初夏のある休日、しずくはかすみにお台場へ出かけようと誘われる。ショッピングを楽しんだり、ファンの人たちと触れ合ったり。過ぎ行く時間の中で、しずくの白いロングスカートとかすみの白いポロシャツはその風景に合わせ色を変えていく。最後にまとうのは、きっとあなた色。

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お散歩はあなた色をまとって。

 新橋の駅で待つ。いつの間にかそれもルーティーンのようになっていた。

 一緒にお台場に行こうと誘ってくれたあの人は、大抵私よりも少し遅れてやってくる。それは仕方がない、電車の時間もあるし、気にするほどの待ち時間でもないから。

 そう、平日に一緒に登校したり、休日でもなにかあればここで集合したりするものだから、どれくらい待てば彼女がやってくるか、肌感覚でわかるようになってきた。

 ホームの看板前に到着して一息つく。買ってきたお茶で二回ほど喉を濡らして、バッグに戻してまた一息。ついでにスマートフォンを取り出して、黒い画面に反射する自分を見ながら前髪を整える。こんなものかと携帯を下ろし、ゆっくりとエスカレーターの方を向けば。

 ほら、ちょうどそのタイミングで、シルバーアッシュの髪色が徐々に上がってくるのが見えてきた。

 私と目が合ったのに気づいた瞬間、彼女は口元を緩ませて軽く手を振ってくれた。早歩きでこちらに寄ってくる。

「ごめんしず子、待った?」

 かすみさん。私の、大切な友達。

「ううん、私も今来たところ」

 まるでフィクションみたいだ。

 電車はさっき行ってしまって、次の出発までまで多少時間がある。改めてかすみさんの方に目を向けると、ふと珍しい印象を受けた。髪型を変えているわけでも、メイクが普段と違うわけでもなさそうで、なら服装かな、と思う。

「どしたのしず子、そんなじろじろと」

「ああ、いや……今日のかすみさん、なんだかいつもと違う気がして」

「そーお? んー……服装かなぁ?」

 そう言いながら、後ろに下がってくるりと回り、決めポーズまでしてくれた。プライベートで私服を見せているだけとは到底思えない動きで、これがプロ意識なのかしらと感心する。

 今日のかすみさんは真っ白な半袖ポロシャツをタイトスカートに入れて、肩からポシェットを提げたはつらつとした印象のコーディネート。いつもかわいいを意識している彼女にしてはちょっと元気な格好だなと思った。

「かすみんのかわいいはイッペントーじゃないんだよね~。こういうボーイッシュ的なかわいいもできるってこと知らしめなきゃ!」

 良い心がけだけれど、今日知らしめられる相手は私一人しかいない。

「そういうしず子はわりといつも通りって感じ? 落ち着いたお嬢様系みたいな」

 反面、私はふわりとした大きめのブラウスに、体の半分くらいを覆う真っ白なロングスカートで露出度をかなり低くしている。言われてみればいつも通りではある気もして、今度は挑戦してみようかなと思いつつ。

「……なんか、私たち季節感全然合ってないね」

「多分暑くなると思うよ? しず子」

 だって、家を出たときは涼しかったんだもん。

 

 *

 

「そういえばかすみさん、今日はなにしに行くの?」

 ゆりかもめのガラガラとした振動に揺られながら、隣に座る彼女の方を見る。遊びに行こうとは言われていたけれど、要件までは特に聞いていなかった。

「うーん……散歩、かなぁ」

「散歩?」

 実際のところ、別に目的があるわけではないのだろう。それは要件を伝えずに誘ってきたことからもなんとなく想像できる。それでも、とりあえずの言葉に散歩を選んだことが意外だった。

