【完結】心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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31話 祝賀会の夜~彼と彼女~

「アガットさん、ティータ、ラッセル博士」

 祝賀会の夜。縁ある者たちへ感謝の想いを伝えるべく空中庭園を歩き回るカイトは、この三人の下へとやって来た。

「あ、カイトさん!」

 ツァイス出身、ZCF見習いの技術少女、ティータ・ラッセル。

「よう、カイト。元気そうだな」

 ボース出身、一匹狼の遊撃士である重剣のアガット・クロスナー。

「おお、お主か。久しぶりじゃのう」

 リベールにおける動力革命の父。エプスタイン博士の三高弟の一人であるラッセル博士ことアルバート・ラッセル。

 珍しくもない組み合わせだが、三人を表面的にしか知らない者たちは、きっと目を丸くするのだろう。

 カイトは三人が立つテーブルまで近づく。

「アガットさん、復興支援活動、お疲れ様でしたね」

「お前こそな。ルーアンにはあまり行ける機会がなかったが、ずいぶん頑張ってたみたいじゃねえか。ジャンから聞いたぞ」

 カイトとアガットは、孤児院放火事件の前から遊撃士と遊撃士志望として面識があった。当時はカイトがアガットの強面に結構震えていたのだが、今はもう信頼する先輩後輩同士となっている。

「あの頼りなくて弱っちかったガキが、ずいぶん成長したもんだ」

「アガットさんこそ、レーヴェに気合いをへし折られてましたもんね……って痛い!」

 頭をおもいっきり叩かれた。心が成長しても、哀しいかな身長は他人が判るほど変わっていない。

 突然の事にあたふたするティータを尻目に、アガットは放った拳を少年の頭に置き続けている。

「余計なこと言うんじゃねえよ……まあいい、お互いこれからも気張るとしようぜ」

「いてて……まあ、お互いに」

 共に遊撃士。共に旅の道中に挫折を経験し、そして這い上がってきた。

 これからの道を鼓舞する心の在り方も、どこか似ていた。

 カイトはすぐには取れない痛みに涙を浮かべ、今度はティータに向き直る。

「ティータも、導力銃の相談とか乗ってくれてありがとな。それと、よく頑張ったな」

「えとえと、こちらこそです!」

 仲間たちの中で、唯一カイトよりも年下の少女。彼女もまた自分の無力さを痛感しながら、それでも最後まで旅を共にしてきた。その心意気は、カイトにもどこか通じるものがあった。

 数少ない、少年から労いの言葉をかけられる少女。可愛らしいので愛でることも目的に、カイトはティータと笑い合う。

「アガットさんも、暴力なんてダメですよ!」

「あのな、こいつの言葉にも問題があるだろうが。暴力じゃなくて制裁っつー……」

「ううう……!」

「……判った! 判ったよ、止めりゃあいいんだろ」

 一応朴念人の手前多くは語らないでおくが、この二人の仲にも興味はあった。

「カカカ、鶏小僧も我が孫娘には形無しのようじゃのう」

 そして少女の瞳の潤いに気づいているのかいないのか、ラッセル博士はのんびりしっぽり料理と酒を楽しんでいる。

「博士も、色々お世話になりました」

「なんのこれしき、じゃよ。リベールの者として、ワシはワシのできることをしただけじゃ」

 ラッセル博士とカイトに、直接的な繋がりはない。けれどラッセル博士がいたからこそ導力停止現象の苦難に負けず、アルセイユは浮上し、そして浮遊都市の真実を知ることができた。

 零力場発生器の試作品を提供してくれたことには個人的な感謝も大きい。混迷の大地の中、カイトが足手まといにならずにいられたのはアーツを使えたからなのだ。

「そうそう。それはそうとお主。ティータと導力銃を見繕う約束をしたと聞いたが」

「え? ……ああ、しましたね、そんな話も」

 懐かしすぎて忘れていた。初めてティータと会った時、王都地下での話だ。

 その後、川蝉亭にてティータには導力銃の相談を持ちかけたこともある。少女の技術力の高さは知っているし、あの時は半分冗談だったが本当にやってくれるならありがたい話だ。

「ちょうどいい機会かも。オレの双銃、片方は壊れちゃったし」

 壊れたのはレーヴェ戦。だがその後は色々急展開になったせいで、全員に導力銃が壊れたことを伝えてはいなかった。

「今後、ティータは本格的に技術師として活動していくじゃろう。ワシも手伝うから、よければ銃の試作品のテスターになってほしいとも思ってるんじゃが……どうかのう?」

 どうやら今回の導力停止現象を受けて、王国軍とZCFで導力武装の見直しをするらしい。遊撃士と軍人では細かい部分は違えども、カイトも新たな装備を検討することに変わりはない。じっくり探すことに関しても、ちょうどいい機会だった。

「判りました。それでは追々……よろしくお願いします」

「こちらとしても気心の知れた者との研究は捗るでの。よろしく頼むわい」

 後々、カイトにも協会を通じて連絡を寄越してくれるらしい。

 と、一段落したところでアガットが口を開いた。

「そういえばカイト、挨拶はしたか?」

「え? 誰に?」

 むしろ自分はこれまでの旅路でお世話になった人に挨拶をして回っているのだが。まだカシウスやオリビエには会えてないが、アガットが催促をするほどの人物とは。

 アガットは、握り拳に親指で指す。ヨシュアとクローゼが上った階段……ではなくその隣、城内へと降りる階段がある小広場。

 ここからでは、誰がいるのかも判らないくらい目立たないが。

「……大佐だよ」

「あ」

 仲間たちの中で、その二文字で連想できる人物は一人だ。

「いるんですか?」

「ああ。誰にとっても積もる話はあるだろうさ」

 アガットら三人と判れ、少年は示された場所へ行く。

 祝賀会の会場となっている広場中央と違い、木々に囲まれたこちらはひっそりとしている。それはやはり、彼の立場故なのか。

「……カイト君か」

「リシャール大佐」

 案の定、彼だった。元王国軍大佐にして情報部を立ち上げ、国家の転覆を図った愛国心を持つ男。アラン・リシャール。

「一ヶ月と少しか。久しぶりだね」

「お久しぶりです、リシャール大佐」

「……私はもう大佐ではないのだがね。リシャールと、そのまま呼んでもらえると助かるが」

「……善処します」

 どうも大佐呼びがしっくりし過ぎている。彼の言い分は正しいことしかないので、直そうと努力はするが難しい気がする。

 リシャールは、クーデターを引き起こした頃とは別人のような穏やかな笑みを浮かべていた。

 罪人であったリシャールがこの場にいるのは、アリシア女王の鶴の一声が大きかった。異変時に生じた結社による王都襲撃。これを防いだ恩赦を、リシャールたち情報部は受け取ることができたのだ。

