ひなたときゅう   作:アキ山

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お待たせしました。

今年最後の投稿でございます。

2024年に拙作を見てくださった皆々様には心よりお礼申し上げます。

年の瀬も間近に迫って寒くなってきましたが、よいお年を迎えますことを心よりお祈りしております。


日向と『ひのかみおんど』と鬼狩りおじいちゃん

「来年の正月は炭治郎に舞ってもらおうかな」 

 

「えっ!? 俺が!!」

 

 年の瀬を控えた12月のはじめ、居間で団らんを楽しんでいた炭治郎は唐突な父の言葉に素っ頓狂な声を上げた。

 

「そう言えば、もうそんな季節ね」 

 

「今年もいつもみたいに雲取山に登るの、お母さん?」

 

「うん。生活は変わっちゃったけど、ウチは炭焼きの家系だから。ヒノカミ様への奉納は絶やしちゃダメだと思うの」

 

「だったら今から準備始めないと。もう六太とひなは前の防寒着が入らないだろうし、手直ししていけるかな?」

 

 花子の問いかけに葵枝が頷くと、禰豆子は物置を確認すべく腰を上げる。

 

「んー。たんにぃ、どうしたの?」 

 

 緊張で顔を引きつらせる炭治郎に、隣に座っていた日向が声をかける。

 

「あ、ああ。毎年、お正月に父さんが山で踊っていただろ。それを来年は兄ちゃんがやらなくちゃいけないみたいなんだ」

 

 炭治郎の言葉に右隣りの同じく話についていけていないだろう六太と首をかしげる日向。

 

 そうして考える事しばし。

 

 炭治郎は表情を明るくする末の妹の頭の上にガス灯が灯ったような幻覚を見た。

 

「あ! ひのかみおんど!!」

 

「神楽だよ、ヒノカミ神楽」

 

「音頭だったら盆踊りみたいじゃないか」

 

 ドヤ顔で発した日向のズレた答えに竹雄と茂が苦笑いで訂正する。

 

「去年はひなも六太もお母さんと炭治郎兄ちゃんにおんぶされてたもんね。今年は自分で行ける?」

 

「いける!」

 

「ぼくも!!」

 

 花子の少しからかいを含んだ問いかけに元気に手を上げる六太と日向。

 

 彼等が行う年始のヒノカミ神楽は雲取山の山頂で十二の舞型を一晩中にわたって何百、何万回と繰り返して奉納する事で一年間の無病息災を祈る物だ。

 

 夜明けまで付き合えるのは父母を除けば炭治郎と禰豆子くらいなので、幼児の二人は山頂についても早々に夢の中へ旅立つだろう。

 

 そんな会話を日向の膝の上で聞いていたキュウは、くぁっと大きく欠伸をする。

 

『来年からは炭治郎に代替わりか。あの舞を踊っている時に行っている呼法は大陸の内氣功に近い。身体が丈夫でない炭十郎が長年行うのは酷というものだろう』

 

 白面だった時代に法力や武など人間の技術を多く見てきたキュウは、鬼殺隊の剣士が使う全集中の呼吸が中国などの大陸に伝わる氣功術に端を発している物と読んでいた。

 

 氣功術は修めれば常人を超える身体能力を得る事や、己を重力のくびきから解き放つ軽身功や生身で鉄の刃を受ける硬氣功など、通常では不可能な技も扱えるようになる。

 

 しかし、その為には健康で丈夫な身体が必要不可欠である。

 

 特に呼吸は氣功と密接な繋がりがある為、肺が強靭であることが氣功を修める際の重要な才能なのだ。 

 

 その点、炭十郎は肺に問題はなくとも身体全体が常人よりも脆い。

 

 これから歳を重ねる事を思えば、後進に道を譲るのは英断と言えるだろう。

 

『呼吸は法力とも密接な関係がある。出来得るならあの舞の呼法を日向にも身に付けてほしいのだがな』

 

 とはいえ、彼女の姉にして妹な相棒はまだまだ幼児。

 

 過度な修練は成長を阻害する要因になろう。

 

「ふぁ……」 

 

