いないとは思いますが、もしもこれを見ている貴方が共テ受験者なら「お疲れ様です」とだけ言わせてください。
~♪
その電子音が奏でる短いメロディは懐かしい記憶を呼び覚ます。
どれだけ長く画面に向かっていても、それを聞くだけで、胸が弾んだ。
次はどんな呪文・特技を覚えるのだろうか?
どれくらいステータスが上がるんだろうか?
どんな敵を倒せるようになるんだろうか?
ドラゴンクエストのファンなら、この音を聞きたいがために「もうちょっとゲームを続けようかな?」なんて考える人もいるんじゃないだろうか?
…そう俺たちにとってこれはある意味魔法だ。
聞くだけで期待と勇気をくれる、そんな
…もちろん、それは今の俺にも例外ではない。
目の前で輝き、チカチカと視界を焼く巨大な火球。
自分の命を脅かしかねないそんな状況でも、そのメロディは俺にさらなる勇気をくれる。
ぐるぐると身体の中に供給される、懐かしい感覚。
スッ…
無意識に…ゆっくりと火球に向けて右手を突き出す。
そして、突然頭の中に浮かんだ文字列に心を踊らせながら、俺は
「メラ…」
ああダメだ…
こんな状況なのに、俺の心は…
「…ガイアー!!!!」
唱えた呪文と共に右手から燃え盛る閃光がほとばしり、迫っていた火球を飲み込んで視界が白く染まる。
(…ああ…これだ)
ゆっくりと右手を下ろす。
光が薄れ、巻き上がった土煙が晴れてゆく。
「グギャアアア…!!!」
その先で赤毛の脳無が咆哮を上げた。
俺の『メラガイアー』が脳無のメラゾーマを打ち消した。
「………」
俺は無言で右手を見つめながら、身体を駆け巡る魔力に実感する。
(戻った…)
でもこれで、また誰かのために戦うことができる…
たくさんの人を救けることができる…
親友の隣に立つことができる…
「………ふふっ…」
口角が嫌でも上がってしまう。
こんな………状況なのに………
もしかしたら死ぬかもしれない。
背後にいる親友を守らなければいけない。
さっきまであんなに怖くて、ビビってたのに…
それなのに……どうして……
俺の心はどうしようもないほど…
「はははっ…!」
ワクワクしてしまっているんだ。
・
・
・
『肉体には…これまでの経験、そして努力が確かに刻み込まれている』
力を失っている間に蓄積されていた大量の経験値が一気に肉体に流れこむのを感じる。
心臓が脈打ち、身体が熱くて軽い…
身体に満ちている魔力が明らかにこれまでの魔力とは質が違う、力が驚くほど身体に馴染む。
なんで急に力が戻ってきたのか?
それは今はまだ全然わからない…でも今はそれよりも…
俺は背後にいる傷だらけの焦凍に右手を翳す。
「ベホマ!」
焦凍の体を優しい緑の光が包み、みるみるうちに傷が癒えていく。
「ほら、立てるか焦凍?」
「…ぐっ……勇…」
俺が差し出した右手を握り、焦凍が立ち上がった。
「勇…お前、どうなってんだ?」
「いや、俺もわからないけど…急に力が戻ったんだ」
「…!…そうか」
焦凍は少し驚いた表情をしたが、すぐに言葉を返し視線を俺から脳無へと移す。
そして、握っていた俺の手を離し、足を進めて脳無と向き合った。
やけにあっさりとした反応。
力が戻ったことについてほとんど何も聞いてこない焦凍の背中を見つめる。
(そうだよな…)
焦凍も理解している、今は俺の力への言及よりもやるべきことがあると…
「…やるぞ、勇」
脳無から目線を外さずに、短く放たれた焦凍の言葉。
「…………ふぅ」
ザッ…
俺は焦凍の言葉に一つ息を飲み込んで、一歩踏み出した。
「グギャオオオオ!!」
視線の先で再び咆哮を上げる脳無。
そんな脳無をしっかりと見据えながら……
「やるか…焦凍…!!」
俺は…焦凍の隣に並び立った。
ドッ…!!
