心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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あけましておめでとうございます。





4話 軌跡の始まり②

 守らなきゃ。それが彼女、クローゼのただ一つの想いだった。

 孤児院の放火、再建費の強奪。どれもこれも、自分の胸を強く痛めた。もちろん自分が一番悲しんでるとは思わない。テレサ先生に、子供たち、そして弟といえる少年。そこに住む人たちはもっと苦しいだろう。

 そして、それを痛いほどに自覚したのだ。犯人と対峙した弟分が、強い怒り――憎しみを顕わにしているのを見て。自分の体を気にも留めないほどに……血を流しても気に留めないほどに復讐心に駆られているのを見て。

 クローゼの強い集中がティアラよりもなお強い、深い青の煌めきを出現させ、彼女の制服を大胆になびかせる。

「エステル後ろ!」

「どんとこい!」

 エステルが全力でブロンコに棍の打撃を打って勢いを減じさせ、ヨシュアは素早い連撃で浅い傷を生み出すことで必死に魔獣の気を引いている。

 けれどそんな二人の声も、もう意味を持って耳には入らない。紫の瞳は、ただ瞼の裏の暗闇を写してしている。

 皆を守る。そうでないと、自分がこれから先守っていくべき全ての人も守れない。

 だからこそ今は。かけがえのない、大切な弟を守り、導く。

(カイトを、支える!)

 少女が強く目を開けた。同時に七曜の波が収束、再び吹き荒れる。

 戦術オーブメントには、使用者一人一人にクオーツをはめ込む回路が違うという大きな特徴がある。それが、使用者がどれだけアーツに適性を持ち、そしてどの属性のアーツを発動しやすいのかを決める。

 クローゼの戦術オーブメントはエステルとヨシュアよりも強力なアーツ、そして特に水属性アーツを発動させやすかった。

「二人とも、引いてください!!」

 エステルとヨシュアは瞬時に後退。それを追うブロンコが地を蹴るより早く、突如としてその周囲に冷気が発生し、そして氷塊を出現させる。氷塊自体は比較的小規模だ。しかしその威力は凄まじく、辺りの空気を絶対零度へと誘い冷気を伝播させる。標的である魔獣の体温を見事低下させ、そして全身に薄氷を覆わせてしまう。

 水属性上位アーツ、ダイアモンドダスト。

「今ですっ!」

 カイトが言ったようにブロンコがアーツのみに弱いとしても、今なら十分攻撃が通じるはずだ。

 クローゼの声によって弾かれたように飛び込む二人。ヨシュアの双剣が甲高い残響を、エステルの棍が豪快な破壊音を響かせて、遂に戦闘は幕を下りた。

 

 

――――

 

 

「ば、馬鹿な……私の可愛い番犬たちが……」

 戦闘が終わり、室内は先ほどまでの風景と打って変わっている。ダイアモンドダストの余韻、ボロボロになった長机、二体の魔獣の死骸。普段ならばあり得ない、完全なる非日常。皮肉にも、まるで屋敷の主の心を写したかのようなものだった。

 戦闘に終止符を打った三人は呆然としているダルモアに近づく。カイトも何とか立ち上がり、その後に続いた。

「きっ、貴様らよくもやってくれたなあ!」

「それはこっちの台詞だっての!」

「遊撃士協会規約に基づき、あなたを現行犯で逮捕します。投降したほうが身のためですよ」

 もうダルモアを守る法はどこにもない。

「ふふふ……」

 にもかかわらず、ダルモアはニヤリと顔を歪めていた。

「こうなっては仕方ない。……奥の手を使わせてもらうぞ!」

 そういって、懐から杖のような物を取り出す。先に、赤色の宝玉がついた片手で持てる程度の、まるで子供が玩具として遊ぶような杖だ。

 だがそれは、正真正銘の代物だった。

「時よ! 凍えよ!」

 瞬間周囲の色彩が僅かに青みがかり、宝玉が怪しい光を灯す。ダルモアを除くこの場全ての人間の動きが止まった。

「体がっ……動かない」

「これは、オーバルアーツ……!?」

「違います……これは、『古代遺物(アーティファクト)』の力!」

「ほう、クローゼ君は博識だな」

 ダルモアが一歩近づき、余裕の表情で語りだす。

「これぞわがダルモア家に伝わる家宝、アーティファクト『封じの宝杖』。一定範囲内の者の力を完全に停止することができるのだよ!」

 古代遺物(アーティファクト)は七曜歴以前の古代ゼムリア文明時に作られたといわれる道具だ。その謎めいた、強力な力故に七曜協会と呼ばれる宗教団体に回収される事が多い。そのほとんどが力を失っているが、中には――目の前の杖のように――力を失っていないものもある。

