心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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6話 星空に迷う雛⑤

 その瞬間ははっきりと感じた。ヨシュアがオルテガを打ち倒し、膝をつかせ勝利したその瞬間は、やけ時間の流れが遅く感じた。

「やったヨシュア!」

 ハイタッチを交わしながら少年を呼ぶエステルとカイト。ヨシュアは気絶したオルテガを拘束しながら、手を振って応える。そして、同時に突如として現れた銀髪の女性に声をかけた。

「助かりました、シェラさん。色々急で驚きましたけどね」

「可愛い後輩のためね。いいってことよ」

 特務兵二人を拘束した後、五人は通路の中央に集まった。

「久しぶりの人も初めましての人もいるけれど、まずは作戦の遂行が先ね」

 ヨシュアにシェラと呼ばれた女性ーーシェラザードの言葉に、カイトははっとした。まだ作戦は終わっていない。まだ人々を、彼女を助け出していない。

「さぁーて、とっとと」

「ま、待ちたまえ! さすがに僕のことぐらいは待ってくれてもいいんじゃないかい!?」

 五人が扉を向いた矢先、その背後から声が響いた。はきはきとしたシェラザードとの会話に、誰もが彼の銃撃の存在を忘れてしまっていた。エステルに至っては、あ……と興味も何もないようだ。

「あちゃー。ついでにあれも気絶させとけばよかったか」

 などと微妙に怖いことをシェラザードに言われる男。声からして全員が気づいているが、帝国出身の銃使いオリビエ・レンハイムである。焦りながら五人の元へと寄ってきた。

「やあ諸君。彼らへの華麗なる愛のメッセージ、無事に見届けてくれたかな?」

「皆、とっとと王女様たちを助けましょ」

 あっさりと切り捨てられる自称愛の狩人。エステルは早々にカイトの肩を押し、扉へ歩き始める。しかし少年はポツリと呟かれた一言を耳にした。

「やれやれ、僕も道化師になったものだね」

 珍しいというより初めて聞いたオリビエの落ち着いた声色。悲哀でも呆れでもないその感情は、そこにいる全員を驚かせる。

 さすがに人々の命が関わるこの場でふざける気はないのか。それ以上の予想をする暇もなく、エステルは扉を開いてカイトと共に大部屋に入った。

「みんな、大丈夫!?」

 ともあれ第一発言者はエステルであった。通路での戦闘の残響が微かに聞こえていたのか、近くにいる者はほぼ一人を除いて困惑の表情を浮かべている。

「おお、やっぱお前らだったのかよ!」

 一人元気なその人物は、行方不明となっていた記者ナイアルだ。少年少女に続けて遊撃士たちが部屋に入ってきたのを見ては、その都度興奮を大きくして人々に安心感を伝播させていく。