その直後、空気の振動と共に脳無が地面を蹴りつけた。
「グギャアアアアアッ!!!!!」
脳無が地面をひと蹴りした瞬間、爆音と砂煙が同時に巻き上がる。
まるでロケットでも仕込んだのかってくらいの爆発的加速。
数十メートル先から一瞬で詰め寄り、巨大な拳が空気を裂いて迫る。
「焦凍!」
「ああ…!」
俺が叫ぶと、焦凍が地面に片手を突き出し、白い吐息と共に氷結が一気に前方へ広がった。
脳無の足元が一瞬で凍りつき、動きが鈍る。
その一瞬の隙を逃さず、俺は右手を掲げた。
「イオナズン!!」
眩い閃光が直線状に伸び、脳無の側頭部に炸裂した。
Boooob!!!
凄まじい爆音とともに爆風が空気を揺らし、脳無の身体が爆発による黒煙で包まれる。
だが…。
「ヴァギグロズ!!」
すぐさま、黒煙の中から脳無の叫び声が聞こえたかと思えば、それと同時に煙の奥から風の刃が放射状に吹き荒れる。
「ぐっ…!!」
俺と焦凍はそれぞれ左右に横跳びし、それを避ける。
「ちっ…やっぱ再生速度がえげつねえ…!」
焦凍の呟き。
だが、その言葉の通り黒煙が晴れたその先に立つ脳無は、さっきイオナズンで抉ったはずの肩や胸の傷が、きれいさっぱり再生されていた。
そして次の瞬間。
バキッ……バキバキバキッ……!!!
脳無の背中、腕、脚が不自然に膨張し、血管のような筋繊維が浮かび上がる。
「グギャアアアアアア!!!!」
威嚇するような咆哮が耳を貫く。
俺は明らかに筋肥大した脳無を見て、焦凍に向けてつぶやく。
「お、おい…焦凍、なんかデカくなってね?アイツ?」
「ああ…ちょっとヤバそうだ」
「なぁ焦凍?剣とか無いかな?もうこの際いい感じの長さの棒とかでいいからさ」
「………」
「武器がないと落ち着かないんだ、なんかこう…わかるだろ?」
「………」
俺がそう言いながら、何も持っていない手をアピールすると、焦凍は無言で地面に右手を翳した。
ピキピキッ………という音と共に俺の目の前に棒状の氷像が生成された。
「そうそう、こういうのこういうの」
俺は満足げに頷きながら、地面に突き刺さるように生成されたその棒の先端をたたき切り、手に取った。
「冷たっ…!」
「文句言うんじゃねえ…しかも多分、そんなに頑丈じゃないからすぐ壊れるぞ」
「へぇ…まあいいや、ありがと焦凍」
(…ドラクエ5とかではふぶきのつるぎは最強なんだけどなぁ)
俺はそんなことを考えながら焦凍に作ってもらったこおりの剣の感触を確かめる。
冷たいけど案外手に馴染む感覚を感じながら、俺は構えをとった。
「なぁ焦凍」
氷の剣を構えながら、俺は隣に立つ焦凍に声をかけた。
「どうした?」
脳無から視線を外さずに、焦凍が短く返す。
「アイツの再生能力はやっぱり厄介すぎる、中途半端な攻撃じゃキリがないこっちが消耗するだけだ」
「……ああ、わかってる」
焦凍の言葉に頷きながら、俺は続ける。
「だから、もう次の一発で勝負を決めてしまいたい…」
「焦凍、一瞬だけでいい……アイツの動きを止めてくれないか?」
そう言った俺の言葉に、焦凍がチラリとこちらを見た。
その鋭い瞳が、俺を見つめる。
「……どのくらいだ?」
「まあ…十秒くらいあれば十分だと思う」
「十秒……」
焦凍は少し考える素振りを見せたが、すぐに小さく息を吐いた。
「わかった、任せろ」
その一言に、俺は自然と笑みがこぼれた。
「たのんだ、焦凍」
「ああ…」
焦凍は小さくうなずくと、再び視線を前方の脳無へと向けた。
「グギャアアアア!!」
筋肥大した脳無が再び咆哮を上げ、地面を蹴りつける。
「つッ…!」
焦凍が右手を前方に突き出した瞬間、巨大な氷の壁が地面から次々と隆起していく。
「グォオオ!!」
迫り来る氷壁に、脳無が拳を叩き込む。
ガギィンッ!!
