心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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5話 欠片を追って④

 熱気を見せる集団戦を繰り広げるグランアリーナの中央。かたや、その会場の端で一対一の攻防を続けるジンとロランス。

「お前さんのその研ぎ澄まされた剣。見事だぜ」

「そちらも見事な体捌きだ。泰斗流の真髄、存分味わせてもらうとしよう」

 ジンの回し蹴り。ロランスの受け流し。正拳突き、袈裟がけの一刀、掌底、突き。どちらも一歩も引いていない。

「泰斗流を知っているのか?」

「知り合いに一人泰斗の者がいてね。戦い方も、武術に求めるものも、戦いの果てに見据えるものもまるで違う。が、その本質はどこか似ている」

 一度離れると、互いに構える。半身になって拳と大剣に力を込める。刹那、二人の距離が急激に縮まりーー手甲と大剣が互いに炸裂した。

「……できれば、その者の名を教えてくれないか」

「ではこの勝負に……いや、彼よりも強いと証明できたら教えよう。彼は勝負に生きる男なのでね。その程度の対価がちょうどいい」

 二人ともその実力に見合った思考力で、部下と少年少女の均衡が傾いたことを理解していた。そしてその立役者である金髪の青年が、余裕のある笑みでこちらに銃の照準を合わせていることも。

 そんな中、ジンにとっては想定内の出来事が起きた。ヨシュアが一撃必殺ともいえる戦技、漆黒の牙を用いて特務兵三人にとどめを刺したことだ。準遊撃士に似合わない戦闘力だと感心しながらも、最後に彼の牙が目の前のロランスに襲い掛かる瞬間を見極めるために気を引き締める。

 敵に勝つために綿密に考えられた奇襲戦。仮に序盤で綻びが生じても第二第三の奇想天外な攻撃で特務兵を倒し、最後に全員で目の前の強敵を狩る。できれば、この一撃で決める。

 風を切る音が聞こえた。ヨシュアがロランスに向かって飛び込んできた。そこに合わせる。

 だが、次の瞬間にはジンの心境は驚きと焦りに変わった。

 ヨシュアが双剣を振りかざした瞬間、ロランスの影から誰かが飛び出して、少年の捨て身の一撃を弾き返したのだから。

「なに!?」

 初めてジンが声を荒げる。何故なら、少年を弾き返しなおかつ一撃を浴びせたのも、赤い仮面に大剣を携えたロランス少尉だったから。

 

 

――――

 

 

「なんだ、あれ……」

 カイトは驚愕するしかなかった。戦技、クラフトと言われるその技術はアーツとは違って、一人一人の考えや技量に左右されると師であるカルナは言っていた。中には『気』と呼ばれるものを駆使して自らの身体能力を上げる者もいるが、まさか自分の分身を作り出すことまでできるとは。

 エステルは気絶した特務兵を監視しつつ、戦術オーブメントを駆動させその身に水色の波をまとわせる。弾き飛ばされたヨシュアは肩を抑えつつ、何とか立ち上がる。オリビエは後ろ、ジンは前で得物を構え、互いに死角を補うように仁王立つ二人のロランスに近づいた。

 驚きにまみれながらも体勢を整える四人。先に特務兵三人を倒せたのは僥倖(ぎょうこう)だったが、それでもまだ強敵が残ったままだ。

 エステルのアーツが発動し、ティアラの光がヨシュアを包み込む――と同時に、エステルを除く五人が動いた。

 ジンとヨシュアがそれぞれのロランスに。オリビエは銃を構えると、的確なタイミングで二人の援護を行う。相変わらずジンは互角の攻防だが、ヨシュアは大剣の威力に押されているようだった。

 分の悪い膠着状態から、二十秒後。

「オリビエ、私たちも!」

「ああ、この最高の舞台に参加しない手はあるまい!」

 援護に徹していた二人が動いた。両者は慌てることなくオーブメントを駆動。脈打つエネルギーはエステルが濃い青、オリビエが鮮やかな赤。

 その大きな隙をロランスたちは見逃さない。一度手甲と双剣を掻い潜ると、全速力で仁王立っている二人の下へ向かう。

 しかし空の女神が微笑んだのは、ロランスではなく四人だったようだ。ジンが、ヨシュアが、自らの負傷を顧みずにロランスの前に立ちはだかった。結果として二人は大剣の餌食になってしまったが、それでもロランスの足を止めることに成功した。

