心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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3話 十五歳の幼子④

 二つの警棒がカイトの腹部めがけて飛んできた。すんでのところで避け、それぞれの警棒の持ち主に弾丸を見舞う。だが先日は同じ攻撃で痛みに怯えていた取り巻きは、それを向う脛に当てられても苦悶の表情の一つもない。しかも構わず向かってくるため、カイトは慌てて後退しヨシュアと背中合わせになる。

「どう考えてもさ!?」

「うん、普通じゃないね」

 主語のない問に黒髪の少年はあくまで冷静に応え、別の取り巻きが振るう警棒をいなして室内の片隅を見やる。

 そこではアガットが七人もの大人数を相手に重剣を振り回していた。さすがに正遊撃士の、しかも威力重視の一匹狼が放つ攻撃は、普通であれば悶絶を通り越して臓器を揺らしてしまう。だがこの場でそれが起こることはなかった。

「おらぁっ!!」

 体ごと回転させ遠心力が加えられた一撃は、割合苦も無く取り巻きに当たり、重い鉄塊が人間の皮膚を打ちのめすはずだった。しかし、それは起こらなかった。

 受ける人間が七人もいるから決定打が決まらないのもある。だが驚くべきは、誰も意識を手放してないことだった。普通の人間なら、最も前で衝撃を受けた人間はいともたやすく戦闘不能になるだろう。

「まじかよ……」

 いくら正遊撃士といえど、驚きを隠せない。これだけの一撃を放って得た結果は、二人の姿勢を崩し、二人を吹き飛ばし、三人の俊敏さを鈍らせた程度だ。

「大丈夫クローゼ!?」

「はい……っ!」

 吹き飛ばされた二人の取り巻きの先には、幹部の三人を相手取っていたこの場唯一の二人の少女。エステル半ば本気で敵の意識を刈り取りにかかってきているが、結果はアガットと同じだった。そこにクローゼの剣術が加わって、少しずつ勝利に近づいている状況だった。

 それでも気の持ちようとしては五分五分と変わらない。このままじわじわと粘っていればいずれ決着はつくだろうが、それでは上層にいるであろう黒装束と相対した時に疲労を見せずにいられるだろうか。

 最良の選択は、一刻も早く決着をつけること。

「ヨシュア。オレたちで時間を稼ごう。姉さんのアーツを見たことは?」

「ある。エステルも知ってるよ」

「なら話は早いや。行くよっ!」

 カイトは説明するのももどかしく、それでもヨシュアが自分の意図を理解してくれると分かっていたからこそ無理やりに動き始めた。

 まず、少年、少女、青年と三つに分かれている戦況を変える。どういうわけかは分からないが、レイヴンのメンバーは身体能力が飛躍的に上昇してはいても襲い方が単調だった。故に最大限の注意を払えば、カイトであっても敵の動きを誘導しながら移動することができる。そうして、こちらの配分をアガットとそれ以外の四人に分ける。

「エステルとクローゼはアーツの準備を」

「その分は、持ちこたえる!」

 いつもと変わらない冷静な対応と、いつも通りに戻った快活な声かけ。それぞれの少年の声を頼もしげに聞いた少女たちは、無音の気合で応えて壁際まで後退する。

「分かってると思うけど、今の二人は無防備だ。僕たちの負傷は覚悟するよ」

「もちろん!」

 それぞれの姉の前に仁王立ち、両手に剣と銃を構える。

 アーツは不可思議な現象を戦場に与えるが、けして人間が自力で産み出すものではない。機械である以上、いくつかの手順を踏まなければ発動しないのだ。クオーツを回路にはめ込むこともそうだが、特筆すべきは発動者の集中。

 戦術オーブメントと同調した持ち主が、導力の源である七曜石の力ーー属性と、放つべき現象ーーアーツを思い浮かべなければならないのだ。

 放火事件の翌日にヨシュアが使用したティアなどの初歩的なアーツであれば、その集中はわずか数秒にも満たない。だが、強力な魔法ーー回路にはめ込むクオーツの属性が複雑ーーであるほど、その時間は長くなる。これからエステルとクローゼが放つのは恐らく、戦況を変えるための中級以上のアーツ。であれば、数秒以上の時間は必須。

 その数秒は、戦闘においては致命的な差を生む。だからこそ、無防備な彼女たちを守る盾が必要だった。

「はあっ!」

 計五発の弾丸を打ち込み、足りない分は体術を駆使する。動きが単調なため攻撃自体は当たるが、やはり対して効かず逆に殴打を受けてしまう。だが、これでクローゼに対する攻撃は四秒後に延びた。

「セイ……ハッ!!」

 カイトが初めて聞いたヨシュアの気合。両手の剣で十字を描く素早い剣閃ーー双連撃を二人に放ち、さらに体を翻して再びの双連撃。その隙は大きく警棒が背中に直撃。だがこれで、エステルに対する攻撃はカイトよりも長く六秒後に延びた。