 カイトは周囲を見渡した。泣いていた小さな子供に真っ先に向かったシェラザード、ナイアルに冒険譚を聞かせては呆れられるオリビエ、全員に状況を伝えるジン。

「カイト」

 そんな中聴こえた清らかな声は、突入班の少年少女に確かに届いた。

「エステルさん、ヨシュアさん」

 人並みを掻き分けて部屋の奥に向かう。そこにいた彼女は、綺麗な青紫の長髪で純白のドレスを纏っていた。

「助けに来てくださったんですね。……こんなところで会えるなんて」

 呼ばれた三人は、彼女と会いまみえた。カイトは、何も言えずにいた。

「あなたがお姫様なのね。私たちは遊撃士協会の者です。女王陛下から依頼を受けてーー」

 言い切る前に、お姫様が小さく吹き出した。言葉を遮られたエステルは疑問符を浮かべる。どうやらクスクスと笑っている彼女の事が分からないようだった。

「へ?」

「もう、ひどいですエステルさんっ」

 姫というよりは礼節のある少女のような対応。会うなり王女にひどいと言われたエステルは、少々困惑ぎみだ。その様子を眺める二人の少年はエステルらしい、と朗らかに笑う。

「ヨシュアは気づいてたんだ」

「ルーアンで出会ってからぼんやりとね。カイトが来たことで確信した」

 茶髪の少年は一歩前へ出る。

「エステル、まだ分からない?」

「え? なにがよ?」

「しょうがないなあ」

 言って、少年はドレスの少女を見た。彼女は心なしか嬉しそうだと、少年は感じた。

「やっと会えた、クローゼ姉さん。今はクローディア姉さん、かな?」

「……カイトが助けに来てくれるなんて、思わなかったよ」

 三秒の沈黙。

「あーー! クローゼじゃない!!」

 エステルが盛大に叫んだ。

「え、何でここに!? っていうかクローディアってお姫様の名前……ぇえ!?」

「どうどう、落ち着いてエステル」

 兄のような弟が気遣い、叫びすぎて思わず咳き込んだ姉を静かにさせる。

 カイトは一呼吸整え、クローゼの側に立ってブライト姉弟を見る。初めて二人に出会った時の会話を思い出しつつ口を開いた。

「姉さんのこと、今度はオレから紹介するよ。

 ……クローディア・フォン・アウスレーゼ。アリシア女王陛下の実孫で、正真正銘リベールの王女様だ」

 『クローゼ』とは、クローディアとアウスレーゼからとった愛称だ。彼女の正体を知る者もいるが、あくまで彼女はクローゼとしてルーアンでの生活を謳歌していた。

「え……ということは弟のカイトは王子様!?」

「突っ込む所そこ!? オレは孤児院で姉さんに会ったんだって!」

 頭がついていかなかったのか、そんなことをエステルは漏らし始めた。ヨシュアは呆れ、クローゼは笑い、エステルは不満そうに頬を膨らませている。

 ああ、良かった。また四人が揃った。

 少女を探しに空を渡った少年は、何物にも変えられないような嬉しさを感じた。

「クローゼ!」

 ふと後ろから聞こえた、滑らかで勇ましい女性の声。王室親衛隊の中隊長ユリア・シヴァルツが、ジークと共にやって来る。どうやら喜びの連鎖は、しばらく止まらないようだった。

 ユリアはクローゼとの再開の言葉の後、エルベ離宮制圧作戦が終了したことを語った。

 情報部相手に壮大な喧嘩を持ちかけた以上、あちらも黙ってはいられないだろう。それでも今この瞬間だけははりつめた空気が緩まって、一時の休息が訪れたのだった。

 

 

――――

 

 

 無事情報部の手から解放された人々は、ひとまずエルベ離宮の各部屋で休息が行えた。離宮の外ではまだ特務兵が多くいる可能性も否定できないが、それでも人々は安堵して眠りについた。

 離宮は周囲や裏口を完全に閉鎖し、入口の大扉のみ人の守りがつく。現在は親衛隊の兵士たちが交代で、夜を徹してくれているのだ。エステルたち遊撃士も同じように見張りを行うが、現在は眠りについている。

 そんな深夜の二時頃か。ジンやヨシュアたち遊撃士たちが仮眠をとっている部屋から、少年カイト・レグメントは静かに出てきた。

「うお……ちょっと寒い」

 今頃は王城の情報部にも離宮陥落の一報が入っているだろう。自分達と同じように夜に紛れて襲ってくるかもしれないと考えると、少し寒気がしてきた。

 ふと上を見上げる。開けた中庭から見えるのは夏の夜空。それでも冬に近いぐらい星がよく見えるのは、声に漏らしたようにほんのり寒いからなのだろう。

「明日、良いにせよ悪いにせよ……この国が確実に変わる」

 一段落したものの、状況が緊迫していると言えばしている。何よりも重要なのは、女王陛下に対する人質であるクローゼの存在だ。彼女の身を保証するという意味合いでは、まだ作戦は終わっていないのかもしれない。

 真っ先に挙がったのは他国への亡命。オリビエとジンがそれぞれの祖国の領地となる帝国、共和国両大使館での保護を提案した。

 しかしクローゼは、首を縦には振らなかった。

「あれ」

 不意に扉が開いた。各部屋のなかで唯一護衛が着く、クローゼの部屋の扉が。

「カイト、起きてたの?」

 親衛隊と二、三言葉を交わした後、少女は中庭の中心に立つ少年の元へとやって来た。今は王女としての正装ではなく、着なれた学生服に身を包んでいる。

「眠れなくって。姉さんこそ大丈夫なの?」

「ちゃんと許可はとった。中庭ぐらいなら平気だよ」

 王女として安全に徹する使命と、少女として気を晴らしたいという欲求。彼女のなかでは後者に軍配が上がったらしい。心なしか、口調には外に出れた嬉しさが見え隠れしていた。

 クローゼもカイトと同じように空を見上げ、ほぅっと息を吐く。

「明日だね」

「明日だ。グランセル城解放作戦」

 大使館での保護に待ったをかけたクローゼ。彼女の持ち出した依頼により生まれたのが、アリシア女王陛下そして王城を解放し情報部クーデターを完全に阻止する作戦だった。

「王女様を助けて、リシャール大佐の目的も阻止する」

 人員は大きく三つの班に別れる。クローゼが明かした王都の地下から極秘の道を通って王城へ入り、内側から制御されている城内への大門を開く奇襲班。開いた大門に市街地を通り突入し、特務兵を惑わす陽動班。離宮近くにある特務兵の特別挺を用いて空中庭園に乗り込み、直接女王陛下を救出する救出班。