鋭い破砕音と共に、氷壁が粉々に砕け散る。
だが、焦凍は氷壁の生成を止めない。
次から次へと氷壁を生成し、脳無の進路を塞いでいく。
「グオオオオ!!」
だが、それよりも早く脳無のこぶしが次々とその氷壁を破壊していく。
「させるか…!」
焦凍が左手から火炎を脳無めがけて放出する。
「ヴァギグロズ!!」
焦凍の火炎は脳無のバギクロスによっていとも簡単に吹き飛ばされた。
だが、その隙にさらに分厚い氷壁が脳無を取り囲む。
「いいぞ…焦凍…!」
焦凍の戦いを視界の端で捉えながら。俺は意識を集中させる。
(…林間合宿の時だ)
そして、あの時のことを思い出す。
あの時、俺はアイツを追い詰めた。
『ギガスラッシュ』
勇者専用の大技、雷を纏った一閃で、脳無は膝をついていた。
(……アイツには、デイン系の攻撃が有効なんだ……多分)
確証はないが、ある程度すがるしかない。
右手に握る氷の剣に、俺は魔力を集中させ始める。
(…そんで一発で倒すには…相当な魔力が必要なはずだ……!!)
「ぐっ…!」
焦凍の声が聞こえた。
チラリと視線を向けると、焦凍の右半身に霜が降り始めているのが見えた。
相性上、足止めに使うのは氷の個性がほとんど、焦凍にとっても相当な負担のはずだ。
(…なんとかもうちょっとだけ…耐えてくれ焦凍…!)
「グギャアアアア!!」
脳無の怒号が響く。
ついに脳無が全ての氷壁を破壊し、焦凍に向けて再び突進しようとする。
だが、その時。
「まだ…!」
焦凍がしゃがみ込み地面に両手を叩きつけた、すると脳無の足元から巨大な氷柱が突き出し、その巨体を空中へと押し上げた。
「グォオオ…!」
バランスを崩した脳無が、空中でもがく。
(…今だ!)
俺は氷の剣を両手でしっかりと握りしめた。
剣身に込められた魔力が、ビリビリと手のひらに伝り、体中に巡っている魔力と呼応する。
冷たい氷が、少しずつ溶け始めているのを感じた。
(もっと…もっと集中しろ…!)
全身の魔力を、この一点に。
(いける…!)
ゆっくりと、俺は氷の剣を空高く掲げた。
その瞬間…
ピシャアアアアン!!!
空が光った。
雲を裂いて、一筋の稲妻が氷の剣へと落ちる。
「っ!!」
凄まじい電撃が剣を伝い、全身を駆け巡る。
だが、痛みはない、雷の力が俺の体を満たし、力が漲ってくるのを感じた。
氷の剣が、眩い黄金の雷光を纏う。
バチバチと火花を散らしながら、剣身が輝きを増していく。
「焦凍ッ!!」
「ああ…!」
俺の叫びに、焦凍が即座に反応した。
氷柱を引っ込め、脳無を地面へと落下させる。
「グギャッ!!」
地面に叩きつけられた脳無が、すぐさま体勢を立て直そうとする。
ダッ…!!