「もちろんいろいろお店も見たいけど、たまにはお台場の方をゆっくり見て回るのもいいかなーって。あ、もちろんしず子も行きたいとこあったら遠慮なく言ってね?」

「う、うん……わかった」

 なにか企んでいるのだろうか。それにしてはあまりにも自然体というか、彼女に思惑があるときはもっとわかりやすい。

 ただ少し考えて、これ以上裏を読もうとするのはやめることにした。誘ってくれた友人のことを疑うなんてひどく失礼だし、せっかくの楽しいおでかけに余計な気を遣うのも嫌だったから。

 隣に座るかすみさんは不思議そうな顔をしていて、やはりその表情から考えを読み取ることはできない。純真さが気まずくなってふいと顔を背けたくなったとき、ちょうどよく車内アナウンスが取り持ってくれた。

「次は、台場です」

 

 *

 

 駅からアクアシティ前のデッキ、ウエストプロムナードに降り立つ。休日の昼前というのも相まってか、人通りもそれなりに多くなっていた。

「ご飯にもちょっと微妙な時間だし、どうする?」

「とりあえずアクアシティ行こうよ。デックスの方まで見てればちょうどお昼くらいになってるでしょ」

 そうやって何気ない足取りでアクアシティのドアを開く。

 中規模とはいえショッピングモール、中には多くの店が立ち並んでいる。しかし特に目的がないものだから、流れゆく店を流し見しながら人の流れに沿い続け。隣で歩くかすみさんの顔がだんだんとばつの悪そうな表情になってきて、そんなに気にしなくてもいいのにな、と思った。

「──あ、ここ」

 と、突然彼女が立ち止まって、一つの店を見上げ始める。そこはアクセサリーショップだった。

「あ、もしかして。前に愛さんが栞子さんと一緒に来たっていう……」

 前に栞子さんが見たことのない髪飾りを着けていて、聞いてみれば愛さんと一緒に出かけたときに買ってもらったのだと、照れた笑いをしながら教えてくれたのを思い出す。店の名前までは聞かなかったけれど、アクアシティにあるショップだと言っていたから、きっとここなのだろう。

「ちょっと入ってみる?」

「うん!」

 店内には髪飾りだけでなく、イヤリングやピアス、ネックレスにペンダント、あるいはシュシュにかんざしと、アクセサリーと呼ばれる小物類はほとんど揃っていた。デザインも飾りがあしらわれた華美な物から、シンプルなシルバー、ゴールド単色の物まで。小物とはいえ奥深く、十分に時間は潰せそうだった。

「そーいえばしず子は普段あんまりヘアピンとか着けてないよね」

 かすみさんがカチャカチャと棚を漁りながら言う。確かに衣装のときは着けたりするけれど、普段着では着けてないな、とは思うが、しかしそもそも。

「そうだね。でもほら、私っていつもリボン着けてるでしょ? それでヘアピンまで着けたらごちゃごちゃしちゃいそうだなって……」

「そうかなー?」

 言いながら、これだって顔で一つを取り上げ、私のこめかみの方にそれを突きつける。

「うん、かすみんのセンスバッチリ!」

 満足そうににっこり笑って、そのヘアピンを手渡してきて。

「やっぱりしず子は青が似合うね!」

 それは、青い左向きの三日月。月は一重で、星だって輝いてはいない。

 それでも、私の鼓動が強まるには十分だった。だってそのモチーフは、あなたへの感謝の証だから。

 かすみさんはどんな思いでこのデザインを選んだのだろう。少しでもあの髪飾りを意識しただろうか。それともなにも考えず、青が似合うというだけで選んだのか。このドキドキも知ってか知らずか、彼女はまた棚に向き直ってアクセサリーを眺めている。

 金属製の三日月はひんやりとして、熱い私の手を冷やす。それを眺める視界の端で、かすみさんがこちらを横目に微笑んだような気がした。

 