 軽く吹き飛ばされた二人に目もくれず、ロランスは獲物を狩らんと大剣を振りかぶる。その間合いが残り四アージュとなった時、七曜の波が少女と青年に収束した。

 二人のロランスの周囲に冷気が広がったと思うと、瞬時に巨大な氷塊が現れる。ダイアモンドダストが完全に発動した――その矢先、拳大の火球が何十発と、銃弾に匹敵する勢いで辺りに拡散する。

「くっ!」

 流石のロランスも驚きを隠せなかったようだ。火属性の上位アーツであるスパイラルフレアはロランスのみならず氷塊にも炸裂し、火と氷がぶつかり合うことで濃霧を発生させる。今まさに大剣を振りかざそうとしていたロランスの動きを止めることに成功した。

 もちろん、その隙を見逃すものは誰もいない。

「せいやあ!」

 体力があり大した痛手を負わなかったジンが突っ込む。ロランスの片割れに向かって跳ぶと体を回旋させ渾身の蹴りを突き出した。そのまま何度も蹴りを繰り返すと、最後に大きな回し蹴りを叩きこむ。

「ハッ!」

 その気合が解かれたと同時に、ロランスが大きく吹き飛ばされる。

「ハァァァッ!!」

 武術特有の組手の掛け声なのだろう。ジンの型と相まって、見ていた者の全てを魅了した。

 濃霧が晴れる。もう一人の分身は、本体が倒されたせいか陽炎のように消えていた。

「そこまで!! 勝者、ジン以下四名!!」

 もう一度。大きな歓声が、どっと吹き荒れた。

 

 

――――

 

 

 武術大会の全ての日程が終わり、観客の数も疎らになってきている。優勝の栄誉とグランセル城の晩餐会へ招待された四人も、今頃は帰路についているだろうか。

 そろそろ行くかと歩き始めたカイトは、自分の心境が先ほどの試合による興奮以外にもう一つの感情を抱いていることに気付いた。

(本当になんなんだろう、これ……)

 やるせない。落ち着かない。妙にいらいらする。駄々をこねる。

 それでも時間は待ってくれず、グランアリーナを辞する。空はもう優しい赤色に染まっていて、そこにはジンにエステルにヨシュア、そしてオリビエがいた。

「フッ、今から想像しただけでも涎(よだれ)が出てしまいそうだよ」

 彼らとの距離が五アージュになった矢先にジュルリという音が聞こえてしまっては、自分の感情と向き合っていたカイトもげんなりと肩を落とすしかない。

「あ、カイト!」

「みんな、お疲れ様。優勝おめでとう」

 エステルの声に対し労いの言葉を送るカイト。ジンは変わらず豪快に笑いかけてくる。

「おう、ありがとな! なかなかいい勝負だっただろう」

 そんな一方で、オリビエは昨日の調子のままに語り掛けてくる。

「やあ、カイト君。僕の活躍を存分に楽しんでくれたかな?」

「あ、はい。まあ……」

「ハッハッハ、そう褒めないでくれたまえっ!」

「いやまだ何も言ってないでしょーが」

 間髪入れずに突っ込みを入れてくるエステル。ボースにいた時からの縁だというし、この程度の問答は慣れているのだろう。

「いやだ、エステル君! 僕はただカイト君とお近づきになりたいだけなのに!」

「ほぼ初対面のカイト相手にそんな風に喋ってたら気持ち悪いったらありゃしない! せめてヨシュアにしなさいよ!」

「そこで僕が出てくるの!?」

「ハ、そうだ! 僕はヨシュア君とカイト君いったいどちらを選べばいいのだろう……」

 周囲の人々が思わず振り向くほどの漫才が繰り広げられる。

(なんだよ。あれだけアーツを決めておいて。あれだけの銃の腕を見せておいて……あの強さが嘘みたいじゃないか)

 心の中で唾を吐いたところで気づいた。

(ああ、嫉妬してるのかな……オレ)

 ブライト姉弟が武術大会に参加しているのは、ルーアンにも来ていたデュナン公爵の気まぐれな提案によるものだ。それはアリシア女王との接触を図ろうとしていた二人にとって幸運なものだった。ジンは元々一人で大会に参加していて、そこにエステルとヨシュアが乗っかった形だ。もしそこにオリビエがいなければ、カイトは途中からの参戦を申し出ただろう。