 その証拠に、この場にはリシャールのみでなくカノーネも出席していた。木陰の隅で目立たぬようにいて、カイトが軽く会釈をすると憎らしげに見るだけで、体は無反応を貫いていた。カイトのこめかみが少しだけ上がったが、まあ仕方ないと諦める。

 ちなみにジョゼットたちカプア一家も、同じく浮遊都市での協力を理由に恩赦が与えられていた。

「でも、何はともあれよかったですよ。リシャール大……リシャールさんが戻ってこられて」

「この身には過ぎた御慈悲だが、受け取った以上は報いなければならない。迷い、立ち止まりながら生きていくつもりだ」

 記憶を操作された──恐らくはワイスマンに──とはいえ、その愛国心のままにクーデターを画策したリシャールは、確かにリベールにおける大罪人だった。

 だが、彼をよく知る者なら誰もが、彼の愛国心の強さを知っている。そしてエステルやカシウスの尽力で人の可能性を知ったリシャールは、間違いなく信頼できる人だと、カイトは考えた。

「君には敵対していた時……ずいぶん非情なことをしてしまったとも思っている」

「いやぁ、覚悟が足りなかったのは事実でしたし。胸に傷は残っちゃったけど、あれがあったから強くなれたとも思いますし」

 当時の話題になると、カイトもリシャールも共に満面の笑みでとはいかない。

 カイトが言った言葉は本心からでたものだが、実際カイトはリシャールの神速の居合い斬りを受けた。オリビエの機転やいくつかの幸運が重なって今こうして助かっているが、場合によってはどうなっていたか判らない。

 控えめに言って殺されかけたのだ。当事者にとっても関係者にとっても、ああ無事なんだね良かったねーなどと笑える話ではなかった。

 だから気まずいカイトは気になることを聞いて話題を反らすことにした。

「あの……オルテガさんと、ルークって人は?」

「そうか。あの二人と戦ったのだったね」

 老兵オルテガ・シークと血気盛んな青年兵士ルーク・ライゼン。共に斧槍を得物とする二人は、エルベ離宮解放のために動くカイトたちに最後の関門として立ちはだかった。

 また殲滅天使レンが開いた狂ったお茶会の時、カイトはオルテガと一対一の戦いを繰り広げた。互いの心をもぶつけ合った戦いは、カイトの記憶に今も鮮明に残っている。

「彼らも私と同じように恩赦を受けた。エステル君の事も、君の事も色々と聞かせてもらったよ」

「そうですか……」

「今日は残念ながら代表として私とカノーネ君だけが呼ばれたが、きっと彼らと話せる機会もあるだろう」

 リシャールも話を聞いていた以上判ってはいた。二人の話から聞いたカイトが、決して王都地下で見たようなひ弱な少年でないことは。

「積もる話もあるだろう。大罪を犯した我々だが……」

「何言ってるんですか、リシャール大佐。オレたちは、何も変わらない」

 カイトは思う。確かに数々の行いや道中、違いはたくさんある。けれどリベール王国を思う根本の気持ちは変わらないはずだ。

「だから、落ち着いたらまた話をしましょう。みんなで」

「……そうだな。誤解や確執は、少しずつ失くしていけばいい」

 互いに右手を差し出した。今まで握手を交わした人たちと同じ。大きな手だった。

 そうしてカイトはリシャールと別れる。

 次はどこへ行くか、少年は考えつつ、後ろを振り返った。

 リシャールがいた場所ではなく、アガットたちがいる場所の奥の階段。あそこではまだ、ヨシュアとクローゼが話しているはず。

「……」

 少年は前を向き直った。右手に女王宮を眺めつつ、広場正面へ降りずにそのまま真っ直ぐ進んだ。

 すぐに見えてきたのは、コリンズ学園長をはじめとした市長関係者に、モルガン将軍やシード中佐などの軍関係者。彼らを横目にさらに進む。なんとなく静かな場所へ行きたくて、左手の階段を上ってみた。

 だが、そこには先客がいた。

「元気そうだな、カイト」

「いや……後ろ見ないで足音だけで判るってなんですかカシウスさん」

「足音じゃないぞ。気配を掴んでいるんだ」

「十分化け物……」

 柔らかな緑の軍服。後ろ姿からでは、堕ちついた茶髪だけが判る。言わずと知れたリベールの守護神、カシウス・ブライト准将。元遊撃士、当時非公式のS級の位を持っていた《剣聖》。

「ルーアンでの復興支援、ご苦労様だったな」

「カシウスさんこそ、レイストン要塞での指揮、お疲れさまでした。市内にも町村にも、孤児院にも軍の人が来てくれて、助かりましたよ」

「ふふ、適度に気を張らずにやらせてもらっただけさ。必要な所はお前さんたち遊撃士に頼らせてもらったからな」

「それでいいと思います。適材適所、軍と遊撃士の協力体制の理想だと思いますし」

 異変の始まりから復興支援まで、カシウスの的確な采配は恐らく最良の効果を発揮した。優秀な軍人は他にもいるが、カシウスがいなければこうも順調には進まなかっただろう。

 カシウスはようやくカイトを見るべく体を振り返らせて、そして笑った。

「言うじゃないか。お前さんもこの旅を通して、心も眼も、色々なものが養われただろう」

「急に『帝国に行け』って言われたときは本当に驚きましたけど。まったく、いつかはこの借りを返させてもらいますよ」

「ははは。その時は剣でも交えようか。お前さんの《並戦駆動》……少しばかり興味もあるしな」

 ジンが帝国での旅路で共に戦ってくれたなら、カシウスは先見の明でカイトの状況を理解し帝国へ送り出した。それこそワイスマンの呪縛をヨシュアが断ち切ったように、カイトもカシウスの起点によって自らの怒りの感情と訣別することができたのだ。