 *

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 パリッ、とパンの袋が開かれる。

「ごめん、せっかくのおでかけなのにスーパーのパンで……」

「気にしないで、私もなにも用意してこなかったし」

 そう、今日のお昼はお台場のスーパーで買ってきた普通の総菜パン。かすみさんの今月のお小遣いが厳しいということで、飲み物とパン二つで300円くらいの質素な食事になった。次のおでかけのときには家からサンドイッチでも作ってこようかしら。

 いつか愛さんが歌っていたレインボー公園で腰を落ち着ける。この近くにはアパートやマンションがたくさんあって、休日ということもあってか親子連れでにぎわっていた。私の地元である鎌倉は東京ほど栄えているわけではないから、こういう都会の景色を眺めながら育つのも面白いだろうなと思う。

 初夏の風が涼しい。木漏れ日が垂れて寒すぎないのも快適で、ここなら何時間でも過ごせそうだった。どこを見るでもない、ただ正面に視線を向けたままぼーっとする時間が過ぎる。

「あ! かすみんだー!」

 心地のよさに意識が離れかけたとき、少し遠くから女の子の大きい声が響いてきた。油断していたし、まさか声をかけられるとは思っていなかったので、二人してびっくりしてしまった。

 声の方を向いてみると、トテトテと走る幼稚園児くらいの女の子と、その後ろからちょっと困った顔をしたお母さんのような人がこちらにやってきていた。

「かすみん! ほんものだー!」

「なになに〜? もしかしてかすみんのファン〜?」

「うん! がっこーでうたってるのみてね、すっごくかわいかった!」

「おー! どうしず子、こーんなちっちゃい子にもかすみんのかわいさ伝わっちゃってるよ?」

「ふふっ、よかったね」

 いつも通り調子のいいことを言いながら、なんだか慣れたような手つきで女の子の頭をなでている。スクールアイドルを始めてお互いいろいろなファンと関わるようになって、もしかするとかすみさんはこういう年代の子たちにも好かれているのかもしれない。その様子を見たお母さんからも安堵の色が見えた。

「ごめんなさいね、この子ライブを見てから毎日かすみんの動画見るーって言うくらいかすみちゃんのファンで……」

「ホントですかぁ!? うれし~!」

 普段のかすみさんを知っていると、この感じは外向けの顔だなぁと思ってしまう。別に悪いわけではないけど、作ってる感じがしてちょっと面白い。

「そうだ、サイン書いてあげよっか?」

「いいの!?」

「うん、ちょーっと待ってね~」

 そう言って、ポシェットからペンと小さな色紙を取り出し始めた。もしかしていつも持ち歩いてるのかしら、やっぱりプロ意識が凄い……。

「あれ、もしかしてあなたしずくちゃん?」

「へっ、あ、はい!」

 かすみさんの準備のよさに驚いていると、今度は私の名前が呼ばれた。かすみさんが目立っているとはいえ私までファンに見つかるとは思わなくて、一瞬間の抜けた返事をしてしまう。

 私を呼んだ人は、ちょうどさっきの子のお母さんと同じくらいに見える女性だった。

「やっぱり、前に藤黄と虹学で合同演劇祭をやってたでしょ? ウチの娘が藤黄の演劇部だから見に行ってたんだけど、私ったらしずくちゃんの歌と演技にすっかりやられちゃって!」

「──!」

 そう嬉しそうに話す女性を見て、その気持ちに触れて。瞬間、様々な記憶と思いが湧き起こってくる。

 泣いて悩みながら自分の気持ちに立ち向かおうと足掻いた日々。困難と挫折、それを乗り越えた先にあった景色。大切な友達からもらった生涯心を支えてくれるであろう言葉。私が変われた日。

 あれは間違いなく、私の人生を懸けた舞台だった。しかし吹っ切ったつもりでいても、やっぱりどこかには拒絶されることへの恐怖心もあって。

 だから、こうして面と向かって「良かった」と言ってもらえると。私の葛藤も苦悩も恐怖もなにもかも、すべてが肯定されたような気がして。

「ありがとう、ございます……!」

 私のこれまでの人生は全部無駄じゃなかったんだって。そう思えた。

「しず子も書く?」

 差し出された一枚の色紙とペン。このサインは求められたからではない、受け取ってほしいから書くサインだ。

 