俺はすかさずは雷を纏った剣を振りかざし、脳無へと駆けた。
地面を蹴る。
一歩、また一歩。
視界が狭まり、脳無だけが俺の蒼い瞳に反射する。
(……焦凍…ありがとな…!!)
剣を握る手に、さらに力を込める。
そして、大きく振りかぶり、全身全霊を込めて振り下ろす。
稲妻が閃き、世界が白く染まる。
「ギガ…ソード!!!!」
黄金の雷光が、脳無を縦に両断した。
・
・
・
ドォォォォォンッ!!!!
轟音が空気を震わせた。
雷撃の余波が地面を抉り、周囲一帯にクレーターを刻む。
土煙が舞い上がり、視界を覆う。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
俺は荒い息を吐きながら、砕け散った氷の剣の柄だけを握りしめていた。
(視界が…ちょっとぼやけるな…)
さっきまで満ち満ちていた身体中の魔力がごっそりと消えていることが分かる。
久しぶりの戦闘で出力の調整をミスってしまったのか?
そんなことを考えながら、俺は右手に視線を移す。
「………」
焦凍の言った通り、剣は一撃で粉々になってしまった。
(さんきゅ…もうちょっとだけお前と一緒に戦いたかったぜ…)
俺はそんなことを考えながら、残った氷の剣の柄を地面に置いた。
そして、ゆっくりと前方を見据える。
土煙が徐々に晴れていく。
その先で…
「グギギィ……」
脳無が倒れていた。
胸から腹にかけて、深々と裂傷が走っている。
再生能力が働いているのか、傷口がうねうねと動いてはいるが、明らかに再生速度が遅い。
「……はぁ…はぁ…やっぱし効いてんのか?デイン系…」
俺は荒い息を整えながら、倒れた脳無へとゆっくりと歩み寄る。
「勇…!」
背後から焦凍の声が聞こえたが、俺は足を止めない。
一歩、また一歩。
脳無との距離が縮まっていく。
「グギ…ギィ…」
脳無が苦しそうに呻き声を上げる。
(…今なら止めを刺せるか…?)
俺は右手を突き出し、魔力を集中させようとした。
だがその直前、脳無の表情が、視界に入る。
苦しそうに顔を歪め、荒い呼吸を繰り返している。
その姿に胸の奥が、ざわついた。
(こいつは…)
爆豪や焦凍を傷つけ、俺を殺そうとした。
何度も、何度も、俺たちの前に立ちはだかってきた。
だが、俺の右手は、何故か動かなかった。
掲げた手が、ゆっくりと下がっていく。
(なにを躊躇ってんだ…俺は…?)
疑問を抱きながら、俺は脳無の前で立ち止まった。
「グ…ギギ…」
脳無が苦しそうに呻く。
「………」
その声を聞きながら、俺はずっと胸の奥に引っかかっていたコトを口にしていた。
「……なぁ…なんで、お前も使えんだよ?その力…」
脳無が僅かに動きを止める。
「メラとかバキとか…俺と同じ力を…なんでお前が?」
だが、脳無は答えない。
「グギ…ギィ…」
ただ苦しそうに、呻くだけ。
「……俺が今回、急に力が戻ったのと関係してんのか?」
「ギィ…」
分かっている。
こいつに聞いても、答えなんて返ってこない。
脳無は人間じゃなし、喋れない。
オールフォーワンが作り出した、ただの生物兵器。
「……あ」
その時だった。
脳無の顔が、ゆっくりとこちらを向いた。
そして、俺たちの目が合う。
初めてはっきりと見た脳無の瞳……それは、確かに生気のない、濁った瞳だった。
だが、その色は。
「……お前」
俺の口から、掠れた声が漏れた。
その脳無の
(俺と…同じ?)