「帝国を憎むこと、それ自体に善悪はない。感情というのはそういうものだ。だが」

「その感情に支配されたままじゃ、きっと心は成長しない。だから怒る自分を認めて、同時に自分が怒っている存在がどういうものなのかにも目を向けること……ですよね?」

「ばれたか、その通りだ。そうしてこそ、人は世界の中の自分という存在を認識できる。人間の中の自分を認識する、手助けにもなる。理にも通じる考えでもある」

 そうした心構えは、分野を問わず成長に必要なものだ。それを経たからこそカイトは変われた。

 両親が亡くなったことは悲しいままだが、悪いものがあるとすればそれは戦争に過ぎない。少なくとも、今の帝国や帝国人に悪意を向けていい理由にはならない。そう思うから、オリビエとも話をできるようになった。

 そして、クローゼとも。

「カシウスさん、ありがとうございました。ここまでこれたのは、貴方のおかげです」

「元遊撃士として、嬉しい言葉だ。これから起こる激動の時代……その心の強さを忘れるなよ」

 カイトは力強い笑みを湛えて頷いた。それはもちろん、当たり前だ。

 だが釈然としない単語もあった。少年はそれを反復してみる。

「《激動の時代》って……?」

 カシウスは、まず無言を貫いた。そして後ろを向き、ゆるゆると語りだす。

「カイト。お前は、この大陸はこれから先どうなると思う?」

「ま、また大きく出ましたね……どうって言われても、正直何とも」

「なら、このリベールの動乱はこれだけで終わり、未来永劫平和が続くと思うか?」

「それは」

 御伽噺や、子どもに読み聞かせる勧善懲悪の冒険譚や物語。それならば、平和に暮らしました、めでたしめでたしで良い。

 だが、世界はそんなに単純じゃない。ワイスマンの差し金とはいえ、今日より十年前には百日戦役もあった。レーヴェから聞いた、何年も前にはノーザンブリアという旧大公国現自治州で悲劇があったのだと。

 導力革命以降、大陸に存在する列強は導力技術を用いた兵器の開発にしのぎを削っている。それは平和への投資とは言い難い、きわめて軍事的な選択だ。

 そして、結社は《輝く環》を手に入れるために《福音計画》を実行した。なら、環を手に入れて何をするつもりだったのだ?

 急に、カイトは寒気が襲ってきたのを感じた。震えながら、カシウスの問に答える。

「……判りません。こんな未曽有の事態が起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。それはリベールかもしれないし、また別の国かもしれない」

「そうだ。レグナートは言っていた。『今まさに運命の歯車は回り始めたのだ』と」

 崇高な歳月を生きた古代龍の発言。到底無視はできない。

 それに、気になることもあった。結社の動向もそうだ。そしてオリビエがオリヴァルトとして挙げた《あの人》のことも、気になってしまう。

「お前の想像通りだ。ないならないに越したことはないが、近いうちに大陸は激動の時代を迎えるだろう。それこそ、今回の事件は前震だったのかもしれない」

「この異変が前震って……」

 カイトは戦慄した。未だ予想に過ぎないが、それでも説得力はある。《激動の時代》とは言い得て妙だった。

 カシウスは言う。

「その時代を前にして、お前さんがどんな行動を起こすのか、起こさないのかは判らない。だがこの世界に大切な存在がいるなら、その人たちを守るのはいつだって至上の命題になるはずだ」

「……はい」

「だからこれは激励でもある。……(つよ)く、(つよ)くなれ、カイト・レグメント」

「……言われずとも!」

 目の前の剣聖に、『忘れるな』と激励した剣帝の姿が重なる。理と修羅、双方の言葉を受け取った少年は、夜の空中庭園で気概を新たにした。

 いつの間にか、張り詰めた空気になっていた。カシウスは急に振り返ると、カイトを通り越して歩き出す。

「さあ、俺はモルガン将軍とでも話てくるかな。それじゃあな、カイト」

「あ、はい……」

 また飄々とした空気に戻した剣聖は、おちゃらけた様子で退散するのだった。空中庭園西の広場、恐らくヨシュアとクローゼがいる場所と正反対にあるこの場所は、やはり少し目立たない場所にあるようだ。

「……なに、もしかして察してくれたの?」

 そんな剣聖の人間離れした能力に肝を冷やしつつ、少年は踵を返した。

 空中庭園も粗方回り終わった。

(あれ、でもまだあの人を見てないよな。あ、シェラさんも)

 そう思い至って、一区画だけまだ歩いてない区画があることに気づく。今いる場所と同じく女王宮左方、しかし北に向かう、リシャールがいた場所と対になる場所。

 最後の場所を踏破すべく向かうと案の定二人の人間がいた。

「あらー、カイトじゃないのー!」

「ハッ、カイト君、ぜひ僕を助けてくれたまえ!」

 川蝉亭でも見た、女遊撃士の酔っ払い姿。世の男どもからすれば煽情的なのだろうが、カイトからすれば慣れたもので、さらに恐怖の表情をしたオリビエがいることでさらに何も感じなくなってきている。

 カイトは無表情を貫いて、二人に背を向ける。

「さ、帰ろう。お疲れ様でしたー」

「ああ、カイト君踵を返して帰ろうとしないで……」

「なによー後輩が帰るじゃないのー。もうこうなったらもっと酒を……」

「イヤー!」

 閑話休題。

「お疲れさまです、シェラさん。でもなんやかんやで数日ぶりですね」

「いやー、カイトもお疲れ様。確かにこの前会ったのよね」

「シクシク……もうお嫁にいけない……」

 銀閃、シェラザード・ハーヴェイ。この女性の一番怖いところは酒に強いこと。断じて鞭が扱えることでもB級遊撃士であることでもない。

 カイトはノンアルコールのカクテルを頼む。シェラザードは変わらず呑んでいるが多少素面に戻っている。オリビエはまだ呑まれた様子で突っ伏ししている。

「なによ、ヨシュアも色々なところ回っててたみたいだけど、あんたも挨拶回り?」

「はい。誰の例外もなく、お世話になりましたからね」

「いい心がけじゃないの。そういうの、遊撃士としての活動でも大事よ。多くのコネクションを持てば情報収集から政治的な介入でも役立つことになるわ」

 シェラザードもまた、カイトの頼れる先輩だ。ロランスだった頃のレーヴェとの戦い、ルーアンでの調査。アガットやジンと同じく、常に少年に遊撃士としての見本を見せてくれていたのだ。