「応援してるわね!」

「ばいばーい!」

 いい顔をして芝生の方へ戻っていく親子と女性に手を振りながら、二人並んで素敵な出会いの余韻に浸る。

 嬉しさのせいだろうか、いつの間にか火照った体に涼しい風が通り抜けて心地がいい。どこまでも幸福な時間にたゆたっていた。

 ふと隣に座る彼女を見る。すごく優しい顔だった。私と同じく、芝生で遊ぶ子供たちを見て、木漏れ日が真白なポロシャツへまだらに光を落として。

 ああ、と思った。やっぱり、この優しさが彼女の本質なんだ。

 いつか彼女にも自分が輝きを放つ場から退く日が来るだろう、それは避けられない。しかしそうして誰かの輝きを受ける立場になったとしても。

 それでも彼女は、きっと今日と変わらずに穏やかな笑みを向けるのだろう。そしてそのプリズムのような優しい輝きは、私のようにまた誰かの心へと差していく。

 ダイアモンドが輝くのは光を受けて反射するからであって、それ自体が光るからではない。かすみさんがそれを理解して歌ったかは知らないけれど、どうであれ、間違ってなかったんだ。

「さてと。ずっとここにいたら眠くなっちゃいそうだし、そろそろ行こっか」

 そう言って立ち上がり伸びをする彼女を見て、私も同じく伸びをした。

 

 *

 

 レインボー公園での時間のあと、私たちはダイバーシティに向かった。

 お台場の誇る大型ショッピングモール、虹学生含めこの辺りに学校のある学生たちにはとても馴染み深い施設で、朝に行ったアクアシティとデックス東京ビーチ、そしてヴィーナスフォートも入れたお台場三大ショッピング施設は学生たちの放課後を彩ってくれる大きな味方だ。

 ……とはいえ、今日はその巨大施設もほとんど通り過ぎるだけだった。いや、正確にはいろいろな店に入りはしたけれど、いいものを見つけては値段に面食らい、とぼとぼと店を後にするということを二人して何度も繰り返して、結局ただ通り過ぎるだけのウィンドウショッピングになった。

 海側の入り口からガンダムのいる大階段側の口まで抜けたとき、私たちの気持ちは同じだった。ショッピングはもういい。

「あ、かすみさん。アイドルがステージやってるよ」

「ホントだ、せっかくだし見てく?」

 私たちもよく使わせてもらうダイバーシティの大階段、ここはスクールアイドルだけでなくプロのアイドルやアーティストもイベントで使っていたりする。特に休みの日ならいつもなにかしらのイベントで閉鎖されているような印象だ。

 今日そこに立っていたのはおそらくプロのアイドルたちで、私もかすみさんも知らないグループだった。

 個人的に、スクールアイドルの強みは他からの影響を取り入れやすいところにあると思う。特に私たちはソロ活動が主で、グループのイメージに縛られるようなこともあまりない。

 他者を見れば見るほど、工夫を知れば知るほど強くなれる。プロのステージならなおさらだ。スクールアイドルをちゃんとやるなら、ただ見るだけでなく分析し、自分のステージの力にしたい。目に焼き付けよう。

 センターの位置に立っている落ち着いた雰囲気の女性がマイクに声を吹き込む。

「では、一曲目──」

 その一言だけで、大階段の景色が揺れたような気がした。

 

 *

 

 ダイバーシティの広場から夢の大橋までのそこそこある直線距離、私たちはなにも考えずただ一つの言葉だけで会話していた。

「凄かったね……」

「うん、凄かった……」

 凄かった。それ以上に形容しようがない圧巻のパフォーマンスだった。たった一回見ただけでは分析なんてしようがないほどなにもかもが緻密で、それに気づかせないほどの派手さと音楽の完成度、そしてグループとしてのまとまり。その全てが完璧だった。