(…偶然か?いや…でも…なんか引っかかる感じが…)
「グ…ギギ…」
脳無の呻き声が、俺の思考を遮る。
その時だった。
「…っ!?」
脳無の傷口が、急激に蠢き出した。
みるみるうちに深々と刻まれていた裂傷が塞がっていく。
「…!?急に再生速度が…!」
さっきまでとは比べ物にならない速度で、脳無の体が修復されていく。
そして…
「グギャアアアア!!!」
咆哮と共に、脳無が勢いよく立ち上がった。
「くそっ…!」
俺は反射的に右手を突き出す。
「メラ…」
だが、その瞬間。
グラリ…と視界が大きく揺らいだ。
「っ…!?」
(やばっ…魔力が思ったよりも残ってない!?)
『ギガソード』で魔力を使い果たしていたことを、今更ながらに実感する。
そんで多分、久しぶりに力を使ったせいで、これまで培ってきた魔力残量の感覚が鈍ってた。
(まずったか…)
呪文を唱えようとしても、体が反応しない。
「勇!!」
焦凍の叫び声が遠くに聞こえる。
視界の端で、脳無の拳が迫ってくるのが見えた。
(避けられない…!)
脳無の拳が、俺の視界いっぱいに広がる。
その時…
ゴオオオオッ……!!!
突如、脳無の側面から巨大な燃え盛る火炎が襲いかかった。
「グギャアアアア!!!」
脳無が炎に包まれ、悲鳴を上げる。
凄まじい熱波が周囲を包み、俺は思わず腕で顔を覆った。
「…っ!?」
(この温度の炎…焦凍じゃない…!?)
炎が脳無を完全に飲み込み、その巨体が大きく吹き飛ばされる。
地面を転がり、ようやく止まった脳無は、全身を焼かれ、黒い煙を上げていた。
俺はすかさず炎の出所に視線を移す。
俺の視線の先には、燃え盛る炎を纏った巨大な影が立っていた。
「エ、エンデヴァーさん……!?」
掠れた声でその名を呼ぶ。
オレンジ色の炎が周囲を照らし、その中心で腕を組んで立つNo.1ヒーローの姿。
「間に合ったか」
低く、重い声が響く。
流石はNo.1といったところか、その姿を見た瞬間、俺は思わず安堵の息を吐く。
「勇間…貴様何故…」
エンデヴァーがゆっくりと俺に近づいてくる。
だが、その時だった。
「グ…ギギギ…」
地面に転がっていた脳無が、再び動き始めた。
全身を覆っていた焼け焦げた皮膚が、みるみるうちに剥がれ落ちていく。
そして、その下から新しい皮膚が再生されていく。
「グギャアアアアア!!!」
咆哮と共に、脳無がゆっくりと立ち上がった。
さっきまでの火傷の痕跡は、もう跡形もない。
「…ちっ…再生か、面倒だな…勇間!貴様には色々と聞きたいことがあるがそれは後だ!」
エンデヴァーが叫びながら、構えを取る。
脳無の剥き出しの脳が、不気味に脈動している。
その濁った蒼い瞳が、まっすぐにエンデヴァーを捉えていた。
俺も加勢したいが、もう魔力が無い。
(……それならせめてっ…!)
俺は脳無に右手を突き出して、唱えた。
「マホトーン…!!」
右手から、淡い円状の光の輪が放たれた。
脳無は俺の声に反応はしたが、エンデヴァーに意識を向けていたのか、避ける時間は無かった。
「ギィ…!」
光の輪が脳無の身体を通過した。
(視界が…掠れる…)
脳無は次は俺に意識を向けたのか、こちらに向けて駆けてくる。
「おい!貴様の相手はこのエンデヴァーだ!」
そして、そんな脳無を追うエンデヴァーの姿。
それを見ながら俺の視界は…
(…あっ…久しぶりだ……この感覚…)
(………まぁ…エンデヴァーさんなら……)
「…大丈夫……か…」
小さな呟きと共にゆっくりと暗転した。
・
・
・
テレレレテッテテー♪
「……んん…」
なんだか聞き覚えのある陽気なメロディと共に俺は目を覚ました。
真っ白な天井と消毒の匂い、いつもよりサラッとしたシーツにすぐにここが病院だということに気が付いた。
「…どうなったんだ…あれから」
俺は上体を起こして、窓へと視線を移す、外は夕焼けに染まっていた。
(……まぁ、病院に運ばれてるってことは、最悪の事態にはなってないってことだよな?)