 と、ここで詩人が復活。

「ふ、それにしても。ヨシュア君に続きカイト君も僕の下へきてくれるとは……本当に光栄だ」

「あら、意外と復活が早いのね」

「もうちょっと寝ててもよかったんですけど、オリビエさん」

 オリビエはある程度顔を赤らめているが、そこまで追い込まれてはないようだった。シェラザードもシェラザードで、この祝賀会で素をさらけ出すつもりはないらしい。

「ふ、たまには真面目に話すのもいいものだからね」

 オリビエの言葉にカイトは笑う。

「ははは、そうですね」

 初めてオリビエと会った時、確執を生んだ帝国人こんな風に話すことになるとは思わなかった。

「君の生き様、今日ここで教えてくれるのかい?」

「うーん……」

 オリビエにそれを話すことは、別に嫌だとも思わない。それに率先して明かしていきたいとは思う。

 オリビエとは、旅を通してただの仲間ではなくなった。本気で怒り、本気で戸惑い、心をぶつけ合い、そして互いを知ることで友となった。そしてその友に、互いの生き様を語ることを約束した。オリビエについては、帝国軍の侵攻や浮遊都市に向かった際にその真意を語ってくれている。

 だが今回ばかりはオリビエでも分が悪かった。一人、どんな仲間よりも先に伝えたい者がいるから。

「いや、まだです」

「……そうか」

 細かいことを思うのは、もう無粋な気がした。だからカイトは人差し指を口に当て、柔らかく笑いながら言う。

「オリビエさんがあの帝国軍との交渉の時にぶっちゃけたんですから、今度はオレがあんたを驚かせる時にしてくださいよ」

「あら貴方たち、そんな話をしてたの?」

 カイトとオリビエの関係性は、仲間なら誰もが知っている。しかし互いが二人だけで話した内容は、仲間でさえもその詳細は知らない。

 自分の知らないところで詩人と後輩が意味のある話をしていたことに、シェラザードは少しの驚きを覚える。

 が、文句を言うわけではなかった。

「ま、いいわ。貴方たちは色々な因縁があったんだしね。何も言わないでいてあげるわよ」

 そうして三人は、今までの思い出話に花を咲かせる。ロレントでの話、旅路の話、仲間たちの話。話題は尽きる筈がない。

 おちゃらけたオリビエ、柔らかな笑みで聞くカイト、程よく話題を振るシェラザード。三人はなかなか集まらない組み合わせだったが、意外と話は進む。

 そしてある時、シェラザードが言った。

「それよりもカイト。お姫様とは話したのかしら?」

「うぐ」

「おお、そうだ。彼女とはどこまで話したんだい?」

 この空中庭園の場で突っ込まれたのはアネラス以来だった。カイトは息を詰まらせる。

 カイトはツァイスの温泉にて自身の恋心を明かしている。オリビエはその当時いなかったがカイトの恋慕を大方理解しているし、シェラザードも言わずもがな。

 この祝賀会では、積もる話をするのにうってつけの機会だった。にも拘らずまだクローゼと話してすらいない様子のカイトに、こういった話題が好きな二人は盛大に溜息をついて少年の恥ずかしさを悔しさを炊きつかせた。

「何よ、まだ話してないの?」

「中枢塔であれだけ熱烈に抱擁してたのにねぇ」

「……話しますよ、話します。大事な話が、ありますし」

 言われなくても判っている。そろそろヨシュアとも、話を終えただろうか。

「覚悟が決まったなら、行ってらっしゃい」

「君が戻ってくる時、笑顔でいることを願っているよ」

「ここに戻ってくる前提なんですね……」

 溜め息をついて、少年はその場を後にする。

 市長関係者や軍関係者の場所とすれ違う。カシウスは言った通りモルガンと話をしていて、一瞬だけこちらを見て微笑まれた気がした。カシウスがいた場所は無人になっているようだ。

「はぁ」

 理由もなく溜め息が続く。正面広場を見ると、先程と同じく賑わっているのは変わらないが、何故か静かに見えた。

 祝賀会の夜。人々は、笑顔で語らっている。遊撃士や軍人といった同職同士や、普段話す機会のなかった者。また、王族と市民といったまったく立場の異なる者まで。

 そこまでぼんやり思って、違和感の正体に気づく。

(あ、エステルがいない……)

 ジョゼットと喧嘩をしていた場所に、彼女はいなかった。なるほど、確かに静かに感じるわけだ。

 それにしても、どうして太陽の娘がいないのか。帰ったわけではあるまいと、カイトは簡単すぎる問題の答えを探す。

 女王宮西側は今自分が散策していたのだからいない。正面広場にもいないとなれば、自ずと限られてくる。

 カイトは女王宮東側を見た。賑やかなアガットとティータたち、その後ろの階段から、明るい青紫の髪の少女が降りてきた。

「……姉さん」

 女王宮前の階段で、少年はまだ距離の離れた少女に声をかけた。気づいているのかいないのか、少女は少しぼんやりとした驚きだけでこちらを見返してくる。

「……カイト」

 クローゼ・リンツ。改め、クローディア・フォン・アウスレーゼ王太女。孤児院の少年遊撃士カイト・レグメントと一時寝食を共にした義姉であり、現リベール王国元首であるアリシア女王の孫娘。

 クローゼは、カイトの近くまでやって来た。誰もいない女王宮へ続く階段の前。落ち着いた声で、二人は再会を喜ぶ。

「久しぶり、カイト。何だかんだで、結局今日まで会えなかったね」

「仕方ないよ。姉さんは王太女になったんだ。オレもほとんどルーアンに缶詰めだったし」

 浮遊都市崩壊以降、仲間たちは同じ復興支援という目的を持ちつつ各々の立場から王国を支えることに邁進した。

 ケビンは七燿教会との連絡、ティータはZCFでの職員の補佐、オリビエは帝国との折衷役など。遊撃士は言わずもがな。

 そして異変を期に王太女となったクローゼは、アリシア女王と共に各地への慰安訪問や政務に励んだ。

 導力が改善し情報インフラが再び活動的になった以上、クローゼではなくクローディアとしての時間が多くなるのは当たり前だ。

 二人が互いを姉弟と呼ぶのは精神的なものであり、当然そこに公の効力はない。学園生徒クローゼ・リンツとしてルーアンにいた頃はともかく、今はもうこうした機会でもなければなかなか会うのは難しい。