「うにゃ……」

 

 そんな思案を他所に、キュウの事を見ていた日向と六太は小さく欠伸をする。

 

「ふふ……ひな達はもうおねむの時間ね」 

 

「キュウのあくびが移っただけじゃない?」  

 

「それでもあの子達にはもう遅いわ。ほら、お布団へ行きましょう」

 

「かあちゃんもいっしょ……」

 

「キュウ、ねんね」

 

 葵枝に促されて、六太と日向はキュウと共に寝室へ向かう。

 

 その後、布団に入った日向達は、隣の部屋から漏れ聞こえる父や上の兄姉たちの話を子守歌に夢の世界へ旅立つのだった。

 

 

 

 

 翌朝、昼食時を少し過ぎた頃に竈門家を訪れる者がいた。

 

「御免! 一晩、宿を借りに来た!!」 

 

 玄関から竈門家全体へ響き渡るような威勢のいい大声。

 

 それを聞いて恐る恐る居間から玄関を覗き込んだ日向だったが、逆立った炎のような髪と猛禽類を思わせる鋭い目をした青年を見て不安げだった表情を明るいモノへ変える。

 

「れんごーさん、おかえりー!!」 

 

「はっはっはっ、また一文字足りないな。俺は煉獄だ、ひな子少女!」

 

 互いに名前を間違えるという割と失礼な事をブチかましながらも、駆け寄ってきた日向の頭を撫でるのは煉獄杏寿郎。

 

 鬼殺隊の最高峰である柱の一人、炎柱を務める精鋭である。

 

 基本声が大きいうえに美形だが強面の部類である煉獄は、初対面だと子供に怯えられやすい。

 

 しかし基本的に人見知りしない六太や日向は最初から煉獄へ好意的に接しており、その事もあって煉獄も二人の事を可愛がっているのだ。

 

 さて、家人との挨拶を終えた煉獄が旅装を解こうと割り当てられた客間へ向かっていると、庭の方で空を裂く音がした。

 

「む……あれは?」 

 

 興味を引かれて見に行けば、そこでは家主である炭十郎が長男の炭治郎が舞う様に厳しい目を向けている。

 

「ひのかみおんど!」

 

「おしょうがつにとうちゃんがおどってたけど、らいねんはたんにぃがおどるの!!」

 

 煉獄についてきていた日向と六太がニコニコ顔で説明するが、イマイチ理解の追い付かない煉獄は思わず首をかしげる。

 

「つまり、年始の行事で舞を舞うということか? しかし、なかなかに激しい舞だな」

 

 祭具を大きく振るって踊る炭治郎は汗だくで、息も荒くなっている。

 

 その足運びや体の捩じり、そして祭具が描く軌跡は何処か剣術に通ずるものがある。

 

「炭治郎、呼吸はヒノカミ神楽の命だ。呼吸が乱れれば一晩中舞う事などできない。私が教えた呼吸を正しく行えるように注意しなさい」

 

「はいっ!」

 

 炭十郎の穏やかだが鋭い叱責に、炭治郎は大きく息を吸って乱れ始めていた呼吸を整えようとする。

 

 その呼吸の音を聞いた煉獄は視線を興味本位から鋭い物へと変える。

 

『舞踏は武道に通ずと言われているが、この動きは……。それに竈門少年の呼吸音、まるで全集中の呼吸ではないか』

 

 よもや炭十郎氏は元鬼殺隊の剣士だったのかと思考を巡らせていると、傍らにいた日向と六太がピョンと縁側から庭へ飛び降りる。

 

「ひなもおどる~!」

 

「ぼくも~!!」

 

 幼児というものは、興味を惹かれるとすぐにやりたがるものだ。

 

「わかった、わかった。炭治郎の祭具が当たるといけないから、十分に離れるんだよ」 

 

「いいの、父さん?」

 

「少しの間だけだよ。お前も自分の動きを確認するつもりで、ゆっくり舞ってみなさい。六太達の手本になるようにな」

 

「わかった。それじゃあ兄ちゃんの動きをマネするんだぞ」

 

「「はーい!」」

 