「仕方ないから、君たちの始末は私が行ってあげよう」

 驚きも束の間、ダルモアは懐から拳銃を取り出し四人に向ける。

「ククク、さっきまでの威勢はどうした? 命乞いをすれば助けてやらんでもないぞ?」

 エステルが反論し、クローゼが焦りながらも無言を貫く。

 そんな中。

「汚い手で触るな」

「……やめろ」

 二人だけが、静かに呟く。

「汚い手でエステルに触るな」

「姉さんを、弄ぶな」

「もしも毛ほどでも傷つけてみろ」

「もし姉さんを傷つけたら」

「ありとあらゆる方法を使ってあんたを八つ裂きにしてやる」

「死にたいと思うくらいに苦しめてやる」

 二人とも、互いの声など気にもしていない。結果として声が重なり、まるで呪詛のようにしてダルモアの耳に届く。

「ヨ、ヨシュア……」

「カイトッ……」

 普段とまるで違う様子の二人に、姉たちも驚きを隠せない。

「ゆ、指一本も動かせぬくせに意気がりおってからに……いいだろう! 貴様らの始末を先にしてやる!」

 ダルモアが拳銃を向ける。二人の少年は身動ぎを使用ともしないが、当然少女たちはそうもいかない。あそこまでむき出しではないとはいえ、ダルモアを許さないという思いは一致しているからだ。

 二人の少女は叫び続けた。弟たちが殺されないようにと。

 だからこそエステルが持っていたそれは、戦術オーブメントのように持ち主にかかる呪縛に反応したのかもしれない。

「だめええええええっ!!!!」

 叫び声と同時に、エステルの腰につけられたポーチが黒く光る。その怪しげな光は少女を中心に広がり……部屋一帯に拡散した。

 誰もが――エステルでさえも目を見開く。光が収まった瞬間にはもう、体の自由が戻ったからだ。

「どうして……?」

「エステル……?」

「今の……父さん宛てに届いた黒いオーブメント……」

 カイトが知りえない言葉を、ブライト姉弟は交わし続ける。

「そんな馬鹿なっ」

 ダルモアの声に一同ははっとする。杖を掲げた張本人は、呆然としていた。

「家宝のアーティファクトが、こんなことで壊れるものかあああ!」

 どうやら事態は、完全に好転したらしい。

「どちらにせよ、あなたの切り札はもうない」

 今度ばかりは、誰も武器を構えるのを躊躇わなかった。

「現実を見たほうがいいんじゃありませんか」

「よくも悪趣味なやり方でいたぶってくれたわね~っ!」

「最低です……」

「許さない……」

 四人が距離を詰める。追い込まれたダルモアが出した答えは。

「こんなところで、捕まるものかっ!!」

 最悪なことに、なお抵抗することだった。魔獣が出てきた扉の中に入ってしまう。

「逃がすかー!」

「追いかけるよ!」

「はい!」

「…………」

 三人は、口々に追いかけていく。しかしカイトは、それに続くことはなかった。

「ナイアルさん……でしたっけ」

「ああ。お前さんは――」

「ここにいて、屋敷の人に事情を説明してください!」

「お、おい!?」

 ナイアルの声にも応えず、入ってきた扉を開けていった。

 

 

――――

 

 

 カイトはダルモアが逃げた場所を知っていた。かつてルーアン市を探索していたころに発見した……あの隠し部屋が小さな船着き場に繋がっていることを直感的に理解した。

 それが今になって思い出したことを、カイトは偶然とは思わなかった。

 屋敷を出て、未だ戻らない体力をもどかしく思いつつも、重たい体を引きずりラングランド大橋まで走る。外は先程までの激闘がまるで嘘のように穏やかな風が吹いている。だが少年が橋に足を踏み入れたところで、その音は鳴り響いた。