 だから、この場はクローゼにとっては、クローディアではない自分を知る人々との再会の場でもあった。

「姉さん、ちょっと話がしたい。来てもらってもいいかな」

 カイトは促した。元々声をかけるつもりだったにせよ、驚くほど自然に口が開いた。

「……」

 クローゼは目をぱちぱちと瞬かせる。彼女にとっては予想外ではないのだが、今日この時という制約が彼女の返事を送らせた。

「う、ん。いいよ。どこで話そうか?」

「ちょうどいい場所があるんだ。来て」

 カイトは踵を返した。彼女を促し、目的の場所へと歩く。

 クローゼは今、純白のドレスを纏っている。同じ白でも使いふるされた自分のシャツとは段違いに綺麗で調っている。少年は王太女を気遣い、急ぎ足でなくゆったりと歩く。

 なるべく隅を通り、人に声をかけられないように。

 そうしてカイトとクローゼは西側の小広場へとやって来た。木々が生い茂り人の目も気にならない、カシウスが一人佇んでいた場所へと。

「姉さん、こっちこっち」

 導力の灯りは少ないが、それでも田舎の国の冬の空だ。星と月があれば、十分に人とその表情は伺える。

「こっちの方は静かだね」

「そうだね。姉さん、ずっと誰かと話してたし……結構疲れたんじゃない?」

 常に誰かといたのはカイトも同じだが、カイトは目的があって自分から知り合いの元へ向かっている。対してクローゼは、インタビューということもあって慣れない対話に戸惑いもあったことだろう。

「うん。今日の祝賀会は本当に色々な人が来ているからね。ナイアルさんも来てたし、少し緊張しちゃった」

「それでもしっかりインタビューに答えてたじゃん。立派な王太女様だったよ」

 こういうことはどうしても先行くアリシア女王と比較してしまうが、経験が少ない以上初めは戸惑うのが当たり前だ。

「カイトはこの一ヶ月、ルーアンで遊撃士の仕事を?」

「うん。あんな状況だったし、王国軍と協力してね。結構忙しかったと思う」

 一ヶ月も会わなかったのだ。話題は尽きるはずがない。今までのこと、ここ最近のお互いのこと、今日のこと。なんてことはない。いつもと変わらない談笑だ。

「テレサ先生やクラム君たちはお変わりない?」

「大丈夫、先生たちも元気だよ。クラムなんて元気過ぎるくらいだ、あいつ将来大物になるよ」

 異変の最中にも孤児院の様子は見に行ったが、子どもたちは変わらず逞しかった。元々が導力に頼りきらない生活だった事もあって、誰も体調不良を起こさずに今日まで過ごす事がてきている。

 カイトとクローゼは、話すべく事を話す。正遊撃士昇格まであと一歩ということも。王太女として各国の代表と話す機会があったということも。

 普段、クローゼはカイトに対して自然と姉のような口調で喋る。今までのどんな時でも、相談を持ち掛けるのはカイトの方だった。

 けれど今日は何かが違う。戦いの日々が終わったからだろうか。彼と彼女が、成長したからだろうか。

 唐突に。カイトは話題を変えた。

「話したいことがあるなら……聞くよ」

「どうして?」

「姉さんのことだ。それくらい、喋らなくたって判る」

 中枢塔での怪盗紳士との戦い。並戦駆動を使うと少年が言った時、クローゼは今のカイトとまったく同じことを言った。それと変わらない。

 生じる違和感。子どもの頃にできた関係性でも、旅の果てに培った距離感でもない。

 カイトはこれを知っている。帝国に旅立つ前の数日間。

「それとも、オレじゃ信用できない?」

「いや」

「姉さんが何を言っても、オレはカイト・レグメントだ。それは変わらない」

 既知の感覚を前にしてもカイトが平然としているのは、覚悟しているから、というだけではない。彼女の弟であるということに、誇りを持てるようになったから。

 遊撃士になると決めた根幹の想いを、改めて貫き通すと決めたから。

 怖い、という思い以上に、彼女を支えたいと想うから。

「判った」

 もう、クローゼは少年の想いを知っている。一度犯した過ち、その同じ轍を踏むことは、深く考えずとも強い恐怖を与えてくる。自分たちの関係が決定的に変わってしまうかもしれないのだから。

 それでも少女が少年に伝えることを決めたのは、クローゼも自身が彼の姉であることに自信を持てるようになったから。

 ずっと守るだけだった彼が、この事件を機に本当に立派に成長したから。

 そして、少年がカイト・レグメントであるということを理解したから。

「カイト」

「うん」

「私ね。さっきヨシュアさんに、振られちゃった」

「……うん」

 初めて姉が、弟に弱音を吐いた。

「ずっと好きでしたって。言ったんだ」

「そっか」

「エステルさんとヨシュアさんのことは二人とも好きだけど……自分の気持ちに嘘はつけなかったから」

「うん」

「私ね、聞いたの。『もし最初に出会ったのがエステルさんじゃなくて私だったら?』って」

「それでヨシュアは、なんて……?」

「『それはない』って」

 エステルとヨシュアが両思いであることなど、彼らと時間を共にした者なら誰もが判っている。それでも、そんな程度のものなど関係ないほどに、クローゼの想いもまた真実だった。

 クローゼは、ヨシュアと過ごしたたった十分前の時間を思い出して語る。さすがにヨシュアが秘めていた想いを、エステルが知る前に語ることはしなかったが。

 そしてその全てを語った少女は今、少しの涙と自分に正直になった笑顔を浮かべた。

 カイトにとって、恐らくクローゼが初めて吐いた正真正銘の弱音。

「そっか……姉さんは、頑張ったんだ」

「うん」

「そんな辛い想いをしても、自分に正直であることを選んだんだ」

 判らないはずがない。失恋の痛みは、自分が一番よく判っている。

 だから、少年は少女へ労いの言葉を送った。異変の時、王太女となった少女に誰よりも早く祝福の言葉を送ったように。

「すごいよ……姉さんはすごい」

 姉をすごいと思ったことは今までもたくさんある。けど今日のこの言葉は、そのどれよりも重みがある。

 逃げたくなるような道を、逃げずに歩いた。何よりも強い人間だからできることだ。

 旅を経て、仲間たちは成長していった。常に、仲間たちは互いに影響し合い、そして互いを支え合っていた。

 誰かがいたから。仲間たちの間にいることができたから、成長することができた。強くあることができた。

 そして二人にとって、姉と弟が、自分に影響した最たる人だった。

「ありがとう、カイト。カイトがいたから、私はここまで強くなれたんだよ」

 王位継承の候補者として、常に重圧を感じていた。仲間たちを守りたい、そう思うほどに自分の力は増していった。

 けど、根幹は違う。守るべき少年がいたから、強くあろうと自分を鼓舞するようになった。そんな成長していく自分の土台を作ったのは、間違いなく弟という最も身近な存在がいたから。