 そんな調子で日向達もヒノカミ神楽の練習に参加するのだが、当然二人がちゃんと踊れるわけがない。

 

 『円舞』でバランスが取れずにヨタヨタと体勢を崩し、『碧羅の天』で今度は後ろに重心を置きすぎて倒れそうになって両手を慌てて振り回し、『幻日虹』でその場で回ろうとすれば足がもつれてパタリとこける。

 

 そうして二人して『ピギャーッ!?』と泣けば、炭十郎が苦笑いで抱っこする事になるのだ。

 

 先ほどまでの張りつめた空気がものの見事に弛緩する中、それにつられて煉獄の視線も緩いものへと変わっていく。

 

 その様子を縁側に寝そべりながら見ていたキュウだったが、彼女にしては珍しく余裕が無かったりする。

 

 キュウには急いで知らねばならない調べ物があった。

 

『婢妖共め、未だにあの刀の行方を掴めぬか。いったい何をしておるのだ!』

 

 そう、それは無惨たちが己を討つ為に造らせた妖刀の行方だった。

 

 無惨達が霊刀製作を行っていた当初、婢妖を通してその様を見ていたキュウは無駄な努力と嘲笑っていた。

 

 なにせ、彼女の身には自分を滅しようと鍛えられ、結局は毛皮に傷一つ付けられなかった武具が山と宿っているのだ。

 

 その中には大正時代の刀鍛冶など比較にならない程の腕を持った稀代の名工が打ち出した物もある。

 

 それすらも跳ね除けてきた自分に届くような物は生み出せるはずがないとタカを括っていた。

 

『よもや、あの忌まわしい槍に匹敵する呪物が誕生しようとは……これだから人間の怨嗟は侮れぬ』 

 

 しかし、そんな楽観視に暗雲が立ち込めたのは鍛冶を担っていた工匠の家族が炉にくべられてからだった。

 

 絶望の中で憎悪と怨嗟の声を上げる工匠の傍にあの気配が現れたのだ。

 

 キュウ、白面の者にとっての天敵であり仇敵、獣の槍の気配がだ。

 

 その気配にどんな薫陶を受けたかは分からぬが、頬を濡らす血涙と共に槌を振るい始めた工匠は人間を辞めた。

 

 真っ赤に焼けた家族の血肉が宿る鉄を生身で持ち、怨嗟の声を炎に変えて鍛えるその様はまさに化生。

 

 そして工匠の身体は刀身となった鉄に取り込まれるように刀の鍔と柄になったのだ。

 

 誕生の際に刀が発したのは紛れもなく例のドブカス槍と同じ気配。

 

 それに気づいた瞬間に思わず失禁して同衾していた日向におもらしの冤罪を掛けてしまったのは、キュウにとって今生一の不覚である。

 

 幸いにも腐れ刀の怨嗟は無惨達『鬼』に向いているようだが、ドブカス槍と同類であれば目についた妖怪達を問答無用で斬り捨て御免してもおかしくない。

 

 そして自分の所為で奴の刃が竈門家の人間に向いたらと思うと気が気でないのだ。

 

『白面の御方様、見つけましたぞ!』

 

『おお! よくやった!』 

 

『今、目と耳を回しまする。どうか、ご見分を』

 

 捜索に出していた婢妖の一匹から念話が届くと、キュウの視界が二重にブレる。

 

 一方は平和な竈門家の庭、もう一方は季節外れに乱れ咲く藤の花に覆われた不可思議な山肌だった。

 

 婢妖が上空に位置する場所、そこは藤襲山といった。

 

 藤襲山は藤の花が一年中咲き誇る不思議な山だ。

 

 鬼殺隊はその特性と藤の花が鬼にとって毒性を持つ事実を利用し、力の弱い鬼を生け捕りにしては藤襲山に放ってきた。

 

 そしてここを育手の推薦によって選ばれた剣士の卵達が、鬼殺隊に相応しい心技体を持つかを試す入隊試験の場としたのだ。

 

 本来なら最終選別の儀が行われていない時期の山は人肉に飢えた鬼達が徘徊する百鬼夜行の場となる筈だった。

 