「………」
俺はそんなことを考えながら、無言で自らの右手を見つめた。
身体に巡る、魔力の感覚がはっきりと分かる。
「……ほんとに、戻ったんだな」
俺の声が静かな病室に響いて消えた。
(………でもほんとになんで戻ったんだ?あの時のリカバリーガールの話によれば……)
『あんたの身体から個性因子が消えちまってたんだよ……きれいさっぱりね』
…と言っていた。確かに俺の個性は奪われていたはずだ。
「…うーん」
やっぱり、わからない。
(わからないけど…)
今、身体をめぐる魔力の感覚とあの時踏み出せた『一歩』は本物だ。
「…勇者になれたんだよな…俺」
感慨深く、胸に手を当てる。
だが…
『俺と…同じ?』
そこで思い出してしまったのは脳無の瞳。
俺と同じ、蒼い瞳…
偶然だと思いたいけど…なんだかあれから気持ち悪い感覚がずっと残ってる。
脳無はオールフォーワンに作られた。
その脳無が俺と同じ力を持っていた。
しかも瞳の色が俺と同じだった。
つまり………
「………いや、やめとくか」
俺が考えるのをやめたその時。
ガラッ…
「おや…やっと起きたのかい、勇間」
扉が開く音と共に病室に入ってきたのはいつもの白衣に身を包んだリカバリーガールであった。
「あ…リカバリーガール…ん?『やっと』って何ですか?今夕方だから俺が寝てたのは数時間のはずじゃ…」
さっき窓を見た時、確か外は夕焼けだったはずだ。
首を傾げる俺にリカバリーガールが口を開く。
「あんた昨日からずっと起きなかったんだよ、一日中ずっとね」
「え?」
俺は思わず、俺は壁に掛けられていた日めくりカレンダーに目をやった。
確かに、俺が知っている日付より一日進んでいる。
「ほんとだ…」
(…やっぱり久しぶりに力を使ったからか?)
俺が目をぱちくりとしていると、リカバリーガールが少し優しい口調で語りかけてくる。
「それよりも勇間、あんた、個性が戻ったらしいね」
リカバリーガールの言葉に、俺は少しうつむきながら答える。
「あ、はい…まあ、なんか急に…」
「アタシは別件の対応中だったんだがね、それを聞いてこっちの病院に飛んできたのさ」
リカバリーガールは俺の様子を観察するように見つめながら、ゆっくりとベットに近づいた。
そして、手に持っていた資料に目を落としながら口を開く。
「実はね、あんたが寝てる間に、もう一度詳しく身体検査をさせてもらったんだよ」
「え…そうなんですか?」
俺の問いかけに、リカバリーガールは小さく頷いた。
「…個性が戻ったって報告を受けたからね、もしかしたらまた個性因子が発現したのかと思ってね」
リカバリーガールはそう言いながら、手に持った資料をパラパラとめくる。
「それで…結果は…?」
恐る恐る尋ねる俺に、リカバリーガールはゆっくりと顔を上げた。
「……個性因子は、相変わらず無かったよ」
「前回の検査と同じ。あんたの身体からは、個性因子はきれいさっぱり検出されなかった」
「まあ…そうですよね」
リカバリーガールの言葉に、俺は思わず自分の右手を見つめた。
でも、やっぱり、今も身体の中を魔力が巡っているのを感じる。
「でも…俺、ちゃんと個性を使えたんです…それに今も目覚めたら傷が治ってる」
「ああ、エンデヴァーや轟からも詳しく話は聞いてるよ、あんたが脳無と個性を使って戦ったってね」
リカバリーガールはそう言いながら、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
「正直に言うとね、勇間…あたしにも、あんたの力が戻った理由はわからないんだよ」
「…」
リカバリーガールの言葉に、俺は小さく肩を落とした。
まあ、そうだよな。
俺自身もわからないんだから、リカバリーガールにわかるはずもない。
「ただね…」
リカバリーガールが少し考えるような素振りを見せた後、ふっと笑みを浮かべて言った。
「もしかしたら、あんたの力は『個性』なんかじゃなくて、あんたの体そのものに刻まれた力なのかもねぇ」
「…体そのものにですか?」
「そうさね、個性因子がなくても発動するんだから、そうとしか考えられないんじゃないかい?」
リカバリーガールは冗談めかした口調でそう言ったが、その言葉は俺の胸に引っかかった。
(…体そのものに刻まれた力…)
…そうか。
俺の身体は、もともとドラクエ4の勇者の身体なんだ。
生まれた時から、この蒼い瞳も、緑の髪も、端正な顔も全部ドラクエ4の勇者のもの。
つまり、もしかすると俺の身体そのものがそっくりそのままゲームの中の「勇者」だったりするのか?
