「コーラください」
「はーい!」
店員さんにドリンクチケットを差し出してコーラを受け取る。
「本日はどのバンドをご覧に?」
「ざ・はむきたすです」
「そうなんですね!彼女達最近凄く頑張ってて…学校のお友達ですか?」
「いえ!そういう訳ではないんですが…」
そう言いながらステージ上を振り返る。
「知り合いから良いバンドだと聞いたので」
【ざ・はむきたす】リョウさんが結束バンドに加入する前に所属していた(私の中で)伝説のバンドである。まっすぐで青臭い歌詞が好きなバンドであったと絶賛されており、方向性さえ間違えなければリョウさんが結束バンドに入る事はなかっただろう。
前世ではバンドが解散する直前にライブを見に行っていたが、リョウさんのビジュアルが目当てであった私はしっかりと曲を聴いた記憶はない。今考えれば売れ線に走った時点で耳触りは良くとも記憶に残るような曲にはならなかったのだろう。
そんな今しか聴けない全盛期の輝きを拝めるとなれば足を運ぶ価値は十分にある。
その場で5分ほど立っているとライブハウスの入り口に学生と思われる集団が現れ少し騒がしくなり始めた。チラリと視線を向けるとよく見知った顔がいる事に気付く。
(虹夏先輩⁉︎)
周りにいるのはクラスメイトだろうか?楽しそうに談笑している。この時期は別々のバンドに所属していた筈だがリョウさんに頼まれチケットノルマの達成に協力しているのだろう。
私は表情に驚きが出ないように努めながら慌てて顔を逸らした。
(あれ、あの子もしかして…)
だからだろう。そんな私の顔をチラチラと見る虹夏先輩の視線に気付く事は無かった。
「皆さんこんにちは〜!ざ・はむきたすで〜す!」
そうして始まった彼女達の演奏は確かに目を惹くものがあった。未来への希望に溢れ、先が楽しみだと素直に思えるいいバンドだった。
私が何か行動を起こせば彼女達の解散という未来を防げたかもしれない。しかしそれを分かっていて敢えて何もしなかった。
彼女達には悪いが〝可能性を感じる程度〟のバンドにあの天才山田リョウを埋もれさせる訳にはいかない。我ながら非情な判断だとは思うが山田リョウの居場所は結束バンド以外あり得ないのだ。
演奏を聴き終わった私は人混みから抜け物販に足を向ける。少し探すと案の定グッズが大量に置かれているのを発見した。
「この青のやつ全部ください」
「全部ですか!?」
結束バンド以外のリョウさんのグッズはこの時期を逃したら2度と手に入らない。買い占めに走るのは当然であった。
パンパンに詰め込んだバックを抱えライブハウスを出ようとすると背後から声を掛けられた。
「こんにちは〜」
声に反応し振り返るとよく見慣れた顔が目に入る。
「音楽ライターをやっている佐藤愛子と言います。お話聞かせて貰えませんか?」
「「…………」」
思わぬ再会とキャラ付け前の名前である事に気を取られ少し返答が遅れたが愛子さんが悪い人でない事はよく知っている。
「名刺とかは…」
「あっ、はい!どうぞ!」
愛子さんは慌ててバックに手を入れ名刺を差し出す。私をそれを両手で受け取りながら近くのカフェを指差した。
「落ち着いて話せる場所に行きませんか?」
「…!そうですね!」
愛子さんは普段余程取材相手に恵まれていないのだろう。取材に協力的な様子を見せると露骨に機嫌が良くなった。
「ごゆっくりどうぞ〜」
飲み物が届くと愛子さんは早速とばかりに身を乗り出しペンを取り出した。
「早速ですが…喜多さんは現在、どの事務所にも所属していませんよね。それには何か理由があるのでしょうか?売り込みをせずもスカウトの話は来ていたと思うのですが…」
「実は事務所選びで悩んでいまして…相談出来る相手もいないですし…」
「ッ!それならお力になれると思います!」
愛子さんは目を見開いて立ち上がった。ミュージシャンの力になるためにライターになった彼女からすればこの流れはまさに望んでいた展開そのものだろう。
「本当ですか!?ある程度自由に活動させてくれそうな小さなレーベルとかが良いんですが…」
「任せてください!心当たりはいくつかあるので探してみます」
「連絡先の交換お願いして良いですか?」
「是非!」