 憧れるのでも、守って当然と下に見るのではない。家族として、人が背負うべき最も身近な業を背負わせてくれた。

 だから、今の少女がいるのは間違いなく少年のおかげだった。

「姉さん……」

 涙ぐみ、それでも笑う少女は途方もなく美しい。

 少年は、自分の心臓がドクンと跳ね、熱くなるのを感じた。

「姉さんだけじゃないよ」

 気づいたら、声が出ていた。

「オレもなんだ」

 彼女の感謝に応える。

「オレが強くなれたのは、全部、姉さんのおかげなんだ」

 遊撃士になりたいと思ったのは、クローゼを守りたいと思ったから。こんなに身近に、大切で憧れる、自分の希望のような存在がいたから。戦争の最中、自分を救い上げてくれた王国の象徴が、空へ羽ばたくのを見届けたいと思ったから。

 憧れの存在は、出会った時から自分より何十歩も先にいたから。

 彼女に追い付きたいと思ったから、自分はここまで止まらずに走り続けることができた。

「姉さん。伝えたいことが、あるんだ」

 自分も、もう逃げてはいけないのだ。

 未だ誰も来ない、空中庭園の小広場。慣れてきた視界の中で、短い少女の髪が風に揺れる。

 その瞳は、涙が残るその瞳は、真っ直ぐに目の前の自分を見据えている。

「姉さん、いや……クローゼ」

 緊張など、全くしなかった。初めて姉と言えるべき存在を、一人の女性として呼んだのに。

「オレは。貴女のことが好きです」

 言葉が出た。静かに伝えたと思う。

 感情の高ぶりに任せて言いたくはなかった。感情が挟む余地のない、ただ一つの想いを伝えたかった。

 少年は、真っ直ぐに青紫色の髪をなびかせる女性を見る。

「いつからか……一人の女性として見てた」

「……カイト」

「場所を、時間を選ばなくてごめん。それでも伝えたかったんだ」

「ありがとう」

 最初に学園で想いの丈をぶちまけた時。少女は驚愕のあまり何も返せなかった。けれど今は、彼の想いを知っている。しかもつい先ほどまで、自分が想いを伝える側だった。その空気が判らないはずがなかった。

 だから彼女は、いつもと変わらないようで沢山の感情が秘められた言葉を返す。

「でもごめんなさい。その言葉には応えられない」

 少女は、少年の想いを受け取る。けれど、誰もが求めるその先へ行くことができない。

 悲しいほどに、少女は少年を大切な弟として見ているから。少年の姉であることに誇りを持っているから。カイトという弟がいたから、自分は変わることができたのだから。

 クローゼはカイトを大切な存在として見ている。だから泣きたくなるほどに、カイトの気持ちには応えられない。

「うん」

 けれど少年は気持ちの高ぶりも、落ち込みもしなかった。その返事はずっと前から判り切っていたことだから。

 ただ……少年はそれが判っていたから平気だったわけではない。想いを伝えること。嘘偽りのない想いを、大切な存在に伝えたかったから、その強い心があったからこそ伝えることができた。