それなら個性因子がどうとか、そういう問題じゃなくなるけど…いやでもなぁ…
「まあ、今のは冗談だけどね」
「え?冗談なんですか?」
考え中だった俺にリカバリーガールはキッパリと言った。
「当たり前さね、人間が個性なしであんな超常現象を起こせるはずじゃないかい」
リカバリーガールはそう言いながら、再び手元の資料に目を落とした。
「個性と個性因子の関係、そして個性が身体に与える影響…これらについては、実はまだ分からないことが多いんだよ」
「…そうなんですか?」
「ああ。個性の研究はまだそこまで歴史が深いわけじゃないからねえ。特に、あんたみたいな特殊なケースは前例がほとんどない」
リカバリーガールは真剣な表情で続ける。
「あんたの場合、個性はおそらく常時発動型だった…生まれた時からずっとその個性を使い続けてきたんだろう?」
「はい…」
「もしかしたら、その長い年月の中で、あんたの個性は身体に『適合しすぎた』のかもしれない」
「適合…しすぎた…?」
俺の問いかけに、リカバリーガールは頷いた。
「そう。個性因子がなくとも、身体そのものが個性の発動方法を『記憶』してしまった…とでも言うのかね」
「…なるほど」
「まあ、これもあくまで仮説だけどね。でも、現状ではこれが一番説明がつく」
リカバリーガールはそう言いながら、資料を閉じた。
リカバリーガールの説明を聞いていれば、確かにそのような気もしてくる。
だがそうなってくると…
「あの…俺、研究対象とかになっちゃったりしないですよね」
「もうなってるよ」
「ええ!?」
俺は驚きながら、自分の身体を見回す。
か、解剖とかされてないだろうな!?オイ!?
「冗談さね」
焦った様子の俺を揶揄うようにリカバリーガールの言葉が響く。
「やめてくださいよ!怖いこと言うの!!」
怒りを露わにした俺にリカバリーガールは笑いながら言葉を続ける。
「まぁしかし、このことは世間様には公表しないほうがいいだろうねぇ」
「因子なしで個性を使える人間が出たなんてニュースでやると…色んな輩が動き出す可能性があるからね、それこそあんたが解剖されちまうよ?」
「ひぃ」
解剖だけは勘弁していただきたいものだ…流石怖いよ。
俺がそんなことを考えていると、また別のあることが頭に浮かんだ。
「…あ、そういえば、話は変わりますが、俺と戦ってた脳無は…どうなったんですか?」
「ああ、あんたが倒れた後、エンデヴァーがしっかり捕まえたみたいだから安心するといいよ」
「そうですか…!良かった…」
流石はNo.1ヒーローだ。
「でも、あんたが倒れた後の脳無はほぼ力が残ってなかったみたいでねぇ、エンデヴァーと本格的な戦闘になる前にもう倒れちまったみたいだよ?そこを捕獲したって話さね」
へぇ…再生があるといえど流石の脳無にも限界があったんだな。
それとも、やっぱりデイン系が弱点で、再生はしていたが、俺の『ギガソード』が結構効いていたのか…?