「うそ!?」

「跳ね橋があがるのか!」

 観光客が驚きの声をあげる。時間はずれの跳ね橋があがる音は、もちろんダルモアによるものだ。

「ダルモア……!」

 カイトは傾く橋に掴まったまま、屋敷の方向を見やる。予想通りダルモアは帆付のボートに乗り、河を航るためにここまでやって来た。そしてそれをボートで追う三人の姿も見える。

 本来は、自分は大人しくしてナイアルに伝えたことを果たすべきだった。それでもここに来たのは、自分でけじめをつけたかったから。

 そして少年は、その瞬間を見極める。

「ダルモアぁぁー!!」

 叫び、地を踏み、そして跳ぶ。少年の華奢な体は容易く宙を舞い、数秒後には見事ダルモアのボートに着地した。

「き、貴様っ!」

 衝撃でボートが激しく揺れ、水飛沫が両者の体を濡らしていく。

「カイト、無茶をするな!」

「無茶しないでそのまま拘束して!」

 後方のヨシュアとエステルが叫ぶ。それを聞き拳銃を構えようとして、ダルモアもそれを持っていたのを思い出す。

 瞬時に拳銃をしまい距離をつめる。相手の腕をつき足払いをかけ、仰向けにさせる。カイトはそこに被さり四肢を拘束し、今度こそ真正面から対峙した。

「何でだっ!」

 ボートは操縦者を失い、徐々に後方のボートと距離が近づく。カイトは構わず叫ぶ。

「何であんなことをしたんだよ!? 金のため……名誉のため……そんな馬鹿げたことのために、あんな酷いことができるんだ!?」

 何故、皆が寝静まった夜に孤児院に火をつけた。何故執拗なまでに人を襲い、百万ミラという多くの人のかけがえのない気持ちを奪った。何故魔物を操って、自分たちや関係のない人々まで殺そうとした。

 このままいけば、自分がいなくてもダルモアは三人に拘束されただろう。それでも孤児院の人間として、なによりカイト・レグメントとして、今この場で聞きたかったのだ。

「何で簡単に、人を、皆を殺すことができるんだよ!?」

 不意に風が吹いて、ゆっくりとボート同士の距離が開いていく。

 ダルモアの目は、まったく慌てていない。

「愚問だな。邪魔する者は皆始末すれば良いのだ」

 カイトの理性が吹き飛んだ。

「っ……ふざけるなああっ!!」

 カイトが大きく拳を振り上げる。けれどまだ、彼を支えると決めた彼女は諦めていなかった。

「やめて、カイトーーッ!!!!」

 弟をダルモアと同じにさせない、同じ場所に立たせない。ありったけの想いが込められた呼び掛け。それは辛うじてカイトの良心に届いた。

「っ……!」

 拳が空を切る。その瞬間を、ダルモアは見逃さなかった。カイトの拘束が緩くなった瞬間彼を突き飛ばし、水上に飛ばす。

「ぐ……がほっ!!」

 水が気管に入ってむせる。速度が速度だけに、三人が乗るボートからも遠ざかる。

「はーはっは! さらばだ遊撃士ども!!」

 目を開くと同時にダルモアの声が響き渡った。それと水の冷たさがカイトの頭を冷やしていく。

「くそ……」

 もうなにもできない。ただ見ることしかできない。せめてクローゼたちに近づこうと、四肢を動かしたときだった。

 ーー大きな影が、カイトを覆い尽くした。

「なんだ……」

 想定外の出来事に思考を放棄しそうになるが、それでも何とかそれを目に焼き付ける。

 逆光であっても分かる白い船体。前面に伸びた(くちばし)のような鋭い艦首。船として機能する三対の羽。空を飛ぶためのプロペラ。

「あれは……まさか王国軍……?」

 そこまで言って気がついた。自分はあれを見たことがある。確かリベール通信の特集で、一ヶ月半ほど前か。エステルとヨシュアが解決した飛行船『リンデ号』失踪事件の続報の時だった。

 工房都市ツァイスで建造された、全長四十二アージュの新鋭艦。王国軍王室親衛隊が所有する、リベール王国の白き翼。

「高速巡洋艦……アルセイユ」

 白き翼が、洋上へと降り立った。


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