 辛い思いをしても、自分に正直になることを選ぶことができた。

「……ははは」

 笑い声が聞こえた。少年の笑い声だった。

 夜の薄闇の中にあって、憑き物が取れたような清々しい笑顔を少年は浮かべている。

「あははっ」

「カイト」

 少女もまた、弟のそんな表情を見ると、いつの間にか上がっていた両肩から少しずつ力が抜けていく。

 クローゼは悟った。彼もまた告白をすることで、先の自分のように自身の中のしこりと訣別することができたのだと。

 断ってしまった自分が言える立場なのかは判らない。けれど、大切な弟の笑顔を見ることができて嬉しい。途轍もなく傲慢で、しかし自然な想いを抱く。

 そう考えると、クローゼも自然と笑みがあふれる。

「ふふっ」

 一緒になって、可笑しく笑う。やがて一人が吹き出した。

 カイトはクローゼに背を向けた。そしてそのまま小広場の柵へ手をかけると、月が浮かぶヴァレリア湖に向かって盛大に笑う。

「あっはははっ。いやー、振られた!」

 そして、滑稽な自分を笑うようにケタケタと腹を抱える。

 これにはさすがに予想外すぎた。責められているかのような感覚を覚えて、クローゼはばつが悪いと口をとがらせる。

「もう。そんな大声で言うこともないでしょう」

「いいじゃん、いいじゃん。大事な弟分の一世一代の言葉だったんだから」

「でも……」

「よくできましたって、笑ってよ」

「……本当に、ありがとう」

 少し申し訳なさが含まれた、しかし純粋な感謝の言葉だった。もう二人は、いつもと変わらない姉と弟に戻っていた。

「オレの方こそ、本当にありがとう。我儘を聞いてくれて。……オレの姉さんでいてくれて」

「うんっ」

 今度こそ、二人は自分の想いの丈を吐き出したのだ。夜の庭園で、二人はとても清らかな気持ちになっていた。

「あはは、振られた振られた」

「……まだ言うの?」

 少ししつこくて、まさかショックで思考が飛んだとか、本格的に意地悪でもしているのかと、クローゼは勘ぐる。

「どうだろうね? 男って、好きな人には意地悪をよくするらしいけど」

「う……」

「ヨシュアとかも、どうなんだろうね」

「ヨシュアさんね……確かにお二人は仲がいいけど」

 少し、沈黙が走る。同じように人のいない場所いるエステルとヨシュアは今、どんなことを語り合っているのだろう。

「でも、姉さんだっていい経験になったんじゃないの?」

「え、何が?」

「なんせ、このリベールの将来の女王様だよ。これから先、どんな人が相手になるかも判らないじゃない」

「それは……まあ」

「人をあしらう方法さ。姉さん人がいいし、厳しくすることも覚えたらいいと思う」

「もうっ。カイト、今日は本当に意地悪だよ……」

 クローゼは、どうにもやりづらいと思った。少し恥ずかしく、会話の主導権を握られているような感覚。

「ま……そんな姉さんだから、色んな人が信頼してくれると思うんだけど」

「……」

「エステルだって、ヨシュアだって、姉さんの強さに惹かれたんだ。先輩たちやティータやオリビエさんも、姉さんの強さを信頼してるんだ」

「そう、なのかな」

「そうだよ。王太女になったって報告した時、みんな普通に喜んだでしょ?」

「それでも……不安なものは不安だよ。覚悟しても、強くなったと思っても、時々『本当にこれでいいのか』って、自分が心の中から語り掛けてくるみたいで」

 ゆるゆると、クローゼは語りだす。一度頼り始めると、もう貯水槽が決壊したかのように想いはどんどんあふれてくる。

 もはや正直でいることに怖さを感じない少年は、自分の想ったことを正直に話す。

「そりゃ、一国の女王になるんだから、不安があることは当たり前だと思う」

 人の想いの強さは比べられるようなものではないが、それでも多くの国民の上に立つ王という存在には、巨大な重圧が付きまとう。クローゼの不安はもっともだった。

「でも、弱い事と誰かに頼ろうとすることは同じじゃない。誰かを頼ることは、ちゃんとした自分の強さだよ。『人の間にある限り人は無力じゃない』……そうヨシュアが証明したように」

 むしろ、人という存在の間にあるからこそ、人は何倍もの力を発揮できるのだとも思う。

「だから大丈夫」

「カイト……」

 また少し涙ぐむ。今日のクローゼは、少し感傷的になっているらしい。

「それに、オレは知ってる。そうでなくたって、姉さん自身の強さを」

「え?」

「覚えてる? 百日戦役が始まった日。オレと姉さんが初めて会った時のこと」

「うーん……何となく、覚えてるけど……」

 百日戦役はカイトにとって地獄を運ぶとともに、新たな家族との生活の始まりをも意味する出来事だった。そんな日のこと、少年が思い出すのはただ一つ。

 悲しみが強くて、ぼんやりとしか映像を思い出せなくなった両親との別れではない。両親のことは変わらず大事に想っているが、何より鮮明に浮かぶあの日の情景は、ルーアン市での出来事。

 あの日。小さい子供で、大人たちの雑踏に紛れて泣きじゃくっていたカイトを救ったのはクローゼだった。

 カイトが輪をかけて小さかったとしても、クローゼもまた同じく五、六歳程度の小さすぎる子ども。清潔な服を着ていたとはいえ、とても一目で王族とは判らないような子供らしい出で立ちだった。

 そんな小さな小さな少女は。何の力もない少女は、けれど泣きじゃくる少年を救ってくれた。

「そうやって守ろうとしてくれる姉さんは、弱いはずがないよ」

 少女は強い。だから不安はあるかもしれないけれど、心配はいらない。

 それに。

「そんな姉さんのことが、オレは好きになったんだから」

「そ、そっか……」

 言ったそばから、少年は恥ずかしくなった。さすがに正面切って平然と言うことは男として難易度が高かった。

 お互い、予想外の相打ちに気まずくなる。義姉弟として信頼しているのは事実。けれど今は、その奥に隠れた恋情を互いが知っている。少し聞いてしまったとかではなく、はっきりと伝えたのだから顔が熱くなるほど恥ずかしい。

「……」

「……」

 これは予想外だった。何を言えばいいか判らなくなる。

 そんな空気から逃げたくて、少年は伝えたいもう一つの話題を挙げることにした。

「じゃあ、告白ついでにもう一つ言おうかな」

「え?」

 話題を提供してくれたことは、クローゼにとっても嬉しいことには違いない。けれど『告白ついで』などと言われれば、クローゼも惚けるしかない。

「姉さんには……というか誰かに話すのが初めてなんだけど」

「……」

 少女は黙る。黙って、少年の報告を聞くのみ。

「今の王国の復興がひと段落したら。……リベールを出て、旅に出ようと思うんだ」

 奇しくも、それは先ほどのヨシュアと同じものだった。クローゼは驚きつつも、慌てずに続きを促す。

「それは……どうして?」

 カイトは、ゆるゆると語りだす。元から、この報告を一番にするのはクローゼにと決めていた。それに恋情を伝えきった今、彼の心情を吐き出すことに対する障害は何もなかった。

「オレはこの旅を通じて、色々な人たちに会って、触れ合うことができた。結社を追う日々の中で、確かに成長できたと思う。それなりの修羅場を潜った。こうして今、姉さんへの気持ちに決着をつけることができた」

「う、うん」

「……そして帝国への感情も、今は確実に変わってきてる」

 幸運にもカシウスの計らいによって、カイトはリベールとエレボニアの両国を渡り歩くことができた。その中で、彼は見たのだ。

「どっちの国にだって、優しい人もいれば卑屈な人もいる。怒りっぽい人もいればのんびりしてる人もいる。どんな場所のどんな人たちでも、何も変わらなかったんだ。自分がどれだけ子供だったか、思い知らされた」

 その中で、カイトはオリビエとも和解することができた。異変に際して彼の人となりをしり、彼と共になることができた。他の仲間たちと同じように、帝国人である彼も支え合い、守り合う存在になったのだ。

 そうして、カイトの心の中に一つの想いが生まれた。彼が遊撃士として、これから先至上の命題としていくべき想いが。

「このリベールだけじゃない。全ての国の全ての人々を守りたい。途方もなく果てしなくて不可能に近くて、でも絶対に曲げたくない。そんな想いが、できたんだ」

 クローゼを守りたい、家族を守りたい。そんな決意から膨らんだ想いは、今やリベールに留まらず他の国々まで波及していく。

 たった一人の人間が、ましてやたかが少年が叶えられるはずもない願い。だが、不可能だからといって諦める理由には、努力をしない理由にはならない。

 けれど、今の少年では力不足なのが現状だった。準遊撃士。その称号が、今の彼にとっては物足りないものとなる。一刻も早く、先輩たちと同じ領域に踏み込みたいと考える。

「まだオレは、いろんな人の後ろにいる。姉さんにも守られて、先輩遊撃士の後輩で、十七歳にもなってないただの子供だ」

 まだまだ、姉に守られる。それ自体は誇りだと想う。だが、自分は誰かを守れるようになりたい。

「いつまでも子供のままじゃいられないんだ。オレはもっと、強くなりたいから」

 一語一句聞きもらさず、彼の言葉を聞いたクローゼ。やや間をあけてから、聞く。

「だから、リベールを離れるんだ? 強くなるために?」

 少年は頷く。

「少しでも強くならないといけない。そうじゃないとこれから先、自分が守ろうと決めた人たちなんて、守れないんだから」

 クローゼは、はっとした。少年が発した言葉、そこに隠された想いに。

 カイト自身は知る由もないが、それはいつかのダルモアとの戦いの時、クローゼが決意した言葉と同じものだった。

「だから、いろんな国を見ていきたい。遊撃士として守っていく国を旅してみたいんだ」

「そっか……」

 クローゼは笑った。これだけ自分に大丈夫だといった少年が、自身のことで鈍感なのには笑えてくる。

 自分で気づいているかは判らないが、もうカイトは力のない子供ではない。自分の陰に隠れ、自分に憧れたと言っていた少年が、もうクローゼと同じ想いを守るべき者たちに抱いている。もう少年は自分の隣に立っているのだ。エステルやヨシュアと同じくらい、眩しいほどに。