彼女の善意を利用するようで申し訳ないが、ストレイビートに入るためにはこれが一番手っ取り早い。
「しかし今日はなぜあの箱に?見た限り目を惹くようなバンドは無かったと思いますが…」
一方的に知ってる人がバンドにいるから。とは少し言いにくい。
「そうですかね?私は凄く楽しめましたよ」
そう誤魔化しながらグッズでパンパンになったカバンを見せる。すると愛子さんは何かを悟ったようにため息をついた。
「どうかしましたか?」
「喜多さんが推すならそのバンドはきっと売れるんでしょうね」
いやもうすぐ解散しますけど?などと言える訳もなく私は黙って話を聞く。
「最近推し出したバンドが売れずに辞めていく事が重なって…私にはライターとしての資質が無いんでしょうか」
愛子さんが今日見たバンドで売れるようなグループは恐らく無い。なのでその審美眼は正しいのだがグッズを買い込んでいる私が何を言っても説得力はないだろう。
「そうですね…この後お時間ありますか?」
「特に予定はありませんが…」
「少しここで待っててください」
そう言って喜多さんは去っていった。突然の事に呆然と背中を眺めながら私は初めて彼女を知った時のことを思い出す。
『guitar hero apprentice』
数ヶ月前そのアカウントは突如として現れた。
中学生がプロ顔負けの超絶技巧でギターを弾くというミスマッチな絵面は視聴者の中で話題となり、その噂は私の耳にもすぐ届いた。記事のネタになればいいなと軽い気持ちで配信を覗いたが私の予想はいい意味で裏切られる事になる。
(上手すぎる…!)
キレッキレのストロークとフィンガーピッキングの巧妙な使い分け、柔らかいアルペジオを紡いだかと思えば荒々しいストロークで激情を爆発させる。まるでギターが叫んでいるかのような演奏だった。
加えて彼女は演奏技術だけではなく作曲も超一流であった。自身で作曲したオリジナル曲は異常に高い完成度を誇り、投稿後瞬く間に再生数1000万回を突破。
更に唐突に始めたHIPHOPでもその才能を遺憾なく発揮する。荒廃した空想の世界観を表現したかと思えば年相応の青臭さすら感じる曲を作ったりもする。
色々手を出して中途半端な結果になってしまうのではないかという私の杞憂は一瞬で吹き飛ばされた。
一音楽ファンとしてとんでもない才能は発見したと心を掴まれた。そしてライターとしての私はこの才能を絶対に腐らせてはいけないと決意した。だがそんな私の決意を鼻で笑うように彼女は1人でどこまでも羽ばたいて行った。
メインチャンネルの登録者は日々増え続け、ライブ配信を行えば1万を超える同接を叩き出す。
何故か始めた美容系のサブチャンネルですらあっという間に登録者100万人を突破した。
まさに順風満帆といえる彼女だったが事務所に所属する気配がない事だけが唯一気掛かりであった。増え続ける曲の権利を守る為にも活動の範囲を広げる為にも事務所に所属しないという選択肢はない。
気にはなるが相手は今や業界を代表する音楽家でありインフルエンサーだ。それに比べて私はしがない三流ライターでしかない。仮に私が声を掛けたとしても相手からすれば怪しさ満点の不審者であり余計なお世話だとしか思われないだろう。
そんな悶々とした日々を過ごしていた中、いつものようにライブハウスでこれから伸びそうなバンドの取材をしていると良く見知った顔が会場の隅で佇んでいるのを発見した。
(何故こんなところに!?)
正直この箱のレベルは高くない。わざわざ聴きに来るようなバンドは無いはずだが喜多さんには何か別の景色が見えているのだろうか?
私はいつも以上に気合を入れバンドを観察したが学生が趣味の延長線でやっているようなバンドとしか思えず売れるようなバンドを見つける事は出来なかった。
だが曲を聴き終わった喜多さんは実に満足した様子であった。それだけでなく大量のグッズまで買い漁り、次のライブの予定日まで聞いている。あのバンドの演奏が彼女の琴線に触れていたのは確かだった。
上機嫌にライブハウスを出る姿を見た私はその理由がどうしても気になり、気付けばその背中を追いかけ声を掛けていた。
そんな訳で今に至る訳だが………
(どこに行ったのかしら?)
