心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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第二章、開始しました。






第二章 結社の影
9話 準遊撃士カイト①


 海港都市ルーアン。リベール王国五大都市の一つで、観光を中心の産業として名を売っている。ルーアン地方の街道沿いに存在するアゼリア湾はその代表とも言えるもので、『海港都市』の名に相応しい。

 地方の行政を担う役目を持つ市長、モーリス・ダルモアが汚職により失脚し、現在は二名の市長候補者が名乗りを挙げていて、街もそこから少しばかり歩いた場所にあるマノリア村も、候補者の話題で持ち切りだ。

 他にもルーアンで目玉となるものと言えばいくつかある。最近再建されたマーシア孤児院、一風変わった形の七耀教会、ラングランド大橋、ジェニス王立学園など……。観光の案内や街道の護衛、学園祭の警護など、季節によっては遊撃士が忙しく働くことになる地方だ。

 遊撃士は人を守る職業であり、民間団体であるがゆえに人数が増えすぎるということはない。だから最近この支部に一人の新人が生まれたことは、事情を知る者にとっては喜ぶべきことだろう。

「こんにちは、ジャンさん」

「やあ、カイト。依頼は終わったのかい?」

 そんな折、一人の少年が遊撃士協会ルーアン支部の扉を開いた。声をかけられた青年ジャンは、はきはきとした声を返す。

「うん。魔獣退治と商人さんの護衛、両方とも報告します」

 カイト・レグメント。階級、準遊撃士七級。茶髪の髪を後ろでまとめ、黒いシャツの上に白いコートを纏っている。金の瞳と中性的な顔立ちがやや幼げな印象を与えるが、つい最近人生で十六度目の誕生日を迎えている。得物は二丁拳銃。彼の右肩には控えめに、支える籠手を模した円状の記章――準遊撃士の証がつけられていた。

「うん、ご苦労様。何とかこなせてるみたいだね」

 一通りの書類を片付け、ジャンは息を吐く。一息ついたところを見計らっていた少年は、一つ気になっていたことを尋ねる。

「それで、今日はどうしたんですか? たしかいくつか渡すものがあるって言っていましたよね」

 昨日の夜、新たに追加された依頼を確認した後だった。帰路につこうとする少年を呼び止め、青年は言ったのだ。明日はいくつか連絡事があるから、忘れないで楽しみにしていてくれと。

「ああ、そうだったね。立ちっぱなしもなんだ、先にソファーに座っててくれ」

 数分後。暇を持て余したカイトが自らの髪を捻じりはじめたころ、ジャンは待たせたと言いながらやってきた。

「そろそろ遊撃士になって一ヶ月か。どうだい、調子は?」

「そりゃ、すこぶる快調ですよ。孤児院ももう元通りだし、何より……」

 少年は、懐から懐中時計のような機械を取り出す。

「借り物とはいえ、この戦術オーブメントのお陰で戦闘での動きに幅が広がりましたから」

 それは得物が剣や棍ではなく銃のため後衛を務める少年が、長く渇望していた物でもあった。借り物であるというのは一つの事情によるものだ。カイト専用ではなく支部の片隅に会った補助用であるのだが、少年はそれでも満足に魔法を扱えたようだった。

「そうか、それは何よりだ。」

 無論それは、受付を担当するジャンにとっても喜ばしいものである。笑顔を見せてから、青年は本題に入るため、一枚の証書のようなものを渡した。

「一つ目はこれだ。正遊撃士への推薦状だ」

「ふーん……って、ほんとですか!?」

 推薦状、それは少年の虚を突き驚かせた。正遊撃士へと昇格するための大事な証で、王都での戦いの後ブライト姉弟がこの推薦状五枚を昇格への切符としたことも、カイトははっきりと覚えている。

「ま、君はここで修行をしてきたわけだし、受付の手伝いや規則外の依頼をこなしたりしていた。他の支部ならともかく、ルーアン支部では渡すのが少し遅いと思えるぐらいだからね」

 まじまじと、渡された一枚の紙を見つめる。これがあと四枚集まった時、恐らく自分は様々な意味で成長を遂げているのだ。

「……ありがとうございます」

「このままのんびりとルーアンで仕事をするもよし、エステル君たちのように五大都市を回るもよしだ。

 ……さて、次だね。次は渡すではなく、返してもらうことになる」

 返すと聞いて、少年は少し嫌な顔をした。少年がジャンもしくは受付としての彼に借りている物など、先ほど話題に出したものしか思いつかない。

「えー、もう返すんですか……戦術オーブメント」

「ほら、ごねないごねない。早く返しなさい。……『旧式』をね」

 しかし、その不機嫌な顔はジャンの言葉で怪訝顔に変化する。言葉の意味を噛み砕いた数秒後、今度は嬉しそうな顔を浮かべてジャンに迫った。

「……てことは、本部から届いたんですか! 新型戦術オーブメントが!」

「その通り……それが、これだっ!」

 ジャンもカイトの心境に乗っかり、上機嫌な声色で話す。もったいぶりながら机の上に置かれていた箱を開けると、新調された銀の意匠が施された新しい戦術オーブメントが姿を見せた。今や旧式となった懐中時計のような趣ではなく、どちらかというとより装飾品に近くなったようにも見える。