「あーっ、なんか今になって悔しくなってきた! なんであんな凄いグループ知らなかったんだろ!?」

 ベンチに座ったかすみさんが急にわちゃわちゃと暴れだす。私も全く同じ気持ちだった。

 演劇もスクールアイドルも、部活を始めてからは同業の舞台を無意識に同じ目線で見るようになった。私がやるなら、私にもできるか、と。

 しかし今回は。なんだか久しぶりに純粋に楽しめた気がした。

 ふと海岸の方を見てみると、太陽は地平線に近く、世界は朝よりずっとオレンジ色に染まっている。お台場へ来てからもうずいぶん時間が経ったようだ。

 隣に座るかすみさんは先ほどのグループのことを熱心に調べていて、見習うべきだなと思いつつ。

「ねぇかすみさん、橋の真ん中の方に行ってみない?」

 夢の大橋は虹ヶ咲のある有明と台場を繋ぐ広く長い橋で、上から見れば波のように見えるタイルと不思議なデザインの街灯が特徴的な綺麗な場所だ。

 しかしその綺麗さと裏腹に、あまり人通りの多い印象はない。私の通る時間帯の問題かもしれないし、広いから人がそこまで目立たないだけかもしれない。なんにせよ、この日も人はほとんどいなかった。

「ずいぶん日も長くなってきたね~、ちょっと前まではもう暗くなってた時間じゃない?」

「そうだね、ちょうど日の入りくらいの時間だったかも」

 太陽自体はビルやマンションに阻まれて見えないけれど、その光は遮られてなお存在感を放っている。

 手すりに手をかけ、二人で暮れ始めたお台場を眺める。もうすぐで人の営みは終わり、穏やかに闇が広がっていく。今日が終わっていく。

 少しだけの沈黙の中に、もうお別れかもしれないという口惜しさが表れてきた。

 ……もう少しだけ、一緒にいたいな。記憶の中の真っ白なかすみさんを浮かべて隣を見る、と。

「わ……」

 夕焼け色。夕焼けの中に白が浮かぶ、そうではなくて、夕焼け色だった。

「どしたのしず子?」

「ううん、ただ……かすみさんの服が綺麗だなって」

「今更~? あ、そうだ。しず子写真撮ってよ!」

「写真?」

 言いながら、私から離れて軽く髪を整え始めた。

「そ! 今日あんまり写真撮れなかったし、かわい〜く撮ってよね!」

 そんなこと言われても……。そう思う間に、かすみさんは着々とポーズを作っていく。

 右腕は曲げて前、左腕は伸ばして後ろ、左足は浮かせて片足立ちになり、ウインクもバッチリ。例えるならゆるく走っているような躍動感のあるポーズ。

 どうしよう、撮られるのには慣れてきたけど、撮る側のことはよくわからない。ポーズがポーズだし全身が写るように撮ってみよう。

 パシャリとシャッターを押し、一応かすみさんに確認してもらう。写真の中の彼女も夕焼け色だったけれど、肉眼で見た方が数段綺麗だった。

「ホントはもっと寄りで撮ってほしかったけど……まいっか。はい、次はしず子の番!」

「え、私?」

「とーぜん! しず子のスマホにだけ今日の写真があるなんてズルいじゃん、かすみんも欲しいもん!」

 あ、そっか。今かすみさんを撮ったのは私の……。

 今日の写真が欲しいだけなら、別に自撮りだって風景だってかまわないはずなのに。その上で私を撮ってくれるのは、私と一緒にいたということを思い出の証明にしてくれるのは。なんだか嬉しかった。

「しず子、ボーっとしてたらそのまま撮っちゃうよー?」

「わっ、ちょっと待って!」

 考えにふけっていたら、ポーズなど考える暇もなく撮影が始まってしまった。ええと、ああどうしよう。とりあえずバッグを両手で持って、軽く前傾姿勢を取って上目遣い気味に……?