私を励まそうと何か食べ物などを買ってきてくれているのだろうか?思えば最初から彼女は私に対して何故か好意的だった。
正直私の何が彼女に好印象を抱かせる事になったのか全く見当が付かないが、何度も顔見せして顔を売っていこうと思っていただけにとても嬉しい誤算だった。
そうしてしばらくその場で待っていると喜多さんが何やら小さめのケースを背負って歩いてきた。
「あの…それは一体?」
私の疑問に喜多さんは背負っていたケースを下ろしジッパーを開いた。
「ウクレレです」
「ウクレレ。」
まさか演奏を披露してくれるのだろうか?確かに似た部分はある楽器だがコードの抑え方が全く違う。配信では練習している素振りなどは一切無かったが…
「近くの楽器店で買ってきました」
「喜多さんウクレレも弾けたんですか?」
「いえ、実は今日初めて触りました。前々から興味はあったんですけど…」
練習に付き合ってほしいという事だろうか?だとしたら喜多さんのウクレレを世界で一番最初に聞くのは私という事になる。ファン冥利に尽きるというものだ。
「私に出来る事があれば何でもお手伝いしますね!」
するとまるで私がそう言う事が分かっていたかのようにすぐさま返事が帰って来た。
「ありがとうございます。ならこの後少し付き合ってくれませんか?」
「えっ?あっ、はい…」
「それじゃあ行きましょう」
ニコニコと笑みを浮かべながら彼女はそう言うとスタスタと歩き始める。
「えっ?どこにですか!?あっ、ちょっと!待ってください!」
私は訳も分からまないまま慌ててその背中を追いかけた。
「次は⚪︎⚪︎駅〜」
そんなアナウンスを聞きながら駅を出ると既に日は落ちかけていた。家路に着く人々の流れに逆らうように私と喜多さんは人気の無い住宅地の坂を登って歩く。そのまま10分程歩くとどこにでもあるような小さな公園に辿り着いた。
「ここは…?」
「私が小さい頃によく連れて来て貰った公園です」
私の家はあの辺りです、と彼女は街並みの一角を指差す。
「いい景色ですよね。この光一つ一つが誰かの生きている証なんです」
私は景色を見下ろす彼女に何か声を掛けようとしたが、何を言っても薄っぺらい言葉にしかならない気がして口を閉ざす事しか出来なかった。
「それじゃあ始めましょうか」
「あの…私は何をお手伝いすれば?」
しばらく景色を眺めた後、ケースを下ろした彼女に恐る恐る尋ねると
「愛子さんは好きに歌ってみてください」
と返ってきた。
「いや恐れ多いんですが…」
「私なんて行きの車内で軽く弾き方を調べただけですから」
だから遠慮せず歌ってみてください。そう言いながらウクレレを弄り始める喜多さんだったがその手つきは普段の様子からは想像が付かないほどたどたどしい。
だがそれが
楽器には始めたてにしか出せない音というものがある。喜多さんなら半月も練習すれば初心者の域は完全に抜け出しているだろう。つまりこの音は今日この時を逃せば二度と聴けない。
「適当に弾きますね。歌詞が分からなければ言ってください」
そうして奏でられたのは日本人なら誰もが一度は聞いた事があるであろうジブリの有名曲だった。イントロを聴きながら改めて街並みを眺めると最近帰っていない実家の事が頭をよぎる。
未だに恐れ多い気持ちはある。だがそれ以上に今この場でこの曲を歌ってみたい。音楽を愛するものとしてそんな欲望に抗う事は出来なかった。
イントロの終了と共に私は大きく息を吸い込んだ。
正直読み専業に戻ろうとしたんですが反響が大きすぎたので続きました。遅筆というレベルではなくて本当にすいません(汗)
1話の描写に少し変更がありまして、死ぬ寸前で魂を知覚した描写を追加しました。それにより音楽の能力が微妙に上方修正されました。
参考までに。喜多ちゃんは結束バンドに
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入ると思う
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入らないと思う