 けれど実際にあの場に参加して、自分は勝利に貢献することができただろうか。ルーアンで戦ったレイヴンを相手に平常心を保てたか。師であるカルナのいる遊撃士チームと相対して、自分より各上の彼らに対して怖じ気づくことはなかったか。何よりロランス率いる特務兵の動きに、ついて行くことすらできたかどうか。

 オリビエは一丁銃であっても、的確な状況で的確な援護射撃を行っていた。自称漂泊の詩人である彼がなぜ所持しているのかと疑問に思いつつも、それでもカイトにない戦術オーブメントを駆使して練度の高い連携を行っていた。そんな芸当が、果たして自分にできるのか。

 実力があるが平素はだらしなくふざけるオリビエ。クローゼが危ないかもしれないという理由だけで、自分の力も考えずに脇目も振らずに王都へ来るだけの自分。気に入らないと思っても、子供のようだと思っても、何が違うのだろうか。むしろ自分の方が、子供ではないのか。

 こんな自分で、ヨシュアやエステルと一緒に戦えるのか。そして、彼女の隣に立つことができるのだろうか。

「カイト君もいることだし、早く行こうじゃないか。僕たちをもてなしてくれる、愛と希望のパラダイスに!!」

 ふと我に返った時。まだオリビエは笑っていた。それがなんだか許せない気がして、気がついたら口が動いていてしまっていた。

「……いい加減にしてくださいよ」

 突然の非難に、残る四人が言葉を止めた。ジンは笑顔のままだが無言に。ヨシュアは目を瞑り。エステルは少し困惑して。当のオリビエは鳩が豆鉄砲を食ったような顔だった。

「そんな、ふざけたことを言って……あんなことをしたくせに……何の引け目も感じないなんて……」

「……カイト君?」

「何で! オレの父さんと、母さんは……!」

 事情を知るエステルとヨシュアが、止めようと割って入る。けれどとっさに聞こえた声は、カイトの知る人のものではなかった。

「彼の言う通りだ、この阿呆が」

 グランアリーナにほど近い帝国大使館の方角から、ジンに勝るとも劣らぬ大柄な青年が近づいてくる。

「ハッ、君は……」

 オリビエが呻く。僅かに整えられた黒髪が真面目そうな印象を与えるが、少しいらついていそうな人相が堅物という印象を与える。その身に纏われている濃い紫を基調とした衣服は、エレボニア帝国の軍服だ。

 より一層、カイトは身をかがめた。

「毎日ふらふらと何も言わずに消えていく。立場もわきまえず武術大会に参加。挙句の果てにふざけた言葉で少年を怒らせて……」

「や、やだなあミュラー君、そんな怖い顔をしてはあっという間に老けてしまうよっ」

 一呼吸。

「誰が怖い顔をさせているか!!」

 咆哮一閃。異常に怖がったオリビエだけが飛び上がる。青年はオリビエ以外の面々に向かうと、怒りを僅かにひそめた顔つきになった。

「お初にお目にかかる。自分の名はミュラー。先日、エレボニア大使館の駐在武官として赴任した者だ。そこのふざけた男とは、昔からの知り合いでな」

「いわゆる幼馴染というやつでね、これでいて可愛いところが」

「い、い、か、ら、だ、ま、れ」

「ハイ……」

 こちらもこちらで漫才のようだった。ミュラーは一度改めると、もう一度言葉を交わしてくる。

「このお調子者が迷惑をかけてしまったようだな。帝国大使館を代表してお詫びする。……特に君には、だいぶ気を悪くさせてしまったようだな」

 ミュラーは、目を細めてカイトを見た。それが自分を怒らせたオリビエの代わりの償いの気持ちであることが、少年にはわからなかった。

「別に……何でもないです」

 まさに子供のように、少年は俯いた。

 謝られたことに対して、他の三人はまったく気にしていない。むしろオリビエの銃と魔法に助けられたといってもいからだ。オリビエのことの言葉に間髪入れずにミュラーが突っ込む。