でもなんだか、呆気無い感じもするな…ずっと戦ってきた相手だし…それにあの瞳…
「気になるのかい?あの脳無」
「そりゃ…自分と同じような個性を持ってましたし、多少は」
「…まぁあの脳無は捕獲できたんだ、今後分かることがたくさんあるさね…アンタと同じ個性だからもしかしたら、力が戻った謎に繋がることもわかるかもしれない」
「そうですかね?」
…そうだといいけどなぁ。
俺があの脳無のことを思い浮かべていると、リカバリーガールが少し表情を変えて俺に話しかけてきた。
「…それより勇間、あんたに会って欲しい男がいるんだよ」
「え?なんか急じゃないですか?会って欲しい人?」
全然見当もつかないんですけど?
俺がぐるぐると頭を回していると、リカバリーガールが続けて口を開く。
「昨日のエンデヴァー事務所の管轄内での脳無の大量発生、それと同時に起こった大きな事件が別であるんだよ」
「また全然違う話ですね」
「いいから黙って聞きな」
「はいすいません」
リカバリーガールの言葉に俺は縮こまりながら口を閉じる。
「その事件でアンタと同じように『個性』を失った子がいてね、その子に会って欲しいんだよ」
「…え!?…個性を…?」
「個性を復活させたアンタなら、何かしてやれることがあるかもしれない、それにもしかするとアンタの回復呪文も効くかもしれないだろう?」
リカバリーガールは続ける。
「その子は今、事件が起こった場所の最寄りの大学病院で入院中さね、他にも怪我したヒーローが何人かいるから、ついでにちょっと治療手伝いな」
「いや個性使用許可を貰えるなら、ぜひ行かしてください…というか、その事件、もしかしてかなり大きい規模の事件だったりしますか?」
何人もヒーローが怪我するって相当だろう。
「死穢八斎會って聞いたことあるかい?」
「なんですかそれ?」
「まぁ簡単に言うとヤクザ組織さね、その組織とヒーローの抗争が脳無の大量発生と同じ日にあったんだよ」
「なるほど…そりゃ大変ですね」
ヤクザなんて今日日聞かないけどなぁ……
(…いや、なんか相澤先生がヤクザがどうこう言ってた気がするぞ?もしかして関係あんのか…?)
(…うーん、わかんねぇなあ……なんか最近わからん事だらけな気がするな…)
まぁでも…個性についてとか、事件についてとかわからない事は多いけども…
なにがともあれ、助けを求める人がいるなら行くしかないだろう。
それに、持っていた力を失ってしまった時のあの喪失感は俺にはよく分かる。だから俺にできることがあるならば何だってやりたい。
リカバリーガールの話を聞いた俺はベットから立ち上がる。
「そうと決まれば早く行きましょう、怪我人も早く治さないと」
「アンタはもう大丈夫なのかい?起きたばかりだけど…」
「全然問題ありません、むしろ有り余ってるくらいですよ」
「若いねぇ」
力こぶを使って元気アピールする俺にリカバリーガールは優しく微笑む。
「よし…じゃあ行きますか」
そんなリカバリーガールの言葉を背に俺は病室の窓へとスタスタと足を進める。
ガラッ…
そして、窓を勢い良く開けた。
「ちょっと待ちな?」
「なんですか?リカバリーガール?」
俺はキョトンとした表情で首を傾げる。
「……なんで窓開けたんだい?」
「…いや、ルーラで飛んで行こうかなと思って…」
「あんたホントに若いねぇ!?」
リカバリーガールのツッコミの声が俺の病室に響いたのであった。
誤字脱字ありましたらご報告いただけると嬉しみです。