「ど、どうかな」

「……おしとやかというか、あざとい?」

「しょうがないじゃんっ!」

 パシャリ。

 うぅ、変なタイミングで撮られた。せっかくかすみさんに撮ってもらえたのに……。

「でもまーいいんじゃない? しず子らしいし」

 そう言って、かすみさんが画面を眺めながらこちらへ来る。

「それに、綺麗だよ」

 かすみさんのスマホに写る私はカメラに向かってなにかを言っていて。その白いロングスカートは、彼女と同じ夕焼け色だった。

 

 *

 

 夢の大橋から台場駅まで戻る。東の空には瑠璃色が広がりつつあった。

 駅まで着いたら今日はおしまいになってしまうだろうな。ゆりかもめを待って、十分くらいの乗車時間で、また新橋へ戻って。そうしたら互いに反対方向の電車に乗る。

 こんなにも一緒にいたのに、どうしてまだもう少しだけを望んでしまうのだろう。もう少しを過ごしただけで、この気持ちが満足できる保証なんてない。それでも私は、もう少しだけかすみさんと一緒にいたかった。

 朝に降り立ったウエストプロムナードまで来て、駅への距離は目と鼻の先。困らせてしまうかな。でもきっとあなたなら、わがままな私を許してくれるだろうから。

「ね──」

「ねぇ、しず子」

 言葉は、私よりも一瞬遅れて発された声に遮られた。

 彼女は気持ち俯き加減で、流し目のようにこちらを見ながら。

「もう少しだけ、かすみんに時間頂戴?」

 照れ隠しの混じった直球になりきらない言葉が彼女らしくて、それで逆にわかった気がした。かすみさんも、私とおんなじ気持ちでいてくれてるんだ。

「も、もちろんしず子が帰りたいなら帰ってもいいけど!」

「……ふふっ、しょうがないなぁかすみさんは。じゃあ今日はかすみさんの気が済むまで一緒にいてあげる!」

「ちょっ、それじゃまるでかすみんが寂しがりやみたいじゃん!」

 先に言われたことがちょっとだけ悔しくて、つい煽り言葉を入れてしまう。私もあなたも、やっぱり素直じゃない。ならいつか伝えなきゃ、それも大切の裏返しなんだって。

 

 アクアシティの通り、海側のデッキにある屋根付きのベンチから外を見る。

 もう空の七割ほどまで夜はやって来ていて、レインボーブリッジのライトアップも目立ち始めていた。

 宵の明星、暗くなって最初に光る星は夕空の中でも明るく輝いている。

 少しだけ残る紅の空、今日の終わりと一番星。闇に染まる前の最後のきらめきに二人して見入っていた。

 やがて太陽は落ちきって、空は闇が支配する。海の向こうの夜景はいつ見ても都会らしい。

 しかし、こんな時間になってもまだかすみさんは動かなかった。時間を頂戴なんて言うからどこかへ行くのかと思ったけれど、本当にただ一緒にいたかっただけなのだろうか。

「かすみさん、このあとはどうするの? 行きそびれた場所とかあった?」

 そんなことを聞くと、かすみさんは意外そうな顔でこっちを見てきた。一瞬考える素振りを見せたあと「まぁ、それならそれでいっか」と小声で言って、携帯の時計を見始めた。

「んー、あと十分くらいかな。ちょっと移動しよ」

 そう言いながら、休憩スペースから離れようとしている。別にいいけれど、なにも教えてくれず、なんの答えにもなっていない返しに引っかかった。

 ベンチから離れて少し歩き、今度はデッキの階段を上ってさっきより一階高い場所の手すり前に陣取る。デッキの一階は海岸の前に一列に生える木が邪魔で直接海の様子は見えないが、ここに来ると多少は見通しが効くようになる。

 そしてここから眺めて、初めてここにいる人の多さに気づいた。ちらと見える海岸は出店やそのお客で埋まっていて、このデッキも朝とは比べ物にならないほど混み込みしている。

 今日はお台場でなにかイベントがあっただろうか。夜、出店、海。そういえば──

 

 ヒュウウウウウウウ…………パァッ!