「まあいい、過ぎたことを言っても仕方がない。オリビエ、大使館に戻るぞ」

 その一言に、愛の伝道師の滑らかな口調は一瞬にして塞き止められた。

「ちょ、ちょっと待ってミュラー君? 僕たちはこれからステキでゴージャスな晩餐会に招待されているんですけど……」

「ステキでゴージャスだからなおさら困るのだ。お前はしばらく大使館で謹慎してもらうぞ」

「んな殺生な! 僕は晩餐会の時のために今までの戦いを頑張っていたというのに! 愛しい君の抱擁すら耐えてきたんだよ!?」

「なら今すぐ簀巻きにしてやろうか」

 思わず出た最後の言葉にも声を張り上げないあたり、ミュラーの今の思考は一刻も早くオリビエを監視下に入れたいのだろう。エステルとヨシュア、ジンの三人がせめてもの情けと謹慎に拘る理由を聞くが、帝国軍人は至極当然な理由で突っぱねる。

「……事態の深刻さが理解できてないようだな。いいか、想像してみろ。王族の主催する、各地の有力者が集まる晩餐会。そこで立場もわきまえずに傍若無人に振舞うお調子者。それが帝国人だと分かった日には……」

 その場の全員があまりの事の重大さに気づき、黙りこんだ。

「チョ、チョット、皆さんそこで黙りこくるんですか!」

「さすがに王城の晩餐会であのノリはまずいですね……」

「今回ばかりは味方になれそうにないわ……」

「下手をすれば国際問題に発展するぞ……」

「うわ、掌を返すように!!?」

 ミュラーが一歩前へ出て、オリビエの服の襟を掴む。

「戦争から十年……ただでさえ微妙な時期なのだ。一つの言葉が、行動が、不幸な記憶と憎悪を呼び寄せてしまう……。この国の人が、少年が何をしたわけでもないのにだ」

 カイトが息をつめた。

「っ……」

「我慢してもらうぞ、オリビエ」

 オリビエがミュラーに引きずられる。

「ま、待ってミュラー君! 御馳走が食べてほしいと呼んでいるんだよ!」

「なら代役がいるだろう。せめてものお詫びだ、彼に食べてでももらえばいい」

「黙っていたことは謝るから……」

「問答無用」

 ついにミュラーが動いた。見た目以上の余力があるらしく、大人であるオリビエをきれいに引きずりながら大使館へ歩き始めた。

「僕の晩餐会――!! 僕の宮廷料理――!!」

 苦笑がその場を包み込んだ。

「えっと……いいのかなぁ」

「残念だけど、こういうこともあるよ。うん」

「人間万事塞翁が馬ってやつだ。せいぜい、奴さんの分まで楽しんでくるとしようや」

 そういうと、ジンはカイトに向き直る。

「カイト、オリビエも悪気があるわけじゃないだろう。ここは一つ、笑ってみたらどうだ?」

「ジンさん……?」

 やや唐突にジンが提案する。笑うこと。関係ないように見えて、今のカイトには必要なことかもしれない。

「俺は共和国の人間だ。どちらの立場にもなりきれんが、これは言える。戦争が終結し十年がたった。帝国にもオリビエのようなお調子者がいて、リベールにもお前さんのように辛い過去を持ってる者がいる。必要なのは、そこから何をするかだ」

 ミュラーは立場としては謝っていたが、オリビエの言動が最悪ということでもない。逆にカイトの精神が幼すぎるとも言える。それでもジンは、少年の行動について声を張ることはなかった。

「お前さんが考えて、何をするかを決める。嫌いなままでも、好きになろうと努力しても構わない。……遊撃士の信条は、民間人――人を守り導くこと」

 優しげな武術家は唐突に歩き始めた。時間も時間だから、晩餐会が行われるグランセル城へ向かっているのだろう。他の三人もついて行く。

「その『人』は、時に自分を含んでもかまわないだろう? お前さんが迷うことは決して恥ずかしいことでも、忌み嫌われることでもないのさ」

 カイトは、自分の怒りと迷いが少しだけ軽くなったことを感じた。

 

 

 






第5話、欠片を追って、でした。

武術大会が終わり、弱さやトラウマを露呈させてしまうカイト。
先輩としての優しさを見せるジン、今までの原作キャラと違う反応を見せる少年に戸惑うオリビエ。
……人の思想を描くのは難しいですね(笑)

次回は六話、『星空に迷う雛』です
よろしくお願いいたしますm(__)m

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