 だが、今の藤襲山は鬼達にとっての処刑場となっていた。

 

「ぎゃあああああああっ!?」

 

 藤の香を多分に含んだ空気を裂いて奔る刃。

 

 それは岩の如く固いと言われる鬼の皮膚に容易く食らいつき、人外の身を袈裟斬りに両断する。

 

 しかし如何に弱者でも鬼には強力な不死性が存在する。

 

 陽光に晒すか日輪刀で頸を断たない限り奴等に死が訪れる事は無い───そのはずだった。

 

「か…身体が……ぐばぁっ!?」

 

 しかしその刃に掛った鬼達はまるで内側から弾けるように身命を塵に還す。

 

「と…とんでもねえ!? 簡単に死におった!」 

 

「な…なんだ、あの刀は!」

 

 仲間、いや鬼に協調性などないので同居人というべきか。

 

 その悲惨な死にざまを見た他の鬼達は、眼前の人間が示した脅威に恐れおののく。

 

 鬼殺しの刃を手にした主は奇妙ないで立ちの男だった。

 

 鍛え抜かれた中肉中背の身体に、短く刈り込んだ白髪はその者が壮年であることを示す。

 

 丈夫な足袋と黒の下穿きで下半身を、上体には空を示す青地に浮雲が染め抜かれた衣を纏っている。

 

 そして何より特徴的なのは顔を覆う天狗の面だ。

 

「……236」 

 

 刃を濡らす紅を振り払いながら怪人は小さく呟く。

 

 それが今まで殺めてきた同胞の数であることは、彼を遠巻きにしていた鬼にも察することが出来た。

 

「ふ…ふざけんな! こんな奴、相手に出来るか!!」

 

「俺はろくに人間を食ってねえんだぞ! まだ死にたくねえ!!」

 

 旅人、もしくは定期的に入ってくる鬼殺隊の卵ならば彼等も恐れはしない。

 

 何故なら頸を断たれないように気を付ければ、圧倒的な身体能力差で蹂躙する事は難しくないからだ。

 

 しかしあの男は例外だ。

 

 急所のいずれに斬撃を受けても、待っているのは散滅という運命のみ。

 

 しかも必滅の刃の担い手は超が付くほどの達人なのだ。

 

 そんな相手に挑むなど自殺行為に等しい。

 

 そう、鬼達の判断は正しかった。

 

 しかし───

 

「判断が遅い!」

 

 小さな叱責と共に男は大地を蹴った。

 

 その腿力は一足で鬼達を追い抜く程の速度を生み出した。

 

「な…なにぃっ! べっ!?」

 

 真横に並んだ剣士を見て驚愕に目を見開く鬼の一体。

 

 その表情を刻んだまま、奴の頸は刃の一閃によって宙を舞う。

 

「237」

 

「ひ…ひぃっ!?」 

 

 断たれた同属の首が空中で塵に還るのを背に、流れるような動きで逆袈裟に白刃を振り上げる剣士。

 

 身体能力任せに人を狩り、戦う術を磨いてこなかった鬼が達人の一撃を躱せるわけがない。

 

「ぎゃべっ!?」

 

 紙を断つかのように体を両断された鬼は、斬られた勢いのまま上半身をクルクルと宙に回したまま身も命も塵へと還って行った。  

 

「238」

 

 地面に落ちると同時に塵に変わる鬼の死体を背にヒュンッと刀の血振りをすます男。

 

 そうして男が行ったのは文字通りの処刑であった。

 

「う…うわぁぁぁぁぁぁぁっ!? ぐがぁっ!?」

 

「や…やめてくれ! 俺はまだ死にたくねえ!! しにたわっ!?」

 

「もう人間は食わねえ! この山で大人しくしておく!! だから命ばかりは! いのちばっ!?」

 

 どれだけ必死に逃げようと流水のような動きで追いつき───

 

「いやぁぁぁぁっ! やめて! とめてぇ!! やめぐぁぁっ!?」

 

「鬼! 悪魔!! お前には人の心がほぉぉぉっ!?」

 