 陽動班は、離宮解放作戦での突入班以外の全員。奇襲班はジンとヨシュア、オリビエの三人。

「……でもなんで、クローゼ姉さんも一緒にいくのさ」

 ユリアやカイトをはじめとした人々を渋らせたのが、救出班の人員がシェラザード、エステル、カイト。そしてクローゼだということだった。王女を戦火の渦に巻き込むことなど、誰も納得しないだろう。

「でも、私がいないと飛行挺を動かせないんだよ?」

 一国の王女に航空技術があるなど、誰も信じてはくれないだろう。彼女に技術を教え込んだユリアはこんなことなら教えるのではなかったと嘆息していた。

 そのユリアも飛行艇の操縦はできるが、彼女は指名手配であるために陽動班である方が特務兵が集中しやすくい。時は一刻を争い、選ぶのは作戦実行か保護のどちらか。どの道作戦が失敗すれば、王国人で彼女を守れる人間がいなくなってしまう。何より戦いの術を持つクローゼ自身の強い希望により、この人員が決まったのだ。

「……昔から姉さんには勝てないよ」

 ついでに言えば、敵もクローゼが来るとは思わない以上奇襲としても有効となるだろう。肉を切らせて骨を断つというか、灯台もと暗しというか、虎穴には入らずんば虎児を得ずというか。東方文化が根付くジンは、カイトが馴染みのない言葉を呟いていた。

「でも文句を言うなら、それはカイトにだって同じだよ」

「え?」

 急に言われて思わず呆けた。

「カイトはお兄さんとして、クラム君たちを支えないと駄目でしょう?」

 ああ、そういうことかと思う。再建が始まったばかりの孤児院で、テレサ院長や弟たちを守れと言うことだった。

 そう理解したから、少年はぶっきらぼうに答える。

「オレが遊撃士になりたいのは、大事な人を守れるようになりたいからだ。その大事な人に、姉さんは入れちゃダメなのか?」

「それは……」

「無茶だってことは承知してる。でも今してるのはダルモアの魔獣の時みたいな、無謀な無茶じゃない。大切な人のことを考えながら戦ってる」

 もちろんクローゼ一辺倒になってなりふり構わず王都に来たことは悪いが、それでも少年は彼女を助けたかった。

「それに、女王様に会ったのはエステルとヨシュアだけじゃない。オレだって会って、そして頼まれたんだよ。姉さんのことを頼むって」

 こうも言われては、言い返せないらしかった。クローゼは一度目を伏せると、改めてカイトを見つめる。

「……わかった、ごめんね。それと、改めて本当にありがとう。さっきの心配もあるけど、それ以上に助けに来てくれて嬉しかったんだ」

 ドクンと心臓が跳ねた。再会できたこと、感謝されたこと、嬉しいと言われたこと。何よりも笑顔を見れたことが少年は嬉しくて。そして恥ずかしくて顔を反らせた。

「あーっ。照れてる」

 からかい癖のあるエステルに感化されてしまったのか、クスクスと笑いながら追撃してきた。

「別に照れてないしっ。もう姉さんなんて知らないから」

「冗談だよ。ごめんね?」

 こんな時でないと逆にからかえないと、互いが冗談だとわかっているのにふざけあう。

「嫌だ。もう許さない」

「ふふっ。どうしたら許してくれる?」

「えー、そーだなー」

 今度、何か料理でも奢ってもらおうか。それともアップルパイか新作のお菓子でも作ってもらおうか。

 そんな中少年は、心の中で「これだ」と呟いた。ルーアンでの戦いで気づき、確信した自分の心を満たしたい。少女の笑顔をまた見たい。そんな気持ちを込めた提案を思いついたからだ。

「……生誕祭」

「え?」

「事件が解決したらすぐに生誕祭だろ? せっかくのお祭りなんだし、姉さんに時間があったら、一緒に見て回ろう。そしたら……許すよ」

 こんな風にクローゼを誘ったことは初めてで、もし断られたらどうしようと思う。だから緊張したけれど、何とか言葉を伝えることはできた。少女は、なんと言うだろうか。

「……分かった。王女として最初の挨拶とかはお祖母様と同席しなきゃいけないけど……一緒に行こうね、生誕祭」

「ん……」

 恥ずかしかった。明日はまた戦いが始まるのに。まだ事件解決もしてないけれど、この時間がいつまでも続けばいい。

 そんな風に、心の底から思ってしまうほど嬉しかった。

 

 

 







第6話、星空に迷う雛でした。
FC編、最終幕の狼煙が上がり始める……


と、スパートをかけたいのですが……次回の投稿は一ヶ月後になります(笑)
というのも、これから一ヶ月ほど寝る時間があるのか分からないぐらいに忙しくなるためになります。
できれば一章を終わらせたかった……読んでくださっている方には申し訳ありませんが、ご容赦をm(__)m

次回の投稿日は6月11日、空FCエヴォリューション発売予定日にしておきます(笑)
タイトルは「王都繚乱」。よろしくお願いします!

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