 

「花火、大会……」

 大きい、高い音が鳴り響き、空は一気に鮮やかな赤色に染まった。

「やっと気づいたんだ。あんなにいっぱい張り紙とかあったのに、しず子鈍すぎだよ」

 笑われて、改めて自分の記憶を掘り返す。そういえば確かに学校にも告知のポスターがあって、自分でも存在は知っているはずだった。でもどうせ休日のことで自分には関係がないからと、日付を覚えておくほどの関心はなかったのだろう。

 初夏の花火大会。この辺りに住む子たちは友達と見に行こうと話し合っていた。私はそこに混ざれずにいた。家が遠いからとどこかで諦めていた。でも、それはただの言い訳なんだ。

「ありがとうかすみさん。今日はこのために誘ってくれたんだね」

 花火よりもあなたを見て伝えたかった。臆病で面倒くさい私をまたあなたは救ってくれた。本当に、ありがとう。

「……ほら、次の花火上がるよ」

 少しだけこちらを見て、プイと顔を背けられてしまった。その顔が赤らんで見えたのは、赤い花火のせいだろうか。

 ヒュウウウウ…………パァッ!

 間が空いて、夜空に大輪の光が咲く。その色は青よりは浅く、しかし空よりも深い。ふと自分のイメージカラーみたいだなと、そう思った。

 ドン、と遅れてやってきた爆発音のあとに、ふふっと笑う声がする。きっとその声はかすみさんで、なにがおかしいのかなと顔を向けてみる。

 青の残り香はまだ私たちを照らしていて、こちらを見ながら微妙な笑みを浮かべるかすみさんも、またその色で。

「なんか、しず子の色みたいだね」

 彼女が今日一日大切に着ていた真白のポロシャツは、私の色に染まっていた。

 私の色を纏いながら微笑む彼女に見とれた。私の色だと言ってくれたことが嬉しかった。半分だけ青く照らされた顔も可愛らしかった。

 その瞬間が、愛おしかった。

 また、ヒュウウウと大きい花火の上がる音が聴こえる。次の色はなんだろうか。赤、緑、ピンク、あるいは何色も使われた絵花火かもしれない。

 音が途切れる。光が消える。次の瞬間、空を埋め尽くしたのは。

 まるであなたのような、黄色だった。

 特大花火も、次に開いた中くらいの花火も、賑やかしの小さい花火も、全てが黄色く、空一面がその色に染め上がる。

「すごい、今度はかすみさんの──」

 今度はかすみさんの色だねって、伝えたくて。すぐ隣の彼女を見て、言葉を呑んだ。

 ああ。やっぱりあなたには、この王冠みたいな黄色がよく似合う。

 言葉に詰まった私を優しい顔で見るかすみさんが、私の代わりに言葉を紡ぐ。空はまだ黄色い。

「しず子も黄色、けっこー似合ってるよ」

 あ、と思って下を見る。私の白いスカートも、また黄色く照らされ染まっていた。

 私色に染まるあなたも、あなた色に染まる私も。同じくらい美しくて、同じくらい愛おしくて。

 嬉しくて、笑みが溢れる。もしかしたらそれ以外にも溢れていたかもしれないけれど、でも良かった。それは全部、嬉しい気持ちだから。

 伝えよう。偽らずに、演じずに、隠さずに。素直な言葉でこの気持ちを。

「かすみさんの水色も、とっても素敵だったよ!」

 空で輝きが咲くたびに、お台場の海も私たちのように染まっていった。


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