「神様ぁ! 仏様ぁ!! ごっどぉぉっ!?」

 

 どこに隠れようとも男は的確に鬼の居場所を見つけて容赦なく狩り取った。

 

 何時しか藤の匂いは血と臓物の物へと変わり、土の上には少し前まで鬼だった塵が積もるようになっていた。

 

 それでも男の歩みは止まらない。

 

 手にした凶刃の鋭さが陰る事は無い。

 

「……347」

 

 事情を知らぬ者がこの光景を目にしたなら、間違いなく仮面の男の方を悪鬼と呼んだだろう。

 

 鬼達が流した血が滅した残滓である塵と混じり合い、泥濘へと化けた山肌を男は無言で歩く。

 

【御堂、山の中腹にある穢れは妙に鼻に付く。どうやら大物がいるようだぞ】

 

「うむ」

 

 死屍累々の山中で、そんな男に思念を介して声をかける存在があった。

 

 それは男の手の中に納まった凶刃だ。

 

【力のある鬼ならば、猶のこと生かしておけん。そうであろう、御堂?】

 

「ああ。そ奴が我が弟子達の仇かもしれん。錆兎の、真菰の、多くの弟子たちの為にも討たねばならぬ」

 

 刀は鬼の首魁を討ち漏らし、居城から山中へと追放された際に男によって拾われた。

 

 当時のソレは己を産み落とした胎である溶鉱炉の露に消えた人間達の怨嗟と嘆き、そして己の父というべき鍛冶師の絶望と憎悪が入り混じってまともな意志があるとは言えなかった。

 

 今も収まったなどとはお世辞にも言えぬが、産まれたばかりの刀が持っていた鬼への殺意は輪をかけて酷かった。

 

 その様を例えるなら地獄の窯の底にへばり付いた悪感情の煮凝りがごとし。

 

 故に鬼への復讐を遂げる為なら手段を選ぶ等という思考は無く、男の手に収まった際にも刀は彼の意思を乗っ取るつもりだった。

 

 しかし男の強靭な精神力によって刀の思惑は阻まれてしまう。

 

 長い年月を掛けて育まれた大地に根を下ろした大樹の如き彼の心は、妖刀を生み出す際に犠牲となった数多の人間の怨嗟と悲嘆を以てしても汚染しきる事はできなかった。

 

 では、まったく影響がなかったのかと言えば、それもまた否である。

 

 長年、鬼狩りに勤しんでいた男の心の奥底には拭う事の出来ない鬼への憎悪があった。

 

 戦友を、後輩を、手塩に育てた弟子を。

 

 愛する者を鬼の手によって失い続けてきた事実は、彼の心の幹に明確な亀裂を遺していた。

 

 妖刀はそこに付け込む事で、身体の衰えを理由に引退していた男を再び戦場へと誘った。

 

 悪鬼滅殺の道中、妖刀は少しづつ男の事を知って行った。

 

 彼の者を生み出すにあたって生贄になった残留思念にある鍛治や武の心得に照らし合わせても、男の剣の腕は飛びぬけていた。

 

 鬼殺隊という鬼狩りの組織の最高峰である柱を務め、引退後も多くの悪鬼を討つ剣士を育てた男だ。

 

 当然と言えば当然である。

 

 その剣腕に多大な価値を見出した妖刀は、男を乗っ取るのではなく利用する事に決めた。

 

 故に念話を用いて男とコンタクトを図り、己の境遇を伝える事で鬼への嫌悪と憎悪を増幅させた。

 

 男の方も我が身に帯びた刃が尋常なモノではないと気付いていた為に驚くことなく、妖刀の誕生経緯を知った彼は鬼舞辻無惨討伐の決意を新たにした。

 

 こうして彼等は担い手である、鱗滝左近次と因縁深い藤襲山へ辿り着いた。

 

 目的はここで果てた鱗滝の弟子達の仇討ち。

 

 山に巣食う鬼達虱潰しに討伐した鱗滝達は、中腹にある洞窟の前へとやってきた。

 

【ここだな。御堂、油断するな】

 

「分かっている」

 

