かなくなるんだ。

でも、岩手にきたのに、まだ嫌だって聞かないんだ。

 

だから、長靴無ければ、きっと泣かなくなると思って、それで長靴でお墓作れば良いって思った。うまくいかなかったけど」

 

「ふーん。おばあちゃんの事、そんなに好きなんだ」

 

「うん」

 

なんで、知らない女の子にこんな事話してんだろ? 

鼻水すすりながらぼくは不思議だった。

そのくせ心がなんだか軽くなっていた。

 

「ほら、ここアタシの家」

いくらも歩いてないのに、家についた。

昼に見たとき、この辺に家は無かった気がしたけど……。

 

「ほら、入って」

女の子はさっさと家に入った。

 

「長靴返してよ、ぼくもう帰るよ」

玄関でランドセルを下ろして、ぼくは手を差し出した。

 

女の子はにやっと笑うと、ぼくのランドセルを取り上げて、ひょいと背負った。

 

「にあうでしょー?」

 

「何すんだよ、返してよ!」

 

 

「取り返してごらん」

 

女の子は、さっと廊下の向こうへ消えた。

あわててぼくは追いかけた。

それから後は、もう鬼ごっこだ。家中逃げ回る女の子を必死で追いかけた。

おかげで冷え切った体が、すっかりぽかぽかしてきた。

 

不思議な家だった。夜中に子供が騒いでるのに、大人が誰も出てこない。

そして、とても古い感じがする。おじさんの家は新品だったのに。

 

そのせいか、どの部屋もどこの空気も、とても安心できて、幸せな匂いがした。

南向きの縁側。ソファーと、おっきなTVと、ストーブのあるリビング。

片っぽ目玉のダルマさん、水戸の偕楽園のハガキ入れ。

重くてすごく大きい食器棚の上の、干支の置物はうさぎ。

カレンダーは二○一一年の三月(あれ?)。

 

台所の下の物入れには、梅干しと、梅酒がたくさん入ってて、上の方に神棚。

隣の部屋は、仏壇のあるおばあちゃんとおじいちゃんの部屋で、昔、おじいちゃんが取った、ゴルフのトロフィーと、賞状。コタツがあって……

(へんだなぁ、どうしてぼく知ってるんだろう?)。

 

階段上がると、右がお父さんとお母さんの部屋。

左が……お姉ちゃんの部屋。

 

あの子はそこにいた。

 

「みーつけた!」

 

ぼくはあの子の手を捕まえた。でも、そこに手はなかった。何も無かった。

 

「残念、お終いかぁ。タッくんに捕まっちゃった」

 

途端に家が消えて、ぼくはもとの家の跡地の、掘りかけの穴のところに戻ってた。

家の石の内側の雪に、ぼくの足あとだけが、グルグルと回って着いていた。

ランドセルも、何もなかったみたいに、もとどおりぼくの背中にあった。

 

女の子の服と、体が白く透きとおっていた。

 

「ランドセル貸してくれてありがとうね。私、一度も背負えなかったの。

お店に着く前に津波にのまれちゃったから」

女の子は赤い長靴をぬいだ。

 

両方に“いわいはるか”とマジックで書いてあった。

 

「これで、お墓作ってね。迎えが来たから、アタシもう帰るね」

 

気がつくと、白い、沢山の女の人と子供達に、ぼくはかこまれていた。

雪女と雪ん子達だった。そのうちの一人が、ぼくの方へ、滑るように近づいて来た。

 

連れてかれる、どうしよう!

 

「タッくんは、連れてかないでください」

 

別の雪女が割って入った。あの写真の顔の女の人だった。

体は、激しくぽっちゃりだったけど。

(ぼくは、父さんが昔の写真を、大事にしてた訳がやっとわかった)

 

あの雪女は、残念そうにゆっくり下がって行った。

 

そのうち雪女たちは、月の方へ向きを変えて歩き出した。

あのぽっちゃりの女の人も、いわいはるかちゃんも。

 

「タッくんバイバイ」

はるかちゃんが、白い手をふる。

 

「お母さん、お姉ちゃん……行かないでよう」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりなから、ぼくはおばあちゃんのように長靴を抱きしめて大声で泣き続けた。

ぼくを探しに来たおじさんが、その声を聞きつけて、見つけてくれてもまだ泣き続けた。ぼくはおばあちゃんの泣く気持ちがやっとわかった。

 

ぼくの目も、次の日まぶたが腫れあがって、開かなくなった。

 

 

ぼくの話を聞いて、おばあちゃんは、ぼくの見た家は、3・11でツナミにさらわれた、ぼくの生まれた家だと教えてくれた。

 

ぼくは家も幽霊になるのかと、おどろいた。

 

次の日、遅れてやってきたお父さんは、おじさんの娘さんと一緒だった。

二人は初めから示し合わせて、おじさんに結婚を許してもらうために今日来たのだ。

 

「何が『区切りをつけんとな』だよ」

あきれ果て、おばあちゃんはへたり込み、ぼくもビックリしすぎて、涙が引っ込んでしまった。

 

おばあちゃんは、やっとみんなのお葬式をあげて、納骨壇という、小さなお墓を買い、お母さんの写真とお姉ちゃんの長靴を、そこに納めた。

東京の仏壇には、新しく位牌が二つ増えて、おばあちゃんは、毎日ナムナムと線香をあげてる。

 

 

 

あれから二年。僕は空色のランドセルを背負って、毎日学校に通ってる。

新しくきたお母さんは、今九ヶ月で、お腹が大きくてすごく大変そうにしてる。

 

「また男なのかい」

おばあちゃんはため息をつくけど、ぼくは来月、弟に会うのがたのしみだ。

 

お父さんは、産まれてくる弟のため、タバコとお酒をやめた。

お母さんが、「赤ちゃんを岩手で育てたい」と言ったから、お金を貯めてるんだ。

 

イロイロあるけど、いつか岩手に帰ろうと、みんなで頑張ってる。

おばあちゃんは今でも、夜に星を見上げて、ツナミに消えたみんなの事を思い、

ぼくは、お月様を見て、お母さんとお姉ちゃんを思う。

 

 

 

 

※2019年3月11日放送の、NHK震災ドキュメンタリー「あの日の星空」を参考にしました。亡くなられた方々の冥福をおいのり申し上げます。

 

 

                              原案 遠野物語一〇三「雪女、小正月の行事」

 

 

 

 

 

 


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