 警棒の打撃を受けた少年たちは左右に転がり、レイヴンの前には目をつむる無防備な二人の少女。だが少年たちが稼いだ十秒間は、しっかりと役目を果たしてくれた。

 まずクローゼが優しく目を開け、一秒遅れてエステルが強く目を見開く。駆動待機時間に戦術オーブメントから溢れる青と緑、それぞれの七曜のエネルギーが彼女たちに収束した。

 瞬間、レイヴンの中心に水の塊が現れ、収束、圧縮されてすぐさま頭上に吹き荒れる。その威力はアガットの放つ重剣のそれに匹敵し、まともに受けた幹部のレイスはすぐさま地に倒れる。クローゼが放った水属性アーツ、ブルーインパクト。

 吹き荒れた水が雨となって落ち始める。それを受け止めたのは突如吹き荒れた風だった。エステルが放った風属性のエアリアルは、広範囲にわたって竜巻と風の刃を出現させるものだが、それに加えて水の飛沫も刃へと変えさせた。

「いっけえ!」

 少女の声とともに二種の刃がさらに範囲を広げさせ、遂にはアガットが相対している取り巻きにまで痛手を加える。虚ろな男たちを次々と薙ぎ倒していく。

「やってくれるぜ!」

 雄たけびを上げたのは、言わずもがなアガット。今までの鬱憤を晴らすかのように重剣を縦横無尽に振り回す、アガットの真骨頂『ダイナストゲイル』。

 戦況は完全に傾いた。アーツと力技の余韻が残る三人だが、立っている敵も残り二人。

「おらあ!」

「ふっ!」

 一人は、カイトが渾身の正拳突きを。もう一人はヨシュアが一気に間合いを詰めて、影さえ絶つような一打を浴びせる。

 その決定的な瞬間を見た少女たちは、互いに手を取り合う。赤髪の青年はようやく息を吐き、茶髪の少年は握り拳を天に向けた。

 その様子を見ながら、黒髪の少年は思う。

(作戦自体は至極単純だ。けど……)

 それを遊撃士でもない少年がやってのけた。自らの負傷を覚悟して。自分がアーツの一言だけで作戦の内容を把握することを把握していた。実戦経験の比較的少ない少年が、強敵ともいえる今日のレイヴンたちを相手に、その作戦を冷静に実行したのだ。黒髪の少年は、そこに一つの才能を見た。

「やったね、カイト」

 たくさんの意味を込めて、ヨシュアはカイトにその言葉を贈った。

 

 

――――

 

 

「……かなり特殊な催眠誘導のようですね」

 戦闘不能となったレイヴン全員を拘束し、殴打の痛みをアーツで癒したヨシュアは最初にこう言った。

「催眠って……『あなたはだんだん眠くなーる』、とかいう?」

 同じく傷を癒したカイトが少々間抜けな発言をする。

「それはちょっと、違うと思う……」

 二人の傷を癒したクローゼが、少し呆れ気味に言った。

 彼らは操られていた、今回に至っては被害者だとヨシュアは言う。もっとも、それは先程の戦闘を見れば容易に分かる。カイトが経験したことなく、現役遊撃士さえも珍しいと感じる力が働いているからだ。

「この手口……心当たりがある」

 戦闘後初めて口を開いたのはアガット。含みのある言葉にエステルやカイトが口を挟むより早く指示を出した。

「とっとと行くぞ。こいつらを操っていた真犯人がいるはずだ」

 少年少女たちは、はっと互いを見合わせた。

(そうだ)

 まだ事件は終わっていない。

(あいつらが、黒装束が残ってる)

 少年の心がまた急速に冷えていく。そしてその冷感は、二階、三階、と進んでいく度に増し、五階への階段を上ろうとしたところで頂点に達した。

「ふふ……君たち、良くやってくれた」

 聞こえてきた卑しい声にアガット以外の全員が凍り付く。何故なら、何日か前に普通に言葉を交わした、誰も想像していなった人物だからだ。幸いにも、上にいるであろう人物には気づかれていないようだった。

 声の主――ルーアン市長の秘書ギルバートは聞かれていることなど考えていないのだろう、声を大にして語り続ける。

「これで連中に罪をかぶせれば全ては万事解決というわけだね」

「我らの仕事ぶり、満足していただけたかな?」

 そんなギルバートとは違う、それでも聞いて不快になる言葉を放った男の声。今度はカイトだけが衝撃を受けた。

「……黒装束の声だ」

 残る四人に緊張が走る。彼らは一先ずは様子を見ることにした。

「ああ、素晴らしい手際だ。念のため確認しておくが……証拠が残ることはないだろうね?」

 そこから聞こえてきたのは、孤児院放火事件から、再建費の強奪、果ては下で気絶しているレイヴンたち、一連の出来事の真実だった。

 言うまでもなく真犯人はギルバートとその上司であるダルモア市長。彼らは孤児院の土地一帯を別荘地として国内外の富豪に売りつける計画を立てていた。そのために、別荘地としての価値を半減させる懸念のある孤児院を潰すのだと。