 それでも本人が力が足りないというのなら、それもまた一つの側面から見た事実なのだろう。そうであれば姉として、彼を応援すべきだろう。見守るのではなく、同じ場所に立つ人として。

「判った。いってらっしゃい、カイト。誰よりも、応援してるから」

 大切な人の、好きな人の応援。守りたいと思った人の笑顔。これほど、少年の決意を震わせるものは他にはない。

「ありがとう、姉さん」

 もう大丈夫だとカイトは思った。

 伝えたいことはすべて伝えることができた。それでも、二人は笑顔のままでいる。心を話すかもしれない想いに、会える日々を減らしていく別れの決意。そのどちらを伝えても、二人の仲は変わらない。

 と、そこへ。

「姉さん、これって」

「うん。聞いてはいたけど、ちょうどこの時間だったんだ……」

 不意に、色鮮やかな虹色が二人を包み込んで――大きな音が鳴り響いた。その音の聞こえたほうを見上げると、沢山の花火が、夜空を彩っていた。

「……綺麗」

「……綺麗だ」

 ほんの少し、横に並んで見惚れてしまう。王国の復興に先駆けて放たれる幻想的な景色は、しばらく止むことはないらしい。

 少年は、隣に立つ少女を見る。赤、青、緑、黄……様々な色彩に染まるクローゼは、これまでのどんな時の彼女より美しかった。

 薄闇の中にある白の肌とドレス。鮮やかな花火に彩られる、光に揺れる瞳。潤う唇。

 少年が見ていることに、少女が気付く。少女はこちらを、また真っ直ぐ見据える。

 綺麗だ。

 空気には乗らなかった、それでも口が動いたから、気持ちは通じているかもしれなかった。

 少女は、自分を見る少年を見る。花火でその色を変える少年は、まるで子供のころ、コロコロと表情を変える幼子のようにも見える。

(でも……そうじゃない)

 クローゼのみが知っている。孤児院放火事件の前まで自分より小さかった少年。彼は今、確かに自分を見下ろせるほど大きくなっているのだ。その精悍な顔つきは、もうすぐ少年とは言えなくなるかもしれない。同世代と比べると子どもっぽい、それでも少年は確かにその雰囲気の中に青年という空気を醸し出している。

 クローゼだけが気付いている。

 格好良くなった。

 空気には乗らなかった、それでも口が動いたから、気持ちは通じているかもしれなかった。

「姉さん」

 急に、カイトは片膝をつく。恭しく、自らの右手を、少女に向けて捧げた。

「……なに? カイト」

 その意味を察して、芝居がかった姿勢を貫く。口調だけは変わらず穏やかに。

 二人は笑いながら言い合う。

「夢みたいなこの時間を、少しでも一緒にいたいから。だから……」

 不格好かもしれないけれど。

「オレと、踊ってよ」

「ふふっ……喜んで」

 手を取り合った。小広場の中心へ。ほんの少しのステップと共に、たどたどしく二人は舞う。

 祝賀会の夜の空中庭園。その場にはよく食べる者、笑い話に花を咲かせる者、一時の休息に身を委ねる者、自らの処遇をかみしめる者、様々な者がいる。そんな中にあって、自分のこれからの道を明かす者も、自らの誰かへの想いを告げた者も、そして想いに応えることのない者もいた。

 それでも不思議と、誰の顔にも悲しさは現れていなかった。誰もが幸せな顔をして、それぞれ縁のある人々と語らっている。

 悲しみがないのは、それを受け止めて幸せに変えることができたから。誰もが旅路を通じて、大きく羽ばたくことができたから。

 そしてそれは、茶髪の少年も同じだった。あのクーデターの日、同じ場所で星空に迷っていた雛は、幼くとも確かな翼を持つ者になっていた。小さくとも懸命に空をかける燕のように、彼はこれからまた羽ばたいていく。

 そんな彼を、恐らく誰も心配はしないだろう。

 自分が愛を伝えて、届かなくて、二人の関係はこれからも変わることはない。けれどそんな姉と共に踊って、幸せそうな顔をしていることができるのだから。

 形は違うかもしれない。けれど確かに《愛》と言えるその想いを、二人は受け取ることができたのだから。

 

 

 

────

 

 

 白き雛鳥は多くの風を受けて、やがて一匹の燕へと、小さくとも確かな翼を持つまでになった。

 彼の日常を壊し、淡い恋情を壊し、多くの激動の着火剤となった異変は幕を閉じる。

 けれど、激動の時代は始まったばかりだ。

 天空に舞う軌跡は、一つの終着点を見たかもしれない。だが、夜が訪れても明日がやってくるように、忘れえぬ想いは、きっとまた新たな空へと羽ばたこうとする。まったく違う場所で、零から壁を乗り越える若者たちの軌跡も生まれる。きっと、無明の闇に閃く軌跡もあるだろう。

 若者たちの、英雄たちの軌跡はまだまだ終わらない。

 だからきっと、確かな翼を持つ少年も、その激動の渦に飛び込んでいく。

 人々の生き様は、(しるべ)となる。少年の想いも、やがて英雄となる若者たちの決意と迷いも。

 数多の(しるべ)はきっと。全ての導火線の先で重なるだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“SIN NO KISEKI”is completely ended.

To be continued...The “SIN NO KISEKI Ⅱ”

Thank you for reading.

 











長らくのお付き合い、ありがとうございました。

今後の予定などは、2018年7月18日付の活動報告、「心の軌跡~白き雛鳥~あとがき」へ続きます。
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