 油断なく妖刀を正眼に構えていた鱗滝だったが、木が擦れる微かな音にすぐさま背後へと跳ぶ。

 

 次の瞬間、地面を突き破って現れたのは4本の腕だった。

 

「ふん、下らん手だ」  

 

―――水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 

 波のような余波を纏って横一線に振るわれる妖刀の刃、それは蛇のように伸びながら鱗滝を追う異形の手を纏めて斬り飛ばす。

 

 断たれた掌が宙を舞い、一拍子を置いて塵に還る。

 

「ぎゃああああああああっ!?」

 

 そして次の瞬間、土が大きく盛り上がると地中から鬼が姿を現した。

 

「鱗滝! 鱗滝ぃぃぃぃぃっ!! よくも! よくもまた俺に傷を付けたなぁぁぁぁぁっ!!」

 

 怨嗟の声を上げるのは全身を無数の手で抱きしめるように覆った異形の鬼だった。

 

「貴様、何者だ? 何故儂を知っている」

 

「貴ぃ様ぁぁぁっ! 忘れたのか、俺を!? 貴様に捕らえられ、何十年もこの山に投獄された俺様をォォォ!!」

 

 怒髪天を衝く勢いで叫ぶ手鬼に、鱗滝は眼前の鬼が何者か察しがついた。

 

「貴様、あの時に捕らえた鬼か」

 

 最終選別の試験用に鬼殺隊にはなり立ての弱い鬼を捕獲する任務が存在する。

 

 その方法は様々で、四肢を落として傷口を焼くなり藤の花の搾り汁に浸すなりして回復力を落とし抵抗できないようにするケース。

 

 実力差を活かして道中をひたすらに痛めつけ続け、藤襲山に放り込むまで鬼に地獄を見せ続けるケースなど、役目を与えられた隊によって違う。

 

 鱗滝の隊が選んだのは四肢を切り落とす方法だった。

 

 鬼達も元は人間、ダルマにされて傷口に火や毒を押し付けられるのは地獄のような苦しみだ。

 

 その時に聞いた悲鳴は鱗滝の耳にまだ残っている。

 

「そうだ! 俺はお前への恨みをずっと忘れていなかった! だから、この山から出る為にずっと力を付けてきたんだ! お前の弟子共を食らってなぁ!!」

 

「なにっ!?」

 

 手鬼の嘲笑うような告白に鱗滝は仮面の奥で目を見開く。

 

 最終選別から弟子達が返ってこなかった事で、この山に下手人がいる事は分かっていた。

 

 仇討の為に入山した時に覚悟を決めたつもりだった。

 

 それでも当人の口から凶行を知らされれば、やはり心乱れることを押さえられない。

 

「お前の弟子は食いやすかったぜェ! みんな狐の面っていう目印を付けてくれたからなぁ!! それに自分の先輩を喰ったと聞けばどいつもこいつも激昂して向かってくるのさ! 『鱗滝さんを悲しませた事が許せん!』ってなぁ!!」

 

 ゲラゲラと笑う手鬼の言葉に、固く妖刀を握った手から柄に鱗滝の血が沁み込む。

 

 弟子たちに託した狐の面は厄除けのつもりだった。

 

 最終選別から生きて帰ってきてほしい、そう願いを込めて彼が手ずからに彫ったお守りだったのだ。

 

 まさかそれが裏目に出るとは皮肉にも程がある。

 

「錆兎…真菰……」

 

 己がこの山に閉じ込めた鬼が、自分の願いを込めて与えた面を目印に弟子達を喰った。

 

 これでは、自分が殺したも同然ではないか。

 

「テメエの間抜けさが身に染みたか、鱗滝ぃ!! だが落ち込むことはねえ! 子狐共とはすぐに会わせてやるよ、俺の腹の中でなぁぁ!!」

 

 俯き、木偶のように動かなくなった鱗滝に向けて残った手を伸ばす手鬼。

 

『儂は育手になどならねばよかった。年を理由に引退なぞせず、命果てるまで鬼を斬り続けていればよかった。そうすれば、あの子達が死なずに済んだ。鬼によって流れる涙や血も少しは減らせた……』

