心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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6話 星空に迷う雛③

 エステル、ヨシュア、カイト。遊撃士またその見習いであり、やがて白隼を冠する国を背負って立つ若き雛鳥たち。彼らは自らの意志と使命感を持って、己が得物を手に持つ時を待っている。

 王都グランセルにある時計の短針は、間もなく十の数字に差し掛かる。辺りは暗闇。仲間と共に漆黒に紛れるが、それでも少年の緊張はなかなか取れない。わずかな呼吸の乱れは喉を余計に渇かして、衣服の下の汗は不快感を与える。

 潜む仲間は三人。エステルとヨシュア、そしてジン。頼もしいと少年は感謝を心に、誰にも聞こえないように呟く。

「もうすぐ、か」

 アリシア女王陛下より依頼を承った後、少年少女三人は一つの、しかしこれ以上ない朗報を知った。

 それは武術大会に参加しにリベールへやって来た武術家の真の目的が、今回の王国の危機を防ぐことであったということ。ジンはエステルの父カシウスと旧知の仲であり、彼からの頼みで自分が不在の間の若手遊撃士たちを手助けするよう手紙で頼まれたのだという。その手紙の内容により、行方不明であったカシウス・ブライトが現在帝国で活動していることも明らかとなった。

 もっともその結果に、エステルは不満を持っていたようだが。

 次の日の朝、晩餐会より帰した遊撃士たちの報告を受けた若き受付エルナンは、王都支部を緊急態勢へと移行させた。全力でアリシア女王陛下の依頼――監禁されている人々の救出を図るために。

 その後四人は王都にいる遊撃士を集め、指名手配中のユリア大尉と連絡を図り、そして監禁場所がエルベ離宮であることを突き止める。救出作戦の内容にはさまざまな意見が交わされた。最終的には親衛隊と遊撃士の混合である陽動班と撹乱班、そして晩餐会に出席した四人の突入班に別れて出撃することとなった。

 本来、カイトは実力の観点から陽動班になるところだった。だがその際、ヨシュアがこう言ったのだ。

『彼を突入班にしたいんです。数少ない銃使いですし、彼の戦況の読みにはルーアンで助けられました』

 大事な作戦に、自分より実力者のカルナがいても自分を入れる。それは連携の練度以上に、少年の決意が信用されているからなのだろう。昨晩の言葉が二人の本意だということを少年は改めて実感し、嬉しさを噛み締めた。

「若人たち、どうやら時間のようだぜ」

 意識をどこか虚へ飛ばしていたカイトは、ジンの声にはっとする。顔を上げれば四人の他に、先に突入する親衛隊二名が得物を携えて立っていた。

「さぁーて、ちゃっちゃか解決して父さんにぐぅの音吐かせてやるわよー!」

 エステルはまだまだカシウスに不満があるらしい。実際ここ数日間でどんどん父の活躍を知ってきたのだから、その文句も無理はないだろう。

 王国軍大佐、影の英雄、剣聖。果てはカイトも憧れずにはいられない、非公式の最高位を示すS級遊撃士。小さな怒りを覚えるのも当たり前なのかもしれない。

「準備も、気合いも万端ですよ」

 ヨシュアは言った。テロリスト対策の名目で、今日飛行船運航の見合せと関所の閉鎖が行われた。情報部も反乱分子の抑制に抜かりはないのだろう。ただそれ以上に、こちらの決意は満ち足りている。

「さてカイト。お前さんはどうだ?」

 ジンが聞いてきた。ここにいる自分以外の五人は、一目見て分かるほどに臨戦態勢に入りかけている。

「オレ、は」

 自分は、どうだろう。これでもかというほど弾丸を揃えた。両親の形見の双銃も、頼むぜと願を掛けながら調整した。戦術オーブメントがない代わりに、回復薬や他の薬の準備も万全だ。

 心は、どうだろう。仲間がいても、これから襲いかかるのは国の精鋭たち。そんな連中相手に、自分はどう立ち回れるのか。一抹の不安が、少年に牙を向く。

「もちろん、準備万端です!」

 それでもカイトは言った。多くの先輩たちが、自分を信じてくれたから。こんなに頼もしい人たちからのお墨付きだ。精一杯自分の役目を全うすれば、特務兵にだって遅れはとらない。

 だから今は信じよう。自分の非力な強さと、彼女を想うこの心を。

「まずは自分たちが、残りの特務兵を撹乱します」

「その隙をついて一気に突入してください。……女神の加護を!」

 頃合いと見た二人の親衛隊が声を張る。

 エルベ離宮解放作戦が、始まった。

 

 

――――

 

 