 吐き気がどんどん溢れてくるのをカイトは感じた。それと同じぐらい、自分の中でどす黒い感情が現れているのも理解できた。

「それが理由ですか」

 クローゼと同じ言葉を放ったのだが、少年の声は言葉にならなかった。

「そんなつまらない事のために……皆を傷つけて……思い出の場所を灰にして……」

「絶対に許さない」

 親の形見の二丁拳銃の、非殺傷のスイッチを外しかけ、そして踏みとどまる。

「ど、どうしてここにいる!? それよりもあのクズどもは何をしているんだ!?」

「残念でした~、皆下でオネンネしてるわよ。しっかし、一連の事件の黒幕が市長だったとはね。……おまけにカイトの言ってた黒装束がどこかで見たような顔だったし」

 もうこの場の誰も、ギルバートに対して敬意を払うものはいないだろう。エステルは軽くあしらうと、黒装束へと目を向ける。

「ほう? 娘、我々のことを知っているようだな。そこの赤毛の遊撃士とは少しばかりの面識はあるが……」

「ふん、ようやくお前らを捕まえられるってもんだぜ」

 アガットが重剣を振りかざすと同時に、少年少女も臨戦態勢をとる。

「き、君たち、今すぐこいつらを皆殺しにしろ!」

 そのあまりにも救いようのない言葉に反応したのはカイトだった。

「ふざけんな。今すぐその舌引っこ抜いてやる」

「先輩……残念です」

 そしてクローゼも、彼女にしては極めて辛辣な言葉を投げかける。

「ふむ……」

「仕方ない」

 大人しくする気のない黒装束も遂に得物を構える。その行動に対する反応は本来は全員が気を引き締めるものだったはずだが、それは叶わず黒装束以外の全員が――ギルバートさえも呆気にとられた。

「な――」

「は――」

「へ?」

 黒装束の一人に機関銃の銃口を向けられたのは、ギルバートだったのだから。

「き、君たち……雇い主に向かって何のつもりだ!?」

「勘違いするな若造」

 黒装束は、どこまでも冷酷だ。

「我々の雇い主は市長であって貴様ではない。お前が死のうがどうなろうが、我々はどうでもいいのだ」

「ヒ、ヒエ……撃つな、撃たないでくれぇ!」

 一瞬だけ哀れだなと感じたが、少年はすぐさま思考を変える。今はそれを考えている場合ではない。

「さすがにこの数を相手に無事で済むとは思わないのでね。ここは素直に退散させてもらおう」

「オイコラ……そんな下手な芝居打って逃げられると」

 カイトの拳銃とは違う、がさつな銃声が響いた。一瞬遅れてギルバートの体が崩れる。

「が、ぎゃあああっ!?」

「お、おい!」

「せ、先輩!?」

 アガットとクローゼが狼狽を声に表す。突然の出来事に、迅速に対応できる者はいなかった。

「さらばだ」

 その声が聞こえ目線をギルバートから外した時には、既に扉から姿を消したところだった。

「な!?」

「逃がすか、オラぁ!」

 慌ててその後を追う。外にはさらに灯台の上に上る梯子しかないはずだ。しかし黒装束たちは用意周到で、そこには脱出用のワイヤーロープが設置されていた。

 動き足りないのか、アガットが吠える。

「俺はこのまま連中を追う! お前らは協会に戻ってジャンの指示を仰げ!」

 言うか早いか、アガットが跳んだ。

「んな!?」

「きゃっ……」

 驚く孤児院の姉弟を余所に、赤髪を揺らしアガットはするすると下に落ちていった。

 沈黙の後、エステルが口を開く。

「なんて無茶な奴……。ねえ、あたしたちも追おうか?」

「いや、黒装束はアガットさんに任せよう。ここには秘書やレイヴンたちもいるんだ」

「そっか。自業自得だけど、何とかしないとね」

 ヨシュアの言葉に素直に従うエステル。その優しさに反論したいという気持ちを、カイトは違う場所に向けた。

「それに……真犯人が分かったんだ。絶対に捕まえなきゃいけない。……落とし前を、つけるんだ」

 三人は、はっとする。

「落とし前を……」

「そう……だね。アガットさんの言う通り、一刻も早くジャンさんの指示を仰ごう」

 まずギルバートが持っていた寄付金を取り返し、彼の拘束を行いつつ治療を施す。一度マノリア村に帰還した後、村の男たちと共にレイヴンとギルバートを村まで運び込み、風車小屋の倉庫に拘禁した。そのころにはすでに空は明るくなっており、カルナやテレサ院長も無事に目を醒ました。

 カルナに風車小屋の見張りと寄付金の管理を任せ、四人はルーアンへ向かう。事件の黒幕――ルーアン市長、モーリス・ダルモアに罰を与えるために。


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