「これが……」

「第四世代型戦術オーブメント。中を見てみるといい」

 僅かに息を詰めながら手にとって、銀色の円盤を開けてみた。

「折角だから、こいつについて復習してみようか。特徴やらなんやら、説明できるかい?」

「はい。様々な導力器でも戦闘に特化し、持ち主の身体能力を底上げしてかつ魔法発動を可能とする器械ですね」

 その根本は、結晶回路に七曜の力を秘めたクォーツをはめることで成される。

 結晶回路は中心を起点として、単数または複数のラインでできている。はめるクォーツには、単体のみではそのクォーツに応じた能力変化を引き起こす。そして複数ではクォーツに秘められた七属性のエネルギー量……則ち属性値によって、種々の魔法ーーアーツ発動を可能とする。

「けれど戦術オーブメントはオーダーメイドだから、『中心が起点』てこと以外は人によって回路の形が違う。これは最大属性値のポテンシャルを示唆してて、一般的にアーツの得手不得手を決める……でしたよね?」

「その通りだ。カイトの場合……へぇ、無属性のラインが二つ、か」

 少年の手にある結晶回路。中心から伸びるラインが二つで、一つは上に延びて時計回りに五つ。他方は左上に一つ。使用者の間では『六・二型』とも言われる。そしてそのどこにも、色のついた回路――属性縛りのスロットがなかった。

「うん、魔法を得意とする型だね。これで、今までの鬱憤も晴らせるというわけだ」

「そうですねっ。へへ……」

 今までの戦いでは、仲間に助けてもらうばかりだった。それが魔法頼りであっても、誰かをより助けることができるようになるのだ。どうしても、顔が綻びてしまう。

 それに新世代型は、旧式よりも結晶回路が一つ増えた上に新種のアーツが多数設定されている。そういった面も、少年にとっては楽しみなものなのだ。

「……そういえばカイト。ロランス少尉のことを覚えているかい」

「へ? そりゃ、あんな人を忘れろってのは難しいですけど」

 唐突に真面目な声色で聞かれてしまっては、カイトもきょとんとするしかない。ジャンも協会の受付として王都での出来事の詳細を把握しているが、彼の口から銀髪の青年の名が出るとは思わなかった。

「報告にあった、少尉が使ったという幻属性アーツなんだけどね。この新型では、そこそこ上位のアーツとして使用できるんだよ」

「なっ……」

 六本の白銀の刀身が出現し、その内部にいる者に酷く不快な波動と衝撃を与える。さらにその影響か、アーツをくらった者は視覚や聴覚などの感覚やその認知を狂わせた。

「その名は、『シルバーソーン』」

「シルバーソーン……」

 戦術オーブメントというものは、現状では『エプスタイン財団』という導力革命と縁の深い工房組織が独自で開発しているものだ。財団と手を組んでいて恩恵を最も受けられる遊撃士協会が、一番に戦術オーブメントを手にするはず。

 猟兵出身のロランスが何故それを所持していたのか。謎は深まるばかりだ。

「でも、これでほんの少しだけ追い付けたわけですね。自分の素の実力ではないけれど、確かにロランスに近づいた」

 あの時は、始めから敗北が決まっていたようなものだった。けれど、いつかは追い付いてみせる。

 少年の前向きな考えに、青年の心も明るくなる。

「まあ、そう思えることは僕としても幸いだよ。他にも沢山の強力なアーツがあるし、頑張って精進してくれ」

「そうですね……あれ?」

 どうクォーツをはめよう、どんなアーツを使おうか。そんなことを考えているうちに、少年は一つの疑問に辿り着いた。

「一人一人適正に差があるってのはわかるけど、それってどうやってわかるんですか? オーダーメイドっていう割りに、オレはさっきまで借り物のオーブメントを使ってましたけど」

 少年は特に何の苦も無く戦術オーブメントを使っていた。さらに言えば、トロイメライ戦の時にはエステルの戦術オーブメントを使ってみせたのだ。

 ジャンは、質問に答える前に自らが普段座っている受付の方を見た。どうやら事務作業の残りを確認したらしいのだが、それほど急務でもないらしく視線をカイトに戻す。

「遊撃士の試験を受けた後、七耀教会で身体検査をしただろう。何をやった?」

「え? えっと……血圧、脈拍、口腔検査。魔獣に対する心的評価、とかとか……」

 ルーアンでは神聖な場所というより観光名物となっている礼拝堂だが、その中は他の地方と変わらず礼拝、日曜学校、啓蒙活動と施設や知識、人員が揃っている。

 それは医療においても例外ではなく、薬の調合やその使用、ある程度の医療術など幅広い。

「こんなのもやったんじゃないかい。導力耐用能検査」

「……ああ、そういえば」

 さらに昔から眼が向けられていた七耀教会由来の医術のみでなく、最近は近代医療が発達してきた北方のレミフェリア公国の協力により、カイトや一般市民にしてみれば用途が全く分からない医療機器が増えている。