 彼女は、その音を聞いた。多くの人がいるその空間において、彼女だけがそれを認識した。

「どうされました? 確かに特務兵のやつらがいないのが気になりますが……」

 聞いてきたのは一度だけ会ったことのある、痩せぎみで無精髭をはやした男。記者である彼は、高貴な身分である自分にも物怖じしない。

「いえ。なんでもありませんよ、ナイアルさん」

 彼女は淑やかに微笑むだけで、感じたものを誰かに言うことはしなかった。今自分が顔を曇らせれば、この場の全ての人の不安を煽ってしまう。現状大人しくしていれば命の危険はないのだから、平静を保つことが先決。

 今頃になって、聞こえた音は自分の胸騒ぎであった可能性を考え始める。それでも、何故そんな予感や音を察知したのかはわからない。

 それはいつかの少年と同じように少女もまた、海港都市での戦いで空気の機微に鋭敏になっていたからだった。護衛兼教育係のユリア仕込みの細剣術。既に実戦で使える域の腕前だが、残念ながら今は得物がなければ衣装も動き回れるそれではない。

 王家の人間である自分が戦いの術を覚えている。理由は趣味であったり護身のためであったりするが、中々規格外な王女なのかなと笑った。こんな王族は他にいるのだろうか。

 いつだったか、一度お祖母様にその疑問をぶつけてみたことはある。けれどはぐらかすように「王女は細剣術を覚えるのが仕来たりであったりなかったり」……と言われただけだった。案外、昔はお婆様も剣を振るっていた時があるのかもしれない。

「……ふふっ」

 いずれにしても随分とお転婆な姫になるなと考えた。学園や巷では清楚で可憐なんて言われているけど、本当にそうだと感じたことは一度もない。今だって、切っ掛けさえあれば私が戦うのに、と考えている。

「生誕祭まで、一週間と少し。エステルさん、ヨシュアさん……」

 あの二人は、もう王都にいるのだろうか。遊撃士である二人は、今の状況に気づいているのだろうか。

 もしクーデター阻止に向けて動いているなら、きっとここに辿り着くだろう。新人とは言っていたけれど、二人揃えば先輩遊撃士であるアガットにも引けをとらない。少なくとも素人目にはそう見えた。

 ルーアンでの事件を一緒に解決した彼らなら、きっと私に戦う切っ掛けを与えてくれる。

「……カイト」

 もう一人、共に事件を解決した人がいた。その弟分は、連絡を寄越さない私を心配しているだろうか、それとも怒こっているだろうか。

 例えほんの少しの間一緒に過ごしただけでも、自分たちは本当の姉弟のような関係だ。だから自分は無茶をする彼を怒鳴り付けたし、彼も自分を心配してくれていた。

 クラムたちを見守っている一方で、誰よりも子供らしい。日常や戦いの中で落ち着いて動くと思えば、どこか感情的に行動する。そんな弟分なら、もしかしたらひょっこりとこの場に現れるかもしれない。遊撃士の卵として当たり前だと言いながら、また無茶をするのかもしれない。

 けれど、その無茶は命を懸けたものではないだろう。ルーアンでの事件で、彼は確かに成長したのだから。

 けれど、それでも姉としては、やっぱり心配してしまうのだが。

「……女神の加護を」

 だから彼女は祈った。彼が無事であるように。太陽のような少女が笑顔でいるように。黒髪の少年が、微笑んでくれるように。

 彼女は、すぐに知ることになる。最初に感じた胸騒ぎが、彼の銃撃によるものであることを。

 

 

――――

 

 

「よし! 突入班、作戦開始だ!」

 至るところから剣と剣が弾き合う音が聞こえてくる。その中を駆け、四人は離宮の大扉を勢いよく開いた。

「いつ特務兵が現れてもおかしくない。常に得物を構えておけ!」

「はい!」

 ジンの言葉に頷くカイト。離宮入口の建物は、やけに静かだった。ほんの数秒周囲を確認して、すぐさま中庭に入るための扉に向かう。

 エルベ離宮は、中庭を中心に囲むようにしていくつもの中規模の部屋が設計されている。かつ離宮入口の真反対の扉は通路に繋がっており、その奥には式典などを執り行うための大部屋があるのだ。王女がいることを考えて、そこに人々が軟禁されている可能性が高い。

 しかしその他の部屋にも可能性は否定できず、どこに残りの特務兵がいるかも分からない。見落として野放しにしていたら、後になって厄介になるだろう。敵が奇襲に驚いている間に、出来るだけ多くの戦力を削っておきたい。

 そんな狙いを込めて、最も近場にあった扉に手をかけた。いきなり右手十アージュ先に見えたのは、三人の特務兵。

「な!?」

「お前たちはーー」

「遅いわよ!」

 開口一番、エステルが棍を振り回す。その刹那、短い集中の後にヨシュアから放たれた水属性アーツのアクアブリード。巨大な水球は特務兵たちに直撃し、一瞬彼らの視界と呼吸を奪う。