 

 死の魔手が迫る中、鱗滝の頭を巡るのは悔恨と自己嫌悪。

 

「───妖刀よ。この身、我が技、そして魂の全てをお前にくれてやる。だから、この儂を鬼滅の刃とせよ」 

 

『拝領』

 

 そして尽きる事のない鬼への怨嗟と憎悪だ。

 

 蚊の鳴くような鱗滝の呟きは手鬼にも届いていた。

 

「今更何をしようと遅いんだよ! 死ねぇ!!」

 

 しかし四方八方から押し寄せる鬼の手から人間風情が逃れる筈がない、そうタカを括っていた。

 

 だが、そんな甘い見通しは脆くも崩れ去る事になる。

 

-水の呼吸 参ノ型 流流舞い-

 

 水の波紋の幻影を纏った変幻自在な太刀筋によって、必殺と思われた鬼の手が次々と断ち切られたのだ。

 

「あぎゃああああああああっ!?」 

 

 そして妖刀に断たれれば、鬼は日輪刀による斬撃以上に多大なダメージを食らう。

 

 傷口からまるで遡るかのように崩壊を始めた鬼の腕は、その付け根までが弾けるように塵へと還る。

 

 寒風によって吹き払われた塵、その先にいたモノを見て手鬼は我が目を疑った。

 

 風にたなびく足に届こう程に伸びた白髪、そして刀を振るう手には獣のように伸びた爪。

 

 その身に纏うは手鬼すらも慄かせる程の殺意。

 

 鱗滝左近次は明らかに人非ざる者へ変貌していた。

 

「お…お前……お前は……!」

 

「───世に鬼あらば鬼を断つ」

 

 戸惑いと恐怖に彩られた手鬼の声を断ち切るように鱗滝は言葉を紡ぐ。

 

『善因には善果あるべし! 悪因には悪果あるべし! 害為す者は害されるべし! 災い為す者は呪われるべし!』

 

「な…なんだ、この声は!?」

 

 そして鱗滝と自分しかいない筈の場で、第三者の怒りに満ちた声が響いたことに手鬼は更に混乱を深める。

 

「世に悪あらば悪を断つ」

 

 そして全ての攻撃手段を失った手鬼の前に立った鱗滝は大上段に妖刀を振り上げる。

 

『肥溜めの底で腐った糞尿より汚らわしい血を撒き散らして死ねェ!!』

 

 鋼のような鱗滝の声と、鬼への憎悪に満ちた愉悦と憤怒が混じった何者かの声。

 

 そして天狗の面の奥に光るかつての鱗滝なら浮かべなかったであろう、絶対的な殺意に満ちた眼光に手鬼は自らの死を悟った。

 

「剣の理──ここに在り!!」

 

『DAAARAAAAAHHHHHHHHH!!』

 

 そうして振り下ろされた一刀は、手鬼の巨体を両断して山肌に深い刀傷を遺した。

 

「ゆくぞ、御堂! 奴等害虫を全て駆逐するまで、我等に休む暇はない!!」

 

「うむ」

 

 刀の妖力が切れたのだろう、伸びた髪を風に散らしながら元の容姿に戻る鱗滝。

 

 朽ちていく手鬼を一瞥することなく去っていく彼は気付く事は無かった。

 

 藤の花を背に自分の事を悲しげに見ている狐面を付けた少年と少女の姿に。

 

 

 

 

『……アカン』

 

 一部始終を見終えたキュウの出した感想はこれだった。 

 

 気配が同一だからよもやと思っていたが、あの老人の変化は獣の槍と同じではないか!

 

 今は恨みつらみの全てが鬼に向いているからいいとしても、奴等が全て駆逐された後はどうなるか分からない。

 

 奴が鬼を標的にしている内に滅する方法を用意しておかねば!

 

 降ってわいた難題に頭を悩ませる陰の大妖。

 

「キュー!!」

 

「キュウ! くすぐったーい!」

 

 そんな彼女が最初に行ったのは、飼い主の柔らかいお腹に癒されるアニマルセラピーだった 

 

 

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