 その中でもジャンが挙げているのは、個々人の体が導力に対しどんな脳裏や反応を持つのかを調べる機械だ。

「本来の主旨は導力波関係の疾患があるかどうかを調べるものなんだけど、ついでに君が身体にかかる導力負荷にどれだけ耐えられるのか、どんな属性と相性がいいのかを調べたんだよ」

「ああ、それで」

 ジャン曰くーーボースのルグランという高齢の受付からの又聞きらしいがーー第一世代の戦術オーブメントは結晶回路が一つのみというものだったらしい。当時としては大発明だが、当然現在よりも能力は劣ってしまう。

 しかしその内部機構が単純なため、使用者に応じた回路の違いという変化はなく使い回しが可能なものだったらしい。

 現在の戦術オーブメントに違いがあるのは、その品が理論上もっとも使用者に扱いやすく作製されたからであって、必ずしも他人のオーブメントが使用できないという意味ではない。

「まあ多少の違和感や使い勝手の悪さ、身体への影響なんかはあるんだけどね。その点君は検査結果で導力に対して総合的に相性がいい。だから旧式であっても扱えると思って、早めに慣れさせるために貸したんだよ」

 カイトは感心し、自分が適性が高かったことに感謝した。また同時に、彼らしい不満も僅かに出てきた。

「あれ……じゃあ導力検査がもっと早く済めば早めにオーブメントを使えたってことですか」

「それは君がこの前勝手に王都に行ってしまったからだろう」

「うっ……」

「連絡するのが遅かったとはいえ、生誕祭より前にやろうとしていたからね」

 あの時の非はどう考えても自分にあった。少年は分の悪さを感じて、言葉にならない言い訳を発し始める。

 今より二ヶ月と少し前。少年は未熟ながら、リベール王国軍情報部のクーデター阻止に尽力した。発端はたった一つの仮説だったが、そこに大切な少女の危機を感じていてもたってもいられなかった。

 自分の力は微々たるものだった。自分がいなくても、恐らく事件は解決を向かえていただろう。けれど少年は自分の心と力が、弱くて強いことを信じて戦い抜いた。

「あのクーデターのおかげで遊撃士協会も変わったんだ。君を始めとした新人がもっと活躍すること。それが、カシウスさん……二人の遊撃士が抜けた穴を埋めることなんだから」

「……はい」

 クーデターが解決し数日がたった日。S級遊撃士カシウス・ブライトは遊撃士の紋章を協会に返還し、その身分を王国軍大佐へと戻した。情報部によって大きく乱れた軍の体勢を調えるために。

「っていうか、オレだけじゃ荷が重いですって。あのカシウスさんなんだから、他にも活躍してもらわないと」

「そうだね。あとは、その娘のエステル君にもだな」

 カイトは唐突に、表情を暗くした。本来そこに加えられるもう一人が、加えられなかったから。

 そのことについて考えようとして、ジャンが少年の気分を察したのか口を開く。

「まあ、要するに頑張ってくれっていうことだ」

「まあ、ありがとうございます」

 実力や理由は違うが、()()の優秀な人間が遊撃士協会から消えた。そんな話題を振ってしまったジャンはまずいと思ったか、唐突に声色を明るくする。

「ま、湿っぽい話は後だ後! カイトにはもう一つ、嬉しい報告があったんだから!」

 件の彼のことを考えようとした矢先の大声。けれど一応黙って話を聞いていたので、律儀に声を返すことにする。

「嬉しい報告?」

 と、言ったと同時にルーアン支部の扉が開かれる。

「お、来たか。ちょうどいいタイミングだね」

 入ってきたのは、四人の若者たち。

 一人は、棍を持って白とオレンジの服に身を包んだツインテールの少女。二人目は、踊り子を思わせる扇情的な格好に銀の髪がなびく女性。三人目は、背に大剣を携えた赤髪の偉丈夫。最後の一人は、携えた東洋の剣ーー刀と頭のリボンが印象的な少女。

「ーーみんな!」

 エステル・ブライト。シェラザード・ハーヴェイ。アガット・クロスナー。アネラス・エルフィード。

 明日のリベールを担う、若き遊撃士が立っていた。

 

 

 

 




データ:カイトの戦術オーブメント
※設定はPSP版に準拠させています。

使用器種:第四世代(空SC)
中心回路:攻撃1
ライン1:なし
ライン2:なし
攻撃魔法:ファイアボルト
回復魔法:
補助魔法:



これからは、長めの連絡や節目の投稿の際に、活動報告を利用させていただきます。
では、よろしくお願いします!

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