 その間もエステルの棍の連撃は止まらない。武術大会で見せた烈波無双撃の連続突きではなく、体を独楽(こま)のように回転させて敵を凪ぎ払う旋風輪。力の方向――ベクトルを操って、二人の特務兵を撃沈させる。

「き、貴様らーー!」

 難を逃れた一人の鉤が死角から少女を狙う。だが彼は、一発だけ放たれた弾丸に向こう脛を直撃されて、瞬時に悶絶した。さらに転んだところを、大男の掌底が襲いかかる。

「一丁上がり!」

「さて、次っすね!」

 エステルがカイトが、口々に士気を上げる。

「ふむ……残りの部屋は、いくつだ?」

 そんな中、一人口を一文字にするジン。ヨシュアは素早く外を見渡すと、ジンと似た表情で報告する。

「おおよそ、二十ですね」

「そんなにか……仕方ない、迅速にいくぞ」

 どうやら要領の悪さを考えているらしかった。無理もないだろう、実際数多くある部屋を一つ一つ確認するのは手間がかかるし、戦闘の緊張と束の間の安息が交互に訪れるのは思いの外心身に負荷がかかる。できれば戦闘回数は少なく済ませたいものだ。それに数百部屋もあるというわけではないが、人命がかかったこの状況では一分一秒が惜しい。

「……みんな。なら、こんなのはどうかな」

 そこに発せられたカイトの一声。三人は、耳を潜めて彼の言葉を聞く。

 その二十秒後。一人中庭の真ん中に仁王だったカイトは、腹に力を入れて口を開いた。

「……この特務兵どもーっ!! 出てこいアホ仮面ーー!!」

 声量は、辛うじて扉の向こうに届く程度か。五秒と待たずに黒装束の男たちが現れる。

「何者だ!」

「そこに膝まずけ!」

「何者だ!」

 何人か、全く同じ言葉を飛ばしている者もいた。それほどに多く、その数は二十人。

「うわ……やば」

 半分演技で、半分本気で驚く。すぐさま飛びかかってきた銃弾を避け、これから飛びかかろうとしてくる鉤の群れに足を翻す。少年は一目散に目的の部屋へ向かった。

 かたや、大人数の特務兵たち。彼らは二丁拳銃を懐に隠している少年を、監禁していた者が逃げ出したと思っていた。しかし機関銃の五人は銃使いとして少年の得物を直感した。が、五人も少年が一人でいることに疑問を持つよりも、手っ取り早く拘束することを選んだ。

 少年が逃げ込んだその部屋へ雪崩のように入り込む。瞬間、鉤の十五人は驚きで目を見張り、機関銃の五人は自らの判断が間違っていたことに気づいた。

 部屋の中にいたのは茶髪の少年だけでなく、青い煌めきを纏った黒髪の少年、そして翠の煌めきを纏った少女だったのだから。

 二度目のアクアブリードは天井にぶつかり水を四散させる。その事に特務兵が身を屈めた瞬間、エステルのアーツが炸裂した。

 少女の足元から、白と紫の線が走る。線は幾重にも重なりその大きさを増すと、特務兵に向かって吐き出された。巨大な大蛇にも見えるそれは、風属性の中の雷魔法の上位、プラズマウェイブ。

 文字通りの電撃の波は、水に濡れた特務兵たちを即座に感電させる。比較的狭い空間であることもあり、たったの二撃で十四人もの人間を沈黙させることに成功した。

「くそ!」

 辛うじて部屋に入りきれず、電撃の余波を浴びた程度ですんだ残りの六人。舌打ちと同時に、一度中庭へ戻ることを選択する。

 だが部屋へ意識を集中させた時点で、彼らは突入班の描いた作戦にはまってしまっていた。

「な!?」

「く、熊!?」

 巨人と見間違えるほどの大男。言わずもがなのジン・ヴァセックが、待ち伏せしてアーツを発動させる。プラズマウェイブの下位アーツ、ライトニングが鞭のように襲いかかる。完全に不意をつかれた特務兵たちは、呆気なく地に倒れたのだった。

「ふぃー、一丁あがりだな」

 全員が周囲を見渡す。離宮の外ではまだ斬撃や銃声が耳に届くが、内部の特務兵はほぼ一掃できたようだ。

「これで残るは、正面の大扉のみですね」

「そこにお姫様やナイアルなんかもいるってわけね」

「だがあの扉からは特務兵が出てこなかった。残党がいるかもしれん」

「気をつけながら行こう」

 大扉を開ける。通路が広がっている。その奥にもまた、大扉がある。 

「……騒ぎではなく、反乱だったか」

「リベールの未来のため。お前たちは通さない」

 出で立ちは、今までの特務兵と変わらない。しかしその両手に握られているのは、エステルの棒術具よりも長く、アガットの重剣に匹敵する質量で、そしてヨシュアの双剣よりも鋭利な大斧。

 格の違う、正真正銘の武人が二人。大扉を守護していた。

 

 

 


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